遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
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<   2014年 12月 ( 17 )   > この月の画像一覧

「マツコの知らない世界(自分の知らない世界)」妖怪の姿

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この年の瀬に、帰省した娘から教わった動画がある。なんでも「マツコの知らない世界」という番組に、娘が映っているとの事。その内容も・・・「妖怪の撮影に成功」したというものだった。

その動画を観ると、確かに店のカウンターが映り込み、娘が映っているのだが、その画面の右側に、妖怪らしきの白い影が映っているという。しかし、放送は2011年の12月だから3年前の話だ。こんな番組が放送され、まさか自分の店の映像が流れるとは・・・ましてや妖怪が棲んでいるとはまったく知らなかった。まさにこれは「自分の知らない世界」であった(^^;

さて、動画をご覧いたたごう。下記の動画の10分頃に、店のカウンターの映像と共に、妖怪の姿が登場?しているようだ。しかし、誰がどうやってこの動画を撮影したのか謎である。自分は、この撮影には関与していなかった…。

おわかりいただけだろうか?

今日12月31日大晦日・・・それでは、来年もまたよろしくお願いします。
by dostoev | 2014-12-31 17:20 | 民宿御伽屋情報 | Comments(4)

暖かく暇な情景

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2011年、3月11日の大震災以来、暫く食堂を休業していたが、12月という忙しない時期に、何故か再開してしまった。観光客も期待できない時期なので、昼間でも暇な時間が、かなりある。その食堂部の床には床暖房が効いている為、暖かいから猫は、一日中床にゴロゴロと寝そべっている。
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猫は、テーブルの下でもゴロゴロと。逆に、猫好きの客は、猫の居る場所に座ろうとしている。
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by dostoev | 2014-12-26 21:04 | 民宿御伽屋情報 | Comments(0)

「遠野物語拾遺196(狐に都合の良い場所)」

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遠野の大慈寺の縁の下には狐が巣をくっていた。綾織村の敬右衛門という人が、ある時酒肴を台の上に載せてそこを通ったところが、ちょうど狐どもが狐嫁取りをしていた。あまりの面白さに立って見ていたが、やがて式も終わったので、さあ行こうとして見たら、もう台の肴は無くなってたそうな。

                                                    「遠野物語拾遺196」

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大慈寺は、曹洞宗であり南部家の菩提寺である。平成23年(2011年)の火災で建物は無くなったが、それ以前の、享保9年(1724年)、大正12年(1923年)にもやはり火災に遭い、建物を焼失している。こういう寺に動物が巣食う話は、たまに聞く。最近では、柳玄寺の屋根裏にハクビシンが巣食って大変だったと云う。

遠野の町で、大工町から新町にかけて寺院が多く建っており、俗に寺通りとも呼ばれている。この通りを夜に散歩してみると、たまに狐に遭遇する事がある。寺通りを分断する様に流れる来内川があるが、この来内川沿いを西に進むと猿ヶ石川に合流する。狐の巣穴は、この川沿いの土手に作られる場合が多い。また新町から六日町にかけての反対側は、鍋倉山となる。鍋倉山の行燈森を下ると六日町に行き着くが、この途中でカメラを仕掛けると、狐とハクビシンの姿を多く見かける。つまり、鍋倉山と川沿いを狐やハクビシンが行き来しているのだが、その間にたまたま人間様の住む町があるに過ぎない。

大慈寺の場所は、そういう意味から考えれば、狐が川にも山にも行くのにも、そして人間様の食べ物をくすねるにも都合の良い場所であるのだろう。更に加えれば、仏教施設の敷地内である為、簡単に殺生も出来ないだろうから、大慈寺は狐にとって、安全で都合の良い場所であるのだろう。狐に騙された話は、御愛嬌でいいだろう(^^;
by dostoev | 2014-12-25 16:23 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(9)

遠野不思議 第八百四十一話「大聖不動明王像」

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早池峯妙泉寺が開創当初、大黒坊と名付けられ、開山慈覚大師が自ら不動三尊と大黒一尊を刻み本尊としていた。明治維新後排仏棄釈により妙泉寺が廃寺となった後に、大慈寺に奉納されたという。しかし、2011年の震災の年に大慈寺は火事で燃え、この大聖不動明王像も燃えてしまったようだ。ところで早池峯妙泉寺の不動三尊の一つは、大慈寺。一つは、琴畑不動堂。もう一つは、どこに持ち込まれたのであろうか?
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by dostoev | 2014-12-24 16:49 | 遠野不思議(神仏像) | Comments(2)

「遠野物語拾遺181(モノ)」

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家のあたりに出る蛇は殺してはならぬ。それはその家の先祖の人だからという。先年土淵村林崎の柳田某という人、自分の家の川戸にいた山かがしを殺したところ、祟られて子供と自分がひどく病んだ。巫女に聞いて貰うとおれはお前の家の祖父だ。家に何事も無ければよいがと思って、案じて家の方を眺めているところをお前に殺されたといった。詫びをしてやっと宥して貰った。また佐々木君の近所のある家でも、川戸で蛇を殺してから病気になった。物に訊くとおれはお前の家の母だが云々といった。こういう実例はまだ幾らでもある。

                                                    「遠野物語拾遺181」

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まず文中に登場する川戸とは、生活用水を汲む場である。上記の画像は、観光地となっている千葉家の曲り屋での川戸となる。水神は、水場を守る存在でもある。その水神が蛇と結び付けられるのは、しばしば蛇が水辺で見かけられる事から、原初的な蛇に対する観念が発生したのかもしれない。

I(アイ)ターンで遠野に住み付く人達がいる。大抵は定年後、のんびりと老後を田舎で過ごそうとして来る人達が多いが、途中でリタイアする人も中にはいるという。その理由の中に、まず女性というものは虫に弱い。庭に鼻を植え野菜を植えて楽しみたいと希望する女性が来るのだが、蟲の存在を気にしていなかった。青虫・毛虫、そして蛇などが畑や庭を這いずる世界が田舎にはある。当然、蛇も蟲の仲間であり"マムシ"などという名称は、その名残である。古代中国では、疾病の「疾」とは、人間の体内に蛇が入り込んだ状態を意味する漢字となる。疾の内部の「矢」が古代から蛇を意味する漢字である。大物主が赤い矢に化けて勢夜陀多良比売の陰部を突いた話も、蛇として解釈しても問題は無いだろう。とにかく蛇とは、川戸などの水辺から庭先、そして人間の体内をも這いずるものだと思えばよい。それは、蛇はどこにでも存在するという、神に近い意識が根底にあるのだろう。
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「注釈遠野物語拾遺」によれば土淵では、「物に訊く」とは「蛇に訊く」という事らしい。物はしばしば鬼とも表現されるが、ここでの物は蛇という事のようだ。小松和彦「憑霊信仰論」では、例えばギャンブルで「今日は、馬鹿に憑いている!」とか「憑きが落ちた!」とか、「モノに憑かれたように働いている。」などと、「モノ」や「憑く」が現代でも日常的に使用されている例を挙げている。しかし「モノ」とは、明確な対象が無いものでカラッポを意味するという。その「モノ」の具体的内容の決定は、民間の呪術=宗教者の手に委ねられていると説いている。確かに「モノ」とは抽象的な言葉である。日本には言霊という概念が存在する為、例えば暗闇に鬼が潜んでいても「あそこに鬼がいる!」と言った瞬間に、鬼という事だ魔を発した為に、その鬼を呼び込む事になる。それ故に、鬼を敢えて「モノ」として例え「あそこに、恐ろしいモノがいる。」という言葉を変えるだけで、潜んでいた鬼は、その場に留まると考えられていた。

遠野には何故か鬼の伝説は無く、その代わり蛇の話は数多くある。その中で、土淵村では「モノ」を「ヘビ」として捉えていたのは、恐ろしい物の怪の殆どは蛇であると認識されていたのだろう。水=滝=淵=川=蛇であるなら、蛇はどこにでもいる存在であるからだ。そして家の敷地に現れる蛇は先祖だという事だが、これは山岳信仰の死生観に関わるのだろう。遠野でも、人が死ぬと魂は山へと昇ると考えられている。その山の中で、一番高い山ほど天に近いとされ、遠野で一番高い山は早池峯となる。その早池峯の神とは水神である竜蛇神となる。また全国的に山神の三大使役とは、蛇・狼・猪となっている。その山神の使役である蛇が家の敷地にいるという事は、山神に抱かれた先祖の霊が蛇となって現れたと考えるのは、至極当然の事だと思うのだ。土渕ではモノが蛇であるならば「山のモノ」とは、ある意味「山から帰って来た先祖の霊」と捉えるべきであろうか。
by dostoev | 2014-12-23 20:33 | 「遠野物語拾遺考」180話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺180(侵入する蛇)」

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数年前、栗橋村分の長根という部落でヒラクゾの某という若い娘が、畑の草を取っていながら、何事か嬉しそうに独言を言って笑っているので、一緒に行った者が気をつけて見ていると、何か柴のような物が娘の内股の辺で頭を突き上げて動いている。それは山かがしであったから、人を呼んで打ち殺したという。

                                                    「遠野物語拾遺180」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「田舎医者 蛇を出したで 名が高し」

女性の下着がまだ腰巻の時代、田舎に住む女の子の遊びは、野山へ行って花摘みなどした後に、昼寝をしたという。その際中に、よく蛇が陰部に侵入した事故が多かったという。その時、女性の陰部から蛇を取り出す事が出来た医者は名医と呼ばれたというのが、上記の川柳であった。実際に、蛇が隙間に入ったところを引っ張っても、鱗が逆目になる為か、なかなか引っ張り出す事が出来ないものである。遠野市では、自分の記憶では昭和50年代に、観光バスの女性ガイドが何も無い峠の途中でトイレタイムとなり、藪の中で用を足している最中に、蛇に侵入された事故が起きている。

古くは、「古今著聞集」に、ある家の娘を付け狙っていた蛇が厠に潜んでいたという話があるが、例えば赤い矢に化けた大物主が、川で用を足している勢夜陀多良比売の陰部を突いたという話があるが、矢もまた蛇の変化とされ、また「日本書紀(崇神天皇記)」によれば、大物主の正体が蛇である事から、見た目は矢でありながら蛇として陰部を突いたものと考えても良いだろう。ともかく厠を含めて女性の用を足している時というのは無防備であり、その隙をつくのは女性と結ばれ易い時であるのだろう。そうなれば当然、寝ている時も無防備という事だろうから、夜這い文化が発達したのも納得してしまう。また、こうして蛇などの魔物が人間の女性を犯すという話が全国に広まった事から、女性を守る為に魔物が棲むとされる山などが女人禁制となったのは当然であったのだろう。

ところで「遠野物語拾遺180」では、単に蛇に陰部を突かれようとした話では無く、女性がどうも蛇に憑かれているような描写となっている。箸墓古墳の伝説もまた、大物主である蛇に夢中になった姫の話でもあるし、全国にも色男に化けた蛇の魔性の話も多く伝わる事から、この話も、それらに属するものであるかもしれない。「祟る、憑く」と一般的に云われる獣は、猫であり狐であり、蛇などの陰の気を持つものだ。遠野でも、蛇に憑かれたとされる爺様が、布団から蛇がうねる様に這い出したという話も伝わっている。また、大正11年には蛇を殺した祟りから、体に鱗の様なものが生え、それを七日間に渡るある僧の祈禱により治り、その蛇の魂を封印した神社が遠野にはある。とにかく若い娘は蛇に憑かれたが、その蛇を殺してもまた祟られる話が蛇にはある事から、この話も打ち殺してお終いという話にはならないのだろう。
by dostoev | 2014-12-22 18:59 | 「遠野物語拾遺考」180話~ | Comments(0)

朝鮮人による仏像盗難に対する神罰

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画像は、三韓征伐をしたと伝えられる神功皇后像。ところで対馬では、朝鮮人による仏像盗難が相次いでいる。これは対馬だけでなく、全国の仏像盗難も恐らく朝鮮人によるものとされている。たまたま犯人が逮捕されて発覚した為にニュースなどで知る事が出来るのだが、それ以外の仏像盗難ニュースは、表立って知らされていないのが現状である。他にも金閣寺が過去に朝鮮人によって放火され焼失したように、最近では靖国神社に対する放火が発覚したが、それ以外でも奥の神社仏閣の放火が相次いでいる。神社仏閣は、余程の観光地で無い限り誰でも出入り自由となっている為、ここ数年でかなりの神社仏閣の放火が起きている事実がある。

ところで、古い話では、草薙の剣がやはり朝鮮人によって盗まれたが、その草薙の剣の神威によって船に乗って逃げた筈が神風に遭い、再び日本の港に戻ってきて御用となった話が「日本書紀(天智天皇記)」に紹介されている。

また「今昔物語(聖武天皇、始メテ元興寺ヲ造リタマヘルコト)」には、東天竺の深く仏法に帰依した王が、化身である童子に依頼して眉間の珠から光を放つ弥勒象を造ってもらったというが天竺の仏法が衰えた頃に、新羅の国王が宰相を東天竺に派遣し策を巡らせてその仏像を盗み船で国へと帰ろうとしたが、海が荒れて船が立ち行かなくなった為に、仏像の眉間の珠を海に投げ入れたところ、竜王が海中から手を出して受け取ったという。それで波も静まったのだが、このまま眉間の珠が無くなった仏像を持ち帰っても国王に首をはねられて死んでしまうと大いに嘆いたところ、竜王は仏像を常に供養し続ける事を誓わせて、珠を返したという。しかしその後、新羅国でも仏法が廃れ、仏像を供養するという竜王の約束を果たせなかった為か、その仏像を安置していた寺に津波が押し寄せ、僧達は仏像を祀る寺を捨てて、皆逃げてしまったという。それを知った元明天皇が「我国に移して寺塔を造り安置しよう。」と念願したという。それで賢い僧を新羅国へ派遣し、その仏像を手に入れて、今の元興寺を建立して金堂に安置したという。

実際に、今の韓国の宗教の主流は儒教であり、また有名な統一教会などキリスト教紛いが多い。仏教もあるのだが、その寺の住職が率先して来日し仏像を盗んでいくのだから、似非仏法が盛んであるのだろう。その仏法が廃れたのは、かなり以前に遡る。対馬で盗まれた仏像も確かに朝鮮半島にあった仏像らしいが、李氏朝鮮時代になると儒教が国教となった為、仏教は徹底的に弾圧された。僧は都の漢陽に入ることを禁止された上、賎民階級に身分を落とされた。また、朝鮮に1万以上もあった寺院は、国家的に保護を受けるべきものが242寺に限定され、その他の寺院は所有地と奴卑を没収され、また多くが破壊された。そういう時代に、日本の僧が仏像などを保護して日本に持ち帰って祀ったのを、今でも盗んだと騒ぐ事自体が有り得ない話だ。この「今昔物語」を読んでわかるように、仏法が廃れた国に仏像を戻したとしても、仏罰・神罰が下るだけではなかろうか?一般のニュースでは流さないが、韓国は今後も「日本に来て仏像を盗み続ける!」と宣言したのであるが、逆にそれによって多くの仏罰・神罰を受ける事になると考えないのだろうか?とにかく仏像を美術品としてだけしか見ない国には、仏像を渡してはならないのだろうと思う。
by dostoev | 2014-12-21 15:24 | 民俗学雑記 | Comments(0)

「遠野物語拾遺159(夢の継承)」

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これは佐々木君の友人某という人の妻が語った直話である。この人は初産の時に、産が重くて死にきれた。自分では大変心持がさっぱりとしていて、どこかへ急いで行かねばならぬ様な気がした。よく憶えていないが、どこかの道をさっさと歩いて行くと、自分は広い明るい座敷の中に入っていた。早く次の間に通ろうと思って、襖を開けにかかると、部屋の中には数え切れぬほど多数の幼児が自分を取巻いていて、行く手を塞いで通さない。しかし後に戻ろうとする時は、その児等もさっと両側に分れて路を開けてくれる。こんなことを幾度か繰り返しているうちに、誰かが遠くから自分を呼んでいる声が微かに聞こえたので、いやいや後戻りをした。そうして気がついて見ると、自分は近所の人に抱きかかえられており、皆は大騒ぎの最中であった。この時に最初に感じたものは、母親が酢の中に燠を入れて自分に嗅がしていた烈しい匂いで、その後一月近くもの間、この匂いが鼻に沁み込んだままで痛かったという。産をする者には、この酢の匂いが一番効き目のあるものだそうで、それも造り酢でなければ効かぬといわれている。

                                                    「遠野物語拾遺159」

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冬山でブランデーなどを気付け薬として使用したドラマを見た事があるが、アルコール度数の強い酒も確かに気付け薬となるのだろう。一般的には炭酸アンモニアが古代ローマ時代から使用されていたようだが、日本ではやはり強烈な臭気の酢となるのだろうか。酢は応神天皇の頃に中国から伝わったようで、かなり歴史も古い。ただ米酢であるとか果物酢であるとか、ここでの作り酢の原料は何であるかはわからない。ただ、槇佐知子「今昔物語と医術と呪術」には「鬼に打たれた病の治療法」として「上等の苦酒を両方の鼻孔中に吹き込む。」とある。これは、葛洪という古代中国の考案した医療法であり、これが日本にも伝わっていたようだ。古代中国では、鬼は死である事から、死線を彷徨うのも鬼に打たれ事になるようである。そして「苦酒」とは「酢」である事から、恐らくこの話で使用された酢とは酒から造った酢ではなかろうか。

ところで初産の時の不安はかなり大きいらしい。現代とは違い、出産時に死ぬ例も多々あった事から、様々な不安が頭を過るのだろう。その不安の形が、この話に現れている。C.G.ユング「心理学的類型」を読むと、夢診断も含め抽象化する思考や感情には、宗教的感情を加えるのが適切であろうという判断を下している。また、アンドレア・ロック「能は眠らない」を読むと、刺激的な夢にはドーパミンが大量に分泌されるようだ。そして、その夢の中でも白日夢の様な、夢なのか現実なのか本人が理解出来ない夢がある。しかし、その白日夢を含めて登場しない夢があるという。それは、日々の生活や仕事の中での、例えば計算する・ものを書く・読むなどの極端な変化の無いものだという。確かに、日常の仕事が事務などの計算ばかりで過ごす人の夢が、やはり計算ばかりする夢であるのは、まさに夢が無い夢となる。

大抵夢とは、その人の認識するものが夢に登場する場合が多い。しかし、夢のストーリーの多くは、動物や見知らぬ他人や化物が、夢見る者の恐怖を呼び起こす存在として登場する場合が多いという。恐らくそれは、古代から続く祖先の夢を継承しているのでは無いかとの仮説が立てられている。例えば祖先が狩猟民族時代に野生動物に追われた体験が強く残り、それが種族に夢として継承されるが、それはその時代の文化や個人体験、そして知識によって、その追われる対象の書き換えが成されていると。つまり、野生動物に追われた体験が、昨今のゾンビブームに相まって、野生動物では無くゾンビに追われる夢に書き換えられるというもの。夢による祖先意識の継承の大抵は、脅威や恐怖であるという事だというが、そうなれば輪廻転生の話まで行き着く。確かに遺伝子というものは過去から受け継がれた情報である。その遺伝子という情報が夢に影響を及ぼすならば、確かに祖先の体験したものを受け継いでもおかしくはないのだろう。例えば子供が、小さな犬や猫、もしくは郊外で子狐やリスなどの小動物に出逢った時、追いかけてしまうというのは狩猟民族時代の名残を継承している為だと云われる。となれば、その個体に継承されている情報には、見た目の顔形や体形だけでは無く、本能的なものも含め、夢もまた継承されている可能性を強くは否定できないだろう。

ユングが思考や感情に宗教観を加えるという考えもまた、祖先の継承となるのだろう。「遠野物語拾遺159」に登場する女性は初産だという事から、恐らく過去には堕胎は無かったものと思える。しかし、遠野の歴史の中には、夏前にヤマセが吹くと飢饉を察するので、生きてはいけないだろう赤子などを間引きしてきた歴史がある。昭和50年代に、秋田県のある民家の庭先から、多くの赤ん坊の骨が発見された事件があったが、其の骨は祖先から続く習俗の継承でもあった。そう、間引きである。今でこそ、間引きは逮捕となるのだが、昔は自らが生きる為に許される暗黙の了解であった。つまり、夢には祖先から継承されたものがあるのならば、その初産の女性の祖先には多くの間引きした幼児がいたのではなかろうか。その延々と継承された祖先の間引きの歴史が、初産の時にフラッシュバックの様に現れてしまったと思ってしまうのだ。脳に対する刺激物であるドーパミンによって祖先の夢を継承し、やはりその家に継承される刺激物である酢によって現実に戻ったという話が「遠野物語拾遺159」であったのだろうか。
by dostoev | 2014-12-20 22:15 | 「遠野物語拾遺考」150話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺156(死後のイメージ)」

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佐々木君の友人某という人が、ある時大病で息を引取った時のことである。絵にある竜宮の様な門が見えるので、大急ぎで走って行くと、門番らしい人がいて、どうしてもその内に入れてくれない。するとそこへつい近所の某という女を乗せた車が、非常な勢いで疾って来て、門を通り抜けて行ってしまった。口惜しがって見ているところを、皆の者に呼び返されて蘇生した。後で聞くと、車に乗って通った女は、その時刻に死んだのであったという。

                                                    「遠野物語拾遺156」

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例えば藤原秀郷が百足退治をした後に、蛇の案内により滋賀県の瀬田橋から水中に入り、竜宮の門まで行ったという伝説がある。竜宮の門は異界の入り口ではあるが、それは黄泉の国の入り口でもあるようだ。藤原秀郷は、瀬田橋から佐久奈谷に到達し、竜宮の門を見ているが、佐久奈谷の伝承には、黄泉国へ引き込まれるなどという伝承もある。現実的に死体という穢れは、それを浄化する水の流れる川に流された。応仁の乱の時などは、川が死体で埋まったと云われる。死体の集まる水辺であるからこそ、黄泉国と繋がっているという伝承があるのは当然なのだろう。三途の川もまた、あの世とこの世との境界を流れる川で、あの世に行く為には三途川を渡るしかないのだが、それはあの世へ行く前に穢れを落とす為でもある。とにかく、その黄泉国と繋がる竜宮の門伝説とは、生者がなかなか到達できない特異な場所という認識の元に成り立っている。

そして、この「遠野物語拾遺156」には、竜宮の門と共に車が登場している。その車とはガソリン車では無く、時代から考えれば人力車であろう。人力車には大八車と呼ばれるものがあり、その大八車は江戸時代から使用されたというが、似た様な荷車は平安時代まで遡る事が出来る。その死体を運ぶ荷車が、いつしか妖怪火車という存在を作り上げたのではなかろうか。火車は葬儀の最中や墓地から死体を奪うと伝わるが、頻繁に死体を運ぶ荷車が家族の元から死体を奪っていくように思えたのではなかろうか。そのイメージに、後から猫が習合されたように思えてしまう。ただここでは、単に女が車で運ばれている描写となっている。

「遠野物語拾遺156」は結局、佐々木喜善の友人が抱く死後のイメージを表しているのだろう。死を意識した時に見る夢は、その人間のイメージや宗教観などが具現化するもの。また不思議譚として、車で運ばれた女がその時刻に死んだとあるが、それが近所の女である事から、恐らく病気か何かで近いうちに死ぬだろうという情報が既に佐々木君の友達にインプットされており、たまたま夢に登場しただけなのかもしれない。

人の死がわかる場合も多々あるものだ。人には生命エネルギーというものがあるというが、実際に死期が近い人からは、その生命エネルギーらしきを感じなくなる。何となく、力が無くなったなぁと思う人の余命は短いものである。それはあくまでも、人が勝手に感じる感覚ではあるが、意外に当たるものである。その感覚を持っていた佐々木君の友達が、近所の女の死をも予感していたのだろうか。
by dostoev | 2014-12-19 19:51 | 「遠野物語拾遺考」150話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺155(仮死状態)」

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先年佐々木君の友人の母が病気に罹った時、医師がモルヒネの量を誤って注射した為、十時間近い間仮死状態でいた。午後の九時頃に息が絶えて、五体も冷たくなったが、翌日の明け方には呼吸を吹き返し、それが奇蹟の様であった。その間のことを自ら語って言うには、自分は体がひどくだるくて、歩く我慢もなかったが、向うに美しい処があるように思われたので、早くそこへ行き着きたいと思い、松並木の広い通を急いで歩いていた。すると後の方からお前達の呼ぶ声がするので仕方なしに戻って来た。引き返すのが大変嫌な気持ちがしたと。その人は今では達者になっている。

                                                    「遠野物語拾遺155」

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危篤状態で生死の境を彷徨い、呼び戻す声に意識が戻る話は、かなり伝えられている。肉体から魂が抜け出し、一時の死を肉体が体験するのだが、魂が再び肉体に戻れば蘇生するという話だ。魂は、髪の毛の先端や、口や鼻の穴、耳の穴からも抜け出すものと信じられていた。例えば「徒然草 四十七段」には「ある人、清水寺へ参りけるに、老いたる尼の行きつれたりけるが、道すがら「くさめくさめ」と言ひもて行きければ、」とある。「くさめ(嚏)」とは「くしゃみ」であり、くしゃみの勢いで魂が抜けださないよう「くさめくさめ」と呪文を唱える俗信が「徒然草」の時代には、既に定着していたようだ。「生き物」は本来「息者」とされていた。実際「息」とは「生き」の名詞形となっている。息をする口や鼻から魂が抜け出すと思われたのは、人間の呼吸と密接な関係があると思われたからだ。

「旧約聖書」でも、土人形に神が息吹を鼻から吹き込んで人間となったとあるし、「古事記」でも息吹から宗像三女神が誕生している。古今東西、息吹によって魂が注入され、人間となったと信じられているようだ。だからこそ、その逆によって魂も簡単に抜け出すと信じられていた。しかし、抜け出した魂は、肉体の一部と繋がっていると。だから、呼べばそれに答えて、魂は戻ってくると。それを「魂よばい」とも云われ、生死を彷徨っている人に向って名前を呼ぶという行為は、民俗学的だけではなく医療学的にも有効な手段であるようだ。古代中国では、人が死んだ場合、その家の屋根に上って大声で、その人の名前を叫ぶという。それは屋根が地上よりも高い位置にある為に、抜け出た魂により近くなると考えられたからであった。「魂よばり」し「名前よばり」でもある。人というものは、名前を大事にしているものだから、どんな雑踏の中でも名前を呼ばれたと思ったら、どうしても振り返ってしまうもの。名前は一つの言霊の呪文である。だからこそ、昔は名前を教えはしなかった。清少納言や紫式部の本名が未だに知られていないのは、その時代は本名を知られるのは、結婚する相手か、呪術に使われる場合であった。だからこそ、本名は常に隠していた時代でもあった。「西遊記」で金角・銀角の使用した瓢箪は、呼びかけた相手が返事をすると吸い込む物。つまり、簡単に名前を知られてしまうと、魂を吸い取られる物としての呪具が瓢箪でもあったようだ。「遠野物語拾遺155」では肉体が瓢箪の代わりとなって、名前を呼んだ事によって魂が肉体に吸い込まれ戻った形となっている。ただ臨死状態は、世の中の苦を抜け出している為なのか、余程心地良さそうではあるので、そこに彷徨う人の魂を呼び戻すには、余程の気持ちを込めなくてはならないのだとも感じる。
by dostoev | 2014-12-18 13:59 | 「遠野物語拾遺考」150話~ | Comments(0)