遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
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冬の怪談(足跡の怪)

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雪が降ると、その雪の上にクッキリと足跡は残ってしまうもの。弘法大師の物語に、大根を食べさせようと人の畑から大根を盗んだ婆様の足跡がクッキリ残っているので、弘法大師は、その婆様を助けようと雪を降らせて足跡を消したという物語もあるのだが、雪は足跡を残し、そしてその足跡を消してしまうものでもある。

その雪の上の足跡の話であるが、最近起きた怖い話を聞いた…。
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画像は、金子富之作品

足跡が残るという事は大抵の場合、生きているものの証となる。しかし、ある寺には幽霊の足跡なる掛け軸が保管されている。果たして、幽霊は、足跡を残す事ができるのだろうか?幽霊では無いが「遠野物語」には、ザシキワラシの足跡の話が紹介されている。人間では無い、物の怪であろうと、やはり足跡は残るのであろうか?

岩手県岩泉の某所に、墓地の傍に電波塔がある。その電波塔のメンテナンスの為に、某業者の人物が、夜中の1時頃からメンテナンスを始めたという。その電波塔の建物の周囲には2メートルくらいの高さの柵が巡らせてあり、誰かが勝手に侵入すると警報装置が作動するようになっていたという。そんな中、電波塔内部でメンテナンスを始めていると、ある時間帯に外の柵の扉がガシャーン!と閉まる音がしたという。しかし扉はロックされている為に、作業員でなければ開ける事も閉める事も出来なくなっている為、何かの音と聞き間違ったのだろうと思い、その時は外を確認する事は無かったという。

それから暫く経った朝の五時頃であったというが、外に出てみると、何やら熱で溶けたような人型の足跡が、建物の前まで残っていたという。目の前には建物を囲んでいる柵があるのだが、その柵をすり抜ける様に足跡は下方から、建物に向けて残っていたそうな。そしてその足跡は、帰った形跡も無く、下方から進み、ただ建物の前で止まっているだけであったそうな。作業員は、その足跡の始まりを確認する為に柵の外へ出て、恐る恐るその足跡を辿って行ったそうである。少し歩くと下方には墓地があり、その謎の足跡は墓地から始まっていたそうである。

その作業員は冷静に、もう一度その足跡らしきを確認したが、形は人間の様でもあるが、熱で溶けたようになっているので人間の足跡とも断定はし辛いとは思ったが、人間以外に、このような形の足跡がある筈も無い。それでは何の足跡だ!?と思った時、背筋がゾクゾクしたそうである。

例えば雪の上を長靴など、靴で歩けば靴底の跡が残るものである。しかし、その足跡には靴底の凹凸は全く無かったという。しかし形は人間であると。これがヒマラヤであれば、雪男となるかもしれないが、場所は岩手県の岩泉である。可能性を考えれば、人間が足袋を履いて歩いたものに近いともいうが、果たしてそれが誰かの悪戯であったとしても、鍵がロックされている柵をすり抜け、また帰った形跡も残していないのは有り得ない話であると、作業員は顔を青ざめながら話してくれたのであった。
by dostoev | 2013-01-30 20:14 | 民宿御伽屋情報 | Comments(3)

「遠野物語拾遺134(続・白い犬)」

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土淵村の大樽という処に、昔は林吉という金持ちが栄えていたそうなが、
今はその家の跡も無い。この家には一疋の白い犬を飼っていたのを、何
か仔細があってその犬を殺し、皮を剥いで骸を野原に棄てさせた。

すると翌日家の者が起きて土間の地火炉に火を焚こうとして見ると、昨日
の犬が赤くなって来てあたたまっていた。驚いて再び殺して棄てたが、そ
の事があって間も無く、続けさまに馬が七頭も死んだり、大水が出て流さ
れたりして、家が衰えて終に滅びてしまった。

豪家の没落には何かしら前兆のあるもののように考えられる。

                      「遠野物語拾遺134」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

犬殺しの話を調べると、日本人の根源の話へと行き着いてしまう。日本人は狼(大神)を崇拝する民族であると。狩猟民族時代、日本人は狼から狩猟法を学び、集団で大型の獲物をしとめて来たのは、イギリス人やドイツ人に近いと云われる。イギリスやドイツでも狼を神として崇める文化があった事も、日本人の性質に近いものであるとされる。そして集団で狩った獲物を均等に分配するという、富の分配を行ってきたのも日本民族であるという。その名残は、未だに続けられるクジラ漁にも見る事が出来る。

ところが犬を神と崇め、また犬を狩猟の友とする日本人というものは、アジアでは稀有な存在である。アジアでの殆どは大型の動物を集団で捕獲するのではなく、一人でも捕獲できる中型以下の動物を捕獲していた為、富の分配も成されていなかったという。和を主張する日本民族と、個人の主張が強い、他のアジア…特に朝鮮人と中国人に、その自己主張の強さが多いのは、狩猟法と富の分配の違いから来て居るだろうという説がある。

縄文の遺跡からは、人間と一緒に犬も埋葬されているものが多く発掘されているという。古代から犬は、人間の狩りの友でもあった証であろう。ところで犬を崇め友とした民族に、イギリス人やドイツ人が含まれると書いたが、日本犬の種類で秋田犬と北海道犬のDNAは、他の日本犬とはまったく違い、北部ヨーロッパにしか存在しないDNAであるという。その秋田犬であれ北海道犬だけが日本列島に渡って来たという事は有り得なく、恐らくそれを連れてきた民族があったのだろう。つまり、その民族と犬と共に、日本列島に狩猟の文化も伝わった可能性はあるだろう。それが集団で大型の動物を狩るという方法なのかもしれない。それが秋田犬や北海道犬に見られるように日本でも北方の犬に、その特異なDNAが見られるという事は、北方の寒い地域の動物の方が大型であるという法則にも当てはまるのではなかろうか。確かに日本狼よりも蝦夷狼の方が大きかった。ツキノワグマよりヒグマの方が大きい。全てにおいて、北方の寒い地域の方が動物は大型であるのだ。当然の事ながら、その大型の動物を狩るとなれば、一人よりも集団で狩りをする方が有効であろう。それ故に、大型の動物が生息していなかった朝鮮半島や中国南部と狩猟方法が違うというのも納得はする。

中国の民話には、いくつか犬を殺す話が含まれるのだが、その中に「花咲爺」の昔話の原型となる「狗耕田」の話がある。しかし今で知られる「花咲爺」の焼き直しはどうも江戸時代であったようだ。「狗耕田」では兄弟の話になっているのだが、「花咲爺」では隣の悪い爺さんとの絡みの話となる。では隣の悪い爺さんとなったのは、何からであろうか?

アジア歴史資料「公文別録」「朝鮮始末」「朝鮮人が日本人をあつかうの6ヶ条の秘訣」というものがある。成立年代が日本の江戸時代中期(元禄時代)頃に当たるとされている。

曾テ韓人 我ヲ待ニ 六條ノ秘訣アリト聞ケリ 偶 住永友輔
左ノ文ヲ得テ出セリ 果シテ 其 聞所ノモノナラン

朝鮮人待日本人六條

一 遜辭  屈己接人辞氣温恭
一 哀乞  勢窮情迫望人見憐
一 怨言  失志慷慨激出怒膓
一 恐喝  将加威脅先試嚇動
一 閃弄  乗時幸會翻用機関
一 変幻  情態無常眩惑難測

  右元禄年


上記を訳すれば、下記のようになる。

一 謙遜する  自分を低くして接し言葉遣いも雰囲気もうやうやしくおだやかにする。
一 哀れみを乞う  困りきったような情をあらわし憐憫で見られるようにする。
一 怨みを言う  精神を失ったかのように憤ってはらわたから激しい怒りを出す。
一 恐喝  まさに威圧し脅しをかけておそれさせる。
一 閃くように弄する  あらゆる機会を用い時に乗じて翻弄する
一 変幻  同じ態度をせず眩惑し推し量ることを難しくする。


つまり、いかに日本人を騙すか…という事が上記の「朝鮮人が日本人をあつかうの6ヶ条の秘訣」という事になる。ところがそれが発覚し、隣国である朝鮮に対して怒りの声が起きたのも江戸時代からであるようだ。その朝鮮人を称して「無法の国、恥知らず、衣服容貌とも日本人にあらず、天下の笑うところなるを平然としている恥知らずである」と記されている。そう、いつしか隣人である朝鮮人に対する非難が相次いだのが江戸時代であり、その文化には日本人が相容れない犬を食べるという文化が潜んでいた。

西郷隆盛「征韓論」も、朝鮮を植民地にするという訳では無く、あくまで卑劣な朝鮮民族を懲らしめてやろうという事から発せられたものだった。その朝鮮人に対する怒りは、江戸時代まで遡るものであった。それ故に、江戸時代に焼き直しされた「狗耕田」の物語が、平気で犬を殺してしまう悪い隣人が朝鮮人を暗喩するものとして変換し、今でも伝わる「花咲爺」として伝えられたのだと考えてしまう。

とにかく、犬を殺す日本人とは、余程が無い限り有り得ない事と成る。「遠野物語拾遺134」で、何があったのかはわからないが、白い犬が殺された。中国人や朝鮮人が日本を卑下する場合「犬・狗」という言葉を使う。そして古来、犬を殺すとは日本人を殺す意味でもあった事を踏まえると、犬を殺して家運が衰退したというのは、犬を神として崇め奉る日本の神の祟りに遭った朝鮮人であった可能性も考えなければならないだろう…。
by dostoev | 2013-01-29 13:46 | 「遠野物語拾遺考」130話~ | Comments(0)

清滝姫伝説とは?

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前から違和感があった伝説は「清滝姫伝説」だ。容貌麗しい14,15歳の少女を官女の教育を施す為に3年の間、和歌などを習わせていたという。その時に、現在でいう岩手県"山田町"から来た左内という男と、官女候補の清滝姫が恋に落ちて、最後は早池峯の麓、猿ヶ石川の源流の滝へ行ってそこで死んでしまうという伝説だ。それは猿ヶ石川の語源説にも繋がるのだが、その猿ヶ石川の源流には、美しい一つの滝が存在する。それが画像の滝である。

しかしだ、和歌などを含め官女の教育を遠野でやっていたのには疑問が残る。そういう機関があるのならば、歴史上の書物に、何等かの記載がある筈が、まったくないのだ。また山田町から来た役夫である左内という男も疑問だ。役夫とは公役に使役される力仕事を人夫などを言うが、伊能嘉矩は恐らく和泉式部の時代であったろうとサラッと書いているが、和泉式部は10世紀の人間で、その頃に遠野に官女の教育機関がある事も、山田町で役夫が居た事すら歴史書には記録されていない。恐らく、まったくの創作かとも考えられる。

平成初期に学者の大川氏が南部藩が他藩からの古文書を利用して、南部藩の歴史に組み込んだとの指摘をしていた。また織田信長に白鷹を献上したのは、岩手県の遠野では無く、福島県の遠野であろうとも指摘していた。とすると「清滝姫伝説」も、確かに初めから創作するのではなく、どこかの伝説を持ち込み、遠野流に変換したと考える方が自然なのかもしれない。では、それが何処から持ち込まれたのか?という事になるだろう。
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そこで探して見つけたのは、現在の静岡県の伊豆周辺である。ところで早池峯の開山伝説に登場する始閣藤蔵とは、伊豆生れであるという。伊豆権現を守り本尊とし、蕨峠を越えて来内の地に入り、その来内で狩りをして暮らしたという。始閣藤蔵が生れた伊豆には伊豆山神社というのがある。その伊豆山神社の「伊豆山略縁起」には、こう記されている。


神功皇后三韓を征したまふ時、神威を船中に示し、将卒の形を現し給ひしかば、異国の兵これを見て、悉く恐怖すといふ。或は託宣したまふには"伊は夷なり、豆は頭なり"、故に、東方の人、わが神威を仰がば、一天下の頭首たるべし。

この「伊豆山略縁起」によれば、「伊豆(いず)」とは「夷頭(いず)」であり、調べれば蝦夷の国の始まりを意味するようでもある。始閣藤蔵は伊豆権現を守り本尊として持ってきたというが、その伊豆の神は神功皇后の神威が組み込まれ恐るべき存在でもあるようだ。これと似た様なものに、やはり岩手県の室根村に持ち込まれた蝦夷征伐に神威を発揮する神がいた。その名を瀬織津比咩といい、現在早池峯に祀られる神である。そして始閣藤蔵もまた、遠野の来内村に伊豆権現を運び込み、早池峯に願を掛けて伊豆神社を建立し、やはり早池峯に祀られる瀬織津比咩を祀っている。この偶然は、たまたまであろうか?
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その現在の静岡県の伊豆地方に瀬織津比咩を祀る神社がある。瀧の宮と称される瀧川神社は、古くから式内社(名神大社)であり、伊豆国一宮の三嶋大社の社人が瀧川神社の瀑布で身を清める風習が古くから続いているという。三嶋大社自体は、何度か移転して現在の地に鎮座しているのだが、移転しても尚、瀧川神社で身を清める風習は続いて来たというほど、三嶋大社にとっても重要であるのが、瀬織津比咩を祀る瀧川神社であるようだ。その瀧川神社の鎮座する地名を古くは"山田"と言った。正確には錦田村大字山田であるが、これが岩手県の山田町であるなら、古くは"山田村"と称する筈である。しかし「清滝姫伝説」では、山田から来た左内という男…とあり、山田を村とは記していない。つまり山田という地名は村では無く、単に山田という地であるのだろう。

また伊豆山神社の西北には古古井の杜があるが、清少納言の「枕草子」において「杜はこゝゐの杜。」と記されているように、古来から時鳥の棲む地域として有名であり、歌枕の地としても名高い。その為に沢山の歌が詠まれている。また気になるのは、この伊豆地方で古くから唄われる投節という小唄がある。投節とは本来"梛節"から来ているという。

こんどござらばもてきてたもれ、いづのお山のなぎの葉を。

この歌は伊豆地方で流行り、いつの間にか都会にも歌われるようになったようである。この小唄を知って思い出したのは「遠野物語拾遺98」において天狗が冬の六角牛山から梛の枝を万吉爺様に持っ来たくだりだ。六角牛山には梛の木は自生していない。本来、梛の木は温暖な地域に生えるもので、どう考えても遠野に梛の木がある筈も無いからだ。それでは「遠野物語拾遺98」の記載が間違っていたのか?と考えるのだが、この伊豆に伝わる梛節が遠野に伝わり、それを物語として語られたのであるのなら納得するのだ。つまり、伊豆地方の伝承やら習俗が遠野地方に古くから伝わって広まったと考えるのが、一番無難であろう。それを伝えた人間は、始閣藤蔵から始まったものであろう。

そしてまた、伊豆地方には"左内神社"というものがある。断定は出来ないが、この様に静岡県の伊豆地方には「清滝姫伝説」に関する細かなパーツが沢山点在している。官女の養成機関があり、歌などを覚えるとしても、遠野と伊豆では歌の歴史が違うのである。よって「清滝姫の伝説」は、伊豆地方から伝わったものが遠野流にアレンジされて定着したものだと考えるのだ。ただ何故に「清滝姫伝説」が作られ語られたのかを、もう一度考える必要があるが、それは次回にする事とする。
by dostoev | 2013-01-27 21:40 | 民俗学雑記 | Comments(0)

氷の洞

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毎年恒例の氷柱の洞。去年は寒すぎて、日中も気温が緩まない為に、氷柱も殆ど出来なかったが、その分今年は大豊作。ただ不思議なのは、いつも同じ場所の氷柱の形が殆ど同じ。自然に出来る氷柱ではあるが、その氷柱が構築される過程は、自然の設計に則っているのだろう。そして今日は、日差しが暖かく、まるで春の訪れを感じた。木に付着した雪も融けて、キラキラと輝いているのを見て、このまま春が来るのか?と思える程だった。しかし、そんなに甘くないのも知ってるが…。
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by dostoev | 2013-01-23 17:49 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

氷の世界(地底からニョキニョキ)

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去年の日中の最高気温が-5度の真冬日が続き、気温が緩む事が無かった為、この洞窟の氷柱も氷筍も、殆ど出来なかったが…今年は豊作の様だ(^^;
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by dostoev | 2013-01-21 21:51 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(4)

氷の世界

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今日も天気が良いので、仙人峠手前の砂防ダム湖へと行ってきた…筈が、カメラを忘れ、一度家に戻って再び。若干陽は傾いたが、どうにか日差しを受けて氷は輝いていた。
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by dostoev | 2013-01-21 18:08 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

「遠野物語拾遺87(御姫様の座敷ワラシ)」

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綾織村砂子沢の多左衛門どんの家には、元御姫様の座敷ワラシがいた。
それが居なくなったら家が貧乏になった。

                              「遠野物語拾遺87」

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性別不詳とされていた座敷ワラシだが、この「遠野物語拾遺87」で唯一「御姫様」であるとされる座敷ワラシが登場する。今も昔も出生率は女性の方が上回っていた。男の遺伝子とは女ほどには強くないとされ、出産後の生存率も女の方が断然高いのだが、今では昔と違い環境も栄養も整っている為、そうは簡単に男であっても死ななくはなったようである。

例えば「南総里見八犬伝」において犬塚信乃(シノ)という名は大抵の場合、女性に付けられるもの。しかし男と生まれた子供が長生きできるようにと、赤い着物を着せて、女の子の名前を付ける事によって、女性の呪力を身に付け丈夫になると信じられていた事もあったようだ。それ故に、座敷ワラシが女の子の格好をしていたとしても、それが果たして女の子か、男の子かわからぬ場合もある。しかし、この「遠野物語拾遺87」においては「御姫様」と断言しているのは、ある意味貴重な話ではある。

ただ気になるのは、何故に「御姫様」とわかるのか?という事だろう。恐らくそれは身なりであり、身に付けている衣服からそう判断したのではないかと思われる。田舎の遠野ゆえに、粗末な衣服を身にまとった子供が多い中、上等な衣服を身にまとってさえいれば、他の子との区別はすぐについた筈である。しかし砂子沢という集落で御姫様というのも、どこかピンとはこないものだ。そんなに身分の高い人が住んでいたとは聞いた事が無いからだ。ただ座敷ワラシが棲み付いたとされる家であるから、砂子沢の中では大きい家であったのだろう。遠野を含む岩手県から以北は、かなりの落人が逃げ延びた土地でもある。蘇我氏に敗れた物部氏は北へ逃げ、源義経も奥州藤原氏を頼って北へ逃げ延びてきた。また長慶天皇も北を頼って逃げ、幕末での土方歳三でさえ、北へ北へと逃げたものである。古来から朝廷側から見て北という土地は、最終的に逃げ延びる場所であるようだ。当然の事ながら、有名な氏族や武士だけでなく、それ以外の一族も逃げてきた事だろう。その中に、身分の高い御姫様もやはり居って、綾織村の砂子沢に一時期隠れた可能性もあるだろう。旅人などが或る村などにお世話になる場合の大抵は、村長などの家に厄介になるものである。もしかして、逃げ延びてその家で匿ったどこぞの姫様を「御姫様の座敷ワラシ」として言い伝えられた可能性も、またあるのかもしれない。
by dostoev | 2013-01-19 20:45 | 「遠野物語拾遺考」80話~ | Comments(3)

氷の表情

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砂防ダムの湖は、今にも日が沈む寸前。
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どうにか傾いた陽の光を受けていた。
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まるで龍の牙に見えた氷の造形。
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こういう変わった氷が出来るのも、ここの砂防ダム湖の特徴。
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風紋ではあるが、やはり冬ならではの凍てついた氷の表情。日の傾き加減で、その表情は変わる。
by dostoev | 2013-01-19 16:52 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

不思議の国の銀世界

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雪に、小動物の足跡が残っていて、そこをカメラのファインダーを通して見た世界は、どことなく「不思議の国のアリス」に出てきそうなファンタジックな銀世界に見えた。
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太陽の光を浴びてキラキラと輝く雪は、ファインダーを通すと光の珠がフワフワと浮かんでいるようにも、見えた。
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雪が降ると、いつも雪かきが面倒臭いと思うけれど、雪はこういう綺麗な表情も見せてくれるので、遊んでいる時の冬だけは嫌いじゃない(^^;
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by dostoev | 2013-01-17 19:22 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

雪の砂漠

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田園地帯に雪が積もり、まるで雪の砂漠に化したようだった。そこに朝日が昇る。すると今まで暗く静まり返っていた雪の砂漠がキラキラと輝き始める。
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by dostoev | 2013-01-15 10:42 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)