遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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遠野不思議 第六百六十二話「神の隠里」

f0075075_749359.jpg

昔橋野川を、神が石の船に乗って下ってきた。そうして早栃まで来て、ああ
ここが気に入ったと言って、川の岸の丘の上の岩穴に入られた。そこを隠里
といって、祠を建ててその神を祀った。石船は二つ、今でも遺っている。腰
かけなどで祟りがあるということで、村では堅く戒めている。

         「遠野物語拾遺38」

f0075075_750515.jpg

石船は過去に紹介したのだか、神が入ったという岩穴で隠里と呼ばれる場所はまだ
紹介していなかった。確かに岩がゴロゴロしている場所ではあるか、岩穴と呼ばれ
るようなものは無かった。現在その手前は畑になっており、鉄塔も建てられ、神が
入ったという神秘性は皆無に感じる…。
by dostoev | 2010-03-29 07:55 | 遠野不思議(伝説の地) | Comments(2)

遠野妖怪観光?

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妖怪に興味ありという観光客の言葉により、短時間で回れる遠野妖怪観光コース?
を回ってきた。「遠野物語」によれば「猿ヶ石川に甚だ多し…。」という河童淵系と
いう事で、まずは河童の本拠地の池から暫く他を周り、上記の写真の「穴あき淵」へ。
水辺に面した岩穴に、河童に引き込まれた人間の死体が入っているという恐ろしい伝
説の河童淵に果敢にも挑戦。少々危険だが、これくらいの冒険が無いと、つまらない
ものか…(^^;
f0075075_819523.jpg

この穴あき淵を上か見下ろした画像。
f0075075_820681.jpg

ここは「妖怪キャシャ」という化け猫が石になってしまったという、伝説の「猫石」。


とにかく2時間コースで周ったのは「伝説の河童の本拠地」→蛇体となった、おせんが
飛び込んだ「おせんヶ淵」→無数の虫が発生し山を越えていった後に建てられた「虫供
養塔」→「穴あき淵」→「猫石」→「寺の下狐の関所」→「砂子沢の河童淵」と、だいたい
2時間コースて終了。お疲れさまでしたm(_ _)m
by dostoev | 2010-03-24 08:37 | 御伽屋・幻想ガイド | Comments(29)

緊急転載「子供手当法案について」

「某人物のページを転載」

昨日2/24、「在日外国人に対する子供手当て」について疑問に思い厚生労働省に電話質問しました。やはり唖然とする回答を頂きました。以下に列記します。

1.在日外国人への子供手当ての支給は行われるのか?その際の基準はあるのか?
(回答)国内に住んで税金を納めていれば分け隔てなく支給されます。永住資格者だけではなく
短期滞在者(一年でも)でも支給されます。特に審査要件はありません。

2.子供を母国に残している親にも支給されるのか?
(回答)申請すれば支給されます。

3.養子や婚外子でも支給されるのか
(回答)支給されます。

4.本人の子供であることをどうやって判断する のか?
(回答)申請書類と子供と定期的にメール等のやり取りがあれば良い事になっています。

5.母国に子供や養子が何人いようと申請するだけで支給されるのか?
(回答)特に人数の制限はありません。

6.例えば一夫多妻制の国民で母国に何十人の子供がいると主張するだけでその人数分支給されるのか?
(回答)はい、支給されます。

7.ちなみに海外で滞在している日本人家族、子供を日本に残して海外に駐在している家族には
支給されるのか?
(回答)親が日本に住んでいませんので支給されません。

8.海外駐在の日本人には支給されず在日外国人には大盤振る舞いにふるまっているがその論拠は?
(回答)鳩山総理の友愛精神です。また日本が難民条約を締結している観点からです。

9.難民条約と在日外国人に子供手当を支給することとどう関連があるのか? 在日中国人らは
難民か?
(回答)平成22年度4月以降はとにかく支給を優先します。問題が多ければ平成23年度に支給条件の検討を行います。(まともに答えず)

9.国交が無く、国連からも制裁を受けている北朝鮮出身の国民でも同様に支給されるのか?
(回答)同様です。

10.在日外国人に対する支給についてなぜホームページや書面で事前に公表しないのか?私たちの税金の使途を事前に公表して論議するのはあたりまえではないのか?
(回答)まだ骨子の段階で正式に決まれば公表します。ご意見は賜りました。



【別質問】
                          

問:該当する日本人家庭に子供一人当たり年間幾ら支給されるか?
答:22年度案によれば、月額1万3千円、年額15万6千円。
  23年度以降は、月額2万6千円、年額31万2千円。

問:該当する日本人家庭の総数はどの程度か?
答:約1700万。

問:その結果、必要とされる国税は如何ほどか?
答:22年度は2兆3千億円程度。
  23年度以降は、5兆5千億円程度。

問:該当する外国人家庭に子供一人当たり年間幾ら支給されるか?
答:22年度案によれば、月額1万3千円、年額15万6千円。
  23年度以降は、月額2万6千円、年額31万2千円。

問:該当する外国人家庭の総数はどの程度か?
答:上記約1700万の中に含まれる。約1%程度と予想。

問:「所得制限無し」というのは本当か?
答:本当である。

問:必要な条件は「住所のみ」というのは本当か?
答:基本的には住民票のみ。

問:実子でなく「養子でもよい」というのは本当か?
答:本当である。法的に養子は「実子と同等」。

問:犯罪者にまで支給する根拠は何か?
答:法の下の平等から。

問:国外の子供にも支給されるのか?
答:支給される。

問:家族関係の証明は?
答:市町村レベルで行う「養育の実態調査」による。

問:家族実態はメール等の連絡だけでもよいというのは本当か?
答:詳細は市町村レベルで。厚労省はそれにアドバイスする。

問:該当する在外子弟が激増した場合、如何なる対処をするのか?
答:現状では考えていない。

問:在外子弟を含めて、外国籍の者に手当する根拠は何か?
答:法の下の平等によるが、今後の検討課題としている。

問:国家の経済が破綻しても、なおこれを行うのか?
答:今後の検討課題。23年度の本格実施時に詳細を決定する。

問:母国に100人の養子を持つ人物に支給する年額は幾らか?
答:22年度は1560万円。23年度以降は3120万円。

問:1000人の孤児と養子縁組をしている孤児院経営者が日本に住所を持った場合、彼等全員に子供手当が支給されるのか?
答:法的には年間1億5600万円、23年度以降は3億1200万円、支給される。

問:如何なる「歯止め」も無いのか?
答:法的には無い。ただし施設の場合の例外等、運用面での検討、及び実態調査の厳格化などが考えられる。

問:これらの財源は何か?
答:税金である。

問:消費税に換算して何パーセントのアップになるのか?
答:数%に相当するだろう。

問:それを日本国民が負担せねばならぬ理由は何か?
答:今後の検討課題である。


皆様、日本人には厳しい条件が課されていようとしているのに在日外国人には野放図に支給されようとしています。犯罪者や犯罪歴のある者も含まれているようです。明らかに外国人参政権、移民一千万促進成立を見据えた環境づくりと言えます。
by dostoev | 2010-03-18 17:30 | Comments(2)

尾崎半島を歩く(その3)

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この尾崎半島には、モミの木の自生林があるという。看板を読むと、モミの木とブナ
が同時に自生しているのは、国内ても珍しいとの事。遊歩道には雪を除けば、沢山の
落ち葉が堆積している事から、落葉樹であるフナが多いのがわかる。つまり、当然の
事ながら、熊の好物てもあるドングリも多いという事だ。しかし熊ほど警戒心の強い
動物はいないと思っている。わざわざ人間の気配や匂いがあるのに、のこのこ出てく
る熊も、そうそういないのだろう。
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画像は、尾崎半島を歩こうとしたその時に現れた仔鹿
熊と出会って写真を撮りたかったが、叶わず。とにかく、尾崎半島の先端まで行く事
にした。
f0075075_20255382.jpg

遊歩道の中間地点には、写真のように休憩所も設けられている。やはり、日向の場所は
雪もすっかり溶けている。その休憩所の傍に、看板があった。
f0075075_20272187.jpg

「三貫島」の紹介が書かれているが、井上ひさしの「ひょっこりひょうたん島」のモデ
ルか三貫島と説明されているが、確か大槌湾にある弁天島が本来のモテルだと聞いてい
たが、果たしてとうなのだろう?とにかく三貫島は、この休憩地点からも、灯台のある
先端からも見る事かできる。
f0075075_20321385.jpg

暫く歩くと、やっと灯台が見えた。灯台には鍵がかけられており、内部の見学は無理の
ようだ。灯台の周囲は、危険防止の為に、柵と松の木で囲まれている。展望か開ける場
所は一か所だけだ。

f0075075_20352855.jpg

「三貫島」
f0075075_20355093.jpg

足元に見える磯場。
f0075075_2036561.jpg

とにかく釜石港から船で青出港へと渡り、そこから遊歩道をのんびり歩いて、1時間
程度でいける尾崎半島の先端であるけれど、やはり尾崎白浜からの陸路を進む事だけ
は、絶対お勧めてきない。何故なら体力の低下した帰り道こそが、大変だからだ(^^;
by dostoev | 2010-03-17 20:44 | 遠野体験記 | Comments(2)

尾崎半島を歩く(その2)

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尾崎神社の向って左脇に、尾崎神社奥の院と、尾崎半島の先端にある灯台への遊歩道
の入り口がある。とにかく表示によれば、片道70分程度で行けるようだ。
f0075075_1393998.jpg

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ただし遊歩道には、かなり雪が残っているのが現状だった…(^^;
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予定より早く、歩いて15分程度で尾崎神社の奥の院に到着した。
f0075075_1317214.jpg
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この奥の院も”剣”を意識しているものとなっている。
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ささっと奥の院を見た後に、やはり尾崎半島の先端までいかねばならぬと、歩きだした。
f0075075_1323894.jpg

やはり日陰の個所は、雪が多い。さあ行こうかというその時、獣の唸り声らしきが聞こ
えた…。
f0075075_1610564.jpg

とにかく尾崎半島には”熊注意”の看板か多く建てられている。滅多に人が来ない地で
もある為、熊ものんびり過ごせるのが尾崎半島なのかもしれない…。
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上記の写真のように、雪上やあちこちの糞や足跡を調べても、殆ど鹿はかりだ。しかし
3月の半ばというものは、地域によっては既に熊も冬眠から目覚めている時期でもある。
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そこで雪上の足跡を、よくよく注意して探すと、あった!…真新しい”熊の足跡”だ。
by dostoev | 2010-03-16 13:45 | 遠野体験記 | Comments(2)

尾崎半島を歩く

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尾崎半島は釜石市から、まるで剣のように海へと突き出している半島である。この尾崎
半島に鎮座している尾崎神社の御神宝が剣である事から、尾崎半島の形を意識してのも
のだったのかもしない。何故なら、遠野南部氏が八戸根城より転封後、釜石の尾崎神社
に参詣し、海防の海岸警備及び巡視したのだという。これは、南部以前に遡る事からも
尾崎神社というものは三陸の警護の意味が強かったのたろう。また「日本後記」にも狄
が流れ着いている記述から、突出した半島には、多くの外国などの漂着船なども多くあ
ったらしい。とにかく尾崎半島は釜石市に属するのだが、間接的に遠野にも関連するも
のとし、取り敢えず行く事にした。
f0075075_14481921.jpg

尾崎神社へ行く為に、尾崎白浜で数人の人から聞き込みをした。大抵の場合、船で青出
港へと渡り、そこに尾崎神社があって、先端の灯台までは約70分程度かかるという事
だ。陸路は無いのですか?と聞くと、山へと伸びている舗装道路の行き止まりから歩く
しかないそうな。

年の頃は60歳前後の人でも、歩いて行った事は無いとの事。確か”獸道”らしきはあ
ると聞いた事があるので、とにかく行けば道があるんじゃないか?と、とにかく車の行
き止まりまで行った先の道が、写真の状況で、とても道というものでは無かった(^^;
f0075075_152582.jpg

何も無い山中を歩くより、海を見ながら歩いた方がと思ったが、雪に加え、枯葉も多く
堆積している事から、かなり滑る。ましてや断崖絶壁か多いので、あまり海沿いを歩く
というのは、お勧めできない。ただ山ヒダ状態になっている為、尾崎神社まではいくつ
もの峰を下って登る事を、何度も繰り返さないと行けないので、かなり体力を消耗する。
多分、本来の遊歩道という獸道は、山沿いにあるのだと思うのだが。。。
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遠目にやっと、目的の尾崎神社があるという青出港が見えた。とかく目的地が見えたの
で後はひたすら歩くべしだ。
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この鳥居を潜ると、尾崎神社だ。尾崎神社の詳しい内容は別に記すとして、まず写真だ
けでも紹介。
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尾崎神社を参拝した後に、今度は確立された道である”遊歩道”をあいて、尾崎神社の
奥の院と、尾崎灯台へと進む事になる。熊に注意の看板がかなりあるのだが、この時期
ならまた心配する事は無いだろう。道が無いところを歩いてきたのて、とにかく道があ
るというのは嬉しいものだ(^^;
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by dostoev | 2010-03-15 15:28 | 遠野体験記 | Comments(2)

山口部落(その4)

山の神が祀られる場所として、山頂・山腹・山口・田の側・村の道などがいろいろ
ある。しかし一番多いのは、山の口であるという。

柳田國男の「山民の生活」において…。

「山の神は今日でも猟夫が猟に入り、木樵が伐木に入り、石工が新に山道を開く
際に、必ず祀る神で、村に由っては其特山に数十の祠がある。思ふに此は、山口
の神であって、祖先の日本人が、自分の専有する地と、未だ専有せぬ土地との境
に立てて祀ったものでありませう。」
と記している。

これは「常陸風土記」の夜刀神を人間の耕作地と山の領分とのむ境の山口に追いや
り、そこに社を建てて長く祀った事と同じ事を柳田國男は述べている。

全国的に山の神を祀る事を「山の口開け」「山の口」などというから、この遠野の
山口もまた、山の神が祀られていた地という意味であったのだと思う。山口は貞任
山に加え、南に鎮座する六角牛山の登り口の意があった。

また山口では夕暮れ子供を諭す言葉に「門助婆が来るから早く帰れ」というものが
あるのは、六角牛の主にさらわれた「遠野物語」でいう”サムトの婆”の事であっ
た。六角牛の山裾の山口部落は、リアルに六角牛の山の神の恐怖が根付いていたの
かもしれない。

沿岸へと抜ける峠の入り口でもあった山口部落は、夜毎に通る人の声や歌が聞こえ
たという。それが生者のものなのか、死者のものなのか、いろいろな想像を胸懐に
抱いて寝たのだと云う。こういう地で育った佐々木喜善であるから、「遠野物語」
のような不思議譚に対する興味を持ったのかもしれない。

山口部落に南沢の家というのは、文政年間まで遡るという旧家であった。この南沢
家はお屋敷であったのだろう、この家には泊りがけで桶屋・下駄職人・鋳かけ屋・
傘貼り職人など、沢山の職人がこの家に泊り込んで、大所帯である南沢家の道具類
を作ったり、この家を拠点に村を巡って、商売をしていたのだという。

昭和三十年代に、この南沢家を解体した時に、屋根裏から仏像が発見されたという。
当時の話では、ホイド(法衣人)の服装で南沢の家に泊っていた、彫り物が上手な
人物がいたようだ。その当時、彫り物が上手い為”生き仏ホイド”と呼ばれていた
という。当時は、円空仏が発見されたと言われたようだが実際は円空仏ではなかっ
たようだ。その仏は現在、土淵は常堅寺にオビンズル様として祀られている。

また佐々木喜善も、山口部落の村長になったくらいなので、多くの人が訪れ、泊っ
たのだと。このように多くの旅人と接した佐々木喜善は、また多くの話(口承伝承)
に接したものと考える。

とにかく山口部落とは、山の神など多くの神々を祀る山の入り口であって、またそ
の山を越す多くの旅人が訪れた地でもあった。その為に山口部落には、様々な信仰
が根付き、摩訶不思議な話の渦巻く地であったものと感じてしまう。また縄文の遺
跡もいくつか発掘されている事から、古代からの聖地としても山口部落はあったの
だと考えてしまう。星谷という地名もまた、縄文人の星読みの名残からきているの
だろう。そういう山口部落は、まだまだ面白いものが発見されそうた。
by dostoev | 2010-03-13 11:24 | 民俗学雑記 | Comments(5)

「山口部落」(その3)

山口部落から沿岸へ抜ける峠は大槌街道とも呼ばれたが、一時はスリーグリーン
ラインとも呼ばれた。脇道以外は全て舗装道路となり、沿岸への行き来は昔に比
べてかなり楽になっている。頂きに辿り着くと北にはマヨヒガなどで有名な白望
山が聳えて、山の深さを感じるのだが、戦後に志向された北上山系牧場開発で、
木々は伐採されて、貞任高原と呼ばれるようになった。昔は鈴蘭の群生地で有名
だったらしいが、今では開発の影響で、その面影は無くなった。また今から20
年くらい前には、スペースシャトルの発着基地の候補地として遠野市は立候補し
たが、断念。その貞任高原は今、風力発電の風車が乱立する異様な山に変貌して
しまった。

ところで山口部落から水芭蕉の群生地までの道路の右下に和野川が流れているが、
以前はその川沿いの道が旧道であった。貞任山から山口部落へ向かって下ると、
弁慶の足型岩があり、義経伝説も付随していた。それとまたエボシ岩があり、静
御前の伝承もまた伝わっている。

それから下ると白山様と呼ばれる地があり、昔は滝が流れていたようでその傍に
は2尺ばかりの石塔が建っており、そこは長者になる為の祈願場所であったとい
う。これは白山の御宝蔵の信仰が伝わってのもので、同じ物が早池峰の中腹に御
金蔵という岩があるのと同じだ。

右の孫左衛門は村には珍しき学者にて、常に京都より和漢の書を取寄せて
読み耽りたり。少し変人と云ふ方なりき。狐と親しくなりて家を富ます術
を得んと思ひ立ち、先ず庭の中に稲荷の祠を建て、自身京に上りて正一位
の神階を請けて帰り、それよりは日々一枚の油揚げを欠かすことなく、手
づから社頭に供へて拝を為せしに、後には狐馴れて近づけども遁げず。手
を延ばして其首を抑へなどしたりと云ふ。村に在りし薬師の堂守は、我が
仏様は何物をも供へざれども、孫左衛門の神様よりは御利益ありと、度々
笑ひごとにしたりと也。


                            「遠野物語21」

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また以前にも「遠野物語21話」をダキニ法として書き記したが、呪術が施された
山口部落には別に、山口孫左衛門の呪術もまたある。

デンデラ野の奥にある小山には白狐の墓があるのだが、確かに見渡せば人工的に盛
った塚の形を成している。伝承としては、山口孫左衛門の父親が、その地に伏して
いた鹿ほどの大きさの白狐を小作人に命じて埋葬した場所であるという。しかし、
デンデラ野の地はそれ以前からイナリの地として信仰されていたのではないのか。
京都で有名な伏見稲荷の背後に聳える稲荷山も、秦氏が伏見稲荷を建立する以前か
ら土着の信仰の地であり、それは伏見稲荷だけでなく全国に、同じような稲荷山信
仰があったという事がわかっている。つまりデンデラ野の地も、かなり古くからの
イナリ山ではなかったのではないか?そのイナリ山であったデンデラ野は、明治時
代には山口孫左衛門の所有地でもあった。その神聖な信仰の地を使って、山口孫左
衛門は、ある呪術を施したのだと考える。

「遠野物語21話」において山口孫左衛門が狐と親しくなって家を富ます術をしよ
うと思い立ったのは、やはり「源平盛衰記」であろう。
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或時蓮台野にして、大なる狐を追出し、既に射んとしけるに、狐忽ち
黄女に変じて、莞爾と笑ひ立向て、我命を助け給はば、汝が所望を叶
へんと云ければ、清盛矢をはづし、如何なる人におはすぞと問う。

女答て伝、我は七十四道中の王にて有ぞと聞ゆ。さては貴狐天王にて
御座にやとて、馬より下りて敬屈すれば、女又本の狐と成て、コウゝ
鳴て失せぬ。清盛案じけるは、我財宝にうゑたる事は荒神の所為にぞ、
荒神を鎮めて財宝を得んには、弁才妙音にはしかず、今の貴狐天王は
妙音の其一也。さては我陀天の法を成就すべき者にこそとて、彼の法
を行ひける程に、又返して案じけるは、実や外法成就の者は、子孫に
伝へずと云ふものを、いかが有るべとき思はれけるが、よしよし当の
如く、貧者にて長らへんよりは、一時に富みて名を揚げんにはとて行
はれけども、行く末が後いぶせく思ひて、兼て清水寺の観音を憑み奉
りて御利生を蒙らむとて、千日詣りを始められたり。 

                         「源平盛衰記」

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山口孫左衛門は、自身の敷地に「蓮台野(デンデラ野)」があるという事から、
当然の事ながら蓮台野と狐が結び付く書籍は「源平盛衰記」しか無い。だからこ
そ山口孫左衛門はデンデラ野の中に稲荷を祀った。江戸時代に庶民に一気に普及
した稲荷は、家の守り神、商売の守り神ともなり、庭などの敷地内に建てたのが
一般的なのだが、何故山口孫左衛門がわざわざデンデラ野の山の中に稲荷を建立
した理由は明白だ。
by dostoev | 2010-03-13 11:16 | 民俗学雑記 | Comments(0)

山口部落(その2)

山口部落は山間の谷に位置する為、東に聳える貞任山などが邪魔で、朝日が昇
るのが遅い。では、この山口部落で一番日当たりの良い場所はどこか?という
と、それは部落の西側にあるデンデラ野になる。

このデンデラ野は姥捨て伝説のある地ではあるが、縄文の遺跡が発掘されてい
る事からわかるように、山口部落では一番住み良い場所なのかもしれない。デ
ンデラ野に密かに佇む水神を意識した金毘羅の石碑は全て東を向けて建てられ
ている。これは山口部落を向けているのと共に、太陽の光を受けるという考え
からも来ている筈。

古来から、水に太陽の光が重ねられ、万物か生成されるという観念が根付いた
為に、金毘羅などの水神系の石碑は太陽の昇る方向に向けられて建てられてい
る。ただし道路沿いの石碑群は、昭和時代に道路工事でまとめられた為に、向
きなどはあまり参考にはならないと思うので、あしからず…。

山口部落で大切に祀られているのは、薬師堂だ。薬師はインドの神であるヤク
シーと重ねられている。ヤクシーは森の神でもあり水神系にも繋がる神だ。薬
師もまた光と水との性格を有するものであるから、山口部落では大切にしてき
たのだろう。それと共に薬師は「くすし」ともなり、医療技術が発展していな
い昔、病気などを薬師に祈願したののたろう。ただ貞任山の入り口には、虫歯
に効く石(未確認)などがあったようで、薬師だけではなく、様々な心や体の
支えとなる信仰かあったのだろう。

この山口部落の薬師堂は、何故か北西の方角に向けて建てられている。その方
向には、薬師岳&早池峰山が聳えている。早池峰にも太陽信仰があるのだが、
実際に遠野盆地が夕暮れで薄暗くなっても尚、早池峰は明るい山肌を人々に曝
け出す。朝日が一番真っ先に当たり、その姿を現すのも早池峰であり、夕暮れ
の薄暗い中でも早池峰は夕日の赤色を受け、朱色に染まる姿を見せる。

つまり、この山口部落の薬師堂は日(火)を受け入れる為に建立されたものだ
と考える。とにかく山口部落で祀る神々は、薬師堂だけではなく、考えられて
配置された神々がいるのがわかる。

山口部落の地形は、V字型の谷の中にある集落だ。そのVの奥に鎮座するのが
薬師堂で、V字の両先端には各々愛宕神社が祀られている。つまり、山口部落
に入る為には両側の愛宕神社の間を通って入るようになっている。

京都で鬼門(北東)を守るのは比叡山であり、裏鬼門(南西)を守るのが愛宕神社
となる。山口部落の入口に立つ愛宕神社は、各々南と西を向く。つまり、南西
である裏鬼門を睨み、悪鬼が寄り付かなくする為に、愛宕神社は意図的に配置
されたのかもしれない。

また山口部落のV字型は、真っ直ぐ早池峰に向いている。太陽信仰のある早池
峰の神を受け入れる…つまり”火(日)”を受け入れるという意味合いもある
のかもしれない。何故なら山口部落の内部には、水に関する神様が祀ってある
からた。これは、日の巫女の伝承に関する概念が伝わっているのだと考える。
日差しを浴びた巫女は妊娠するというもので、この巫女の大抵は水神に仕える
巫女であった。だから母胎と同じ山に囲まれた山口部落は子宮そのものと思っ
ていいのかもしれない。そこに遠く西北に聳える早池峰の神を迎え入れ妊娠
(豊穣)を成すという考えからの山口部落なのだろう。
by dostoev | 2010-03-13 11:07 | 民俗学雑記 | Comments(0)

山口部落(その1)

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遠野の観光地としての山口部落とは、柳田國男に遠野の話を伝えた佐々木喜善の
住んでいた地である。そしてデンデラ野と水車小屋には、年間多くの観光客が訪れ
る。この山口部落を、深く掘り下げて紹介してみたい。
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山口という地名の大抵は、山の入り口を表わす。それは山が御神体であり、その山
の信仰を里に降ろした里宮信仰から発生した地名の場合が多い。その山の信仰も水
分神という水の神様の信仰から始まっている。水を司る神というものは山の分水嶺
にいるものだという、自然信仰になる。

この山口部落から、東に聳える貞任山を越えると沿岸地区になる。古来から峠とし
て人の往来が多い場所であった。山の入り口であり、峠の入り口が、この山口部落
であった。

広瀬大忌祭の祝詞には「如此奉らば、皇神等の敷き坐す山山の口より、狭久那多利
に下し賜ふ水を、甘き水と受けて、天下の公民の取作れる奥都御歳を、悪しき風・
荒き水に相はせ賜はず、汝命の成し幸へ賜はば…。」とあり、山口には水に関係す
る信仰が根付いている。
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実際に、山口部落の入り口には大洞という地があり、ここには大洞明神と呼ばれる
一本桜が鎮座している。これは山の頂に鎮座する水の神を里に降ろして、里宮とし
ての証として植えた山桜であった。

また山口部落から西を望むとデンデラ野といわれる地の小高い山が見える。この山
の頂にも金毘羅の石碑が置かれている。古来は沢が流れていたので、金毘羅の石碑
が置かれたのだと言う。ただしこの金毘羅の石碑のある地は、縄文の遺跡も発掘さ
れている事から、縄文人が住んでいたのだろう。こうして考えてみると、現在の山
口の集落は大きな河が流れていたか、湿地帯であつたのだと理解できる。

また縄文の遺跡といえば、水車小屋から南の方へ行くと、やはり縄文の遺跡が発掘
された地があり、今ではそこにホウリョウ神(飛龍神)が鎮座しているのも、水に
対する信仰からだろう。

山口部落の大洞に鎮座する山桜の木を”大洞大明神”と書き記しましたが、実際の
大洞大明神は山に登ったところに池があり、その池の水を穢すと祟りがあると云わ
れていた地だった。

実際に某人物が、その池のの傍にある木を切り倒し、その後に弁当を食べた残りの
魚の骨を池に捨ててから池の水を飲んだところ、死んだそうな。

また切られた木も、山桜の木であったと云われています。つまり大洞大明神とは水
神系であると思われ、たぶん遠野の各地に広まる”沼の御前”では無かったか?と
思ってしまう。

その大洞大明神の分霊としての山桜を、現在の地に持ち寄ったのだろう。桜には死
の匂いがするが、この山桜の木の下には死して尚、魂は再び巡り合うなどという伝
承も語られるのは、桜の木の本質からくるものだと思う。
by dostoev | 2010-03-12 14:23 | 民俗学雑記 | Comments(0)