遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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遠野、夜の桜

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桜は、夜でも映えるもので、夜には夜の楽しみがあるのも桜。とにかく桜シーズンは桜に堪能しよう。
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by dostoev | 2014-04-30 08:53 | 遠野不思議(桜) | Comments(0)

サクラ、サクラ

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中には散っている桜もあるが、ほぼ満開に咲き誇っている遠野の桜。暫くは、自分もこの桜の季節は、桜を堪能しようと思う。
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by dostoev | 2014-04-29 17:23 | 遠野不思議(桜) | Comments(0)

遠野不思議 第八百十一話「キジバト(雉鳩)」

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時田克夫「遠野の野鳥」には「鳴き声そのままにテデッポとも呼ばれている。」と記されている。ここで方言資料「遠野ことば」を確認すると、この雉鳩ことを「テデッ・ポッポー」と呼ぶとある。「テデッポ」と「テデッ・ポッポー」では殆ど似ているが、言い易さからすれば「テデッポ」の方が普及したのだろうか?猟銃の制限から、里では鉄砲が撃てなくなり、それによって雉鳩は人馴れし、市街地にも進出し始めたという。
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「平家物語」「山鳩色の御衣に、びんづら結はせ給ひて御涙におぼれ。」という一文があるが、雉鳩は山鳩とも呼ばれ「山鳩色」は平安時代には既に確立された色の表現であったようだ。とにかく、山だけでなく里でも比較的簡単に見る事の出来る鳥で、壮観なのは早池峯の小田越えから荒川高原にかけての林道を車で早朝に走ると、次々に道路脇から雉鳩が飛び立って、雉鳩の道が出来る事がままある。
by dostoev | 2014-04-28 16:18 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

桜の状況

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今日は、鍋倉山から綾織にかけて、桜の様子を見てきた。全体が桜色に包まれてはいるものの、満開には若干時間が必要のよう。ただ、一部の早い桜は満開になっているように、バラつきはある
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ただ、このままいけば今月中に満開になるとは思うが、3日~6日の連休中は、散りゆく桜の鑑賞になりそうだ。つまり、連休の終了と共に散る桜になるのだろう。後は、気温と風の問題だろうね。
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それでも地域によってばらつきはあるから、足を向ければ、連休明けでもまだまだ桜は楽しめそう。早池峯の桜は6月に咲くし。
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去年は、4月の気温が著しく低下し、5月の連休から咲き始めた、遅い桜の季節だった。その為なのか、満開の桜にはならず、葉桜ぽい桜が殆どで寂しくもあったが、今年はその心配は無さそうだ。
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とにかく今日は、ロケハンのようなもので、今年はどの桜をどう撮影しようか?と思案中。とにかく、桜の咲く時期は「春が来た!」というより「冬が終わった!」と一番浮かれる時期のような気がする。そう、北国の桜は、冬の終わりを告げる象徴のようでもある。
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by dostoev | 2014-04-27 18:20 | 遠野不思議(桜) | Comments(2)

月と桜(遠野桜開花宣言)

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昨日、駅前の桜の花が開き始めた。今朝の暗いうちは、まだ花開く一歩手前。
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それにしても、今朝の月は綺麗だった。
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本当は、右下に輝く金星とセットで輝いていたのが印象的だった。その金星は撮影せず。
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指輪には短いが、まるで空に浮かんだ指輪の様に見えた月。
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そして夕方の、駅前の桜。夕陽を浴びて、際立つ桜。逆光であった為、ハイキー仕上げにした。
by dostoev | 2014-04-26 17:19 | 遠野不思議(桜) | Comments(0)

はやち病(厄病と厄神)

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古代の病に「はやち病」というのがある。はやち病は、激しい咳などが止まらない病だという。「はやち」とは「疾風」の古語であり、猛烈な咳の症状が出る事を「はやち病」という。その「はやち病」への処方箋が「桑原薬」に掲載されている。
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この「桑原薬」は、上毛野国の桑原臣家に伝わるものである。桑原というと雷除けの呪文「くわばらくわばら」というイメージがあるが、桑原という地名は全国に広がりを見せている。ところでこの桑原氏は「新撰姓氏録」によれば「上毛野。同氏。豊城入彦。五世孫。多竒波世君之後也。」と記されている。豊城入彦は崇神天皇の第一皇子であるが、崇神天皇自体は実在する可能性のある天皇と云われてはいるが、その信憑性は定かでは無い。その第一皇子である豊城入彦も、どこまで本当かはわからない。ましてや桑原氏は五世孫であるから、豊城入彦の孫である事を捏造しても、よくわからないのではなかろうか。

「大同類聚方」に記される「桑原薬」だが、この「大同類聚方」が成立した年代は大同三年であり、この大同年代は遠野早池峯神社(大同元年)が建立された時代でもある。
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遠野では早池峯山の以前は東峯であったとされているが、遠野側から見た早池峯は北に面しており、とても太陽が昇る東のイメージからは程遠い。恐らく、東峯は盛岡南部の息がかかった名称であろうと考えている。

古代人の意識から、風は山が起こすものと思われていた。いや、正確にはその山に鎮座する神が起こすものであると。例えば蒙古襲来時の神風も神仏が起こしたものであると信じていたのも、朝廷が初めから神風よる奇跡を期待して神仏の名を呼び、それに応えて奇跡的に神風が吹き荒れ、蒙古軍が海に水没してしまった。
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早池峯が東峯であった場合、太陽信仰の痕跡が必要になるが、現在の早池峯には天照大神も祀られているのがそれになるだろう。ただ天照大神を祀ったのは恐らく明治時代からで、周辺の天照大神の石碑も見ても明らかだろう。早池峯神社の本殿内部には、三つの社が並び、三女神を祀っていた跡がある。それがいつしか石上神社や六角牛神社に分離したのだろう。つまり天照大神を祀る以前は、三女神の祭祀が行われていたのだが、そこには太陽信仰の名残は見出せない。単に盛岡南部で呼んでいた名称を早池峯伝承に被せた為の東峯ではなかったか。

盛岡では東峯と呼ばれていた早池峯であったと思うが、遠野側からは昔から早池峯と呼ばれていたのではないかと考えている。神の本来は祟り神であった真理を早池峯に当て嵌めれば、風を起す山としても信仰されていたのではなかろうか。岩手県の沿岸部に多くの早池峰信仰の石碑や神社が建つのも、早池峯山が漁民の見立ての山としてだけではなく、帆船時代の漁民にとって必要な風を起す神が、早池峯の神であると信じられていたのではなかろうか。しかし、その風は漁民に恵みを与えるものであったも、農民に対しては災害を与えるものとなる。古来遠野の早池峯山は、ヤマセを運ぶ山であると思われていたふしがある。ヤマセは北東の風なのだが、その風は吹く方向に聳えるのは早池峯であった。遺跡などから古代を考える水野正好によれば、古代では馬に乗る神の殆どは厄神だと云われる。早池峯の神もまた多くの伝承や、早池峯神社内を見れば、馬に乗る神である事は理解できる。つまり早池峯大神とは本来、厄神であったのだと思われる。いや別の観点からは穢祓の神である為か、八十禍津日神という異名が付けれら、当初から厄神でしかないと認識されていた時代もあった。
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「はやち病」という名称を探しても、東北ではその名残を発見できないでいる。しかし蝦夷国の入口上毛野国では大同年間には既に「はやち病」という名称があったのだが、その大同年間に遠野の北に鎮座する山が早池峯と付けられても、何等おかしくはない。「はやち」が風を起す名称で厄神とも重なるのならば、それはそのまま早池峯大神と結び付くものであるからだ。確かに「東峯」という名称は伝わっているが「東峯大神」という名称は、どこにも伝わっていない。故に「はやち病」という厄病の「はやち」という名称は、その意識を携えたまま、遠野の北に聳える山に持ち込まれ、早池峯山と名付けられた。何故なら厄神としても知られる八十禍津日神の異名を持つ早池峯大神である瀬織津比咩は、大同年間以前の、養老年間には既に蝦夷国に伝わっているからだ。その厄神でもあった瀬織津比咩に、激しい咳を伴った厄病である「はやち病」を重ね合わせて「早池峯(はやちね)」としたのかもしれない。
by dostoev | 2014-04-25 19:36 | 瀬織津比咩雑記 | Comments(0)

なんとなく遭遇したもの

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by dostoev | 2014-04-24 19:43 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

遠野不思議 第八百十話「カワラヒワ(河原鶸)」

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小さな鳥で、名前をカワラヒワという。なんとなくしまりの無い名前で、思わずハワイアンの曲で「カイマナヒラ」を思い出してしまった。名前からすると「河原」に多くいるのだろうか?確かに画像のカワラヒワは河原近くで発見し、撮影してみた。
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数羽で行動している様で、画像の個体以外にも近くには数羽のカワラヒラが、この水辺で戯れていた。ところで「鶸」という名前は「鶸色(ひわいろ)」とも呼び、古くから親しまれている色であった。宮澤賢治「春と修羅」の一節にも、この「鶸色」は登場している。

「それは”ひわいろ”のやわらかな山のこっちがわだ」

正確には、カワラヒワでは無くマヒワの羽色の事を「鶸色」と言うのだが、明るい黄緑色は、このカワラヒワにも共通する色合いである。羽を閉じていると、その鮮やかな黄緑色はよくわからないと思うので、水辺から飛び立つカワラヒワの画像を連続で見ていただこう。
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by dostoev | 2014-04-24 17:22 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

火病薬(宗像氏の秘薬&秘術)

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最近飽きる程に韓国のニュースが続いているが、そのニュースの中で韓国人の大袈裟で衝動的な行動を見て思うのは、有名な「火病」というものだった。

ウィキペディアによれば「火病または鬱火病は、怒りの抑制を繰り返すことでストレス性障害を起こす精神疾患を指し、朝鮮民族特有の精神疾患であり、恐らくは環境要因による風土病であると。アメリカ精神科協会では、火病を朝鮮民族特有の文化依存症候群の一つとして精神障害の診断と統計の手引きに登録している。」

これは凡そ、朝鮮人の3人に1人は持っているという統計が出ているが、実際はもっと多いとも云われる。火病の症状は、なんとなくわかっていても、個体差によって出し方は違うのではないかとも思える。ただ言えるのは、非常に突発的であるようだ。
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宗像朝臣赤麻呂という歴史上の人物がいる。「続日本紀」聖武天皇時代の天平十七年(745年)に「是の日、五位巳上を御在所に宴す。」として「宗形朝臣赤麻呂を外正五位上」と記されている人物である。宗像氏の中では、非常に学業に優れた人物であったようで、ある意味、宗像氏の中の医者の位置にいたのかもしれない。その宗像朝臣赤麻呂に伝わる秘薬に「火取薬」というものがあった。

火取薬は、人(生霊)や狐、狸、大神など霊や物の怪が取り憑いだと判断される場合の治療法であるという。それに必要なものは「桃の実、タマハハキ、灸」であると。

桃は「古事記」において、伊弉諾が黄泉醜女から逃げる時に投げ放ったもので、魔除けのモノとして現代でも伝わっている。ただこの時使用する桃は、秋冬になっても落果いない桃で無ければならないと。その桃の実は細かに砕いて粉末にし、酒と一緒に飲んだそうだ。

タマハハキは箒木(ハハキギ)であり、吉野裕子「蛇」によれば、箒神は波波木神でもある神名であるが蛇でもあるという。ただ通常は、箒本来の「掃き出す霊力」を期待してのものだろう。ただ宗像氏が薬として使用する場合は、この箒木を焼いて、その煙を嗅がせたという。つまり悪しきものを燻り出す方法として使用されたようだ。

灸は、その時代の日本には殆ど普及しておらず、大陸や朝鮮半島と近い宗像氏ならではのものであったようだ。その灸の使い方は、手足の爪際に二つずつ八カ所に一斉に灸をすえ、自分の名前を名乗り、その憑いているモノを立ち退かせようとしたようである。
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【肥前国風土記】

ヒメコソの里。此の里の中に川があり、名をヤマヂ川という。その源は、北の山より出でて、南に流れ、ミヰの大川(筑後川)と合流する。昔々、この川の西に荒ぶる神があり、道行く人が多く殺され、人々の半ばが生き、半ばが死ぬありさまであった。

時に、このように祟る原因を占い求めてみると、次のように神意が現れた。すなわち、筑前の国、ムナカタの郡の人カゼコをして、吾が社を祀らしめよ。もし願ひにかなはばば、荒ぶる心を起さじ、と。

そこでムナカタのカゼコを招き、神の社を祀らせた。カゼコは幡を奉納し、祈っていった。神が誠に私の祭りを欲するなら、この幡は風のままに飛んで、私を求めている神のいる場所に落ちよ、と。

やがて幡を揚げ、風のまにまに放ってやると、幡は飛んでいって、御原の郡のヒメコソの杜に落ち、さらに還り飛んでヤマヂ川のとりに落ちた。そのおかげで、カゼコはおのずから神の在します場所を知った。

その夜、カゼコの夢に、クツビキとタタリが舞い遊びでて、カセゴを圧し、驚かせた。そこでカゼコは、この荒ぶる紙が女神であることを識った。カゼコが社を建てて祀ったので、それ以来、ヒメ神の名からソメコソ(姫杜)という名が由来し、今は里の名となっている。

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例えば上記の「肥前風土記」だが、宗像のカゼコに女神が憑いた話でもある。狐憑きや犬神憑きが憑きモノの話では有名だが、神話世界では神々も人に憑いているものが多い。ある意味、巫女は”降霊術”をする時の媒体であると思えば良いが、憑くモノは時として形式を問わずに、いきなり憑くものである。それが大神の場合であったり、狐などの獣である場合など、様々な場合があった。いや、あったと言うよりも”断定”されたと言う方が適切だろう。現代と平安時代では、モノの考え方も意識も違うであろうが、その時代の日常と普通というものは確かにあった。その日常と普通を薙ぎ払う異常を曝け出した者を、物の怪が憑いたと判断し、それを”火”としてみたのだろう。それ故に「火取薬」という名称が付いている。この場合の火は、日常に使う竃などに灯す火では無く、予測のつかない突発的に起こる火災などと同じものに喩えての火である。

宗像氏は玄界灘に面した場所に、宗像大社に宗像三女神を祀っている。その地はある意味、朝鮮半島に接した地でもあった。その宗像大社は朝鮮半島とのライン上にあるのだが、その先にある、現在韓国領となる濟州島に「日本から渡って来た三人の女性と結婚して国を開いた」という伝承があるのも、ある意味宗像が朝鮮半島から来る人々の玄関であったという証であろう。つまり宗像氏は、それだけ多くの朝鮮民族と接してきたという事は、先に紹介した朝鮮民族特有の火病とも接して来たのでは?という憶測が成り立つ。宗像大社では、今でもこういう憑きモノに対する祓いをしているようだが、呪術も医療も、その根底は同じものであった。ただ言えるのは、現代では「火病」という精神疾患は「憑きモノ」として捉えられ、その対処法が宗像氏を中心に考案されていったのではなかろうか。今回紹介した「火取薬」とは、憑きモノを祓う呪術であるが、それは医療行為と同じである為に「火取薬」と命名されているのだろう。
by dostoev | 2014-04-23 19:29 | 民俗学雑記 | Comments(0)

「遠野物語35(走る女)」

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佐々木氏の祖父の弟、白望に茸を採りに行きて宿りし夜、谷を隔てたるあなたの大なる森林の前を横ぎりて、女の走り行くを見たり。中空を走るやうに思はれたり。待てちやァと二声ばかり呼ばりたるを聞けりとぞ。

                        「遠野物語35」

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白望山については何度も書き記したが、山に棲む人間は確かに居た事から当然、女性もいた事だろう。男達に一緒に付いて来た女性もいただろうし、村の娘を誘拐した場合もあっただろう。ただここでの記述は「中空を走るやうに」と記されている事から、まるで物の怪の様な描写となっている。

槇佐知子「病から古代を解く」の中に、「正彦薬」というものがある。その適応症に「母乃久留以病卒泣笑如崇登垣或狂走者」とある。「母乃久留以病」は「モノくるい病」と訳されているが「母のくるい病」の可能性もあると述べられている。その症状は、俄かに泣き、笑い、祟りの如く垣根に登り、狂って走るというものらしい。例えば狐に憑かれた者は、異様な行動や異常な力を発揮する場合があるという。まさに「中空を走る」という表現は、狐に憑かれた様な、この症状に適応したものであると思えてしまう。

まあ実際は、遭遇した男が夜の山での出来事であるから恐ろしさの余り、そういう風に感じたのかもしれない。「待てちやァ」という呼び声も考えてみれば、誘拐された女が山に棲む男の家から逃げ出し、里の男を発見した為に必死で声をかけた”助けを懇願する”呼び声だった可能性はあるだろう。
by dostoev | 2014-04-22 06:56 | 「遠野物語考」30話~ | Comments(0)