遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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<   2013年 07月 ( 49 )   > この月の画像一覧

遠野不思議 第七百五十九話「元八幡宮」

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創建は建武年間(1334~1335)阿曽沼朝綱の時、城の鬼門に当たる宮代に城の鎮守として八幡宮を勧清し崇敬した。そして南部氏が寛文元年(1661)に八幡宮を現在の踊鹿山に遷宮した後、荒廃していたが明治以降に復興され現在に至る。
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境内は、思ったより広く、例祭の際には地域の人々が大勢集まるようだ。
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気になったのは社殿の脇に建っている金毘羅の石碑三塔。社殿に近すぎて、見る為には社殿に背中を付けないと見る事が出来ない。恐らく金毘羅の碑が先で、後から社殿を建てた時に、間隔を気にせずに立てたのだろうか?
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by dostoev | 2013-07-29 17:46 | 遠野各地の八幡神社 | Comments(14)

遠野不思議 第七百五十八話「西教寺」

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松崎町海上にある、浄土真宗大谷派の寺院。寺伝によれば、開山は天文二年(1533年)との事。当初は天台宗であったが、改宗して東本願寺末となり、開基は行正と云う和尚であったと。本尊は、阿弥陀如来となる。元禄年中(1688年~1703年)に本堂を焼失し、草庵を作って過ごしていたが、その後、五世智円代に再興したと伝えられる。
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宝永年間の事であると云う。土淵方面に知行地を有する沢里又右衛門と沢里五郎右衛門という南部家の金庫番であった家臣がいた。

或る日の事、沢里氏が知行地土淵の足洗川で釣りをしている最中、懐の財布が重くて邪魔なので、川辺の柳にかけておいたまま忘れて帰宅したのだと。その後に、その柳の側を通ったのが、西教寺の住職、智円であったと。この財布を持ち帰り見たところ沢里の証文が入っていた為、早速沢里家まで足を運び、返しにいったという。その感謝の気持ちとして、大工6人、木挽3人、屋根萱には気仙から3人、畳さし1人、左官2人を差し遣わせて本堂を再建したと云う。

尚、智円が財布を沢里家に届けた時、謝礼金を頂き、そのお金で田地を買い、毎年正月に御礼として米五升を届け続けたという。
by dostoev | 2013-07-28 20:07 | 遠野不思議(寺院) | Comments(0)

遠野不思議 第七百五十七話「夫婦杉桜」

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スギとサクラが根元で抱き合い、根を絡み合わせ互にその癖なり本性を認め
ながら長い年月を寄り添い幾多の風雪に耐え共に成長してきた稀有の自然物
であり、夫婦の在り様、夫婦円満のシンボルである。

異なった性質のものが寄り添うことから、縁結びに御利益があるとされる。

平成十九年七月三十日遠野遺産として認定された。

                            「遠野遺産第五十五号案内板より」

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確かに、根元でしっかりくっついている。
by dostoev | 2013-07-28 19:36 | 遠野不思議(樹木) | Comments(0)

神域にて(元八幡境内)

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今日は、元八幡宮へと足を延ばしてみた。実は、何故か一度も訪れていないのに気付いせいもある。元々、全国二番目に多い八幡神社に、余り興味が無かったせいもあった。ついでに境内で、虫や花を撮影して遊んできた。
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by dostoev | 2013-07-28 16:28 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

鶴音山

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鶴音山の朝
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西に位置する鶴音山に月が沈む

鶴音山とは、阿曽沼氏が居城した地の背後に聳える山で、現在の高清水山となる。旧仙人峠の右側も高清水山というのだが、「たかしみずやま」と「たかすずやま」の違いがある。同名の山が二つあるのは、恐らく鶴音山は後に、清水が沸いた事から高清水山とされ重複した為か?

ところで以前、この鶴音山を地元の古老に、どう読むのか聞いたところ「がんのんさん」と答えた。濁点は余分で、実際は「かんのんさん」で、漢字をあてるとしたら「観音山」とも考えていた。ところで最近、ニワトリを調べていたら、山口健児「鶏」で中国の「礼記」「宗廟を祀るの礼にて鶏は翰音(かんのん)という。」と紹介されていた。

その「礼記」にはまた「翰は長き也。鶏は肥ゆれば、すなわち鳴声長き也。」と注記されている。上の動画は、その鶴音山の続きにある阿曽沼氏が建立したという諏訪神社境内に響く、鳥(トンビ)の長い鳴き声。
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鶏は、朝を告げる鳥とも、太陽を呼ぶ鳥とも云われる。しかし陰陽五行においての「酉」の方角は西となっている。阿曽沼氏は当初、居城を驚鹿山と鶴音山とで迷ったようだが、利便性から鶴音山へ決定したと云われる。以前の記事「阿曽沼氏の野望」に書いたように、東西南北の霊山を線で結んだ場合、その中心となるのが阿曽沼氏の居城した鶴音山の麓になる。鶏は太陽を呼び込む鳥だと紹介したが、阿曽沼氏の築いた東向きの城は太陽を迎える事になり、「鶴音山」が「翰音山」であるならば、まさに太陽を呼び込む山として縁起の良い事になる。恐らく阿曽沼氏は利便性だけで横田城を築いたのではなく、こういう霊性をも加味したのではなかろうか。

「鶴音山」がいつから名付けられたかわからぬが、こうして考えてみれば、阿曽沼氏が命名したのが「翰音(かんのん)山」であり、後に「鶴音山」と間違った漢字をあてた可能性はあるだろう。何故なら「鶴」は「かく」と読んでも「かん」とは読まないのだ。
by dostoev | 2013-07-27 18:58 | 遠野地名考 | Comments(0)

長梅雨

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6月には、雨が欲しいと思っていたが、7月はずっと雨。これだけ長い梅雨は、久しぶりじゃなかろうか?梅雨明けするかどうかさえ、疑わしくなってきた。いくら恵みの雨でも、長過ぎると洪水や凶作の元になってしまう。何事も程々がいいのだが…。
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昨夜も、かなり雨足の強い雷雨が暫く続き、駅前の道路も殆ど川の様になっていた。ただ遠野駅前は位置的に高くなっているので、床下浸水が起きる事が無いとは思っている。
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外仕事も大変だろうが、わざわざ遠野に観光へ来た人や、釣りに来た人は大変だろう。喜んでいるのは、河童くらいだろうか。。。
by dostoev | 2013-07-27 12:54 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

遠野不思議 第七百五十六話「猫祭」

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元八幡宮が宮代に鎮座していた頃、八幡様の御縁日には、松崎中の猫が集まって夜籠りして、一晩中喧しく賑ったという。ただし、この時には何故か西教寺の猫が参加しなければ、どうしても、ものにならなかったという。

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし、唐突に変な伝説を見つけてしまった。ところで「遠野古事記」によれば「八幡宮は阿曽沼氏が宮代に勧請し、毎年八月十五日祭礼を行ってきたが、阿曽沼氏没落後は祭礼も絶えたと云われる。」

西教寺は松崎町駒木にあり、浄土真宗大谷派で寺伝による開山は室町後期の天文二年(1533年)という事らしい。ただ昔は天台宗であったとされているが、明らかでは無いようだ。

ただ、何故に八幡宮と西教寺が関わって来るのか理解し辛い。
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しかし、猫を調べてみると、浄土真宗には無いのだが、天台宗に気になる話があった。鳥山石燕「画図百鬼夜行」「鉄鼠(てっそ)」の解説に、こう記されていた。

「頼豪は三井寺の僧。白河院の為に皇子誕生を祈り効験があった。ところが院は延暦寺を恐れて、約束した戒壇建立の勅許を下さなかったので、頼豪は怒り、皇子を道連れに魔道に行くと呪って、干死をした。霊魂は鉄鼠となって比叡山の経蔵に入り経典を喰い破ったので、麓に鼠の秀倉を建てて祀ったという。」

三井寺には頼豪の霊を祀る為の「鼠の宮」と呼ばれる祠があり、一方比叡山には、頼豪の変化した鼠に対抗する為、高僧が大猫を呼び出したとされ、その猫を祀った「猫の宮」という祠があるという。鼠の宮は比叡山を向き、猫の宮は三井寺の方をそれぞれ向いて建っているのだと。

鼠で思い出すのは、遠野のわらべ唄だ。源頼朝を鼠とし鎌倉幕府を揶揄った唄がある。データが見つからないので、そのわらべ歌の掲載は後にしようと思う。

そして源頼朝といえば、鎌倉幕府が厚く信仰した八幡となる。天台宗は、鼠を嫌った。そして遠野の民は、奥州藤原氏を滅ぼし、源義経を殺した鎌倉幕府を、源頼朝を嫌った。猫の集会というものは現代でも普通に行われるものである。それが、八幡宮の祭日に合わせて猫が集まり、喧しく賑う理由。そして西教寺が実は天台宗であったならば、鉄鼠を嫌い「猫の宮」を建てた比叡山の意図。これらが結びつけば、やはりこの伝説も遠野の民が源頼朝である鼠を嫌い、それを天台宗の寺の猫を参加させる事による、鼠退治を意味したものではなかろうか。「何故か西教寺の猫が参加しなければ、どうしても、ものにならなかったという。」この言葉の「ものにならない。」とは猫であるから「鼠退治を上手くできなかった。」という意味と考えるべきだろう。つまりこれは、蝦夷国の民衆の鬱積した鎌倉幕府を倒したい意識を含んだ伝説であろうとも思えるのだ…。
by dostoev | 2013-07-26 22:42 | 遠野不思議(伝説) | Comments(2)

大暑

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土潤いて溽し暑し
(むわっと熱気がまとわりつく蒸し暑い頃)
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日本の七十二侯の「大暑」を上記の様に説明される。つまり、暑い夏というのは、その前の梅雨という大地の恵みの雨の期間があるから、暑くなるという意にもなる。最近の梅雨の時期は空梅雨が多く、去年などはいつ川が涸れるのか?と心配した程だった。梅雨時期は鬱陶しいというイメージが優先するが、梅雨があるからこそ大地が潤い、暑い夏を体感できる事を大暑は語っている。

遠野は盆地であり、四方を取り囲む山々が全て水源を有するから水の心配は無いと云われるのも、こういう長い梅雨によって山を取り込み含む為でもある。一時の豪雨は、山はよく水を含んでくれない。例えば東京に頻繁にゲリラ豪雨が降っている情報が飛び交っても、実際は水不足に陥っているのがその為だ。

鍋倉山の杉の木を伐採して、広葉樹を植えようとしているらしい。保水力の無い杉の木は、土砂崩れの可能性も高い為である。大正時代の遠野の猿ヶ石川の写真を見ると、驚くほどの大河であった。江戸時代には対岸に行く為の渡し船があった程の水量があった。その猿ヶ石川の水量が減ったのも、やはり戦後に杉の植林が全体に増えた為だった。

早池峯山の麓の又一の滝など、昭和時代と比べれば、かなり水量が減っている。営林署の人に聞くと、やはり杉を多く植林した影響からだという。また東禅寺跡地の近くにある伝説の開慶水も今では辛うじて水がある程度だが、水流が無い為に汚い水溜りの様になっている。遠野に、水に関する伝説や、竜神の伝承があるのも、遠野盆地全体が広葉樹で覆われていた為だ。小学生の遠足地でもあった物見山は桂の木の生息地であり、かっては沼が三つはあったという。自分が小学生の頃は、一つの池だけは確認している。しかしエゾカラマツと杉が植林されてから、水は枯れ、まるで不毛の山となってしまった感がある。

遠野の伝説を築いて来たのは、四方の山々に生い茂る広葉樹であり、そして梅雨のような長雨があってこそだった。だからこそ盆地特有の「冬は底冷えがして、夏は蒸し暑い」という気候があったのだろう。大暑の夏とは、そして遠野の伝説とは、まさに大地の潤いがあってこそだった。
by dostoev | 2013-07-26 17:19 | 民俗学雑記 | Comments(0)

遠野不思議 第七百五十五話「源義経の愛宕神社」

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源頼朝が平泉を攻めた時の事である。藤原泰衡は義経を殺さず、偽首を送った。義経は逃れて、東磐井郡より江刺を経て遠野に来たが、隅々この地方の人々が火災に苦しんでいる様を見られて、愛宕の神は鎮火の守護神である事を教え、この愛宕の神を祀って火災防除を祈ったのが、この神社であると伝える。
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確認はしていないが、この愛宕神社の麓に流れる猿ヶ石川にかかる愛宕橋の下に、義経が乗っていた馬の蹄跡のある石が或るとされている。

ところで、岩手県の義経伝説の殆どが、昔からの聖地に上から義経伝説が被せられている。遠野に伝わるわらべ歌に、頼朝をネズミとして揶揄った歌が伝わっているのは、反鎌倉幕府、反源頼朝という意識が強かったのだろうと思われる。

例えば、関東では反朝廷の意識が高かった時代に、朝廷の恐れる祟り神である菅原道真を祀る天満宮を多く建立したのは、その意識の表れであったという。そういう意味では、蝦夷国を攻め込んだ源頼朝に対するレジスタンスの意識、反鎌倉幕府への意識が、岩手県の各所に源義経伝説を結びつけていったのかもしれない。
by dostoev | 2013-07-25 09:49 | 遠野の義経&弁慶伝説 | Comments(0)

旅と鉄道

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以前に泊った客からの紹介があったので「旅と鉄道」という雑誌から、宿の内容を紹介したいときた。その雑誌が出来上がり、送って来たのでブログ上でも掲載する事にした。何故なら、紙面だと小さいからよく見えないのよ(^^;
by dostoev | 2013-07-24 19:32 | 民宿御伽屋情報 | Comments(0)