遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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感応院と黒い子供の影(其の二)

感応院と黒い子供の影(其の二)_f0075075_06101441.jpg
昭和50年、近所の米屋さんが火事になった。その時にも「祟りでは?」という声が聞こえてきた。そして昭和54年、飲み屋街である親不孝通りに不審火が相次いで起き、人も亡くなった。それに伴いやはり「これは祟りだ。」という声が聞こえた。実は、この後に放火犯が捕まるのだが、感応院跡地にまつわる因縁から、祟りという言葉が発せられたのは当然の事だったろう。その当時、この辺の地区の区長は大正生まれの私の父親だった。その私の父親の主導のもと、近所の重鎮と話し合って、遠野駅前の広場で追善供養を行う事にした。その時は、感応院と浅からぬ因縁がある大工町の善明寺の和尚に来てもらったようだ。その供養の中心となったのは、かつてあった感応院の名残である小さな社に祀られている観音像であった。
感応院と黒い子供の影(其の二)_f0075075_05205534.jpg
現在の80代の方に聞くと、親不孝通りと呼ばれる飲み屋街が出来る以前、近所の子供達にとって感応院の跡地は遊び場であったそうだ。観音院の墓地であった名残は、その辺に墓石が転がっており、知らず知らず踏みつけていたそうである。昭和30年代になると、親不孝通りと呼ばれる飲み屋街を作る為の工事が始まったそうである。ところが基礎工事で地面を掘ると、人骨が沢山出て来たという。しかし、その当時の工事関係者たちは寺に持って行って供養するのも面倒だからと、その人骨を供養もせずに地面に埋め戻したという事なそうだ。それから、この飲み屋街に関する因縁話が語られるようになったようであった。
感応院と黒い子供の影(其の二)_f0075075_20214092.jpg
 この令和の世になってから、フォルクローロ遠野を含め子供の黒い影が見える話を聞くようになり、気になったのは、その親不孝通りの社だった。その社は誰のものでもなく、感応院時代の名残であった。しかし現在、その場所には無くなってしまっている。もしかして、今の鮨の木村の建物が建った時にでも撤去されたのか?とも考えた。今のビルのオーナーは鮨の木村さんだが、それ以前は上閉伊酒造の筈。それからその上閉伊酒造の関係者に連絡し聞いてみたがわからないという。ならば、元々の駐車場の主であった筈の農協の関係者と連絡を取ったが、わからないと回答された。とにかく聞き込みを続けると、東北大震災のあった2011年に撤去されたようである。その当時の所有者は、遠野市。ならばと、遠野市の管財課に電話して調べて貰った。

 それから二日後に、管財課から電話があった。とにかく車の出入りに社が邪魔であった為に、撤去したそうである。撤去費用は遠野市で捻出したが、宗教的な社を簡単には処分できない。社の魂を抜く、魂抜きを施さねばならない。しかし遠野市側は、そういう宗教的なものに対しての予算は出せないので、この地区の区長に相談し、区の予算から魂抜きをしてもらう事に決まったそうである。ただお寺がどこなのかは、その当時の区長に聞かないとわからないという。

 その当時の区長に聞いてみると、何となく覚えているがどこの寺に頼んだか覚えてないという。ただ、自分の寺は善明寺なので、恐らく善明寺さんに頼んだのかもしれないという回答だった。それから今度は善明寺さんに電話して聞いてみると、住職はしっかりと覚えていた。そして社に祀られていた観音像も、ちゃんと安置していると聞いたので、すぐにお伺いする事にした。
感応院と黒い子供の影(其の二)_f0075075_18193013.jpg
善明寺さんに、親不孝通りの社に祀られていた観音像があった。
感応院と黒い子供の影(其の二)_f0075075_09570235.jpg
招福観音 新穀町共栄会(通称親不孝通り)で地域の守り本尊として発願招来した観音像である。周辺の道路拡張の為縁あって善明寺に納められた。平成二十三年十月二十八日 最誉代」と説明板には記されている。
感応院と黒い子供の影(其の二)_f0075075_18193897.jpg
実は、それ以前に感応院と善明寺の縁があったようだ。大正時代に感応院は火災に遭ったが、檀家が少ない為に再興出来ずに善明寺に全て引き継がれたようである。
感応院と黒い子供の影(其の二)_f0075075_18190876.jpg
立派な千手観音像が手前と後ろの二体が、現在の善明寺で祀られている。ところで、親不孝通りの社に祀られていたのは招福観音と呼ばれた、恐らく聖観音像であろう。"招福"ではあったが、親不孝当時にあった社の内部には、水子も祀られていた事がわかっている。その水子は、どこからどうして祀られたのかという事だろう。大正生まれの私の父親の同級生に、館林さんという人物がいた。現在、遠野の街中にある遠野城下町資料館に展示されている品々を寄贈した主であった。この舘林さんは、毎日のように遊びに来て、よくコーヒーを飲んでいった。その時に、いろいろな話を聞いたものであった。舘林さんが小さい頃は、よく遊郭の女郎に遊んでもらったそうである。その遊郭の女郎であるが、堕胎の問題があった。明治時代に堕胎は法律で禁止されたが、それでも隠れて、生まれてくる不遇の子供の処分は行われていたらしい。またそれ以外の子供でも、現代医療の時代とは違って、簡単に子供が死ぬ時代でもあった。お寺に供養してもらい埋葬するには、お金がかかる。そういう貧しい人達が関係した子供達は、その辺に埋められたり、川に流されたりしたようである。
感応院と黒い子供の影(其の二)_f0075075_19072932.jpg
この地図は、大正時代のものである。既に感応院という表記は無くなり、代わりに「遠野停車場」という鉄道の駅が出来ている。しかしそれ以外は、殆ど建物らしきは建っていない。親不孝通りと呼ばれる飲み屋街も、ショッピングセンターとぴあの場所にも何もない時代の地図である。この地図以前は、感応院の建物と野原があっただけだろう。恐らくその感応院の周辺にも、死んだ子供が埋められていた筈である。堕胎による子供の死であり、まだ幼くして病気や事故で死んだ子供達は、神仏に抱かれて永眠できるよう、こっそりと神社仏閣の敷地内に埋められたと聞いた事がある。ましてや遠野には、遊郭も沢山あった事から不遇な子供の魂も多く彷徨っていた可能性があるだろう。その名残が、親不孝通りにあった小さな社であったのだと考える。次の「感応院と黒い子供の影(其の三)」はまとめの章とする。

# by dostoev | 2022-05-15 19:41 | 感応院と黒い子供の影

感応院と黒い子供の影(其の一)

感応院と黒い子供の影(其の一)_f0075075_19262614.jpg
感応院と黒い子供の影(其の一)_f0075075_19272076.jpg
最近、ある話を耳にした。それは遠野駅の二階が「フォルクローロ遠野」というホテルだった頃の話である。ある人物がフォルクローロ遠野の駅構内側の部屋に泊まり、夜の遅い時間に窓から外を眺めると、何やら駅のホームに子供らしき黒い影がいたそうである。思わずカメラで撮影し、その画像をSNSに投稿したところ、かなりの評判を呼んだらしい。しかし現在、それをネットで検索かけてもその画像を見つける事が出来ない。
感応院と黒い子供の影(其の一)_f0075075_19320992.jpg
YouTubeなどには沢山の心霊動画があって、そこには幽霊らしき黒い影の映像が、かなりある。いろいろ観てみると幽霊は黒い影や白い影で現れているのが多いような気がした。ところで黒い影といえば数年前、家の下宿生が部屋で寝ている時に、黒い影に遭遇している。また、近くの別の宿の内部で黒い影を見たという人の話を聞いた。その黒い影が子供のようであったかどうかは、今となっては確認出来ないが、何らかの共通性を感じてしまうのだった。それは、遠野駅を中心とする場所には昔、感応院という寺があった。もしかして、その感応院と何か関係があるのではないかと調べてみた。
感応院と黒い子供の影(其の一)_f0075075_20031092.jpg
現在の地図と、感応院が示されている古い地図を重ね合わせると、遠野駅に向かってやや右寄りの俗に「親不孝通り」と呼ばれる飲み屋街に、その感応院はあったようだ。ところで、その感応院のあった辺りには、昔から小さな社があった筈だ。久々に、その社を確認しようと行って見たが、それが無くなっていた。
感応院と黒い子供の影(其の一)_f0075075_20214092.jpg
その社のあった場所は、鮨の木村の建物とバス停でもあった熊谷さんの建物の間の道を入り、昔は農協の駐車場あった境界にあった。その社を自分は勝手に、稲荷社だろうと思っていたが、地域の人に聞いてみると水子をも祀っていたようである。ただ昭和50年代に、この辺一帯に不審火が相次いだ時、この社が関係しているという話を聞いた事がある。とにかく、その社が無くなっているので、社探しを始める事にした。


# by dostoev | 2022-05-14 20:26 | 感応院と黒い子供の影

山谷川からの星空

山谷川からの星空_f0075075_07493465.jpg
急にふと、山谷川の高原で星空の撮影をした事が無いと思い、行って見る事にした。この時期の天の川は夜中に見えるので、夜の11時頃に合わせて到着。ただ、まだ半月の影響が強い時間帯で、暗がりでも石上山はよく見えた。月の入りは、夜中の1時半頃。そこまで待つ気持ちは無いので、とにかく撮影する事にした。
山谷川からの星空_f0075075_07494458.jpg
石上山方面も、星空は広がっていた。山の後ろが明るくなっているのは、どこかの街灯りだろうが、どこのだろうか?達曽部?附馬牛?いや、よくわからない。
山谷川からの星空_f0075075_07500487.jpg
この時間帯、天の川が上がってきてはいるが、月の光の影響でくっきりとは見えない。
山谷川からの星空_f0075075_07501661.jpg
山谷川からの星空_f0075075_08062387.jpg
とにかく、どうにかわかる程度の天の川が遠野の街と六角牛山の上に横たわっている。
山谷川からの星空_f0075075_08160256.jpg
到着した頃は、鹿の群れがいたが、車に驚いて逃げていった。それと帰り道、ハクビシン二匹と、よくわからない獣一匹に遭遇。ハクビシンは、どこに行っても見かけるほど増えたと感じる。その一方、昔よく見たアナグマを見かけなくなったのは、もしかしてハクビシンとの縄張り争いに敗れたからだろうか?とにかく、アナグマを観なくなった。遭遇したよくわからない獣は、もしかしてアナグマの子供だったろうか。体型的には、そんな感じだった。ちなみに画像は、荒川高原で遭遇したハクビシン。

# by dostoev | 2022-05-11 08:17 | 遠野体験記

夜のデンデラ野は幻想的で鹿だらけ

夜のデンデラ野は幻想的で鹿だらけ_f0075075_09103358.jpg
夜のデンデラ野の入り口の情景。星空が広がる空間でもある。
夜のデンデラ野は幻想的で鹿だらけ_f0075075_09115810.jpg
ところが、デンデラ野の奥へと進むと星空の空間から、オーブの空間へとかわる。

そして、日本鹿の群れが…。殆どが子鹿のバンビばかりだった気がする。今年も、鹿の被害に苦しみそうである。

# by dostoev | 2022-05-10 09:15 | 遠野体験記

金糞平の桜とマヨヒガ木蓮の確認(2022.05.07)

金糞平の桜とマヨヒガ木蓮の確認(2022.05.07)_f0075075_12151422.jpg
遠野の里の桜が終わると、気になるのは標高の高い位置に咲く、金糞平の桜だ。雲が多かったが、天気はまずまず良好だったので見に行ってみた。
金糞平の桜とマヨヒガ木蓮の確認(2022.05.07)_f0075075_12153487.jpg
桜の花は半分散っており葉桜状態になっていたが、赤い葉っぱと重なって毒々しい強いピンク色に見えてしまった。
金糞平の桜とマヨヒガ木蓮の確認(2022.05.07)_f0075075_12230759.jpg
道の状態は、金糞平近辺の道路はボコボコ。車高の低い車だと、底をかなりぶつけて走る事になるだろう。
金糞平の桜とマヨヒガ木蓮の確認(2022.05.07)_f0075075_12261297.jpg
白望山登山口の前の、広又沢の道も確認。あれこれ木々が倒れていたが、車を完全に塞ぐまでは倒れていなかった。


白望山登山口の辺りも、道は悪かった。
金糞平の桜とマヨヒガ木蓮の確認(2022.05.07)_f0075075_05534376.jpg
そして、白望山の麓にある一本の木蓮の咲き具合も確認。
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ここも、殆ど散っていた。毎年、だんだんと桜を中心とした花々の開花時期が早まっている気がする。昔は、4月の末から桜が咲き始めて5月の連休が真っ盛りになっていたが、今は半月ズレた感じになっている。
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帰り、里の道路脇でヤマドリとキジに遭遇。

# by dostoev | 2022-05-08 12:35 | 遠野体験記