遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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<   2010年 09月 ( 24 )   > この月の画像一覧

収穫の秋

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現在、遠野では稲刈りが進んでいる最中。とっくに終わった場所と、これから…という場所が混在している。この稲刈りが終わると田んぼは、何も無くなり寂しくもなる。しかし冬が訪れると、この田んぼは雪原となって、美しい地吹雪が舞う地にもなる。
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とところで、この凍てつく岩手は遠野の地に、いつ頃から稲作が定着したのだろう?奥州藤原氏が鎌倉幕府に滅ぼされた鎌倉時代に、二度に渡る"蒙古襲来"という大事件があった。その時の朝廷が「このままでは京都が飢え死ぬ。」という言葉を吐いたのは、その当時の稲作の中心が九州であったようだ。蒙古襲来により、船便が出る事が叶わず、九州からの荷が京都まで届かなかったようだ。今でこそ、品種改良によって寒冷地でも美味しいお米が出来るようになったのは、本当にごく最近になってからだ。つまり奥州藤原氏の時代における稲作というものは、まだまだ不安定なものであったのだろう。
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こうして安定したお米が出来るまでには、計り知れない苦労と年月が積み重なっているのがわかる。心配されながらも、今年もどうにか豊作であるようだ。感謝しよう。。。
by dostoev | 2010-09-30 20:16 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

遠野不思議 第六百六十七話「佐々木喜善の墓」

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9月29日は、佐々木喜善の命日となる。ダンノハナは現在共同墓地になっているが、そのダンノハナの一番高みの位置に、佐々木喜善の墓がある。実はこの9月29日とは、自分の誕生日でもあるので、なんとなく気になり表敬訪問に訪れた。
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ところが…というか、やはりこの佐々木喜善の命日には"喜善祭"というものが開催されているようで、多くの人々が訪れていた…。

ところで喜善だが、菊池照雄氏の「遠野物語をゆく」本山桂川の喜善に対する印象の言葉が記されている。

「喜善君は変ってはいたが変人ではない。狂的なところがあったが狂人ではない。瞬間的に幽霊かオシラサマ、ザシキワラシの話しになると常人ではなくなった。彼は健康に恵まれ、意思が強かったら変人、奇人で通したろうが、普通の生活では病弱のためかその異常を抑えて周囲と妥協していた。」

この言葉から察するに喜善トイウモノハ、やはり半分以上"そちらの世界"に足を踏み入れていたのだろう。。。
by dostoev | 2010-09-29 10:28 | 遠野不思議(オブジェ) | Comments(0)

縄文物語

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9月26日、朧月夜の晩に観光客を連れて、夜のデンデラ野に出てみた。するとほんのりとした灯りが見えた。どうやら誰かがテントを張って今夜一晩、このデンデラ野で過ごすようだ。テントの脇にはスクーターがある…って、スクーターで旅している観光客?まあ、それもいいのだろう…。
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ところで、デンデラ野でキャンプといえば思い出すのが、漫画「縄文物語」を描いた高室弓生さんだ。彼女は、この「縄文物語」を描くにあたって、やはりデンデラ野にテントを張って過ごしたという。その漫画の中には、現存する遠野の地名の中での出来事が語られている…。

元々デンデラ野には、縄文の遺跡も発掘されている事から、縄文と遠野の時代を超越した空想が、自らのデンデラ野生活体験も交わって融合し「縄文物語」に散りばめられている。本物を作る、描く・書くとは、こういう事だろう。是非、遠野市民であるなら手にして読んで貰いたい漫画である。
by dostoev | 2010-09-28 11:53 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

貞任への道

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現在、遠野・釜石・大槌の三地区にまたがって風車が建てられている風力発電の施設は、遠野側から向うと、貞任山・五郎作山・石仏山と連なって新山へと行き着く。ところでこの新山だが気になるのは、新山神社というものが岩手県にいくつも存在するのだ。この新山神社の殆どは早池峯を信仰する神社であるのが一般的になっている。
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新山からの早池峰&薬師
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大槌湾と、ひょっこりひょうたん島のモデルとなった弁天島が僅かにわかる。
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大槌に属する新山牧場からの展望は、北に早池峰と薬師を遠望し、東に大槌湾。そして釜石に聳える仙盤山や片羽山に、六角牛山をも見渡すできる事のできる見事な展望地となっている。この一連の山々の麓に、安倍貞任の末裔が逃げ延び、移り住んだと云われる。初神に住んでいた貞任の末裔と云われる及川氏に話を伺うと、現在の初神には誰も住んでおらず、安倍貞任が祀っていた星の宮神社も、今では祭事は行われていないとの事。星の宮神社御神体も定かでは無いとの事だが、ただ昔から伝えられている事は、星の宮神社は星を祀っているというよりも、"空・山・川・石・大地・海"の自然を祀っていたのだという。
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新山では、桜の木を愛でているかのようだ。全てを紹介できないが、いくつもの桜の木に、名前が添えられ保護されている。写真の石割桜は、北を背にした山の神を祀る鳥居を潜った中に、巨石と共に並んでいる。室町時代に成立した「日本書紀纂疏」に、星に関してこう記述されている。

然らば則ち石の星たるは何ぞや。曰く、春秋に曰く、星隕ちて石と
為ると「史記(天官書)」に曰く、星は金の散気なり、その本を人と
曰うと、孟康曰く、星は石なりと。金石相生ず。人と星と相応ず、
春秋説題辞に曰く、星の言たる精なり。陽の栄えなり。陽を日と為
す。日分かれて星となる。

故に其の字日生を星と為すなりと。諸説を案ずるに星の石たること
明らけし。また十握剣を以てカグツチを斬るは是れ金の散気なり。


桜は"コノ花"とも云い、火の粉でもあったようだ。巨石の傍に、もしくはタタラ跡に桜が植えられるのも、金の精製の過程の象徴であるからかもしれない。ところでこの貞任山から新山にかけて気付くのは、早池峰&薬師が見事に見えるという事だ。
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貞任山(886m)の頂きに立って、開けた方向にはやはり早池峰&薬師が聳えている。まあ他にも展望は開けているのだが、特に早池峯と薬師が仲良く並んでいる姿が印象的だ。遠野の伊豆神社からは薬師と早池峯が一直線上に重なっているのだが、この地からはその両山の姿が完全に観る事ができるのだ。この展望を眺めて気付くのは、安倍貞任の末裔である及川氏の言葉…星の宮神社の祭祀の内容だ。つまり星の宮神社で祀られている信仰の根幹が、この貞任山から新山にかけての地から感じられるという事。そしてその中心にくるのはやはり早池峰では無かろうか?「陸奥抄史」には、こう書かれている。「…猿ヶ石南北に存在せる貞任山の二山これに解くべきかぎありとも曰ふ遠野村に今亡き西法寺は日下将軍の建立せし古寺なりと曰ふ荒覇吐神社社貞任山二山にありと曰ふも定かならずと地住の人曰ふ…。」「陸奥抄史」より抜粋。
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「夜の大槌湾」


貞任山には荒覇吐神社があるという事だが、ここで考える。貞任の祭祀とは、自然崇拝であったようだ。つまり朝廷側が普及させた木造の社を持つものではなく、自然祭祀であったのだと思う。遠野の西にある種山もまた貞任の遺跡を確認できるのだが、巨石を二つ並べた間に早池峰が見える。神社とは"神の社"の意であるが、これは何も木造で建てなくてもいい筈だ。つまり石を並べたものでも、じゅうぶん神社として成り立ったのではないだろうか?つまり種山の頂きの巨石を考えた場合、その巨石から見えるものが信仰の対象であり、その信仰の対象を枠取った巨石こそが神社そのものであったのだと思う。そして安倍貞任は、その巨石の中に何を見たのか?という事になるのだが、やはりそれは早池峯であろう。新山(しんざん)は音読みであり、近代になってそう読まれたのだろう。つまり新山の本来は「にいやま」か「あらやま」であったと思う。「荒川の道」で記したが、荒は山伏などの用語では、砂鉄などの金を表す意でもあった。つまり新山神社の殆どが早池峰を祀る神社である事から、新山とは"あらやま"であり、早池峰とは金の山の中心であったのだと思う。だからこそ、安倍貞任の祭祀や伝説には早池峰が付随する。安倍貞任の築いた文化や歴史の中心が早池峯であったのではなかろうか?つまりだ…この貞任山でいう荒覇吐神社とは、早池峰を祀る神社の意ではなかったろうか?
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「北上川流域の歴史と文化を考える会」主催のシンポジウムで工藤雅樹氏が発表した一部に、丹内山神社があった。御神体はアラハバキの岩とも呼ばれる巨石である。その丹内山神社の仁王像には応永19年(1412年)の胎内銘があって、それには「和賀郡種内郷」とあった古くは「タネナイ」と発音していた事がわかり、そこで工藤氏は"タネナイ"とはアイヌ語の「長い沢」の意であると説明している。しかし"種(タネ)"とは山伏用語で「山を母胎と考え、隕石を子種としたものであり、鉱物をいう。」となる。となれば"タネナイ"とはすなわち、山そのものであり、山に内胞されるものを信仰するものだろう。そしてこの丹内山神社の背後の遠くには早池峰が聳える。伊能嘉矩によれば、丹内山神社の大神は地神であり、それは滝ノ沢神社に現れたとあるが、その滝ノ沢神社に祀られている神は、早池峰の姫神である瀬織津比咩となる。どうも岩手県内の神社や信仰を辿ると早池峰にぶつかり、それが中心であるのがわかる。荒覇吐とは謎ではあるが、それが早池峰に結び付くものであるというのは理解できるのだ。安倍貞任の伝説の地に付随する信仰には、結局のところ早池峯が結び付くのがわかる。安倍貞任を理解する為には、やはり早池峰とそこに祀られている姫神を理解しなければ、その道の先へと進む事ができないようである。
by dostoev | 2010-09-27 23:21 | 安倍氏考 | Comments(0)

遠野不思議 第六百六十六話「ハンターちゃん」

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以前、貞任高原のハンター君というまねきんを紹介したが、実は女性版があったのを発見した。なんか招き猫のような感じだが、やはり背中には鉄砲を担いでいる。。。
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by dostoev | 2010-09-27 11:46 | 遠野不思議(オブジェ) | Comments(0)

夕からす

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朝からずっと雨が降りしきり、気温も10℃程度しか上がらなかった遠野。しかし夕方になり雨が晴れ、雲が晴れ渡って青空と赤く染まった夕焼けが見えた。そしてそこには無数のカラスが飛び交う。遠野銘菓「あけがらす」があるが、これは夕からすだ。無数のカラスが遠野の夕暮れを飛ぶのもまた、遠野ならではの情景か…。
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この日は中秋の名月の一日遅れだが、満月。妖しい雲の流れの中、満月と木星が夜空を照らしていた。
by dostoev | 2010-09-23 18:46 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(10)

怪フィールドワーク

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25日に迫る妖怪セミナーin遠野において"怪フィールドワーク"が行われるというのだが、民宿御伽屋オリジナル怪フィールドワークを先行開催した。参加者は、京都から参戦の3名(^^;
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河童の本拠地、河童池。この池から河童は、猿ヶ石川の淵に悪戯に行くという。。。
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"妖狐の墓"にて佇む3人。鹿くらいの大きさの白狐が埋葬された場所に、夜に参詣。。。
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夜のデンデラ野でのワンシーン。この後に、夜のマヨヒガ体験へ。。。
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とある河童淵にて。。。
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対岸の岩壁と緑色の水が、今にも河童が出てきそうなイメージを伝えている。。。
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この山の岩から、ある集落に棲む人々は生まれたという人の鋳型みたいな伝承の岩。俗称は沢山あるが、山のモノが生まれた岩であるので"物の怪の岩"でもある。。。
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by dostoev | 2010-09-22 03:09 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(9)

遠野祭りの日

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by dostoev | 2010-09-19 05:40 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(4)

マネキン。。。


たまたま昨日、ここに書き込みするグッドスノゥ氏のやりとりから、遠野にはマネキンが立っていて、たまにドキッ!とする場合があると紹介したので、昨夜松崎橋の入り口に立っているマネキンを撮影に。。。

よく警察などは、注意を促す?為に、警察官の人形?を道路沿いに立たせているわけだけど、この動画でのマネキンも、同じ意味を持つ…のか?場合によっては、こんなところにマネキンが立っているのを知らない人は一瞬『幽霊!?』と、思うかもしれない(笑)(^^;

今から15年くらい前、泊っていた女性が「夜に、外に出てもいいのですか?」と聞いてきたので「いいですけど、どこに行くのです?」と聞いたところ…「海を見てきます♪」と答えた…。結局その女性は、夜の笛吹峠を歩いて、大槌の海を見て来たわけだが、笛吹峠を夜中に歩いているところを、たまに通るドライバーが目撃したとしたら、それこそ「幽霊だ!」と思ったに違いない!実際、本人に聞くと途中、何台かの車にすれ違ったという(笑)(^^;

その女性も結婚してから落ち着いて?…今ではそういう事はしてないと言う(^^;

とにかく日本人の心理として、夜の闇に現れる女性の姿を目撃した場合、やはり"幽霊"をイメージしてしまうのは、日本人の文化の歴史でもあるのだろう。。。


* 車内に流れる曲は、新実徳英作曲「天の香具山」から
by dostoev | 2010-09-17 09:18 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(8)

荒川の道

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荒川高原へ続く道と、川が流れる。ところで荒川の語源を遠野では確認していないが、吉野裕著「風土記世界と鉄王神話」によれば、全国にいくつか荒川なるものがあるが、荒とは粗金(あらかね)、つまり砂鉄から発生しているようで、当然この遠野市の荒川も砂鉄に由来した名前なのだと思う。また遠野市には例えば"アラヤ"と付く地名があるが、やはり砂鉄に絡む地名のようだ。
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遠野市観光で有名な、田んぼの中の荒神様は「コウジン」と読まずに「アラガミ」と読む。これは出雲などの中国地方ではタタラ師の屋敷神として祀られている為、この写真の「荒神」もまた製鉄神の一面を持っている可能性がある。とにかく、アラは砂鉄を意味する。今度、確認する事にしよう。
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話を荒川に戻すが、この荒川の渓流沿いに不動明王を祀る祠がある。山伏が山を開発するにあたり、その軌跡として、巨石には不動岩、滝には不動の滝と命名する場合が全国に広がっている。この遠野の荒川沿いの不動明王の祠も、その名残であるのだろう。荒川が砂鉄を意味する川であるなら、山伏は、砂鉄…広義的に"金"を探してこの荒川沿いの道を辿りながら開発していったのだと理解できる。
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ところでその不動明王の祠を真っ直ぐ登っていくと、安倍貞任の館跡云われる地に辿り着く。この館跡の地を万畑(ヨロズバタ)と云い、館跡と共に御前釜と呼ばれる場所がある。遠野には御前沼と呼ばれる地はいくつかあるが、御前釜というのは、この地くらいだろう。ヨロズバタだが…万畑、もしくは万旗という地名は遠野に2カ所。一つは薬師岳に連なる山で、もう一つがここだ。早池峰の山懐深い地に2カ所のヨロズバタとは?おそらく栲機千々姫…その別名は万畑豊秋津師比売命から付いた地名ではないかと感じる。実はその万畑は、早池峰の姫神である瀬織津比咩の異称とも伝えられるが、まだ詳しい事は解っていない。
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画像は、大萩の釜淵だが「遠野物語拾遺22&24」には、淵にまつわる釜の話が紹介されている。ところで綾織に釜石という地があり、その地名の語源は沢の上流に釜形の巨石があり、そこから水が湧き出ているように見える。その釜形の巨石が、地名となったという。また沈んだ釜の伝説に、湯立て神事の釜が沈んだとか、もしくは粥を煮る釜が沈んだとか様々である。しかし釜は窯でもあり、火と水に関連する。阿曽沼氏は下野国から来たのだが、下野国には室八嶋神社というのがある。八嶋とは釜を意味しているのだが、室の釜で竃の意味であると。その室八嶋神社の祭神は、コノハナサクヤヒメ火中出産を果たしたので、竃の神と信仰されたようだ。ところで遠野だけなのかどうかわからないが、樺の木を「木の花(コノハナ)」という。樺はつまり桜の木でもあるが、桜の女神と伝えられるコノハナサクヤヒメであるから当然「木の花」と称して問題は無いだろう。しかし「コノハナ」は別に「粉の花(コノハナ)」とも呼ばれる。その意は"火の粉"の意も含むと云う。

しかし釜という言葉が、頭から離れない。釜、もしくは窯には、また別の意味が込められているのではないだろうか?だからこそ、遠野を調べると"釜"にぶつかるのは、古代の人々が何かを託し、隠語として伝えてるのではないかと考えてしまう。いずれ"釜"についても、調べる予定だ。
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画像は、早池峰神社に奉納されている鉄を溶かした絵馬だが、これを「鉄滓(ノロ)」といい、俗に「初花」と称す。やはり吉野裕著「風土記世界と鉄王神話」では、コノハナサクヤヒメが火中で出産した、ホデリ・ホスセリ・ホオリとは、鉄の精製の過程だと述べている。つまりコノハナサクヤヒメの火中出産で…つまり鉄を精製する過程において火の粉が飛び散る様はまるで「粉の花(火の花)コノハナ」が飛び散る様でもある。その過程の中で産まれたホデリは初花といい、画像の鉄滓となるが、また別にこの鉄滓を"馬鹿鉄"と称するのは、隼人阿多君の祖を蔑視した為だという。そういえばコノハナサクヤヒメの別称は神阿多都比売(カムアタツヒメ)であるから、ホデリを蔑視するというのはやはりコノハナサクヤヒメも蔑視されたという事であろうか?
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遠野における館跡には必ず桜の木があり、水神に関係する伝承が付随するようだ。安倍貞任の館跡周辺にはタタラ跡もある事から、独自に武器を精製していたものだと云われている。その信仰に繋がるのが、やはり早池峰であるよう。安倍貞任が山に築いた館跡には巨石があり、そこからは早池峯が見える。つまり早池峰を意識して館が築かれただろうと、館の調査をした菊池春雄氏&荻野薫氏は述べている。ただし狼煙の伝達手段の一環で、最終的に狼煙の行き着く先が早池峯であった可能性は高い。つまり遠野地方の情報を、更なる奥へと伝達する山が早池峯であったのだろう。この記事で記した安倍貞任の館跡は、その狼煙の過程の一つであろうと云われる。しかしそこには実質的な手段としての製鉄、もしくは狼煙とは別に、信仰的なものが全て早池峰に行き着いているかのようだ。つまり安倍貞任一族は、早池峰の神を信仰していたのだと考える。
by dostoev | 2010-09-16 06:50 | 安倍氏考 | Comments(11)