遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
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年越しの祓の女神(其の一)

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何ごとの おはしますをば 知らねども かたじけなさの 涙こぼるる(西行法師)

伊勢神宮で、目に見えぬ神に対し、西行が畏れ多さと感動を覚えて涙したという。しかし、皇祖神でもある天照大神は、あからさまな神として存在する。それでは、西行は目に見えぬ何の神に涙を流したのか?その西行の最後の歌がある。

願はくは 花のしたにて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃

桜を愛した西行は、この歌の通り文治六年(1190年)2月16日に没した。その西行は、何故か二度も平泉を訪れている。その影響からか、平泉では「西行桜の森」として、大山桜をはじめ100種3000本余りの桜を植え、その当時の桜森を復活させている。それだけ西行と桜の縁が強いものと万民が認めている事からのものであった。西行がみちのくへの旅を思い立ったのは、歌僧能因の跡を辿る事に加え、同族である奥州藤原氏を慕っての事であったという。初めての平泉は厳冬であり、一冬を過ごして桜の咲く頃まで過ごしていた。西行の歌は、耽美的な歌が全編を占めているのだが、先に紹介した伊勢神宮を目の当たりにしての歌が、異色である。桜を愛でた西行が、伊勢神宮の神に対して何を感じたのか。実は、ある一柱の桜の神が伊勢神宮にはいた。その神は、奥州藤原氏も信仰していた神であった。
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平泉を訪れた人はわかるだろうが、有名な国宝でもある金色堂とは別に、入り口に大きな茅の輪が飾られ、そこを潜ると穢祓となるという存在感を示す神社は、白山神社である。穢祓の能力から、白山神社の本地仏は十一面観音となる。平泉では古来から「白山權現ハ中尊寺一山ノ鎮守也」と伝わる。その平泉の白山神社は、福井県に鎮座する平泉寺白山神社からの影響により命名されたようだ。実際に奥州藤原氏は平泉寺白山神社に対して、かなりの寄進をしている。また曹洞宗大本山である永平寺は、白山権現を永平寺の守護神・鎮守神としており、毎年夏には永平寺の僧侶が白山に参詣して奥宮の前で般若心経を読誦するのは、神道における夏越の祓と同じである。
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その白山を鎮守神とする曹洞宗の本山で祀られる権現があるのだが、三位一体を成しているのは、白山妙理大権現・早池峯大権現・熊野大権現である。ところで白山に関しては吉田神道が白山比咩は菊理媛神であると神祇官を通じて広められ現在に至っているが、何故に菊理媛神となったのかはわかっていない。その菊理媛神は黄泉平坂において唐突に現れた女神であり、伊弉諾に対して何かを告げた。それに対して伊弉諾は、それは良い考えだと頷いた事から、一つの道を説いたのだろう。似た様な話に、山幸彦に道を説いた塩椎神が居り、また大国主に進言した多邇具久がいる。これら塩椎神や多邇具久も菊理媛神も唐突に登場するという共通点がある。これらをもう少し詳しく展開してみようと思う。(続く)
by dostoev | 2013-12-31 22:32 | 年越しの祓の女神 | Comments(0)

遠野不思議 第七百九十九話「八幡神社(海上)」

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海上の高台にある八幡神社。正確には前九年の役の頃に、源義家の家来である井出氏が建てた館跡に八幡太郎義家の名を取って八幡座館になったという説と、阿曽沼がこの地に八幡宮を建立したので八幡座館の名となった説があるようだ。並んでいる小さな社は稲荷社となる。
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祭神は、応神天皇(誉田別命)。
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社の中を覗いてギョッとしたのは、髪の毛の房がぶら下がっていた。恐らく、何かの祈願で、自分の髪の毛を神に捧げたのだろう。八幡神は武神でもあるので、大東亜戦争の時のものであろうか、その時の戦争に対する祈願であったのだろうと。
by dostoev | 2013-12-30 11:47 | 遠野各地の八幡神社 | Comments(0)

早池峯大権現十一面観音

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変化翰音とも云われる十一面観音は「十一面悔過法要」という仏事があり、1年の罪や過ちを懺悔するという法要である。東大寺で行われるその法要は、天下国家の罪と穢れを懺悔し、それに対して十一面観音は応え、新年の幸をもたらすと云われている。
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早池峯の女神である瀬織津比咩の本地は十一面観音であるといい、早池峯の山頂には2体の十一面観音がある。穢祓の神である瀬織津比咩と十一面観音の役割が同じという事もあったのかもしれないが、逆に言えば、仏教伝来以前に存在した瀬織津比咩に、後から十一面観音が重ねられた為に、十一面観音が瀬織津比咩の性格を継承したのかもしれない。
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東和町にある十一面観音堂は以前、瀬織津比咩を祀る個人の神社だった。しかし別当がいなくなった為に、村で管理する事となり、瀬織津比咩を祀る神社から祭神を、その本地である十一面観音としたのは、日本に広く定着した仏教思想によるものだった。名前も知らない瀬織津比咩という祭神よりも、親しまれていた十一面観音を選んだのは仕方の無い事。しかし、それでも瀬織津比咩の化身が十一面観音と知っての事であった。
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師走の12月の晦、神道においても仏教においても、1年の穢れを祓う時である。ましてや2014年の新年は朔から始まる。穢祓は禊でもあるのだが、禊ぎとは本来「身殺ぎ」でもあった。蛇が脱皮し、新たな生命を生み出すように、古い身を殺す事を意味している。それはあたかも満月を迎えた月が段々と身を殺いで消えて無くなり、新たに生まれ変わる事に対応している。

月には、その形によって様々な呼び名がある。それはあたかも変化自在観音である十一面観音に対応するかのよう。いや本来は、水神であり、瀧神であり、穢祓神であり、星の神であり、桜の神であり、境界神などでもあり、全国に広がる瀬織津比咩の変化に対応しているかのようでもある。
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よって、瀬織津比咩と十一面観音はその自在性から容易に結び付いたのだと思える。観音には流行があり、十一面観音以前に流行ったのは聖観音であった。羽黒に祀られる観音が聖観音であり、瀬織津比咩が羽黒権現であるというのは、その歴史の古さをしのばせるものであろう。
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早池峯大権現として祀られる十一面観音が瀬織津比咩であるのは、変わらない事実である。変化自在観音である十一面観音が更に千変万化となり、千手観音となっても、そこに結びつくのは様々に変化して祀られる瀬織津比咩の姿であった。
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巳年から午年に変わるが、辰→巳→午という干支の流れも、辰は巳と混同されて同一であり、馬の最高位は龍である事から、龍の一連の流れが続く事になる。身を殺いで馬となるのは、空想の龍が現実の馬となり身近な存在になる事をも意味している。早池峯神社の大祭に於いて、瀬織津比咩の御霊を乗せた神輿が、神社を出る前に駒形神社に寄ると言うものは、龍と云う空想の生き物から現実の馬に乗ると言うもので、そこには東北に伝わる妙見神が馬に乗っている姿と意味を同じくする。羽黒で妙見神を重要視するように、早池峯が北に輝く北辰を重要視するのも、羽黒も早池峯も妙見神としての瀬織津比咩を祀るからであった。
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早池峯大権現である十一面観音、そして瀬織津比咩の変化についていくのは大変である。しかしその複雑さと謎が、瀬織津比咩の魅力にもなっている。来年の午年もまた、遠野地方で云われる馬に乗った貴人である瀬織津比咩を追う事となるだろう。
by dostoev | 2013-12-29 06:51 | 瀬織津比咩雑記 | Comments(0)

冬、雀の群れ

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一年中目にする雀だが、冬になると群れを為して行動する。まあ、他の季節も集団行動をしているようだが、冬になるとその集団が更に膨れ上がっているようだ。

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by dostoev | 2013-12-28 17:29 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第七百九十八話「早池峯と狼」

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ねんねん おやまの

しろおえぬ

いっぴき ほえれや

みなほえる

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伊丹政太郎「遠野のわらべ唄」に紹介されていた、早池峯の狼の唄。この歌の内容は、こう記されていた。

「ハヤズネサマにはな、白いオオエヌァえるんだと。白いオオエヌはお山のぬしでな、そのオオエヌが吠えるずと、千匹のオオエヌァ集まってくるんだと。だがら…白いオオエヌァ吠ぇねぇうちに早く眠れ。」

「遠野物語」を読んでいると、明治の半ばまではかなりの狼がいたという事がわかる。境木峠・和山方面には、多くの三峰様の石碑が多く建てられているのは、狼の獲物となっていた鹿の生息数が多いからだ。「遠野物語41」の一節には「向の峯より何百とも知れぬ狼此方へ群れて走り来るを…夥しき足音して走り過ぎ北の方へ行けり。」とあり、何故に狼の群れが北へ向かうのかという疑問があった。ただしこの「遠野物語41」が現実であったのか、空想であったのかは定かでは無いが、空想だとしても意味があるものとは感じていた。初めに紹介したわらべ唄の解説には千匹の狼が集まると記されている。このわらべ唄の作られた年代はわからぬが、唄が先にあって「遠野物語41」が語られたのか、「遠野物語41」の話があって、わらべ唄が作られたのかはわからない。ただ言えるのは、狼とは山の神の眷属であり、遠野地方に於いての”御山”としての代表格は1917mという遠野の最高峰の早池峯という山となる。

遠野の人は、死んだら魂は山に昇って行くという信仰がある。高い山であればあるほど、天に近いという事もあるのだろう。そういう意味で早池峯は、遠野で一番天に近い山であった。明治の半ばに狼は絶滅したという事だが、その理由には狂犬病もあり、またその狂犬病にかかった狼の被害から高額な懸賞金がかけられ、人間が挙って狼を狩ったというのも大きかったのだろう。その絶滅の最後のあがきが群れを為して北へ向かったというのは、狼が山の神の使いであり、その山の神とは早池峯の神の使いという事だろう。その狼が死を悟った時、人間と同じように早池峯へと向かったのかもしれない。

たまに早池峯山頂に泊ると、犬の遠吠えら式が聞こえるのは、狼の魂が集まった為の幻聴であろうか?白い動物は神の使いと云われるが、白い狼こそは、まさに早池峯の神の真の使いだろう。その白い狼が吠えると千匹の狼が集まるのは、早池峯が人間でなく狼の魂もが集まる山だという事の証であろう。いちどは早池峯の山頂に泊ってみればいい。狼の遠吠えが聞こえて来るだろうから…。
by dostoev | 2013-12-28 08:51 | 遠野のわらべ唄 | Comments(0)

「遠野物語拾遺289(よんどりほい)」

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翌十六日は、ヨンドリまたはヨウドリと言って、鳥追いである。未明に起きて家の周囲を板を叩いて三度まわる。

よんどりほい。朝鳥ほい。よなかのよい時や、鳥こもないじゃ、ほういほい。

という歌を歌ったり、または

夜よ鳥ほい。朝鳥ほい。あんまり悪い鳥こば、頭あ割って塩つけて、籠さいれてからがいて、蝦夷が島さ追(ぼ)ってやれ。ほういほい。

と唄って、木で膳の裏などを叩いて廻るのである。

                                 「遠野物語拾遺289」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
伊丹政太郎「遠野のわらべ唄」に、「夜ん鳥ホーイ」という唄が紹介されている。ただし歌詞の内容は若干違っている。

夜ん鳥ホーイ 朝鳥ホーイ

世中のわるいときゃ鳥も無えじゃ

ホーイホイ

あんまり悪り鳥ば

頭わって塩つけで

遠だ島さ ぼってやれじゃ

ホーイホイ

遠だ島に席ぁ無がら

罪獄島さ ぼってやれじゃ

ホーイホイ


ハッキリわかる違いは、世の中が良い時と悪い時の違いと、罪獄島が蝦夷が島となっているのがあからさまに違うという事だろう。どうやら為政者を批判する唄であるようなので「世の中」を「世中」→「夜中」として、為政者に知られないような工夫が施されているようだ。しかし表面的には”害鳥”を追い払う唄として広まったという。これを語っているのは光興寺という地に住んでいる、現在遠野のわらべ唄の第一人者となっているアベエさんが近所の菊池カメさんから伝え聞いた話である。この光興寺は以前、阿曽沼氏が城を築いて支配した為なのか、それを裏切った南部氏を憎む者と、阿曽沼氏そのものを憎む者とが混同する土地でもある。

ところで、罪獄島とはどこかわからないが、これが蝦夷島となれば、北海道であろうというのが理解できる。ところで北海道は鎌倉時代まで、日本の地図には認識されていなかった。義経の北方伝説では、義経は死なずに逃げ延び、まず遠野へと立ち寄った後に沿岸地を北上し北海道へと渡ったというもの。実際に義経が生きていたとしても、後ろ盾となっていた奥州藤原氏が滅亡となっては、もう義経は頼朝の脅威にはならず、例え生きていたとしても何もできない存在であろうと、義経を追う事をしなかったという説もある。ましてや本当の頼朝の狙いは義経では無く、奥州藤原氏の黄金文化であったという説もある事から、どちらにしろ義経が北海道である蝦夷島へ逃げ延びようと、もうどうでも良かったのであろう。
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「遠野のわらべ唄」によれば、遠野に伝わる子守唄とは、歴史を語り伝える唄でもあるという。この「夜ん鳥ホーイ」も含め、「鎌倉のねんずみ」などは、その為政者を揶揄する唄であり、それらは源頼朝の奥州侵略の後に出来たのだとも言われる。

蝦夷島という名称だが、蝦夷地となれば、江戸時代に使用された言葉で、かなり新しい。それ以前は「日本書紀」に渡島という名称で登場している。ところで「夜ん鳥ホーイ」に、気になる箇所がある。「蝦夷が島さ追(ぼ)ってやれ。」というものだが、蝦夷が島が北海道であるなら、唯一思い出すのが、南部氏と安東氏の戦いに於いて、南部氏が安東氏を北海道へと追いやった歴史がある。安東氏とは、安倍一族を祖とする安倍貞任の息子である高星丸を陸奥へと逃がしてから後に改姓して安東氏を名乗ったとある。偽書としても有名な「東日流外三郡誌」には、安倍貞任はひと時の間、息子の高星丸を遠野に囲まったが、その遠野に戦火が近付いて来た為に急遽、津軽へ逃がしたという事らしい。

渋谷鉄五郎「秋田「安東氏」研究ノート」によれば、その南部氏と安東氏の争いは応永(1394年~1427年)の中頃から始まったとされる。南部守行は応永十八年(1411年)に陸奥守に任ぜられ、津軽統一を推し進めたという。そこで邪魔だったのが安東氏であった。その安東氏が十三湊を放棄して北海道へ逃げ延びるまで約三十年の争いが続いたという。「東日流外三郡誌」の秋田氏によれば、無益に血を流すのを好まない安東氏が領土であった十三湊を放棄したのは、その南部氏の執拗なまでの好戦性にあったと伝えている様。その安東氏と南部氏だが、どちらも遠野に縁の深い氏族である。

蝦夷国の代表的な氏族が安倍氏であり、その安倍氏は遠野の土渕を中心に住んでいたと云われる。その後、奥州藤原氏の統治時代があったが、安倍氏と同族の藤原氏であった為に、遠野の民も領主に対して、それ程の不満が無かったというが、その奥州藤原氏が源頼朝に滅ぼされてから、栃木県から阿曽沼氏が代わりに遠野を統治した。しかしその阿曽沼氏も、秀吉の小田原征伐のの後に失墜し、代わりに南部氏が遠野を支配する事になった。その阿曽沼氏と南部氏に対する不満が、わらべ歌に伝わっているという。
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伊丹政太郎「遠野のわらべ唄」は、明治時代を生きてきた爺様の伝えが記されている。そこでは「罪獄島」と伝えられる一方、「遠野物語拾遺289」では「蝦夷が島」となっている。どちらが古いのか、それとも別バージョンとして両方のわらべ唄が伝わっていたのか定かでは無いが、もしも「蝦夷が島」に”ぼったくられたの”が安東氏であるならば、正義は南部氏となり、罪人の一族である安東氏は罪を背負って蝦夷が島である罪獄島へと追われたという想像もつくのかと思える。つまり、わらべ唄の歌詞を「罪獄島」へと変えたのは、南部氏によるものだという可能性もあるのではないかと思えるのだ。実は、平成三年に遠野の古文書などから遠野の歴史を紐解いた大川氏によれば、南部氏はかなり他藩の言い伝えなどを取り込んで、南部藩の権威を強化したようだ。それは、阿曽沼氏が建立した諏訪神社にも垣間見られ、たかが民衆に広まっているわらべ唄であろうが、それを利用しない南部氏では無いのだと思えるからだ。坂上田村麻呂による蝦夷征伐が蝦夷の英雄を鬼退治に変えたという手法を継承したのが、南部氏であったのではなかろうか。
by dostoev | 2013-12-27 17:23 | 「遠野物語拾遺考」280話~ | Comments(12)

野良猫が勝手に入って来る。

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飼い猫のフーコが、発情期を迎えたようだ。昨日あたりから「ニャォ~ン!ニャオ~ン!」と煩いので、何度か外に出してしまっていた。ところで今朝の事だったが、何故か玄関の開き戸が中途半端で開いている。不審に思ったが、夜中に帰ってきた客が閉め忘れたのかとも思っていた。するとお昼近くになって、またフーコが「ニャオ~ン!ニャオ~ン!」と。すると、近所を縄張りにしている白黒の野良猫がやってきて、扉を開けて、中に入ってきた。『こいつの仕業か!!!』と、すぐに追い出したが、暫くして再び玄関の前に戻って来たので、カメラを構えて撮影していたら、やはり再び…。
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まあ、女の子に呼ばれれば、男は大抵必死に障害を乗り越えて来るもの。普通であれば、寄り付かないが、余程の空腹か、今回の様にメス猫に呼ばれれば、そりゃこうして不法侵入してまでくるのだろうね。
by dostoev | 2013-12-24 13:23 | 民宿御伽屋情報 | Comments(0)

星空撮影ガイド

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東京では、ななか綺麗な星空が見えないからと、綺麗な星を見て撮影したいというお客さんから予約が入った。後は当日の天候がどうかだけだが、もう一つの難点は星の綺麗に見える山が雪で閉ざされてしまったという事だった。そこで比較的、遠野の街の灯りの影響が少ない旧仙人峠の砂防ダム湖を撮影場所に選んでみた。
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天の川がどうにか見えたが、やはり空が明るいので綺麗に写ってはくれない。しかしそれでも、東京よりは綺麗ですと客は満足しているよう。
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遠野の街の方面はやはり、かなりの街灯の影響を受けて明るいが、それでも夜景撮影と思えば問題は無い。頻繁に飛行機が飛び交っているが、大抵は三沢基地からの自衛隊機の筈だ。
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旧仙人トンネル側の空も、かなり明るい。まあそのおかげで、雪の情景が写るので、これはこれでいいのだろう。ただ、山に囲まれている為か、北斗七星が見えないのが残念だった。今日は、小熊座流星群のピークで、北斗七星を中心に流れ星が見える筈だったが、撮影中に流れ星はまったく見えなかった。
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だんだんと西側から雲が流れて来て、今にもオリオンを覆い隠そうとしている。時間的にも、そろそろ月が昇る頃なので、この辺で切り上げる事にした。それでもこの冬空の下、1時間近くは撮影していた事になる。
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月が昇ってきた。今日は、寒い中お疲れ様でした。
by dostoev | 2013-12-23 05:13 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(0)

冬至

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「陰極まりて陽兆す」

今日は冬至で、陰気のピークであるという。夏至が「陽極まりて陰兆す」で、夏至の日からだんだんと日が短くなってきて、今日の冬至で、そのピークを迎えた。後はだんだんと、日が長くなって行き、夏至にピークを迎える。

冬至といえば柚子湯であるようだが、それは冬至と湯治の語呂合わせからきているようだ。柚子の原産は中国であるようだが、現在では日本が世界一の栽培国であるよう。その柚子の栽培は奈良時代から続いている様で、かなり長い歴史がある。

かって冬至は1年の始まりであり、柚子の香りや薬効で体を清める禊の意味があったとされる。また柚子の形と色自体が太陽を思わせ、柚子湯とは太陽そのものによる禊でもあったとする俗説もある。ただ柚子湯が広まったのは江戸時代であるから、江戸時代の言葉遊びである語呂合わせ文化が、そうさせたのだろう。
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今朝(6時25分)の、冬至の月。夜明けは日の出は6時47分で、すこし明るくなってきた。
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by dostoev | 2013-12-22 05:55 | 民俗学雑記 | Comments(0)

「遠野物語拾遺275(陸の神)」

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十二月は一日から三十日までに、ほとんど毎日の様に種々なものの年取りがあると言われている。しかしこれを全部祭るのはイタコだけで、普通には次のような日だけを祝うに止める。すなわち五日の御田の神、八日の薬師様、九日の稲荷様、十日の大黒様、十二日の山の神、十四日の阿弥陀様、十五日の若恵比寿、十七日の観音様、二十日の陸の神(鼬鼠)の年取り、二十三日の聖徳太子(大工の神)の年取り、二十四日の気仙の地蔵様の年取り、二十五日の文殊様、二十八日の不動様、二十九日の御蒼前様等がそれで、人間の年取りは三十日である。

                                 「遠野物語拾遺275」

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画像は鳥山石燕「画図百鬼夜行」からの「鼬」であるが、「てん」となっている。昔は動物の体系化が成されていない為、イタチもテンもイズナも全て同じであったようだ。
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ところで何故、二十日が陸の神の年取りで、その陸の神が鼬鼠なのかわからない。「画図百鬼夜行」の解説には「夜中に火柱が立ち、消えて倒れるところには火災が起きるが、それは群れ鼬が妖を為すからだともいう。」と書かれている。自然界でたまにイタチを目撃するが、イタチの群れは見た事が無く、大抵は単独で行動しているように思える。釣りの時は、川から魚を咥えて這い上がって来たり、今年の春先の5月の夜には、一匹の子供のイタチが車の前に躍り出てダンスを始めるなど、とても愛嬌溢れる獣である。そのイタチを調べると、イタチが道を横切ると不吉であるとか、一人で歩いていると後ろから足音が聞こえるのはイタチの足音であるとか、バタバタという足音で驚かせるイタチなど、町外れの寂しい道での話がかなり出てくる。
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辻などに建てる石碑に道祖神があるが、道祖神は道陸神とも云う。陸は道でもあるから、恐らく陸の神とは道祖神であり道陸神であると思う。青笹町の飛鳥田に、南無阿弥陀仏と刻まれた六道神の石碑があるが、これも恐らく本来は道祖神であり、道陸神(どうろくじん)が変化して六道神(ろくどじん)となったのではなかろうか?

遠野市小友町には「六地蔵と冥道」という小さな六つの石が並んでいる場所があり、昔ある人物がに夜道を歩いていると、道の分岐点に差しかかったという。ところがどちらの道へ行って良いのか迷っていると、六体の地蔵さんが現れ、行くべき道を指してくれたという。関連性は何とも言えないが、道陸神は「道六神」と書かれ仏教の六道との関連もある事から、六道は迷道でもあり、辻などに置かれるのは、冥界との繋がりを意味している。昔から辻には幽霊や物の怪が現れる様に、あの世とこの世の境目とも云われる。そこにいつしか鼬鼠という物の怪とも云われた獣が結びつけられて、道の神・陸の神として昇華して祀られた可能性はあるのだろう。またある地域では1日(ついたち)に陸の神を拝むとあるのは、その1日(つイタチ)という日にイタチが潜むからと言う言葉遊びでもあるようだ。それが遠野地方では、1日は関係無くなり陸の神の年取りにも鼬鼠の年取りとなったようだ。
by dostoev | 2013-12-20 20:31 | 「遠野物語拾遺考」270話~ | Comments(0)