遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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また早池峯神社

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観光客を連れて、再び早池峯神社へと行ってきた。これで5日間に3度行った事になるのだろうか?参拝しようとして気になったのは、本殿内部にストーブがつけられていたという事。参拝後、境内を掃除しているお婆ちゃんに、今日は何があるのかと尋ねた。聞くと、今日は附馬牛小学校の子供達が歴史の勉強に来るのだそうな。

「今日は寒かったね!」

お婆ちゃんが、元気に語って来る。なんでも、急激に寒くなったので、一晩で銀杏の葉っぱが落ちてしまったのだと。その落葉掃除に、忙しい様だった。
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確かに、まだ色付いていない銀杏の葉っぱ、沢山落ちている。数日前には、まだ落葉していなかった筈だ。
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ふと気付くと、山門の方に子供達が来ている。どうやら宮司さんがついている様。
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しかし歴史の勉強に早池峯神社に来るというのは、昔では考えられなかった。昔は教科書の日本の普通の歴史を簡単にやるだけで、郷土の歴史など教わる機会は無かった。早池峯神社は、そのまま郷土の歴史の中に生きて来た神社であるので、こういう授業は自分も受けてみたかった。ただ、どういう内容を宮司さんが話しているのかはわからなかったが…。
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ここで早池峯神社を後にして、寄り道しながら帰る事にした。
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有名な山神の石碑傍の紅葉も、一気に紅くなったようだ。この前は、ここまで紅くなかった筈だ。秋の終りの落葉は、冬の訪れを告げるサインでもある。もう最低気温がマイナス気温になっている遠野だった。

by dostoev | 2016-10-31 21:03 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)

遠野不思議 第八百五十話「座敷童子神社」

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正しくは、神社では無い。ところが「月刊ムー」などで、座敷童子神社として宣伝されているらしい。事の発端は、大出小・中学校が廃校になってからとの事。学校内を整理している時に、画像中央の子供の人形が見つかったそうな。この人形を見て自分の正直な感想は、どこにでもありそうな人形で、霊的な感じはしなかった。
                       
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平成19年3月に大出小・中学校が廃校となった後の平成22年6月12日に、遠野早池峰ふるさと学校としてオープンして、一般の方々が気軽に出入りできるようになった。この遠野早池峰ふるさと学校は、今まで子供達の教室だった部屋に、早池峯周辺の名称を付けて、様々なものを展示している。上の画像は"光り苔の間"という薬師岳に見られる光り苔の名を貰い、皆に光が当たるようにと名付けられた部屋であるそうな。その一角に、座敷童子神社がある。
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様々な人達が訪れているうちに、その光り苔の間で、子供を見たとか、ボールをつく音がしたとか、奇妙な目撃例や体験談が相次いだという。その原因が、廃校後に発見された人形に関係しているのではないかとされ、大阪の人が専用の社を作って寄贈してくれたそうな。魂入れをしていない為、神社では無いのだが、いつしか周囲が勝手に盛り上がり、だんだんと神棚らしくなっていき、いつしか座敷童子神社と呼ばれる様になったそうな。
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すると、この神社を目的に訪れる人々は、子供のお菓子だったりオモチャや人形を、この神社のお供え物として持って来る為、上の画像のようになっていた。数年前に火災で燃えた、やはり座敷ワラシが出ると評判になった二戸の緑風荘もまた、このように宿を訪れる人が子供用のオモチャなどで、座敷ワラシが出るという部屋を占拠していたのを思い出す。
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今年も座敷ワラシを期待して早池峯神社に行くという客がある程度いたが、何故か皆「ふるさと学校にも寄ります。」と言っていたのを、この座敷童子神社を見て、やっと理解した。とにかく知らない間に、新しい名所が登場したという事なのか。

by dostoev | 2016-10-27 12:43 | 遠野各地の神社(その他) | Comments(0)

黄葉

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紅葉という漢字は、「くれないのは」と書いて「こうよう」とも「もみじ」とも読む。しかし「万葉集」には「紅葉」よりも「黄葉」と記されている場合が多い。つまり「紅葉」よりも「黄葉」の方が古い表記であったようだ。調べると一番古くは古代中国の「礼記」の月令に「是の月や、草木黄落す。」というのが初見らしい。その後に前漢の武帝「秋風辞」にて「秋風起り白雲飛ぶ、草木黄落雁南に帰る」と詠んだ事が、それ以降秋の色付きを「黄葉」と表記するようになり、それを日本が導入したらしい。

その後唐代となり、自然と紅葉の表記が見られ始め、白居易が、その紅葉を多用するようになり、白居易「白氏文集」が日本に伝わると、日本の平安漢詩人も注目し、その紅葉を積極的に取り入れたのが"菅原道真"であった。やはり、かなり進歩的な人物だったのだろう。そして「古今和歌集」から「紅葉」が一般的になり、現代まで続く。つまり、菅原道真がいたからこその「紅葉」であったのだろう。
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ただ、紅葉と黄葉だが、前漢時代に黄葉となった背景には、黄土平原の広葉樹の色付きが、まさに"黄落"という表現が当てはまる景色であったようだ。つまり黄葉から紅葉に変化したのも、目に入る景色が黄色よりも紅色が多かったという事もあったのか。
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例えば遠野でも、赤色が目立って染まっている場所があり、また別に黄色に染まっている場所がある。場所ごとに、紅葉と黄葉を使い分けても良いのかもしれないが、この時代「黄葉(もみじ)」表記に、なんとなく違和感を覚えるのは、既に「もみじ」とは「紅葉」と書き記すものだと定着してしまった感はある。
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又一の滝までの遊歩道は、紅葉ではなく黄葉の小道となる。黄色に染まる遊歩道を楽しみながら、又一の滝に到着するのが一興。
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まあ紅葉が、古代は黄葉だとしても、どちらでも良いのかもしれない。紫式部は、こう述べている。「春秋のあらそひに、むかしより秋に心寄する人は数まさりける」と。歌に詠われる季節は春よりも圧倒的に秋が多い。つまり、桜よりも黄葉に平安人は、心奪われたようだ。「拾遺和歌集」に、「春はただ花のひとえに咲くばかり 物のあはれは秋ぞまされり」と詠まれているのは、当時の流行は"もののあわれ"であったのだろう。だからこそ、桜の咲くや咲き乱れるという生命の息吹を感じる事象よりも、山の奥から色染まって行く、生を振り絞って枯れ果てる際の鮮やかな一瞬に、もののあわれを感じ称賛したのかもしれない。平安時代末期には末法思想が広がるなどした事からも、平安人は死を常に意識し、日常に組み入れていたのだろうか?だからこそ、もののあわれを感じる紅葉に、心寄せたのかもしれない。
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ところで菅原道真は、何故に黄葉から紅葉に積極的に変えようとしたのだろうか?眼前に広がる光景が、黄色が主体では無く紅であるなら、それは当然の流れであったと思う。しかしそれとは別に、黄色は死を意図するものであるからかとも考える。黄泉の語源は、黄色が陰陽五行で土を意味し、それが地下世界を暗示するものであるという事。「古事記」に登場する黄泉国は闇の世界でもあるが、黄泉(よみ)は闇(やみ)からきているとも云われる。葉は生じると同義である事から、黄葉は"闇が生じる"と捉える事が出来る。ただでさえ黄葉は、万物の枯れる様であり、死をイメージするのに対して、紅は血潮という生を彷彿させる色合いだ。紅葉とした場合、「血が生じる」「血色が良くなる」など、あきらかに生を意図する言葉が出て来る。そういう意味合いを考えた場合に菅原道真は縁起の良さを意図して、不吉な黄葉を捨て、積極的に紅葉を用いたのではあるまいか。
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by dostoev | 2016-10-26 19:24 | 民俗学雑記 | Comments(0)

早池峯神社境内の紅葉

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今日の午後から雨が降るようなので、晴れ間が広まった午前中に、時間を見つけて早池峯神社の紅葉を見に行った。
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境内は、基本的に常緑樹がメインなので、紅葉はそれを囲む形で目に付く。
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しかし、その周辺の紅葉が、かなり鮮やかで目が魅かれてしまう。そして相変わらず、境内には誰もいなかった…。
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by dostoev | 2016-10-25 19:04 | 遠野の自然(秋) | Comments(0)

幽霊と神様

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何となく、妙な漫画を買って読んでみた。漫画家と、自称霊能力者が登場して事故物件を見て回る話なのだけど、自称霊能力者にかかれば、いろいろなところに沢山の霊が現れるもよう。読んでいて感じたのは、幽霊と神様の違いとはなんぞや?という事だった。
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自称霊能力者曰く、土地が悪いから悪いモノが集り悪い事が起きるというのは、理解できる。風水を活用する人は、そういう気の流れを重視するもので、天武天皇がその先駆けの様な人物だった。しかし「余所から神様を持って来て蓋をする」という表現には説明が必要だろう。

神とは本来、祟り神であった。自然災害や疫病は、神の怒り、神の祟りとされた。そこで、神の怒りを鎮める為に、神社に祀って「怒りを鎮め下さい。」「祟らないでください。」と一生懸命祈願した。大抵は、山神であったり水神に対してだった。何故なら、山とは樹木が発生し、獣が発生し、そして水が発生するという万物の発生の地であると信じられていたようだ。早池峯の神が山の神であり水神であるのも、同じ事である。そして山に水源を有する水が流れて川となり、民衆に恵みを与えると共に、たまに荒れ狂って、その民衆を飲み込んでしまう。川の源は山であるから山神と水神が同一となって、早池峯大神という神様になっている。その早池峯大神である瀬織津比咩は、蝦夷が暴れる為に養老年間に熊野から船で運ばれて室根山に祀られた記録がある。また、坂上田村麻呂と悪路王との戦いの逸話に登場する鈴鹿御前は、鈴鹿山に棲む悪鬼であったという。それがいつしか坂上田村麻呂と恋仲となり、悪路王を討つ話は、その当時の朝廷の政策である「鬼を以て鬼を制する」であったのだと理解できる。例えば、前九年の役で安倍貞任を破ったのも、清原氏を味方に付けて背後から襲わせたのも、鬼を以て制する政策を体現したものであろう。

そして、ここでの「余所から神様を持って来て蓋をする」という事は、神という祟る神を持ってくるという事。朝廷から恐れられた菅原道真は、強大な怨霊として恐れられた。だからこそ祟り神として天満宮に祀られた。つまり神とは、怨霊でもあるという事。悪い土地に憑く地縛霊を抑え込むには「鬼を以て鬼を制す」であり、その地縛霊よりも強大な怨霊をもって抑え込むという考えが「余所から神様を持って来て蓋をする」という事になる。

ただ、漫画に書かれている別の言葉「だいたいその地域のじゃない神さまの神社はもともとすごく悪い土地だった」によれば、坂上田村麻呂に平定されるまで神社の無かった東北の地は、もともと悪い土地だったという事になる。まあ「日本書紀」での武内宿禰の言葉では、とんでもない地が蝦夷国であったらしい(笑)。しかし神社を建立するには、また別の理由もあったようだ。江戸時代後期の町人学者である山片蟠桃(1748~1821年)は、過去の歴史上の聖山の開山及び神社建立は、私利私欲の為であると批判している。それはつまり神社とは、産金の為の前線基地であったと。金を得る為に神を祀り、信仰を隠れ蓑としたとしている。例えば、始閣藤蔵は金を発見したらお宮を建てると早池峯の神に誓った。寺院もまた山号を持つのは、その山の金に関係するからだと云う。神社仏閣は、金から離れる事は出来ない。ただし金は利益であり財産にもなり、人が群がるものであるから、そういう思念の溜まり場にもなるので、確かに悪しき地にもなる。
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「死んで護国の鬼となる」として靖国神社に祀られた多くの魂がある。それは戦後の日本と家族を心配して、自ら鬼となると決意し死んでいった魂でもある。ところで「九鬼文書」というのがあるが、この文書では「鬼」を「かみ」と読む。鬼と云う言葉は古代中国から伝わったものだが、古代中国での鬼とは死霊のことである。つまり、靖国神社に祀られる英霊は、鬼でもあり神でもあるという事。出雲大社に祀られる大国主は、国譲りによって殺された魂であるなら、それはやはり出雲を死して護る為に鬼であり、神となったというのならば出雲神は、靖国神社に祀られる英霊たちと同質の魂でもある。

ところで、地縛霊と呼ばれるものがある。その土地や家に固執し、憑く悪霊と云われる。逆に言えば、神と同じにその土地であり、家を外敵の侵入から護る神にも近い存在が地縛霊であろう。その土地や家に誰かが侵入すると、その人間に取り憑くとも云われるが、神との境界線がよくわからない。神もまた、その土地であり山であり、家に憑く存在であるからだ。そして地縛霊と神に共通するのが、"祟る"という事。柳田國男は、妖怪とは神の零落した存在だと考えた。神が零落すれば、低級な妖怪にもなるという事だろうか。

神聖な地として認識される神社に対になるのは、穢れた地に佇む幽霊屋敷となろうか。現代では、御利益を期待して足を向ける神社に対して、幽霊による恐怖や祟りを期待して足を向けるのが、幽霊屋敷などの心霊スポットとなる。しかし例えば、怨霊として恐怖した菅原道真を天満宮に祀った後、恐る恐る参拝する行為は、幽霊屋敷に赴く感覚に近いのかも。つまり幽霊屋敷もまた、いつでも神社に成り得る可能性があるという事。

地面を踏んで怨霊を鎮めるというのは、相撲の四股に伝えられている。青森県に北斗七星型に点在する神社には、蕨手刀が埋まっていると云う。つまり、蝦夷の象徴でもある蕨手刀を神社に埋め、そこに信仰の力をもって人々に参拝させ地面を踏みしめさせ、怨霊を鎮めさせる意図から建立された神社なのだろう。これは道教の北斗踏みを用いた呪術であるようだ。ならば、心霊スポットもまた、その評判で多くの人が踏み込む事で、怨霊が鎮められる可能性もあるのではなかろうか。とにかく、神社と幽霊屋敷などの心霊スポットには、重なる部分が多い。となれば、神と幽霊の境界線が、よくわからない
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また、この漫画で違和感があるのが、自称霊能力者が語る地鎮祭についてだ。なんでも「土地を使う時は神様にお願いして、立ち退いてもらわないとダメなの。もしくはちゃんとお祀りするか。」と述べているが本来、地鎮祭とは神様を鎮めて土地を利用する許しを請うのが一般的。神様を、その土地から退ける地鎮祭とは、どの国で行われているものなのか?更に「この時、神主の力が足りなくて神様を封じ込めちゃったみたたい。」と述べているが、神様を封じ込める程の力を持った神主が、この世にいるであろうか?これを語っているのが、実在する自称霊能力者というのだから、霊能力者に対する胡散臭さは増すばかりである。
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また、水子の霊が多く居るとする屋敷の歴史を紐解いている時、どうやら赤線であったらしいという事がわかったのだが、ガサ入れから逃げれる為にドアがいっぱいあったと診断しているが、赤線は公認の売春で、ガサ入れがあったとしたら非公認の青線であったと思う。この水子の霊が多くある屋敷は、山の中腹にあるのだが、例えば遠野の鍋倉山の中腹、多賀神社の上にあった成就院の敷地内には、狐と呼ばれる売春婦がいた。恐らくそれは非公認の売春婦であったろうが、どこかで黙認されていたようだ。当然、現代とは違い、避妊具が無い時代であったから、生れた子供は処分しつつ売春を繰り返していたであろう。これは想像だが、成就院では、水子供養を行っていたのではないだろうか。これは一瞬思いついた事だが、明治時代に出来た智恩寺の敷地内に水子供養に関するものがあったのは、もしかして成就院のものを引き継いだものか?これについては、今度聞いてみようと思う。

土渕の常堅寺にも以前は、水子に関する供養碑が無数にあったが、間引きなどによっての水子供養は、いろいろな形で行われている。現代日本の死亡三大要因のトップは、人工中絶である。交通事故や癌による死亡よりも多いという事が、あまり知られていない。つまり、今も昔も世の中は、水子の霊で溢れているという事になる。そういう水子をあたかも特別視している自称霊能力者は、やはり胡散臭く感じてしまう。水子とは「古事記」において、伊弉諾と伊邪那美が失敗して生まれた子供を海に流したのが"水蛭子"であった事から来ている。しかし、水蛭子の解釈は様々あり、悪いものとは言い切れない。だから自分ならば、その屋敷に住めと言われれば、平気で住めると思う。もしかして、その水子が恵比寿という、利益を与える神に変貌する可能性もあるではないか。恵比寿は蛭子とも書き表し、それは水蛭子だともされている。神が零落して、妖怪や幽霊になるのなら、その幽霊が逆に神と成って、その家を繁栄させる可能性もあるのではないか。結局、神と幽霊の境界はよくわからないが、あまり気にせずに接するのが一番良いと思う。変に気にし過ぎて、胡散臭い自称霊能力者に騙されない事を願うものである。

by dostoev | 2016-10-23 20:32 | 民俗学雑記 | Comments(4)

遠野物語 奇ッ怪 其ノ参

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たまたまトピアに置いてあったチラシが、目に入った。「遠野物語 奇ッ怪 其ノ参」とある。其の参という事は過去に、其の壱、其の弐があったという事か。一瞬、「遠野物語」の舞台劇かと思ったが、読んで見ると少し違った。「奇ッ怪」な話を語る事によって、自らの物語を浮上させ「遠野物語」と融合するという事だろうか?まあ百聞は一見にしかずで、とにかくこの話舞台を観なければ理解できないだろう。ただ、会場が岩手県民会館なので、盛岡まで行かなくてはならない。遠野でやって欲しいものだが、集客を考えれば仕方がないのか。自分は俳優を詳しく知らないが、出演者で唯一一人だけ仲村トオルという俳優だけ知っている程度だ。ただ、こういう舞台であるので、基本は舞台で名を成した俳優主体なのだろうか。
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by dostoev | 2016-10-21 16:58 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(4)

遠野の妖怪アイコン・フェスティバル(町を妖怪でいっぺにするべし)

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朝の時間帯、知らない間に、このチラシが置かれていた。どうやら、こういうイベントがあるらしい。
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遠野妖怪アイコン展示会

会場 一日市 ちょボラ

日時 10月19日(水)~23日(日) 9:00~18:00
       (但 最終日 23日は9:00~12:00)

最終日トークイベントを開催
        「たおりさんと遠野を語ろう!の会」

会場 カーゴカルト(仲町十字路の地下のお店)

日時 10月23日(日) 19:00~21:00

参加費(ワンドリンク付) 500円

問い合わせ先 事務局スタッフ奥友 tel 070-5620-3096
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チラシの裏面を見ると、商品に妖怪のアイコンを貼って販売するようだ。平成の初期に泊った客が、子供に期待されて困った話をしていたのを思い出す。「うしおととら」という漫画に、遠野が舞台となる話があった。主人公の少年がバスで遠野に降り立った時、沢山の妖怪が現れるシーンを見た子供は『遠野って、妖怪が沢山いるんだ…。』と思ったらしい。そんな中、父親が出張で遠野に泊ると聞いた時「お父さん、妖怪沢山見て来てね!」と言われたそうな。その子供の言葉がプレッシャーとなり、どうしたら良いか相談されたのだった。
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百鬼夜行の本場京都では、こうして妖怪のイベントが頻繁に起きている。若者達が思い思いの妖怪の仮装で、百鬼夜行を繰り広げている様は、熱気を感じる。ネットで検索すれば、沢山の画像が出て来るので見ると、かなり面白い。以前、遠野の七夕祭りに便乗し、「全国まぬけ踊り選手権」と称して開催したが尻すぼみとなって、今は消滅してしまった。あれは観ても、参加してもつまらないとの声が多く耳に入って来たものだった。それよりは、こういう多くの人の想像力を刺激する百鬼夜行の行列、もしくは踊りを含めた遠野百鬼夜行があれば、新しい祭りとして生き続けないだろうか?考えて見れば、今では遠野の踊りとして有名なしし踊りの由来も、京都に行って見て来たものを真似したのがしし踊りという事ならば、今回の大人し目の妖怪イベントも良いが、京都で行われている活気と熱気のある妖怪イベントに便乗して「遠野百鬼夜行」を開催しても良いのではなかろうか。

by dostoev | 2016-10-18 09:35 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

満月の日の馬たち

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陽が沈んだ頃、次には満月が昇ってくる17時過ぎに荒川高原にいた。昨日は、月と鹿を撮影したので、今日は月と馬にする予定だった。
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道路の下から上を見ると、オシラサマの様に並んだ馬がいた。
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カメラをセッティングしていると、馬たちがしきりに、こちらを気にしている様。陽が完全に沈むと、辺りはかなり暗くなった。
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もう真っ暗になった頃に、ようやく東の空が明るくなってきた。
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じんわりと満月が昇って来たが、東の空は雲が多くて、その姿を見る事が出来ない。
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しかし満月の光による逆光で、馬はシルエットになり、カメラのファインダー内は黄金色に染まって綺麗だった。
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月がある程度昇ったが、やはり雲が多く、朧月夜状態。
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馬たちは、この満月の夜になっても一生懸命、草を食んでいる。
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雲が切れて、満月が顔を出した。
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しかし、雲は空全体に広がっている。この満月も、すぐに雲に隠れてしまうのだろう。天気予報も晴れのち曇りの予報なので、予報は当たっている。月の入りも見てみたいが、この雲の様子では、明日の朝は期待できないだろう。この辺で、荒川高原を後にする事にした。
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by dostoev | 2016-10-17 05:36 | 遠野の自然(秋) | Comments(2)

月の昇りと鹿

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荒川高原に、月が昇る。
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その昇る月を、不思議そうに見つめる鹿達が居た。
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馬がいなくなった荒川高原は現在、鹿の牧場になっているかのよう。
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太陽と月が遠野で一番近く感じる荒川高原を、安らぎの地としているかのような鹿の群れ。
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月が昇り、太陽が沈むと、月の色はぐっと濃くなっていく。そのアクセントに鹿がいるが、鹿もまた月に馴染んでいるかのよう。
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by dostoev | 2016-10-15 20:10 | 遠野の自然(秋) | Comments(0)

夜の情景

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遠野の夜の情景は、街中に居ると平凡な夜を過ごしているように思えるが、遠野の街を外れると、かなり劇的で美しい夜を、幾度となく迎えている。同じ遠野でも、それを見る場所によって変わるものである。
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雲海が発生すると、太陽光は遮られ、遠野の街ではまだ夜が続くが、その雲海の上ではすでに朝が訪れている。
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荒川高原に目を向けると、そこは遠野で一番天空に近いかのように、放牧された馬たちがあたかも空の住人かのよう。
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星と雲とを間近に見る馬たちは、龍神に属するかのようでもある。
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荒川高原は、早池峯の山懐にある。早池峯は、本州で一番光害の少ない地域である。それはつまり、本州で一番星が綺麗な地という事になる。九州に目を向けると、高千穂が一番光害の少ない地域のよう。本州の民話の里遠野と、九州の神話の里高千穂が一番星の綺麗な地というもの、なんとなく趣を感じるものである。天の川を背景に草を食む馬たちを見るのも、今月いっぱいくらいだろうか?
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そして、月夜しか見られない月虹も、夜の情景の一つとなる。
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by dostoev | 2016-10-12 19:34 | 遠野の夜空 | Comments(0)