遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:遠野の野鳥( 18 )

遠野不思議 第八百十三話「セグロセキレイ(背黒鶺鴒)」

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先にハクセキレイをを紹介したが、頭から肩、背中にかけて黒いのがセグロセキレイとなる。街中で歩道や車道をウロチョロウロチョロしているのが、ハクセキレイではなく、殆どこのセグロセキレイのようだ。遠野では「カラスズメ」と呼び「河原の雀」の意である。
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遠野では昔、殆どがこのセグロセキレイだったようだが、昭和50年代になってからハクセキレイが増えてきたようである。ウィキペディアで調べると、全国的にハクセキレイが増えてきて、押されるようにハグロセキレイの分布が縮小しているようだ。これは河原の環境に対する依存度が大きく、都市の環境に馴染まないからとの見方があるようだが、何故か遠野駅前近辺ではセグロセキレイの方が多い気がする。
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伊弉諾と伊邪那美に結ばれ方を教えたのがセキレイであったが、それがハクセキレイかセグロセキレイかと問われればなんとも言えない。他にも多くの亜種が日本には存在するからだ。つまり総称してセキレイが、日本神話において重要な役割を果たしたという事だろう。 伊勢神宮の神衣大和錦にはセキレイの模様があるというのも、皇祖神の両親(伊弉諾・伊邪那美)に男女の結ばれ方を教えた神話が大きかったのだろう。岐阜県高山では、セキレイを虐めると「親死ね、子死ね、鍋も茶碗も破れて終え!」と鳴いて呪うというのも、セキレイのおかげで日本と云う国造りがなされた為だったのか。
by dostoev | 2014-05-04 05:18 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百十二話「ツグミ(鶫)」

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「東」の「鳥」と書いて「鶫(ツグミ)」と読む。春告げ鳥としてはウグイスが有名だが、このツグミも春告げ鳥とも云われ、美声で鳴く。陰陽五行によれば春の方位は東となる。しかし別に「継身」とも書き記すのは、晦日に食べたせいだろうか。「つぐみ」と「つごもり」の語音も似ているせいもあるが、翌年に生を繋げた意も含んでの事だろうか。肉は美味しいとされたようだが、自分は食べた事が無い。ツグミはシベリアで繁殖し、日本に飛来して越冬するのだが、その時にカスミ網で捕えられていたようだが、今ではカスミ網も禁止になり、それは無くなった。正式にカスミ網が禁止になったのは1947年であるようだが、今の団塊の世代に聞くと1960年代~1970年代頃まで、こっそりカスミ網で小鳥を捕獲していたという。
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ツグミの方言は全国にあれこれあるようだが、遠野での方言を見つける事は出来なかった。
by dostoev | 2014-05-03 07:00 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百十一話「キジバト(雉鳩)」

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時田克夫「遠野の野鳥」には「鳴き声そのままにテデッポとも呼ばれている。」と記されている。ここで方言資料「遠野ことば」を確認すると、この雉鳩ことを「テデッ・ポッポー」と呼ぶとある。「テデッポ」と「テデッ・ポッポー」では殆ど似ているが、言い易さからすれば「テデッポ」の方が普及したのだろうか?猟銃の制限から、里では鉄砲が撃てなくなり、それによって雉鳩は人馴れし、市街地にも進出し始めたという。
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「平家物語」「山鳩色の御衣に、びんづら結はせ給ひて御涙におぼれ。」という一文があるが、雉鳩は山鳩とも呼ばれ「山鳩色」は平安時代には既に確立された色の表現であったようだ。とにかく、山だけでなく里でも比較的簡単に見る事の出来る鳥で、壮観なのは早池峯の小田越えから荒川高原にかけての林道を車で早朝に走ると、次々に道路脇から雉鳩が飛び立って、雉鳩の道が出来る事がままある。
by dostoev | 2014-04-28 16:18 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百十話「カワラヒワ(河原鶸)」

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小さな鳥で、名前をカワラヒワという。なんとなくしまりの無い名前で、思わずハワイアンの曲で「カイマナヒラ」を思い出してしまった。名前からすると「河原」に多くいるのだろうか?確かに画像のカワラヒワは河原近くで発見し、撮影してみた。
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数羽で行動している様で、画像の個体以外にも近くには数羽のカワラヒラが、この水辺で戯れていた。ところで「鶸」という名前は「鶸色(ひわいろ)」とも呼び、古くから親しまれている色であった。宮澤賢治「春と修羅」の一節にも、この「鶸色」は登場している。

「それは”ひわいろ”のやわらかな山のこっちがわだ」

正確には、カワラヒワでは無くマヒワの羽色の事を「鶸色」と言うのだが、明るい黄緑色は、このカワラヒワにも共通する色合いである。羽を閉じていると、その鮮やかな黄緑色はよくわからないと思うので、水辺から飛び立つカワラヒワの画像を連続で見ていただこう。
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by dostoev | 2014-04-24 17:22 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百七話「ハクセキレイ(白鶺鴒)」

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遠野で見かける事の出来るセキレイは、時田克夫「遠野の野鳥」によれば、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイの三種となるよう。他地域では稀に渡り鳥の中に、違うセキレイも飛んでくるようだ。セキレイで有名なのは伊達正宗の花押がセキレイである事。その花押は、白い紙に黒い墨で書かれている為、恐らく白黒のハクセキレイかセグロセキレイを表しているのだと思う。

セキレイには多くの異名を持つ。ニワクナギ、ニワクナブリ、イシタタキ、ニワタタキ、イワタタキ、イシクナギ、カワラスズメ、オシエドリ、コイオシエドリ、トツギオシエドリ、ツツナワセドリと多彩だ。このセキレイの名は世界的に「尻振り」「尻叩き」という観点から命名されているようだが、それは見て分るように、細目に尾羽を上下に振っている事から命名されているようだ。藤原定家の歌に、こうある。

さらぬだに霜がれはつる草の葉をまづ打ち払ふ庭叩きかな 

ここでの「庭叩き」とはセキレイを意味しているという。
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その異名の中に「教鳥」「恋教鳥」というものがある。これは最終的に、全ての異名に通じる話になる。それは「日本書紀」で伊弉諾と伊邪那美が登場し「美哉、善少女を」とのたまい合交しようとするが「其の衢知らず。」、つまり結ばれ方がわからない時にセキレイが、伊弉諾と伊邪那美の前に飛んで来た。

「時に鶺鴒有りて、飛び来りて其の首尾を揺す。二の神、見して學ひて、即ち交の道を得つ。」

つまり、セキレイがいなかったら伊弉諾と伊邪那美は結ばれ方がわからず、今の日本国は誕生していなかった事になる。だからこそ「恋教鳥」の異名がセキレイには付いた。

また別に「ニワクナギ」「イワクナギ」という異名があるが「和妙抄」によれば「鶺鴒(セキレイ)」「邇波久奈布利(ニワクナフリ)」とされており、ニハは「俄(ニワカ)」の語幹で、クナは「尻」を意味し、フリは「尾を速く振り動かす鳥の意」であるという。この別称が「ニワクナギ」と「イワクナギ」であるとされている。

このように神話で伊弉諾と伊邪那美を導いたセキレイであるから、全国でセキレイの伝承があるが、やはり大事にされてきた鳥である事がわかる。ただ遠野でセキレイに関する事を探したが見つからなかった。見つけた時には、紹介する事としよう。
by dostoev | 2014-04-19 06:08 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百六話「アカゲラ(啄木鳥)」

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いわゆるキツツキ(啄木鳥)と呼ばれるのが、このアカゲラ。他にもアオゲラやコゲラがいるが、一番目に付きやすいのが、このアカゲラとなる。以前、某人物が「早池峯神社で木霊の声を聞きました!」と騒いだ事があった。木霊の声とは何かと云えば、映画「もののけ姫」に登場する白く小さな妖精のようなのが発する音から、木霊と思ったようだ。鳥の啼き声がピチークパーチク、ホーホケキョ、カッコーなどなら、なんとなくわかるが、キツツキの鳴き声は、そうそう聞いた人がいるとは思えない。ましてや知識として、キツツキは木を突くという事は知っていても、それがどんな音を発するのかは、実際にはわからないだろう。

この動画には、キツツキの木を突く不思議な音が響いているが、よく分らない人にとっては鳥の奏でる音と云うよりも、映画「もののけ姫」に登場する木霊の音だと認識する人が多いのかもしれない。
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ところでキツツキは「啄木鳥」と書き表す。啄木鳥で思い出すのは、岩手出身の石川啄木、本名石川 一ではなかろうか。啄木のペンネームは、啄木鳥から取ったという。上京している最中に結核の発病があって1903年(明治36年)2月、父に迎えられて故郷である岩手に帰った。その実家で療養をしている時「キツツキが木を叩く音が聞こえてきて、その音にいつも慰められた。」という。それからが、ペンネーム石川啄木の始まりであった。

ただ啄木というペンネームの由来は「好きだったから。」という理由が一般的に伝わっている。確かに療養中に聞こえたキツツキの、木を突く音に啄木は癒されたのもあるのだろう。啄木は、その当時不治の病とされた結核にかかっていた。その結核の症状は、咳がいつまでも続く事でもあった。これは憶測ではあるが、キツツキの木を突く音と自らの長く続く咳が、まるでキツツキの木を突く音と同じだと感じたのではなかろうか。だからこそ啄木はキツツキに愛着を感じ、自らも啄木鳥であるとして「石川啄木」と名乗ったのではなかろうか。
by dostoev | 2014-04-18 16:56 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百五話「ヒヨドリ(鵯)」

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ウィキペディアによれば、ヒヨドリの鳴き声は「ヒーヨ! ヒーヨ!」と甲高く、和名はこの鳴き声に由来するという説があるが「卑しい鳥」と書いて「鵯(ヒヨドリ)」とは、どういう意味であろうか?年がら年中居座って、作物を荒す為に害鳥指定になっているから、農家にとっては確かに卑しい鳥と思うのかもしれない。しかし、平安時代でのヒヨドリは貴族の間で飼われていた歴史があった。
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「古今著聞集」563話「僧円慶ひえどりの毛をむしるに、家隆詠歌の事」では、ヒヨドリを飼っている円慶という僧は気性がせっかちだった。飼っているヒヨドリの毛の抜け変りがが遅い為に、イライラしてヒヨドリの毛を全部むしってしまい、その後にその行為を揶揄され歌に詠まれた。「ひえ鳥をむしりつくみのはだか腹しり鈴にしてなりわたるなり」

690話「承安二年五月、東山仙洞にして公卿侍臣以下を左右に分ちて鵯合せの事」この話は、そのまま「鵯合せ」の遊びの様式に触れている。現代でも飼い犬に名前を付ける様に、ヒヨドリに対して各々飼い主が、無明丸、千与丸などという名がついたヒヨドリを持ち込むのだが、それだけでは無く、舞が舞われ、楽器が演奏され、唱歌までもが行われている豪華絢爛の遊びの様相である。

704話「宮内卿家隆、秘蔵の鵯荻葉を侍従隆祐に預くる事」これはおぎ葉という名のヒヨドリと、は山という名のヒヨドリを送ったり返したりを和歌で交流している様子が描かれている。和歌の神である住吉明神が登場している事からも、ヒヨドリに名付けた名が、その人物なりの粋を表しているのではなかったろうか。この時代は本名は語らぬもの。清少納言も紫式部も本名で無かったのは、名前が呪に使われる場合もあったからで、本名を名乗る場合は結婚する相手だけという時代だった。そういう意味では、役職名で呼び合うよりも、ヒヨドリに名付けた名前で呼ぶのも一興だったのかもしれない。

705話「後久我の太政大臣通光、秘蔵の鵯おもながを壬生家隆に贈る事」これは、可愛がっているおもながというヒヨドリを譲ってくれと云われて苦悩している様を描いている。「いかにせむ山鳥のおも長き夜を老いの寝ざめに恋ひつつぞなく」この歌を添えてヒヨドリを送ったようだが、返してくれる事を期待してのものであったろう。
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今ではやかましい害鳥というイメージのヒヨドリであるが、生態分布がほぼ日本に限られている為に、わざわざ海外の鳥愛好家達が日本に訪れてヒヨドリを撮影しにくるという。そういう面からすれば、日本固有の野鳥であり、大事にすべき鳥でもあるのかもしれない。ただ「卑しい鳥」という語源は定かでないが「稗」にも「卑」が使われているので「小さい」という意味を表しているのではないか?という事だが、物差し鳥と云われるのがムクドリであり、そのムクドリよりヒヨドリが大きいか?小さいか?となれば、ヒヨドリの方が大きい。そういう事から「小さい」を意味する「卑」は当てはまらないだろう。ただ平安時代にヒヨドリに命名された名を見ると女性的な名が多い。そこで気になるのは、歴史上で「卑」という名が付いた女性で思い出すのは「卑弥呼」だ。この当時の平安時代は大陸からの書物が大量に流れ込み、それを夢中になって詠む人々が多かった。当然「魏志倭人伝」も伝わっていた筈だろうから、もしかして「卑弥呼」を意識しての「ヒヨドリ(鵯)」であったのかもしれない。
by dostoev | 2014-04-17 08:57 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百三話「ムクドリ(椋鳥)」

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ムクドリはこの時期、田起しなどをすると虫が表面に出たりするので、集団で虫を食べに来たりする。桜の時期になると、たまに桜の咲きが悪い時は、桜の蕾がカラスに食われたから。いやいや、ムクドリに食われたなどの話を聞く事がある。

ムクドリは「椋鳥」とも記すのだが、その語源は曖昧で、椋木の実を群れで食むから。椋木に棲むから。群木鳥(むれきどり)の転訛。もしくは群来鳥(むくどり)か?もしや、ムクんだ鳥の義など、さっぱり要領を得ない。では椋とは何かとなれば、椋木も椋鳥も、そのどちらの略も「椋」と表すらしい。それでは「椋木」を調べると、椋木の葉はザラザラしており「木工葉(むくば)」と呼ばれ、その葉で木材を磨いたから。ムクは「剥く(むく)」か?あるいは「茂く(もく)」で茂る意か?樹実の意で、ホコと同意か?実黒の義か?などと、椋木の語源も定かでは無いようだ。

また「古事記」にも椋木が登場している。須勢理毘売が大穴牟遅命を連れて根の国から脱出する際「その妻むくの木の実と赤土とを取りてその夫に授けき。」とある。その注釈は「椋。楡科の落葉高木で、実の赤紫色の汁は、蜈蚣の色に似る。「ムカデ」は「ムク」に発音が近い。」としている。

ところで上記の説の中にホコ説があるが、椋は古くからクラ、もしくはムホコという字に用いられていたそうだ。クラであるなら神座ムホコすなわち神の矛であり杖を意味する。世阿弥の作品に「守屋」がある。この作品では、物部守屋に追われた聖徳太子が椋の大木に隠れて難を逃れる場面がある。物部との戦に勝利した後に建立した寺が「椋樹山大聖勝軍寺」だという。物部守屋から守り、そして倒したのがまさに椋木であり、神の座であり、神の矛であったのかもしれない。
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ところで聖徳太子を隠した椋木だが、牧野和春「樹木詣で」には「椋本の大ムク」が紹介されている。この大椋の逸話は、坂上田村麻呂の家来である野添大膳が京の都を追われ放浪の末に、この椋木に辿り着いて住んだところ、次々に人がこの椋木の周辺に移り住んで、小さな集落が出来たと云う。そしてなるほど、これ程の大木になるのであれば、聖徳太子が隠れたのも納得するのである。

時代が変わって江戸時代には、信濃国から多くの出稼ぎ労働者を江戸に送り出し、その労働者達を暗喩で「椋鳥」と呼び「大飯喰らい」「でくのぼう」の象徴として江戸狂言に多く詠まれたと云う。俳人である小林一茶は、やはり信濃から江戸に向かう道中にその屈辱を受けて「椋鳥と人に呼ばるる寒さかな」と詠んでいる。椋木の大木には、多くの人が集まり、そしてその実には、多くの椋鳥が集まる。椋鳥も椋木も語源説は様々あるが、群れをなして行動する椋鳥を見ていれば、木偏に「京」と書いて「椋」と呼ぶのであるならば、京の都を目指して多くの人が集まる様は、まさしく「樹木の京」もまた、多くのものが集まる意でもあるような気がする。
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ムクドリは、いつも群れて行動する鳥である。
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by dostoev | 2014-04-15 20:30 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

遠野不思議 第八百三話「モズ(百舌)」

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「百鳥の音を真似る」から百舌と書いて「モズ」というが「百舌勘定」の言葉があるように、他の鳥を騙して自分は一銭も払わなかった事から、二枚舌の更なる上の百舌かとも思える。百舌の速贄は有名だが、別に「百舌の磔」とも云う。子供の頃、手塚治虫の漫画で百舌の速贄を示唆する話が、少し怖かった思い出がある。

「日本書紀 仁徳天皇記」には既に「百舌」が登場する。仁徳天皇そのものも「大鷦鷯尊」と称する事から、飛ぶ鳥は人間を超越し天に近い存在である事を示唆しているのだろうか。その仁徳天皇六十七年冬十月に、こう記されてある。

「是の日に、鹿有りて、忽に野の中より起りて、走りて役民の中に入りて仆れ死ぬ。時に其の忽に死ぬることを異びて、その痍を探む。即ち百舌鳥、耳より出でて飛び去りぬ。因りて耳の中を視るに、悉に咋ひ割き剥げり。故、其の處を號けて、百舌鳥耳原と曰ふは、其れ是の緣なり。」

これは死んだ鹿の耳から百舌が飛び去ったとあるが、その鹿の耳は食い裂かれていたようである。それから地名を百舌鳥耳原と名付けたとあるが「百舌鳥耳原」は天皇陵であり、「百舌鳥耳原中陵」は仁徳天皇陵。「百舌鳥耳原南陵」は、履中天皇陵。「百舌鳥耳原北陵」は、反正天皇陵。天皇陵に百舌の地名が重なるのは、百舌が死の匂いを持つ不気味な鳥と云う認識に基づいてのものであったか。エジプトではハゲワシが死体をバラバラの肉片にして天へと運んだとするが、百舌は死んだ鹿の耳の内部を食い裂いたとある事から、エジプトのハゲワシと同じ意味合いを含んでの事であったろうか?
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撮影している時に、フト思い出したのは「もずが枯れ木で」という歌だった。自分は鮫島有美子さんのアルバムでこの歌を知ったのだが、どことなくもの悲しい歌である。

もずが枯木で 泣いている
おいらは藁を たたいてる
綿ひき車は おばあさん
コットン水車も まわってる

みんな去年と 同じだよ
けれども足りねえ ものがある
兄さの薪わる 音がねえ
バッサリ薪わる 音がねえ

兄さは満州へ いっただよ
鉄砲が涙に 光っただ
もずよ寒くも 鳴くでねえ
兄さはもっと 寒いだぞ


戦争へ、その家の兄さんが行ったが、無事に帰って来るのか帰って来ないのか、とにかく日常から兄さんのいなくなった寂しさが伝わってくるのだが、それに百舌を交えた事による不吉さも伝えていたのかもしれない。田村由美「7SEEDS」にはジョーカー的な立場に百舌という人物が登場している。少年と少女だけが生き残った未来に、大人の男として存在している百舌は、恐らく生き残る為に不穏分子を処罰する為の見張りであるのか、その百舌の動向には注目せざる負えない。あくまでも漫画の話ではあるが、漫画家の田村由美もまた、百舌の不気味さをイメージして漫画の中に配置したのではなかろうか。
by dostoev | 2014-04-15 10:01 | 遠野の野鳥 | Comments(0)

冬、雀の群れ

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一年中目にする雀だが、冬になると群れを為して行動する。まあ、他の季節も集団行動をしているようだが、冬になるとその集団が更に膨れ上がっているようだ。

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by dostoev | 2013-12-28 17:29 | 遠野の野鳥 | Comments(0)