遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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「遠野物語拾遺212(熊と地震と嘘)」

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栗橋村の嘉助とかいう人が、本当に出逢った事だという。この人が青年の頃、兄と二人して山畠に荒畦を畳みに行くと、焼畠の中に一本の大木があって、その幹が朽ち入り、上皮が焼けた為に大穴になっていた。ふと見るとこの大木から少し離れた処に、大熊が両手で栗穂の類を左右に引つ掻ぐっている。兄弟は思わず知らず後退りをしてようやく物陰に隠れたが、だんだん心が落ち着いて来ると、そっと熊の様子を窺い始めた。熊はしばらくの間栗穂などを毟って食っていたが、何と思ったのかその朽木の穴の中に入って行った。どうしたのであろうと思いながら、なおも二人は見張っていたが一向熊は出て来ない。それが余り長いので、二人は、よし来た、あの熊を捕って高く売ろう。何とひどく大きな物ではなかったか、よい金儲けだと言い合って、おもむろに朽木の傍に歩み寄り穴の口に矢来を掻き切って、中から出られぬようにした。そうしてから兄は、誰にもこのことを聞かせるな、俺達兄弟して、中から出られぬようにした。そうしてから兄は、誰にもこのことを聞かせるな、俺達兄弟して、しこたま金儲けすべすと言い聞かせ、自分は穴を見つめたまま眼弾もしないで張番をしていた。そのうちに嘉助は家から鉄砲、鎗などを持って還ったので、二人は例の大木の処に引返し、いよいよ朽穴にさぐりを入れ、鉄砲、鎗などで突き立てようとした刹那である。大きな地震が揺れて、みりみりとこの大木を根こそぎに倒した。兄弟は驚いて樹の側を飛び退いていたが、やがて地震はおさまったので、この間に熊が逃げ出してはならぬと、穴の口に鎗と鉄砲を指し向け、待ち構えていた。しかしいつまで経っても熊が出て来ない。元気な弟はとうとうじれったくなり、獲物を先きに構えて穴の中に入ってみた。が、どうしたものか穴の中には熊の姿など見えなかった。いくら探しても、さらに影も無いので、仕方なく這い出して来て、兄貴お前は俺が家に行って来る間に熊が出たのを見失ったのだなと詰れば、兄は、何を言う、俺は瞬きもしないで見張っていたのだ。そんなことがあるものかと、互いに言い争いを始めた。二人はしばらく諍っていたが、ふと向う山の岩の上を見ると、先刻の熊がそこに長くなっている。あや、あんな処にいた、早く早くと罵り騒いだ。しかし熊はいつまでも身動ぎ一つしない。二人がそろそろと近寄って見たら、実はその熊は死んでいたのであった。不意の地震で木が倒れた刹那に、朽木の奥深く入り込んでいた熊が向う山へ弾き飛ばされて、石に撲ち当てられて死んだのであったろうという。ちょっとありそうもない話だが、これはけっして偽ではない、確かな実話だといっていた。

                                                  「遠野物語拾遺212」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
地震で大木が倒れ、それがシーソーの片側に強い力が加わった感じで、熊が吹き飛ばされた様な事になっている。大木が何の樹木かはわからぬが、ツキノワグマの体重は、オスで最大150キロくらいで、メスで最大100キロ弱となる。つまり100キロ程度の重りを飛ばすくらいの力が必要となる。
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銃器が無い時代の古代、画像の様な投石機によって城などの攻略をしていた。しかし投石機では、100キロほどある熊の体を、遠くまで飛ばす事は出来ない筈。熊を飛ばす為には、更なる力が必要になる。
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それが樹木で考えた場合、樹木の高さ、つまり長さが重要になる。樹齢何百年もの樹高の高い杉の木が支点・作用点・力点をスムーズに伝えた場合に、その可能性が高まるだろうが、まあ有り得ない話だ。ところで大木を倒す程の地震という事だが、恐らく明治29年の地震なのだろうか。この明治29年(1896年)の地震&津波以外に、陸羽(岩手・秋田)境を震源とする大地震が起きていて、和賀郡で倒壊家屋が多数あったようだ。このどちらかが「遠野物語拾遺212」で起きた地震であろう。ただ、大雨による土砂崩れならいざ知らず、地震で大木が倒れるとは考え辛い。土砂崩れなどでは、根の浅い杉の木などがバタバタと倒れるシーンをニュース映像などで見かけるが、杉や松の針葉樹とは違い、ブナやミズナラなどの広葉樹は根が深く、そう簡単に倒れる樹木では無い。倒れた大木とは針葉樹系だとは思うが、地震で倒れたというのは、よほど腐朽していたのだろうから、広葉樹の可能性もある。ただ、腐朽がかなり進んでいれば、その樹木そのものの強さとしなやかさを失っており、熊を向う山に弾き飛ばすのは有り得ない為、やはりこれは作り話となるのだろうが、その中にも本当の話はあるだろう。ここで、ドストエフスキーの言葉を思い出す。

「真実をより真実らしく見せる為には、どうしてもそれに嘘を混ぜる必要がある。」
by dostoev | 2015-05-27 16:50 | 「遠野物語拾遺考」210話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺211(偶然な死)」

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これは田ノ浜福次郎という人の直話である。この人の若い頃、山の荒畦畳みに行った。当時山に悪い熊がいたが、これを見かけしだいに人々が責めこざして、ますます性質が獰猛になっていた。ある日のこと、いきなりこの熊が小柴立ちの中から現れて襲いかかった。その勢いにひるんで、思わず大木の幹に攀じ登ると、熊も後から登って来た。いよいよ上の枝、上の枝と登って行けば、熊もまた迫って来る。とうとう、詮方なく度胸をきめ、足場のよい枝を求めて踏み止まり、腰の鉈を抜き取って、登り来る熊の頭を、ただ一割りと斬りつけた。ところが、手許が狂って傍らの枝をしたたか切った。幸いそのはずみに、熊はどっと下に堕ちて行った。しかし今度は木の根元に坐ったまま、少しも動かずに張番をしている。木の上の者にはこれをどうする訳にも行かず、気を揉んでいるうちに早くも夕方になり、あたりが暗くなるにつけて、自分も生きた心持は無い。その時にふと考えたのは、いかに執念深い獣だとはいえ、朝からこの時刻まで少しの身動きもせずにいるのはおかしい。何か理由があるのだろうと。試みに小枝を折って投げ落して見たが、熊は元のまま微動だにしない。これでやや気が楽になって、今度はかなり太い枝を切って投げ下し、熊の頭に打ちつけて見たが、やはり結果は前と同じであった。これこそおかしいと思い、大声を出して熊の馬鹿などと罵ったが、それでも少しも感じぬ様子である。いよいよ度胸を据えて、おそるおそる幹から降りて行って見ると、熊は死んでいた。不思議に思って、その屍体を転がしてよく見ると、尻の穴から太い木の切っちょぎが衝き刺さって、膓まで貫いていた。これは木から落ちた時に刺さったものであったという。偽の様な、しかし本当にあった話である。

                                                  「遠野物語拾遺211」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「遠野物語99」で、妻を津波に奪われ、その妻の魂をも心通わせていた男に奪われた愛称"福二"、正式には福次郎が、ここに登場している。「荒畦畳み(あらくたたみ)」は、焼畑の開墾作業の下ごしらえで、「畳み」とは畝を作る事である。山に行ったとあるが、どこの山かはわからない。ただ通常"山"と呼ぶのは里山であり、目の前に見える山の事を言う。それ以外の山は外山と呼ぶ事から、悪い熊がいる山とは、里に隣接している山であり、里にも被害があったのではなかろうか。何故なら「責めこざして」というのは、手負いの熊であるという意味になる。恐らく、この熊を退治しようと失敗し、熊そのものが人間に恨みを持ったのだろう。昔、北海道の函館本線の特急に乗った時、隣り合わせになった方が、北海道の自然保護協会の会長であった。その方から聞いた話によれば、熊にも性格が様々あるのだと。例えば、熊除けの鈴音を聞いて、逃げる熊もあるが、好奇心旺盛な熊や、人に恨みを持つ熊は寄って来るのだと言う。

この話は本当にあった話であると念を押しているが、他でも聞いた事のある話である。遠野で法螺話をする者を"ひょうはくきり"と呼ぶ。福次郎もまた、ひょうはくきりであったか。
by dostoev | 2015-05-26 19:04 | 「遠野物語拾遺考」210話~ | Comments(0)

早池峰と沈む月

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諸事情から、半年以上外に出て撮影する事が無くなっていたけれど、久々に抜け出して、夜の荒川高原へと行って見た。月が、早池峯方面へと沈む時間帯、のんびりとした空気を味わっていた。
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月の反対側を見上げると、月光の影響を受けない夜空に、星が輝いている。
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どうやら、天の川が昇って来たばかりのようだ。
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早池峰と薬師岳のシルエット。
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by dostoev | 2015-05-25 09:46 | 遠野の夜空 | Comments(0)

白い獣

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最近いくつか狐に関する記事を書いていたが今日、その狐に関する興味深い話を聞いた。遠野のある地域で白い異様な狐らしき獣が目撃されていると云う。狐より大きめの、アナグマでもタヌキでも犬でも無い、白い獣らしい。 色が白ければ、そのまま白狐となるのだろうが、普段から野生動物を見馴れている目撃者は、通常の狐の姿との違和感があるそうな。さて、その正体はなんであろう…。
by dostoev | 2015-05-24 20:05 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

「遠野物語拾遺200(野狐の情)」

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これは浜の方の話であるが、大槌町の字安堵という部落の若者が、夜分用事があって町へ行くと、大槌川の橋の袂に婆様が一人立っていて、誠に申しかねるが私の娘が病気をしているので御願いする。町の薬屋で何々という薬を買って来て下されと言った。多分どこかこの辺にいる乞食であろうと思って、見かけたことの無い婆様だが、嫌な顔もせずに承知してやった。そうして薬を買い求めてこの橋のところ迄来ると婆様は出て待っていて非常に悦び、私の家はついこの近くだから、是非寄って行ってくれという。若者もどういう住居をしているものか、見たいようにも思ってついて行くと、岩と岩との間に入って行って、中にはかなり広い室があり、なかなか小奇麗にして畳なども敷いてあり、諸道具も貧しいながら一通りは揃っていた。病んでいるという娘は片隅に寝ていたが、若者が入って行くと静かに起きて来て挨拶をした。その様子が何とも言われぬほどなよなよとして、色は青いが眼の涼しい、美しい小柄な女であった。その晩は色々もてなされて楽しく遊んで帰って来たが、情が深くなると共に若者は半病人の如くになってしまった。朋輩がそれに気がついて色々尋ねるので、実は乞食の娘とねんごろになったことを話すと、そんだらどんな女だか見届けた上で、何とでもしてやるからおれをそこへ連れて行けというので、若者も是非なくその友だちを二、三人、岩穴へ連れて行った。親子の者はさも困ったような風ではあったが、それでも茶や菓子を出してもてなした。一人の友だちはどうもこの家の様子が変なので、ひそかにその菓子を懐に入れて持って来て見たが、それはやはり本当の菓子であったという。ところがその次とかの晩に行って見ると、娘は若者に向って身素性を明かした。私たちは実は人間では無い。今まで明神様の境内に住んでいた狐だが、父親が先年人に殺されてから、親子二人だけでこんな暮しをしている。これを聴いたら定めてお前さんもあきれて愛想をつかすであろうと言って泣いた。しかし男はもうその時にはたとえ女が人間で無かろうとも、思い切ることは出来ない程になっていたのだが、女の言うには私もこうしていると体は悪くなるばかりだし、お前さんも今に嫌な思いをすることがきっとたびたびあろうから、かえって今のうちに別れた方がよいと言って、無理に若者を室から押出したという。それから後も忘れることが何としても出来ぬので、何べんと無く岩のある処へいって見るけれども、もうその岩屋の入口がわからなくなってしまった。それであの娘も死んだであろうと言って、若者が歎いているということである。この話をした人はこれをつい近年あった事のようにいった。その男は毎度遠野の方へも来る兵隊上がりの者といっていた。

                                                               「遠野物語拾遺200」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この「遠野物語拾遺200」の話を読むと全体的に、キツネの語源となったと云われる「日本霊異記」の狐女房の話を思い出す。女房の正体がキツネと知っても、子供を作った仲であるからと、キツネ女房を責める事はしなかった。人間とキツネでありながら、情で絆が結ばれる話が共通しているだろう。人間と狐との情愛を伝える狐女房の系譜が、この「遠野物語拾遺200」にも、伝わっているのが理解できる。

男と婆様狐の出逢いは、橋の袂となる。これは、川を渡す橋が、異界との境界である事を意味する。俵藤太が大蛇の化身と出遭ったのも、瀬田の唐橋の袂であった。そして、この橋は、大槌川に架かる安渡橋であろうとされる。話の最初に出て来る地名"安堵部落"とは、今では安渡という地名らしいが、本来の安堵が何故に付けられたのか興味がある。その安堵の地から奥には、二渡稲荷神社があり、明治29年の津波記念碑がある大徳院(曹洞宗)がある事から、もしかして津波の及ばない地の意味で、安堵であったろうか。そして、岩屋に住む前の狐の親子は、明神様の境内に住んでいたと告白しているが、それは二渡稲荷神社であったろうか。
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ところで、この話に登場する狐は、野狐という事だろうか。江戸時代に野狐は、次のように定義されている。「疑い深い性質で日の光を恐れ刃を嫌う。ものを守らせると、一旦は信を失わぬものの、飽きてしまうとこれを忘れる。愚かな人を誑かして物を奪う。気を察知すると人に近付くことはない。牛馬の骨を得なければ化けることができない。位を望むということは未だ詳らかではない。」と。

この定義を「遠野物語拾遺200」に重ねて見ると、確かに狐の親子は夜にしか人間界に姿を現さず、日中は岩屋の中に潜んでいる。そして人間に化けるという事から、牛馬の骨を得ているのか。古代中国では、人間に化ける狐は頭の上に、人間のドクロを載せて化けるのだが、ここでの牛馬の骨とは、どう変化してのものだろうか。気になるのは「一旦は信を失わぬものの、飽きてしまうとこれを忘れる。」とは、狐は畜生であると定義しているようなものだ。畜生は、恩を忘れる、覚えていないと云われるのが、ここにも組み込まれている。しかし、ペットで飼う犬や猫もそうだが、一度人間と接して餌を貰った狐は、その人間を頼って、再び訪れる。何度も出逢えば、人間も狐も互いに愛着を感じるのが自然の流れであろう。

実は、一番気になる箇所が、一番最後である。「その男は毎度遠野の方へも来る兵隊上がりの者といっていた。」と。大槌と遠野は、釜石よりも交流が深く、大槌と遠野で、よく婚姻が決まっていたそうである。この前知り合った、大槌町の神社の別当である女性は、宮守から嫁いだという事である。そういう事から、大槌から遠野に人が来るのは何等問題が無いのであるが、「ものがたり青笹」には、兵隊上りの男にに化けていた狐の話が紹介されている。この大槌の兵隊上りの男が、実は狐であったならば、いろいろ話は繋がるのだが・・・。
by dostoev | 2015-05-23 17:08 | 「遠野物語拾遺考」200話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺203(狐の経立)」

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遠野の元町の和田という家に、勇吉という下男が上郷村から来ていた。ある日生家に還ろうとして、町はずれの鶯崎にさしかかると、土橋の上に一疋の狐がいて、夢中になって川を覗き込んでいる。忍び足をして静かにその傍へ近づき、不意にわっと言って驚かしたら、狐は高く跳ね上がり、川の中に飛び込んで遁げて行った。勇吉は独笑いをしながらあるいていると、にわかに日が暮れて路が真闇になる。これは不思議だ、また日の暮れるには早過ぎる。これは気をつけなくては飛んだ目に遭うものだと思って、路傍の草の上に腰をおろして休んでいた。そうするとそこへ人が通りかかって、お前は何をしている。狐に誑されているのでは無いか。さあ俺と一緒にあべと言う。ほんとにと思ってその人についてあるいていると、何だか体中が妙につめたい。と思って見るといつの間にか、自分は川の中に入ってびしょ濡れに濡れておりおまけに懐には馬の糞が入れてあって、同行の人はもういなかったという。

                                                    「遠野物語拾遺203」

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遠野には、いくつもの狐の関所があり、この鶯崎も遠野の町外れであり、悪戯狐が現れた場所だと云う。佐々木喜善「聴耳草紙(狐の話)」によれば、鶯崎に居る狐はウノコという狐であるようだ。そのウノコは「遠野ノ町の付近で昔から狐の偉えものは、八幡山のお初子、鳥長根の島子、鶯崎のウノコ三疋であった。」という事から、狐の中でも位が高い狐であったか。
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偉い狐の一疋に八幡山のお初子がいるが、「ものがたり青笹」に踊鹿(驚岡)の狐の話が紹介されている。踊鹿は八幡山に属する為に、この話に登場する狐がお初子であろうか。画像は、その踊鹿に鎮座する稲荷社に飾られる狐面。この話は「遠野物語拾遺203」と似た様に、ある者が穴掘りに夢中になっていた狐を驚かせたところ、やはり突然真っ暗闇になって狐の逆襲に遭う。
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空を暗くする狐は「遠野物語拾遺189」にも登場し、馬木ノ内稲荷様とされている。画像は、この馬木ノ稲荷神社。この様に馬木ノ内の狐も踊鹿の狐も、社が建てられ祀られているが、同じ様に天候を操る鶯崎の狐には何故か社が建てられていないのは、少々寂しいものがある。

狐に位があると聞いて思い出すのが、山口部落にあるデンデラ野の奥にある妖狐の墓だ。この狐は白狐であったらしく、歳を経て霊威を供えた為か、他の狐が貢物として兎などの獲物を持って来たと云う。そういう意味から「偉い狐」となるには、かなりの歳を経ているのだろう。そして妖力として天候を操るなどの事が出来るようになったという事か。「遠野物語」には「猿の経立」「御犬の経立」がやはり歳を経てなるものから、この「偉い狐」は「狐の経立」と呼ぶべきなのかもしれない。
by dostoev | 2015-05-22 18:03 | 「遠野物語拾遺考」200話~ | Comments(4)

「遠野物語拾遺199(女狐を追いかける)」

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これはつい一両年前の話。土淵村の長左衛門という者が、琴畑川に釣りに行っていると、川ばたの路を見知越しの女が一人通る。それは琴畑から下村の方に、嫁に行っている女であった。言葉をかけると笑うから、つい好い気になって女のもとに手を出したが、女はえせほほと笑ってはちょいと遁げ、えせほほと笑ってはちょいと退いた。そうして山の中を三日三夜、その女の跡を追うてあるいたという。村でも高山のサズミ山という処の頂上に出て、眼の下に村屋を眺めた時に始めて気がついた。するとその女もだんだんと狐になって、向うの萱山の方へ走って行った。それからぐだぐだに疲れきって、家に帰ってしばらく病んだと本人は言っている。

                                                  「遠野物語拾遺199」

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画像は、安倍晴明の母「葛の葉」

「女はえせほほと笑ってはちょいと遁げ、えせほほと笑ってはちょいと退いた。」こういうシーンは実際に、野生の狐と遭遇した時に経験する。まあ狐だけで無いが、人を怖く思っていない野生動物は「ちょいと逃げ、ちょいと退く。」を行い、ある意味からかわれている様にも感じる時がある。陰獣である狐は、女性を意識されるもの。ここでの話も、狐と遭遇した話を女性に置き換えて話した可能性はあるだろう。
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この動画は、貞任山の中腹辺りで遭遇した野生の狐。どうも人間に対する警戒心が薄い様で、狐から近付いて来たので、車を停めて撮影した時のものである。
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文中に登場するサヅミ山とは、土渕の栃内と大洞の間にある山で、三津見山(609m)と呼ばれる。これは、山口、栃内、土淵が湾の様に見えるから、そう名付けられたという。しかし、琴畑から女を追いかけ、この三津見山まで登ったという事は、かなりの距離を歩いた事になる。いや距離というか、かなりのアップダウンを繰り返し歩いたという事だろうから、これはに酷く疲れてしまだろう。その為、暫く病んだというのも納得してしまうのであった。
by dostoev | 2015-05-19 17:20 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺198(狐に騙された狼)」

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昔小友村に狼という綽名の人があった。駄賃附けが渡世であるいていたが、ある日同村団子石の箒松という処まで来ると、向うから士が一人来て、引掛け馬をしてあるくのはけしからぬ。手討ちにしなければならぬと威張るので、平身低頭してあやまっていたが、そのうちにどうかして居睡りをしてしまった。ふっと気がついて見ると団子石の上から一匹の狐が馬の荷へ上って行くところであったから、ひどくごせを焼いてどなりつけてぼったくった。そして魚は一尾も取られなかったそうである。

                                                  「遠野物語拾遺198」

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取り敢えず、文中の「ひどくごせを焼いてどなりつけてぼったくった。」を訳すると「酷く怒り、怒鳴りつけて追い払った。」となる。
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また「引掛け馬」とは、複数頭の馬を曳く事である。峠越えの駄賃付けが盛んだったのは藩政時代で、それが明治以降も引き継がれ盛んだったが、軽便鉄道の開通と共に、駄賃付けは幕を引いた。道産子などの巨大な馬がいるが、駄賃付けが盛んだった馬の大きさは四尺五寸(145センチ)あれば大きい方だったそうである。体重も七十五貫(約280キロ)あれば重い方であったと。現在の競走馬の馬体重が500キロ前後で、400キロを切れば小さな馬となる事から、この時代の駄賃付けの馬は、今の感覚であればかなり小さな馬となるのだろう。そういう小さな馬にも、炭俵なら一俵六貫目(約22.5キロ)を六俵背負わせていたそうである。それを一人の馬子が通常三頭~四頭の馬を曳いていたというから、ここでの「引掛け馬」に対して怒る理由がわからない。

これも狐に騙された話になるのだが、小友町の団子石とは、鷹鳥屋地区に団子石という屋号の家があるので、恐らくその近辺の事であろう。遠野の町へと向かう土室峠の近くである為、この駄賃附けは遠野に向おうとしていたのか。峠近くという事であるから、村外れの場所でもあり、狐がよく出る場所であったろう。この騙されそうになった男の綽名が狼である事から、狐に騙された狼というとグリム童話を思い出しそうだが、ある意味洒落で作られた話ではなかろうか。
by dostoev | 2015-05-18 20:09 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺133(大切な馬)」

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昔上郷村大字板沢の太子田に、仁左衛門長者という長者があった。それから佐比内には羽場の藤兵衛という長者があった。ある時この羽場の藤兵衛が、おれは米俵を横田の町まで並べて見せるというと、仁左衛門はそんだらおれは小判を町まで並べて見せようといったという。これほど豪勢な仁左衛門長者ではあったが、やはり命数があって一夜のうちに没落してしまった。ある年の春のことであった。苅敷を刈らせに多くの若い者を、吾が持山へ馬を曳かせて出したが、先立ちの馬が五、六町も離れた切懸長根まで行っているのに、まだあとの馬は厩から出あげなかったという話である。ところが山に登ってまだ苅敷を採り切らぬうちに、にわかに大雨が降って来たので、若者共は空馬で帰って来た。仁左衛門長者はこれを見て、おれの家では昔から山降り前に家に帰って来た例が無い。おれの代にそんな事をさせては名折れだといって、大きに叱って大雨の中を引き返させた。しかし若者だちは山には行かれぬので、大平の河原に馬を繋いでおいて、その夜は近所の家に入って泊った。ところが次の朝起きて河原を見ると、一晩の大水の為に有る限りの馬が、一頭も残さず流されていた。これが仁左衛門長者の滅亡であったという。

                                                    「遠野物語拾遺133」

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財力比べの話はさて置いて、馬が居なくなった為に没落した話は、それだけ馬が重要な役割を果たしていたからだ。遠野は、岩手県の中心に位置する。内陸部と沿岸の中間にあり、いくつかの街道が開けていた。五輪峠は、江刺方面へ。赤羽根峠は、大船渡や陸前高田の沿岸部に。堺木峠と笛吹峠は、大槌・釜石の沿岸部に。立ち丸峠は、小国経由で宮古へ。小垰は、大迫経由で盛岡へ。そして、花巻街道と呼ばれたのは、宮守経由で花巻へと繋がっていた。各地域の中間に位置する遠野には、様々な品が集まり賑わいを見せ「市日市日に牛馬三千」と云われた。つまり、市が開催される日には、今で言えば車が三千台終結したようなものだった。

大槌街道に関する、物資の出入りの記録がある。

【入荷】海産物・鮮魚・魚油・魚かす・塩
【出荷】藁製品・米・雑貨・雑穀類・味噌・醤油・衣類


花巻街道に関する物資の記録は、下記の通り。

【入荷】米・雑貨・紙
【出荷】木炭・木材・馬・鮮魚


この記録を見ると、あくまで遠野は中継点であったのがわかる。例えば、大槌から鮮魚が入荷し、花巻に出荷されているのは、遠野側が中間マージンを取り、更にその荷を馬に乗せて運んだのだろう。駄賃付ともいう運送方法は、軽便鉄道が開通するまで、続けられた。この様に馬は、物資の輸送に加え、農耕や山仕事の動力となり、馬そのものも馬市での収入は、馬の生産に携わる人達の家計に大きく貢献しており、遠野の経済は馬によって担われて来た。その馬を全て失った仁左衛門長者が没落するのも、当然の事であったろう。
by dostoev | 2015-05-17 21:01 | 「遠野物語拾遺考」130話~ | Comments(8)

「遠野物語拾遺137(幽霊金)」

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遠野町の某、ある夜寺ばかりある町の墓地の中を通っていると、向こうから不思議な女が一人歩いてくる。よく見ると、同じ町でつい先頃死んだ女であった。驚いて立ち止まっていろ処へ、その女がつかつかと近づいて来て「これを持っていけ。」と汚い小袋を一つ手渡した。手にとって見るに何か小重たい物であった。恐ろしいから急いで逃げ帰り、家に来て袋を開けて見ると、中には銀貨銅貨を混ぜて、多量の金が入っていた。その金は、幾ら使っても無くならず、今までの貧乏人が急に裕福になったという話しである。これは俗に幽霊金といって昔からままあることである。一文でもいいから袋の中に残しておくと、一夜のうちにまた元の通りに一杯になっているものだと言われている。

                                                  「遠野物語拾遺137」

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この「遠野物語拾遺137」と似た様な話が、福島県は旭村にあった。

ある男が丑の刻参りの満願の日、山道で乱し髪の女に会い、赤子を抱いてくれと頼まれた。抱いてやると、髪を梳き終わった女は、「種銭さえ残しておけばいくら使ってもなくならない」お金を差し出し姿を消した。これがオボダキ幽霊で、男は大変な金持ちになった。

幽霊から貰った物は、お金の入っている汚い小袋と種銭の違いがあるが、どちらも種銭だけ残しておけば減る事が無いという。また他にも少し違うが、幽霊にお金が埋まっている場所を聞いて金持ちになった話などがある。

昔観た映画「怪談牡丹燈篭」では、欲深な夫婦が幽霊にお金が埋まっている場所を聞き出し、それを掘り起こしたら盗賊の隠した金であり、それが盗賊に見つかり殺されてしまう。幽霊とはお金を造る錬金術師ではなく、生前であり、そして死後も人々を見続けた結果として、人の秘密を知っている場合がある。その秘密の一つが、こっそり隠したお金だったりするのだろう。それを生者と接する事により、それを教えて福を与える存在にもなる。夢告なども、似た様なものだろう。神や仏、観音様や菩薩様。そして幽霊などが生者の夢枕に立って、御告げをする。魔性の者から臼などを貰ったり、マヨヒガの話の様に、マヨヒガで与える筈だった椀が河上から自ら流れて来たり、福を授かる者達は結局、どうやっても福を授かる様になっているようだ。

ところで、遠野の新町から大工町にかけては寺町通りとも呼ばれるように、お寺が密集している。その中に、霊の通り道があると云われている。その通り道で時刻が一致すれば、霊と遭遇出来ると云うが、果たしてどんなものであろうか。
by dostoev | 2015-05-16 22:06 | 「遠野物語拾遺考」130話~ | Comments(8)