遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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雨のち晴れ、時々桜

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遠野駅前の桜が、ほころび始めてきた。見ると、一輪、二輪…と咲き始めている。
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今、桜の花が咲く手前の蕾が殆どになっている。
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それでも僅かに咲いているのもある。
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もうすぐ遠野も、本格的な桜シーズン到来の様だ。
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by dostoev | 2013-04-30 15:47 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

青面金剛トイウモノ

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ウィキペディアによれば「インド由来の仏教尊像ではなく、中国の道教思想に由来し、日本の民間信仰である庚申信仰の中で独自に発展した尊像である。庚申講の本尊として知られ、三尸を押さえる神とされる。」

つまり、日本で誕生した新たな神仏の形なのだろう。ところで「日本石仏辞典」によれば、下記の様に青面金剛を記している。

一身四手、左辺の上手は三脵叉を把る。下手は棒を把る。右辺の上手は掌に一輪を把し、下手は羂索を把る。其の身は青色、面に大いに口を張り、狗牙は上出し、眼は赤きこと血の如く、面に三眼あり、頂に髑髏を戴き、頭髪は竪に聳え、火焔の色の如し。頂に大蛇を纏い、両膊に各、倒に懸ける一龍有り。 竜頭は相向う。其の像、腰に二大赤蛇を纏う。両脚腕上に亦大赤蛇を纏い、把る所の棒状も亦大蛇を纏う。虎皮を胯に縵す。髑髏の瓔珞、像の両脚下に各、一鬼を安ず。 其の像の左右両辺に各、当に一青衣の童子作るべし。髪髻両角、手に香炉を執り、其の像の右辺に、二薬叉を作る。一は赤、一は黄、刀を執り索を執る。其の像の左辺に二薬叉を作る。一は白、一は黒。銷を執り、叉を執る。形像並びに皆甚だ怖畏すべし。

画像の青面金剛像を見ても、解説の通り賑やかではある。ただ気になるのは、解説の中に登場する竜蛇の数である。全部で8匹は、八岐大蛇をイメージさせる。いや星の信仰でもあるので、どちらかといえば羅睺に近いのだろう。
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羅睺はインドではラーフと呼ばれ、九曜の一つとされている。ところで九曜といえば、遠野には九曜紋を有する神社仏閣が多い。九曜とは太陽と月、そして七つの星から構成されている。つまり大まかに分けてしまえば「太陽・月・星」の三光という事。
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この青面金剛像を見ると、左右の上に三日月と太陽が刻まれているのがわかる。つまり、星を中心として太陽と月を脇に置いている形で、これを仏像として表せば、左右に月光菩薩と日光菩薩が置かれている様なもの。ただ九曜は、土曜(聖観音)、水曜(弥勒)、木曜(薬師)、火曜(虚空蔵)、金曜(阿弥陀)、月曜(勢至)、日曜(千手観音)、計都(釈迦)、羅睺(不動明王)の9つの星を「九曜曼荼羅」として信仰されており、一つの星を中心に取り囲む図は満月を意味するとも云われている。恐らく人の考えによって、様々な捉え方が成されたのかもしれない。
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九曜紋の他に八曜紋、七曜紋などがあるのだが、先に記した八匹の蛇に呼応するような八曜紋は、一つの星を中心に七つの星が取り囲んでいる形になっている。これは恐らく羅睺を中心に北斗七星が取り囲んでいる形であろう。

牛頭天王を調べ「祇園縁起」を読んで登場する八王子…いや正確には7王子と1姫なのだが、この話はまるで北斗七星と補星のアルコルの話のようでもあるが違うのは、その一つの姫が余りにも異質であるという事。八王子の一つの姫は、七つの北斗七星とは別の存在の様な星で、それが別名を蛇毒気神と云う女神であり、牛頭天王を凌駕する程の恐ろしい霊格として、人々に畏怖されていたようだ。

牛頭天王は素戔嗚尊と習合されているが、その素戔嗚尊は八岐大蛇を、どうにか退治し、その尾から十拳剣を手にする。北斗七星は妙見神の剣ともされるのだが、その剣に加わるのが蛇毒気神という女神だと思って良い。天照大神と素戔嗚尊の誓約においても十拳剣から宗像三女神が誕生したように、剣に女神の結び付きは深いのかもしれない。画像の様に、女神を祀る早池峯の上空に北斗七星がいつも輝いているのは、これら一連の流れに乗るものではなかろうか?つまり、女神を中心とした北斗七星信仰に繋がる予感がする。
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頭の蛇で思い出すのは、西洋におけるゴルゴン三姉妹だ。ゴルゴン三姉のメドゥーサを倒したペルセウスは、アテナの楯、ヘルメスの翼のあるサンダル、ハデスの隠れ兜などを身に付けた。そして居場所を聞くためにゴルゴンの妹であるグライアイ三姉妹の元に行った。彼女たちは生まれつき醜い老女で、三人でたった一つの眼と一本の歯しか持っていなかった。彼女たちが居場所を教えてくれないために、この眼と歯を奪って脅すことで無理やり聞き出した。そして死者の国の洞窟の中でゴルゴン姉妹を発見し、顔を見ないようにしながら剣でメドゥーサの首を取ることに成功した話は、余りにも有名。しかし本来メドゥーサは単独の女神であったらしく、それをほのめかすのが一つの眼と一つの歯を共有したグライアイ三姉妹なのではないだろうか?

竜蛇神は、何故か女神となる場合が多く、それだけではなくギリシア神話や北欧神話と似た様なモチーフも何故か、日本に伝わっている。その為、日本神話に登場する神々も、ギリシア神話や北欧神話の影響を受けているのではなかろうか。
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「青面金剛」は中世に確立されたようだ。古代においての青は黒と同じであったが、この中世の頃には「青」というものは「水」を意味する色として認識された為、恐らく「青面金剛」の「青面」は水を意味するのだろう。「金剛」は、北斗七星を意味する事から、水と北斗七星を結びつける存在が、この「青面金剛」の本来の意味だろうと考えるのだ。そして当然、それは水神でもある妙見信仰に繋がる。
by dostoev | 2013-04-26 20:50 | 「トイウモノ」考 | Comments(4)

遠野不思議 第七百十九話「倒れる石碑」

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某さんの、毎朝の散歩コースにポツンと「南無阿弥陀仏」と刻まれた石碑が立っているそうな。それがたまに倒れているので、某さんは倒れている石碑を元通りにしてあげるそうである。しかしそれから毎朝倒れているので、何故倒れるのかよく解らなかったという。その後、あまり倒れているのも見なくになったというが、それでもたまに倒れている事があるらしい。
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その石碑を確認すると、確かに「南無阿弥陀仏」と刻まれている。そして軽く触れてみて、強い力を加えれば倒れそうだが、雨風程度で倒れる感じではない。台風などの暴風雨なは話は別だが。とにかく自分が確認した時には倒れていないが、たまに倒れている事があるらしいので、見つけた方は元通りにしてあげてくだされ。
by dostoev | 2013-04-25 14:41 | 遠野不思議(石碑) | Comments(0)

「青ノ木」の意味

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昨日の黄昏時、空はまだ青みを残している中、雲をまとった朧月は、青く見えた。しかし日本の古代では、青とは黒と同じだった。漢字の「青」は井戸に通じ水を意味する事から、いつからか青色という認識が成された。しかし、夜から朝にかけて、もしくは夕暮れから夜にかけての色のグラデーションは青から黒。もしくは黒から青となる。
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空の色を反映される水もまた、光の加減で青と黒との交わりを見せる。また青毛と呼ばれる馬がいるが、実際は真っ黒の馬の事を青毛と言うのは古代の青の概念の名残を残している。
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ところで笛吹峠を越してすぐのところに「青ノ木」という土地がある。大槌の伝承に、ある家を毎晩鬼が家の中を荒らす為、ある晩待ち伏せをして鬼を叩き出した。その時鬼を叩いた槌を川に捨てたところ、小さな鉄の鎚は小鎚川に沈み、大きな木槌は流れて大槌川河口で打ち上げられた事から大槌、小鎚の地名が生まれたと云う。叩き出された鬼は、笛吹峠の下で仰向けになって倒れているのが発見され、以来そこを青ノ木と呼ぶようになったという事だが、どうも後で取って付けたような話である。

陰陽五行において、青は太陽の昇る東を示し春の方角でもある。また青は木気でもあるので、そのまま青ノ木は東で春を意味するものか?とも考えたのだが、峠の狭間の青ノ木は太陽の昇るのも遅く、全体的に日当たりが悪い。とても陰陽五行の春の気にそぐわない土地の様な気がする。
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笛吹峠は魔物が出るなどの恐ろしい峠として、延々と名を馳せていた。しかしあからさまに"鬼"が出るなどの話は、この青ノ木の伝承以外に聞いた事が無い。ただ唯一考えられるのは、鉱山だ。鉱山というものは地面に穴を掘り、山に穴を開ける行為だ。黄泉の国は「古事記」で読む通り、洞窟と繋がっている。井戸やトイレに幽霊の話が多いのは、地面の穴が霊界や黄泉の国へと繋がっている俗信からきている。

青の洞窟というのは沖縄が有名だが、岩手県にも青の洞窟がある。宮古の浄土ヶ浜には八戸に繋がれるとされる八戸穴の伝説がある。どちらも美しいマリンブルーを謳っての青の洞窟だが、本来は地獄穴として伝えられている。そしてその、八戸に繋がるという地獄穴は、複数存在するという。つまり本来、そういう穴という者は地獄であり黄泉の国であり、恐ろしいこの世のものでは無い場所に繋がっていると認識されているのだ。
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丹内山神社の「胎内巡り」として有名なアラハバキの岩も、恐らく甲賀三郎伝説が基礎となっているのではなかろうか。そういう意味から、洞窟などの穴は異界に通じる場所であり、それがいくつも開いていたのが青ノ木であった。とにかく青は黒と同じであり、黒は闇を意味する。闇は魔の世界である人間の住む場所では無い。だから笛吹峠には恐ろしい話が多いのだと思う。また先の伝承で、逃げた鬼が仰向けになって死んだ地が青ノ木という事だが、それは鬼が逃げ帰る場所が青ノ木であったからと考える。
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それでは「青ノ木」の「木」は何かといえば、それはそのまま「木」であろう。白望山の背後にある金糞平もそうだが、そのタタラ跡には大きな桜の木が植えられている。何故か全国の鉱山跡には桜の木が植えられている。琵琶湖の桜谷は黄泉の国と繋がっているという伝承もある事から、桜と黄泉の国が何故か繋がりを持っているようだ。「桜の木の下には死体が埋まっている」という俗信が広がっているように、また猿ヶ石川に水没者を供養する為に桜を植えた事実があるように、桜と黄泉の国の繋がりは歴史的に深い。
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実は、この青ノ木の山神神社跡地にも立派な桜が植えてあった。となれば青ノ木の「木」とは、黄泉の国への道標では無かったのか?つまり「青ノ木」とは「黄泉の口の入り口」を意味する言葉であったのではなかろうか。
by dostoev | 2013-04-24 19:21 | 遠野・語源考 | Comments(8)

動植物・昆虫・魚ウオッチング

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オオイヌフグリの群生を見つけた。
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さっそく、這いつくばって撮影を始めた。
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フト、視線を感じた…。
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そいつらは、目の前でイチャイチャし始めたのだった。
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立ち上がって撮影すると、仲の良さそうなカモシカ夫婦であった。
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変な虫を見つけた。こいつは、アブ?ハエ?名前がわからん。。。
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名前も知らないピンクの花があった。
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アップで撮影。
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ヤマメが気持ち良さそうに泳いでいるのを発見。
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キベリタテハがいた。
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移動して、上から撮影。・・・羽を広げてくれ!
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立ち上がると、羽を広げてくれたので、すかさず撮影。
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とにかく、目についた者を撮影してみた。とにかく、動植物から昆虫、魚と、いろいろと動き出してきて、楽しいシーズンが始まったようだ。
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by dostoev | 2013-04-23 19:15 | 遠野体験記 | Comments(0)

遠野不思議 第七百十八話「三叉の石割桜」

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石割桜といえば盛岡が有名だが、最近知ったばかりの三叉の石割桜は、咲くのは楽しみでもある。
by dostoev | 2013-04-23 17:47 | 遠野不思議(桜) | Comments(0)

遠野不思議 第七百十七話「赤い川」

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某山で車を乗り捨てて歩いていると、妙に赤く染まった川が見えた。
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道路の上からだと本当に赤く見える。そこで下って、近くで見ると、枯葉が堆積している。その枯葉のせいで赤く見えるのだが、遠くからはそれに気付かず、ただ赤くだけ見える川だ。
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by dostoev | 2013-04-23 17:26 | 遠野不思議(自然) | Comments(0)

もうすぐ「さくらまつり」

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遠野の鍋倉公園では、桜祭りの準備が進んでいるよう。知らない間に鍋倉山の斜面に、電飾が飾られていた。今年は例年より開花が早いという予想の桜だったが、ここにきて雪が降るなど寒さで停滞。結局、例年通りになりそうだ。
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展望台は、いつも通りの灯りを放っている。
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ただ展望台内部に灯りがついている。確かこの時間帯は、誰も入れなかったのじゃなかったか?人が入ると、自動的に灯りがつくようになっていた筈だが…。
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夜空は雲が多いも、どうにか久々の月を見た。
by dostoev | 2013-04-22 20:03 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その16 最終話)」

ふと眠りから覚めたわたしは、時計を見やった。なんと!昼であった。下手すれば、列車に間に合わない。既に10時の列車には遅れてしまっている。12時過ぎの列車の後は、何時か知らないのだ。不安に苛まれたわたしは、駆け足で駅に向かったのだ…。

                   
 息は切れたが、どうにか列車の時刻に間に合ったわたしであった。走った為か、また腹が減ってしまった。だが、食事をしてる時間はない。後5分程で、列車は到着するからだ。その為、駅の売店で飲み物やパン類を急いでたくさん買った。やはり食わせねば成せぬ、成すには食らえである。いざ、パンケ沼なのだ!

                    
 『下沼駅』は、無人駅であった。さらに見渡せば民家など、遥か彼方であった。しかし、なにも無いというのは、この上なく気分が良いものである。駅に面している道路の側に、全景を見渡せる展望台あった。取り敢えずわたしは、その展望台に登り、その全貌を把握することにした。

「絶景かな絶景かな。春のながめは価千金とは小さい小さい…ハテ、うららかな眺めだなあァ…。」

 と、五右衛門の声が聞えてきそうな、眺めであった。ここでわたしは、記念写真をパシャ、パシャ。

「う~ん…。」

 もう一度景色を眺め、その景色をパシャ。

『あそこに見えるのがパンケ沼。あの向こうに輝いているのがペンケ沼か…。』

 わたしは暫くこの展望台でゆっくりした後、今晩お世話になるパンケ沼へと向かった。そのパンケ沼こそが、北海道での『わたしの怪奇体験談』になるとは、つゆ知らずに…。礼文島から今までの体験も、怪奇体験とは言えないでもないが、今度のパンケ沼での出来事こそが、正真正銘の『わたしの怪奇体験談』となったのであった。


最終章「パンケ沼、恐怖の夜」  

                 
 パンケ沼は、駅から歩いて30分の所にあった。

『確かに水溜まりだ…。えぇと…これか?…。』

 〃白樺造りのきれいな小屋〃らしきものは、あるにはあった。ただ、白樺造りではなく、トタン造りの小屋に、白樺の木を立て掛けているだけなのだ。

「…。」

 わたしは声がでなかった。あまりの酷さに…。小屋全体を覆っているトタンが、いくつも捲れあがり、風が吹くと〃バタンッ!バタンッ!〃と大きな音をたてるのであった。わたしはこの小屋の中に入ってみた。中には、古びた長椅子があった。入って、左の窓の側にある長椅子を、今晩のベッド代わりにしようと、そこまで行ったのだったが…。

「臭いな…。」

 なんだか、非常に臭いのだ。この臭さの元を、わたしは探した。見ると、長椅子の足元に、茶色くくすんだ新聞紙が広げてあった。

『…。』

 わたしは緊張の面持ちで、その新聞紙を取り除いた。

「ウワッ!…。」

 なんと、表面がまだ濡れて、悪臭を放っているクソがそこにはあった。多分、今朝か、昨日の晩に生み落とされたものであろう。こんなものの側で、わたしは寝るわけにもいかずに結局、長椅子そのものを、反対側に移動させることにした。荷物を置き、さっそくこの近辺の探索と、写真撮影を始めたわたしであった。

 パンケ沼は、沼そのものであった。遠くから見ると、太陽の光に照らし出され、キラキラと輝いて、きれいなものに感じていたのだが、間近で見ると、水底は泥が積もっており、あぶくがブクブクと噴き出していた。よく見ると〃しじみ〃があった。つまり水質は汚いのであろう。匂いもドブ臭いし…。

 この沼の周辺は、やはり何もない。遠くに牛の姿が見える為、殆ど牧場地帯なのであろう。これでは探索も何もあったものではない。やはりメインは、このパンケ沼なのだ。陽が傾き始め、汚いパンケ沼の水面も輝きだし、どうにか良く見える様になった。この沼の周辺は、本当に何もないのだが、木でできた十字架らしきものと、鉄筋造りの公衆便所だけは、何故かあった。ただ、この公衆便所はあまりに〃汚く〃とても入れる代物ではなかったのだ。それ故、小屋の中のクソも理解出来るというもの、である…。

 ここでは結局、36枚撮りのフィルムを二本使ってしまった。周りの景色はそんなにフィルムを使う程、良くはなかったのだが、この時の太陽の雰囲気を、わたしが気に入った為である。ここでわたしは、大事な事に気づいた。それは、今晩のメシはどうするか、である。

『そうか、すっかり忘れていた…。腹減った…。』

 『豊富駅』の売店で買ったパンが、二つあったが、こんな物でわたしが満足できる筈もない。しかし、近くには売店らしきものもない。列車に乗り、違う場所に行けば、どうにかなるであろうが、今更そんなのは面倒臭い。

『仕方ない、我慢するか…。』

 断腸の思いでわたしは、今晩のメシを諦めたのであった…。薄暗くなると共に、風が出てきた。〃ヒュ~ッ、ビュ~ッ…バタン!バタン!〃と風がトタンを騒がせている。それと共に、少々肌寒くなってもきている…わたしは、小屋の中に避難した。

 〃ヒュ~ッ、バタンッ!ビュ~ッ、バタンッ!〃風がさらに強くなっている。外は益々暗味を帯びてきている。この風とトタンの他には、なにも音がしない。いや!沼がこの風の為に波立てている様だ。〃バシャ~ン…バシャ~ン…〃静かに、不気味に波音が聞こえてくる。

『う~ん…。』

 わたしは何か、嫌な予感がした。思惑がすべて外れ、悪い方、悪い方へと向かっているからだ。こんな時は、良いことがある筈はない。悪い時には、悪い事が重なるものだから。 風とトタンと波。これらの音は、どんな場所にいても気味悪いものである。ましてや暗くなっているし…。周りには誰もいない。叫んだとしても、誰に聞こえよう。まるで、離れ小島にわたしだけが、居る様だった。

 わたしは外を覗いてみた。既に真暗になっている。外灯などある筈もないので、完全な真暗闇になってしまった。ただ、小屋の中で輝いている、わたしの持ってきたロウソクと懐中電灯だけが、わたしの周囲を照らしているだけであった。わたしは、気を紛らす為にどうするか考えた。

『こんな所で本を読むなんて…。それより歌か…。いや…。』

 わたしは外へ出てみることにした。小屋の中でビクビクしてるよりも、いっそ外で跳ね回った方が時間の経つのも早いものであるから…。

 外は完全無欠の真暗闇であった。足下さえ見えないのである。まあ、手元に懐中電灯もあるし、カメラのストロボもある。これでどうにかこうにか、歩くことは出来るのだ。風が、わたしの髪をわやくちゃにさせる。たまに目を閉じ、顔をしかめながら歩かねばならぬ程の突風が吹き捲っていたのだ。当然のことながら沼は〃バシャ~ッ!…バシャ~ッ!〃と荒れ狂っていた。これもまた、最高の夜である。この様な状況に置かれるとわたしは、やはり幽霊等のことを考えてしまうのだ。

『沼といえば…昔『呪いの沼』というのを観たな…。白黒で結構怖かった…。そうか、あれは化け猫の話だったな…。』

 猫というと、現在わたしは二匹の猫を飼っている。名前は〃あたる〃と〃ジャリテン〃である。あたるは自宅で、当然ジャリテンはトラ毛なのだ。これが現在の、わたしの息子となっている。しかしここには、猫も何もいない。ただ水底に〃しじみ〃が生息しているだけである。わたしは沼に近づいてみた。すると…わたしは驚いてしまった。なんと「グワギャーッ!グワギャーッ!」と、水鳥が飛び立ったのである。

 怪奇映画の手法にこういうものがある。〃シーン…〃と音を絞りながら、突然〃ガガ~ンッ!〃と大音響を出し、客を驚かせるものだが、これがまったく〃それ〃であった。わたしは以前何度もそれにやられたことがある。その時のわたしは、悔しくて悔しくて、たまらなかったのだ。その時、その場面で驚いたのは、自分だけに感じたからである。その為わたしは、その映画のそのシーンが再び来るのを、じっと堪えて待っていた。当時、駅前の東映に於ける、三本立ての映画であったから、その三本(約5時間)を繰り返し観たことになる。何故その時そこまで、わたしが頑張ったのかというと、他の観客がその映画のそのシーンで驚くのを観たかったから。つまり暇だったのだ、わたしは…。

 この水鳥の衝撃が、益々わたしを恐怖のどん底へといざなうのであった。しかしもしかして、心霊写真が撮れるかもしれないとわたしは、沼に向かって何度もシャッターを切ってみた。やはりわたしの中には、恐怖と好奇心が同居している様である。怖がりながらも進むのが、どうやらわたしの習性みたいであるから…。
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 夏であるのに寒い。風が冷たい。わたしは寒さに耐えきれなくなり、小屋に戻った。体が冷えきってしまい、わたしは寝袋を取り出し、その中にくるまった。

「さむ…。」

 時期外れではあるが、わたしは焚き火を炊くことにした。薪になるのは、この小屋の中にたくさんある。わたしは片っ端から、それらを集めた。壁の板も外してみた。よく見るとその板に、なにやら文字が書いてあった。【今年もまた一人でここに来てしまった。】女性であった。横に名前が書いてある。もう、忘れてしまったが…。

「ふ~ん…。」

 どうやら常連の者が、結構泊まりに来ているみたいであった。見渡せばそこらの壁中、文字でびっしりであったから。しかし、女性も一人で泊まりに来ているのには、ビックリした。なんといっても、こんな小屋なのだから。書き忘れたが、この小屋に窓はあるにはあるのだが、ガラスはすべて割れており、とても窓の役目など果たしてはいなかった。だが、こんな小屋でも来るそうな。それも女性が、である。せめてこの日に来て欲しかったのだが、これもわたしにかかる運命なのであろう。結局わたしには、女は無縁なのだ。

 火がつくと、さすがに暖かくなった。だが、じっと火を見つめていると、だんだんと寂しくなるのは何故であろうか?体は暖まるのだが、心が寒くなってしまう、この火であった。この時の、わたしの心は鬱であった。これならば、幽霊でも出てくれた方が、よっぽど嬉しいものである。

『誰か来ないかな…。』

 切実にわたしはこれを願った。いつも大勢でいると楽しいのだが、逆に疲れ、独りが恋しくなってしまう。しかしあまりに独りが続くと、人を求めるものである。誰でもいいのだ。目の前に話し相手がいて欲しい。これが孤独の願いである。人間とは、贅沢なものであるのだ。
 風が炎を揺らしている。耳に入ってくる情報は、炎で木が弾ける音と、風とトタンと波と…。波と…波?

「んっ?」

 なにかおかしいのだ。波の音が…。

「あれっ?なんだ…。」

 〃バシャ~ンッ!…ザバ~ンッ!…ザザ~ンッ!〃という音の他に〃バシャ…バシャ…バシャ…〃といった音。誰かが沼から這い上がってくる様な音が聞こえるのだ。

「えっ…嘘だよな…。」

 わたしは念入りに耳を澄まし、その音を確認してみることにした。

 「〃バシャ…バシャ…バシャ…。バシャ…。…バシャ…バシャ…バシャ…バシャ……〃。」

 やはり風で揺れる、波の音とは違うのだ。わたしは一旦出た寝袋に、もう一度もぐり込んだ。布団とか寝袋にくるまると、何故か安心出来るからだ。まあ、バリアーみたいなものである。音がだんだん近づいて来るのがわかった。これではわたしも、真剣にならねばならない。グッと身を堪え、その音を待ち受けたわたしであった。すると…〃チリ~ン…〃と鳴った様な気がした。

「えっ!…。」

 わたしは一瞬ビクッとした。まさか…だからだ。誰かが沼から這い上がってくる様な音は、いつの間には消えていた。ただ、風…。

「空耳か…。」

 暫く寝袋の中にいたのだが、何も無くなった様なので、再び出た。焚き火に手をかざし、わたしは考えた。

『ここは北海道で、遠野じゃない…。まさかこんな所で、風鈴なんか…。まさかな…。い
や、終わったわけじゃないし…。もしかして…。』


 わたしは不審な音がないかどうか、耳を澄まし探した。じっと、外の音に耳を傾けていたわたしは、再び風鈴の音を発見した…様な気がした。

「〃チリ~ン…。チリ~ン…。チリ~ン…。〃」

『んっ!…。』


 遠野で既に、この音には馴れてしまったわたしであったが、こんな所まで付いて来られると、さすがに良い気はしないものである。やはりどうも〃怖さ〃は、避けられない様である。わたしはもう一度、寝袋の中に入り込んだ。

『もう寝よ…。寝なきゃ…。明日、帰ろ…。何でこんなとこに来たんだ…。腹減った…。
腹減って寝れないな…。でも早く寝なきゃ…。早く朝、来ないかな…。腹減った…。』

 わたしはとにかく、早く寝ることだけを考えた。寝てしまえば時間が経つのなど、あっという間だからだ。遠野であったならば、勝手知った場所の為、ドアを開け、確認していたのであろうが、異郷の地である北海道では、それは出来なかった。叫んでも、誰も出てくれない。すぐ側には、誰もいないのだ。だが、腹が減って寝ることが出来ない。黙って目を閉じていれば、〃音〃が響き渡り、わたしにとって悪循環となっている。

 焚き火の炎が弱くなってきていた。寝るのだから、消えてもいいのだが、消えると何故か寂しいものなのだ。わたしは仕方がなく、寝袋から這い出し、焚木をくべた。

「んっ?…」

 わたしはここで、新たな音を発見した。〃キ、キキキィー。〃という金属がきしむ音である。それが二重にダブッて聞こえてくる。

『なんだ…。なんだ…。』

 すると足音が、響いてきた。こっちに向かって来る様である。わたしは自然と、隅に寄っていた。〃ザッ…ザッ…ザッ…〃と、音が向かって来る。

「…。」

 緊張が走り、壱岐を飲む自分であった。すると〃パターンッ!〃と風の為か…ドアが開け放たれた。

「うわっ!」

 わたしはこの時、おもいっきり驚いてしまった。すると、その後に…。

「こんばんわ~っ。」

 少々気が抜ける声が聞こえた。見ると人がドアの前に立っている。

「すみません。今晩ここで泊まってもいいですか?」

 一瞬わたしは、なんだか分からなかったが…。

「あ、ああっ!はい。どうぞ、どうぞ!」

 恋焦れていた…待ちに待った…人がやっと、わたしの前に現れたのだ。

「驚きました?今、僕たちが来た時、大声を出した様でしたけど…。」

「ああ、いや、アハハ…。」


 わたしはこの時、遠野での出来事も含め、全部話して聞かせたのだった…。

 ここに来たのは二人で、どちらも自転車野郎であった。初めはお互いに、敬語で話していたのだが、会話が進むに従い、ざっくばらんになってきた。この二人は元々一緒に来たのではなく、北海道の洞爺湖にあるユースで意気投合し、この道北まで一緒に来たのだそうだ。旅は道連れ、世は情けである。わたしはついでに、この〃旅は道連れ、世は情け〃に便乗することにした。

「すまないけど…。なにか食べるのある?…。」

「えっ?」

「いや、実は…。」


 と、何も食べることが出来なかった理論を、この時やっと説明し、やっと、やっと、やっと、待ちに待った〃メシ〃にありつくことが出来たわたしであった。缶詰ばかりであったが、空腹が最高潮に達していた為、おいしく食べることができた。さらに、コーヒーも持参していた為、食後のコーヒーも戴けた。

 わたしは人が二人も増えた為、急に勇気が沸き上がり、この二人を連れ、外へと飛び出したのである。

「やはり心霊写真を撮るには、沼をバックにした方がいいよ。」

 わたしは三脚にカメラを設置し、記念写真を撮ることにした。

「ここでいいか。」

「ああ、そこそこ、そこでいいよ。」

 「次は、あっちで撮ろう」


 とばかり、何故かこの夜のパンケ沼で、写真を撮ったわたしたちである。そしてそれから小屋に戻り、あれこれと会話が進み、いつの間にか自然に眠りに入ったわたしたちであった…。
 これが、この旅行での、始めての人とのふれあいの様に感じた。見知らぬ者同士でも、結構仲良くやれるものだと、この時初めて思ったものである。独りから解放されたおかげで、恐怖などすっかり無くなってしまった。独りでは想像力がたくましくなり過ぎて、いらぬことばかり考えてしまうものである。やはり、誰でもいい。わたしの側に一人でいい。誰か話し相手が欲しいものだ…。
                   
 翌朝、わたしは自転車野郎と別れ、わたし自身もこのパンケ沼、この下沼、この道北に別れを告げた。そしてこれから懐かしの遠野へと、向かうこととなるのだ。いろいろあったが、この旅行は楽しかった。本当に、心と体に残る、楽しい旅行であった。もう一度、来てもいいが、まだまだ行きたい場所はたくさんある。ありすぎて困っているくらいだ。ここが終わったら、次はあそこ。これがわたしの生き方の様である。どうも土着民族には成れそうもない。やはりわたしは、遊牧民族が合っているのだろう。わたしの旅は、まだまだ続くのだ!


                                     
 旅先のフィルムの現像が出来てきた。わたしはいつも、スライドフィルムを使用している。須藤写真館のおにいちゃんから、安く映写機を買ってから、スライドフィルムの愛好者となったのだ。観る時は、部屋を真暗にして観る為、なにか映画を観る様でスライドが好きになったしまったのである。
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 〃ガシャ~ンッ…ガシャ~ンッ〃と、暗闇の中、旅行での映像が流れる。礼文島での…。『豊富』での…。そしてパンケ沼での…。すべて懐かしいものである。『パンケ沼か…。ここは、怖かったな…。ああ、この小屋か…。クソもあったし、汚かったな………あれ?…えっ!…。』

 この時の映写機は、昼間に「今晩ここでお世話になるよ。」と、この小屋に敬意を表すため撮った、小屋だけの写真なのだ。見るとガラスがまったく無い窓に…窓に…。この時、わたしの背筋はゾッとした。なんと…窓の左上に、女性の姿が写っているではないか!
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「でぇ~っ!!!…。」
by dostoev | 2013-04-21 19:05 | わたしの怪奇体験談 | Comments(2)

巖の女神

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三重県一宮である鈴鹿の椿大神社に合祀されている、石神社がある。その由緒が年代によって微妙に違うのだが、初めに読んだのは「石神社由来記」だった。

伊勢国鈴鹿ノ郡、小岐須村といふ所、酉ノ方御幣川とふあり。此水源ハ則、御幣野也。南ノ渓川を祓川といふ。両川落合て、一流となる。是より下流をおし並べて、御幣川といへり。南ノ岸ノ小高き所を里俗に、奈津か掌といふ。此西に峙ち突丌たる万仭ノ霊巖あり。高サ百間餘、幅二十間、是なん、石神社也。古昔、人皇三十一代敏達天皇、当郡石神社へ行幸有し時、両皇大神、天降らせ玉ふ霊場也。此時、白髪老翁現レ玉ひ。此潤流爾自ラ釣を垂れ、若年魚を漁、皇大神ヘ御贄を調進し奉れり。又、敏達天皇、此地にて遥拝し玉ふ時、くさくさの神器・古鏡・勾玉ノ類を埋ミ、祓塚とそいふ。実に千歳ノ星霜を経るへき霊地なり。近き頃、天保年間まて、椎の老樹生ひ繁しか、里民誤て、これを伐り倒しけれバ、忽然、氈ひ叫んて斃たりけり。玆因で、諸人畏悸れて、木もその儘に捨置、朽果たりき。今にその伐株とて、腐残れり。

この「石神社由来記」を読んで気になった箇所があった。「両皇大神、天降らせ玉ふ霊場」とある。「両皇大神」とは?普通であれば、天照大神の事であるが「両」となれば、もしかして天照大神の「荒魂」の事を記しているのかと調べた。そこで見つけたのは、由来書の中で一番古い虫食いの「石神社略縁起并古書」というものがあった。そこには倭姫命が登場し、霊巖は太神宮荒魂を奉斎し「石太神」と唱えたとある。その後には天照大神も影向したとあり、その巖に流れる下の川を「祓川」と称している。そう、伊勢に祀られる天照荒魂とは瀬織津比咩を意味する。この石神社に、瀬織津比咩はいたのである。

また「椿太詣の記」には、日照りが続いた時は「石大神」に皆で詣で、笛を吹き歌を唄って石大神の御心を慰めれば雨は必ず降るとされている。石大神でありながら、龍神の様に雨乞いにも対応している。まさに瀬織津比咩そのものの霊験であった。

長野県倭村にある岩岡神社の御神体は磐であり、そこに祀られる神とは瀬織津比咩である。これは恐らく與止日女の磐と同じ事であろう。ただ、現在の祭神は石裂神となっている。実は、常陸国の星宮神社に祀られる神の半分近くは石裂神となっており、残りの半分近くは香香背男となっているのは、どこかに星神として祀られているのではないかと考えた。

実は小岐須村から進むのだが、この石神社が鎮座する地は湯津羽村に接している。この湯津羽村の村名の由来は「五百筒(イホツ)磐石」から転じて湯津羽村となったとある。「筒」は「星」を意味する言葉でもある。

そして「神社覈録(鈴鹿郡ノ部)」には、この石大神は、陸奥国石神山に引拠…つまり、根拠となっているというのだ。この陸奥国石神山とは、宮城県黒川郡大和町に鎮座する石神山精神社の事を云う。この石神山精神社は宮城の七つ森の一つである遂倉山(とがくらやま)の麓にあるのだが、伝承では遂倉山そのものが石神山精神社の奥宮であると云う。

以前「七つ森」伝承を調べた時、遠野市上郷町の日出神社に伝わる「七つ森の伝説」は、宮城から伝わったものであるという。七つ森は恐らく北斗七星信仰、恐らく妙見信仰と結び付く。そして陸奥国の遂倉山に対応する山は、日出神社の南西に位置する鋭森(とがもり)である。更に付け加えれば、この鋭森は、この日出神社一帯の早池峯山の遥拝所となっている。頂からは、確かに早池峰山がよく見える。瀬織津比咩を祀る石神社が陸奥国遂倉山の石神山精神社と繋がり、そして遠野の日出神社の伝説に、瀬織津比咩を祀る早池峰山と結び付いた。

以前、何度も書き記したが「日本書紀纂疏」の一説に、こうある。

然らば則ち石の星たるは何ぞや。曰く、春秋に曰く、星隕ちて石と
為ると「史記(天官書)」に曰く、星は金の散気なり、その本を人と
曰うと、孟康曰く、星は石なりと。金石相生ず。人と星と相応ず、
春秋説題辞に曰く、星の言たる精なり。陽の栄えなり。陽を日と為
す。日分かれて星となる。

故に其の字日生を星と為すなりと。諸説を案ずるに星の石たること
明らけし。また十握剣を以てカグツチを斬るは是れ金の散気なり。


「古事記」では、火之迦具土神が伊弉諾によって首を切られた後に誕生したのが石裂神である。これを「日本書紀纂疏」に照らし合わせると火之迦具土神から金の散気が出たという事は、金石である事は星に相応する。やはり星は巖であり、巖の女神は星の女神でもあるのだろう。その星だが、九州地方では妙見神は水神として祀られている。この石神社の瀬織津比咩もまた巖の女神としてだけでなく、穢祓の水神としての女神でもある。
by dostoev | 2013-04-20 20:15 | 瀬織津比咩雑記 | Comments(0)