遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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<   2017年 09月 ( 14 )   > この月の画像一覧

南部氏の家紋について

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南部氏の家紋は「対い鶴に九曜」であるが、以前は「割菱紋」であった。では何故に家紋を変えたのかと云うと、二つの逸話がある。その一つは、南部守行が秋田の安東鹿季と戦った時、その陣中に二羽の鶴が飛来し、それを瑞祥として兵を進めたところ勝利をおさめることができた事から、家紋に二羽の鶴を採用したと云う。また一つは、初代南部光行が建久四年、源頼朝に従って浅間山に狩をした時、陣所近くの池に鶴が二羽舞い降りたのを、頼朝は鶴を殺さないようにして射とれと部下に命じた。南部光行は進み出て一羽は翼を、もう一羽は足を射て生け捕りにした。頼朝は一羽を天皇に献じ、一羽を陣中において光行を大いに誉め讃えた。南部氏の「対い鶴紋」はこれを記念したものだとも云う。しかし、どれもまともに信じられない逸話である。
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飛ぶものを飛べなくして捕獲し献上する話は、空を飛ぶ鷹や鶴に当て嵌まる話ではあるが、それ以外に天女伝説も該当するのではないか。「殺さぬよう生け捕りにする」とは、天女が空に飛ぶ為の羽衣を奪う事にも繋がると思われる。

ところで、南部氏の家紋に鶴と九曜があるのだが、九曜は妙見信仰を表すものである。その妙見と鶴を結び付ける話が「捜神記」に紹介されている。それは仙女が鶴に化すものであり、単なる天女伝説に留まらず「三光を観見し、北斗に遭う。」とするもので、鶴が妙見への架け橋となる話だ。仙女であり、天女が鶴でもある話であるが、熊本県の阿蘇を中心とする周辺にも鶴と天女伝説を結び付けるものがある。例えば田鶴原は湿地帯で鶴が舞い降り、それを捕まえた健磐龍命は、その鶴に乗って天空を駆けたとの伝説がある。これは恐らく、劉女が白龍に乗って天空を駆けるという古代中国の伝説の影響を受けているものだろう。龍であり蛇は、首の長さと魚を丸呑みにするその姿と動きが水辺の白鳥に似通っている事から同族とされていた。つまり健磐龍命が鶴に乗って天空駆けたのは、日下部吉見の龍蛇神を捕まえた事にかかる伝説だろう。そしてそれは、現在でも行われている阿蘇神社の御前迎えの神事に繋がって来るものであろう。健磐龍命は、姫を奪って婚姻を果たした事になっている。そして阿蘇神社の家紋が、鷹とは別に舞鶴をも採用しているのは、天女を鶴に見立ててのものである。
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遠野の三女神伝説で、三女神は各山々へと飛んで行ったとされる。飛ぶものとは、鳥以外には天女となるであろうし、しばしば天女は飛ぶ鳥と結び付けられた。遠野三山で、北に聳えるのは早池峯であり、その山の頭上には北極星と北斗七星が聳える。北辰を強く押し出している星の宗教と呼ばれる天台宗によって当初支配された早池峯は、北に聳えるからこそ、その存在を崇められた。始閣藤蔵が、金が発見出来たらお宮を建てると、早池峯に祈願した歴史を踏まえれば、遠野を支配した南部氏が安定した治金を祈願するには、やはり早池峯を重視するだろう。鶴は鉱山用語で「鉱脈」を意味する。天女ともされる鶴と九曜を結び付けた南部氏の家紋とは、山の鉱脈をも意味する早池峯の天女を自らの手許に置いたという証の家紋ではなかったか。
by dostoev | 2017-09-30 17:10 | 民俗学雑記 | Comments(0)

猫の目天気(雨曇り晴れ曇り晴れ曇り雨)

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昨夜から雨が降り、朝は曇り空(恐らく雲海?)だったが、朝の八時頃には晴れ間が広がっていた。その日差しを浴びて、濡れた草むらはキラキラ輝いて見えた。
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濡れた蜘蛛の巣を逆光で見ると、虹色に輝いて見える。
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草むらの中には雨で落ちたのか、既に紅葉している落葉などが散らばっていた。
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そんな中、シジミチョウが濡れた体が乾くまでじっとしているよう。
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強い日差しが刺し込んでくると、さっそく飛び立とうとした。
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しかし青空もつかの間で、昼には空全体が雲に覆われた。そして再び青空が広がったか?と思ったら、すぐに曇り。そして夕方には雨に変った。雨は今夜だけだろうか?明日の朝まで続くか?ただ日曜日は快晴の予報になっているが、どうなるかはわからない。
by dostoev | 2017-09-29 19:18 | 遠野の自然(秋) | Comments(0)

石立つ神

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遠野の光興寺に、「瘧おろしの夫婦石」という石が、藪の中に立っている。古老によれば、この石に付着した苔を煎じて飲めば、薬効があったと伝えられていたそうだ。それと似た様なものが松崎に「無字碑」と呼ばれるものがあり、石碑の様に見えるが、文字は何も刻まれていない。共通するのは、「瘧病(おこりやまい)」を治すというもの。瘧病とはマラリアの事で、現在の遠野の街がまだ人が住まない頃はち、尾瀬みたいな湿地帯だったと云われる。その為、蚊を媒介とする病が多く発生していたのだろう。
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無字碑は現在、寄り添ってあった古木も朽ち果て切り株だけとなり、その古木の支えが無くなった為か、今にも倒れそうなのをどうにか維持している。
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ところで「延喜式」「和妙抄」「少名彦薬根(スクナヒコナノクスネ)」という薬草が記されている。これは別に「岩薬(イワグスリ)」とも「石斛(セッコク)」とも呼ばれる。画像は、ウィキペディアから。

さて少彦名命だが、薬の神としても有名だ。遠野の程洞神社跡には以前、宮家の人間が住みつき、薬師如来を信仰し、通常の医療行為に信仰の力も加えて、庶民の怪我や病気を看てきたという。その薬師(やくし)は薬師(くすし)でもあるのだが、その根源は少彦名命に後から薬師信仰が重なった為であるようだ。「古事記」の一節に、下記の様な歌がある。

この御酒は わが御酒ならず 酒の司(くしのかみ) 常世にいます

石立す 神寿き 寿き狂ほし 豊寿き 寿きもとほし 献りこし御酒ぞ 

乾さず食せ ささ


酒を「くし」と読んでいる事から、古代は酒を薬と考えていたようだ。現実としても、ほどほどの酒は薬として認識される場合もある。また平安時代に編纂された「日本文徳天皇実録」にも少彦名命の話がある。それは、海岸に怪しい二つの石が立ったので、神懸りの者に聞くと「自分は大己貴命、少彦名命である。民を救う為にやってきた。」と述べた。「古事記」の歌にも「石立す」と記されている事から、少彦名命は石立つ神であるようだ。

先に紹介した少名彦薬根という薬草も、別名が岩薬というのも岩に着生する性質を持つ薬草の為であった。ここで重要なのは、石に着生するという事。そして、その岩は立っているという事が重要。少彦名命は"石立つ神"として認識されていたよう。つまり、立石か。光興寺の石に付いた苔を煎じて飲めば薬効があったと伝えられるのは、立った石である為に、その石そのものが神と認識されたのだと考える。松崎の石などは「無字碑」と云われるが、要は石碑では無く、神として認識された石であったろう。その神と認識された石だからこそ、その石に付いた苔を煎じて飲めば薬効があると信じられたのだと思う。松崎の石も、光興寺の石も、どちらにも文字が刻まれていないのは、人為的な石ではなく、神が降臨した自然石であると信じられたからだろう。
by dostoev | 2017-09-29 15:10 | 民俗学雑記 | Comments(0)

秋の穏やかな天気の中で

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遠野全体が、黄金色に色付いて来た。まだ青い田んぼもあるものの、黄色が目立ってきているのがわかる。早いところでは、既に稲刈りが終了しているところも。
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春先に、水が引かれた田んぼに青々しい苗が植えられた頃は、春の新しい新鮮な感覚を与えるけれど、夏が終わり秋になりつつある時期に、稲が黄色く色付いてくると、遠野全体が穏やかな雰囲気になって来る。
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収穫の秋は近付いている。
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黄色く色付いた田んぼの周りには、花が咲き乱れている。黄色い花と、黄色い蝶。
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赤とんぼさえも、黄色く色付いて見える。
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全体が白いモノトーンの世界になる冬の前の、様々な色が燃え盛る季節になる。
by dostoev | 2017-09-26 19:42 | 遠野の自然(秋) | Comments(2)

高清水展望台への道が通行止め?

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高清水展望台への入り口に、画像の様な看板が立っていた。この前の大雨の影響で、道路が崩落したようで、通行止めとなっている。取り敢えず、行って見る事にした。
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高清水の中腹辺りにも、やはり同じような看板があった。しかし、脇には車一台分進める空間があり、取り敢えず行って見た。
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どうやら道路の崩壊現場は、画像のところだけらしい。
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大型トラックならどうかだが、普通乗用車ならじゅうぶん通れるよう。つまり、片側通行になっている程度と思って良いのか。ただ「通行止め」の表示があるので、個人の見解を勝手に述べるわけにもいかないのだが…。
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久々に日中に来て見た高清水展望台の眺めからは、遠野盆地が黄金色に色付いてきたのがわかった。
by dostoev | 2017-09-26 11:50 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

デススター

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昨夜の月光を見て、何かに似てると感じていた。それが映画「スターウォーズ」のデススターによるレーザー攻撃だったと、後から思い出した。元画像の明るさを少し強調してみると、やはりデススターぽく見えると感じるのは、自分だけ?(笑)
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取り敢えず、本物のデススター攻撃画像を拝借してきた。まあ、なんとなく…(^^;
by dostoev | 2017-09-25 20:02 | よもつ文 | Comments(0)

月光の夜

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19時56分、月の入りの時間に合わせて撮影してみた。西側の街の灯りで、月と共に天の川がぼんやりと屹立して見える。
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月光は、真っ直ぐ街に降り注いでいるように見える。
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何故か今夜の月は、自ら発光しているかのような月に感じた。
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月が雲に沈みながらも月光は、街へ槍を突き刺しているかのよう。
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そして本当に、沈む寸前の月。
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月が沈み切り、天の川が際立ってきた。
by dostoev | 2017-09-24 21:53 | 遠野の夜空 | Comments(0)

上郷観光ロード(旧国道283号線)

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遠野祭りは、買い物以外に外に出る事が無かったので、全く写真を撮っていない。そして泊り客の中にも遠野祭りじゃなく、純粋に遠野観光に来た客もいるので、祭があったので意外でしたという客もまた居た。その客を連れて、観光マップとは違う遠野のガイドを駆け足でしてきた。今回は、旧国道283号線沿いの上郷町観光だった。全ては行けなかったが、それなりの箇所には足を向ける事が出来たと思う。
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まず「遠野物語」にも登場する神出鬼没であった"旗屋の縫"が利用したという風穴。手をかざすと、ヒヤッとした空気が吹き出てくる。
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次は、森の下観音堂。いくつかの観音像とオシラサマが祀ってある。
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次は「遠野物語拾遺36」に紹介される、神域であるトンノミの森と泉。
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次は、坂上田村麻呂伝説の地でもあり、川の根源の石がこの樹木の下に潜り込み、水を湧き出す様になったという神秘の地。
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途中、今から30年前、牛のように巨大な熊が出たと騒がれた、朽木が沈む神秘的な砂防ダム湖を眺める。台風の後なのか。いや、今年は雨量が多かった為か、ここまで満水になっている状態を見た事が無かった。
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そして、南部名勝となっている片岩。ここは宮沢賢治「シグナルとシグナレス」で夜明けの描写が記されている。
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そして再び、坂上田村麻呂伝説の地。戦に勝利した後、この岩窟に観音を祀った。
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巌窟は、一ヶ所だけではない。
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巌窟に祀ってあった観音像は腐食が酷いので、後から観音窟のずっと手前に、沓掛観音堂を建て、新たな観音を祀った。観音窟の帰りに寄ってみた。
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そして帰りは、少し道を外れて、人気の荒神様経由で帰った。これでも結構、満足してくれたようだ。上郷方面も、かなり見どころがあるので、観光客を案内したい場所ではある。
by dostoev | 2017-09-18 20:13 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(2)

久々の夜ガイド(熊探訪)

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昨夜は、久々の夜ガイド。最近、夜ガイドを希望される方がいなくて、一ヶ月ぶりで夜の遠野を案内した気がする。ただ、今回ガイドしたお客さんは、過去に2度も案内したお客さんなので、どこへ行こうかと思案していたが、動物が好きと言う事から「熊を見せてあげたい」となり、荒川高原へと行ってきた。

鹿は無数に登場し、他にタヌキやハクビシン、アナグマも。そして、オマケにコウモリと猫2匹。車が進むにつれて霧が深くなってきたら…いた!熊が。それも2頭。車で追い詰めて、道路脇に逃げたので、車を停めて車外に「行くよ」と言ったら、怖がらずに素直について来たお客さんだった。
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ライトを照らし熊の行方を確認したが、どうやら遠くへ行ったようだ。そのまま霧を背景に影を映しだして、記念撮影会となった。
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耳切山から荒川高原へと抜けたのだが、耳切山には殆ど霧が無く、荒川高原に差し掛かってからの霧だった。
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合間に霧が晴れているところもあった。やはり車外に出て空を見上げると、満天の星で、肉眼でも天の川がクッキリ見える。「私、目が悪いんで。…あれは星雲ですか?」と。どうやら昴の事を言っているようだ。今のカメラは便利で、撮影したものをカメラのモニターで拡大して見せる事が出来る。住んでいる環境からは、昴が見えないらしく、初めて肉眼で昴を確認したという。

とにかく今回は、熊2頭を見る事が出来、綺麗な星空と、霧の幻想的な情景を堪能したらしく、満点の夜遠野だったようだ。
by dostoev | 2017-09-16 08:40 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)

一の渡

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遠野の土淵に「一の渡」という地名がある。一の渡があったら、二の渡は?という声も聞こえてきそうだが、何故か二の渡は全国的にも、まずない。その代わり一の渡は、全国でも見付ける事の出来る地名である。「渡」というと川渡し、もしくは渡り鳥などの旅や、その場に居付かない事を意味する場合があるが、この遠野の一の渡は、小烏瀬川と米通川と琴畑川の合流地でもある事から、やはり川に関する地名だと思われる。

この一の渡の先は、不動岩という地名となっている。不動岩・不動の滝など「不動」の付く名前は、山伏が金鉱脈を探して開発した地域に、大岩や滝があった場合、そういう名前を付けている。つまり古代の土淵に、山伏が入り込んで開発した地域であると理解できる。この一の渡から琴畑方面へ向かうと、やはり山伏の修行場である鍋割がある事からも、この辺の地域は川沿いに、山伏の色合いが濃く出ている場所だとも云える。
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花巻市大迫側の早池峯の山懐に「一の路権現」という早池峯大神を祀る地があるが、やはり「二の路権現」は無い。調べると「イチ」は漢数字の「イチ」という意味の他に、今では認識されていない古くから日本に伝わる意味が「イチ」にはあった。
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沖縄や鹿児島の民間霊媒師を「ユタ」と言うが、それはどうやら「イチ」の転訛であるようだ。「イチコ、イタコ、イタカ」は全て「イチ」の変化であり、「イチ」とはシャーマンと同義であるようだ。関連する地名に、一の瀬、市ヶ谷、一の谷などがあるが、これらは全て水に関する地名にもなっている。つまり一の渡は「イチ」という呪術師、もしくは山伏が管理する禊場であるか、川原の祭祀場であったと思われる。となれば大迫の一の路権現は、イチの管理する山の祭祀場という事になろう。上の画像は、安倍晴明の川原での祭祀。
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よく路が交わる辻などは霊界の入り口、もしくは境界とされる。それは、川も同じとされた。この土渕の一の渡は、琴畑川・小烏瀬川・米通川の合流地でもある。つまり落合であり、落合は死人と出逢うという俗信もある。この地は去年、台風の被害が酷い場所でもあった。その場所には、川を見下ろす様に水神の碑があり、どこか霊的な印象を与える場所でもある。

「蜻蛉日記」の巻末歌集に下記の歌がある。

みつせ川 浅さのほども 知られじと 思ひしわれや まづ渡りなむ

みつせ川 われより先に 渡りならば みぎはにわぶる 身とやりなりなむ

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「みつせ川」とは、「三途の川」を云うのだが、別に渡る瀬が三つある為に三瀬川とも云う。まさに、この一の渡の地は、三つの瀬を渡り禊をし、祭祀をした「みつせ川」ではなかったか。
by dostoev | 2017-09-15 16:38 | 遠野地名考 | Comments(0)