遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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遠野不思議 第三十三話「赤松(山神の地)」

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山神を祀る祠と、山神の像。昔、この地で山神の祟りにあった場所で
こうして山神という石碑がある場所では必ず山神を祀ってある。
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この赤松は樹齢約260年で、じゅうぶんな存在感を示している。
元々古木は、異形として存在である。その異形の樹木と山神の結びつきの
この地は、神秘的ですらある。
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遠くからアカマツを見ても、その存在感は明らかである。
# by dostoev | 2006-02-26 20:06 | 遠野不思議(樹木) | Comments(0)

遠野不思議 第三十二話「旅人が呑まれた?人間アリ地獄?」

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ここは、知る人ぞ知る昔から伝わる場所。今では知らない人が増えたと思う。

少し離れた場所には、綺麗な沢があり、昔旅人が水を飲んだ後に、迷って
この場所に足を踏み入れると・・・という恐怖の場所です。アリ地獄に下半身
だけはまった写真が撮れるという、珍奇な撮影スポット(^^;
# by dostoev | 2006-02-26 19:53 | 遠野不思議(伝説の地) | Comments(0)

遠野不思議 第三十一話「伽藍堂(無尽和尚を祀る)」

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東禅寺は建武年間(1334~45)に無尽妙汁大師(俗に無尽和尚)が創建
した臨済宗のお寺である。全盛時代には、七堂伽藍を連ね、無尽の高徳
を慕って、各地から二百人を超える修行僧が集まったと伝えられている。

文献・礎石からみて、東北でも有数の大寺院であったと思われる。仏身に
形どった建物の配置は珍しく、寺は江戸幕府の初め、盛岡市に移ったが
末寺は附馬牛常福院の七寺がある。
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無尽堂には、畳を敷いてあるので寝泊りも可能。一度ここで野宿を経験して
も面白いかもだ。

平成の世になってから、どこからきたのか判らない尼さんが冬季に修行を
積む為に住んでいた事もあった・・・。
# by dostoev | 2006-02-26 19:48 | 遠野不思議(寺院) | Comments(0)

遠野不思議 第三十話「川の根源の石」

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坂上田村麻呂が、戦の勝利を祈神し、その場所にあった白い船底形の大石を
試し切りしたところ、その大石は空中に舞い上がって彼方に消え去ったと云う。

その田村麻呂が試し切りした、その大石こそ川の根源の石であり、清き水を
湧き出して、いかなる旱魃でも水の枯れる事は無かったと云われている。

栃ノ木の古木があり、その根元には不思議な穴があって、年中コンコンと水が
湧き出し溜まっている。いつしかその川の根源の石が栃の木の根元に戻り、
今でも涸れる事の無い水を湧き出しているのだということである。

そして、この水の湧き出る音は奇妙な音で「ポワン…ポワン…。」
となんとも不思議に聞こえる。

是非とも、この地へと足を伸ばして、不思議で奇妙な音を聞いて欲しい。
# by dostoev | 2006-02-26 15:10 | 遠野の坂上田村麻呂伝説 | Comments(0)

遠野不思議 第二十九話「無字碑(病除けの石)」

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昔、遠野盆地が湖、もしくは湿地帯だった為に、オコリという病を患う
者が多かった。今でいう、マラリア状の病である。

里人達は左ないの注連縄を、自然石のまわりに張り、オコリ病を治る
よう祈願し、後を振り返る事なく家に帰ると、不思議にその病気が治る
と云われていた。
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後ろを振り返ってはならぬというタブーは、ギリシア神話で紹介される
オルフェウスの話。また、日本の昔話や神話にも多く見受けられる。
要はタブーという足枷を付ける事により、病気が治るようにという想い
がより重く伝わってくる。

当時は今ほどに、医療技術が発達していない為、また薬があったと
しても一般庶民には手の届かぬもの。だから当時、頼るものは神仏
しか無かった時代が長きに続いた・・・。

今ではこの石も道路より外れて、誰も気付かぬ者が多い。
ひっそりと佇むこの石に、時代の変遷を感じるなぁ…。
# by dostoev | 2006-02-26 14:45 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第二十八話「乳神様」

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附馬牛へと抜ける大規模林道の入り口付近に、この乳神様はある。
お乳を形どった赤や白の布製のものを、ウッコの木の枝に下げてい
る。これは昔から、子を産んだ母親が子供の成長を祈願し作られた
ものをウッコの木に捧げたものである。
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稀に見るこのウッコの雌の大樹は、枝葉が無数に四方八方へと広がっている。
この姿が生命力の証を示し、今でも尚、この地に神として根付いている理由だろう。
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木それぞれには人と重複しているものであるという。目(芽)歯(葉)鼻(花)
指(細枝)耳(実)腕(枝)頭(梢)胴(幹)足(根)と、必ず人間の体と対比
させて名称が付いたという。だから木は、人間の映し身であり自画像みた
いなものであると。三丈あまりの大石を根で包む、このウッコの木の姿は、
あたかも子を優しく抱く母親のようなものとして存在してある。

”木”は、人間の”気”と同じものとして付けられた名称であり、神が降臨した
存在が人間であり樹木のようだ。神が降臨するとは霊が付くということ。霊と
は御霊(みたま)のことである。つまり人間の場合、頭は元々天の霊(あまの
たま)と呼んだ事から、頭に神が宿っているのだ。

しかし樹齢何百年かわからない大樹の場合、すでに全体に神が宿っている
のであると信じられている。寿命においては、人間よりもはるかに長い大樹。
だからこそ、人間は長きに渡って大樹を尊び信仰してきた歴史がある。
# by dostoev | 2006-02-26 14:32 | 遠野各地の乳神様 | Comments(0)

遠野不思議 第二十七話「小峠茶屋のお不動様」

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小峠トンネルの手前を左に入り、笠通山から流れる小川にお不動様がある。この小川は、長雨が続いても濁る事のない川と言われ、高い石の上から落ちる清い水は、昔からお不動様の御水と名付けていたそうである。

昔の話し…街道を行き来する人達は、よくこの水に喉を潤して休んでいたそうである。これに目をつけた小釣魚家(こづるしか)のお爺さんが、小さな店を建ててワラジだの馬沓だのを売り、腰掛台を並べて、旅人の一休みにあれこれと気遣ったので、喉を潤すお滝様の清水と共に旅人に大変評判が上がったと云う。今も草むらの中に、店を並べた面影が探し出すことができるので、探してみてはどうだろう?
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人も馬も、この清い流れで喉を潤して一休みしてきたので、誰言うともなく水飲み場の茶屋と言うようになり、遠野の名所とまではいかないまでも誰一人知らぬ者はいない所となったと伝えられる。そしていつの間にか、下記のような小峠の茶屋の小唄が流行るようになったという。

送りたいぞや 送られましょか せめて小峠の茶屋までも

昔、土沢方面の大きな店の旦那様が、この流れにしゃがみ込んで水を飲み、一休みしてから家に帰ったところ、懐の財布が無くなっていた事に気付いたという。慌てて夜明け前に引き返して、またお滝様の水飲み場まで戻ってきた。胴巻きの中に縞の二つ折りの財布。

『水を飲むときに滑り落ちたに違いない。あそこの他に思い当たる所は無い。』

と一心にあそこ以外にはないと、そればかりを繰り返し念じて、お滝様へと辿り着き、夜明けの中にお滝様の滝壺を祈るような心で覗き込んだらばチラッと財布の耳が見えたそうな。それを拾い上げ、あまりの嬉しさにお礼として、その足で土沢の石工を頼み「お不動様」の石碑と二つ折りの財布の絵まで彫って建てたそうである。それが今尚しっかりと残っている。だんだん山の姿も変わり、流れ来る水も随分少なくなって、石の塔は草の中に埋まり苔生しても、そのお不動様の石塔は昔の姿のままである。
# by dostoev | 2006-02-26 14:25 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第二十六話「開慶水」

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入り口には開慶水の表示があり、この奥に開慶水がある。
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側には祠があり、中には賽銭箱。今でも、人の訪れを示している。

早池峰権現が無尽和尚から教えを受けた御礼に、早池峰山頂の妙泉
開慶水の水を分け与えたものだという。それ以来、山頂の水が八分目
に減ったと伝えられている。

山頂の水と同じく、開慶水は不浄を嫌い、汲む時は長柄の柄杓をさしの
べて汲む慣習がある。

また一説には、早池峰権現が無尽の杖をとって地を突いたところ、水が
湧きだした事から「杖(またふり)の井」とも伝えられる。

この泉は人影が差せば大雨が降ると伝えられており、影が差さぬよう
井戸の傍らに長柄の柄杓を立てておくのはその為だという。

附馬牛へ抜ける大規模林道の途中に、この開慶水はある。今では水も
淀んで、とても飲めないようだけれど、これも東禅寺が没落し、信仰も
途絶えたせいなのだろうか・・・。
# by dostoev | 2006-02-26 14:13 | 遠野各地のハヤリ神 | Comments(0)

遠野不思議 第二十五話「恩徳の幽霊屋敷(その土地の秘密)」

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昭和56年当時の「恩徳の幽霊屋敷」内での記念写真。

当時は屋根が健在で、当然床も畳もしっかりしていた為に寝泊りは可能であった。しかし歳月を経て屋根が落ち、今では荒れ果て、とても寝泊りができる状況では無い。
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ここ↑はまだ床がしっかりしている。  ここの台所ではよく包丁を切る音がしたという。
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実は霊感が強い人間に言わせると、母屋よりもこの↑脇の小屋の方が怖いという。

恩徳の幽霊屋敷

この家に住んでいた人々は昭和50年頃に遠野の町へと引越し、それから空き家となった。昭和54年に恩徳の林道工事に来ていた新里村の作業員14人、5人がその空き家を借りて仕事に通っていた事があった。ところが夜な夜な怪奇現象が起きた為に、宮古市内の日蓮宗系寺院である本照寺から住職を呼び、その空き家でお祓いをしてもらったところ「ここに、私と同じ職業の者が埋まっているようだ。」という事を、その住職は語ったという。

この空き家は、恩徳という地の一番上にある家で、昔は立ち丸峠を越えようとする旅人は、よくこの家で宿をとったという。まだ山は霊界であり、闇には魑魅魍魎が跋扈していると思われている時代というのは、旅人は恐ろしさ故に、峠の途中で灯りを探し、一晩泊めてもらうという行動にでたのであろう。

実は恩徳では昔から有名な、八卦置きで有名な平助という人物がいた。その平助という人物は、自分の家に骨が埋まってあると占っていたという。その平助の長男は狐に憑かれたと評判になったが、なんでも「魔物だか、死んだ者とかがこの家から出るから清めねばならない…。」と暴れていたという。そして「この家に祟りがある。」と、家に火を放ち家屋を焼いてしまったのは、昭和25年の5月であった。そして焼け跡を掘り起こしたらやはり人骨がでたのであると…。平助の孫にあたる者が金塊を持っており、平助が屋敷の側を掘った時、矢立が出てきたという。金塊、矢立は六部が持っていたとされる物品なので、六部殺しの噂は絶えなかったという。その平助の本家がこの恩徳の幽霊屋敷と云われる廃屋なのである。

貧しい時代は、六部殺しという伝承?も蔓延していた事からか…いや実際に旅人という異人は、お金を所有している事から旅ができた為、訪れた地で金品を奪われ殺され祀られた(注1)伝説は、全国で数多くある。もしかして、やはり恩徳のこの屋敷では六部殺しによる怨念が渦巻くのかも…。

自分は昭和55年、56年と、この幽霊屋敷に2度程泊った事がある。

ここの紹介はわたしの怪奇体験談を読んで欲しい・・・。

それと、この恩徳屋敷に訪れるまでには蛇の試練を抜けて欲しい。知らぬが仏なのだろうが、実は”蛇”がメチャクチャ多い!気にしない人はいいけれど蛇嫌いの方は心して行かれよ・・・(^^;

注1  中国から伝わる御霊信仰なるものがある。これは人を殺すと祟られ呪われるというもの。だからこそ、呪いと祟りを避ける為に殺した後に祠を建て祀り崇めるのである。小さな部落単位では、小さな祠となるのだが、これが国家規模にまでなったのが出雲大社などである。
# by dostoev | 2006-02-26 13:40 | 遠野怪奇場所 | Comments(3)

遠野不思議 第二十四話「雪女の舞う地」

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自分の見解だけれど、この地が遠野で一番地吹雪が美しいと
感じてしまう場所だと思ってしまう・・・。

雪の花咲き乱れゆく平原の妖しく美(は)しき踊る雪姫

風を巻きまばゆく踊る雪舞の冷たき息吹闇を呼び寄せ

雪はただ冷たき歌を歌いして見る者どもの心を奪う

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雪の舞う冬は、生という厳しさを感じさせる季節である。その冬の中、風に舞う
雪を見て、昔の人達は何を思ったのか?美しくもあり、冷たい雪の存在は雪女
という、ひとつの妖怪を生み出したのかもしれない。


雪女の特徴に、白い肌というのがある。まあそれ以外にも白い衣装というのが
あるのだけど、問題はこの白。

白という感じの意味は広く、これを「皓」と「素」にわけてみる。「皓」は、自然界
の雲や雪。さらに霜・水などから発想された、白い色らしい。皓月や皓雪という
のは「白く光って明らか」という意味で、光沢のある白と思えばいい。

そして「素」は、楮などの木の皮を川の流れや雪の上で晒して白くした素糸と
か、素絹とか、本来の地の色の白く美しい表現に使うものとされるようだ。つま
り素肌という表現は、本来白く美しいものとなるのだが・・・(^^;

「皓」「素」どちらにしろ、いずれも清潔、潔白、高貴、などのイメージがつきま
とうものだと思う。

そして民族学的に白色は、生と死を現す色である。死んだ時の死に装束とか、
婚姻の時に纏う白無垢の花嫁衣裳。また産室の壁は、白であった。

「紫式部日記」に中宮彰子の出産に際して「白き御帳にうつらせ給ふ」と、白い
産室に入った事が記せられている。また、「増鏡」では、中宮佶子の出産の描
写に
「その御けしきあれば、殿の内たちさはぐ。白き御装ひにあらためて、母屋
に移らせ給ほど。」
とある。この時代の産室とは実際、十二畳の座敷に北が上座であったそうだ。
そして畳のへりには白布が使われ、襖、障子、などは全て白い紙で統一され
ていたという。

元々白は浄化作用もあるので、新たなる生命が誕生する場合、白い壁に囲
まれた部屋でお産するというのは当然だったらしい。また自然界でも、白い雪
が大地を覆って浄化し、そして春が到来し、新たなる生命が宿るという図式が
ある。

生と死の両方に白が登場するというのは、雪女もまたこの関連性があっての
事かと考えてしまう。人間を凍死させる力を有し、また人間の男と結ばれ出産
という生をも発生させる雪女・・・。

生の発生というか、人間の子供を出産するという話しに関しては、昔も今も存
在しえる禁じられた恋という、タブー破りがあったのかもしれない。

雪女の話しは、基本的に異類婚である。

その典型的なパターンは、男にタブーを課すのだけれど、男はそれを破って
しまい、女の正体が発覚するという内容である。

しかし雪女の場合、高貴な女性がなんらかの出会いにより恋に落ち、出産ま
でいったと考えてしまう。実際、そのような禁じられた恋という出来事は、皆無
ではなかったようだ。
それかはたまたプッチーニ作曲の「トゥーランドット」におけるカリフが高貴な
女性に一目惚れしたように、庶民の高貴な女性を想う願望も含まれていたの
かもしれない。
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そして、ここでまた白に戻ろうとしよう・・・。

白い肌というのは女性の憧れではあるけれど、昔は高貴な女性だけが白い肌
を保っていた。何故かというと、大抵は野良仕事をする女性が圧倒的に多く、
太陽の日に当って、肌が黒くなってしまう。ところが高貴な女性は普段お屋敷
の内部で過ごし、外へと出る時も牛車などに乗って、太陽にあたらないよう努
める。

先にも触れた、プッチーニ作曲の「トゥーランドット」というオペラがある。登場す
るのは、残酷な王女。これを「氷に覆われたお姫様」と称されていた。考えてみ
ると、一般庶民にとっては、優雅な暮らしをしている高貴な女性というものは、
肌の白さもあいまって、庶民にとっては冷たき者という存在だった筈である。

山の神しかり、嫉妬心も大きく、ある意味庶民に害を成す存在というものは、
高き存在にある者達であった。

ここで考えるのは、庶民が持ちえない白い肌を所有し、生と死を与える雪女の
存在とは、庶民の心から発生した高貴なる女性に対する写し鏡としての雪女
では無かったのだろうか?

冷たい雪が舞い散る冬というものは、庶民には冷たいもの。その冷たさが、高貴
な女性のイメージと重なり、具現化したのが雪女という妖怪の登場ではと考えて
しまう。

神の零落したのが妖怪であるならば、それと重複するように、高貴な女性が零落
して雪女となったと考えても、なんらおかしくはないのである。
# by dostoev | 2006-02-26 10:16 | 遠野不思議(伝説の地) | Comments(0)