遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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遠野不思議 第六百七十八話「アライグマ」

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実は、この前の夜、タヌキらしき色合いと体型の動物を目撃した。ただし、尻尾がシマシマであった。こうして振り返って考えると2007年の7月の記事「早池峰神社 深夜のホタル探し」でレッサーパンダらしきを目撃したとの記事を書いたが、あの時は赤味を帯びたヘッドライトに映し出されたアライグマであったとすれば納得する。あの時は、赤毛で尻尾がシマシマなのはレッサーパンダだと思っていたが、ただ単に赤毛に見えただけのアライグマなら、勘違いもあり得るのだろう。北米産なので耐寒性も優れている為、遠野に広まってもおかしくないだろう。

生物調査の人達に話を聞いたところ、アライグマは東北にもかなり入り込んでいて、岩手県にも、かなり以前から目撃例があるらしい。東北で一番多く目撃例があるのは青森県で、一番少ないのが宮城県との事だが、最近宮城県でもアライグマの目撃談がかなり出てきているようだ。今度、熱感知カメラを借りる事になったので、アライグマの出没しそうな場所に設置して、確認しようと思う。
by dostoev | 2012-06-29 07:56 | 遠野で遭遇する生物 | Comments(2)

うしかい座流星群の夜

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27日の夜は、月が沈んでからが、うしかい座流星群のピークであると。さっそく、うきうきして手掛けてしまった。26日と27日は、雲一つない、絶好の星空撮影にもってこいの日であったから。取り敢えずの、遠野盆地の夜景。久々に取り出した85ミリの中望遠レンズだが、ISO100で1/10のシャッター速度で、これだけ写るってのは驚きだ…。
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遠野盆地の上空に浮かぶ天の川。
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うしかい座流星群の良く見える方位は南西であるというが、意外にアチコチに流れ星が流れている。
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月が沈み始めた。
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まあ、月が沈むといっても水平線に沈むわけでは無く、山に囲まれた遠野盆地は、他よりも早く沈んでしまうだけなのだが…。
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うしかい座流星群は、他の流星群と比較すれば、流れる星の数は少ないというが、その代り流れる速度は遅いという。しかし撮影となると、運任せ。たまたま撮影した直後に流れてしまったり、フレームの外に流れたりと…今夜はまさにその不運の通り、まったく撮影出来て無かった。。。
by dostoev | 2012-06-28 07:49 | 遠野体験記 | Comments(0)

月の船(上弦の月)

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空を渡る月を、古代人は船に見立てていたようだ。月の様々な形の中、船に見立てられたのは上弦の月。画像の月は、空を渡り沈む間近になると、弓の弦の位置が丁度上になる。これが船にも見立てられた形となった。

天の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に こぎかくる見ゆる (柿本朝臣人麻呂)

柿本人麻呂の月の歌は、夜空の天体を美しく表現しているが、この感覚は古代も現代でも、同じでは無いだろうか?ただ現代と違い、街灯やネオンの無い真っ暗闇の古代において、天体の美しさは今よりも際立っていたと思う。そしてそれよりも、空がまるで海の様に表現されているのは、古代が海と空を同一視していた証の歌になるのではなかろうか。

ところで新月から7日の日が七夕であるとも云う。その時に織姫が月の船に乗って彦星に逢いに行くというが、松本信広「日本の神話」によれば万葉人は月神の運行は船によるが、それは岩船として形容されているという。こうして考えてみると磐座信仰の一つに、質感から月も天空の磐座に見立てられたのではなかろうか?遠野の石上神社には天の岩船の伝承があり、その岩船に乗って来たのは遠野三山の三女神である。石上神社の鎮座する綾織には機織り伝承があり、石上神社の祭日が七月七日になっているのも、全て関係あるのではないかと考えている。どうしても遠野三山の神と七夕と白鳥其の一の伝承が気になってしまう。石上神社の祭日が七月七日で、伊邪那美を祀る遠野の多賀神社の祭日もまた七月七日であるのも、もしかして繋がりがあるのではなかろうか?これも、いずれは詳しく展開しようと思う。
by dostoev | 2012-06-27 20:14 | 月の考 | Comments(0)

薬師岳からの遠野盆地

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時間の都合がついたので、急に薬師岳からの遠野盆地が見たくなったので、昼頃と夜中の2度に渡って、薬師岳に登って来た。
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実はこの時期にはもう無いだろうと思っていた桜が、かなり散っていたけれどもまだ咲いていた!
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来年まで、もう見る事が無いだろうと思っていた桜に会えたというのは、かなり嬉しかった。
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早池峰山は、相も変わらずの姿を保っている。6月半頃までは若干の雪があるのだが、もうこの頃の早池峰山には雪は無いようだ。
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ところで気付いたのだが、6月の夏至の前後、早池峰山の丁度真上に、北斗七星と北極星が位置するのだなぁ、と。創作意欲が湧く事実だった…。
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実は、天気が良かった為か、早池峰登山道傍の車置場にはギッチリ車が停まっていた。聞くと、久々の良い天気なので、思わず来てしまったと言っていた人がいた。車のナンバーを見ると、殆どが県内ナンバーなので、好天に誘われて来た人が殆どじゃないだろうか?自分も、その中の一人ではあったが…。
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早朝には、茨城県から来て早池峰山荘に泊って、薬師岳に登って来た人もいた。早池峰&薬師は、これからもっと人が押し寄せてくるだろう。ただ…夜は寒い!
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暖かな日でも、夜中の山頂は風の為に、かなり寒い思いをする。かなり厚着して行った筈だが、風の為に体感温度はかなり低下するし、望遠での撮影は、やはり風の影響を受けてブレる、ブレる…。納得する写真が撮れなかったので、今度は空気の澄んでいる秋にでも挑戦する事にしよう。
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4時を過ぎた頃、天ヶ森に低く垂れ込めた雲が発生していた。下界は雲海だろうか?
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しかし、自分の登って来た斜面を振り返ると、いつもの事ながら良く登って来たと、我ながら感心してしまう…。
by dostoev | 2012-06-27 11:09 | 遠野体験記 | Comments(0)

荒川高原の馬…。

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セシウム問題から、荒川高原には牛も馬も放牧されていないと思っていたら…いたよ、いた。
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ただ今日は、薬師岳に登って来たのだけど、行く時は馬の影も見えなかったが、薬師岳を下山しての帰り道、馬がまとまっていた。何となく、放牧されたばかりのようでもあったが…。
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とにかく馬がいないと寂しいので、馬がいる荒川高原は大歓迎だ(^^)
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ところで途中の耳切山の牧草地が牛がいないので、伸び放題で色づいてきていた。まるで芝桜を植えたかのように荒原がカラフルになっているので、興味ある方は見て欲しい。写真よりも、直接見た方が綺麗ですよ!
by dostoev | 2012-06-26 16:42 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

武力としての月

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今日の月は空気が澄んでいたせいか、赤味を帯びて無くクッキリと見えた。形は弓型に近いものだ。月読命神は別名月弓尊とも称するので、この弓型の形が実は、月を代表する形なのかもしれない。
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ギリシア神話での月神アルテミスは、弓と矢を携えている。月神のイメージするアイテムは、やはり弓なのだろう。

ひさかたの天の戸開き高千穂の岳に天降りしすめろきの神の御代より梔弓を手握り持たし真鹿児矢を手挟み添えて大久米の丈夫健男を先に立て靫取り負ほせ山川を岩根さくみて踏み通り国覓ぎしつつ ちはやぶる神を言向け服従はぬ人をも和し掃き清め仕へまつりて蜻蛉島大和の国の橿原の畝傍の宮に宮柱太知り立てて天の下知らしめしける皇祖の天の日嗣と次第来る君の御代御代隠さはぬ赤き心を皇辺に極め尽して仕へくる祖の職と事立てて授け賜へる子孫のいや継ぎ継ぎに見る人の語り継ぎてて聞く人の鑑にせむを惜しき清きその名ぞ凡ろかに心思ひて
虚言も祖の名絶つな大伴の氏と名に負へる丈夫の伴(万葉集4465大伴家持)


この歌は、大伴家持の最後の長歌であるとされるが、最後に自分の氏族の役目を詠ったようだ。ウィキペディアによれば、大伴家持は古くからの氏族である大伴氏で天孫降臨の時に先導を行った天忍日命の子孫とされ、物部氏と共に軍事の管理を司り、両氏族には親衛隊的な大伴氏と、国軍的な物部氏という違いがあり皇宮警察や近衛兵のような役割をしていたという。この大伴家持の歌には梔弓を手にして"まつろわぬ者ども"を服従させ皇祖に仕えたとある。そう、つまり弓は戦の象徴でもあったのが理解できる。
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槻折山 品太の天皇、此の山にも狩したまひ、槻弓を以ちて、走る猪を射たまふに、即ち、其の弓折れき。故、槻折山といふ。「播磨国風土記」

津軽の蝦夷に諜げて、許多く猪鹿弓・猪鹿矢を石城に連ね張りて、官兵と射ければ、日本武尊、槻弓・槻矢を執り執らして、七発発ち、八発発ちたまへば、即ち、七発の矢は雷如す鳴り響みて、蝦夷の徒を追ひ退け、八発の矢は八たりの土知朱を射貫きて、立にころしき。其の土知朱を射ける征箭は、悉に芽生ひて槻の木と成りき。其の地を八槻の郷と云ふ。「陸奥国風土記」

これらの風土記に登場する弓と矢は槻弓・槻矢であり、槻の木から作ったものであるようだ。槻は月の依代の樹木でもある事から、月の霊力を弓と矢に託し威力を加えたものと判断してよいのだろう。こうして思い出すのは、神功皇后の伝承となる。神憑りした神功皇后が新羅を得る為に真っ先に呼んだ神名が撞賢木厳之御魂天疎向津媛命であった。

「日本書紀(神功皇后)」の一節に「和魂は王身に服ひて壽命守らむ。荒魂は先鋒として師舟を導かむ」とある。この一節は、月の二面性を表しているのではなかろうか?月の民俗を調べると、月を見て孕む伝承が、かなりある。平安時代にも女性が月を見ると妊娠するという俗信があったように、満ちた月は妊娠とも結びついたようだ。そのように考え振り返ると神功皇后は、神功皇后に宿った月神によって孕んだとも考えられる。そして、それはつまり、和魂が神功皇后を守るとした事から、月と妊娠の俗信が、和魂と結びつくのだろう。

そして荒魂であるが、月は海に生きる海人族が信仰したものでもあった事から「…荒魂は先鋒として師舟を導かむ」という言葉となったのだろう。ただ、ここでの舟を導くとは、航海だけでなく戦の勝利をも導くと考えて良いだろう。それが槻弓・槻矢が月の霊力が籠っている事に繋がるのだと考える。

とにかく「日本書紀」での神功皇后の時代を読むと、月は弓であり、武力をも意味する事に当て嵌まるのだ。奇しくも、岩手県室根神社に養老年間勧請された神とは、まつろわぬ蝦夷の民を討伐する為に運び込まれた神であり、天照大神の荒魂である撞賢木厳之御魂天疎向津媛命であり、別名瀬織津比咩であった。こうして考えると、月の霊力を宿した存在であった瀬織津比咩は、ある意味ギリシア神話のアルテミスに近いのかもしれない。といっても、それは一つの側面であろうが…。
by dostoev | 2012-06-25 22:07 | 瀬織津比咩雑記 | Comments(0)

今日は…。

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ある記事の画像を撮影しに、上郷町は平野原まで行って見た。気になったのは、あちこちの田んぼに無数のカラスが中に入っていて、何かを啄んでいた。恐らく、オタマジャクシ&カエルを捕まえて食べていたのだろうと思った。
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更に気になったのは、鳥の声。あちこちでピーチクパーチク鳴いていたが、なかなかその鳥自体を発見できなかった。そんな中でサギがいたので、手持ちの望遠で狙ってみたが、ビシッとした写真が撮れない。ピンボケもあるがやはり、ブレも大きいようだ。
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水辺にも、いろいろ鳥が飛んではいたが、なかなか上手く撮影できなかった。ちょっと今度は、鳥を真面目に狙ってみようか…。
by dostoev | 2012-06-24 20:59 | 遠野体験記 | Comments(2)

三日月

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宵のまに ほのかに人を 三日月の  飽かで入りにし 影ぞ恋しき by藤原為忠

短時間で宵のうちに沈んでしまう三日月に、ちらりと姿を見せただけで、すぐに帰ってしまう恋人の面影を重ね、物足りない逢瀬による恋心を詠んだ歌とされる。三日月の「三」に「見」がかけられているのだと。

実際、今日の遠野の夕暮れは雲が多く、なかなか三日月を発見できなかった。しかし、ほんの雲が流れた隙間に三日月を発見したが、一瞬で厚い雲の中に消えて行ってしまった。
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最近は、月シリーズを暫くやっていたが、こうして月を調べると、古代の人々は日ごと変わる月の形に、いろいろな名称を付けて楽しんでいたのがよく理解できる。月に恋の歌を絡めて詠んでいるのが多いが、更に遡れば、月に神を見ていたのかもしれない。そろそろ神にでも、月の御神酒でも贈らねばなるまいて。。。
by dostoev | 2012-06-22 20:44 | 月の考 | Comments(0)

月の馬

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奇しくも、自分の誕生日でもある9月29日は、神馬である蒼前の縁日である。その神馬である蒼前は9月28日が縁日の早池峰大神である瀬織津比咩が乗る馬でもある。しかし、神が乗る馬は、果たしてどこへと行くのだろうか?「遠野物語拾遺40」によれば、早池峰大神は馬に乗って東禅寺までやって来たのであるから、それは恐らく早池峰山から来たのは理解できる。しかし単に山から馬に乗って現れたのではないのだろう。山は異界であり、天に通じる道でもある。ある意味、山に登らない民衆が住む下界からしてみれば、天界そのりものが山であり、遠野地方でいえば、早池峰山そのものが天界であったのだと思う。
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「古事記」の一節にこうある「天照大御神、忌服屋に坐して神御衣織らしめたまひし時に、その服屋の頂を穿ち、天の斑駒を逆剥ぎて、堕し入るる時に、天の服織女見驚きて、梭に陰上を衝きて死にきかれここに、天照大御神見畏み、天の石屋戸を開きて、刺しこもりましき。」とある。

天照の住む地は、高天の原となる。その高天の原にいる馬は、やはり天が付き「天の斑駒」と表されている。つまり神の乗る馬とは、天界と地上を行き来出来る存在であるのだろう。
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福岡県若宮市の竹原古墳の壁画には、画像のような絵が描かれている。空から降りてくる…いや、天から降りてくる四足の馬のような竜が、手綱を取られた馬に向かってきている。天から降って来ているのが竜であるのならば、竜と結びついた馬は竜馬を成すと云われている。しかし、福永光司「馬の文化と船の文化」によれば、漢の武帝は、土で祭壇を築き、天を祀る封禅を行い天馬を得て、天に昇ろうとしたという。この壁画はまさに、その天へと昇る為の祭壇ではないかと述べている。ところで、その天であるが「源氏物語」に気になる歌がある。

秋の世の 月げの駒よ 我が恋ふる  雲井にかけれ 時のまも見ぬ

この歌の訳は「源氏の君が亡き紫の上を恋しく偲び、月毛の駒で遠い空の雲井の都に昇り、しばしの間でも見たいものだ。」と紹介されている。ここに月毛の馬が登場しているが、あくまでも月毛というより、月にかけている意であると考える。つまり紫の上は月へと昇って行ったものを馬に乗って、その月へと行って見たいものだと歌っているのだと理解する。

山中他界として古来から山は存在し、人は死んだら魂は山へと昇って行くという俗信がある。先に記したように山は天界でもあると思う。伊勢神宮の内宮荒祭宮や月読宮には祟りを鎮める為に馬を献上していた事を考え合わせると、馬が向かう先は月では無かったのだろうか?

この「源氏物語」が書かれた時代は、古代の神々の名前さえ忘れ去られた時代であった。天照大神や月読命神という存在は、既に忘却の彼方であったようだ。しかし天界という存在は認識されていた為「竹取物語」などのような物語が書かれたのだろう。つまりこの時代の高天の原は月であった可能性…というより、月が神々の住む地であったという伝承だけが残っていたのかもしれない。
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世界の神話を調べると、月と機織り女の伝承が数多くある。それを高天の原に合わせてみると、素戔嗚が天の斑駒を逆剥にして投げ入れた高天の原の服屋(機屋)も月世界であるならば、それこそ世界共通認識となる。奇しくも遠野の伊豆神社に伝わる伝承では、遠野に織物を伝えた拓殖夫人の三人の娘の一人が、早池峰大神でもある瀬織津比咩でもある。この瀬織津比咩の名にある「織」という文字は、やはり機織りに結びつけて考えても良いのではないか。

遠野に伝わるオシラサマの伝承には馬と娘、そして蚕を通じて絹を伝えた話となるのだが、その絹…所謂シルクの光沢を月の光と表現する場合があるのも、月と機織りが結びついてのものでは無かったろうか?
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天照大神が天の岩戸に隠れた際に、天照大神を岩戸から出す為に用意された物に、月の依代である八咫の鏡や白丹寸手や青丹寸手などの織物があるのも、月との関係が深いからだろう。とにかく神の乗る馬は、月へと行き来する為の存在であったのだと思う。
by dostoev | 2012-06-21 22:16 | 瀬織津比咩雑記 | Comments(0)

六月晦日

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今日は新月であり、晦日でもある。晦日とは「月の籠り」を意味して、晦日(つごもり)と表すが、別に「晦日(みそか)」とも言い表す。

ところでこの六月晦日は夏至にもかかり、12月晦日は冬至にかかる。夏至は「陽極まりて陰兆す」と言われる為か、太陽に対する意識が強い。しかし晦日は「月籠り」である事を考えると、新月の月は、まさに月籠りとなるのだ。
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天照大神が岩戸に隠れたのを太陽が隠れたものと考えられていたが、天照大神が太陽神ではなく月神であるのなら、以前に紹介した内宮所伝本「倭姫命世記」の「天照皇太神和魂」の項には「亦右目を洗ひて、月天子を生みます。亦天下生ますみ名は、天照皇太神の和魂也。」の一文が生きてくる。つまり天照大神が月神であるのならば納得するのだ。

夏越の祓では、多くの神社で「茅の輪潜り」が行われるのだが、茅の輪の形とは「月籠り」の形…つまり新月を意図して作られた物ではないだろうか?奇しくも素戔嗚と習合する牛頭天王の逸話に登場する「蘇民将来」は、茅の輪をかかげていない家の者は殺されてしまう。茅の輪を潜って家に籠るというのは、疑似的な死を意味するのではなかろうか?茅の輪を掲げている家は既に死んでいる為に、襲われない。正確には儀礼的な死を迎えた人間を意味するのが茅の輪であるのかもしれない。

付け加えれば、牛頭天王の名前に表される牛の角は、三日月の意味を持ち、また牛そのものも水との縁が深い。天つ水とは月の変若水を意味し、牛頭天王そのものも、やはり月との関係が深い神なのであろう。

その牛頭天王が登場する祭りが、八坂神社の祇園祭だ。その祇園祭に一緒に登場する神とは、天照大神の荒魂である瀬織津比咩であるのは、六月晦日の大祓祝詞に唱えられる神名でもある。太陽神と云われる天照大神ではあるが、その荒魂は瀬織津比咩であると伝えられるのだが、和魂と荒魂は同属でならねばならぬ法則から考えれば、月との縁が深い瀬織津比咩の和魂は、同じく月神でなければならない。ならばやはり、天岩戸に隠れた天照とは月が籠った状態であったのが正しいのでは無かろうか。

太陰暦が普通であった時代、白銅鏡は月の見立てであったという。天岩戸に隠れた天照大神が、八咫の鏡を見た自らの姿とは、月に写った姿であったのか、それとも自らの荒魂の姿であったのだろうか?どちらにしろ、天照大神そのものが月神であり、月籠ったのが天岩戸の伝説ではなかろうか。晦日は月の死と新たな誕生でもある。更に付け加えれば、先に記した「陽極まりて陰兆す」という事から太陽の死と再生も含まれるのだろう。そこには太陽と月の死による穢れを流し、新たな生命力を得る為の呪術が施されているのであると思う。それが夏至と冬至の二度に渡って行われるのは当然の事であろう。
by dostoev | 2012-06-20 21:13 | 民俗学雑記 | Comments(0)