遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:「遠野物語拾遺考」290話~( 5 )

「遠野物語拾遺291(麻と女)」

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なおこの日は麻の祝いといって、背の低い女が朝来るのを忌む。
もし来た時には、この松葉で燻して袚いをする。

                        「遠野物語拾遺291」

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「なおこの日は」と、冒頭に記されているが、これは「遠野物語拾遺290」に繋がるものである。「遠野物語拾遺290」では、虫に負けぬようと、健康を願ったものであるが、それが麻の祝いの日に行われたという事。

麻は、縄文時代より日本人の生活に使われて来た歴史の深い植物である。子供が生まれた時の臍の緒を麻糸で切る習俗があるが、生育の早い麻の様に丈夫にすくすく育つようにとの親の願いがあった。その他にも、麻の着物を着せるのも、嫁ぐ時にも髪を麻糸で結う儀式があるのも、麻の霊力によって子供の成育から巣立ちまでをを護って行く呪術であったのだろう。

岩手の昔話に、山姥から尽きる事の無い麻糸の臍を貰う話がいくつか伝わる。麻糸の臍とは、麻の糸玉の事を云う。山姥は、山神と関係の深い存在だが、その山姥から麻糸を貰うという事は、やはり麻糸が人の生命に関わると考えられたのか。山神は「サンジン」とも訓ぜられ、それは"産人(サンジン)"とも合わせて語られていた。「遠野物語」でも、山神が出産に関係する神だと認識される話があるが、山は水や樹木に獣など、様々なものを生み出す存在であるからこそ、そこに棲む女の物の怪を"山姥"と呼んでいる。その山姥は金太郎を育てるなど地母神的要素があるのは、そのまま山神の性質を受けている存在であるからだ。尽きる事の無い麻糸は、そのまま尽きる事の無い命に関わって来る。
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「背の低い女が朝来るのを忌む。」とは、成長が早く、背丈がすぐに伸びる麻に対して、朝一番に背の低い女が来るのは不吉だという意味なのだろう。これは麻に対して朝がかけてあるが、麻は朝でもあった。マタギが山中で魔除けに使用する三途縄は麻糸で出来ている。つまり、山中の夜には魑魅魍魎などが跋扈する、恐ろしい時間帯だ。その時間帯に"朝の結界"を張る事によって魔除けとしている。人の死体を好むとされる金屋子神は、麻苧に足を取られて死んでしまったという事から、麻を嫌うとされている。金屋子神は神であるから、その神が蠢く時間帯が太陽が沈んでからの夜である。それ故に、麻(朝)を嫌うのでもあった。ただし、女である理由が定かでは無い。遠野地方の女に対する諺には、下記の様な神に対する禁忌がある程度。

「女(おなご)ァ、高山(たかやま)サ登れば、荒れになる。」

「十五夜のお月様に上げた餅、女(おなご)ァ食うもんでねぁ。」


ならば、神に対する禁忌に触れた理由があるから、背の低い女が嫌われるのだろうと考える。背が低いとは、それが子供だろうと、麻の祝い、つまり神の祝福を受ける事が出来なかった者である可能性。また民俗学的に、山姥の身体的特徴とは「背が高く、髪が長い…。」とされるのだが、背の低い女とは、山姥とは対照的な異質感を覚えたのではないか。それが逆の意識から、山姥と重ねられた可能性もある。

「来る」とは、家に来る事であるから来訪者を意味している。小松和彦「恐怖の存在としての女性像」の中で、山口昌男の説を紹介している。山口は、「女性とは日常生活、社会秩序から排除され差別された、潜在的「異人」としての役割を象徴的に担わされている。」と。そして、「女性は「文化」の周縁に位置する人間社会の内なる「他者」である。」と。この山口昌男の説に小松和彦も同調しているが、要は体内に自然を有する(出産など)霊的世界に結び付く女性とは、男達にとってコントロール出来ない力を有する存在故に、それに恐怖して排除しようとする意識が働くとしている。それを「遠野物語拾遺291」に当て嵌めれば、朝一番に訪れる背の低い女性を山姥の対比と捉え、更に男社会の前に立ちはだかる女性の霊的能力に対する恐れから忌み嫌うのは、男の逃げの意識なのであろう。家の嫁を"山の神"と昔から称していたのは、男とは違う異質な存在に対する恐れを抱いていたからである。
by dostoev | 2016-05-23 18:00 | 「遠野物語拾遺考」290話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺290(虫)」

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二十日はヤイトヤキ、またはヨガカユブシといって、松の葉を束ねて村中を持ち歩き、それに火をつけて互いに燻し合うことをする。これは夏になってから蚊や虫蛇に負けぬようにと言う意味である。

ヨガ蚊に負けな。蛇百足に負けな。

と歌いながら、どこの家へでも自由に入って行って燻し合い、鍵の鼻まで燻すのだという。

                          「遠野物語拾遺290」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自分が子供の頃、家の婆様が「今夜あたり、"ヨガ"が来るな…。」という言葉に反応して、子供心にヨガを考えた。言葉の響きが、忍者の伊賀や甲賀に似てるなぁとか。何となく、妖怪の類の様にも思えた。しかし、その正体は蚊であった。夜に現れる蚊だから「夜蚊(ヨガ)」であると。ちなみに遠野地方では、ムササビの事を「バンドリ」と呼んでいた。それはムササビが、"晩に飛ぶ鳥"とされていたからだった。

現代では蚊取り線香があるが、それが無い時代、代用品として松の葉を束ねて燃やし、その煙で燻す事によって虫除けの呪いと信じられていた。ヤイトとは「灸」の事であるが、ヨガカユブシは、夜蚊燻しであり、ヤイトも含めてまとめて虫除けを意味している。よく「痛いのは我慢できるが、痒いのは我慢できない。」と云われる。これに関しては、誰にでも経験があるのではなかろうか。とにかく人は、昔から虫刺されの痒みに苦しんできた歴史がある。
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イギリスの女性旅行家として有名な、イザベラ・バードがいた。その著書である「日本奥地紀行」は読んだ事が無いが、それが現在佐々木大河「ふしぎの国のバード」として漫画化されている。そして、これが非常に面白い。最近、2巻が発売されたばかりで、ついに東北の入口に到達したが、現れた人々は貧しく不潔な為、蚤や虱などの虫刺されに苦しんでいるよう。村人の話しでは、この生活に欠かせないのが、囲炉裏の煙であると。絶えず囲炉裏に火をつけておかないと、屋根に虫がついて家はすぐに腐ってしまうと訴えている。そこでイザベラ・バードは硫黄と獣脂で、痒み止めの塗り薬を作って、その作り方も含めて村人に提供した。時代は明治の話なのだが、、自分たちの先祖がこういう暮らしをしていたのかと、文字だけでは感じ得ないリアルさを、この漫画は描き切っている。
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囲炉裏の煙に燻された壁や天井は、画像の様に汚れてしまう。しかし、これが生活に必要であると昭和の時代まで続いていたという事実。虫除けの為に燻すのは家だけでは無く、人間の体もそうであった事を、この「遠野物語拾遺290」は紹介しているのであった。また、遠野のマタギが山中でタバコを吸うのは、蛇がタバコの煙を嫌うからだとしているが、元々は蛇も虫である事から、タバコもまた虫除けから来ているもののようである。

自然が豊富であるという事は、草木と共に、虫も非常に多いという事。虫などは特に女性が苦手な事もあって、田舎への転勤や、定年後の田舎暮らしに、真っ先に逃げ出す女性の話をたまに耳にする。それは平安時代も同じであって、虫を忌み嫌う女性の多い中で、「堤中納言物語(虫愛ずる姫君)」に登場する虫好きな姫は、その時代でも非常に稀な女性であった。吉田兼好「徒然草(19段)」には「蚊遺火ふすぶるもあはれなり。」と記されているが、"蚊遺火"とは、よもぎの葉、カヤの木、杉や松の青葉などを火にくべて、燻した煙で蚊を追い払う生活の為の文化であったよう。

遠野の場合は、松の葉だけであったようだが、これは羽黒の松例祭に影響されたものではなかろうか?昔、岩鷲山(現在の岩手山)に麤乱鬼という悪鬼が現れて奥羽に悪疫を流行させた時に、ある七歳の少女に羽黒権現が憑き、悪鬼に象った大松明を作ってこれを焼き調伏せよとの御宣託があった事から始まったのが、羽黒の松例祭である。元々松の木は神の依り憑く樹木として信じられていた。例えば、天女の羽衣がかかっていたのも松の木である事から、神木として祀る神社もまた多い。その松の木に依り憑いた、神の霊力を期待しての虫除けではなかったか。

とにかく、虫と人間のいたちごっこは、恐らく人類の歴史と共に始まったものであろう。昔は、この「遠野物語拾遺290」の様に民間の呪いの様なもので行っていたが、現代では科学的な殺虫剤が使用されている。それでも虫を完全に無くする事は、不可能である。これからも虫と人間の関係は、嫌でも続く事になるだろう。そういう時は"虫愛ずる姫君"の様に、少しでも虫に対して好意的になれれば、虫に対する見方も接し方も変わるのではなかろうか。そう、相手を制するならば、まず冷静に相手を観察できるようにならなければならないだろう。「ヨガ蚊に負けな。蛇百足に負けな。」の歌は、精神的にも虫に打ち勝てという意味なのだろう。
by dostoev | 2016-05-22 22:27 | 「遠野物語拾遺考」290話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺298(馬っこ繋ぎ)」

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またこの日には馬子繋ぎという行事がある。昔は馬の形を二つ藁で作って、その口のところにを食わせ、早朝に川戸の側の樹の枝、水田の水口、産土の社などへ、それぞれ送って行ったものだという。今では藁で作る代りに、半紙を横に六つに切って、それに版木で馬の形を二つ押して、これに粢を食わせてやはり同じような場所へ送って行く。

                                  「遠野物語拾遺298」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「遠野物語」の(注)には、神様がこの馬に乗って、農事の相談に出雲へ行くと記されている。出雲といえば神無月に、出雲に神々が集まるとされるが、ここでは水無月に出雲へと行くという事になるのは何故か。ところで「附馬牛村誌」では出雲では無く、津島天王社(津島神社)へ馬に乗せ、神様を送るとある。そもそも出雲も、津島も素戔男尊が祀られ、大きく関わっている。調べると、津島は伊勢参りとセットとなっており、「津島寄らねば片参り」とされていたようだ。これほどまでに津島が全国に広まったのは、室町時代からの津島御師による積極的な布教活動によるものらしい。しかしその原型は、熊野御師であった。ここで出雲と、熊野が繋がる。何故なら出雲大神とは本来、熊野大神であったからだ。そして王子信仰も、熊野と津島、そして出雲を繋げる役目を果たしたのだろう。それ故に、馬っこ繋ぎの習俗が津島もしくは出雲へ行くと別々にあるのは、同じ神に対する信仰が重なった為であろう。
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藁で馬を作るで思い出すのが、七夕である。七夕に真菰や藁などで馬を作る七夕馬の習俗は、東日本の各地に伝えられている。これも七夕様を迎えるとして、その神を乗せる為の馬を藁で作って用意する。この二体の馬は、牡牝であるようだ。つまり、七夕様とは男女二柱の神だと認識されているのだろう。馬っこ繋ぎも二体の馬であるのは、やはり牡牝を意味しているのではなかろうか。七夕とそして、素戔男尊で思い出すのが、天照大神との誓約の場面だ。天安河原で素戔男尊と天照大神の誓約は、日本における七夕の原像とも云われる。その七夕のメインは、川である。天の川など、水辺を意識している信仰であるが、この馬っこ繋ぎもまた、川戸や水口へ送ったという事から、水神に対する信仰が原型であろう。水辺の馬に竜が交わり、竜馬が誕生したという伝説もある事から、水辺の馬とは龍神との結び付きを意識してのものだろうか。馬っこ繋ぎはそういう伝説も含めて、子供達に興味を持たせ、自分の家の田圃の場所を教える手段でもあったらしい。
by dostoev | 2015-10-09 21:18 | 「遠野物語拾遺考」290話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺297(桑の木と蛇)」

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六月一日に桑の木の下に行くと、人間の皮が蛇の如く剝け変わるといって、
この日だけは子供等は決して桑の実を食いにも行かない。

                                 「遠野物語拾遺297」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
遠野ではオシラサマやカイコで有名な桑の木であり、また魔除けの「くわばら、くわばら」でも有名な桑の木である。その桑の木が、何故か蛇に繋がりそうな話である。子供に対する禁忌はいくつかあるが、これは六月一日限定の禁忌となるようだ。「遠野市史」で年中行事を確認すると六月一日は、こう記されている。「歯固めの日で、正月についた供え餅を干しておいて、それを食べる。」とある。

「歯固め」は「食い初め」とも云い、自分の住む周囲では生後100日頃に、アワビを噛ませる民俗行事があるが、これは地域性もあるので、遠野全体がアワビでは無く、餅の場合もあるのだろう。ただ、6月1日を限定するというのは、どういう事か?生後100日を逆算すれば、だいたい2月20日頃に生まれた子供には適用するのだろうが、それ以外の日に生まれた子供に対しては適応しない。もしかして、6月1日が「歯固め」である事自体が間違いではなかろうか。
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とにかく、6月1日は蛇の様に皮が剝けるという事から、蛇の関係を探ってみよう。まず遠野では、歯固めに正月の餅を食べるとあるが、正月の餅は鏡餅であり、鏡餅そのものは蛇である。例えば大神神社の御神体である三輪山は蛇そのものであるというが、山の形状が三角錐で、蛇がとぐろを巻いた姿であるという。鏡の語源は、カガであり「カガ」は輝くなどの意味があるが、ヤマカガシのように蛇の古語でもあ。

「日本書紀」雄略天皇記に少子部栖軽が天皇の命を受け、雷神である大蛇を捕まえるが、その瞳は赤く赫赫(かが)やいていた。また「大祓祝詞」において「潮の八百曾に座す速開都比賣と云ふ神 持可可呑みてむ」とあるが「可可(カカ)呑みてむ」は、蛇の様に呑むであって、雄略天皇記での蛇の目が「カカ」であるのがいつしか、蛇が丸呑みするのも「カカ」となっている。つまり「カカ」そのものが「蛇」という事になっている。つまり「鏡(カガミ)」は「カカ身」であり「カガ目」でもあって、鏡そのものは蛇を意味する。正月に飾る鏡餅の形は、三角錐で三輪山と同じで、蛇の姿を意味している。その蛇でもある餅を食べるとは、ある意味「蛇」の継承ではなかろうか。

まだ歯の生えたばかりの子供は、前歯だけである。その前歯だけというのは、まるでマムシの前牙のようにも思える。食い初めの起源は平安時代まで遡るが、その由来も含めて曖昧のようだ。しかし百日という限定はあったようだ。ここで妄想を拡げれば、この百と言う数字で気になるのは、百足に日を加えれば、百の足る日となる。足る日は、満ちたりた日の意味で、吉日となる。二荒山の起源で有名な大蛇と百足の戦いだが、蛇の勝利に終わるのは、満ち足りた日の意味と重なる。生後百日が蛇のような前牙が生える日であるのなら、何等かの蛇の吉日に結びつきそうではある。

蛇ついでに書き加えれば、六月は水の月であり、六月晦の大祓が行われる月でもある。穢祓とは禊ぎであるのだが、本来は「身殺ぎ」であり、蛇の脱皮を意味している。蛇が脱皮を繰り返して新たな生命を繰り返すように、身に憑いた穢れを祓う事こそが、古い衣服を脱ぎ捨てる様な身を殺ぐ行為である。また太陰暦で一日というのは朔日となる。朔は新月からだんだんと月が成長するものと信じられ、新たな生命の誕生は、まさに身殺ぎからの、新たな生命の誕生ヲイメージしている。

桑の木は魔除けとなるが、六月一日に、その桑の木で蛇の脱皮のように皮が剝けるという話は、それは禊であり、身殺ぎの意味合いがあってのものだろう。つまり、本来は目出度いとされた俗信が、いつしか蛇の様に皮が剝けるというイメージが、時代と共に蛇の神聖が零落した為ではなかろうか。
by dostoev | 2013-12-19 18:56 | 「遠野物語拾遺考」290話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺299(七夕と人喰い)」

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七月七日には是非とも筋太の素麺を食べるものとされている。その由来として語られている譚は、五月の薄餅の話の後日譚のようになっている。夫は死んだ妻の肉を餅にして食べたが、そのうちから特別にスジハナギ(筋肉)だけを取っておいて、七月の七日に、今の素麺の様にして食べた。これが起こりとなって、この日には今でも筋太の素麺を食べるのだという話である。

                       「遠野物語拾遺299」

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唐突に人喰いについて語られる「遠野物語拾遺」最後の話が、ずっと疑問であった。知り合いの古老に聞いても「そんな話は聞いた事も無い。」という。ただ、飢饉の時は食べるものが無く、人を食ったという話だ。六車由実「神、人を喰う」では、花巻の諏訪神社に関連させ、江戸時代の民俗学者とも云われる菅江真澄の、花巻における人喰いに対する問いを紹介している。当然、遠野でもあったのだと想像できるのだ。しかし、その伝わる人喰い譚が何故七月七日なのか?という疑問があった。

ところが野尻抱影「星の民俗学」を読んで、その内容が理解できたのだった。この野尻氏は佐々木喜善とも交流があり、この野尻氏に対して「遠野物語拾遺299」の話に関する報告書を送っていた。

「旅に出た夫の留守を守っていた妻が村の若者達から煩く言い寄られるのに堪えられなくなって、操を守る為に川に身を投げて死んだ。そこへ夫が帰って来て悲嘆のあまり、死んだ妻の肉と筋を食べた。この夫妻が空に昇って女夫星となったのだが、今でもこの日に素麺を食べるのは、その妻の筋を記念して供養する為である。」(佐々木喜善の報告書より)

野尻氏は文中で、こう語っている「こういう話で、東北地方に伝わるものらしくは甚だ陰惨だが、中国の索餅の謂れがここまで変化した事にはひどく興味がある。」索餅(さくべい)とは節句に食べる餅であり、中国の伝説に高辛子という悪童が七月七日に死んで小鬼となり疫病を流行させた。ところが、その小鬼が生前に索餅を食べたというところから、当日これを供えて祀り、一般の人々もこれを食べれば疫病にかかる事を免れると信じられた。それが日本にも伝わって、七夕に索餅を食べる地方があちこちにあるそうだ。

死んで神となる話は、日本にも多く伝えられる。有名なのは菅原道真で、死んだ後に雷などで祟りを為したとされ、天神という神に昇格し、天満宮などに祀られる祟り神である。この中国の伝説もまた死んだ者が祟り神になった話だが、中国での鬼とは死人を意味し、つまり祟る死人は、鬼でもあり神でもある。柳田國男の「妖怪とは神が零落したもの」という考えに近い存在でもあるが、元々の神とは一方的に祟る存在であった。節句とは正式には「節供」という食べ物であり、中国の伝説の場合は、祟り神の生前の好んだ索餅を命日に供える事によって祟り除けとなるという話。それが電線ゲームのように、伝えられているうちに、その地域性が絡み合って「遠野物語拾遺299」の様になったのだろう。つまり、七夕の伝説に、祟り神の信仰が重なって変化したものだと考える。
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ただ「遠野物語拾遺299」の文中にある「スジハナギ」という言葉に疑問を感じる。例えば遠野では「スジ」は訛って「スズ」となる筈だ。また「スズ」は「シズ」も遠野地方では「スズ」と転訛する。

「遠野ことばー遠野地方の方言資料ー」にも「スジ」も「スジハナギ」も載ってない。例えば実際に妻の肉を食べたとして、どの部位を食べるのか?と考えた場合、それは一番食べ易そうな足ではなかったか?つまり筋肉繊維をスジハナギと称するなら、恐らくハナギとはハバキではないのだろうか?

子供のプヨプヨした白い肌を餅肌と称する事もある様に「食べたいくらい可愛い」と表現する場合が多々ある。「遠野物語拾遺299」の原型が中国の伝説が伝わってのものならば、その伝播の過程で意味が正しく伝わらず、節供に供える食べ物の餅が、七夕伝説やら、死んで祟り神になったやらでごちゃ混ぜとなり、誤って伝わったものであろう。実際、野尻氏に対する佐々木喜善からの報告書と、この「遠野物語拾遺299」にも、かなり曲解が生じている。まあ電線ゲームの極地みたいな話であろう。
by dostoev | 2013-12-18 13:23 | 「遠野物語拾遺考」290話~ | Comments(0)