現役の学生さんからメールで下記↓のような質問がきたので、自分なりに答えてみようと思う。
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①浮舟の出家、そして宿世についてどう思われますか。
②浮舟は何故出家したのですか。
③女性の出家は誰と誰と誰が出家したのですか。
(空蝉、女三宮、藤壺、紫上、浮舟、こんなもんですか??まだいますか。)
④光源氏は何故出家を希望し挫折したのか。 (もっと、質問したいことが出てくると思います。)
⑤源氏物語は神仏習合でしょうか? それとも仏教思想だけですか。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
>①浮舟の出家、そして宿世についてどう思われますか。 「源氏物語」当時の平安の世は、末法思想が氾濫して、往生を求める人達が沢山いたらしい。何故かというと戦乱、飢饉疫病の続く暗い、それこそ末法の社会背景なので、生きて地獄のような世に住むよりも、極楽浄土に近づけるよう、出家する、もしくは焼身往生(ほとんどが、下層僧)や、女、子
供できる入水往生が流行ったようだ。だから浮船も、この世に地獄を見た為に出家したのかもしれない。それが男女間の揺らめきにしろ、人を裏切る気持ちがまた地獄そのものだったろうから…。
浮舟の話を読むと、思い出すのは桜子の伝説。れもやはり、二人の男に言い寄られ揺らめく心情の中、命を絶ってしまう桜子と浮船は、ダブってしまう。
また「宿世」は、運命とも偶然とも捉えられるので、薫と匂宮の間で揺れ動く宿命を感じ、更に夢信仰もまた広がっている「源氏物語」の世に、妹尼が見た夢が重なる「宿世」。しかし、浮き船はこれを断ち切り、夢信仰の衰退を示す行動にでるのは、紫式部の未来予知なのかもしれないなぁ。
ついでに思う「浮船」の名前。平安の世での、入水往生(要は入水自殺)は、大抵船に乗って湖水であったり海に船を浮かべて、そこから沈み行く…。
この入水する為に波に揺られる浮き舟、更に男の宿世に揺らぐ浮き船は、それこそ「源氏物語」の浮舟というキャラクターは、初めから作品の完結の意図して、紫式部が作ったような気がする…。
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>②浮舟は何故出家したのですか。 出家して「浮舟」という自分を捨てることで、新しい自分になれた、とも言えるかもしれない。
ただ紫式部は更に突っ込んで、全編に拡がる夢信仰の衰退をほのめかしているような気がする。霊夢という、当時の仏教系の信仰。一般庶民に信仰心を植えつけるというか、拡げる為に、聖徳太子から始まった夢殿での夢想が法然や親鸞・明恵に至る霊夢のお告げに似た様な形式が「源氏物語」にも拡がる。
「源氏物語」には「夕顔」にて光源氏が2度にわたって霊女の夢をみている。
また「若菜」にて光源氏は、ただ事じゃない夢を見る。
また「葵」では、六条御息所が、異様な姿となった自分の夢を見る。
「須磨」では、光源氏が何者(龍王?)かのお告げの夢。
「明石」では、明石入道が2度にわたり霊夢を見る。
更に「明石」では、兄の朱雀帝が、亡き桐壺院が現れる夢。
「逢生」では、末摘花が亡き父の夢を見る。
「朝顔」では、光源氏が亡き藤壺宮の夢を。
「玉鬘」では、玉鬘の乳母が夕顔と、その夕顔に取り憑いた霊女の夢を。
「蛍」では、内大臣が霊夢を。
「若菜上」では、光源氏が紫上の夢と、明石入道が日月と須弥山の夢。
「若菜下」では、柏木が女三宮の飼い猫の夢。
「横笛」では、夕霧が亡き柏木の夢を。
「総角」では、中君と宇治阿闍梨が亡き八宮の夢を。
「浮舟」では、浮舟が匂宮の夢を。更に浮舟の母が浮舟の夢
と吉凶の夢を。
「手習」では尼君が霊夢を。
他にも、夢の描写は無いものの、妹尼が亡き娘の身代わりを授かる夢を見たと言っている。
小野小町の歌にも夢の歌は歌われており…。
思いつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを
うたたねに恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき
いとせめて恋ひしき時はむばたまの夜の衣をかへしてぞ着る
などなど、沢山の夢の歌があるけれと、平安の世は、まさに夢信仰が政治にも仏道にも恋にも、広がっているのがわかる。
「源氏物語」に張り巡らせてある夢を最後の宇治十帖の浮舟が夢を否定しているのは、夢がもたらす現世利益信仰?に浮かれる平安の世を、それだけでは救うことの出来ない生の重さを扱っている、まさに紫式部の世を見る目なのかも。
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>③女性の出家は誰と誰と誰が出家したのですか。
>(空蝉、女三宮、藤壺、紫上、浮舟、こんなもんですか??
>まだいますか。) 六条御息所、朧月夜の君も、出家組ですかね。後年か…。紫の上は、正式な出家は最期まで許されなかったが…?せいぜい、こんなもん↑だと…あとは…?
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>④光源氏は何故出家を希望し挫折したのか。 (もっと、質問したいことが出てくると思います。) 「幻」で紫上に死なれた光源氏の歌…。
うき世にはゆき消えなんと思ひつつ思ひの外におほぞほどふる
なくなくも帰りにしかな仮の世はいづこもつひの常世ならぬに
平安の世の風潮は、全て仮の宿り。体も魂が棲む仮の肉体であり、この世も仮の世であり、自分の目で見える全てのものは、幻であり仮なのでという風潮。だからこそ、人を恋するのは肉体ではなく、魂が結ばれるかどうか。だから、身分とか結婚しているしていないは関係無かった。あくまでも魂が
呼び合うかどうかで、魂逢ひの意識が平安の世にはあった。
「幻」で紫上が死ぬ前に、光源氏はこういう歌を詠んだ…。
大空をかよふまぼろし夢にだに見えてこそ玉のゆくゑてずねよ
結局、物語上では光源氏の夢には紫上は現れなかった。つまり紫上は、この世に執着が無いという事か、もしくは魂というものの本来は、この世に存在せずに別の世界を漂うものなのかという疑問を、光源氏は感じたのだと思う。
おほかたは思ひすててし世なれどもあふひはなほやつみをかすべき
かきつめて見るもかひなし藻塩草おなじ雲居の煙とをなれ
もの思ふと過ぐる月日も知らぬ間に年もわが世も今日や尽きぬる
だから、紫上の魂に逢う為には、この仮の世でも、出家する事でも無いと悟ったのかもしれない。
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>⑤源氏物語は神仏習合でしょうか? それとも仏教思想だけですか。 これに関しては、仏教思想だけじゃなく、民間信仰も当然入ってます。平安の世を映し出す文化(いろいろなものが入り込んだ)として「源氏物語」が存在すると思います。