

嘉永六年三閉伊通百姓一揆の指導者として、また地元の英雄としてのものなのか堂々とした三浦命助の石碑が、旧栗橋村の地に建てられている。
「遠野物語」にも登場する村に、栗橋村というのがある。そこに古くから住む、三浦氏という一族がいる。この三浦氏という家系は以前、菊池と云ったのたが、家運が衰退し始めた時に、小国村から一人の娘を、嫁として迎え入れた。その嫁を迎え入れる際の条件として、三浦姓を名乗る事になったのだと云う。
この小国の三浦家とは「遠野物語63話(マヨヒカ)」に登場する三浦家であり、マヨヒガの伝説によって富を得た家系と伝えられている。
この栗橋村の三浦氏の本来の姓である菊池とは、九州菊池一族の支流と云われ、九州栗沢の出であり、途中から栗沢姓を名乗った時もあったそうな。

この三浦家では代々布引観音を祀り、家の側に布引観音堂が建てていほど熱心な信仰をしているようだ。この布引観音はどこから来ているかと云うと、紀州熊野の滝の一つである布引の滝に結び付くのだという。九州の菊池一族の本拠地には、熊野修験の影響が濃く、菊池と熊野修験の結び付きの深さを感じる。

中村地区に、坂上田村麻呂の伝説が付随する熊野神社にも、三浦氏(菊池氏)の信仰も入り込んでいるらしい。画像の”粟沢”の石碑は、先に記した九州の粟沢地区から移動してきた名残であろう。


三浦家の祀る布引観音の奥の院には、白糸の滝と並んで御神体とされる布引きの滝がある。滝を瀑布とも表現するように、この布引きの滝も、神の依代である、風にたなびく幡を示している。布引観音の本地はまだ調べてはいないが、水神である事は確かだろう。実は、この熊野修験に関連する菊池一族の信仰は、県内各地に伝わる。次の機会にでも熊野と菊池一族などを紹介する事にしよう。