遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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遠野の春の兆し…フキノトウ

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by dostoev | 2009-01-31 11:45 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

遠野不思議 第六百二十三話「山口の熊野堂」

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現在、某家で祀られている熊野堂だが、以前は北川家で祀られていたようだ。「遠野物語拾遺232」にも登場する熊野堂でもあり、地元からは「くまんどう」と呼ばれている。

建立時期は定かでは無いのだが、ここを祀っていた羽黒修験の山伏であった北川家が、土淵の五日町から和野へ別家として来たのが寛永十六年(1639)であるから、それ以降の事になるのだろう。

現在のお堂は、平成17年に新たに建立されたものだが、堂内に並ぶ、いくつかの木彫りの像に関する由来は定かではない。中央には不動明王を祀ってはいるが、本来は中央に鎮座する仏像は違うものだったのだろう。平成20年の地震で、仏像が倒れ、それ以前とは違う配置になっているが、更に遡れば、地震毎に仏像が倒れ、また由来も北川家から某家に移った事から、本来中央に鎮座する仏像がわからなくなったのかもしれない。

また熊野本来の姿に、このように雑多に仏像を並べる事が無い為、この仏像はあちこちから集められて並んだに過ぎないものと思われる。
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またこの熊野堂が祀ってある山自体も「くまんどう」と呼ばれ、その入り口には北川家の墓所(写真左側の唐松林に囲まれた中)があり、この墓所脇を通って熊野堂へ行くというのは、北川家の一つの聖地である意味合いもあったのだろう。

熊野修験と羽黒修験の関係は密接で、仁徳天皇、もしくは応神天皇の皇子が羽黒に流されたという伝説もあり、古くから羽黒は開けていたのだろう。

羽黒修験の開祖は蜂子皇子と云われており、崇峻天皇の息子でもあり、聖徳太子の従兄弟でもあった。この蜂子皇子が政権争いの難を逃れ羽黒へ来、三本足の烏に導かれ羽黒山へ入ったのだという。つまり、蜂子皇子を羽黒に逃したのは熊野修験の誰かであり、元から熊野との繋がりは深かったのだろう。そして同系列である為、西日本が熊野を中心に信仰が広まり、東日本は羽黒を中心に信仰の広がりをみせたのだと思う。なので羽黒修験の山伏が建立しても、羽黒堂ではなく熊野堂となっているのは、熊野と羽黒の繋がりを示すものだろう。
by dostoev | 2009-01-26 13:40 | 遠野各地の熊野神社 | Comments(2)

遠野の吹雪。。。

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by dostoev | 2009-01-19 21:35 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

雪の遠野

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by dostoev | 2009-01-18 13:24 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(4)

大洞の山桜

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by dostoev | 2009-01-16 17:27 | 遠野不思議(桜) | Comments(0)

どんと焼き


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1月15日は、どんと焼きの行事があった。「ゴンゲサマ」の話でも書いたが、
この火の神事の発生は、火の技能に長けた者達から発生したようである。
護摩焚しかり、その根底にあるのは拝火教ではないかという説がある。

小説家である松本清張は「火の路」という本の中で、拝火教が日本に入り込
んでいるのでは?という仮説の元に物語を展開していく。この松本清張の仮
説は、学会にも多大な影響を及ぼしたというのは、完全否定できない事でも
あったからだ。

どんと焼きもまた、拝火教の神事の一つに似通っていると云われる。ただ現
在は、そんな事は微塵にも感じさせず、ただ一年に一度の行事に組み込ま
れ、日本人の日常と化しているのが現状だ。
by dostoev | 2009-01-16 10:22 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

男の不気味な叫び?音の怪。。。。



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昨夜フト、土淵町にある大洞の山桜が気になり、車を飛ばして撮影しに行ってきた。
遊びついでに、車内では「エコーナイト」という心霊系のゲーム音楽を流しながら
動画を撮影していた。。。。

当初は気付かなかったけれど、動画の中に違和感を覚えるシーンがあったので、
もう一度ボリュームを上げて聴いてみる事にした。すると丁度、山口部落と貞任高
原の分岐点に差し掛かったあたりで、男が「オオッ!」という叫び声が聞こえる。そ
の後にもう一つ「オッ…。」と聞こえるし…(ーー)

その時は運転中で、車内に流れる音楽も拾っての撮影なので、絶対に誓って声は
出していない。それじゃ何かの音と考えても、外部から聞こえる音とゆうより内部か
ら聞こえる音に感じるのだが、実際どうすれば内部であのような音がするのか?

音楽も相まって、不気味な感じになってしまった。。。
by dostoev | 2009-01-15 09:10 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)

遠野の冬の朝を走る。。。

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by dostoev | 2009-01-11 10:26 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)

「遠野物語拾遺28(人柱)」

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松崎村の字矢崎に母也堂という小さな祠がある。昔この地に綾織村字宮ノ目
から来ていた巫女があった。一人娘に聟を取ったが気に入らず、さりとて夫婦
仲は良いので、ひそかに何とかしたいものだと思って機会を待っていた。

その頃猿ヶ石川から引いていた用水の取り入れ口が、毎年三、四間が程必ず
崩れるので、村の人は困り抜いて色々評定したがよい分別も無く、結局物知り
の巫女に伺いを立てると、明後日の夜明け頃に、白い衣物を着て白い馬に乗っ
て通る者があるべから、その人をつかまえて堰口に沈め、堰の主になって貰う
より他にはしょうも無いと教えてくれた。そこで村中の男女が総出で要所要所に
番をして、その白衣白馬の者の来るのを待っていた。

一方巫女の方では気に入らぬ聟を無き者にするはこの時だと思って、その朝早
く聟に白い衣物を著せ白い馬に乗せて、隣村の附馬牛へ使に出した。

それがちょうど託宣の時刻にここを通ったので、一同がこの白衣の聟をつかまえ
て、堰の主になってくれと頼んだ。神の御告げならばと聟は快く承知したが、昔か
ら人身御供は男蝶女蝶の揃うべきものであるから、私の妻も一緒に沈もうと言っ
て、そこに来合せている妻を呼ぶと、妻もそれでは私も共にと夫と同じ白装束にな
り、二人でその白い馬に乗って、川に駆け込んで水の底に沈んでしまった。

そうするとにわかに空が曇り雷が鳴り轟き、大雨が三日三夜降り続いた。四日目
にようやく川の出水が引いてから行って見ると、淵が瀬に変わって堰口に大きな
岩が現われていた。その岩を足場にして新たに堰を築き上げたので、もうそれか
らは幾百年でも安全となった。それで人柱の夫婦と馬とを、新堰のほとりに席神
様と崇めて、今でも毎年の祭を営んでいる。

母の巫女はせっかくの計らいがくいちがって、可愛い娘までも殺してしまうことに
なったので、自分も悲しんで同じ処に入水して死んだ。母也明神というのは即ち
この母巫女の霊を祀った祠であるという。

                                  「遠野物語拾遺28」

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遠野では、この「母也明神」の話はかなり有名であり、その伝説に従い母也堂が
あり、また人柱となった夫婦を堰神様祀ってある。奈良の大仏建立でも、かなり
の人柱が立てられたと聞くが、実際にどれだけの人柱が横行していたのかは謎
のままである。

宮守のめがね橋というのがあるのだが、昭和初期にその土台から、お歯黒の女
性の骸骨が出てきたのだという。もしかして、その骸骨もまた人柱としての犠牲だ
ったのでは?という事だが。。。

この「母也明神」に関連する話があるかどうか調べてみたが、インドに似たような
話が存在した。

インドのある国の王が、可愛い娘の聟の強さを恐れて、畜生類を供えても水が湧
かぬ涸れ池の中に馬に乗ったまま立たせると、水が湧き出してきたのだという。し
かし聟は恐れる事無く、馬の膝まで来た、我が膝まで来た、我が背まで来たと歌い
ながら、いよいよ水に没したという。しかし王の可愛い娘であり、その憎き聟の妻も
その後を追って、その池に沈んでいったという物語がある。

策を巡らし、憎き聟を陥れたのだが、それと共に可愛がっていた大事な娘をも失う
話は、物語的ではある。多分ではあるが、仏教が広まった頃に、一つの仏教説話
として、この話も日本に伝わったのではないだろうか?遠野のこの堰は、阿曽沼が
支配する以前、大同年間に造られたものだという。同じ頃には、早池峰神社を頂点
とする神話が作り上げられた時期でもあるのだ。。。
by dostoev | 2009-01-04 22:40 | 「遠野物語拾遺考」20話~ | Comments(2)

遠野の冬

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去年に比べれば、比較的暖かい冬のような気がしていたが、やはり
川などの淀み部分は、冬の厳しさを伝えている。遠野の道路もまた、
日当たりの良い部分は雪も無いのだが、日陰部分に差し掛かると、
雪が残っていてヒヤッとする場合がある。これから益々寒さが厳しく
なるだろうと思うが、これからが本格的な遠野の冬でもある。。。
by dostoev | 2009-01-02 08:41 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(0)