遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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蛇退治

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大蛇を退治する。古くは「古事記」の素戔男尊の八岐大蛇退治に始まるが、民間では「蛇は陰湿なので祟る。」という意識が流布している。祟る生き物として他に、狐だったり猫も登場するが、どれも陰に属する生き物である。陰陽五行で陰に属するのは、女となる。その女と、蛇であり狐であり猫は、しばしば重ねられ、昔話などにも登場する。異類婚の話の大抵は、男が人間で、女が実は人間では無く、狐だったり、蛇だったりする。そして男は、女の提示した禁忌を破り、女は正体を現す。これは男はいつも約束を破る存在という認識と、女はいつも正体を隠しているという認識から作られた話も多いが、その原型は「古事記」での、伊弉諾と伊弉弥の話に帰結するだろう。ただ蛇の古くは、大物主という男神の正体が蛇であった場合があるが、後世においての蛇はほぼ女性と重ねられて語られる場合が殆どである。また猫もまた化け猫という妖怪が伝えられるが、これもまた男では無く女となる。これらの意識下には男尊女卑が見え隠れはするが、原初が殆ど日本神話へと行き着く事から、人間で非ざる者の存在は、全て神へと繋がるもの、そしてその神と繋がる巫女への意識が強いと考えて良いのではなかろうか。だからしばしば、祟る存在に神に近い巫女である女があてがわれる。
f0075075_05481000.jpg
来内地域の白龍社は、白蛇を殺してという漠然とした話を地域の古老から聞いたのだが、当初はそんなに古い話ではないのか…などと思っていた。蛇を殺した祟りというのは、昭和時代にも聞いた事がある。ある集落の爺様が、畑に現れた蛇を鍬で殺した日から、高熱を出して寝込んだ話がある。また大正時代には、蛇を殺した祟りによって蛇の鱗のようなケロイドに苦しんだ女性の話。その女性を苦しめた蛇が画像の蛇體大明神として、後に神へと昇格している。この祟った蛇を調伏したのは、日蓮宗の僧となるが、近代での日蓮宗は、こういった憑物祓いなどをよくしている。
f0075075_06025805.jpg
遠野で大蛇退治となると、やはり土淵の話となる。画像の大蛇の舌出岩は、ある僧に調伏された大蛇が、舌を出したまま石になってしまったもの。これ以外に、胴体の石と、尾の石がある。この大蛇の頭の石のところに小さな社があるが、棟札から尾の石のところに祀られている神社と繋がっているのがわかる。その神社が、白龍神社である。つまり退治されたのは、白蛇であり白龍であったという事。ただ大蛇の胴体の石の所には、社はなかった。「日本災害史」によれば、暴れる大蛇(龍)を抑えるには、頭と尾の二ヵ所を抑えるとあり、そういう意味から胴体の石は省かれ、大蛇の舌出岩と尾石の二ヵ所で社をもって祀っているのは理解できるのだ。この大蛇の石がある土渕は、明神の働きかけで開発されたと云われているが、その明神とは恐らくこの白龍神社に祀られている白龍であり大蛇であったろう。数年前、この土淵に台風が襲いかかった。その中で被害の酷かった場所に、この大蛇の舌出岩と胴体の岩と尾の岩が重なっていた事からも、大蛇とは小烏瀬川の氾濫の歴史と重なるのは明白であった。元々神とは祟る存在であり、その祟りとは自然災害の事を言った。蛇行する河川は、しばしば大蛇と例えられた。それが暴れると、川の氾濫と重ねられ、人々は神を恐れ、そして祟らぬ様にと崇め祀ってきた歴史は、日本全体に広がる。その大蛇を退治する人物の殆どが、仏教側の僧となるのは、神道における神を仏教の力によって制御したという、仏教の優位性を広める為の伝説であったかもしれない。例えば、上田秋成「青頭巾」では、その仏教内でも曹洞宗が真言宗の上に立つ宗派であるという事を広める様な話でもあった。仏教界も、印象的な縁起を創ったりし信者を増やそうとやっきになっていた。当然そういう中から、その土地の龍蛇などの地主神などを封じる様な話を創り、優位に立とうとしていたようだ。
f0075075_13192680.jpg
改めて、来内地区の白龍神社を見てみると、やはり来内川沿いに建てられているのが理解できる。地図上で見ると、山型の地形のほぼ頂点にくるのが伊豆神社であり、画像では赤丸で示してある山型の二つの底辺に位置するのが、二つの白龍神社である。土淵の大蛇が小烏瀬川と重なる事を思えば、この来内地区の二つの白龍神社と伊豆神社は、来内川を白蛇であり白龍と重ねられて祀られたのではないかという考えが想定される。ここでもう一度、来内地区に伝わる三匹の蛇の伝説をみてみよう。

来内に六陸田という地があり、ここは太古は池であった。この池に、お早、お六、お石という三匹の蛇がいた。この蛇たちは水神でもあったから、遠野三山の水源で神になろうと、この六陸田の地から一直線に天ヶ森へ経て、長峰七日路に水無しという水の無い峰を越え、現在の神遺峠の神分の社に来て泊まった。蛇たちは、天から蓮華の花が降ってきた者が、早池峰の主になる事にしようと話し合って、眠りに就いた。明け方近く、それは姉の胸に降ってきた。ところが、末の妹の蛇は、寝ずに待ちうけていてすぐに起き上がり、それをそっと自分の胸に置いて、寝たふりをした。みんなが目を覚ました時、末の娘の蛇は、約束通り、天の神が私を早池峰の女神に選びましたと言って、早池峰に飛び去った。姉は怒って早池峰と背中合わせの、一番低い石上山の、中の姉は六角牛の女神になった。この為、遠野三山は、女が登れば妬み、男の登るのを喜んだので、女人禁制の山になったという。

来内地区の六陸田という地が太古は池であったという記述は、来内地区の地形によるものだろう。極端に折れ曲がった来内川が氾濫すれば、しばしば来内地区は池になったものと想像できる。そしてこの来内地区に伝わる話は、遠野三山の女神の本来は、蛇であるという事を伝えている。つまり祟るのは神であり、その神は男神という女性である女神という認識が広がって、人間の女性と重ねられたかもしれない。各風土記には、山を流れる水の関する事で男神と女神の争いの話があるが、勝利するのはすべて女神で、その結果として男神は山から追い出される。川の源流は山にある事からも、山を支配するのは女神であり、それが蛇神へと結び付けられる。実際に、早池峯に祀られる神は水神であり女神である事からも、その水と重ねられる蛇であり龍と重なるのは当然の事であった。

先に述べた、一つの白龍神社に伝わる話に、白蛇を殺したから祀った…という漠然とした話の真実は、恐らく蛇を調伏したのは仏教の坊主であり、その蛇は山の水神で女神であった可能性はあるだろう。実際は、護岸工事により川の氾濫を抑え込んだものに、後から仏教の優位性を伝える為に大蛇退治の話を重ねたものが後世になり、その話がおぼろげとなっての「白蛇を殺したので祀った。」という古老の話に結び付いたのかとも思えるのだ。

# by dostoev | 2019-05-16 06:46 | 民俗学雑記

遠野不思議 第八百八十二話「七折の滝」

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この滝は、自分が勝手に命名したもの。当初、五折の滝かと思っていたが、こうしてよく見ると、七折でよいと思う。昔、台湾へ行った時七折れの橋というものがあった。七つの角が、厄を祓うという道教を取り入れた橋であった。北斗踏みという道教の信仰もあり、七つに折れるとは北斗七星とも重ねられていた。日本に於いても北斗七星は、信仰の対象。当初の五折れより、やはり七折れの方が縁起が良いだろう。七折の滝は早池峯の麓、大迫町に同名であり有名な滝があるが、それよりもはるかに規模が小さい滝ではあるが、これもまた七折の滝でいいだろう。
# by dostoev | 2019-05-15 07:31 | 遠野各地の滝

遠野不思議 第八百八十一話「白龍権現社(来内)」

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来内地区に、二つの白龍権現社がある。これは、そのうちの一つ。詳細は不明だが、別の白龍権現社は、白蛇を殺したので祀った…と云われるが、やはり詳細は不明。白蛇というと、例えば山口県などのアオダイショウのアルビノ種が天然記念物になっているなど、どちらかというと白蛇は西日本に多い。しかし、東北であり、岩手県の遠野では白いツキノワグマなどは捕獲例もあるが、白蛇の目撃、もしくは捕獲例を聞いた事が無い。ただ気になるのは、この来内の地には白蛇三姉妹伝説が伝わる事だ。この三姉妹は、そのまま遠野三山の三女神伝承と重なるものである。気になるのは、この白龍権現社が西を向いており、別の白龍権現社が東を向いている。これはつまり、北を向けて建立された伊豆権現社と何等かの関係にあるのではないか?と思ってしまう。東に聳える六角牛山と、西に聳える石上山。そして、北に聳える早池峯山に、三匹の白蛇は散って行った。それに対応するかのような、来内地区の白龍権現社のように思える。
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# by dostoev | 2019-05-14 13:22 | 遠野各地の白龍神社

遠野不思議 第八百八十話「自然石の白壁の水路」

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早瀬川源流に近い場所、もしくは観音窟側の沢が、このような白い石に覆われた水路の様になっている。以前から気にはなっていたが、今回こうして真面目に眺めて見た。
f0075075_05055858.jpg
とにかく、水が綺麗だ。
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白い岩の上から撮影した画像。
f0075075_05063849.jpg
イワナも泳いでいる。
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始点は、やはり白い石に囲まれた滝から始まっている。
f0075075_05085801.jpg
それが途中、大きくそそり立つ白い岩壁の間を流れ、最初の画像の場所へと流れ着く。極端に長くはないのだが、それでも綺麗な沢であるので紹介したいと思う。

# by dostoev | 2019-05-13 05:11 | 遠野不思議(自然)

仙人秘境を行く

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久々に仙人峠へと来て見た。そして、旧仙人峠の看板を見てみたら…なんと「仙人峠秘境」と記されていた。遠野の中で"秘境"と示されているのは、ここぐらいではなかろうか?
f0075075_18383820.jpg
仙人峠を歩いて越える道は、この看板に向って左側を歩いて行く。しかし以前に走破しているので、今日は違う道を行ってみたい気になってしまった。それは看板に向って右側に、沢が流れている。その沢を溯上した事が無いので、行ってみる事にした。
f0075075_18414462.jpg
沢の入り口は、画像の滝から始まる。
f0075075_18423916.jpg
滝を乗り越えると、その先も岩壁に覆われた沢が続いている。この沢のある山は高清水山(たかすずやま)で、この裏側が滝観洞のある上有住となる。この高清水には片岩と呼ばれる岩壁の名勝地があるが、この反対側の上有住にもさらに大きな岩壁がある。そして遠野最大の鍾乳洞も、ここにある。細かな沢の流れを調査すれば、また別に新たな鍾乳洞の発見もあるかもしれない。

とにかく沢を進んでみる。水は、さすがに綺麗だ。
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とにかく小さな沢から、この沢へと水が集まっている。
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途中、放置されたパイプらしきがあった。沢水をどこかに繋げていたのだろうか?
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自然の岩壁の水路を歩いているような感じだ。

落葉が堆積している場所は砂地の様で、足を踏み入れるとズブズブ沈んでしまう。
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透明度の高い沢の水に、新緑の緑が映えて綺麗だ。
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ある場所に辿り着くと、コバイケソウばかりが密集して生えていた。
装備は何もしていなく、片手にカメラを持って撮影しながらの沢を上がるのは、かなり苦労する。ましてやこの沢の岩は、かなり滑る。
こうして、たまに平坦な自然石の水路が現れるが、それでも底石は滑るので慎重に歩かないと…滑って転んで、カメラを落としてしまいそうだ。
f0075075_19010135.jpg
とにかく見た目は綺麗だが、歩くのには滑るので難儀した。
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途中、五つに折れた滝を発見。勝手に「五折の滝」と命名しよう。
f0075075_19095617.jpg
なんとなく、秘境らしい景観もあった。
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途中、巨石があったが、その下からは水が流れていた。画像の巨石の上方には、沢が流れているわけではない。つまり内部を流れて、この沢に合流しているのだ。これはもしや、この上方に鍾乳洞があるかもしれない。
ある程度沢を溯上すると、水音が静かになり、水量も減る。どうやら源流に近付きつつあるようだ。しかし、今回は源流の探索ではないので、この辺で切り上げるとした。帰りは沢を下るのではなく、沢に沿って下って行き、途中で沢に向って右側の斜面を登って行けば、いずれ旧仙人峠の山道と合流するだろうという期待を込めた選択だった。
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沢沿いを下って行くと、枯れ木に鹿の骸骨らしきが刺してあった。う~ん、なんとなく映画に登場しそうな秘境らしく感じる。
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そして途中から斜面を登って行くと、細い獣道らしきがあり、それを歩いて行くと、旧仙人峠の道へと合流した。そして車の止めてあった仙人峠の駐車場へと辿り着いた。今日は天気も良かったので、とても気持ち良かった。ただ、下半身はかなり汚れていた…。

# by dostoev | 2019-05-12 19:41 | 遠野体験記

河童と瀬織津比咩(其の十五)

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河童という存在が全国に広がったのは江戸時代からというが、まず先に「川には、河童トイウモノが棲んでいるらしい…。」という様な話が全国の庶民の間に拡がったものと考えている。それから不確かな河童の存在が水辺に生息する生物と重ねられて、誤った河童像が出来上がったのかと思う。何故なら、絵などの記録に残る河童の色や姿に統一性が無いからだ。例えば遠野には昔、川側に生息している猿を淵猿と呼んだというのだが、いつしか猿は山奥へと移動し、今では仙人峠や笛吹峠の奥に見受けられる程度である。それに伴い、遠野の集落から河童の目撃譚も無くなってしまったのは、やはり猿との関係があったのではないかと思える。ただ江戸時代以前から、河童らしきものの概念は、確かにあった。

柳田國男は、妖怪などは、神などの零落した存在であると考えていた。河童もまた、水神の零落した姿であると。ただし、河童が水神かというと疑問符が残る。正確には、水神の眷属、もしくは水神を信仰している者達を河童に創り上げたのかとも思う。以前も紹介したが、利根川の河川工事をする人夫達を河童として揶揄した歴史もある。これは水泳や潜りの上手い者をも、河童と揶揄するのと、似た様なものだろう。また別に、大分県の雲八幡宮では、古くから"河童楽"という河童封じの神事が執り行われている。ただ、ここでの河童とは、平家の落人の妄念が河童に化けたものとされている。これは壇ノ浦で水の中に死んでいった平家の魂が、河童になったものと捉えられたのだろう。これらからも、河童と成りえる存在は、水神の零落したものだけでは無いと理解できる。

ところで河童の名称の一つに「カハタロー」というものがあるが、地域としては九州で呼ばれる河童の名称のよう。しかしこれに近似するかのように九州では、大蛇の事を「ヤータロー」もしくは「ヤハタロー」というようであるが、これがどうも「ヤハタ」が「八幡」を示すようだ。八幡神が現れたのが宇佐の三角池であったとするが、三角池(みすみいけ)は本来、巳棲み池(みすみいけ)であったとされる。その八幡神の原初は、水神である姫神祭祀であった。これらを単純に示せば、八幡神を崇めるのが河童という事になろうか。球磨川の河童は、猿と姫神の奪い合いをしたとの伝承があるが、球磨川を中心とする地は、元々隼人と呼ばれる民族の地であった。それならば、隼人という一族もまた、河童に零落させられ語られた可能性も否定できないであろう。その隼人という呼称で気になるのは、「遠野物語32」に登場する「何の隼人」という人物である。
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千晩ヶ嶽は山中に沼あり。此の谷は腥き臭のする所にて、此山に
入り帰りたる者はまことに少なし。

昔何の隼人と云ふ猟師あり。其子孫今もあり。白き鹿を見て之を
追ひ此谷に千晩こもりたれば山の名となす。其白鹿撃たれて遁げ、
次の山まで行きて片肢折れたり。其山を今片羽山と云ふ。

さて又前なる山へ来て終に死したり。其地を死助と云ふ。死助権
現とて祀れるはこの白鹿なりと云ふ。

                          「遠野物語32」

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この「遠野物語32」に登場する"何の隼人"という人物の名は、「旗屋の鵺」とも「畑屋の縫」とも呼ばれる。「注釈遠野物語」によれば、「畑屋の縫」の本来は高橋氏縫之助であり、元々は阿曽沼氏の家臣であったと紐解いている。ただ、その高橋氏は、阿曽沼氏が連れて来た家臣なのか、現地で登用したものかは、わからない。また「注釈遠野物語」では、何故に"何の隼人"と呼ばれたのかに対しては言及していない。遠野の「何の隼人」と、九州の隼人を比較すると、重なりそうな箇所がいくつも出て来る。

遠野の上郷町に、畑屋という地がある。そこに、旗屋の縫の子孫とされる、高橋家があると共に、旗屋の縫を祀ったとも、狩猟による殺生の為に畜霊を祀ったとも伝えられる畑屋観音堂と、白馬を祀る駒形神社がある。旗屋とも畑屋ともされる縫だが、現在の地名が畑屋であり、元禄十年(1697年)「遠野領における境争論の有無についての書上(三翁昔話)」「百姓縫殿」という名前が登場する事から、この頃は百姓であったらしい。ただ先に紹介したように、阿曽沼氏の家臣であったが、後に百姓に転じたらしい。ただし、だ。九州の隼人の文化を調べると、隼人の生活の主体は「畑作と狩猟」である。畑屋の縫が百姓をやりながら狩猟をしていたとして、何等問題は無いのだろう。そして、馬だ。南九州は、その時代馬産地であったようだ。馬の扱いに長けている隼人が、何等かの理由により遠野に移り住んだとして不思議では無いだろう。何故なら、既に菊池氏の流れが遠野に至っている。その菊池氏の流れも、岩手県には鎌倉時代以前から住みついている菊池氏も居る事から、平安時代以前に何かがあっての移動があったのかもしれない。蝦夷征伐により、蝦夷の刀鍛冶等は俘囚として西国へと連れていかれた。逆に九州などの西国で、朝廷に逆らった者達は、蝦夷の地へと流されたとされる。その中に、隼人達も含まれていた可能性はあっただろうか。もしそうであるならば、隼人はその一族の文化と信仰と矜持を遠野に持ち込んだ可能性もあるのだろう。平安時代から江戸時代まではかなりの年月が過ぎているが、江戸時代に隼人を名乗る畑屋一族の意識は、隼人一族の血脈に流れる矜持の表れではなかろうか。

# by dostoev | 2019-05-09 06:16 | 河童と瀬織津比咩

早池峯山遥拝所 其の七(物見山)

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城下町であった遠野の町の南に聳える、物見山。名前の通り、物見が成された山であったようだ。ただ、ブログ上で、ここの分類を少々迷った。館跡でもあるが、奇石の紹介ともなる地でもあるのだが、遠野の西に聳える別の物見山と似たような形式になる為、取り敢えず早池峯遥拝所として紹介する事にする。
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この遥拝所には、人工的に見える巨石が転がっているように見えるが、実は石の流れの向きが、早池峯の北を向いている。これは、西の物見山と同じ形状である事から、何等かの人為的力が働いたとみるべきか。先人の菊池春雄氏は、南部時代にはこの地の記録が無い事から、それ以前の安倍氏の時代であろうとしている。偽書と云われる「東日流外三郡誌」には、この物見山には安倍富長氏という名前が記されているが、気になるのはこの物見山の後は、小友町となっている。その小友からは、この物見山の別名を「長富士」と呼ばれている事だ。安倍"富長"と"長富士"と、逆並びとなるが、似たような漢字が重なっている。長い富士という名称が、以前から何故に富士山なのか疑問であったが、この安倍富長氏を組み替えて、「氏」を「士」とすれば「長富士」となってしまうのが個人的には納得してしまう。本来はどうなのかだが、この考えも考慮に入れても良いのではなかろうか。
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ともかく、こうして石の配列と、その先に聳える早池峯を見ると、安倍氏の早池峯に対する想いを感じてしまう。

# by dostoev | 2019-05-08 18:57 | 早池峯遥拝所

遠野不思議 第八百七十九話「猫多発地帯」

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動物の飛び出し注意標識は、岩手県では殆ど鹿の姿が描かれている。これが関東方面へ行くと、狸となるようだ。遠野の観光地として紹介されている河童淵の近くには「河童飛び出し注意」という洒落で作られた看板がある。それでこれはというと…地域で作られた看板の様。近くに猫を飼っている家が多いのか、はたまた野良猫が多いのかはわからぬが、どうやら猫多発地帯の為に作られた「ネコ飛び出し注意!!」看板であるようだ。昨日、一匹だけ黒猫に遭遇したが…。
# by dostoev | 2019-05-07 16:38 | 遠野不思議(その他)

野原に屹立する一本の枝垂れ夜桜

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夜になり、ある野原に咲く一本の枝垂れ桜へと行って見た。この枝垂れ桜は、遠野の里の桜が散った後も、どうにか花を咲かせていてくれる遅咲きの桜だ。
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盛期は過ぎているものの、どうにか桜の花をたたえていてくれている。
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陽は落ちたものの、写真で撮影するとまだ太陽の光の名残を示す明るさの空色となっている。
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この野原で、圧倒的存在感を示す枝垂れ桜が、若干の灯りによって妖しく浮かび上がる。
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こうして見ると、昼間は華やかな雰囲気を醸し出す桜であるが、夜の様相は不気味さを感じる。
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空が暗くなり、星の輝きが増してきた。その星を背景に浮かび上がる夜の枝垂れ桜。



# by dostoev | 2019-05-06 05:23 | 遠野の自然(春)

遠野桜終焉

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昨日、猿ヶ石川沿いの桜を確認すると、花が散り始めてはいるものの、それでもかなりの花が咲いていた。これなら明日も、どうにかと思っていたが…。今日、どうにか日中に時間が取れて、桜を撮影しに行ったら…見事に花が散っていた。恐らく、夜の間に殆どが散ってしまったのだろう。それならばと、遅咲きの桜を確認しにいった。
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遅咲きの桜を見に行くと、花吹雪の真っ最中で、どうにか花も見る事の出来る程度に咲いていた。
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とにかく、どうにか今年も桜を撮影出来た。
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風が吹く度に、桜が散って行く。
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木の外側の桜は、かなり散っているが、内部に咲いている桜は、まだまだ健在のよう。
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この、遅咲きの桜も、明日には散り切っているのだろう。ただ、一昨日確認した金糞平の桜は、まだ蕾だった。遠野の里の桜の季節は終了であろうが、山の桜の季節は、これからなのだろう。

# by dostoev | 2019-05-05 16:54 | 遠野の自然(春)