遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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南部神社「墨付けどんと祭」

南部神社「墨付けどんと祭」_f0075075_16552445.jpg
今日は、初めて南部神社のどんと焼きへ行って見た。どんと焼きは、15日にやるものだと思っていたが、今日1月12日に、南部神社でどんと焼きが行われると聞いて、それならと行って見た。
南部神社「墨付けどんと祭」_f0075075_16570930.jpg
本殿を正面にし、どんと焼きの神事が執り行われた。南部神社の場合は「墨付けどんと祭」と云うそうで、燃え墨を顔に付けるのだとか。ただし最後までいなかったので、全ては見なかった。
南部神社「墨付けどんと祭」_f0075075_16585840.jpg
祝詞が奏上され、神事が始まる。
南部神社「墨付けどんと祭」_f0075075_17012190.jpg

祭囃子が奏でられると、権現様は本殿前へ移動。
南部神社「墨付けどんと祭」_f0075075_17102675.jpg
その間に、正月飾りなどに火が点けられた。
南部神社「墨付けどんと祭」_f0075075_17111474.jpg
そして参加者が神官を先頭に、火の周りを三度回り始めた。

この後に、本殿前の権現様へ行き、頭を齧ってもらう。
南部神社「墨付けどんと祭」_f0075075_17131536.jpg
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この後に参加者は火の前に戻って来て、長い竹串に餅を刺して、焼いて食べる。恐らく、この火が消えた後に墨を顔に付けるのだろう。自分は、そこまで居なかった。
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# by dostoev | 2020-01-12 17:19 | 遠野体験記

臼館の妖怪について

臼館の妖怪について_f0075075_19404970.jpg
遠野市青笹町に、臼館跡がある。そこに伝わる古い伝説には、安倍貞任はこの舘から義家軍の背後をついて、挟み撃ちにしようとした。しかし、その攻めは失敗に終わり、貞任軍の兵の屍が臼館の周辺に山と積まれたそうだ。それからの事、この臼舘には化け物が現れるようになったのだと伝わる。それは、俵の形をした化け物であったと。刀で切ったり、棒で叩けば、その化け物の姿は三つにも、四つにも分かれたと云う。そして、みるみるまた元の俵の形に戻ってしまうのであったと。人々は、この化け物は死んだ兵達の怨念が形となって現れたのではと噂されたと云う。この臼館の化物であり、妖怪の類を考え探してみたが、似た様なモノは存在していない。となれば、何かの抽象的な表現ではないかと考えた。そこで浮かび上がったのが、蝶であった。

「吾妻鏡」「黄蝶が群れ飛び、鎌倉じゅうに充満した。これは戦乱の兆しである。天喜年間には陸奥出羽にこの怪事があり、平将門と安倍貞任が乱をおこした時にも黄蝶の群飛があった。」と記されている。蝶は人の魂の化身で、蝶の群れは人々の魂の不安を現したと考えられたようだ。また黒い大型の蝶をカマクラチョウと呼ぶ地域では、新田義貞の鎌倉攻めの時に死んだ武士達の魂が黒い蝶になったと信じられていた。上総の国では黒蝶が地獄蝶と呼ばれるのも、黒い大型の蝶は死霊であり、人魂の具現化と信じられたようだ。鴨長明「発心集(1215年)」にも、花好きの男が死後に蝶に生まれ変わった話もある。先に記した事からも含め、人は死後に虫になるという話は恐らく、日本独特のものではなかろうか。

今井彰「蝶の民俗学」には、"蝶の妖怪"が紹介されている。前九年の役の時、安倍氏の家来が源義家の投げた石に当たり、足を滑らせて沼に転げ落ち、そのまま息絶えたと云う。その死体は沼の中で大きな蝶になり、曇った日や夜になると沼から浮かび出て、空を飛ぶのだと。月夜の晩のその蝶の妖怪を目撃した話では、水で羽がキラキラと輝き、幻想の中にいるように感じたと云う。ところで「吾妻鏡」に記されている黄蝶だが、黄色は陰陽五行で土を示す。この土は、水死体を土左衛門と呼ぶ元となった。また死者の国と思われる黄泉国にも、「黄」が使用されている様に、黄色には死の匂いが漂う。「吾妻鏡」は史書としても扱われている事から、黄蝶の大群は、実際に目撃されたのかもしれない。つまり「吾妻鏡」による黄蝶への意識は、「蝶の民俗学」でも紹介された、安倍氏の兵士が蝶の妖怪化した伝説があるように、虐殺した蝦夷に対する恐怖が蝶に重ねられている可能性はあるだろう。
臼館の妖怪について_f0075075_21255455.jpg
そしてもう一つ、その蝶は変態する虫である。成虫の以前は、蛹の姿であり、それは有名な怪談「番町皿屋敷」に登場する"お菊"の姿と重ねられた。家主に縛られ折檻された姿が蝶の蛹の様であったから、その蛹を"お菊虫"と名付けたようだ。しかし、それ以前から蝶そのものが人の霊魂と重ねられて考えられていた為、蝶の蛹もまた霊魂の具現化として捉えられたのだろう。仏教が普及して、死んだ先は、極楽浄土か地獄となるのだが、日本神話の世界では黄泉国、常世の国となろうか。黄泉国から帰還した伊弉諾は、禊をして現世に戻ったのは、死と再生の観念が黄泉国に存在するからである。人が死に、その魂が蝶となって復活した。当然、それを恐れる人々とは、その者達を死に追いやった者達となる。臼館の妖怪は、安倍貞任に仕えた兵士達が死後、復活したものと考えられている。

臼館の妖怪は、俵の形をした化物と表現している。その俵の形をしたものを、私は蝶の蛹ではないかと考える。宮田登「妖怪の民俗学」によれば、「番町皿屋敷」での舞台の屋敷跡の廃井から、女が縛られた様な小虫が夥しく出たと伝わる。この小虫が蛹であるのだが、恐らく臼館で伝わる話は「吾妻鏡」にリンクするのではなかろうか?「吾妻鏡」に記される黄蝶の大群とは、それ以前に大量に発生した蛹の後である。つまり過去に例を見なかった夥しい数の蛹が発生し、それを不気味に思い、安倍貞任の兵士達の霊魂と重ねられ語られた。そしてその蛹から、大量の黄蝶が発生し、飛び散ったものが「吾妻鏡」に報告され、それ以前の話が、遠野の臼館跡に伝わる伝説になったのだと考える。刀で斬っても、棒で叩いても、みるみるまた元の俵の形に戻ったという表現は、人間の手に負えない程の黄蝶の大発生を意味しているのだと思うのだ。

# by dostoev | 2020-01-10 21:44 | 民俗学雑記

遠野の日本一

遠野の日本一_f0075075_09113592.jpg
遠野の日本一というのがある。その一つが、ビールのホップ生産量日本一だろう。殆どがキリンビールに提供していたようだが、最近ではそのホップを使って料理なども考案されているようだ。そして、養殖ヤマメの生産量が日本一だった筈。しかし、やはり誇れる日本一は、早池峯ではないだろうか。日本最古の地層を持つ山で、蛇紋岩の山は、宮沢賢治も何度も訪れ、蛇紋岩のコレクションを集めたという。その早池峯山は、日本列島が隆起して出来る時に、真っ先に海面から顔を出したのが早池峯山と云われる。女神を祀る山であるから、日本列島の長女とでも云うべきだろうか?ただしこれは、確定された事ではない。しかし、遠野に住む人達は、誇りを持って早池峯山を日本一の山として紹介しても良いと思う。


# by dostoev | 2020-01-03 09:24 | 遠野情報(雑記帳)

令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。

令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_16561395.jpg
令和二年一月一日、皆様あけましておめでとうございます。正月はいつもの通り、早池峯神社への参詣から始まりました。道路の凍結を心配し、夜中と早朝の参詣を止め、なるべく午前10時前後に到着するように家を出発。何故、午前10時頃に合わせて早池峯神社に向うかというと、日差しが丁度良い角度で照らし、早池峯神社の空気感が清々しく感じるからです。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_15452846.jpg
やはり、早池峯神社参詣する前に、この神遺神社は、避けて通れない。遠野駅前から出発した頃は、雲はどんよりしていたのだけれど、早池峯神社に近付くにしたがい、空が晴れ、日差しが出て来た事に感謝。ただし、道路は完全凍結で、車のブレーキを踏んでも、すぐには止まってくれない。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_15453567.jpg
丁度、午前10時頃に到着した早池峯神社は、晴れていたが雪がチラついているという、狐の嫁入り天気になっていた。参拝客も、それなりに見受けられた。一年間に、何度も早池峯神社を訪れているが、こうして人に出会えるのは、大祭時と正月時くらいだ。ただ空気が異常に冷たい。手袋をしていなかったが、手がかなり冷え込んで、指先が痛いくらいだ。とにかく気温が、他とは全く違って、寒いというか冷たい。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_15454455.jpg
そして、いつもの通り甘酒を、振る舞っている。唯一ストーブが置いている拝殿は、正月時に御札や御守なども販売している。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_15455190.jpg
御手水の水が、今日は凄く綺麗に見えた。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_15455928.jpg
階段を登り始めると「ド~ン!トーン!」と、太鼓の響きが。どうやら本殿で、神事が行われているらしい。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_16252715.jpg
これだけ早池峯神社に人がいるのは、久々だ。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_15460756.jpg
さて、遠野早池峯神社の次は、盛岡の早池峯神社へと向かう。もうこれが数年来の正月行事になっている。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_16292433.jpg
そして必ず、酒を奉納している。この酒を奉納しているのは、遠野早池峯神社と盛岡早池峯神社、そして遠く宮崎県は高千穂の瀬織津比咩を祀る社へだ。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_16310737.jpg
達曽部から大迫にかけて車で走っていると、かなりの猛吹雪に見舞われた。こうしてみると、遠野早池峯神社だけが晴れているのは、奇蹟的な事に思えてしまう。盛岡早池峯神社までの道路も、それなりに雪があるのだが、凍結はまったくしていない。走っていて、タイヤががっしりと雪をかんでいるのがわかる。逆に遠野早池峯神社周辺の、ガチガチの凍結道路は、それだけ早池峯周辺が異世界である事を実感してしまう…。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_16311746.jpg
盛岡早池峯神社に到着した。しきりに雪が降っている。
令和二年一月一日(2020年)あけまして、おめでとうございます。_f0075075_16312682.jpg
参拝後、いつもの通り宮司さんに酒を届けて、新年の御挨拶。これが果たして、いつまで続くのだろうか。聞くと宮司さんも、肺の病気で数日前まで入院していたらしい。風琳堂氏も、肺癌でこの世を去った。また知り合いの瀬織津比咩を護って来た人物も、胸からの病気で、若くしてこの世を去っている。自分も肺を患っているので、瀬織津比咩に関係する者は胸の病気になりやすいのか?などと思ったりしてしまう。いや新年早々、こんな事を書いて申し訳ない。とにかく今年もマイペースで、いろいろわかった事を、このブログで書いて行こうと思う。新年、あけましておめでとうございます。

# by dostoev | 2020-01-01 16:48 | 民宿御伽屋情報

白山様トイウモノ…ついでに今年最後の御挨拶をば。

白山様トイウモノ…ついでに今年最後の御挨拶をば。_f0075075_16491750.jpg
土渕町に"白山様"という小高い岩山があり、この白山様に登り、長者を祈願すると長者になれたという伝説の岩山でもある。昔は上流の沢水をこの白山様の岩山の上に流し、人工的に滝にして水を流していたという。その滝をイメージしても、雄大であり綺麗であったろうと想像できる。ただ、その滝を単なる景観を良くする為に、人為的に滝を作ったのだろうと当初は、簡単に思っていた。しかし"長者祈願"を結び付けて考えた場合、登竜門の疑似体験場としての白山様では無かったか?と思えた。

古代中国の後漢書「李膺伝」に、黄河の上流に竜門という激流があり、その下に多くの鯉が集まり、殆どは急流を登れないが、もしも登ったら竜になれると伝える。それが転じて、立身出世の為の関門を、登竜門と言うようになったのが一般的な話となる。つまり、この岩山である白山様に流された滝というのは、登竜門を意図的に作り出し、それから立身出世=長者という貧しい民が長者を志す指標となったのかもしれないと考えてしまった。そういう意味では、単に登るのではなく滝が落ちる険しい場所を登ってこその登竜門であったのだろうか。

ただ一つ解せないのが、何故ここが"白山様"と呼ばれているのかだ。考えられるのは、白山信仰が被差別民と結び付いているという事と関係するのではなかろうか。被差別民というと、真っ先に穢多非人という言葉が思いつくが、古代の蝦夷もまた被差別民であったという事。白山信仰は、東日本、特に日本海側に多く分布している。そして西日本の白山信仰の分布は、俘囚として連れて行かれた蝦夷の集落と重なる事からも、白山様は虐げられた被差別民である蝦夷の信仰と重なるのではないかと推測する。更に付け加えれば、蝦夷の長であった奥州藤原氏そのものが、白山を強く信仰していた事も、後押しするだろう。

早池峰山中腹にある御金蔵は、白山にも同じものがある。元々早池峰山の名称などは、白山を意図して作られているのは、「白山大鏡」によれば、翠ヶ池に現れたのは、九頭竜であり瀬織津比咩であった。当初白山を支配したのは天台宗であった事から、妙見神の化身が九頭竜である事から、早池峯と白山の信仰が重なる。いや重なるというものではなく、本来同じものであった。恐らく、白山に祀られている姫神が、後から早池峰に祀られたのかとも思える。奥州藤原氏の信仰の重きが、白山と早池峯にかかっているのは、偶然では無いだろう。水沢の正法寺では白山・早池峯・熊野が同体として信仰されているのも、元の龍神であり滝神が同一神である事を意図してのものだろう。

白山様と呼ばれる小高い岩山に登り先端から遠望する先には、早池峯が聳える。その早池峰の女神は、東和町から花巻市にかけて「一生に一度だけ、無理な願いを叶えてくれる神」として伝わっている。この無理な願いを叶える内容の話は、「泥棒を守護する神トイウモノ」に書き記した。その"無理な願い"に、貧し民が切望する長者祈願が入っていたとしても、何等不思議ではないだろう。ともかく白山様は、直接的に龍神であり滝神である早池峰の女神に祈願する場所としてあったのだろう。
白山様トイウモノ…ついでに今年最後の御挨拶をば。_f0075075_16460181.jpg
今年の遠野は暖かく、昨日の午後から降っていた雨も雪に変る事が無かったが、今日の午後からは、その雨が雪に変化してしまった。上の画像は、夕方に撮影した遠野駅前の画像です。見て分かる様に、雨が雪に変わり、うっすらと白くなってしまった。ただ今年最後の日に、雨が雪に変わったのは、よく捉えれば、この記事に書いた様に鯉が龍に変化した吉兆と考えるべきかもしれない。この不景気の時代、来る年に向けて白山様であり早池峯の神に、豊かでゆとりある生活を祈願して、今年を終えたいものと思います。さて皆さま、今年はどうもありがとうございました。ブログも諸事情から更新の頻度が遅くなってはいますが、来年も続けて行こうと思いますので、どうぞ応援よろしくお願いします。それでは皆様、良いお年をm(_ _)m

# by dostoev | 2019-12-31 18:55 | 「トイウモノ」考

山の道路状況を見に行ってみた(耳切山の場合)

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高清水山の次には、耳切山へ行ってみた。何というか、高清水山よりも麓の雪が多く残っている感じ。溶けてはいるのだが、車で走っていると氷をガリガリと潰して走っている様だ。これは、方角と日照の問題からだろう。高清水山方面よりも、耳切山方面の道は、確かに陽当たりが悪い。雪の量は途中までは、高清水山の方があるように思える。耳切山は、雪の表面が融けて凍りになって、パリパリになっている。
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高清水山と同じに、山の作業車両が走っているらしく、画像の様に場所によっては、雪が溶けている箇所もちらほら。
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遠野盆地が見渡せる場所にも、問題無く車で来る事が出来た。まあここまでは、車の通った跡があるので大丈夫だろう。問題は、ここより更に上の方。
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耳切山の牧場へと差し掛かったが、少し走ると、車の走った跡が、雪で埋もれつつあった。最近は、これより先に、車は来ていないようだ。これより少し進んでみたが、もう限界だった。それでも、遠野盆地が見渡せる場所までは、明日以降も行けそうなので、最終的にはそこで初日の出も拝めるだろう。
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ちなみに2012年の正月は、ここから初日の出を拝んだ。
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ところで帰り道、白鳥が飛来していて、田んぼに集まっている姿を見つけた。そういや時期的には、とっきに来ていておかしくはない。ただ自分が気付いていないだけだった。
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気になったのは、灰色交りのグループと白色だけのグループが別れていた。その他大勢の白色白鳥グループを、灰色交り白鳥グループが眺めていたのは、仲違いでもあったのだろうか?

# by dostoev | 2019-12-30 16:38 | 遠野体験記

山の道路状況を見に行ってみた(高清水山の場合)

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今年の遠野は、雪が少ない。街中は、殆ど雪が無いと言って良いだろう。ころで明日は、大晦日。そして正月と続くのだが、初日の出を意識した場合、やはり山の高みから見てみたい気持ちが強い。街には雪が降らなくとも、山にはそれなりに降っている。しかし、暖かい冬の為に最近は雨なども降っているので、もしかしたら車で頂上まで行けるのではないかと思ってしまった。そこで、ロケハンよろしく、まずは高清水山へと行ってみた。

高清水山への入り口から、かなり先まで雪は無かった。しかし、通行止めの表示がある場所から、雪道となった。
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それでも、作業車両が走っているのか、タイヤで踏み固められている為に、普通の雪道を走るようなもので、無理なく登って行ける。頂まで、この作業車両のタイヤが続いていれば、かなり助かる。
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しかし、作業車両のタイヤ跡は、この石羽根への分岐点までて終わっていた。それでも積雪10センチに満たない程度なので、どうにか行けそうだった。
新雪を走るような感じだが、そんなに雪が深くないので、どうにか行けそうだ。
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とにかく、展望台への分岐点まで来れた。ここから下って進めば、展望台まで行ける。
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分岐点から下って左カーブを曲がると、画像の木が登場する。
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その先が、風によって吹き溜まった雪がコンモリと、道路を覆っていた。これ以上は無理だと判断し、戻った。
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別の頂でもある駐車場のある場所まで、行ってみた。
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駐車場は陽当たりが良く、アスファルトの為か、雪が殆ど無い。手前の木が邪魔だが、遠野盆地は遠望できる。当然、初日の出はここからでも拝めそうだ。ただし、12月31日は、雪か雨。現在、遠野には雨が降っている。これが夜になると、雪に変る可能性が強い。ただし数日前の雨は、朝まで雪に変わらず、ずっと雨だった。それだけ遠野は、暖冬で雪が少ない。とにかく高清水山が、今日の状態を維持していれば、初日の出はここから拝む事が出来るだろう。

# by dostoev | 2019-12-30 15:22 | 遠野体験記

遠野高校生による語り

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遠野、風の丘で今日の14時から、遠野高校生の語り部の披露があった。
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これを知ったのが、新聞のチラシ。ある朝、新聞のチラシを見ていたら、上記の「遠野物語高校生語り部」の文字が目に入った。仕事も暇になったので、それじゃあ見に行くかとなった。
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宣伝も行き届いて無かったのか、見渡すと外部の客は、少なそう。半分以上は友達など、身内の集まりの様に見えた。まあ時期的に、これは仕方ないだろう。
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立って撮影すると後ろの邪魔になるので、座ったままカメラはテーブルの上に置いたままの撮影。語りの表情は写っていないけれど、語りの声だけで聴いて下され。ただ個人的に気になったのは、高校生が語っている傍で、テレビの音声が垂れ流しで気になっていた。せめて、高校生が語っている最中は、テレビを切って欲しいものだった。

# by dostoev | 2019-12-29 15:18 | 遠野情報(雑記帳)

今朝の早池峯神社

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座敷ワラシの御守が欲しいという客を連れて、早池峯神社へと行ってきた。平日には人がいる事が少ないので、前日に御守を買いに行くと電話予約を入れておいた。車で行く途中、早池峯が綺麗に見えた。実はいつも、早池峯が綺麗に見える道を通って早池峯神社へと行く事にしている。
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閉鎖となるふるさと学校。なんとなく寂しく見えてしまう。
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時間的には午前9時過ぎ頃に到着。太陽の日差しが、この頃から境内に届くようになる時間帯でもある。
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樹齢千年を超す、この杉の木から座敷ラシが覗いていたという話をすると、さすがに客は反応し、写真を撮り始めた。
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もしかして、雪があるんじゃないか?と思っていたが、境内には若干の雪の名残があるだけ。やはり今年は、暖かいのだろうか。
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早池峯神社の空気感に触れている観光客。
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早池峯神社に通い、いつも思うのだが、この午前9時から11時までの間が、早池峯神社の空気が、一番清浄に感じる。これは太陽光が差し込んできている影響もあるのだろうが、昔の時刻に照らし合わせてみると、辰の刻から巳の刻にかけてだ。祀られている早池峯大神は、水神であり竜蛇神である事を考えると、何となく納得してしまった。
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境内の道には、寒さの為に細かな霜柱が立っていた。境内を歩くと、その感触が良かった。
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早池峯神社の参拝は、この時間帯が個人的にはお勧めだ。ただ本当に願いを叶えて欲しいという想いがあるなら、夜に参拝すべきとは思う。何故なら、太陽が沈んだ後の夜は、神の時間帯でもある。神との距離を詰めての参拝の方が、願いを叶える可能性が高いだろう。

# by dostoev | 2019-12-19 13:24 | 御伽屋・幻想ガイド

早池峯妙泉太神龍(白龍)

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薬師岳から早池峯を望んで気付くのは、早池峯の真上に北斗七星と北極星が輝いているという事だった。
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そして、その早池峯に向って左側に月が沈む。
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また早池峯に向って右側から太陽が昇って来る。
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早池峯を基点とした星の運行の形は、まさに妙見信仰の尊星王だと思える。早池峯をまず支配したのは、星の宗教と呼ばれる天台宗であった。坂上田村麻呂による蝦夷国平定の後、東北地方を布教して回ったのが天台宗。この頃は、西の真言、東の天台と云われ、西日本を中心に布教活動したのが、真言宗。東日本を布教活動したのが、天台宗だった。尊星王は、左右の手に日月を持つ星神である。この尊星王は、しばしば九頭竜として降臨する。そしてこの尊星王は、三井法流において吉祥天女とされる。
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中野美代子「仙界とポルノグラフィー」で、9世紀唐末の「西陽雑爼」には「龍の頭上には博山の形をしたものが一つあり、尺木と名付ける。龍は、尺木が無ければ天に昇る事が出来ない。」と記されている。それはつまり、龍が天に昇る時は依代が必要であるという事らしい。それは神の宿った樹木であるのだが、有名な長谷寺の「長谷寺縁起文」に記されている龍神の依代となったのは、神の憑依した樹木で造られた毘沙門天像であった。毘沙門天の妻であるとされるのは、龍神とも結びつけられるラクシュミー(蓮女)である吉祥天女であろうから、長谷寺の信仰には、吉祥天女が夫である毘沙門天を抱いて天に昇ったと云う意味を持っているものと考える。
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その吉祥天女を色濃く伝えるのが、早池峯である。遠野に伝わる三女神伝説には蓮華が登場し、それを手にしたのは三姉妹の末娘で、姉の上に降りて来た蓮華の花を奪い早池峯の女神となった。その早池峯の女神の神名は瀬織津比咩であるが、養老二年に国家鎮護の為、熊野から運ばれて来た。それと同じように国家鎮護の為に坂上田村麻呂によって、毘沙門天像が運ばれて来たとされるが、坂上田村麻呂そのものが毘沙門天の化身と云われた。その坂上田村麻呂であり毘沙門天を祀るのが、岩手山。そして吉祥天を色濃く滲み出しているのが、早池峯である。岩手山と姫神山、そして早池峯の関係は、岩手山の本妻が姫神だ、いや早池峯だとされるが、岩手山が毘沙門天を意識し、早池峯が吉祥天女を意識しているならば、本来の夫婦は岩手山と早池峯という事になるのではないか。ともかく早池峯は、龍神であり、それと結び付く吉祥天女が重ねられている。
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九州の闇無浜神社に伝わる古縁起「豊日別宮伝記」には、下記のような伝承がある。

瀬織津比咩は、伊奘諾尊日向の小戸の橘の檍原に祓除し給ふ時、左の眼を洗ふに因りて以て生れます。日の天子大日孁貴なり。天下化生の名を、天照太神の荒魂と曰す。所謂祓戸神瀬織津比咩是れなり。中津に垂迹の時、白龍の形に現じ給ふに依りて、太神龍と称し奉るなり。

上記の「太神龍」という表記だが、正確には「妙泉太神龍」もしくは「妙泉大龍神」と表現する。遠野の早池峯神社の本来は、神仏習合であった早池峯妙泉寺だった。この早池峯妙泉の名は、太神龍意図しているのはいうまでもないだろう。つまり早池峯妙泉寺は仏教的に、白龍を祀る寺院であったのだろう。

# by dostoev | 2019-12-17 22:55 | 瀬織津比咩雑記