不思議空間「遠野」 -「遠野物語」をwebせよ!-:遠野各地の乳神様
2021-06-21T11:18:08+09:00
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遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
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遠野不思議 第九百六話「蓮池の乳神様」
http://dostoev.exblog.jp/32326754/
2021-06-20T09:52:00+09:00
2021-06-20T09:52:29+09:00
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遠野各地の乳神様
遠野市土淵町の常堅寺の裏手に、小烏瀬川の支流で足洗川の流れに河童淵と呼ばれる場所がある。その川のほとりに、小さな社が建っている。昭和50年に発行された菊池幹編「遠野路」というガイドブックでは河童神が祀られていると紹介されている。しかしそれは、戦後の高度成長期から観光ブームを呼び込もうとした影響もあったのか、観光向けに記された内容となっている。社の前に、河童の赤ん坊が母河童の乳を咥えた像が建っているが、これが本来の意味を持つ社である。
社の内部には、乳首を象った赤と白の丸い布の袋を祀っている。これは綾織にある乳神のものと同じである。元々は、伊勢神宮の渡会氏の信仰する妙見信仰からきている。「伊勢参宮名所図会」という記録に、渡会氏の妙見信仰は乳の神として、地元および近郷の尊崇を集めていた。当初は、米を紙で包んでのもので、それに必ず12の穴を開けて、乳の出が良くなるように祈願したそうである。この12の穴はもしかして十二様であり、多産の神でもある山神と結びついたものであろうか?また別に、乳の出の良い御婦人は逆に、穴の開かない乳首を模ったものを奉納し、その余分な乳を妙見様に預かって貰う為に奉納したそうである。
この伊勢神宮の妙見の信仰方法が、江戸時代に流行ったお伊勢参りにより、広まった様である。遠野からも多くの人達が、お伊勢参りをした。そのついでに得た妙見信仰が遠野に持ち込まれ、この様な形で信仰されていたという事であろう。
河童と結びついたのは、遠野の河童は赤い河童であり、赤子を意図している。またこの地は、常堅寺と共に語られる場所であると思う。常堅寺の境内には、河童狛犬と呼ばれる狛犬が十王堂の前に建っている。その十王堂の内部には、子供の玩具が奉納されているのがわかる。つまり常堅寺の十王堂とは、子供の罪を裁く場所である。子供の最大の罪とは、親よりも早く死ぬ事である。常堅寺には以前、ピラミッド状に多くの童子・童女の石碑がまとまって置かれていた。つまり水子に関する供養も多くなされたのが常堅寺でもあった。この常堅寺は今でこそ曹洞宗になっているが、それ以前は天台宗で星の宗教でもあった。妙見信仰が運ばれてきたのは天台宗時代の名残があったからであろう。
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遠野不思議 第二百六十八話「土淵の白い鳥居の乳神様」
http://dostoev.exblog.jp/4616219/
2007-02-16T04:58:00+09:00
2021-02-07T10:20:29+09:00
2007-02-16T04:58:59+09:00
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遠野各地の乳神様
白い鳥居がやけに目立つ、乳神様の祠。赤い鳥居は、陰陽五行で火を現すのだけど、この白い鳥居の意味は何?多分だけど、乳の色=白色として、安易に鳥居の色を白にしたのではないのだろうか?
しかし、見事な存在感のある、オッパイだ(^^;
傍らには男根も奉納されており、乳の出と共に子宝も願われている乳神様。遠野各地には、乳神様が祀られており、やはり昔の栄養状態の悪さを示す文化と信仰なのだなぁと、改めて思う。]]>
遠野不思議 第二百三十六話「乳母石」
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2006-06-27T08:31:00+09:00
2016-09-12T12:12:13+09:00
2006-06-27T08:31:00+09:00
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遠野各地の乳神様
宮守村、中斎に行く路の途中に、石神様があってこれは乳の神である。
昔ある一人の尼がどういうわけかでこの石になったのだと言い伝えている。
「遠野物語拾遺」13話
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実はこの乳母石は、無尽和尚の母親というのはムジナであり、死期が近づいたので、死ぬならば人の役に立って死にたいという意向を無尽和尚が汲み取り、お乳の出るようにという乳神信仰の石になって死んだという。つまり、この石は東禅寺の開祖、無尽和尚の母親の姿という事である。
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遠野不思議 第二百七話「松崎の妻の神 乳神様(栄養不足の母親達の供養碑)
http://dostoev.exblog.jp/2268280/
2006-05-23T15:48:00+09:00
2021-06-19T08:43:41+09:00
2006-05-23T15:48:17+09:00
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遠野各地の乳神様
宝暦の大飢饉の時、子供無くした母親の乳が勿体無いと、布令たら栄養不足の為に乳の出ない母親達が列を成したという話がある。その母親が死んだ時、助けられた人々が写真に写っているイチイの木の側に祠を建てて祀り、参詣のたびに小石を上げ参拝したのだという。今でもこのイチイの木の根元には、沢山の小石が散らばっている。]]>
遠野不思議 第百九十二話「乳神の石」
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2006-05-15T21:24:00+09:00
2021-06-21T09:03:37+09:00
2006-05-15T21:24:20+09:00
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遠野各地の乳神様
これは、乳神信仰の願掛け石である。当時…乳が出なければ子供の死に繋がるという恐れを、乳石に願ったという。この石の苔を取り、煎じて飲んだ事もあったと云う。]]>
遠野不思議 第二十八話「乳神様」
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2006-02-26T14:32:00+09:00
2021-06-21T11:18:08+09:00
2006-02-26T14:30:15+09:00
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遠野各地の乳神様
附馬牛へと抜ける大規模林道の入り口付近に、この乳神様はある。お乳を形どった赤や白の布製のものを、ウッコの木の枝に下げている。これは昔から、子を産んだ母親が子供の成長を祈願し作られたものをウッコの木に捧げたものである。
稀に見るこのウッコの雌の大樹は、枝葉が無数に四方八方へと広がっている。この姿が生命力の証を示し、今でも尚、この地に神として根付いている理由だろう。
木それぞれには人と重複しているものであるという。目(芽)歯(葉)鼻(花)指(細枝)耳(実)腕(枝)頭(梢)胴(幹)足(根)と、必ず人間の体と対比させて名称が付いたという。だから木は、人間の映し身であり自画像みたいなものであると。三丈あまりの大石を根で包む、このウッコの木の姿は、あたかも子を優しく抱く母親のようなものとして存在してある。
”木”は、人間の”気”と同じものとして付けられた名称であり、神が降臨した存在が人間であり樹木のようだ。神が降臨するとは霊が付くということ。霊とは御霊(みたま)のことである。つまり人間の場合、頭は元々天の霊(あまのたま)と呼んだ事から、頭に神が宿っているのだ。しかし樹齢何百年かわからない大樹の場合、すでに全体に神が宿っているのであると信じられている。寿命においては、人間よりもはるかに長い大樹。だからこそ、人間は長きに渡って大樹を尊び信仰してきた歴史がある。]]>
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