遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリ
全体
民宿御伽屋HP
御伽屋・幻想ガイド
遠野体験記
民宿御伽屋情報
遠野三山関連神社
遠野不思議(山)
遠野不思議(伝説)
遠野不思議(伝説の地)
遠野不思議(遺跡)
遠野不思議(神仏像)
遠野不思議(石)
遠野不思議(石碑)
遠野不思議(追分の碑)
遠野不思議(史跡)
遠野不思議(樹木)
遠野不思議(桜)
遠野各地の滝
遠野の鍾乳洞
遠野不思議(自然)
遠野八景&十景
遠野不思議(オブジェ)
遠野不思議(その他)
遠野各地の河童淵
遠野各地の狐の関所
遠野各地のデンデラ野
遠野各地の水車小屋
遠野各地の不地震地帯&要石
遠野各地の賽の河原
遠野各地の乳神様
遠野不思議(淵)
遠野各地の沼の御前
遠野各地のハヤリ神
遠野の義経&弁慶伝説
遠野の坂上田村麻呂伝説
遠野の安部貞任伝説
遠野不思議(寺院)
遠野七観音
遠野各地の八幡神社
遠野各地の熊野神社
遠野各地の愛宕神社
遠野各地の稲荷神社
遠野各地の駒形神社
遠野各地の山神神社
遠野各地の不動尊
遠野各地の白龍神社
遠野各地の神社(その他)
遠野の妖怪関係
遠野怪奇場所
遠野で遭遇する生物
遠野の野鳥
遠野のわらべ唄
民俗学雑記
遠野情報(雑記帳)
観光案内(綾織偏)
観光案内(小友編)
金子氏幻想作品
「遠野物語考」1話~
「遠野物語考」10話~
「遠野物語考」20話~
「遠野物語考」30話~
「遠野物語考」40話~
「遠野物語考」50話~
「遠野物語考」60話~
「遠野物語考」70話~
「遠野物語考」80話~
「遠野物語考」90話~
「遠野物語考」100話~
「遠野物語考」110話~
「遠野物語拾遺考」1話~
「遠野物語拾遺考」10話~
「遠野物語拾遺考」20話~
「遠野物語拾遺考」30話~
「遠野物語拾遺考」40話~
「遠野物語拾遺考」50話~
「遠野物語拾遺考」60話~
「遠野物語拾遺考」70話~
「遠野物語拾遺考」80話~
「遠野物語拾遺考」90話~
「遠野物語拾遺考」100話~
「遠野物語拾遺考」110話~
「遠野物語拾遺考」120話~
「遠野物語拾遺考」130話~
「遠野物語拾遺考」140話~
「遠野物語拾遺考」150話~
「遠野物語拾遺考」160話~
「遠野物語拾遺考」170話~
「遠野物語拾遺考」180話~
「遠野物語拾遺考」190話~
「遠野物語拾遺考」200話~
「遠野物語拾遺考」210話~
「遠野物語拾遺考」220話~
「遠野物語拾遺考」230話~
「遠野物語拾遺考」240話~
「遠野物語拾遺考」250話~
「遠野物語拾遺考」260話~
「遠野物語拾遺考」270話~
「遠野物語拾遺考」280話~
「遠野物語拾遺考」290話~
「現代遠野物語」1話~
「現代遠野物語」10話~
「現代遠野物語」20話~
「現代遠野物語」30話~
「現代遠野物語」40話~
「現代遠野物語」50話~
「現代遠野物語」60話~
「現代遠野物語」70話~
「現代遠野物語」80話~
「現代遠野物語」90話~
「現代遠野物語」100話~
「遠野妖怪談」
「闇・遠野物語」
遠野小学校トイレの花子さん
遠野小学校松川姫の怪
遠野小学校の座敷ワラシ
菊池氏考
佐々木氏考
クワガタと遠野の自然
安倍氏考
阿曽沼の野望
遠野・語源考
河童狛犬考
飛鳥田考
遠野色彩考
遠野地名考
ゴンゲンサマ考
五百羅漢考
続石考
早池峯考
六角牛考
七つ森考
羽黒への道
動物考
月の考
「トイウモノ」考
小松長者の埋蔵金
遠野七観音考
鯰と地震
三女神伝説考
早池峯信仰圏
河童と瀬織津比咩
狐と瀬織津比咩
勾玉の女神
橋姫と瀬織津比咩
平将門と瀬織津比咩
狼と瀬織津比咩
鈴鹿権現と瀬織津比咩
母子信仰と速佐須良比賣
七夕と白鳥
来内の違和感
瀬織津比咩(イタリア便り)
水神と日の御子
年越しの祓の女神
「七瀬と八瀬」
鉄の蛇
荒御魂
閉伊氏の正体
早瀬川と白幡神社
瀬織津比咩雑記
岩手県の瀬織津比咩
古典の世界
「宮木が塚」
「蛇性の淫」
「白峰」
「吉備津の釜」
「菊花の約」
「青頭巾」
「浅茅が宿」
「徒然草」
「源氏物語」
「枕草子」
わたしの怪奇体験談
よもつ文
遠野の自然(春)
遠野の自然(夏)
遠野の自然(秋)
遠野の自然(冬)
遠野の夜空
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
お気に入りブログ
パチンコ屋の倒産を応援す...
ゲ ジ デ ジ 通 信
宮  古  物  語
民宿御伽屋
不思議空間「遠野」別館
ひもろぎ逍遥
jun-roadster
リティママ の日々徒然
世に倦む日日
JUNJUNのブログへよ...
外部リンク
最新のコメント
ミシャグジの「ミ」は「御..
by dostoev at 20:09
瀬織津姫とミシャグジは対..
by ななし at 11:54
「雨乞い観音」のモチーフ..
by dostoev at 08:42
正法寺七不思議のひとつに..
by 鬼喜來のさっと at 23:55
下野小山氏は奥州菊田荘を..
by 鬼喜來のさっと at 22:24
遠野市小友町の藤沢の滝の..
by dostoev at 19:50
人の首と書いて人首とは何..
by 鬼喜來のさっと at 22:11
ishiwaさん、良かっ..
by dostoev at 19:08
dostoevさん、こん..
by ishiwa at 18:05
さっと氏、情報ありがとう..
by dostoev at 17:42
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


遠野七観音考(其の六)

f0075075_8241144.jpg

遠野七観音の七という数字が、どういう深い意味を持っているのか、それとも意味が無いのか?とも、いろいろ考えられるのは確かな事。ただ、やはり七は聖数で、意味があるのだろうと思える。平安時代には歴代の天皇が妙見を信仰していたように、北極星と北斗七星が重要視されていたのも、背景に天台宗の影響もあったのだろう。岩手県には坂上田村麻呂以降、多くの神社仏閣が建立され仏教が布教されたのも天台宗によるものだった。征夷大将軍に坂上田村麻呂を指名した桓武天皇は平安京を築いた。その平安京の北に位置しているのは北斗七星の降りた霊山とされる比叡山であり、比叡山延暦寺は"星の宗教"とも云われる天台宗の総本山でもある。

画像は、小友町の山谷観音堂。初代の十一面観音像は火災によって燃えたようだが、焼け残っており秘仏とされているようだ。材質まではわからないが、鞍迫観音の平安時代作とされる十一面観音像も桂から彫られた事を考えれば、山谷観音の十一面観音像も、同じ桂から彫られた可能性は高いのではないだろうか。遠野の街から見れば、物見山は南に聳えているが、小友町からは東に聳えるのが物見山だ。「とおの小友探訪」での物見山の紹介は、一名長富士と称し、鬱蒼たる桂林で頂に麻神の祠があり、長富士権現と信仰していた事から、今は分からぬが、小友側からの登山道もあったのではなかろうか。また山中に藁麦角石、坊主石、硯石等の天然記念物ありと記されている事から、やはり宗教人によって開発されていたのだろう。そしてそれは恐らく、天台宗であった可能性が高いと思える。
f0075075_8593431.jpg

画像は、山谷観音堂の西側の経塚から発掘された、六角形の経筒。東北においての経塚は、奥州藤原氏から始まったとされる。仏教に対する信仰が深かった藤原氏であった事から、山谷観音堂の経塚と埋葬されていた経筒もまた、藤原氏の信仰の影響を受けていたものと考えて良いのではなかろうか。

六角という形に表れる六という数字は、仏教的に六大・六識・六欲・六字・六道・六根・六畜・六天など、様々な六がある。しかしこれらは恐らく、当初の六という数字に、後から仏教的なものを色々当て嵌めていったものだろう。
f0075075_13281530.jpg

六角形そのものの形で、一番古い認識は亀甲だ。亀の甲羅は、紀元前から亀占に使用されており、その亀は北に鎮座する玄武としての地位を古くから築いている。
f0075075_13285890.jpg

身延山久遠寺を総本山とする日蓮宗の守護神は七面大菩薩といって、七面山を本拠地とする。その七面山のシンボルマークは、中央に一つの星、周囲に六つの星を並べ、外形を六角形したものである。つまり家紋で言えば、七曜紋を象った形が六角形である。画像は、妙見曼荼羅の七星閣の箇所であるが、七星閣の中には六人、つまり六星しかいない。残る一つの星は魁星と云い、下界に降りている星として描かれている。

ところで、覚えているだろうか?奥州藤原氏の祖である安倍貞任"魁偉"と呼ばれていた事を。この六角形という形が北斗七星を意味するならば、その七つの星の中心となる魁偉こそが奥州藤原氏の祖、安倍貞任であるという意図を示している可能性があるかもしれない。

ところで夏の山谷観音堂は、ヒグラシの鳴声の最中であった。
# by dostoev | 2017-08-03 17:49 | 遠野七観音考 | Comments(0)

光る化け雉

f0075075_5234892.jpg

「遠野今昔」に、阿部愛助氏の書いた「光る雉」の話がある。その話を簡単にまとめてみた。

綾織の阿部さんは、鉄砲撃ちであった。ある月明かりの淡い山の峰の下で獲物を待っている時の事であったそうな。冬山の冷たく澄んだ空気の中、峯のあたりから雉が下方向かいの峯へと番で移動している時の事であったという。この雉の峯下りの時、雉の体が光ったのだという。冬山の澄んで乾いた空気の為だうか、雉の体に静電気が起こった為の発光なのかもしれないと。

雉が光るとは有り得ない話ではあるが、いろいろな状況が重なると、そう見えるのかもしれないとも、どこかで思っていた。ところが「村誌たまやま」に、光る雉の話があった。

炭焼きを営んでいる男が夜遅く帰って来ると、山の方から大きな声で「行くじぇー、行くじぇー」と叫ぶものがある。そしてそれが毎晩続いた。炭焼きの男は気味が悪くてしょうがない。しかし気を取り直し「人間でないものが何で人間をおどすだろうか。山の仕事をする人間は、これに負けてなるものか。」と、ある日朝から仕事を休んで、炭焼く木を斬る大きな鉈を一日中鋭く研いだ。そして晩方、炭焼き小屋から家路にかかった。果たせるかな、闇夜に山の方から「行くじぇー、行くじぇー」と声がした。炭焼きの男は、大きな鉈を振り上げながら「来るなら、来ねかぁー」と云った。すると箒星のような大きな光り物が大きな音を立てて、飛んできて炭焼きの男の足元にどさっと落ちた。炭焼きの男は「このやろう、負けるものかー」といいながら、鉈でその光り物をめちゃくちゃ斬った。その晩、炭焼きの男は青くなって「今夜は、化け物を斬った。」と言って寝た。翌朝そこへ行ってみたら、大きな雉の雄が、さんざん斬られて死んでいた。

この話は"光り物の正体"を暴いたような話でもある。遠野でも、多くの"光り物"の話がある。ただし、多くは浮遊する人魂の様な話であるが、唯一小友町の菊池某氏の体験した、彗星の様な光り物の話が、この雉の話に近いのかもしれない。岩手県では、昔から歳取った雄の雉の尾の節模様が十二以上あるようになると人を騙すと云われる。この化け雉と綾織の阿部さんが目撃した雉は、決して同じものでは無いだろうが、雉が光ると云う共通点と、岩手県の雉についての伝承の共有意識からの話であったのか、とも思えてしまうのだった。
# by dostoev | 2017-08-01 06:20 | 民俗学雑記 | Comments(0)

遠野七観音考(其の五)

f0075075_1926111.jpg

遠野七観音伝説には、慈覚大師が物見山の桂の木から七体の観音を彫りあげて、各地に祀ったとの伝説がある。これとは別に、附馬牛の沢の口にあった松ノ木の大木から彫ったともされるが、どれも定かでは無い。
f0075075_19315656.jpg

ただ、現存する七観音で一番古いとされる鞍迫観音像の材質は、桂の木であるようだ。
f0075075_19345438.jpg

鞍迫観音の境内には、「蛇棲み桂」と呼ばれる桂の古木がある。古代中国の「酉陽雑俎」に、月には桂の木とガマガエルがいるとあり、また五百丈もの桂の木を、仙人の呉剛という男が、いつも伐るが、伐っても伐っても直ちに樹の切り口が塞がるという、永遠の呵責が課せられている説話があり、桂の木に不死が結び付いている。また「山城国風土記」には、「月読尊、天照の勅を受けて、豊葦原の中国に降りて、保食の神の許に至りましき。時に、一つの湯津桂の樹あり。月読尊、乃ち其の樹に倚りて立たしましき。其の樹の有る所、今、桂の里と号く。」

これらの話は、桂の木に月読尊の霊力が依ったものと解釈でき、桂の木と月と不死の話が結び付く。つまり、桂の木には月神が憑き、月に伴う変若水という不死の水。つまり、月神と水神信仰の踏襲でもあるかもしれない。その水神は、しばしば蛇神ともなる事から、この鞍迫観音の「蛇棲み桂」は、そのまま受け入れる事が出来る。また別に、小友の千本桂もまた大蛇(白蛇)が棲みついていた伝承がある事から、桂の木は水神や蛇神と結び付いていると知られていたという事だろう。「古事記」において、山幸彦は海神の宮殿へ行き、井戸の側の桂の木に登っていて、海神の娘に発見する話があるが、これは桂が神の依代であると共に、水との縁が深い事を示している。そして海神の娘である豊玉比咩は、ワニとも竜=蛇とも云われる。この「古事記」の話からも、桂の木と蛇が密接な関係にある事が理解できる。
f0075075_19492332.jpg

ところで日本に仏教が輸入され、その教義の布教と共に仏像の布教もあった。仏像を広める時に、それまで認知されていた神を利用した。

「この木には、神が宿っています。この神の宿る木から仏像を彫りあげるという事は、神と仏が一体という事です。」

本地垂迹というと、神の本地は仏であり、神よりも位が高いものと広めた。しかし、神の宿る木から彫った仏像は、あくまでも目の前に見えるのは仏像の姿だけである。つまり仏教の教義とは逆に、仏像になった樹木に宿った神の姿が、大抵の者の目には見えていない。それは仏像の奥に潜んだ神の本体こそが本地とも取れるのが、仏教側の示した本地垂迹ではないか。そして、桂の木から彫った仏像に宿る神とは様々な事象から考えるに、それは水神であり、龍蛇神であり、月神であるべきだろう。慈覚大師円仁が彫ったとされる遠野七観音が桂の木から彫られたという事は、初めから水神を遠野七観音の中に封じ込めようという意図があったのものではなかったか。遠野七観音には、観音像を彫った後に、七つの井戸で洗ったとの伝承がある。それはつまり、仏像の穢祓をしたという事。それはつまり、七瀬の祓いを意図した伝説では無かったか。

遠野に於いての慈覚大師円仁が関係する伝説は、この遠野七観音と早池峰に関するものだけである。早池峯の神も水神である事を踏まえても、天台宗の慈覚大師円仁は、水神を仏像の中に封じると意図をもって仏像を彫ったとも考えられる。慈覚大師はあくまで伝説ではあるが、天台宗の関係が遠野に来ているのは確かであろう。その天台宗は、星の宗教とも呼ばれる。天台宗の総本山である比叡山は、北斗七星が降りたとされる霊山である。その星の教義を携えて、遠野を訪れたという事だけは間違いない事であろう。早池峯と遠野七観音は、天台宗の教義に深く関わるのだと思えるのだ。
# by dostoev | 2017-07-28 21:20 | 遠野七観音考 | Comments(3)

早池峯不動三尊

f0075075_17345672.jpg

2011年、大慈寺が火災により焼失した。その時に失ったものの中に、明治維新の神仏分離によって起こった廃仏毀釈から逃れる為、早池峯妙泉寺から預けられた早池峯不動三尊の一つの不動明王像が燃えてしまったようだ。大慈寺の火災以前に撮影していた為、画像でその不動明王像の姿は確認できる。そして、その不動明王像の解説を読むと、もしかして「遠野物語拾遺126(三面大黒)」に関係する可能性をもった事が記されている。
f0075075_17252826.jpg

慈覚大師が、不動三尊と大黒一尊を刻んで本尊としていたと記されている。「遠野物語拾遺126」での話は「狩人の話では早池峯の主は、三面大黒といって、三面一本脚の怪物だという。現在の早池峯山のご本尊は黄金の十一面観音であって、大黒様のお腹仏だと言い伝えている。」三面大黒と伝えているのは狩人であり、その信憑性には疑問が残る。実際、早池峯の御本尊は十一面観音と記され"大黒様のお腹仏"とは記されているが、その大黒様が三面大黒とは記していない。それでは狩人が勘違いして三面大黒と伝えたのだろうが、何故に三面と勘違いしたのかは、もしかしてこの不動三尊、つまり三体の不動明王を含めて、三面大黒と称した可能性があるだろう。ただ、この大慈寺に伝わる記述は、御本尊を不動三尊と大黒一尊としている事が「遠野物語拾遺126」と食い違うのは、どういう事か。

この不動三尊であるが、一つは大慈寺に。もう一つは、琴畑の不動堂というのはわかっている。そして最後の一つは、まだ確認していないが、恐らく青笹の喜清院の不動明王像が、そうではなかろうか。喜清院は藩政時代、自身の鎮守として早池峰大権現を祀っていたとわかっている。喜清院そのものは、早池峯妙泉寺と縁の深い土淵の常堅寺(かっては天台宗)からの流れを汲む寺院であった。この不動三尊の"三面"を大黒仏と交えて、三面大黒と称した可能性もあるだろう。それでは、御本尊の十一面観音、もしくは大黒様ははどこへ行ったのかというと、それは元々の早池峯妙泉寺の別当であった宮本家に、早池峯に伝わる秘仏があると伝わっている。しかし先代は、その公開を拒んでいたので、その秘仏そのものが、十一面観音なのか大黒仏なのかは定かでは無い。
f0075075_19405171.jpg

画像は、琴畑不動堂の不動明王像。廃仏毀釈の難を聴き、琴畑の人達が早池峯妙泉寺まで出向いて、引取って来たと云う。ただ、この不動明王像の本来の色は不明。昭和時代に管理していた者が勝手に着色してしまい、その後に何故か管理していた者が死んでしまった事から、早池峯大神の祟りだとも云われた様だ。とにかく、元の色と顔立ち、雰囲気は想像するしかないだろう。
# by dostoev | 2017-07-26 18:38 | 早池峯考 | Comments(2)

遠野物語拾遺104(大草履)

f0075075_1341977.jpg

ある人が鱒沢村から稗貫郡の谷内へ越える山路で、山男の草履の脱いであるのを見た。篠竹で作った、長さ六尺もあろうかと思う大きなもので、傍の藪の中には赤顔の大男が熟睡していたそうである。これは大正の始め頃のことで、見たという本人はその頃五十位の年配であった。

                     「遠野物語拾遺104」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
画像は、綾織の羽黒神社入り口に飾られている、石で出来た大きな下駄。羽黒岩の天狗伝承を意識して作られたものだが、「遠野物語拾遺104」に登場する六尺の草履と同等の大きさだろう。これを履ける者は天狗というより巨人であろうか。伊勢から熊野にかけて、大草履を作って海へと流し、海の彼方から来ると云われる巨人に対抗する習俗がある。つまり、巨人の足より大きな草履を作る事によって「お前より大きい奴がいるんだぞ!」と、巨人を恐怖させ、こちらに来ない様にする為の習俗である。大きいものを作るとは、相手を威圧する為であり、古代ヨーロッパでも大きな鎧を作って置いて、敵がそれを見て怯え、戦わずに逃げたという伝説もある。それと同じなのが、伊勢から熊野に伝わる習俗なのだろう。つまり、それは遠野にもあったのだろうか?「遠野物語拾遺104」の描写には大男が熟睡していたとあるが、果たしてその草履の持ち主である程の巨人であったのかは定かでは無い。

巨人は日本において、ダイダラボッチなどと云われる。それは大太郎(ダイダロウ)や大平(ダイダイラ)山などとも伝えられるが、遠野の九重沢は太平山があるが、これは茨城県、当時の常陸国の流れから来ているだろう。その常陸国にはダイダラボッチの伝承が多い。また遠野市青笹町に大草里(オオゾウリ)という地名があり、これもダイダラボッチに関係するのかもしれない。またデンデラ野も、呼び方によってデンディラなどと呼ぶ事から、ダイダラボッチにも繋がりそうだ。

ダイダラボッチの原型は蹈鞴(タタラ)から来ていると云われる為、蹈鞴筋の山への流入と共に、里の人達を山の蹈鞴場に寄せ付けない為、大きな草履を作った可能性も否定出来無いだろう。登場する谷内という地名は、東和町の丹内山神社に、江刺の谷内とも関係がある棟札がある事から丹内も谷内も同じであるとされる。丹内山神社も製鉄と関係される事から、谷内=丹内=胎内=蹈鞴は同じであるとされる。蹈鞴の溶鉱炉をホトと呼び、その内部は胎内である。その蹈鞴筋が居付いた製鉄の地に谷内・丹内などという地名が付くのは、当然の流れであろう。その蹈鞴筋には修験者も関係し、小友町の能傳房神社もまた採掘・産金のの民の蹈鞴筋との繋がりがある。羽黒修験の羽黒堂の入り口に、大きな下駄のオブジェを飾るのも、その流れに沿ったものであったか。
# by dostoev | 2017-07-25 08:56 | 「遠野物語拾遺考」100話~ | Comments(18)

熊に出遭いたいならば…。

f0075075_1712503.jpg

今年の5月、荒川高原からタイマグラへと行った釣り人が、行き帰りの2度にわたって、熊を目撃した。車の中で見た事から、まったく怖いとは思わなかったそうな。その話を6月に泊った客に話したところ、夕食を終えた後「ちょっと、熊を見に行ってきます。」と、荒川高原へと向かった。翌朝、朝食の時に聞いたところ「2回も遭いましたよ!」と嬉しそうに話してくれた。

荒川高原は、確かに自分も何度か遭遇している。ただし夜だと、夜の闇に紛れる様な黒い体に加え、他の野生動物と違い、一目散に逃げるのが熊であるから、写真撮影は難しい。そして一度、高清水山へと客を車で案内した時の事だった。高清水山の入口付近は、まだ農家がある。車を走らせていると、その農家から急に熊が飛び出して、急ブレーキを踏んだ事がある。とにかく、夜の山道は、野生動物の飛び出しに、じゅうぶん注意した方がよい。ただ夜は、かなり遠くに野生動物がいても瞳が光るので、何かいるぞ…と認識しやすい。ただ熊は、山で遭遇する雉と同じで、近付いてから飛び出す場合もかなりあるので、やはり要注意。とにかく、飛び出す前提で、車を運転した方が良いだろう。
f0075075_17401089.jpg

このように、夜はライトを当てると野生動物の瞳が光る。
f0075075_17364010.jpg

画像は、アナグマを近接撮影する観光客。アナグマは、あまり逃げない…。
# by dostoev | 2017-07-24 17:40 | 遠野で遭遇する生物 | Comments(0)

遠野不思議 第八百六十五話「金毘羅神社(細越)」

f0075075_12561093.jpg

鳥居があり、金毘羅の石碑がある事から、金毘羅神社でいいのだろうか。「宮守村誌(下鱒沢地誌)」によれば、現在愛宕神社に合祀されている金毘羅神社は字沖中と字細越にあると記されている事から、この細越と神子との境界にある神社が元地であろうか。猿ヶ石川からかなり離れている様でもあるが、昔の猿ヶ石川は広大で深かった事を考慮に入れれば、この金毘羅が祀られている地は昔、もっと川に近い高台であったのかもしれない。水位が下がった為に、猿ヶ石川から遠く感じてしまうのかも。
# by dostoev | 2017-07-23 13:14 | 遠野各地の神社(その他) | Comments(0)

遠野不思議 第八百六十四話「卯子酉神社(迷岡)」

f0075075_17104538.jpg

建立年代不明。ただし、この卯子酉神社から道路を北西に向い、1㎞ほど行った先の黒木沢にも卯子酉神社がある事から、同じ頃に勧請されたものではなかろうか。
f0075075_17203466.jpg

御神体は、恐らくこの卯子酉大明神と刻まれた石碑。
f0075075_17243954.jpg

額の文字は、かなり薄れて見え辛くなっている。
f0075075_1750274.jpg

# by dostoev | 2017-07-22 17:25 | 遠野各地の神社(その他) | Comments(0)

遠野不思議 第八百六十三話「遊井名田三差路碑群」

f0075075_144890.jpg

猿ヶ石川沿いにある、遊井名田碑群は画像だけでなく、反対側にも碑群がある。
f0075075_1452383.jpg

そして、その大半が庚申塔となる。
f0075075_14693.jpg

三差路とは、つまり辻である。昔から辻は異界との境界と云われ、その辻にはこうして石碑などが置かれている。ところで、ここの石碑群の大半が庚申塔なわけだが、まだ裏付けは取れていないが、何故か猿ヶ石川沿いに庚申塔が多いのは、猿ヶ石川という河川名と関係があるのではないかとも考えてしまう。正確ではないが猿ヶ石川の源流は又一の滝からと考えられていたのは昔からの事であるが、その又一の滝の本来は"太一の滝(たいちのたき)"から来ているとすれば、北辰の流れを汲むのが、この猿ヶ石川であるから、庚申塔が多いのも理解できるのだが、まだ裏付けに乏しいのが現状でもある。
# by dostoev | 2017-07-22 14:11 | 遠野不思議(石碑) | Comments(0)

遠野不思議 第八百六十二話「迷岡稲荷社」

f0075075_4404718.jpg

迷岡地区にある、田んぼの脇の小さな社。祭神は宇迦御魂命。
f0075075_4415069.jpg

その社を覗くと、そこには翁と媼。そして、小さな子供がいた。手前には、それを護る様に左右に配置された狐。この小さな社の内部には、あたたかな情景が広がっていた。
# by dostoev | 2017-07-22 04:45 | 遠野各地の稲荷神社 | Comments(0)