遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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<   2015年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

夜空の星を見に…。

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今回は、台湾から来た施さんが是非、星空を撮影したいと、前から予約が入っていた。7月は、天気が悪い日が多く、なかなか星空を見せる事が出来ない時が多かった。この日も、天気予報は曇り。施さんが到着した頃も、雨が降っていた。さて夜空撮影の出発の時、雲の具合からどこへ行こうか迷っていた。施さんは、自分のブログの写真で見た馬と星の写真の場所に行って見たいという。場所は荒川高原なのだが、雲の雰囲気から貞任高原方面が良いと判断して行く事にした。途中、雲が多くて星空が見えなく不安になっている中、月が西の空に落ちるのが見えた。
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西側は遠野の町がある方向だが、若干の雲の切れ目はあるものの、やはり雲の占有率が高い。
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しかし、東南に目を向けると、雲の無い空が広がっているのを確認できた。
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これなら、これから海寄りの方向は、もっと雲が切れていて良いだろう。
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雲の切れ目に見える星も、自分はかなり好きだ。
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すると、今度は霧が濃くなってきた。さすがにマヨヒガの地に踏み込んだだけはある。ここで施さんを車の外に出して、影遊びの撮影会にした(^^;
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天然のスクリーンに投影される巨大な影。
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最近は、日本人観光客よりも、外国観光客の方が自分のブログを見て、この夜の観光を楽しもうと来ている。
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展望台まで来ると、やはり星がクリアで天の川が綺麗に見えた。施さんも、一生懸命星空を撮影している。
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夜空に真っ赤に浮かぶ、風車。
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最後はお決まりの、アドベンチャーダートコースを通って帰り道に。施さんは、これほどまでの星空を見た事が無かったそうだ。ところで、この貞任高原方面も、鹿が減った気がする。途中、何頭かに遭遇しているが、以前の様な無数の鹿の群れは見なくなった。やはり、かなり駆除されたのだろう。それでも走行中の合間に、アナグマ・ウサギ・シカ数頭は出て来ていた。
by dostoev | 2015-07-22 07:31 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(2)

「遠野物語28(早池峯登山道と白髭水の伝説) 其の二」

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始めて早池峯に山路をつけたるは、附馬牛村の何某と云ふ猟師にて、時は遠野の南部家入部の後のことなり。其頃までは土地の者一人として此山には入りたる者無かりし也。この猟師半分ばかり道を開きて、山の半腹に仮小屋を作りて居りし頃、或日炉の上に餅を並べ焼きながら食ひ居りしに、小屋の外を通る者ありて頬に中を窺ふさまなり。よく見れば大なる坊主也。やがて小屋の中に入り来り、さも珍らしげに餅の焼くるを見てありしが、終いこらへ兼ねて手をさし延べて取りて食ふ。猟師も恐ろしければ自らも亦取りて与へしに、嬉しげになほ食ひたり。餅皆になりたれば帰りぬ。次の日も又来るらんと思ひ、餅によく似たる白き石を二つ三つ、餅にまじへて炉の上に載せ置きしに、焼けて火のやうになれり。案の如くその坊主けふも来て、餅を取りて食ふこと昨日の如し。餅尽きて後其白石をも同じよやうに口に入れたりしが、大に驚きて小屋を飛び出して姿見えずなれり。後に谷底にて此坊主の死してあるを見たりと云へり。

                                    「遠野物語28」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「奥々風土記」には、下記のように記してある。

「白髭神社、早池峯山の山中河原の坊という處にあり寛治元年(1087年)六月の頃雨降続きて此邊の川々大洪水せり當時髪髭眞白なる翁丸木に打乗て水上より流れ来て云けらく我れは白髭水の翁なりと告給へり故白髭の大明神と美稱て妙泉寺てふ寺の鎮守に崇奉れりとなん。」

妙泉寺とあるが、これは遠野妙泉寺ではなく、大迫妙泉寺である。「遠野物語28」では大坊主、大迫の伝説では山姥となっているが、本来は白髭の老翁が普通である。この伝承は、遠野・大迫だけでなく、全国に分散し、その白髭の老翁を祀る白髭神社の総本山は、近江国にある。
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白髭神社の祭神である白髭の老翁の正体は、比良明神であるという。その比良明神が登場する古い縁起は、白髭神社ではなく、石山寺の縁起であった。

奈良時代、聖武天皇が推し進める東大寺の大仏の鍍金の為に膨大な量の金が必要であった。その当時、金は輸入に頼っていた為に難儀をしていた。その時、聖武天皇の命を受けた良弁僧正は金峯山に籠り、黄金発見を祈願したところ、蔵王権現が現れ、近江国の瀬田に霊地の山があり、そこで祈願すれば良いと告げられた。良弁は近江国へ赴くと、そこで釣りをしている比良明神に出会った。画像は、その良弁と比良明神の出逢いである。それから比良明神に石山が霊地であると教えられ祈願したところ、陸奥国から黄金の発見され、聖武天皇に献上されたという縁起である。良弁を導いた事から、天孫族を導いた猿田彦と比良明神は習合したようで、現在の白髭神社の祭神の表向きは猿田彦となっている。

また社伝では、垂仁天皇25年に倭姫命によって社殿が建てられたのが当社の創建であるという。また白鳳2年(674年)には、天武天皇の勅旨により「比良明神」の号を賜ったとも伝える。倭姫命の遠征は以前「荒御魂」で書いた様に、武力制圧の旅であった。その時に一緒に回った神とは、天照大神の荒魂である撞賢木厳之御魂天疎向津媛命であり、瀬織津比咩の異称であった。琵琶湖の瀬田の付近には大石と呼ばれる地があるが、元々「お伊勢」が変化して「大石」になったと伝えられる。そしてその大石の傍に土地を所有していたのが、俵藤太の末裔である小山氏であり、遠野を統治した阿曽沼の祖であった。

何故早池峯に白髭明神が祀られているかと考えれば、共通するのがその場所であろう。早池峯には瀬織津比咩が祀られているが、琵琶湖の瀬田とは七瀬の祓い所であり、俵藤太が竜宮へと出向いた場所である。桜谷(佐久奈谷)に祀られる桜明神とは瀬織津比咩の事であり、そのたぎつ落ちる水の場所が瀬田の竜宮の入口であった。その瀬田で良弁が出遭った比良明神は、まさに導きの明神であった。どこか塩椎神とかぶるその性質は、猿田彦というより、やはり塩椎神の変化と考えた方が良いかもしれない。その塩椎神が祀られる、陸奥国一宮の塩竈神社があるが、本来祀られていたのはどうやら水神であったらしい。その水神の元へと導いた塩椎神と、白髭老翁=比良明神とは本来、同じではなかろうか。そして、この白髭明神を早池峯の麓にもってきた者とは、俵藤太と瀬田との繋がりから恐らく、阿曽沼氏関係の人物であろうと思えるのだ。
by dostoev | 2015-07-12 20:46 | 「遠野物語考」20話~ | Comments(0)

精霊・神仏奇譚(金子富之展)

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過去に何度か紹介していた、金子富之展が、下記の通り開催される。

期間 2015年7月22日(水)~8月10日(月)

場所 日本橋高島屋6階美術画廊X

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日本に輸入された仏教の表向きは、慈悲深い姿で民の救済を行っているように思えるが、その本来は荒々しくも恐ろしい神仏の姿がある。ローマ神話における、優しい月の女神ダイアナの裏には、復讐の女神であるヘカテが潜んでいる。正義と悪とは、立場によって微妙に変わるもの。正義の名の元に悪を倒そうとする場合、相手に対する錨や憎しみは、それを増幅させる神仏に願うもの。日本で広く親しまれる大黒天は、墓場の王でもある。人間を超えた存在である神仏を裏返せば、恐ろしい魔物であり妖怪の類に等しい。神仏も魔物も蠢く時間帯が、太陽の沈んだ後の夜である事を考えれば、慈悲深い神仏が実は、恐ろしい存在であると、どこかで感じている筈である。その本質に目を向けた金子氏の作品は、虐げられて生きてきた東北の民の心に潜む修羅に重なるだろうか。
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by dostoev | 2015-07-11 15:50 | 金子氏幻想作品 | Comments(0)

昨日の夜空

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昨日の昼間は快晴で、不純物の無い澄み切った空のようであった。これは星がクリアに見えるなぁと思い、またまた夜に出かけてしまった。天の川を撮影してみると、やはりこの前の七夕の時よりも天の川は、クッキリ浮かび上がって見える。いやその前に、肉眼でもかなりハッキリ天の川が確認できた夜だった。
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ところで、耳切山に生息していた筈の鹿が激減しているのに気付く。以前は見かけた、鹿の群れを今年はまだ見ていない。若干の鹿は確認できるが、去年ほどの溢れるばかりの鹿の群れをまったく見なくなったのだ。そういえば、ある人物は鹿を200頭以上駆除したという。もしかしてその200頭とは、この耳切山に生息していた鹿を駆除したのだろうか。
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七夕の時にいた馬を、もう一度アクセントにして星の撮影をしようと思ったが、今回は違う場所に行ったようだ。仕方ないから、馬無しで撮影したが、やはり馬がいた方が、写真としては面白いが…残念。
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by dostoev | 2015-07-11 06:56 | 遠野の夜空 | Comments(0)

「遠野物語28(早池峯登山道と白髭水の伝説) 其の一」

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始めて早池峯に山路をつけたるは、附馬牛村の何某と云ふ猟師にて、時は遠野の南部家入部の後のことなり。其頃までは土地の者一人として此山には入りたる者無かりし也。この猟師半分ばかり道を開きて、山の半腹に仮小屋を作りて居りし頃、或日炉の上に餅を並べ焼きながら食ひ居りしに、小屋の外を通る者ありて頬に中を窺ふさまなり。よく見れば大なる坊主也。やがて小屋の中に入り来り、さも珍らしげに餅の焼くるを見てありしが、終いこらへ兼ねて手をさし延べて取りて食ふ。猟師も恐ろしければ自らも亦取りて与へしに、嬉しげになほ食ひたり。餅皆になりたれば帰りぬ。次の日も又来るらんと思ひ、餅によく似たる白き石を二つ三つ、餅にまじへて炉の上に載せ置きしに、焼けて火のやうになれり。案の如くその坊主けふも来て、餅を取りて食ふこと昨日の如し。餅尽きて後其白石をも同じよやうに口に入れたりしが、大に驚きて小屋を飛び出して姿見えずなれり。後に谷底にて此坊主の死してあるを見たりと云へり。

                                    「遠野物語28」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず「早池峰妙泉寺文書」の年表を読むと、下記の様に記してある。

来内村の人、藤蔵、始閣宮本と改名、さらに薙髪して普賢坊となる。

大同元年三月八日、早池峯山頂に於て尊霊を拝し、同年五月、御坂を開き、
六月山頂に神宮(本宮)を創建す。



普賢坊が御坂を開きとあるが、これは遠野からの登山道というものだろう。そして、貞観九年(867年)に大迫口御坂開始とあり、天暦五年(951年)江繋御坂開始とある。これをそのまま信じて良いかはわからぬが、「遠野物語28」に記されている、初めて早池峯に山路をつけたのが南部入部の後というのは間違いであろう。南部入部を「遠野市史」で確認すれば、寛永四年(1627年)の事になり、遠野御坂が開かれた時代から760年もの開きがある。ただ別に、元禄年間に新しい楽な登山道が開発された事を、ここでは言っているか。

早池峰の伝説に関しては、南部時代になって、かなり南部の影響を受けているようだ。例えば早池峯を東岳としている説は、東が太陽の昇る形から出来た漢字の事から、あくまで盛岡南部の意向を汲み、盛岡南部側から見た名称というのは、あきらかであろう。この「遠野物語28」の話も、早池峰の歴史に南部によって捏造された歴史が介入した残存ではなかろうか。それが混雑一体となって「遠野物語」に語られたというのが真実であろう。それを裏付けるのは、次に続く早池峰山中に現れる大坊主の話は、大迫側の河原の坊で伝わる話であるが、但し現れるのは大坊主では無く、山姥となっている。

ところで南部の介入による早池峯の歴史の改竄もだが、遠野側の歴史も怪しいと言えるだろう。まず藤蔵が早池峯に登ったとされる大同元年三月八日だが、遠野はまだ冬が厳しく、早池峯は樹木が殆ど無い岩山の為に、冷たい風がまともに当り、三月の早池峯は氷山となっている。現代では、氷壁登りに必要な装備が無ければ登れないが、それを平安時代に一人で登ったなどとは考え辛い。ましてや祀られる神が竜蛇神であるならば、今は廃れた諏訪の御室神事のように、三月までは足を踏み入れる事は無い筈である。

また明治以降、天皇の祖先神や大和平定に功績のある特定の神を祭神とする神社の一部が、社号を「神社」から「神宮」に改めたとあるが、「早池峰妙泉寺文書」では、大同元年に山頂に神宮を創建すとあるのは有り得ない話だ。その当時の神宮を名乗っていたのは、伊勢神宮か石上神宮しかなかった。その後の延長五年(927年)に成立した「延喜式神名帳」で、鹿島神宮と香取神宮が追加されたに過ぎない。ただ、神宮の定義に「大和平定に功績のある特定の神」とある事から「蝦夷平定」を成し遂げ、伊勢神宮の荒祭宮に祀られる瀬織津比咩の宮を神宮としても違和感は無いだろう。

次の大坊主の話は、其の二で書く事とする。
by dostoev | 2015-07-10 17:03 | 「遠野物語考」20話~ | Comments(0)

軒先のツバメ

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店の軒先に、ツバメが巣を作ろうとしていた。去年までは、ツバメなんて寄り付こうともしなかったのに、何故か今年になってツバメが巣作り場として認めたらしい。壁に引っ付いて巣作りが始まったようだが、なんだか大変そうだなぁと、作業をし易いように、その下に板を打ち付けて足場を作ってあげたら、あっという間に巣を作り上げてしまった。
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それから毎日、軒先から聞こえてくるツバメの囀りが、何となく楽しく嬉しく感じる。
by dostoev | 2015-07-09 16:14 | 民宿御伽屋情報 | Comments(2)

7月7日の天の川(2015)

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昨日、7月7日は七夕だった。最近雲が多く、なかなか晴れ間を見る事が出来なかったが、七夕に合わせたかのように、綺麗に晴れてくれた夜空だった。時間的にはまだ早い時間なので、遠野の町の街灯の影響があるが、本当の夜中であったら、もっと星は綺麗に見える。
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荒川高原に放牧されている馬が、星空撮影の良いアクセントになってもらった。
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馬は動くので、長時間露光の為に、馬がブレてしまう。こればかりは、仕方がない。とにかく、七夕の晩は、天の川を見たくなってしまうもの。
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定番の、早池峯&薬師岳
by dostoev | 2015-07-08 11:21 | 遠野の夜空 | Comments(0)

9月28日

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9月28日は、不動明王の縁日であり、瀬織津比咩の縁日にもなる。その今年の9月28日だが、皆既月蝕が起きるようだ。
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不動明王の右眼がかっと見開き、左目が半眼になっているのを天地眼という。一説には、その天地眼と皆既月蝕が結び付けられているという。それは、ひと時の間に、満月と、欠けゆく月の状態が行われるのを天地眼が開くとも云われているようだ。それが丁度、不動明王の縁日の日に起こるのだと。
by dostoev | 2015-07-07 18:07 | 民俗学雑記 | Comments(0)

「遠野物語44(世界遺産の橋野高炉跡)」

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遠野郷より海岸の田ノ浜、吉里吉里などへ越ゆるには、昔より笛吹峠と云ふ山路あり。山口村より六角牛の方へ入り路のりも近かりしかど、近年此峠を越ゆる者、山中にて必ず山男山女に出逢ふより、誰も皆怖ろしがりて次第に往来も稀になりしかば、終に別の路を境木峠と云ふ方に開き、和山を馬次場として今は此方ばかりを越ゆるやうになれり。二里以上の迂路なり。

                         「遠野物語5」

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安全に沿岸域へ行く為に笛吹峠を避け、境木峠を利用する旅人が増えたという理由は、噂だけの魔物では無い筈。実害があったからこそ、笛吹峠を避けたのだと思っていた。山の峠とは恐ろしいもので、それは笛吹峠だけでなく、山そのものが魔物がいると信じられているから、どの山の峠も恐ろしかったと思う。しかし実際に、笛吹峠を避けたという事は、実害が頻繁に起こってのものだったろう。その笛吹峠には、今回世界遺産に登録された橋野高炉跡がある。この橋野が登場する話に「遠野物語44」の猿の経立の話がある。

六角牛の峯続きにて、橋野と云ふ村の上なる山に金坑あり。この鉱山の為に炭を焼きて生計とする者、これも笛の上手にて、ある日昼の間小屋に居り、仰向に寝転びて笛を吹きてありしに、小屋の口なる垂菰をかゝぐる者あり。驚きて見れば猿の経立なり。恐ろしくて起き直りたれば、おもむろに彼方へ走り行きぬ。

                        「遠野物語44」

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猿を見て、いきなり猿の経立と思うかどうか。つまり目撃したのは、猿のような恐ろしいものであったとも考えられる。
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大槌から釜石にかけて鉱山が多くあり、その利便性から出来たのが橋野高炉であったのだろう。今回、その世界遺産登録にあたって韓国が軍艦島に対して難癖をつけているが、その理由は強制労働であったという事である。強制労働といえば、鉱山関係の仕事は落盤事故の多発さから、いつ命を落とすか分からぬ為、罪人などを人夫として働かせていたのは全国的な事であった。それ以外に、見つかれば死罪となる隠れキリシタンの人々も鉱山で働いていたという。例えば「胴臼洞(どううすほら)」というのは「デウス洞」から来ていると云われるのは、見つかれば死罪の隠れキリシタンを、ただ殺すのではなく事故死率の高い鉱山の労働者として働かせた方が、その命を有効に使えるという事から働かせていたようだ。その代わり、信仰の自由は与えていたらしく、坑道内で隠れキリシタンのミサらしきも行われていたらしい。明治時代に瑞応院に誰かから預けられたマリア像らしきは、細かな埃で薄汚れていたのは、坑道内で祀られた像であった為のようだ。

そして、橋野高炉には、外国人も働いていたのが確認されている。十一面観音を祀る大槌の観音堂は、行方不明だった十一面観音が見つかってから建立された観音堂である。その行方不明の十一面観音の場所を占った巫女は、赤髪で、身長の高い、そのスタイルも含め、まるで西洋人の様な巫女であったと。顔写真は見せられたが、まるで西洋の魔法使いの婆様の様な顔をしていた。その巫女の血筋は、橋野高炉で働いていた西洋人であったという。「遠野物語拾遺」にも、難破した外国船の異人と結ばれた話を記しているが、江戸時代にも頻繁に難破船が三陸沿岸に漂着する事から、瀑布の命を受けて南部藩が釜石の尾崎半島で、外国船の監視をしていたという。しかし、難破した船の船員達がどう扱われたのかは、わかっていない。恐らく、橋野高炉で働いていたという西洋人は、難破船の乗組員ではなかったのたろうか。
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橋野高炉や鉱山では、脛に傷を持つ者などを雇って高炉を運営していたという。その中には、外国人もいた。その橋野高炉傍を通る笛吹峠を渡る旅人が襲われ、金品を巻き上げられたという。橋野高炉の人夫は、ある程度の監視下にあったようだが、その監視の目をかい潜って悪さをした者もいたようだ。その悪さが行われたのは、高炉の仕事が終わった後の夜であったろう。夜の闇に紛れて悪さをする橋野高炉で働く人夫は、旅人にとって、まさに魔物であったと思う。さらにその魔物の中に赤神の高身長の西洋人がいたとしたら、どうであろう。その赤髪の西洋人は、鬼となり、山男となり、天狗として広く伝えられたのかもしれない。
by dostoev | 2015-07-07 17:27 | 「遠野物語考」40話~ | Comments(0)