遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
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雲・雨・稲妻と彌彦の神

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新潟で大雨が降っている。記録史上最高の降水量であるというが「彌彦村誌」を読むと、かなりの水害の歴史があるのがわかる。子供の頃に習った世界の歴史で、文明の始まりは大河周辺からと教わった。ナイル川しかり、黄河しかり、川の氾濫によって土地が豊かになり文明が発達したと。そういう意味では、新潟…古代においては越の国は、そういう水害の歴史を経て豊かな土地になったとも理解できる。

神社の鳥居などに飾られる注連縄がある。吉野裕子著「蛇」においては、蛇の交尾の姿でもあると云われる注連縄は、不浄なものを通さぬ為のものでもあり、この注連縄の先は神域である事を示す目印でもある。また別に注連縄は雲をも表している。下に下がっている藁の房は、雨を表し、そして紙垂は稲妻を表す。また稲妻は、龍だとも云われる。稲妻が落ちるシーンが龍の降臨をイメージするのだろう。そういう意味では稲妻や雨の棲家が雲であり、イコール龍の棲家とも考えられた筈だ。

新潟にある弥彦神社は越後国一宮であり、祭神は越後国開拓の祖神・伊夜彦神とあるが、それは天香山命、またの名を大屋彦命あるいは大彦命とも云われる。ところで古代の神とは、一方的に祟る存在であった。御利益というものが神に付随したのは平安時代でもあると云われる。そういう祟る神の方程式に照らし合わせれば、開拓の神が原初の神であるという考えを疑問に感じる。災害を引き起こすのが神の業であるならば、それを押さえるのは人間の業であるからだ。つまり弥彦神社の開拓の祖とも云われる伊夜彦神=天香山命は、本来の神という定義に外れているのではないだろうか?極端な言い方をすれば、原初の神を押さえた英雄神。原初の神に取って代わっり、現世利益を与えた神が天香山命では無いのだろうか?何故にこういう考えに至ったかというと、彌彦の水害の歴史や伝説に付き纏う力とは、龍の力に他ならないからだ。それを押さえたのが新たな人神である天香山命であるのなら、原初の神は彌彦神社に封印されているものだと考える。

万葉集巻十六に「越中国家四首」が収められているが、その中の二首を紹介しよう。


伊夜彦 おのれ神さび 青雲の たなびく日すら 小雨そぼ降る 一に云ふ、あなに神さび

この歌はそのまま彌彦神は天を司る神で、龍にも通じるのがわかる。この歌から天香山命は結びつかないのだ。

伊夜彦 神の麓に 今日らもか 鹿の臥すらむ 皮衣着て 角附きながら

この歌は単純に、山の神としてのものだ。天から雨が山に降り、山がその雨水を含み清らかな水に浄化する。その水を川を伝って海へと注ぎいる。海の水の原点は天から降る雨でもあり、山から発生する清らかな水でもあるのだ。山はまた獣や樹木をも生み出す。つまり地母神としての性格が山には備わっている。だからこそ鹿も母なる山に対してはひれ臥すのだ。

越の国に隣接する出羽の国がある。出羽の意味とは、戸川安章「羽黒山秘話」によれば「越ノ国のいではし」という意味だとするようだ。また、出羽郡「イデハの郡」と読み「越の国の先端に置かれた郡」という意味であるというが、いずれにせよ出羽が越の国に含まれた地域であるのは理解出来る。つまり出羽の国には越の国の伊吹が宿っているとも考えて良いのかもしれない。実は、出羽の国の神の伊吹に宿るものは、早池峰の神でもある。その早池峰には地母神的性格も備えているのは、また事実。今のところ三段論法で、彌彦神=早池峰大神とは言えないが、何らかの関係があるものと察する。それはいずれ展開していこうと考えている。

ところで注連縄が不浄なものを通さぬ役割を果たすというのは、古代の考えでいくと、それは水の力によるものである。「水に流す」という考えは、古代人の原初の考えに根付いている。不浄を通さないとはつまり、穢れ払いをするという事。注連縄の下を通る事で人々は、不浄を払っているのだ。もう一度書くが、注連縄は雲を表し、藁の房は雨。そして紙垂は神垂でもあり、神が稲妻によって地上に降りてくる様をイメージする。つまり天から降る全ては、神の御心みたいなものと考えて良いだろう。

新潟と福島に大雨が降っている。その大雨による洪水、もしくは土砂崩れなどにより人々は、恐れをなしている。しかしよく考えてみると、海津神(あまつかみ)によるのか…津波による被害によって福島の原発から放射能が漏れだし、その放射能は広範囲に渡って降り注いだ。その放射能を今度は天津神(あまつかみ)の力により洗い流し浄化しているようにも感じる。災害にあっている人々には申し訳ないが、これを古代人の考えにのっとると、全ては神の掌の上によって人々は生きている証なのかもしれない。そう、本来の神とはこういう非情なものであり、弥彦神社の神も人神である天香山命ではなく、荒ぶる神であったのであろうと推測する。
by dostoev | 2011-07-30 14:28 | 民俗学雑記 | Comments(6)

昆虫写真

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シオカラトンボや、オニヤンマが良く飛んでいる某・山の池へ、撮影しに行ってみた。狙いは、シオカラトンボの流し撮り…が、全て失敗。仕方無いので、池周辺に生息する虫達を撮影したにとどめる。しかし…飛んでいるシオカラトンボやオニヤンマを写すのは難しい。。。

でもそんな中、久々に遭遇したカマキリモドキは懐かしかった!(^^;
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by dostoev | 2011-07-23 16:12 | 遠野体験記 | Comments(4)

何の隼人(其の一)

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千晩ヶ嶽は山中に沼あり。此の谷は腥き臭のする所にて、此山に
入り帰りたる者はまことに少なし。

昔何の隼人と云ふ猟師あり。其子孫今もあり。白き鹿を見て之を
追ひ此谷に千晩こもりたれば山の名となす。其白鹿撃たれて遁げ、
次の山まで行きて片肢折れたり。其山を今片羽山と云ふ。

さて又前なる山へ来て終に死したり。其地を死助と云ふ。死助権
現とて祀れるはこの白鹿なりと云ふ。

                            「遠野物語32」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この「遠野物語32話」にサラッと書かれている「何の隼人」とは、どういう事だろうか?隼人とは一般的に、現在の鹿児島県辺りに住んでいた人々を言う。子供の頃に観ていた「キィハンター」に谷隼人という芸名の俳優がいたが、その谷隼人もまた鹿児島県出身の為に隼人という芸名を名付けたらしい。つまり隼人とは、今で言う鹿児島という特有の地に住む人々と考えて良いだろう。それでは何故に、旗屋の縫は隼人と呼ばれたのか?
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縫は或る日の事、遠山へ狩をしに行き、山中に泊まった。マタギの習わしで、小屋と定めた周りに七五三を張り、枯れ木を集めて夜通し焚き火しながら、銃を枕にして、寝たり起きたりし、山の夜を明かすのである。

夜中頃、焚き火をくべながら燃え上がる炎の光で見ると、小さな虫がチョロチョロと足元で這っている。何気なしに、その虫をつまんで小屋の外に投げ出したが、間も無く小屋の中に戻って這ってくる。幾度投げ出しても、必ず戻ってくる。来る度に、だんだんと大きくなってきている。踏みつけると、益々大きくなる。キノスリで叩きつけるが、少しも潰れずにかえって大きくなってしまう。

いろいろと攻めつけたが、手や足ではどうにもできぬほど巨大になったので、そこで初めて怪物と気付いたのだそうな。そこで手にした銃で撃ったが弾が通らずに、益々大きくなってしまった。豪胆な縫でさえ不気味に感じ、とうとう逃げ出して家へと帰ろうとしたのだと。

ところが不思議な事、いつもの道とはまったく違う道が前に広がり、どんどん歩いて行くと、見果てもない大きな岩に突き当たったり、底知れぬ淵に遭遇したり。深い藪があって、道が塞がったり、少しも思うように進めない。

そこで縫は、いつか父親に教わった、山の気の祟りを思い出し、水の音を頼りに、流れに沿って道を急いだという。村屋近くなったと思う頃、谷川を越そうとしたが、流れがいつもより強く、向かうの岸がユラユラと歪んで見え、どうしても飛び越せない。

あちらこちらを彷徨ううち、縫は大きな倒木を見つけて、それを川に渡しようやく川を越した。疲れ切った縫は、言い知れぬ不安と寂しさを覚えながら闇が広がる山道を下り来ると、前方に白いものが見えたのだと。恐る恐る近寄ってみると、縫の家で飼っている白馬であったと。

何はともあれ天の助けと、その白馬に乗って家へ帰る事ができたそうな。ところがその白馬を厩に入れようとしたら、既に厩には白馬がいたのだと。それでは自分が今乗ってきた白馬は?と、後ろを振り返るとその白馬の姿が見えなかったそうである。

縫は重ね重ね、山での怪異の出来事を父親に話すと、そういう怪異はあの山では珍しくも無いが、乗って帰ってきた白馬こそは、お前を救う為の氏神の使者であったろうと言われたので、益々氏神を崇拝したとの事である。
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旗屋の縫が白馬を崇拝するようになったのは、上記の物語からだという。白馬…所謂葦毛馬だが、この葦毛馬に対する信仰は、騎馬民族である渤海などからという説がある。その葦毛馬の聖なる馬の名を"蒼前"という。東北に蒼前神社が多いのは、北方文化の流入からだと云われている。

ところで北方文化といえば、気になる話がある。海幸彦と山幸彦の話だ。「古事記」においては「かれ、火照の命は、海佐知毘古として…。」とある。火照の命は、天孫族である邇邇芸命と大山祇神の娘、木花咲耶姫であり別名「神阿多都比売(カムアタツヒメ)」との子供である。そして「古事記」では「隼人阿多君の祖」とあるのに疑問を抱いてしまう。

釣針の歴史を調べると、南方系民族は追い込み漁が主体で、海にも潜る。しかし北方系は水が冷たい為か、海に潜る漁ではなく、釣りという道具によって魚を捕る。しかし「海幸山幸」の話ではまず南方系の隼人の祖である海幸が、釣りで漁をしている事になっている。

遺跡から釣針の発掘は北九州に、かなり古い時代の縄文遺跡から出土しているという。しかし釣針の殆どは、広島から北にかけてより多くなるのだと。特に関東から北海道にかけて優れた釣針が出土している事から、釣りの文化は北からというのが定説のよう。となれば南方である隼人の地である、現在の鹿児島県あたりで釣りの文化の普及に違和感を覚える。

海に潜り、直接魚漁をしたであろう隼人の祖、海幸彦が何故に釣りに勤しみ、そして山幸彦が海神から貰った塩盈珠によって溺れてしまう。南方系海の民として、海に潜るのを得意とした隼人が、釣りに勤しみ、海に溺れる。この記述に、違和感を覚えるのだ。もう一度書くが、海幸彦と山幸彦の母親は大山祇神の娘である木花咲耶姫。つまり海幸彦には、山の血が入り込んでいると考えて良い。それは恐らく、山の狩猟民族の血でもあるのだろう。しかしそれは、山幸彦も同じだ。山幸彦は猟師として、海幸彦は漁師として生きていた。同じ血を有する兄弟が、違う道を歩むというのは現代でも有り得る話だ。ただ、山幸彦が塩椎神の案によって綿津見神の宮殿へ行くというくだり。綿津見神の宮殿とは恐らく、海中を意識してのものだろう。つまり海幸彦は、海へと潜ったという事だろう。海に潜らない漁をする海幸彦に相対して、山幸彦は海へと潜る。実は、海幸彦と山幸彦が逆転した存在である事を語っているような気がする。
by dostoev | 2011-07-22 07:19 | 民俗学雑記 | Comments(0)

瀬織津比咩の祭祀其の八「早池峰神社(大迫)」

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遠野と大迫の早池峰神社には、争いの歴史が刻まれている。それもこれも南部氏が盛岡に来てからだ。確かに盛岡から早池峰神社を参詣するにあたり、遠野の早池峰神社よりも大迫の方が行き易いのは確かだ。その為に南部氏は大迫の方へ多く寄進もして保護してきた。創建は遠野側が古いのであるが、時代の流れには勝てなかったのが実情だろう。しかし今でも早池峰神社といえば大抵、大迫と答える人が多いのは何故か。
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大迫の町へ行くとわかるが早池峰山を中心に、大迫町が一生懸命なのがわかる。しかし遠野は柳田國男の「遠野物語」を中心に観光事業を組んでいる為、古い由緒を持つ遠野早池峰神社に対する力の入れようは、大迫に比べて劣るのは否めない。7月17日には宵宮が行われ、神楽が舞われたが、早池峰神楽の代表といえば、岳の神楽。つまり大迫の早池峰神社に伝わる神楽は、全国が認知するところでもある。
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一番言えるのは、早池峰山を含めて早池峰神社が地域の人々から愛されている存在であるという事だろう。遠野の早池峰神社は、遠野の北に鎮座する神社で、路線バスに乗って行くと1時間近くかかる遠い地だ。その為に遠野の人でも早池峰神社に行く事なく、一生を終える人もいると聞く。しかし、大迫の早池峰神社もまた大迫の町から山の方へと車やバスでかなり時間をかけて行かなければ、着かない地に鎮座している。つまり、遠野も大迫も条件は同じである。違いはやはり先に述べたように、早池峰に対する愛情であると思う。大迫全体が早池峰の姫神そのものが「おらが町の氏神である。」と認識している違いだろう。
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ただその大迫の早池峰神社の背後には、早池峰山は聳えていない。遠野の早池峰神社の背後には、早池峰山が聳え、早池峰を祀る神社が遠野早池峰神社というのが理解できる。では大迫の早池峰神社の背後には何があるかというと、それは遠野早池峰神社であった。自分の考えは、恐らく大迫の早池峰神社は方違えの呪法として建立されたものだろう。あくまでも早池峰は北に鎮座している存在であるから、大迫の早池峰神社に参拝する場合、その祈りは一旦遠野早池峰神社向かい、北に聳える早池峰山に向けられる為の呪法で建立されたのだと思う。つまり正統な早池峰の神社とは遠野早池峰神社である筈であるから、遠野の人々はもっと自信を持って早池峰神社を宣伝すべきだと思う。
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大迫早池峰神社の社殿内部の祭祀は、いたってシンプル。余分なものが無い。ところが遠野早池峰神社には、過去に奉納された額や絵馬など、様々な品が社殿内部に飾られている。それは一つの早池峰神社の歴史を語っているようなもの。しかしその違いは、大迫は別に宝物殿を建て宝を展示している違いだけ。しかしその違いは、遠野早池峰神社が歴史と共に埋没している神社であるが、大迫の早池峰神社は祭祀と観光を区分けし、収益を上げ、地域で早池峰神社を守るという意識の違いからのものであろう。綺麗ごとでは無く、予算が無ければ神社の歴史を保護できないのも事実だ。その事実を認識しているからこそ、大迫の早池峰神社は頑張っているのだろう。
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早池峰神社の祭神は、遠野も大迫も共に瀬織津比咩である。しかし大迫の早池峰神社を訪れた時、神社関係者から瀬織津比咩の名前を聞く事はできなかった。ただ「この早池峰の姫神様は、名前を出す事を禁じられた神様でした…。」と。今でもその名残があるのか、関係者の方はただ"姫神様"とだけ答えるのみだった。しかし姫神様は尊称でもある為、敢えて本名である瀬織津比咩の名前を呼ばないのは、尊敬の念から来ているのかもしれない。何故なら日本のの現実社会でも、目の上の人に対して呼び捨てはできない。そういう意味で"姫神様"と答えるのが正しい呼称なのだろうと思う。
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とにかく大迫の人々の意識には早池峰が大きく入り込み、細かな場所、お土産に至るまで早池峰と、その姫神様に対する意識が伺える。遠野側に足りないのは、早池峰山の歴史的存在意識と、姫神様に対する尊敬の念では無いだろうか?「遠野物語」及び「遠野物語拾遺」を読んで気付くのは、早池峰と早池峰の姫神に関する話の多さである。つまり遠野の人々は、「遠野物語」を紹介した柳田國男よりも「遠野物語」の中心である早池峰と、その姫神に対する尊敬の念をもって保護していかなければ、ならないだろう。そうでなれればいつまで経っても表面的な観光地としての位置付けにしかならない。全国の名立たる神社や祭りに人々が集まるのは、本物だからだ。大迫町の観光意識にも、それが見受けられる。
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by dostoev | 2011-07-19 08:34 | 岩手県の瀬織津比咩 | Comments(19)

早池峰神楽の夜(2011.07.17)

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早池峰神社の宵宮が、2011年7月17日に行われた。普段ひっそりとしている境内が賑わっていたが、それほど人がごった返す程でも無い。逆にそれが良いというフアンも多いようだ。
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神楽で有名なのは九州などでは演目の殆どが演じられ一晩中行われるというが、そういう面では遠野の神楽は物足りないのかもしれない。
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普段は目にする事が無い提灯なども境内に並べられている。
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境内には地域の人達による屋台が設けられ、神楽を観る人、酒を飲んで宵宮の雰囲気を楽しんでいる人様々だ。
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やはりというか、この早池峰神社に来たからにはまずお参りしなければならない。神様に楽しんでもらう為の夜でもあるからだ。
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普段は暗くひっそりとしている祭壇にも明かりが灯され、お祭りである事がわかる。
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写真を見てわかるように、神楽を見に集まる人々はこのくらいの人数なので、観ては休み、またブラッと戻ってきては見る。人がごった返していれば、一度離れた場所に戻る事は不可能になるので、この気軽さが良いのだろう。
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かがり火から出る煙で、早池峰神社境内上空にはまるで狼煙のように煙が舞い上がっていた。ある意味、神楽を知らせる狼煙の役割をしているのだろうか?
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演目は年によって違うらしく、何が出るかわからないそうだ。それでも最後の権現舞だけは、決まっているよう。
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神楽全体の調子と響きを聞いていると、なんとなくアフリカのネイティブの響きに似通っているような気がした。つまり血沸き肉躍るでは無いが、人間の血を滾らせる響きやリズムとは似ているのでは無いか?考えてしまった。写真中央には、毎回"かぶりつき"で観に来るという御仁がたまたま写っていた(^^;
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踊り手には女性が多く、神楽面を被っているので雰囲気を出しているが、華奢なラインに目がいってしまう。
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山神の顔は、やはり赤。鳥居の赤色、山神や天狗の顔色もまた赤…朱とも言うが、何故に朱なのか、今後の課題としてみよう。
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「岩戸開き」でのアマテラスの面は金色だ。やはり、太陽を意識してのものだろう。
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これはタヂカラヲだが、東北地方にはタヂカラヲを祀る神社は殆ど無く、唯一遠野の阿曽沼が長野県に鎮座するタヂカラヲを祀る戸隠神社に参詣していた程度だった。ただし早池峰神社にはアマテラスの影がチラつくのだが、タヂカラヲのイメージは皆無だ。確かある人が言っていたが、早池峰大神を調べるなら、これからはタヂカラヲが重要な役割を果たすと…。
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「ここはどこ?」で始まる権現舞。実は、この神楽が行われる日中、大迫の早池峰神社に寄って来たが、神社の関係者曰く「ここの姫神様は、明治時代まで早池峰権現と言われていまして…。」と。権現とは仮の姿なのだが、この権現舞の「ここはどこ?」というくだりはまるで、早池峰権現が何故にこの地に連れて来られたのかを象徴しているかのようで考えさせられた…。
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そして権現の大抵の顔は、この獅子頭だが、何故に獅子頭なのか、もう少し調べてみようか。いやしかし、こんな事を考えずに神楽の夜はただ、何も考えずに神楽舞を楽しむべきなのだが。。。

しかし…夜遅く帰ってきて画像を編集し寝て、朝早く起きて女子ワールドカップを観てって…キツイ(^^;でも!!!女子ワールドカップ、なでしこジャパン優勝おめでとう!!!
by dostoev | 2011-07-18 07:59 | 遠野体験記 | Comments(6)

早池峰への願い

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蓮華の花を手にした娘は、早池峰を向き、何を想うのか。。。
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by dostoev | 2011-07-17 16:54 | 岩手県の瀬織津比咩 | Comments(0)

「続き石の語源」其の二

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「宗像シンポジウム(古代海人族の謎)」を読んでいると、谷川健一が「ツツ」について言及している。福岡県糸島郡に雷神を祀る雷山があり、その麓を「筒城(ツツキ)」という地があるという。また壱岐に筒城(ツツキ)という大字があって、海神社が祀られていると。紀州にも筒香(ツツカ)という地があり丹生神が祀られているが伝承に登場するのは宗像の神だという。谷川健一は「ツツ」の付く地名と海、または星に関するものは関係が深いと説いている。
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ところで岩手県住田町に津付(ツツキorツヅキ)という地があり、画像の庚申の碑がある。この庚申碑は篆書で書かれており、それを顔のようにあしらったものだ。年代は寛永元年とあるから、比較的新しい?ものだと思う。まあこの津付には、他にも庚申碑はあるのだが、庚申とは星の信仰とも繋がっている。

この住田町の津付とは「ツツキ」と「ツヅキ」と発音が濁る場合があるのは、土地の人の発音によって変化したものが続いていると考えて良いだろう。となれば、遠野の「続き石」も本来「ツツキイシ」と読んだ可能性も否定できない。「ツツ」が星や海を表すのならば、遠野の続き石もまた、その可能性はあるのだろう。

以前、紹介した事があったが室町時代に成立した「日本書紀纂疏」にはこう書かれている。
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然らば則ち石の星たるは何ぞや。曰く、春秋に曰く、星隕ちて石と
為ると「史記(天官書)」に曰く、星は金の散気なり、その本を人と
曰うと、孟康曰く、星は石なりと。金石相生ず。人と星と相応ず、
春秋説題辞に曰く、星の言たる精なり。陽の栄えなり。陽を日と為
す。日分かれて星となる。

故に其の字日生を星と為すなりと。諸説を案ずるに星の石たること
明らけし。また十握剣を以てカグツチを斬るは是れ金の散気なり。
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ここで気になるのは、続き石を背にして東南の方向に、山口愛宕神社が鎮座している。この愛宕神社から足を延ばせば、すぐに続石へと着いてしまう程に近い。この愛宕神社の背後には以前滝が流れており、瀬織津比咩が祀られていた。現在はカグツチという事になっている。ところがこの愛宕は普通「アタゴ」と読むのだが、山城国…今で言う京都辺りだが「愛宕郡」という地があり、これを「アタゴグン」とは読まずに「"オタキ"グン」と読まれていた。そうつまり「愛宕」とは「滝」をも意味していたようだ。ならば当然、愛宕神社に滝神でもある瀬織津比咩が祀られていてもおかしくはないだろう。

ところで「ツツ」には、筒・星などいろいろ漢字をあてるが、津々浦々のように津々でさえ「ツツ」と読む。「津気」というのは「霊気」という意味でもあり「津(ツ)」には「霊的」なものの意味をも有する。

最初に、筒城、筒香などの地名を紹介したが、筒城には雷神が祀られており、雷神は蛇だともされる。これは「日本書紀・雄略記」に、小子部蜾贏という連が、雷である三諸岳大物主の神を捕らえにやらされたが、その神の目は赤カガチのように輝く大蛇であったように、雷神とは恐らく蛇。

また筒香には神功皇后の伝説があり、三韓征伐へ行く時にミヌメノカミが教えられた話があるが、ミヌメノカミとは水沼君であって、要は宗像の神の事。宗像族は胸に入れ墨を入れていたという。その入れ墨は三角形であって、その三角形とは蛇の鱗を意味しているという。宗像の神は、蛇の鱗を入れ墨する事で、神から守られる…というより、神そのものになると考えた方がいいのだろう。つまり宗像の神とは蛇神であり、竜神でもあるのだろう。

つまり「ツツ」という言葉のある地には、竜蛇の意味を関連付けられているようだ。となれば続石もまた、竜蛇を意味するのかもしれない。そしてそれを確信させるのは、側にある瀬織津比咩が祀られる愛宕神社だ…。
by dostoev | 2011-07-16 18:50 | 遠野・語源考 | Comments(0)

緒桛の滝へ夕涼み

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七月の十五夜に、ブラリと滝を見に行きたくなった。夜で危険ではあるが、山の姫神に対し一方的に御加護をお願いしたから大丈夫だろう(^^;
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不動明王の祠を下ろうとする時、車の走る音が聞こえた。こちらに近づいてくる。なんとなく見つかりたくないという意識から、早々と祠の後ろを下って行った。が…祠に参拝するの忘れた。。。

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下りきると、そこには渓流が流れている。そして音は静かで煩い。水音が煩いのだが、他に…例えば鳥の鳴き声や風の音とかが、まったく聞こえない。

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そして、緒桛の滝に到着した。どうも水量は少ないようだ。以前来た時は、もっと溢れるような水が落ちていた。滝の上には空間があるので、そこから十五夜の満月が差し込んでくれる事を期待したのだが、やはり雲が厚かったようだ。
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笛吹峠を下って渓流に到着してから気付いたのだが、若干のホタルが飛んでいる。この緒桛の滝でも、数匹のホタルが飛んでいた。途中、ホタル撮影に、しばし夢中になっていた。ホタルは若くして死んだ人の魂のようだという。確かに暗がりで儚い蛍光色が蠢く様は、儚い命を輝かせ漂う人魂のよう。

しかしこのホタル、自分の前を行ったり来たりで、ホタルというよりも…人魂みたいだった(^^;

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しかし暑い最中、滝に来ると涼しさを感じるものだが、何故か涼しくなかったのは夜のせいだろうか?いや、それよりもこの水量の少なさからきているのだろう。それ程に、水量が無かった。夏の夜に、涼しさを求めるなら怪談、もしくは夕涼みなどとあるが、その両方を兼ね備える夜の緒桛の滝探訪も残念な結果になってしまった。また来るしか無いだろう、月の明るい晩にでも。。。
by dostoev | 2011-07-16 06:53 | 遠野体験記 | Comments(2)

遠野のホタル

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夜の9時に、一本の電話が来た。同級生からだった…「ホタル飛んでるぞ!」と。一瞬迷ったが、すぐに「行く!」と返事して、小友町は鮎貝まで行ってきた。着いてみると月が明るくて、川を煌々と照らしている。この月明かりが、ホタルの放つ光を半減させているようだ。
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この画像ではよくわからないが、草むらに沢山のホタルが潜んでいる。
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飛んでは草むらで休み、再びチョロチョロと飛ぶ。個人的には一斉に飛んで「蛍の光、窓の雪」となって欲しいものだが、そうはなかなか。また撮影も月明かりの問題もあり、かなり難しい。
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ある程度経ってから、どうにか撮影にも慣れたようだ。ホタルの光の軌跡を、どうにか捉える事ができるようになってきた。
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西日本と東日本では波長の問題から、西日本の方がカメラで撮影する場合、簡単に撮れるという。その難しい東日本での撮影だが、どうにかこうにか恰好は付けれるようだ。
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平成の世になって、遠野にヘリコプターによる農薬散布が一斉にされ、ホタルが激減した。それがここまでどうにかホタルが飛び交うようになったのは、感慨もひとしお。昭和時代のホタルの乱舞の再現には、もう少しだろう。
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とにかく正味一時間、小友の鮎貝地区での撮影を終了した。小友の山谷地区では「蛍の里」という看板を掲げているが、実際は鮎貝地区のホタルの方が多いという。撮影は、八坂神社下の川で撮影。
by dostoev | 2011-07-12 23:52 | 遠野体験記 | Comments(9)

死兆星

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竜桜氏の「死兆星」の言葉で気になった、北斗七星の補星でミザールの近くにあるアルコル。アラビアではこのアルコル(死兆星)を視力検査にしていたという。逆に見えないと視力の低下を云われたようだが、現代において、どれほどの人が、このアルコルを視認できるのだろう?

西アフリカ、マリ共和国に住むドゴン族の崇拝する対象はシリウスβであるという。天文学者がシリウスβを発見したのは19世紀になってからであり、ドゴン族は、それ以前からシリウスβを知っていたというのは驚き。とにかくシリウスの伴星のシリウスβとは、決して肉眼では見えない星だというのが一般的だ。

ドゴン族の神話には、現代にも通じる天文学的知識が組み込まれ、シリウスβの公転が約50年かかるというのも、天文学者が調べる以前に既に知っていたというのも、そのドゴン族の祖先が宇宙人だというもの、あながち否定できないのだろうか?「彼らノンモ(両生人)は、回転する船に乗ってオゴ(人類)の地へ降りてきた。」とドゴン族の神話は語る。

視力検査を"死兆星"程度で満足せずに、今度はシリウスβに挑戦してもいいのだろう(^^;
by dostoev | 2011-07-11 20:58 | 民俗学雑記 | Comments(8)