遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:続石考( 3 )

続石再考

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続石を、もう一度考えてみた。続石は、大垂水山の麓付近にある。その先には、石上山が聳えている。続石➔大垂水山➔石上山は、ほぼ一直線となる。

続石には山神の祠があるが、この続石のある近辺は山口という地区で、山口の山神の祭りは極めて珍しく、女だけの山神の祭りとなる。大抵の場合、山の神は女神であり、嫉妬深く女性を避ける場合があるのだが、この地域での山の神の祭りは女性だけとなる。
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それでは、どこの山の祭りなのか?と疑問に思うが、山口地区には山谷川牧場の入り口に石上山の石碑がある事から、石上山…もしくは続石・大垂水山・石上山をまとめての山口なのかもしれない。
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綾織町では、猿ヶ石川の周辺の高台に縄文の遺跡が点在してあるのだが、何故か続石周辺には、その遺跡が発見されていない。例えば「遠野物語拾遺10」に登場する羽黒岩の手前にも、やはり縄文の遺跡があった。大抵の場合、高台であり巨石がある周辺に縄文の遺跡があるのだが、何故かその遺跡が発見されていないのが現状だ。ここで考えられるのは、続石が祭祀場であった為、人為的な遺跡が発見されていないのではないのか?という事。
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ところで「古事記(垂仁記)」「大筒木垂根(オホツツキタリネ)王之女、迦具夜比売(カグヤヒメ)命」とある。ここに登場する「大筒木」は、山城国綴喜(つつき) 郡に関係が深いという。「和妙抄」には綴喜郡大住郷とあり、その大住郷には式内社月読神社がある。

森浩一「この国のすがたを歴史に読む」によれば、綴喜は豆々木と表し、その地は大隅隼人が移住したところであり、竹細工を得意とした隼人が竹と月の物語を伝承していたと推定している。

何故ここで月に関係する話を持ってきたかといえば、続石の上に聳える山は大垂水山(オホタルミズヤマ)であり「垂」は「帯」または「足」とも漢字を充て、歴代の天皇に、その「タラシ」は付けられている。

古代日本においての月は不死の象徴でもあり、豊穣を司る存在でもあった。その月を意味する言葉が「垂・帯・足」であった。調べても皇統だけに「タリ」の文字が付いている事から、当時の流行でもあったとされている。

「中臣寿詞」には、皇族の御膳の水に"天つ水"を混ぜて奉っている。その"天つ水"とは"月からの変若水"となる。次に、天つ祝詞を夕べから朝までの夜に唱えているのは、古代の一日の始まりは日没からであったからだ。暦そのものも、古代は太陰暦…つまり月を読んでいたものが、いつの間にか太陽を読む太陽暦に変わっただけだった。それ以前は、月を読んでおり、主体は月であったのだろう。垂乳(タラチ)は垂れた乳では無く、今にも乳が溢れそうな満ちた乳を意味する事から、大垂水山は月が満ちて溢れる変若水を意味している山名ではなかろうか。
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続石への入り口の手前に、愛宕神社がある。現在の祭神は火之迦具土神となっているが、それ以前は瀬織津比咩が祀られていた。その社殿の傍にはかって、滝があったと云う。瀬織津比咩は滝神でもあるからなのだが、その滝の水の水源は大垂水山である。

画像でわかる通りに、現在の大垂水山は、保水力が無い杉やエゾカラマツが植林され、また周辺が戦後の牧場開発によって、樹木が伐採された影響から、水が枯れてしまった。恐らく、愛宕神社の傍の滝も、その頃に枯れたのではなかろうか。
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同じ綾織地区の和野に、月山という月に見立てられた山がある。その麓には胡四王神社が鎮座しており、月の恵を受けていた形になっていた。
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画像は大垂水山と、その奥の石上山が重なっているものだが、石上山の尖がった箇所を省けば、月山と同じ形にはなる。大垂水山自体が月を意味するなら、月山と同じく月に見立てられた山であったのかもしれない。となれば瀬織津比咩の祀られていた愛宕神社の傍らの滝の水は、単なる水では無いのではと考えた。それはつまり、月の変若水に結びついた信仰からではなかったのか?
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そして、先に書いたように、続石周辺には遺跡が発見されないというのは祭祀場としての続石の場であった為ではなかろうか? 綾織周辺で発掘された遺跡の殆どは住居跡、集落跡であった。続石周辺は恐らく石上山と大垂水山に関係する聖なる場所で、地域の特別な祭祀場ではなかったのかと考える。
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この地域の山神の祭りが女性だけになっているのは、やはり遠野に拡がるオシラサマが女性だけに限定されているものに関係するのではなかろうか?白山のシラに影響されるオシラサマを含み、全国に散らばるシラに関する信仰が月と同じ「再生・新生」であるのも、背後に月の信仰があるのではなかろうか?
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http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20120609-OYT1T00481.htm
奇しくも最近、富士山を祀る江原浅間神社最古の御神体の如来を囲む三女神像が髪を長く垂らしているのも古来、神と交信するのは女性であった証だろう。髪は魂の入り口とも云われ、髪を結わずにザンバラ髪にしているのは巫女の証でもある。天武天皇記に「巫女は髪を結わずにいるのが好ましい。」と記されているのは、神との交信をする為でもあった。

枝垂柳や枝垂桜が霊界と繋がっているという迷信があるのも、その枝垂れが女性のザンバラ髪と同等であると信じられたからだ。本来、神と交信する者とは女性であり、それが山岳信仰が盛んとなり男である山伏が山を制してから、女性は山からはじかれてしまった。新生・再生の思想は月に関わるのだが、同時に女性にも関わってくるのだ。月の周期は、女性の月経に等しい。ましてや新生児を生む存在である女性を月と見做すのに、何の躊躇いがあったのだろう。
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先に、隼人族が月と竹の物語と信仰を持ち込んだと記したが、月の信仰そのものは海人族に共通するものであった為、隼人族には限定されない。恐らく、奥六郡に封ぜられた胡四王神社を信仰した安倍一族もまた海人族であり月の信仰を含んでいただろう。

また「足・垂・帯(タル)」が月であるのがわかったが、気長足姫尊とも息長帯比売命とも大帯比売命とも云われる神功皇后が神憑りして乗り移った神の名を撞賢木厳之御魂天疎向津媛命の「撞」も「月」と同じであると云い、また「天疎」も「月が西に向かう」のを意味する事から、神功皇后に乗り移った神もまた月の神であった。そしてその撞賢木厳之御魂天疎向津媛命の別名瀬織津比咩と云い、綾織の愛宕神社に祀られる神でもある。続石もそうだが、愛宕神社もまた大垂水山の麓に鎮座する山であり、以前は大垂水山を水源とする滝が流れていた事から、続石も愛宕神社もまた月に関する信仰を共有するものではなかっただろうか。

山城国の綴喜(つつき)または豆々木(つつき)が月に関する信仰の深いものである事から考え、続石の続(つづき)は本来「つつき」であるのならば、大垂水山の麓にある続石と愛宕神社同様、月の信仰の上に成り立っているのではなかろうか。
by dostoev | 2012-06-11 07:23 | 続石考 | Comments(0)

妖怪キャシャと続き石考

笠通山(869m)の妖怪キャシャ
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「綾織村から宮守村に越える路に小峠という処がある。その傍の笠の通
という山にキャシャというものがいて、死人を掘り起こしてはどこかへ運んで
行って喰うと伝えている。また、葬式の際に棺を襲うともいい、その記事が
遠野古事記にも出ている。その恠物であろう。笠の通の付近で怪しい女の出て
歩くのを見た人が、幾人もある。その女は前帯に赤い巾着を結び下げていると
いうことである。宮守村の某という老人、若い時にこの女と行き逢ったことが
ある。かねてから聞いていたように、巾着をつけた女であったから、生け捕っ
て手柄にしようと思い、組打ちをして揉み合っているうちに手足が痺れて出し
て動かなくなり、ついに取り逃がしてしまったそうな。」


                              『遠野物語拾遺 113』


キャシャとは葬式の際に棺を襲う妖怪で、猫が化けたものと伝えられているようだ。棺の上に刃物を置く風習は、この猫の化け物から死体を守るためだといわれている。会津の志津倉山に棲んだというカシャも、同じく猫の化け物であるそうな。同類の妖怪「火車」の話は西日本に多いとされる…。

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遠野の観光パンフレットには、続き石というのは九州に多く見受けられるドルメンというものに似ている・・・とある。以前、ドルメンとは?という事で本で見つけた写真が上記のものだった。大きな穴を塞ぐ感じの巨石は確かに、続き石に雰囲気は似ているものの、少し違うと感じていた。
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ところが…日本語の源流ではないか?という南インドにある写真のドルメンを見ると、続き石そっくり!これは、やはり何か関連があるかと考えてしまった。

ちなみにドルメン(Dolmen)は、支石墓というのが日本語表記。とにかく紀元前1000年から栄えたタミル文化にこういった支石墓の文化があるというのは驚き。この支石墓は名前から、墓石なのだけど、石の下には棺があり、人を埋葬していたようだ。

ただ、遠野の続き石の下は成人男子が横になった場合、足を折り曲げないと無理な感じである。しかし石の下の幅が狭い場合、死体を野晒しにして白骨化させ、それから埋葬した文化があったようなので、もしかして遠野の続き石も同じ可能性はあると思う。
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フト思った事がある。この続き石がある綾織の小峠には、妖怪キャシャというのが存在し、死体を盗んで食らうという。このキャシャと、もしかして続き石という支石墓が重なるのじゃないか?と。キャシャの語源は何とも言えないが、カシャ(火車)という妖怪と同じ物ではないか?という事だが、長野では火車(カシャ)をキャシャと表記するみたいだ。

死体は火により浄化させるという宗教上の概念から登場した妖怪のようでもあるが、それよりも死体を野晒しにして白骨化させる文化にキャシャという文字を充てたと考えるのはどうだろう?

綾織地区には、巨石がゴロゴロしており、千葉家の曲がり屋でさえ、石垣を築くのに側にあった石を組んだだけだという。その千葉家の曲がり屋の斜め前方に聳える山を笠通山というのがある。笠は、キャシャに通じる音を持っている。死に関する何らかが、笠=キャシャに含まれているとしたら、続き石と妖怪キャシャが合い通じるものがあるのでは?と考えてしまうからだ。

綾織地区では、子供というものは狭い所を潜って生まれるものだから、続き石の狭い間をくぐって拝めば子供を授かるという言伝えがある。

ここで生と死の概念を考えてみれば、生は生きて流れるもので、死はその場所に淀んで留まるものという答えが導き出される。つまり支石墓としての続き石ならば、その下に埋まるというのは死を現し、そこを潜り抜ける事ができれば生であるという意味に通じるという考えだ。
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遠野の遺跡や祠を見ると、たまに擬似続き石を発見できる。つまり続き石という形状は遠野において信仰の対象となり、その形状に遠野の人々は何を見いだしたかという事が重要になると思う。

石を積むで思い出すのは、賽の河原で、子供たちが石を積む行為だ。そこに鬼が登場し、その積んだ石を崩してしまう。泣き出す子供たちに対し鬼が言う「泣くんじゃない!泣けばお前たちを思ってまだ生きている親が悲しむ。それは、お前達を思っている親に対する重い罪になるのだ。」と…。そう、石を積むという行為は、想いを重ね生死の狭間を漂う行為なのである。

キャシャ=笠ならば、笠というものは見た目から続き石の上に乗っている笠岩に通じないだろうか?死を示す石を、後から笠岩と見立てキャシャという言葉が発生したものだと。そしてこのキャシャという妖怪は、何故か綾織地区にだけ存在するというのも、続き石という存在があったからではなかろうか?

全国を見てみても、巨石の上に死体を乗せる風習はある。巨石の上の死体を鳥が啄ばみ、もしくは雨露などの自然現象などが白骨化させる…。つまり続き石の笠岩は、死体を乗せる岩として存在し、それを神が支配する自然によって白骨化させ、魂が成仏するという概念ではないのであろうか?続き石は死を示す支石墓から発展し、死を暗示する妖怪を登場させ、更には生を産みだすという発展は、人に存在する大きな想像力の成せる技と考えてしまう。

支石墓としての続き石のという名称は、まず形ありきであったと思う。日本に言葉と共に文化が輸入されたとして、それがいつの間にか日本独特の感性から言葉と文化が変化していったというのが、正しい見方ではないだろうか。だから続き石の上に乗っかっている岩の形を何に見立てたか?が初めで、それがもしかして笠と見立てた場合、その笠が変化してカシャ→キャシャという変化をもたらした可能性は強いと思う。

もしくは火車(カシャ)=笠(カシャ)は死を浄化させるという意味から同一語であるという考え方。そして続き石という名称もまた、後から日本人が発想して付けた名称だと思うなぁ。つまり宗教観・仏教観から考えれば、巨石は神の台座。神が降臨する巨石に人間の生と死を委ねるという思想から”生もしくは死へと続く石”という意味とも考えられる筈だと思う。

ドルメンは確かにイギリスが本場だと思うけど、安易に南インドや日本の巨石文明をもドルメンと言っているだけで、正確にはイギリスと南インドや日本との文化関連は希薄なので、決してドルメンとは言えない筈。Dol(テーブル)Men(石)という発想は、元々ヨーロッパ系のものなので、ここに南インドもしくは日本の宗教観を照らし合わせた場合には、ドルメンとは成り立たなくなってしまう。

続き石の上に乗ってある巨石を見た場合、大抵は”蓋”とか”笠”という発想になってしまうのが日本人だと思う。では日本人の言葉と発想を導く文化はどこから流れて来たか?となると、それが南インドのタミル地域ならは、そのまた源流に流れるシュメール文明まで辿りついてしまう。とにかく続き石は、どれだけの昔に出来たのか、未だ分からないので、それを考えるというのもまた楽しみではあるなぁ(^^;
by dostoev | 2007-03-13 20:54 | 続石考 | Comments(2)

続き石のストーンサークル?

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綾織の続き石に疑問だったけど、遠野を観て回っている方々は気付いているか
どうかわからなが、綾織の続き石を中心になんとなく擬似続き石が置かれている
ように感じてしまう。とにかく、信仰の形として続き石の形状は祀られていたのだ
ろうか?ただ単に、続き石の真似をしたとも考えられるけど…(^^;
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撮り忘れた地もあるので、後で追加するにしても、大小問わず、こういう擬似続き石
があちこちに置かれてある。全て発見したわけじゃないのだけど…。
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和野の石神は、ストーンサークルのミニチュア版みたいだけど、下を掘り起
こしたら人骨が出てきたという。元々古代人の墓?などという説もあるので
死者への鎮魂の意を込めての続き石かなぁとも思っていたが、綾織の続き石
を中心に擬似続き石が取り囲む形は、一大ストーンサークルを形成してしまう。

取り敢えずは、この擬似続き石をもっと探してみようかと思っているけど、他に
気付いた人がいたら教えて欲しいが…こういう不思議に興味ある人が遠野に少
ないのが難点で…(^^;
by dostoev | 2007-03-11 09:17 | 続石考 | Comments(0)