
早池峰山の手前を薬師岳という。薬師とは薬師如来からきているのだが、中世以前
の薬師とは、薬師(くすし)とも呼び、現代の医者に相当する名称であった。また
”前薬師”という呼び方から、後ろに鎮座する早池峰山は”後ろ薬師”とも呼ばれ
ていたという。それは早池峰の頂きにある聖なる水”開慶水”が麓に流れる為には、
薬師を通して流れるという認識もあったようだ。

つまり早池峰山と薬師岳を含めて、薬師信仰圏と言ってもいいだろう。医者の代わ
りの薬師は、純粋に病気を治したい、治して欲しいという願望の元に信仰が根強か
ったとも聞いている。早池峰の瀬織津比咩が穢れ祓いの神でもあるから、薬師の信
仰と結び付き、悪い病気をも穢れ祓うものと信じられていた歴史がある。

昔の時代は、簡単には早池峰神社へも行く事ができなかった。例えば遠野の町から、
早池峰神社へ参拝するにしても、歩いて一日がかりとなった。ましてや早池峰信仰
は県外にも広まっており、県外から長旅をして早池峰神社へと辿り着く人々も多か
った。人々を駆り立てたのは、純粋な願い。「お父っつぁん、お母っつぁんの病気
が治りますように!」というものが多かったという。

現代では、早池峰神社へ行く場合、車で1時間弱の道のりを行くだけでいい。願い
があっても車で簡単に行き、まるでドライブスルー並みの手軽さでお願い事ができ
るのだ。しかし最近、ある90歳過ぎの婆様が、ある人の病気が治るようにとお百
度を踏んだという。等価交換とまでは行かないが、願いをかなえる為には、我身を
削り、魂を削ってまで、その人に対する想いを神仏に伝えるものだ。手軽に神社に
参拝するなど、お手軽過ぎて、その90過ぎの婆様のお百度参りには、到底かなう
筈が無い。

お百度は無理だとしても、真冬の夜の又一の滝への参拝は、神仏に対し、その想い
は伝わるだろうか…。

ただし、帰りの夜道は、かなり辛いものがある。。。