遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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「蛇性の婬」展開部

真女児と豊雄の契りが結ばれ、平穏な日々が過ぎ、弥生の季節となった。せっかくだから、ここで吉野の桜を見に行く話が進む。奈良の吉野の桜は、全国的に知られている。真女児の言葉に


「よき人のよしと見給ひし所は、

        都の人も見ぬを恨みに聞こえ侍るを…。」




これは秋成が万葉集から伝わる歌を、ここに表現したのだという。とにかく、誰でも見なければ残念に思う吉野の桜を、豊雄と、その姉夫婦が勧めるのだが、真女児は吉野行きを渋る。


我が身稚きより、人おほき所、或は道の長手をあゆみては、
必ず気のぼりてくるしき病あれば、従駕にえ出で立ち侍らぬ
ぞいと憂たけれ。」


(私は、小さい頃から人の多い所や、長い道のりをあるくと
のぼせてしまうので、お供出来ないのが大変辛いです。)




ここで考えなければいけないのは、何故真女児が吉野の桜を見に行くのを拒むのかだ。この後、豊雄と姉の言葉に渋々従い、吉野へと向かうのだが…。

吉野川の宮滝は、日本書紀に持統天皇がたびたび行幸された記述がある吉野の宮があったとされる場所で、実は雨乞いの呪術を施した地でもある。真女児は、蛇身であり雨風も操る。その蛇の持つ感覚が吉野の里で研ぎ澄まされ目覚めるのを恐れて、吉野行きを拒んだのだろうか?真女児一行は、結局吉野へと向かう。


「人々花やぎて出でぬれど、真女児が麗なるには
            
             似るべうもあらずぞ見えける。」



(一行は華やかに着飾って出かけたが、真女児の艶やかさ、
麗しさは、他とは比べようも無いくらい美しいものだ。)




とにかく、ここでも真女児の際立つ美しさを表現している。美しければ美しい程、その後の恐怖が際立つというのをまた秋成は知っているのだろう。「吉備津の釜」に於いても、磯良を美しく表現し、その後に訪れる変化の恐ろしさを、巧みに操っている。一行は、かねてから豊雄と親しい間柄であった金峰山寺を訪れ、主である僧から、やはり吉野の宮滝を勧められて向かう。

宮滝は美しく、そこで昼食などを取って遊んでいるところへ翁が登場する。その翁の法力の強さを感じたのかも真女児はその翁に背を向けるのだが…。



あやし。此の邪神、など人をまどわす。

           翁がまのあたりをかくても有るや。」


(妖しいこの邪神め、どうして人を惑わすのか?私の目の前
で、こんな事をするのか。)





この後に真女児は滝に飛び込み、その飛び込んだ先の水が空に舞い上がり、雲は墨汁をこぼしたように真っ黒となって、烈しい雨を降らせた。やはり聖地に存在する滝がきっかけだったのか、蛇の本性がにじみ出た為にか、翁に正体を見破られてしまった真女児であった。

ところで、この場面に登場した翁は大和神社に仕える当麻の酒人という翁だった。ちなみに大和神社には、真ん中の中殿に大國御魂神(大己貴神荒魂,大地主大神)を祀っている。大地主神は、中世に創られた創世神話に登場する神だが、大己貴は三輪山に祀られる蛇神だ。またその翁は、当麻の酒人という名の出所は、八岐大蛇を酒で鎮めるという意味合いを込めての、当麻の酒人だったらしい。

吉野には、後世になって「龍王権現」が建立されたのだと。そしてその御神体は蛇であり、元々吉野山の谷間には蛇が多く棲んでいる事から、真女児の登場はごく自然である。つまり吉野行きを渋った真女児の心情は、やはり本性が自身から湧き出てくるのを抑える事のできぬ恐ろしさからなのだろうか?

「さればこそ。此の邪神は年経たる虵なり。かれが性は淫
なる物にて、『牛と孳みては麟を生み、馬とあひては龍馬
を生む』といへり。此の魅はせつるも、はたそこの秀麗に
姧けたると見えたり。かくまで犱ねきを、よく慎み給はず
は、おそらくは命を失ひ給ふべし。」



翁の言葉には、蛇は淫らなものと表現している。古代は神秘的なもの、新たな生命を育む存在として蛇が信仰されていたのだが、中世になり蛇は多淫なものとして認識され始めた。しかし「蛇性の淫」は「白娘子」という中国の蛇と人間の男の純愛物語が下敷きとなっているという。この「白娘子」の話では、普通に蛇と人間の間に子供がもうけられている。そして最後もまた、ハッピーエンドで終わっているのが、「白娘子」の話だ。

前半部に、真女児と豊雄が結ばれるシーンがあったが、それは神に対して、決して破ってはならぬ誓いを立てたものを隠して表現しているのが秋成の考えならは、今回の翁が示したような淫らな蛇が人に取り憑いで、その者の命を吸い取る存在の蛇である真女児の正体を、そのまま信じて良いのだろうか?考えてみれば、真女児が豊雄と結ばれてから吉野へと向かうまでは、何も無い平穏な日々が続いていたわけだ。それを邪魔したのは、人間が信じる神に仕える者であった。

「青頭巾」を読んでみても、当時の坊主の腐敗を表現しているようでもある。上田秋成の心の中には、当時の宗教批判が読み取れなくもない。それをこの「蛇性の淫」にあてはめてみても、実は真女児と豊雄…それよりも、物の怪としての存在である真女児が豊雄を求めてやまない気持ちを引き裂く人間達の手段なのであったのかもしれない。
by dostoev | 2010-11-14 08:57 | 「蛇性の淫」
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