遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:わたしの怪奇体験談( 16 )

「わたしの怪奇体験談(その16 最終話)」

ふと眠りから覚めたわたしは、時計を見やった。なんと!昼であった。下手すれば、列車に間に合わない。既に10時の列車には遅れてしまっている。12時過ぎの列車の後は、何時か知らないのだ。不安に苛まれたわたしは、駆け足で駅に向かったのだ…。

                   
 息は切れたが、どうにか列車の時刻に間に合ったわたしであった。走った為か、また腹が減ってしまった。だが、食事をしてる時間はない。後5分程で、列車は到着するからだ。その為、駅の売店で飲み物やパン類を急いでたくさん買った。やはり食わせねば成せぬ、成すには食らえである。いざ、パンケ沼なのだ!

                    
 『下沼駅』は、無人駅であった。さらに見渡せば民家など、遥か彼方であった。しかし、なにも無いというのは、この上なく気分が良いものである。駅に面している道路の側に、全景を見渡せる展望台あった。取り敢えずわたしは、その展望台に登り、その全貌を把握することにした。

「絶景かな絶景かな。春のながめは価千金とは小さい小さい…ハテ、うららかな眺めだなあァ…。」

 と、五右衛門の声が聞えてきそうな、眺めであった。ここでわたしは、記念写真をパシャ、パシャ。

「う~ん…。」

 もう一度景色を眺め、その景色をパシャ。

『あそこに見えるのがパンケ沼。あの向こうに輝いているのがペンケ沼か…。』

 わたしは暫くこの展望台でゆっくりした後、今晩お世話になるパンケ沼へと向かった。そのパンケ沼こそが、北海道での『わたしの怪奇体験談』になるとは、つゆ知らずに…。礼文島から今までの体験も、怪奇体験とは言えないでもないが、今度のパンケ沼での出来事こそが、正真正銘の『わたしの怪奇体験談』となったのであった。


最終章「パンケ沼、恐怖の夜」  

                 
 パンケ沼は、駅から歩いて30分の所にあった。

『確かに水溜まりだ…。えぇと…これか?…。』

 〃白樺造りのきれいな小屋〃らしきものは、あるにはあった。ただ、白樺造りではなく、トタン造りの小屋に、白樺の木を立て掛けているだけなのだ。

「…。」

 わたしは声がでなかった。あまりの酷さに…。小屋全体を覆っているトタンが、いくつも捲れあがり、風が吹くと〃バタンッ!バタンッ!〃と大きな音をたてるのであった。わたしはこの小屋の中に入ってみた。中には、古びた長椅子があった。入って、左の窓の側にある長椅子を、今晩のベッド代わりにしようと、そこまで行ったのだったが…。

「臭いな…。」

 なんだか、非常に臭いのだ。この臭さの元を、わたしは探した。見ると、長椅子の足元に、茶色くくすんだ新聞紙が広げてあった。

『…。』

 わたしは緊張の面持ちで、その新聞紙を取り除いた。

「ウワッ!…。」

 なんと、表面がまだ濡れて、悪臭を放っているクソがそこにはあった。多分、今朝か、昨日の晩に生み落とされたものであろう。こんなものの側で、わたしは寝るわけにもいかずに結局、長椅子そのものを、反対側に移動させることにした。荷物を置き、さっそくこの近辺の探索と、写真撮影を始めたわたしであった。

 パンケ沼は、沼そのものであった。遠くから見ると、太陽の光に照らし出され、キラキラと輝いて、きれいなものに感じていたのだが、間近で見ると、水底は泥が積もっており、あぶくがブクブクと噴き出していた。よく見ると〃しじみ〃があった。つまり水質は汚いのであろう。匂いもドブ臭いし…。

 この沼の周辺は、やはり何もない。遠くに牛の姿が見える為、殆ど牧場地帯なのであろう。これでは探索も何もあったものではない。やはりメインは、このパンケ沼なのだ。陽が傾き始め、汚いパンケ沼の水面も輝きだし、どうにか良く見える様になった。この沼の周辺は、本当に何もないのだが、木でできた十字架らしきものと、鉄筋造りの公衆便所だけは、何故かあった。ただ、この公衆便所はあまりに〃汚く〃とても入れる代物ではなかったのだ。それ故、小屋の中のクソも理解出来るというもの、である…。

 ここでは結局、36枚撮りのフィルムを二本使ってしまった。周りの景色はそんなにフィルムを使う程、良くはなかったのだが、この時の太陽の雰囲気を、わたしが気に入った為である。ここでわたしは、大事な事に気づいた。それは、今晩のメシはどうするか、である。

『そうか、すっかり忘れていた…。腹減った…。』

 『豊富駅』の売店で買ったパンが、二つあったが、こんな物でわたしが満足できる筈もない。しかし、近くには売店らしきものもない。列車に乗り、違う場所に行けば、どうにかなるであろうが、今更そんなのは面倒臭い。

『仕方ない、我慢するか…。』

 断腸の思いでわたしは、今晩のメシを諦めたのであった…。薄暗くなると共に、風が出てきた。〃ヒュ~ッ、ビュ~ッ…バタン!バタン!〃と風がトタンを騒がせている。それと共に、少々肌寒くなってもきている…わたしは、小屋の中に避難した。

 〃ヒュ~ッ、バタンッ!ビュ~ッ、バタンッ!〃風がさらに強くなっている。外は益々暗味を帯びてきている。この風とトタンの他には、なにも音がしない。いや!沼がこの風の為に波立てている様だ。〃バシャ~ン…バシャ~ン…〃静かに、不気味に波音が聞こえてくる。

『う~ん…。』

 わたしは何か、嫌な予感がした。思惑がすべて外れ、悪い方、悪い方へと向かっているからだ。こんな時は、良いことがある筈はない。悪い時には、悪い事が重なるものだから。 風とトタンと波。これらの音は、どんな場所にいても気味悪いものである。ましてや暗くなっているし…。周りには誰もいない。叫んだとしても、誰に聞こえよう。まるで、離れ小島にわたしだけが、居る様だった。

 わたしは外を覗いてみた。既に真暗になっている。外灯などある筈もないので、完全な真暗闇になってしまった。ただ、小屋の中で輝いている、わたしの持ってきたロウソクと懐中電灯だけが、わたしの周囲を照らしているだけであった。わたしは、気を紛らす為にどうするか考えた。

『こんな所で本を読むなんて…。それより歌か…。いや…。』

 わたしは外へ出てみることにした。小屋の中でビクビクしてるよりも、いっそ外で跳ね回った方が時間の経つのも早いものであるから…。

 外は完全無欠の真暗闇であった。足下さえ見えないのである。まあ、手元に懐中電灯もあるし、カメラのストロボもある。これでどうにかこうにか、歩くことは出来るのだ。風が、わたしの髪をわやくちゃにさせる。たまに目を閉じ、顔をしかめながら歩かねばならぬ程の突風が吹き捲っていたのだ。当然のことながら沼は〃バシャ~ッ!…バシャ~ッ!〃と荒れ狂っていた。これもまた、最高の夜である。この様な状況に置かれるとわたしは、やはり幽霊等のことを考えてしまうのだ。

『沼といえば…昔『呪いの沼』というのを観たな…。白黒で結構怖かった…。そうか、あれは化け猫の話だったな…。』

 猫というと、現在わたしは二匹の猫を飼っている。名前は〃あたる〃と〃ジャリテン〃である。あたるは自宅で、当然ジャリテンはトラ毛なのだ。これが現在の、わたしの息子となっている。しかしここには、猫も何もいない。ただ水底に〃しじみ〃が生息しているだけである。わたしは沼に近づいてみた。すると…わたしは驚いてしまった。なんと「グワギャーッ!グワギャーッ!」と、水鳥が飛び立ったのである。

 怪奇映画の手法にこういうものがある。〃シーン…〃と音を絞りながら、突然〃ガガ~ンッ!〃と大音響を出し、客を驚かせるものだが、これがまったく〃それ〃であった。わたしは以前何度もそれにやられたことがある。その時のわたしは、悔しくて悔しくて、たまらなかったのだ。その時、その場面で驚いたのは、自分だけに感じたからである。その為わたしは、その映画のそのシーンが再び来るのを、じっと堪えて待っていた。当時、駅前の東映に於ける、三本立ての映画であったから、その三本(約5時間)を繰り返し観たことになる。何故その時そこまで、わたしが頑張ったのかというと、他の観客がその映画のそのシーンで驚くのを観たかったから。つまり暇だったのだ、わたしは…。

 この水鳥の衝撃が、益々わたしを恐怖のどん底へといざなうのであった。しかしもしかして、心霊写真が撮れるかもしれないとわたしは、沼に向かって何度もシャッターを切ってみた。やはりわたしの中には、恐怖と好奇心が同居している様である。怖がりながらも進むのが、どうやらわたしの習性みたいであるから…。
f0075075_18364167.jpg

 夏であるのに寒い。風が冷たい。わたしは寒さに耐えきれなくなり、小屋に戻った。体が冷えきってしまい、わたしは寝袋を取り出し、その中にくるまった。

「さむ…。」

 時期外れではあるが、わたしは焚き火を炊くことにした。薪になるのは、この小屋の中にたくさんある。わたしは片っ端から、それらを集めた。壁の板も外してみた。よく見るとその板に、なにやら文字が書いてあった。【今年もまた一人でここに来てしまった。】女性であった。横に名前が書いてある。もう、忘れてしまったが…。

「ふ~ん…。」

 どうやら常連の者が、結構泊まりに来ているみたいであった。見渡せばそこらの壁中、文字でびっしりであったから。しかし、女性も一人で泊まりに来ているのには、ビックリした。なんといっても、こんな小屋なのだから。書き忘れたが、この小屋に窓はあるにはあるのだが、ガラスはすべて割れており、とても窓の役目など果たしてはいなかった。だが、こんな小屋でも来るそうな。それも女性が、である。せめてこの日に来て欲しかったのだが、これもわたしにかかる運命なのであろう。結局わたしには、女は無縁なのだ。

 火がつくと、さすがに暖かくなった。だが、じっと火を見つめていると、だんだんと寂しくなるのは何故であろうか?体は暖まるのだが、心が寒くなってしまう、この火であった。この時の、わたしの心は鬱であった。これならば、幽霊でも出てくれた方が、よっぽど嬉しいものである。

『誰か来ないかな…。』

 切実にわたしはこれを願った。いつも大勢でいると楽しいのだが、逆に疲れ、独りが恋しくなってしまう。しかしあまりに独りが続くと、人を求めるものである。誰でもいいのだ。目の前に話し相手がいて欲しい。これが孤独の願いである。人間とは、贅沢なものであるのだ。
 風が炎を揺らしている。耳に入ってくる情報は、炎で木が弾ける音と、風とトタンと波と…。波と…波?

「んっ?」

 なにかおかしいのだ。波の音が…。

「あれっ?なんだ…。」

 〃バシャ~ンッ!…ザバ~ンッ!…ザザ~ンッ!〃という音の他に〃バシャ…バシャ…バシャ…〃といった音。誰かが沼から這い上がってくる様な音が聞こえるのだ。

「えっ…嘘だよな…。」

 わたしは念入りに耳を澄まし、その音を確認してみることにした。

 「〃バシャ…バシャ…バシャ…。バシャ…。…バシャ…バシャ…バシャ…バシャ……〃。」

 やはり風で揺れる、波の音とは違うのだ。わたしは一旦出た寝袋に、もう一度もぐり込んだ。布団とか寝袋にくるまると、何故か安心出来るからだ。まあ、バリアーみたいなものである。音がだんだん近づいて来るのがわかった。これではわたしも、真剣にならねばならない。グッと身を堪え、その音を待ち受けたわたしであった。すると…〃チリ~ン…〃と鳴った様な気がした。

「えっ!…。」

 わたしは一瞬ビクッとした。まさか…だからだ。誰かが沼から這い上がってくる様な音は、いつの間には消えていた。ただ、風…。

「空耳か…。」

 暫く寝袋の中にいたのだが、何も無くなった様なので、再び出た。焚き火に手をかざし、わたしは考えた。

『ここは北海道で、遠野じゃない…。まさかこんな所で、風鈴なんか…。まさかな…。い
や、終わったわけじゃないし…。もしかして…。』


 わたしは不審な音がないかどうか、耳を澄まし探した。じっと、外の音に耳を傾けていたわたしは、再び風鈴の音を発見した…様な気がした。

「〃チリ~ン…。チリ~ン…。チリ~ン…。〃」

『んっ!…。』


 遠野で既に、この音には馴れてしまったわたしであったが、こんな所まで付いて来られると、さすがに良い気はしないものである。やはりどうも〃怖さ〃は、避けられない様である。わたしはもう一度、寝袋の中に入り込んだ。

『もう寝よ…。寝なきゃ…。明日、帰ろ…。何でこんなとこに来たんだ…。腹減った…。
腹減って寝れないな…。でも早く寝なきゃ…。早く朝、来ないかな…。腹減った…。』

 わたしはとにかく、早く寝ることだけを考えた。寝てしまえば時間が経つのなど、あっという間だからだ。遠野であったならば、勝手知った場所の為、ドアを開け、確認していたのであろうが、異郷の地である北海道では、それは出来なかった。叫んでも、誰も出てくれない。すぐ側には、誰もいないのだ。だが、腹が減って寝ることが出来ない。黙って目を閉じていれば、〃音〃が響き渡り、わたしにとって悪循環となっている。

 焚き火の炎が弱くなってきていた。寝るのだから、消えてもいいのだが、消えると何故か寂しいものなのだ。わたしは仕方がなく、寝袋から這い出し、焚木をくべた。

「んっ?…」

 わたしはここで、新たな音を発見した。〃キ、キキキィー。〃という金属がきしむ音である。それが二重にダブッて聞こえてくる。

『なんだ…。なんだ…。』

 すると足音が、響いてきた。こっちに向かって来る様である。わたしは自然と、隅に寄っていた。〃ザッ…ザッ…ザッ…〃と、音が向かって来る。

「…。」

 緊張が走り、壱岐を飲む自分であった。すると〃パターンッ!〃と風の為か…ドアが開け放たれた。

「うわっ!」

 わたしはこの時、おもいっきり驚いてしまった。すると、その後に…。

「こんばんわ~っ。」

 少々気が抜ける声が聞こえた。見ると人がドアの前に立っている。

「すみません。今晩ここで泊まってもいいですか?」

 一瞬わたしは、なんだか分からなかったが…。

「あ、ああっ!はい。どうぞ、どうぞ!」

 恋焦れていた…待ちに待った…人がやっと、わたしの前に現れたのだ。

「驚きました?今、僕たちが来た時、大声を出した様でしたけど…。」

「ああ、いや、アハハ…。」


 わたしはこの時、遠野での出来事も含め、全部話して聞かせたのだった…。

 ここに来たのは二人で、どちらも自転車野郎であった。初めはお互いに、敬語で話していたのだが、会話が進むに従い、ざっくばらんになってきた。この二人は元々一緒に来たのではなく、北海道の洞爺湖にあるユースで意気投合し、この道北まで一緒に来たのだそうだ。旅は道連れ、世は情けである。わたしはついでに、この〃旅は道連れ、世は情け〃に便乗することにした。

「すまないけど…。なにか食べるのある?…。」

「えっ?」

「いや、実は…。」


 と、何も食べることが出来なかった理論を、この時やっと説明し、やっと、やっと、やっと、待ちに待った〃メシ〃にありつくことが出来たわたしであった。缶詰ばかりであったが、空腹が最高潮に達していた為、おいしく食べることができた。さらに、コーヒーも持参していた為、食後のコーヒーも戴けた。

 わたしは人が二人も増えた為、急に勇気が沸き上がり、この二人を連れ、外へと飛び出したのである。

「やはり心霊写真を撮るには、沼をバックにした方がいいよ。」

 わたしは三脚にカメラを設置し、記念写真を撮ることにした。

「ここでいいか。」

「ああ、そこそこ、そこでいいよ。」

 「次は、あっちで撮ろう」


 とばかり、何故かこの夜のパンケ沼で、写真を撮ったわたしたちである。そしてそれから小屋に戻り、あれこれと会話が進み、いつの間にか自然に眠りに入ったわたしたちであった…。
 これが、この旅行での、始めての人とのふれあいの様に感じた。見知らぬ者同士でも、結構仲良くやれるものだと、この時初めて思ったものである。独りから解放されたおかげで、恐怖などすっかり無くなってしまった。独りでは想像力がたくましくなり過ぎて、いらぬことばかり考えてしまうものである。やはり、誰でもいい。わたしの側に一人でいい。誰か話し相手が欲しいものだ…。
                   
 翌朝、わたしは自転車野郎と別れ、わたし自身もこのパンケ沼、この下沼、この道北に別れを告げた。そしてこれから懐かしの遠野へと、向かうこととなるのだ。いろいろあったが、この旅行は楽しかった。本当に、心と体に残る、楽しい旅行であった。もう一度、来てもいいが、まだまだ行きたい場所はたくさんある。ありすぎて困っているくらいだ。ここが終わったら、次はあそこ。これがわたしの生き方の様である。どうも土着民族には成れそうもない。やはりわたしは、遊牧民族が合っているのだろう。わたしの旅は、まだまだ続くのだ!


                                     
 旅先のフィルムの現像が出来てきた。わたしはいつも、スライドフィルムを使用している。須藤写真館のおにいちゃんから、安く映写機を買ってから、スライドフィルムの愛好者となったのだ。観る時は、部屋を真暗にして観る為、なにか映画を観る様でスライドが好きになったしまったのである。
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 〃ガシャ~ンッ…ガシャ~ンッ〃と、暗闇の中、旅行での映像が流れる。礼文島での…。『豊富』での…。そしてパンケ沼での…。すべて懐かしいものである。『パンケ沼か…。ここは、怖かったな…。ああ、この小屋か…。クソもあったし、汚かったな………あれ?…えっ!…。』

 この時の映写機は、昼間に「今晩ここでお世話になるよ。」と、この小屋に敬意を表すため撮った、小屋だけの写真なのだ。見るとガラスがまったく無い窓に…窓に…。この時、わたしの背筋はゾッとした。なんと…窓の左上に、女性の姿が写っているではないか!
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「でぇ~っ!!!…。」
by dostoev | 2013-04-21 19:05 | わたしの怪奇体験談 | Comments(2)

「わたしの怪奇体験談(その15)」

『豊富』は、小さな町であった。温泉は、バスで30分ばかりの場所にある。わたしは、すぐさまバスに乗り、温泉場に向かった。穏やかな日であった。夏の快晴ではあるが、陽射しはやわらかく、ウトウトとしたバスの中であった。他の乗客は、近所の人たちのようで、

「あ、ここで止めてくれ。」

「いつものところで。」


 まるでバス停とは関係無い場所で、乗ったり降りたりしていた。こんな土地柄の為か、『豊富温泉』もひなびた場所であった。観光地というわけではなく、この温泉もバス同様、土地の人たちの為にあるようなものであった。

 共同浴場の料金を払い、中へと入ってみた。やはり、付近の人たちが集まり、よもやま話に花を咲かせていた。わたしはその光景を軽く眺め、風呂へと向かった…。

 温泉そのものは、ビックリするものであった。多分、瀘過がなされて無いのであろう。温泉の色は、まるっきりの茶色で、底がまるで見えないのだ。いつもならば、温泉の味をみるのだが、あまりの色に、それをすることが出来なかった。気持ち悪いからである。しかし、凄い温まり様であった。温度は温かいのだが、入った途端、ダラダラと汗が流れ落ちてくるのだ。まるでサウナである。我慢して入っていたが、限界がきた。わたしは素早く温泉から上り、脱衣所で、暫くボーッとしていたのである。涼む為であった…。

 さて、温泉に入れればもう、こんな所には用はない。すぐにバスの時間を調べ、『豊富温泉』を後にしたのだった…。

                   
 わたしは『豊富駅』に着いたのだ、3時過ぎであった。さて、今度はどこに行こうか、である。再びパンフレットを広げると、貸し自転車で『サロベツ原野』見ようとあった。なにぶん暇なわたしは、それに従ったのである…。

 自転車に乗って走るには、非常に気持ち良いコースであった。天気も良かった為であろうが、バイクではないが『風とお友だち』になった気がした。辺り一面〃菜の花畑〃というのがあった。わたしは今までにこういうのは、写真でしか見た事がなかった為、非常に感激したのである。〃菜の花畑〃に喜ぶというのは、女みたいであるが、男にも女性ホルモンが分泌されているのだから、男でも少々、少女チックなところがあったとしてもよかろう。男だって結構女々しいものだし…。

 パンフレットに、小さな池の地図があった。池とか沼とかが、わたしは大好きで、なにも考えず、そこに直行したのだった。そこで〃あるもの〃がわたしを待ち受けているのも知らずに…。

                   
『地図からすると、どうやらこの辺りだな…。』

 わたしは道路脇に自転車を止め、奥へと広がる林の中に入って行った。いや、林というか、ジメジメした湿地帯であった。体で感じる湿気と、柔らかい地面から、わたしはそう思ったのだった。まあどうせ、池へと向かっているのだから、これでいいのである。

 歩くほどに薄暗くなってきた。木々が空を覆い尽くしている為である。わたしは無意識のうちに腕を掻いていた。見るとどうやら、蚊に刺された様である。

「ちぇっ!蚊か…。」

 すると蚊が、もう一度わたしから血を奪おうと、腕にとまった。わたしはおもいっきり、〃バシーンッ!〃と、わたしの腕もろとも、その蚊を叩き潰した。ことろが蚊の攻撃は、これだけでは済まなかったのだ。足もかゆいし、背中もかゆい。ありとあらゆる体の箇所が、蚊に食われた為、かゆくてかゆくて仕方が無かった。だが、愚かなわたしは、周りの状況を確認せず、ただ意識だけが池へ池へと向かっていた。すぐに引き返せば良かったのだが…。

 かゆみを堪え、わたしは奥へと入って行った。が、気づく度に蚊に食われた箇所は、増えてきている。そして、やっとであった。わたしは落ち着いて、周りをゆっくりと見やった。なんと!無数の蚊の大群が、わたしを取り囲んでいるのである。

「なっ!?…。」

 わたしはこの場から、一目散に逃げ出した。勝てるわけがないからである。走った、走った、わたしは無我夢中で走った…。そして命からがら、どうにか逃げおおせたのである。 一般に血を吸うのは、メスの蚊である。これは産卵の為であるが、普段は果物等の汁を吸ってでも生きていけるのだ。だが、血の通った生き物が、もしその蚊の範中に入って来たのならば、挙って、その血を狙い、押し寄せて来るのだ。わたしはそれを知っていながら、すっかり忘れていたのである。いろんな情報、知識を、いくら頭の中に蓄えていたとしても、それがその場の状況に合わせ、すぐに活用できなければ、そんな知識など無意味なのである。過ぎてから考えても、もう手遅れなのである。それをわたしは、この時に味わったのである。

                    
 蚊の集落地帯から逃げおおせたわたしは、海の見える『サロベツ原野』にて、一息ついていた。ここでもまた、夕日を見つめるわたしであった。わたしはどうしようもなく、陽が昇り陽が沈む瞬間というのが、好きで好きでたまらないのだ。ただ、見ることだできれば、それでいいのだ。「素晴らしい…。」とか、「美しい…。」などという言葉など、一切出てこない。その時のわたしの頭の中は、カラッポなのだ。太陽の雄大さに、圧倒されている為であろう。もしかしてその瞬間こそが、今に於けるわたしの最も幸せな時なのかもしれない…。

                   
 暗くなり、わたしは『豊富駅』に帰って来た。人通りは寂しくなっている。わたしは、気まずい思いで自転車を返しに行った。約束の時間を、大幅に破った為である。案の定、貸し自転車屋のオバチャンから、一言、二言、注意されてしまった。仕方あるまい…。

 わたしは無性に腹が減っていた。近くに食堂があったので、とにかくそこへ入り、腹一杯なにか食べるのだ!と、勢い向かったわたしである。〃汚い食堂〃のメニューは、ごく一般的であった。そのメニューの中でボリュームがあるといったら『カツ定食』である。その大盛りを、わたしは頼んだ。その『カツ定食』は旨いとはいえなかったが、わたしの腹をどうにか満足させることはできた。

 さて、メシをくったら、後は寝るだけである。といっても、寝るにはまだ早い。それに、今晩の寝床をまだ決めていないし…。とにかくわたしは、この町の憩いの場所でもありそうな、『豊富駅』で休憩することにした。駅には、二人の待ち人がいた。黙って列車を待っている風である。わたしも右にならい、椅子に腰掛け、パンフレットを開き見た。明日はどうする、どこへ行くである。パンフレットによると、近くに〃パンケ沼〃というのがあるらしい。その沼は、草原の中にポツリと水溜まりの様にある沼なそうだ。そしてその沼の側には〃白樺造りのきれいな小屋〃があるそうなのだ。寝袋があれば泊まれると書いてある。金を払い、民宿や旅館などに泊まるより、よっぽど経済的で情緒に溢れている。泊まらぬ手はないのだ!

 これで明日の寝床は決まった。後は、今晩の…である。しかし既に、わたしの心は、ある場所に決めつつあった。それはこの駅である。夏の為に寒くはないし、疲れと満腹のせいか、動くのが嫌になってきた為である。

『どうする、どうする…。』

 と、考えながらも…いや、考えるのが長ければ長くなる程、駅に泊まる公算が強くなっていくのだった。

『いいや、ここで寝よ。』

 これで決定である。後は、眠るまでの間、何をするかである。わたしは持参の文庫本を取り出し読むことにした。本を読めば、眠りも早いからである。本の題名はジェフリー・アーチャー作『百万ドルをとり返せ!』であった。この作品は結構面白く、結局十二時過ぎまでかかった。だが、全部読んだわけではなく、あまりの面白さに、これでは徹夜してしまう、という危機感から、途中で読書を切り上げたのであった。

「…寝るか…。」

 長椅子をベッドがわりに、寝袋を布団がわりに、わたしは寝ることにした。寝袋の中に入るにはまだまだ暑い…。

 うっすらとした明りの中、わたしは目を閉じた。するとどこからともなく〃プゥ~ン〃という、蚊の羽音が聞こえてくるではないか。昼間、あれ程わたしの血を吸ったにもかかわらず、まだ足りないとみえる。わたしは目を閉じたまま、手でその〃音〃を払い退けた。しかし、執念深くその〃音〃は何度も何度も、わたしの回りをまわっていた。すると今度、は、〃プゥ~ン〃が〃プ、プゥ~ゥ~ンッ〃と聞こえてきた。蚊の羽音の二重奏であろ。そして再び、やられてしまった。いつの間にか、足を食われていたのである。が、わたしはそのままの状態で、しばらく我慢した。しかし、我慢にも限度がある。わたしはガバッ!と飛び起き、持参のキンチョールで蚊の退治を始めた。

 夜の駅で殺虫剤を吹きかけ回っている姿は、ちょっと人には恥ずかしく、見られたくないものであるが、この時は本当に必死であった。やはり、眠りを邪魔されるのは嫌だからだ。わたしが害虫をとる時は、何故か夢中になってしまう。これがわたしに与えられた宿命の様に、一生懸命、虫退治に励むのである。

 名古屋にいた時の、わたしの住んでいたオンボロ・アパートは酷かった。昼間はアリの行列が行き来して、夜、必死に殺したゴキブリを運んで行くのだ。すぐ側が、ゴミの収集所でもあったせいか、ハエもたくさん、本当にたくさん部屋の中に入ってきた。ハエ叩きを買ってきたわたしは、夢中になってハエを殺した。そう、昼間はアリとハエの駆除で忙しく、夜は夜で、ゴキブリの駆除に忙しい一日であったのだ。そしてさらに暖かくなると、蚊と蛾が出入りするのだ。こうなるともう大変である。殺虫剤を部屋中に振り撒き、落ち着くまで、外を散歩してくるのである。窓を閉めれば、虫は入って来ないのだろうが、オンボロ・アパートで、冷房も扇風機もない。さらに網戸もないのだ。それに窓を閉めて、暑いのを我慢することなどと…名古屋の夏は、そんなに甘いものではないのだ!

 この様な名古屋のオンボロ・アパートで、わたしは自己最高記録を打ちたてた。それは、ゴキブリ殺傷数が一晩で、53匹である。これは輝かしい記録である…。このいまいましい蚊の為に、話は飛んでしまったが、ここで戻そう。結局この晩、わたしはこの蚊に悩まされ、3時過ぎまで起きて〃励んでいた〃。殆ど素通しのこの駅は、殺しても殺しても、蚊がやって来た為である。この事からわたしの『豊富』に対する思い出は、〃蚊〃だけである。

                   
 朝5時過ぎから、駅が騒々しくなった為、わたしは目が覚めた。いや、目が覚めたというか、なんだか全然寝ていないような気がした。だから無性に眠かった。頭もボーッとしている。だが、駅員さんに迷惑かけない様に、すみやかに荷物を整理し、隅に寄らなければいけない。そうしなければいけないと、何故か急いでそれを行ったのだった。そうして、隅に寄ったわたしは、ただボーッと時を過ごしたのでった…。

                   
 腹が減った。朝である。なんだかやっと、朝が来た様な気がした。周囲では慌ただしく、人が行き来している。俗に言う、朝のラッシュである。まあ『豊富』などでは、たかがしれてるだが…。

 8時ちょっと前ではあったが、昨晩入った食堂がもう開いていた。わたしはとにかくメシを食う為、もう一度入ることにした。

「ごめんください。」

 中ではオバチャンがテレビを観ながら、お茶をすすっていた。

「いらっしゃいませ。」

 わたしの声と姿に反応し、やまびこを返してくれたオバチャンであった。

「何?できます。」

「そうね、朝は定食類だよ。」

「はあ…。」


 と、わたしがメニューを見てると、

「おにいちゃん、昨日の夜も来たね。」

「あ、はい。」

「どこに泊まったの?」

「はあ…。駅ですが…。」

「あら~っ、駅にかい!なんだね言ってくれれば泊めてやったのに…。そうかい、そうかい、 駅にね…。寒くなかったかい。」

「ええ、それは大丈夫でしたが、ただ蚊がちょっと…。」

「あらあら…。それよりおにいちゃん、どこから来たんだい?」

「札幌というか…家は岩手ですけど…。」

「へぇ~っ、岩手かい。そのわりに訛りがないんだね…。」

「まあ…。それより、すみませんけど、目玉焼き定食頼めますか。」

「ああっ!はい。ちょっと待っててね!」


 どうやらやっと、メシにありつけそうである。このオバチャンは、この後何度もわたしを質問攻めで苦しめたのだった…。

                   
 どうにか食事を終え、わたしは駅に戻った。目指すパンケ沼がある『下山駅』へ向かう列車の時刻を調べる為である。この様な場所では、一日の列車の本数が少ないのは知っている。するとどうやら…メシを食っている間に、行ってしまった様だった。

『仕方がない、次は…。』

 次は、10時。その次か12時過ぎであった。わたしはそれまでの間、どこかで休むことにした。駅前の通りを左に抜け、わたしは昨日、自転車で行ったコースに向かって歩いた。暖かな日よりであった。途中、芝生があったのでそこでわたしは、横になることにした。横になると、今度は今まで影を潜めていた眠気が全身を覆った。こうなればもう、寝るしかないのである。そしてわたしは、眠りについた。安眠であった、あった、あった…。
by dostoev | 2013-04-20 12:13 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その14)」

わたしは帰るなり、一目散に風呂場へと向かった。すべてを洗い落とし、さっぱりとして、風呂から上がったわたしであった。と、そこへ…。

「食事、どうします?」

 若い番頭らしき者であった。

「ああ、昨日と同じ時間でいいですよ。」

「いや、お客さん…。実は今日、大阪から女子大のグループが来てるんですよ。ですから、お食事など、ご一緒しては?」

「そうですか…いいですね…。はい!」


 まさに、一喜一憂の一日である。これで今までの分は、挽回出来るかもしれない。やはり、こうでなくでは、旅はつまらんのだ。

『そうか、女子大か…。うん、うん…。』


 こうなるとわたしの頭の中は、女子大生に対する対応の仕方で一杯になってしまった。

『何て、話しかけよう…。やはり、大阪弁なんだろうな…まあ、いいか。可愛い娘、いるかな?』

 などと、やはりわたしも普通の男であったのだ。カッコイイ一人旅を、というよりも、初めから礼文島に期待した、女を求めたのである。ソワソワしながら、わたしは部屋でお呼びがかかるのを待っていた。既に、下の方から〃声〃が響いている。すると、

「お食事の用意が出来ましたので、どうぞ食堂へ。皆さん、お集まりですよ。」

「はい、わかりました。今、行きます。」


 わたしは案内され、〃ときめきの食堂〃へと向かった。「キャー、キャー。」と、随分
騒がしい。

「さあ、どうぞ。」

 と、食堂のドアを開けて貰ったのだが、その食堂の様相は、わたしの予想を遥かに上回っていた。

『へっ!…。』

 なんと、食堂の座席をすべて覆い尽くすかの様な、女体の群れ、群れ、群れであった…。ざっと50人はいたであろうか。今日は雨で何も出来なかったのか、有り余るパワーを、その女体の群れから感じとった。何故なら…「ギャーギャー、ビャービャー」どうしようもなくうるさいのだ。民宿の人に、空いている席に案内されたのだが、その群れはわたしを無視するかの様に、騒ぎ続けるのであった。

「それじゃ、そちらのお客様とご一緒に、お願いしますね。」

「はい。」

 と、ひとつのテーブルを占拠していた、女体のグループの一人が言った。

「すみません、お茶碗…。」

 わたしにゴハンを盛ってあげようとして、一人の女性が手を伸ばした。

「あ、はい。すみません、どうも…。」

 どうやら緊張し借りて来た猫の様な、わたしであった。いや、緊張したというよりも、あまりの群衆に圧倒されていると言った方が、適切かもしれない。

「どうぞ。」

 と、にこやかにゴハンを渡して貰った。

「あ、どうも。」

 わたしからは、どうも気の効いた言葉が出てこない。ただ「はい。いいえ。すみません。どうも。」こんな言葉だけしか、口から出てこないのだ。当初わたしは、女子大のグループというから、せいぜい5人程度だと思っていたのだが、それが10倍なのだ。50VS1。ランボーならばどうにか出来るのだろうが、わたしはそこまで極まってはいないのだ。わたしは、ただただ、圧倒された。女もここまでの人数が集まると、可愛いとか、美しいとかの問題ではない。単に…うるさいだけなのだ!この時わたしは食欲がなく…いや、なくなり、茶碗一杯で食事を終えた。

「お代わり、どうですか?」

 と、わたしに対する気遣いをみせてくれたのだったが、どうにも食欲が無くなってしまったわたしであった。

「それじゃ、御馳走さま。」

 と、一言残し、わたしは悪夢の食堂を後にしたのであった…。

                   

 部屋に戻ると、ドッと疲れがきた。どうにも眠くて、仕方が無かった。何と言っても、普段起きた事の無い5時起きであり、あの5時間の道程である。絶対に疲れ、眠くならない方がおかしいのだ。だが、だがである。まだ6時なのだ。礼分島まで来て、この時間に寝るとは勿体ないのである。わたしは眠いのを我慢し、夕暮れの礼文島を見に行くことにした。

                   
 雨は完全にあがり、美しい夕焼けに染まる、礼文島の海であった。わたしは北海道各地を巡ったが、すべて朝焼けも、夕焼けも美しいのだ。広い大地のせいであろうか、北海道の太陽はやけに大きく見える。さらに、朝日が昇るのは早く、夕日が落ちるのは遅いのが北海道なのだ。それ故、東窓であるならば必ずカーテンを閉めることである。何故なら、朝の3時過ぎには太陽が昇り、あまりの眩しさの為、目が覚めてしまうのだから…。

 わたしは裸足になり、沈む夕日に向かい、海に入って行った。オレンジ色に染まった海の輝きに包まれ、わたしは、わたしの黄金時代を見つめた。

「…。」

 そして足下を見ると、そこには…ウニがあった。ウニはわたしの大好物である。ここで見逃す手はないのだ。わたしは〃花よりダンゴ〃に従い、夕日よりもウニを選んだ。あまり大きくはないが、ムラサキウニ、バフンウニ、どれも食べるには十分な大きさであった。 拾っては食べ、拾っては食べ、わたしは満足しながらその行為を行った。その行為を続けるに従い、わたしはウニの他にあるものを見つけた。それは瑪瑙であった。そういえば、礼文島の売店には瑪瑙が置いてある。瑪瑙もまた、礼文島の名物なのであろう。わたしは、なるべく大きいものだけを探した。変な物を買うより、良いオミヤゲになるからだ。だが、間も無く夕日が完全に沈み、わたしはその探索を諦めた。そしてわたしは、海に別れを告げたのである…。

 真直ぐ民宿に帰ると眠ってしまう恐れかあるわたしは、そのまま昨日入った喫茶店に向かった。時間を稼ぐべく、わたしはコーヒー一杯でどれだけ粘れるか頑張った。過去に於けるわたしの喫茶店最高時間は、5時間である。それを達成したのは、札幌市狸広路7丁目、喫茶『ウィーン』であった。『ウィーン』は音楽喫茶で、クラシックばかり大音響で流していた。

 わたし自身のクラシック初体験は小学6年生の時だった。ベートーベン交響曲3番「英雄(エロイカ)」というタイトルが妙にカッコよく思えてレコードを買ったのが初めてだった。ただメインで聴いていたのは映画音楽であった。映画音楽には、あらゆるジャンルが含まれており、その中でも大オーケストラものに心踊ったものである。それ故、クラシックに入ったのも自然な流れであった。

 また、喫茶店での最高時間は5時間なのだが、ファミリー・レストランでの記録の方が大幅に上回っているのだ。場所は東京葛飾区、千代田線の亀有にある『ジョナサン』というファミリー・レストランでのことであった。

 東京の夏は蒸暑く、窓の小さなわたしの住んでいたアパートでは、どうにも暑くて過ごし難く、わたしは冷房を求め、近くにあった『ジョナサン』へと入っていった。通常のファミリー・レストランとはコーヒーのお代わりが自由で、何杯でも何杯でもコーヒーを飲むことが出来るのだ。わたしはそのシステムに甘え、結局午後9時から、午前8時までの十一時間、コーヒーを飲み通しであった。しめて49杯で、ボルテールには勝てなかった。

実はフランスの思想家ボルテールが、当時のフランスにおいて一晩で50杯以上のコーヒーを飲むと死ぬという俗信があったのだが、なんとボルテールはアッサリ一晩で56杯を飲みケロッとしていたそうである。ボルテールが死んだのは80歳を過ぎてからであるから、コーヒーを飲み過ぎて死ぬとの俗信は、やはり迷信であったのだろう。

 結局わたしは、礼文島の喫茶店で1時間しか粘れなかった。だがわたしは明日一番のフェリーで礼文島を去ることにしている。現在20時に数分足らず、どうせ明日は早いのだから、もう寝たとしてもおかしくないのだ。だから寝る為、わたしは民宿に戻ったのである。
                    

 民宿へ戻ったわたしは、素早く眠りの態勢に入った。目をつむり、寝よう、寝ようとした。が、眠ることが出来ないのだ。何故なら、うるさいからである。喧しいからである。例のあの、女子大グループであった。雨の為、どこにも行けなかった欲求不満からであろう。その不満を、夜の民宿にぶつけているのだ。

『うるさいな…。本当にうるさいな。眠れんな…。クソッ!』

 女に向かって怒るわけにもいかず、わたしはただただ我慢し、自然の眠りを待った。が、女の声ははけに気になるもので、まったく眠ることが出来なかった。いくら女でも、わたしの眠りを妨げるならば、可愛さ余って憎さ百倍である。だが、文句などとは…男がすたる。わたしは怒りをじっと我慢、我慢、我慢し、いつも間にか寝てしまったのだ。明日に向かっての眠り、今日の疲れを癒す眠りである。明日は礼文島を出るのだ。誰かわたしを、ゆっくり眠らせてくれ!

                   
 朝7時に起きたわたしは、もう一度礼文島の周辺を散歩し、8時過ぎに朝の食事を済ませ、礼文島を後にした…。

 予定通りにはいかぬ旅ではあったが、何とも言えぬ、強いインパクトをわたしに与えた旅であったことは、実感している。思うに…やはり、楽しかったのかもしれない。いや、楽しかったのだ!だから未だ、印象深く残っているのだ。そうに決まってる…。

 12時に、わたしは稚内に着いた。駅前にあったラーメン屋でミソラーメンを食べ、昼メシを終えたわたしであった。後は、どこへ行くかである。わたしは礼文島以外、どこに行くか考えていなかったのだ。

『どこに行こう…。金もあるし、まだ帰りたくないし…。』

 わたしはユース発行の、パンフレットを広げてみた。見ると、近くに温泉があるという。わたしの中に『温泉に入りたい、入りたい。』といった欲求が広がった。こうなると行くしかないのである。わたしは常に、自分自身に素直になりたかった。〃やりたい〃、〃いきたい〃を我慢するのは、体に毒であるからだ。わたしはすぐ、次の列車に乗った。目指すは、温泉のある『豊富』である…。
by dostoev | 2013-04-19 17:20 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その13)」

 『スコトン岬』到着の合図は騒々しかった。「キャーキャー、ワーワー」喚声が乱れ飛び、ドッとバスから若者たちが、降りて行くのだから。だが、わたしもそれに負けじと、期待に胸高ぶらせて、バスを降りた。降りた…のだったが…どうも様子が変なのだ。殆どの若者たちが皆集まり、楽しそうに記念写真を撮っているのだ。また小グループの連中も、男女一緒である。男一人というのは、どうやらわたしだけの様である。せめて女一人というのが居たとしても、良い筈なのだが…。

『そうか…ユースの連中か…。』


 そう、どうやらユースが正解の様なのだ。ここいら辺りのユースは規模がでかく、結構の人員を収容できると聞いている。

『確かに知り合いを作るのは、ユースが最高と聞いている。だが、だが…ちくしょう!』

 ユースホステルとは、安い宿泊料金の為、若者に多く利用されている。しかし夜の楽しい?自己紹介や、室内ゲーム等々、団体生活の最もたるを備えているユースなど、クソ食らえ!なのだ。何故なら…ただ、わたしが団体生活の嫌いなだけなのだが…。

 とにかくこの時点で、わたしの夢と希望は、かき消えてしまった。ここで新たな目標を作るとしたら、それは…ぶっちぎりの勝利しかないのだ!わたしは向かった、歩いた、進んだ。50数キロというゴールへと。こうなったら女など、しゃらくさい。やはりわたしは、男のロマンへと夢を賭けるのだ。これ程の距離を歩くのは初めてではあるが、どうにかなるであろう。

『やるぞ!いくぞ!』

 最後尾からのスタートであったが、逆にそれがわたしを奮い立たせたのだった。既に、人の長い列が出来ている。それをわたしは、一気呵成に追い抜いていった。まあしかし、他の者たちは女連れの為か、和やかに、ほのぼのしたムードで歩いているので、それほど燃えに燃えたわけではなかった…。

 〃愛とロマンの八時間コース〃の道は、なだらかな海岸線の為、非常に楽であった。とても昨日、怪我人が出たコースには思えない。もっと険しい道を期待したわたしを落胆させた、このコースであった。

 一時間程で、わたしはトップに立った。だがつまらないコースの為、気合いの入らぬわたしであった。現在はなだらかな海岸線を下り、小さな漁村をあるいているのだ。この様なコースが延々と続くのであれば、わたしの落胆は、益々酷くなろう。しかし、なんの為にわたしは来たのであろうか?

 空模様は、朝よりも酷くなって来ている。雲は半分が、真黒になっている。雨が降らない方がおかしなくらいだ。この旅行、わたしは雨具などまったく持って来ておらず、雨が降ったのなら、濡れネズミは確定的である。嫌だが仕方が無い。わたしが悪いのだ。だが、せめてゴールまで雨が降らぬ様、わたしは祈ったのだったが…。

 漁村を過ぎると、再び山へと道が向かった。見るとハゲ山が、いくつも連なっている様である。いよいよ本格的な、わたしの期待する、男の〃夢とロマンの八時間コース〃である。しかし嫌な予感は、わたしの中で大きく脹らんできた。雨である。そして…遠くでカミナリが鳴り出したのだ。この分だと、山の頂上付近でカミナリと遭遇することになる。それは良くないのだ。出来るならば避けたいのだ。しかし、ここまで来たのならば、もう後戻りは出来ない。わたし自身も、後戻りは嫌いであるし。とにかく進むしかないのだ。 山をひとつ越え、続いて第二の山を上り始めたわたしであった。雨はまだ小雨である。だが、まだまだ山は続きそうである。最悪の場合には山の頂上で、カミナリと土砂降りを体験しなければならないのだ。

『どうする…。どこかで雨が過ぎるの待ってようか…。いや、どうにかなるな。』

 もともと待つのが嫌いなわたしにとって、ここはとにかく直進あるのみ、であった。時間は二時間を経過せていた。とすると、あと六時間もある。既に後続者の姿もみえなくなっている。つまりこの初めて来る礼文島の名も知らぬ山の中、雨の中、そしてカミナリの中、わたしは一人ぼっちなのである。そうなると、だんだん不安になってくるもので、『この道でいいんだろうな…。もし間違っていたらどうしよう。後ろからは誰も来ないし、間違ってるかな?間違ってるかな?間違ってるかな?…。』と、頭の中に、自分が間違っているんじゃないか?という疑問が、エコーがかって聞こえてくるのである。しかし、疑問を抱きながらも足は結局、前に向かって進むものである。わたしは、嵐の頂きへと向かった…。

 〃ズドド、ドゥオ~ン!〃と、ついにカミナリが落ちた。それもハゲ山の頂上で。その音と共に、激しく雨が降り出した。雷雨であった。とにかくここは走るしかないと、わたしは一生懸命に駆けた。こんなハゲ山にいたのでは、カミナリのいい標的であるからだ。容赦なく、カミナリの轟音は続く。そしてついにわたしは見た。カミナリが右、百メートル先に落ちるのを。木に落ちるのは、映画で何度となく見たものだが、この目で見たのは初めてであった。いや、カミナリそのものが落ちるのを見たのは、初めてではない…。

         
 あれは名古屋であった。その年は非常にカミナリの被害が多く、メガネに落ちたとか、ネックレスに落ちたとかで、新聞紙上でカミナリが主役になっていた頃である。わたしが地下鉄から降り、地上に出る階段を上がりきった時である。わたしの目の前には、ひとりの若い女性がいた。その前にカミナリは落ちたのである。未だなにに向かってカミナリは落ちたのか分からぬが、とにかくその時は、若い女性の前の地面に落ちたようであった。カミナリが落ちたその直後、女性はペタッと座り込み、泣き出したのが印象的で、わたしはただ呆然と、その女性の姿を見ただけであった。わたしにも余程のショックがあったのであろう。普通ならば、その女性を気遣う余裕が欲しいところであるから…。
                    
 過去の話はもういい。それよりもこの現状である。わたしにもし何かがあったとしても、気遣ってくれる者など、誰もいないのだ。ただ、もしこの道が〃愛とロマンの八時間コース〃であるのなら、わたしの死体を誰かが発見してくれるだろうから。そう本当に、わたしはこの時〃死〃を考えたのだ。そして、死にたくないから一生懸命に走ったのだ。

 もう一度、近くにカミナリが落ちた。わたしは戦場で爆弾が投下された時の様に、地面に身を投げ出し、匍匐前進を始めた。このさいカッコなど、どうでもいいのだ。これは、生きる為の手段なのだ。服がドロだらけになったが、どうせ後で洗えばいいという考えがあった。しかし、匍匐前進とは結構、難しいものである。カメラバックを持っていたせいもあったが、なかなか前に進まない。もしや焦りの為か?それともぬかるみで、滑るせいか?とにかく、映画の様にはいかないのである。これもやはり、日頃の訓練であろうか? 這った、這った、カミナリが遠くへ行くまで、わたしは這った…。いつの間にか、カミナリの音が遠ざかっていた。どうやら安全の様である。わたしは立ち上がり、再び道を急いだのである。

 山を下り、また山を登らねばならない。わたしは既に惰性のみによって、第三の山へと
登った。雨の勢いは薄れたが、まだ降り止まないでいる。その為に、衣服はビショビショで、ひどく気持ち悪いのだ。ましてや、泥だらけである。

 三時間が経過し第三の山の頂きを過ぎた。そして目の前に在ったのは、崖であった。いや、崖というには、余りにもなだらかすぎる。傾斜約35度、赤土の斜面である。下には、小石の海岸が見える。空には雲の切れ目から、青空が顔を出している。そう、雨は上がったのだ。わたしは今までのもやもやを吹き飛ばすかの様に、声を出して一気に駆け下りた。

「ワーッ!」

 何度かバランスを失い、転びそうになったが、わたしの〃勢い〃がそれを食い止めた。しかし『勢い余って…。』という言葉がある様に、わたしもそれに該当してしまった…。 斜面が終わってから広がる小石の海岸は、幅が狭い。わたしは勢いよく、駆け下りて来ているのだ。つまり飛行機が着陸する時、それなりの滑走路が必要な様に、わたしのこの勢いを止める、それなりの距離の滑走路も、また必要なのである。

 だが、小石の海岸は短かった。わたしは勢い余り、膝まで海に漬かったのだった。そして、その海の水の急ブレーキの為、ガクッとま膝まづき、下半身すべてが海の中となったのだった。しかし、わたしはめげなかった。何故なら、既に全身ビショ濡れの為、このさい雨の水だろうが、海の水だろうが、関係無かったのだから。ものは次いでにわたしは、泥で汚れている衣服と顔を洗い、これからわたしの前に聳え立つ、新たなコースを、新たな気持ちで立ち向かったのだった…。

 小石の海岸は、どこまでも続く様に感じた。そしてこの道が終われば、ゴールは間近だという様にも感じた。だがそれは、甘い考えであったのだ。小石の海岸を、どのくらい歩いたのであろうか?疲労の為、わたしは惰性の歩行が続いていた。現在の時など関係無かった。ただ、早く帰りたかった。帰って、風呂に入り、メシを食い、眠りたかった。これがわたしの、この時の夢であったのだ。

 しばらく歩くと、どうしたことか、道が消えてしまった。目の前には切り立った崖が、あるだけなのだ。

『おかしいな?…。やはり、道、間違ったかな…。』

 しかし、その不安は間違いであったのだ。なんと崖の上の方に〃愛とロマンの八時間コース〃と、ペンキで書いているではないか。

『でも、どうやって行くんだ?』

 だがよく見ると、崖そのものにロープが張っている。つまりこれを伝って進め、ということなのであろう。とにかくわたしは、帰りたい一心で、このロープを手にし〃コース〃を進んだ。

 ロープが終わると今度は、ゴツゴツした岩場を歩かねばならぬ。そして再び、ロープである。つまり渡るに困難な場所には、親切にもロープが張ってあるのだ。このコースもまた、疲れる。岩場はヌルヌルと滑りやすく、一歩間違えれば、海に転落なのだ。多分、昨日、女性が落ちてケガをしたコースというのは、ここであろう。わたしは一歩一歩、慎重に歩いた。空が晴れ、暖かな陽射しのおかげで衣服が乾いてきているのに、また海などに落ちたくはないからだ。

 長距離の岩場というのは、肉体と精神の疲労を促進させる。『一歩、間違えれば…。』という思いが、神経を使うからだ。肉体も余分な力が入る為、また疲れる。現在は疲労のピークなのだ。本当に疲れたのだ。だからわたしは、休憩をとることにした。

 タバコを吸おうと思ったのだが、胸ポケットに入れていた為、吸える状態では無かった。タバコの葉の色が、白いボタンダウンのシャツを茶色に染めていた。仕方が無く、わたしは海をぼんやり眺めた。カモメの鳴き声が喧しく耳に聞こえてくる。現在、虚脱状態である。動きたくないのだ。だが気を取り直し、再び進むことにした。結局、進むしかないからである。

 わたしが200メートルほど進んだ時であろうか、突然〃ガガンッ!ガン、ガンッ!ガラ、ガガガンッ!〃という身の毛もよだつ、恐ろしい響きがした。

『なっ!な、なんだ、なんだ…』

 わたしはその音を、すぐに理解出来た。なんと、わたしの前方僅か5メートルばかりの
場所に、巨大な岩が落ちてきたのであった。わたしは声が出なかった。そして、じっとその岩を見つめ、思った。

『こんなコース、女なんか行けるわけないだろ…。何が〃愛とロマン〃だ…。』

 危険極まりない、これが〃愛とロマンの八時間コース〃の正体であった…。


 延々と続く岩場地帯を過ぎると、もう一度小石の海岸が広がっていた。『スコトン岬』をスタートして、まだ4時間を僅かに過ぎただけである。もし〃愛とロマンの八時間コース〃であるならば、まだ4時間は歩かねばならぬ。気が遠くなる距離であった。だが、もしや、もしやなのである。これはわたしのカンであるが、この小石の海岸を見ると、もうゴールが間近に感じるのだ。〃八時間〃という時間は、男と女が一緒にチンタラチンタラ歩く時間を計算に入れた為の〃八時間〃ではなかったのか。

『もう、着いてもいいよな…。いや、もう着く筈だ。』

 これはわたしの本能が、言った言葉であった。歩いて、歩いて、歩いて、わたしは益々自分の本能を信じることとなった。海には船の姿が多く見え、前方に見える風景さえも、わたしが泊まっている民宿近くの風景に似通っている。

『もうすぐだ、絶対にもうすぐだ…。』

 わたしの心には嬉しさが込み上げ、歩く速度を早めたのだった…。

 それから一時間程経過し、わたしの目の前に懐かしい景色が顔を出した。それは岩場のトンネルであった。民宿のすぐ側に、このトンネルがあったのだ。つまり、トンネルを抜けると、そこには民宿がある!なのだ。わたしは走った。一刻も早く、風呂に入る為である。

 トンネルの中は広く、距離は短い。入る前から、前方の景色は見渡すことが出来るのだ。あった!あった!やった!やった!である。トンネルを抜け、わたしは記念写真を撮った。『スコトン岬』でも、写真を撮っている為、これでスタート時の姿と、ゴール時の姿とが比較出来るわけである。これで、大変良い記念となるであろう…。本当に素晴らしい体験をさせてくれた〃愛とロマンの八時間コース〃であった。
 
ところでこの時に気づいたのだが、到着したのが午後の1時頃であったので、愛とロマンの8時間コースを5時間で走破した事になる。
by dostoev | 2013-04-18 20:07 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その12)」

暑い最中、わたしは徒歩一時間弱で、目的の民宿に着いた。

『へ~っ、結構きれいなんだ。』

 と、思ったのだが、よく見ると全面に押し出している建物は『××旅館』とある。そしてその奥にある、古びた建物の看板には『民宿××』とあった。つまりわたしの泊まる宿は、古びた建物となるのだ。とにかくわたしは、その民宿の中に入ってみた。

「ごめんくださ~い!誰かいませんか?ごめんくださ~い!」

 すると「は~い!」という声と共に、結構若いあんちゃんがやって来た。

「すみません。予約をしていた、佐々木と申しますが…。」

「ああ!佐々木様ですね。いや~っ、今日、港まで迎えに行ったんですが、どうしました?心配したんですよ。」

「いやちょっと、手違いがありまして…。」

「まあ、とにかくお部屋に案内しますから。さあ、どうぞどうぞ。」


 案内されるまま、わたしは薄暗い廊下を歩き、階段を上がり、二階の結構見晴らしの良い部屋に案内された。部屋自体は、良くも悪くもない。まあ、普通の部屋であった。

「それじゃ、御用の時はお呼び下さい。」

「あっ!すみません。」

「はい?なんでしょう。」

「あの〃愛とロマンの八時間コース〃はどう行くんです?」

「ああ、あれは今日、船が着いた港から出る一番のバスで、最北端のスコトン岬まで行き、そこから徒歩ですよ。でも〃愛とロマン〃といいますけど、結構大変ですよ。きのう女の方がガケから落ちて、大怪我しましてね…。お客さん、行くんですか。」

「はい。」

「がんばって下さいよ。なんたって〃愛とロマン〃ですから。それじゃ行くんでしたら、明日5時に起こしますので…。よろしいですか?」

「はい。」


 と、番頭らしきあんちゃんは、去って行った。さてわたしはというと、まず、腹ごしらえをしてから、この近辺を見て回ることにしたのである。

                    
 すぐ近くの喫茶店で、わたしはカレーとコーヒーを所望し、一服ついた。さてこれからどこへ行くか、である。わたしはパンフレットを広げてみた。南端の方には、トド岩、桃山等々があるという。まあインパクトは弱いが、とにかく暇なので、行ってみることにしたのだ。

                   
 なんというか、礼文島の山は寂しい、この一言である。何故なら、山は山でも木が無いのである。まあ、まったく無いわけではなく、申し訳なさそうにチョコチョコッと生えているだけなのだ。つまりハゲ山なのである。

 歩くコースはわたしにとって、つまらないものであった。平坦な道をのんびりと…決して嫌いなわけではないのだが、なんかチョッピリ落胆させられたのだった。わたしは島というものに来たのは、初めてである。これから行く初めての場所とは、勝手に夢を描くキャンバスみたいなもので、

『ワクワク、ワクワク、きっと素敵なんだろうな…。いや、島というくらいだから、ジャングルで覆われていて、その中には見たこともない鳥や、ヘビ、ワニなどが群れを成して生息しているのだろうな。ワクワク、ワクワク、まてよ…。やはり北海道だから、エゾリス、エゾシカ、のようにみんなエゾが付いたりするかも。とすると、正式名はレブン・エゾ・オオカモノハシとか、レブン・エゾ・ゾウガメとかになるな。もし山猫なんかいたら大発見になるぞ。すると自分の名が使われ…動物界、脊椎動物門、哺乳類、食肉目、ネコ科、フェリス属のレブンテンシス(ゴーイチウス)。というのが正式な学名になる筈…。う~ん、素晴らしい。』


 などと、好き勝手な想像は自由なのである。ただ、あまりかけ離れた想像を抱くと、後のショックが大きくなるのであるが…。とにかくわたしは、食事時間はで暇つぶしに歩いた。歩いた…。すると前方から、女性が歩いて来るではないか。わたしは身をグッと引き締めた。

『そうか、また出会いか…。』

 ここでわたしは、得意技を出した。見て見ぬ振りをしながら、見るという大技である。この技は、わたしは下を見て歩くのが嫌いなことから、開発されたのだ。知らない人と目と目が合うというのは、あまり良い気がしないものである。可愛い女性はらウッ!と思ってしまうのだが、男と目など合ってしまったら…個人的に嫌なのだ。ましてやそれが、かの有名なYaさんだったら、

「てめぇ~っ、〃がん〃つけんじゃねぇよ。ちょっとこい!」

 わたしはこれが、嫌なのである。ただ、そこいらのツッパリにいちゃんならば、大歓迎なのだ。わたしは高校時代から、遠野の町を歩いているツッパリにいちゃんを見かけると喜んで飛んで行ったものだ…。

 わたしは前方からツッパリにいちゃんが歩いて来ると必ずその正面を、道を譲らせる様に歩くのが、趣味なのである。この心には『ああ、インネンつけてくれないかな…。』という、切ない思いが込められているのだ。

 話はおかしくなりそうだが、つまりわたしのこの大技というのは、正面を向き、尚且つヤーさんの目線を反らせる、目の配り方なのだ。それは目の焦点が常に遠くにあることが大切である。もし真正面から、ヤーさんが来たとしよう。わたしは正面を見つめ、道の真中を、堂々と胸を張って歩いている。すると、ヤーさんはこう思う筈。

『何だ?あんガキャ~。俺に〃がん〃つけとんのか。どれ…おもしれぇじゃねえか。』

 と、やっきになるヤーさんであったが、わたしは遠くを見てるのだ。するとヤーさんもすぐに気づく。

『なんだこいつ、〃がん〃つけてんじゃねぇのか。しかし、どこ見てやがんだ?』

 と、これでヤーさんを、はぐらかすことが出来るのである。わたしはその他に、じっと見入ってしまいたい美女にも、この技を使うことにしている。『わたしは美女よ』と歩いている姿はあまりいただけないが、美女というだけで、やはり目を奪われてしまうものなのだ。しかしこの時、わたしの心理は『見たい、見たいけど…しゃくにさわる。』になってしまう。遠くからは、じっと見ている様なのだが、近くで見ると、目の焦点は遠くにある為、誰もが遠くにあるなにかを、わたしが見てるという錯覚に陥るのである。しかし実際は…見ているのである。紛れもなく、見ているのである。それ故にこれこそが、わたしの必殺技と呼ぶに相応しいのだ。
 
ところで、そう!女性であった。前から来たのは、三人の女性であった。わたしと年は同じくらいであろうか。狭い山道でバッタリ出くわした為、あちらも充分、わたしを意識している様だった。わたしと彼女たちの間に、一瞬、緊張が走った。

『んっ?な~んだ…。』

 わたしの視力は、非常に優れていて、200m先のものまでなら、確実に実体を把握できる。そしてその結果が『んっ?な~んだ…。』なのだ。食指をそそらぬ獲物の為、わたしは横道を逸れ、藪の中に入り込んだのだった。まあ藪といっても、ハゲ山の為にたかがしれている。藪はすぐ抜け、目の前にはゴルフ場の様な広場があった。いや広場というか、結局は山そのものなのだが…。わたしは頂上に向かって歩いた。すると、また道があった。今度は、先程よりも細い道で、一人通るのだ精一杯なのだ。が、無理にその道を通らずとも…なにせ、ゴルフ場のような場所なのだから。

 わたしは道なりに、奥へ奥へと歩いていった。だんだん道は細くなり、崖の様な光景になってきた。そして、夕暮れである。太平洋とは反対の水平線に沈む夕日というものを拝めることができ、充分にその美しさを満喫できた礼文島の海であった。礼文島の海は、珊瑚礁まではいかなくとも、それに近い透明度を誇っている。礼文島、ここもまた日本的ではない場所のひとつである。暮れゆく夕日を眺め、この自然に浸りながらわたしは誓ったのであった。

明日こそは、美しくも素晴らしい出会いというものを…やるぞ!』

                   
「おかえりなさい。もう、食事の用意が出来てますので、どうぞ、食堂のほうへ。」

「はい、わかりました。」


 わたしはカメラバックを部屋に置き、食堂へと向かった。向かったのだが、どうも気になることがあり、側にいた従業員らしき者に聞いた。

「やけに、ご老人が多いんですね?」

「ああ、今日は老人クラブの団体さんが、入っているんですよ。だからこっちの民宿の方は、佐々木様以外皆、老人クラブの方々なんです。あ、食事も食堂で一緒ですので、さあどうぞ…。」

「はあ…どうも…。」


 結局その日の晩は、楽しく食事をとることが出来たのだった…。

                   
「ジリリリリ~ン!」

 という電話の音で、わたしは目が覚めた。まだ、辺りは薄暗い様相を示していた。頭もまだ明けてはいなかったが、どうにか受話器を掴み、その電話に答えた。

「もし、もし…。」

「おはようございます!さあもう、食事をとってすぐ出発しますので、御準備下さい。」

「は、い…。」


 わたしはこの時、起きたく無かった。が、起きねばどうしようもない。そこでいつもの様に、起きる為のカウントを数えることにした。

「ワン…トゥー…。スリー…フォーッ…。…ファイブ…シックス、セブン…。…エイト…
ナイン!」


 と、必ずカウントがナインになると、わたしは〃ガバッ!〃と布団を剥ぎ、飛び起きるパブロフの犬になっていしまったのだ。下に降りてみると、どうやら食事はわたしだけの様であった。

「お年寄りの方は、どうしたんですか?」

「いやぁ、みなさんはちょっと〃愛とロマンの八時間コース〃は、無理ですからね。散歩に行っている人もいますが…まだお部屋でお休みになっていますよ。」

「はあ…。」


 とにかくわたしは、早めに食事を済ませ〃愛とロマンの八時間コース〃への気持ちを高
めることにした。どうやら、邪魔な老人も来ない様だし…。食事の後に、顔を洗い、歯を磨き、カメラバックを持ち、外へ出てみた。

『んっ?』

 素晴らしき快晴を望んでいたわたしであったが、空はどんよりとした雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな気配であった。

「さあどうぞ、乗って下さい。」

 一抹の不安を感じながらも、わたしは〃愛とロマンの八時間コース〃へと向かった…。

                   
 始発のバス乗り場は、若者たちの姿で溢れていた。いる!いる!、である。男と女の比率は、どうやら半々である。可能性は高そうだ。後は、わたし次第なのである。出発の時間になり、わたしはバスに乗り込んだ。ここからバスで二時間の場所に、目指す出発点『スコトン岬』がある。それまでわたしは寝ることにした…。
by dostoev | 2013-04-17 20:25 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その11)」

「もしもし、IBCラジオ局でしょうか?」

「はい、そうですが…。」

「すみませんがディレクターの姉帯さん、お願いできますか。」

「姉帯ですか?少々お待ち下さい…。」


 わたしはその年の夏、北海道からIBCに電話した。そう、今年の夏も幽霊屋敷に泊まる為には、どうしてもテレビ局が欲しかったのである。何故なら、幽霊屋敷に泊まった反動があれ程あるのならば、やはり〃それなり〃の見返りが欲しいのである。そうでなければ、行くだけ損なのだ。それに張り合いも違うし…。

 わたしは喜びを押さえ、姉帯さんを待った。

「はい、もしもし姉帯ですが…。どちら様でしょう?」

「あ、わたし遠野の佐々木というものですが…。」

「遠野の佐々木さんですか?…。」

「はい、あの幽霊屋敷の…。」

「ああっ!こりゃどうも。どうだい、元気かい。」

「はい。」

「今年は行こうね。」

「はい。」


 わたしはこの脈ありの言葉を聞き、喜びを隠し切れなかった。が、しかしであった…。

「夏の盛りは、ゴルフの中継にテレビの連中取られちゃうから、そうだね…八月の末、二十日以降になるけど、いいかい?」

「えっ!二十日以降ですか…。」

「都合悪いのかい?」

「ええ、ちょっと…。」


 なんと、わたしがもう既にいない頃、テレビ局の都合がつくという。なんという悪循環あろうか。仕方無くわたしはテレビ出演を諦めたのだった…。

「仕方ありませんね…それじゃ、失礼しました。」

「そうかい、残念だね。でも、いつか行こうね。」

「はい!」


 そしてその後、結局連絡を取ることなく、テレビの話は終わったのであった。

                   

 わたしは現在住んでいる北海道にて、このやるせなさをどうにか解消する方法を考えた。そして考えぬいた結論とは…やはり、一人旅である!

『そうだ!やはり旅しかないのだ!』

 旅という気持ちが固まると今度は、どこにいくか?である。その頃、劇団に所属していたわたしは、車で北海道中を駆け回っていたのだが、行きたくとも、まだ行っていない場所があったのだ。それは礼文島である。ひょんなことから、ユース・ホステルで配布しているパンフレットを手にすることができたわたしは、それを読み、その中に書かれている魅惑的な文章から、礼文島に決めたのであった。その文章とは…。

「なになに…。礼文島の名物に〃愛とロマンスの八時間コース〃というのがありまして、伝々…。」

 〃愛とロマンスの八時間コース〃というのは、最北端のスコトン岬をスタート地点とし、そこから海岸線を延々八時間も歩き、目的地まで行くのだが、それを紹介する文がとても良いのだ。長い距離で結構きついのですが、そのきつい道程のためか、みんな仲良く助け合い、見知らぬ男女でも、最後には手に手を取り合って歩くことから〃愛とロマンスの八時間コース〃と名付けられたのです。

 わたしはこれを読み、単純に〃素晴らしい!〃と思った。そして今度はわたしの番なのである。

「待っておれ礼文島よ!か弱き乙女よ!」

 この時のわたしの気持ちは一直線であった…。

                   

 札幌駅20時過ぎの夜行で取り敢えず、わたしは稚内に向かった。稚内からフェリーで、礼文島に行けるからだ。夏の盛りの札幌駅は、混雑ひとしおである。一目で観光客とわかる若者で、満ち溢れているのだ。ともかくわたしは、夜行列車に乗り込んだ。乗り込んだのだが、どうやら遅かった様である。何故なら既に座席は人で埋まり、通路に横たわっている者も結構いたのだから。しかしわたしはめげることなく、安住の地を探し回った。そして、ついに見つけたのだ。それは車両と車両の間にある、職員用のイス付きの小部屋であった。

「ラッキー!」

 とばかりに、急いでそのイスの上に荷物を置き、KIOSKまで買出しにいったのである。列車内は、うだる様な暑さであった。何故なら、人、人、人の地獄絵図が、その暑さを醸し出していたからだ。そこへもってイスはあるのだが、横にはなれぬ不安定な場所の為、その晩は眠れぬ夜であった。さらに、さらにである。わたしの目の前に、眠気を覚ますある〃もの〃があったのである。そのある〃もの〃とは…。

 夏でありながら、この列車内にいる女性客は、ほとんどGパンをはいているのだ。だが、だがである。やはり夏なのだ。夏の衣服は、肌を覆う面積が狭くなる、というのが通常で、やはりその通常の衣服を身に付けている女性もまた、存在するのである。さて、その衣服とは…そう、ミニ・スカートである。なんと、わたしの目の前に、そのミニ・スカートを纏いながらまどろむ女性がいるのである。

 その女性は、入口の通路に定住の場を構え、下に新聞紙を敷きつめ、友達であろうGパンをはいた女性の肩を借り、寝ている風であった。足は横にシャナリと組み、その足が寝苦しさの為か、モゾモゾと身、いや、足もだえしているのだった。

「ふむ…。」

 時刻は、真夜中であった。まだ起きているやからも、居たことは居たが、わたしの周囲のものどもは、寝ている様であった。それを確認したわたしは、迷う事なく目標物を凝視したのである。まさしくその物体は〃ムン・ムン、ムレ・ムレ、ニオイ・ニオイ・ニオイ〃であった。眠気を奪い、目をいざなうその物体の力により、わたしはとうとう、徹夜してしまったのである…。

                   
 朝六時に、稚内に到着した。さすがに眠い。目が窪み、充血している様であった。朝の稚内の上空は、薄曇りである。たまに差し込む陽射しが、非常に眩しい。顔をしかめながらわたしは、礼文島行のフェリー乗り場に向かった。

 朝早いのであるが、フェリー乗り場には結構、人がいた。やはり殆どが、観光客である。出航時間を確認し、待合室のイスに腰掛けた途端、ドッと眠気に襲われたわたしであった。だが、寝過ごしてはならぬと必死に目を閉じぬ努力をした、した、した…。

 どうにか時間まで頑張ったわたしは、急いでフェリーに乗り込み、座席を確保した。これはしょっ中、青函連絡船を利用した経験からきているのだが、船に乗り込む時は、のんびりしていては駄目なのである。電車同様、すぐ座席を取られ、立っていなければならないのだ。元気な時は良いのだが、眠くて眠くて仕方が無い場合、やはり早く船に乗り込み席を確保し、横になって眠りたいのだ。若者だって疲れているのだ。眠ってもいいのだ!

 よく、老人に席を譲らぬ若者が多くてけしからん!と言われるが、どうであろう?わたしは電車の中でしばしば、多くの老人の姿を見てきた。そして抱いた結論とは、不愉快きわまりない、であった。何故なら、老人の行動そのものに高慢さが感じられるからだ。現代社会が認める、か弱き老人というレッテルを大上段に振りかざし、座っている若者の前にスックと立ち、
「このふとどき者、わしを誰だと心得ておる。恐れ多くもわしは〃老人〃なるぞ。貴様等若い者がぬくぬくと座席に座っておるなどふとどき千万!ああ、嘆かわしや、まったく最近の若者は…。ええいっ!さっさとこのわしに、席を譲らんか!」と、老人は老人という名目に甘え、好き勝手に振る舞い、ますます現代社会の爪弾きとなって行くのであった。どんどはれ…。

 ところでわたしの老人対策は、譲る時は譲り、譲らぬ時には絶対に譲らぬ、である。その選別方法は、腰の低い老人には譲り、高慢な老人には譲らぬ、なのだ。要は、わたしの気分次第なのであるが…。

 とにかくわたしは、早々と席を確保し、横になった。が、どうしても眠る事が出来ないのだ。疲れ過ぎているせいもあったが、それよりもうるさいのだ。青函連絡船と違い、礼文島へ行くフェリーは、若い観光客ばかりだからだ。その中でも特に、若い女性のキャピキャピッとした声には、どうしても目と耳を奪われてしまう。人間はどんな状態にしても、煩悩は失わないものなのであろう。

 いるいる、沢山、沢山いる。この中にもしやわたしと〃愛とロマン〃が芽生える女性がいるかもしれないのだ。わたしはもう一度、辺りを見渡してみた。すると一人の女性と目と目が合ってしまったのだった。

『ん、これは…。』

 わたしはこの時、電車の中でひとときの恋を思い出した。

『どうせ、かなわぬ恋さ…。』

 などと、勝手に落胆したわたしであった。だが、気になれば気になるもので、結局何度も何度もその女性を見やったのである。そしてその度に、目と目があったのである。その女性の顔はというと、結構いけるのだ。どうやら、女二人だけの旅の様である。片方はまあ、並といったところであろうか。わたしは迷った…。

『どうする…。これが望みだったのだろう。早く声かけてしまえよ。こんな事はめったにないのだから、さあ早く!』

 と、一人のわたしが心の中で行った。だが、もう一人のわたしは、

『なにを言う。女の子と楽しい会話なんて、嬉しいには嬉しいが、それよりも本当の目的というのは、一人旅の風情を味わいながら、いかに自己を見つめ、またどれ程、自然との調和をはかれるかといった、カッコイイ命題があるではないか。女なんて二の次だろ。』

 諸君はどう思われよう。どちらかというと、わたしのこういった迷いなど、すべて嘘だと思った諸君が多い筈である。普通ならば女が優先で、迷っているのはただ単に、声をかける度胸が無いからだ、というのが大方の予想であろう。正直に言おう。たしかに度胸は無かった。されど、一人旅の風情を味わいたいというのも、また真であったのだ。

 まあ、今回のこの礼文島の旅は、かわいい女性と〃お知り合いになりたい〃から出発しているのだが、それに伴う怖さを、わたしは懸念しているのだ。その怖さとは、その女性の存在が重くのしかかる事なのだ。わたしは今回、カメラを持参してきている〃礼文島を含む道北すべてを、被写体に考えているのだ。わたしの頭の中には、女性と知り合えれば、というものと、写真を好きな時に、好きな場所で、好きなだけ、というものがあった。つまり、個人を優先した場合、写真を思う存分に撮ることが出来る。だが…。

 わたしは有り得ぬ事を、考えているのかもしれない。それは、もし知り合いになった女性に一目惚れし、また相手も同じになり、趣味も合い、その時の宿泊場所も、その後の日程も同じで、旅の期間中ずっと一緒に行動を共に出来るとしたら…嬉しいであろう。しかしそれは、常に相手を意識した行動であり、本当の自分の思いに任せた行動はとれないのである。相手と浸るか、自分に浸るかである。この簡単な様で難しい選択に、わたしの迷いは頂点に達したのだった。

『どうする…。話しかけようか、でも煩わしいかもな…。』

 優柔不断なわたしが、いつも悩むと結局、行き着く場所は、

『面倒臭いな…どうせまた何かあるさ。それよりも寝よっ!』

 であった。その通りわたしはフェリーの中、寝入ったのである…。



どうやら、礼文島に着いた様である。わたしは鐘や太鼓の騒々しい物音に、叩き起こされたのだった。

『んっ…着いたか…。』

 辺りを見渡すと、殆どの乗客がフェリーから下りていた。わたしも荷物を持ち、その騒々しい外へと向かった。フェリー上から見た外の景色は、凄まじいものであった。礼文島の人たちであろう。各自、鐘や太鼓をけたたましく鳴らし、さらに大旗を振り、観光客を歓迎…いや、どうやらこれから、観光客の争奪戦の開始の様である。フェリーから下りて来る客、一人一人に群がり、真剣に奪い合っているのだ。

 わたしはその光景を楽しむ為…というより気後れして最後の一人とし、ギリギリの時間までフェリーにいた。客を奪い合う観光地の話しは、何度か聞いたことがあるが、これは異常としか言い様が無い。いや異常と言ったら失礼に当たろう。皆、真剣なのだろうし、これもまた礼文島の名物なのであろうから…。

 ついにわたしも、下りる事となった。だが、どれだけ人が群がろうと、わたしは既に、民宿を予約していた為、どんな誘惑にも負けるわけがなかった。案の定、わたしにも礼文島の人たちが群がってきた。だがわたしはビシ!バシ!とそれを切って捨てていったのだ。そしてわたしは一人、民宿への道を歩いて行った。民宿の名は忘れたが、現在いる港の反対側に位置するのだけは覚えている。わたしは歩いた。そして歩きながら、あることが頭を過ぎった。

『あれ?…もしかして、民宿の人が迎えに来ていたかな?そうだよな…客を取るだけじゃなくて、迎えにだって来る筈だしな…。』

 だが、ここまできたのなら、もう後戻りは出来ない。わたしは覚悟を決め、どれ程の距離かわからぬ道程を歩いて行ったのだった。すると〃プァ~ン!〃とクラクションが鳴った。バスであった。そして、そしてである。なんとバスの中から、フェリーでのあの女性がわたしに対し、一生懸命に手を振っているではないか。それも最後には、身を乗り出して…。わたしはショックであった。あの時の『また、なにかあるさ。』という気が、この時は『もう、なにも無いかもしれない…。』に変わったのであった。

『そうか、あの娘はわたしと知り合いになりたかったのか。やはり、声をかけるべきだったのか…そうか!そうか、そうか…。』

 結局わたしは、女性と知り合いになれることを、望んでいたのである。さらにこのショックと共に、あることも又、頭を過ぎったのである。

『そうか…バス、あったのか…。』
by dostoev | 2013-04-16 20:05 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その10)」

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時刻は11時半過ぎであった。既に家の明りは消えている。待ちに待った静けさであった。わたしはいつもの様に、隠密行動を取り、家の中に侵入した。わたしの部屋では、カメラが〃ある〃映像を写しだす状態を保ちながら待っていた。

『さていよいよか…。』

 わたしは心に期待と不安を忍ばせはがら、ベットに入り込んだ。

『ワクワク、ドキドキ、ワクワク、ドキドキ…。』 

 しかし、しかしである。わたしの期待と不安を裏切るかの様に、何も出ないし、何の音も聞えないのだ。だが、わたしは辛抱強く待った。待った。待ったのだったが…どうやらわたしは、待ちきれず寝入った様だった。何時に寝たのかは分からぬが、寝たのだけは確かだった。何故なら、わたしは結局〃ある音〃によって起こされたのだから。

「ピキーン!パキーン!ピキーン!パキーン!」

 この様な音が、わたしの目の覚めるまで永続的に続いていたのだろう。わたしの目覚めの時には既に、鳴り響いていたのだから…。この音は、一般的にはラップ音というのであろう。しかし怖さがあるが、なかなか良い音なのだ。

「ピキーン!パキーン!ピキーン!パキーン!…。」

 ロシアのバレエに『石の花』というのがあったが、まさしくこの音は『石の花』が今、花を咲かせる時の華やかな音の様である。 だが、わたしはウットリなどしてはいられない。まだ、回らぬ頭を叱咤激励しながらわたしは、ストロボのスイッチを入れ、レリーズを手にしたのだった。

『くるぞ、くるぞ…。』

 辺り一面に音が広がり、今こそ〃時〃である。わたしは頭から布団を被り、レリーズを握り締め、シャッターをきった。ストロボの閃光が、布団の中からでも感じられる。だが、音は一層華やかになってきている。わたしは何度も何度もシャッターをきった。心の中では『写っていてくれ。』という願いと『早く消えてくれ。』という願いが交差していた。ついに36枚撮りのフィルムが終わってしまった。音は未だ、華やかに騒いでいる。

『どうする、どうする…。』

 わたしは絶望の淵に追い詰められたようだった。こうなってしまってはやはり、わたしとしても怖いのだ。恐ろしいのだ。だが、どうにかしなければ。

『くそっ!情け無い。』

 この時わたしの中には、悔しさが込み上げてきた。いつものとおり、わたしの得意とする開き直りの境地である。

「くそっ!」

 わたしはこの声と共、布団を払い除けた。

「ピキーン!…。」

 最後の音がエコーを伴い、消え去っていった。わたしは暗闇の中で呆然と、その音を見送ったのだった…。
                   
 今回もやはりである。わたしが恐怖に怯えている時は必ず、音は纏わりつく。だが、その恐怖がわたしの中から去った時には、逃げ出す様に音は消え去っているのだ。そう、わたしはここで一つの真理を見つけた。それは何事にも怖がってはいけないのだ。弱きになってはいけないのだ。心に弱さがある時は、何者かがそれに付け込み、自らを窮地に立たせる。結局それを跳ね除けるのは、自らの力であり勇気である。

 わたしは今回それを特に感じた。これを機会にわたしの中には、何事に対しても逃げずに立ち向かう心が芽生えたのであった…。

                   
第七夜 ネバー・エンディング・ストーリー



 ついに最後の夜である。厳密には、まだまだ続くのだが…。とにかくわたしの家での怪奇現象はこれで終わりなのだ。何故わたしの家に怪奇現象が起こり、何故それがわずか一週間で終わりを告げたのかは未だ原因がつかめぬが、それ以来わたしの家に平和の日々が訪れたのは喜ばしい事である。さてここで再び、話の続きをしようではないか。では、始まり始まり…。

                   
 わたしは明日、北海道へ帰る。この夜が、遠野での最後の夜なのだ。最後の夜に何が起こるかわからぬが、覚悟を決め、わたしはこの夜を過ごそうではないか。もうここまできたら何も怖いものなど、わたしには存在しない。この夜を聖なる夜とし、何が出ようが出まいが、決して外に出ることなく、自分の部屋で過ごすことを心に誓ったのである。

 食事を済まし、軽く親と語らい、風呂で身を清め、部屋に戻り荷物の整理を始めたわたしであった。外では小雪がちらついている。〃しんしん〃とした冬の夜であった。時間を潰す為、わたしは読みかけの本を手にした。この頃、夢中になって読んでいた、ドストエフスキーの作品の中からの『悪霊』であった。この作品に登場する主人公は、現在わたしの最も尊敬する人物となってしまった。名をニコライ・スタヴローギン。この人物が、今のわたしの性格形成に、多大な影響を及ぼしているのである。

 ドストエフスキーの作品の中では『罪と罰』が一番好きなのだが、登場する人物の中では『悪霊』のスタヴローギンが一番である。どちらも5回以上は読み返している。今までいろんな小説を読んできたが、ドストエフスキーを読んでから、他の小説など屁みたいなものに感じてしまった。これをドストエフスキー・シンドロームとでも言うのであろうか。

 本を夢中になって読むと、時間のたつのが早いもので、8時から読み始めて、もう1時をまわっていた。明日が早いので(早いといっても、お昼の列車で帰るのだが…。)このへんで読書から切り上げ、眠りにつくことにした。

 本を読んでいる時は、眠くはなかったのだが、本から目を離した途端、急激な睡魔に襲われてしまった。素早く明りを消し、明日の為に、わたしは寝入った。しかし、寝た筈のわたしを、起こす音があった。それは、

「ザクッ、ザクッ、ザクッ…。」

 何者かが、穴を掘っている様な音なのだ。スッキリしない頭で、わたしはこの音について考えてみた。

『…なんだ…。何時だろ…。この音は…。眠いな…。』

 とにかくわたしは、今までのことなどまったく忘れ、ボケた頭でこの音を聞いていたのだ。それが怪奇現象の一端だとは知らずに…。

『なんで穴掘ってんだろ?…。冬なのに…。雪もあるだろうし…。』

 音はまだ続いている。

『んっ!』

 わたしはこの音が長い間、続いてから気づいたのだった。

『そうか、最後の夜もまたか…。』

 冷静に、冷静に、この音を聞き入るわたし。だが、一向に消える気配が無い。いつ消えるかわからぬこの音に、わたしは苛立ちを感じてきた。

『仕方無い、カーテンを開けて外を見てみるか…。』

 わたしが立ち上がろうとする、その時であった。

「チリーン…チリーン…チリーン…チリーン…。」

 そう、あの風鈴の音が聞こえてきたのである。わたしが初めて恐怖した音、風鈴の音である。その為にわたしは今現在、風鈴の音というものが好きにはなれないのである。夏の暑い日の風鈴の音というものは、暑さを和らげる効果があるのであろうが、冬の寒い日の風鈴というものはどうであろうか?寒さを一層助長させる、であろうか?そしてその風鈴の音に、ある特殊な意味が込められていたとしたら…。

 まあ、ここで風鈴の音というのはどうでもいい。問題は、誰がどのような目的で、それを鳴らすか、である。それもわたしに対してである。わたしが、何をしたというのだ!最後の冬の夜、風鈴と、穴を堀り続ける音は鳴り響く。トロイカの鈴の音というのなら哀愁が漂い「う~ん、素晴らしい。」と、唸ってしまうわたしであるのだが、この風鈴の音というものだけは、ちと困ってしまうのだ。

 わたしの中には既に恐怖など存在しない、などと宣いながら、やはりわたしは怖かった。怖くて仕方無かったのだ。この風鈴の音によって、今までの情景が、わたしの脳裏に写し出された。幽霊屋敷での朝。さらに、このウイークリー・フライト・ナイトの初めの夜。そして、この最後の夜。キチッと区切りだけはつける風鈴の音に、敬意を表したいわたしであったが、その余裕など微塵も無いもだ。ただわたしは、布団の中でうずくまるしかなかった。また開き直ればいいのであろうが、この風鈴の音だけはどうも苦手なのだ。だが…。

『…どうする…。』

 考えても結局らちがあかないのは、自分自身がよく知っている筈なのだ。

『仕方が無い、覚悟を決めるか…。』

 しかし、どうにも体が動こうとはしない。どうも、この風鈴の音を聞くと、金縛りにかかる様である。もどかしい気持ちが、わたしの中に募ってきた。

「ザクッ、チリ~ン。ザクッ、チリ~ン。ザクッ、チ~リン…。」

 勝誇った様に、鳴り響く音たち。わたしの意識は『もんもんもん…もんもんもん…。』と、迷い悶えていたのだったが、ついに堪えきれなくなったのである。〃ガバッ!〃と布団と剥ぎ、立ち上がり、窓へとわたしは向かって行った。恐る恐る行ったのか、スタスタと行ったのかは覚えていないが、とにかくわたしはすべてを振り切る為に、その音へと向かったのであった。そしておもむろに「ガラッ!」と、ドアを開け放った。

 再びである。再びその〃音〃は消えさった。またもやわたしが、勝利したのである。やはり恐れてはいけないのだ。勇気を持って立ち向かわなければならないのだ。キルケゴールの言葉に、この様なものがある「たくましき想像無きところに、たくましき自己は存在しない。」つまり、たくましき自己を存在させる為には、可能性を秘めた未来を常に見つめ、目の前にある障害を打破していかなければならぬのだ。そこに留まってはならぬ。留まるという事は、自分の罪、自分の勇気の無さを示す行為でしか無いからだ。さらにキルケゴールは言う。

「絶望は罪である。」

 これは、絶望して自己自身であると欲しないことである。したがって罪は、弱きの度合いが高まったものといえよう。いいかえれば、絶望の度合いが高まったものである。意外と人生、強気の方が良いのかもしれない。

                   
 いつのまにかこの話は、勇気と感動、そして説教の話となってしまった。わたしにとっては、大きな意味のある話なのだが、他人にとってはそんなに説教できる程の大した話ではないのだ。それ故ここでは話を横道に逸らせずに、続けるというのが本筋であろう。さあ、話を続けようではないか…。

                   
 わたしは爽やかな朝を迎えた。今までの悪夢が消え去ったかの様な朝である。目が覚めたのは、午前8時である。やはりこの目覚めは素晴らしいのである。わたしは下に降り、両親に爽やかな挨拶をし、モーニング・コーヒーを手にした。

「うまい。」

 わたしはそのうまさを、口にして表現した。普段、何でも感情を口にすれば、災いの元となるか、馬鹿と見られるかのどちらかなのだが、わたしは気分の良い時だけに、なるべく感情を口に出すことにしているのだ。

 親との会話を済ませ、友に連絡をし、徐々に"わたしは帰るのだ。"という感情を高めていくのである。名作と呼ばれる映画の別れは素晴らしいっ!感情の高まりが、最後の別れを切なくさせるのだ。『カサブランカ』『シェーン』『刑事ジョン・ブック』。すべて別れは、この主人公たちの姿に愁いを忍ばせ、観る者に感動を覚えさせる。わたしもその姿に憧れる為、たわいのない別れに対しても、自らの感情を高揚させるのだ。別れとは嫌なものなのだが、いつかは素晴らしい別れというものをやってみたい気がする。そう!テーマはやはり、男と女の感動的な別れ、である。

 その時は、好きな(または愛する)女性との別れの痛手に眠れぬ夜も続くであろうが、〃時がすべてを解決する〃という様に、いずれ…『ああ、俺もかつて映画の主人公の様に夢を見た時があったな…。』たどと思うかもしれない。そうなれば勝ちなのだ。良いことも悪いことも、すべては流れ去った素晴らしくも懐かしい過去なのだ。

 ここでわたしの大好きな詩人である、プーシキンの詩を紹介しようではないか。わたしみたいな者でも一応、詩も読むし書きもするのだ。詩は好きなのだ。



 日々の命の営みが、ときにあなたを欺いたとて

 悲しみを、またいきどおりを抱いてはいけない。

 悲しい日には心をおだやかに保ちなさい

 きっとふたたび喜びの日が訪れるから。

 心はいつもゆくすえの中を生きる。

 今あるものは、すずろに寂しい思いを呼ぶ。

 人の世のすべてのものは、つかのまに流れ去る。

 流れ去るものはやがて懐かしいものとなる。



 そうすべて、悲しみを伴った思いというものは、その時に深い意味があるわけではなく、未来によってこそ輝いてゆくのである。悲しみというものは、その時のたわいのない現象でしかない。やがてその時の悲しみは、未来に微笑みかけるであろう。またもや横道に逸れてしまったが、とにかくわたしは爽やかな気分で、この遠野を後にするのだ。何故かは知らぬが、我家での怪奇現象は終りを告げたのだ。

 だが、我家では終わったが、わたしの身にはまだまだ怪奇現象は続くのだ。それ故に、第七夜の題名をネバー・エンディング・ストーリーとしたのである。そしてこの後の話は、場所場所ごとの単発な話となるのだ。すべた関連があるとは断言できぬが、風鈴の音が登場する為、どうやらわたしは〃あるもの〃と引き摺っているようなのだ。最近は聞こえないが、まだ終わったとは言い切れないのである…。
 
さて今度は、北海道。さらにイタリアへと足を延ばし、風鈴はわたしの耳につき纏ってきたのだ。女性に好かれる、というのならば大歓迎なのだが、どうも風鈴という物体に好かれるというのは…。

さあ次は、番外編の始まりである。
by dostoev | 2013-04-15 17:39 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その9)」

第六夜 あな、いでまし。あやしの音の花


 晴れである。目が覚めたら、まるっきりの快晴であった。今までの鬱陶しい気分を降り払うかの様な快晴であった。わたしは窓から山を見上げた。

「…。」

 そして、わたしはムラムラッときた。『山に登りたいっ!。』わたしの山登りは、常に唐突である。雨であろうが、雪であろうが、夜であろうがわたしは、登りたいと思ったら絶対に登るのだ。今までそうしてきたのだ。さて、思いたったら吉日である。さっそく下に下り、メシを食い、準備にとりかかったわたしであった。

 まあ準備といっても、動きやすい服装にするだけなのだが。それにワークブーツを履いて準備完了なのである。後は気分によって、オニギリを用意したり、ジュースを持っていったりする。だがこの時は、何も持たずに行ったのである。
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 冬山登山は苦痛である。雪が体力の消耗を促し、息をゼイゼイさせながら歩かねばならぬのだ。それ故わたしは歩きながら時折考える。

『なんで登っているんだろ?』

 しかしこの疑問を感じさせながらも、わたしを導く山というのはやはり、偉大である。偉大で雄大な山は、わたしに開放的快感を与えてくれる。誰もいない山の中では、大声で歌うことも、あらゆるパフォーマンスも、野グソだって、さらに裸で走り回ることだって出来るのだ。恥ずかしがることなどないのだ。
                   
 あれは高校三年の時であったろう。夏の日、わたしは山のいざないを振り切ることができずに、山に登った時だ。ギラギラと肌を焦がす太陽の下、緑は燃える様な匂いを醸しだしている山であった。だが、陽射しが差し込まぬ木々に覆われた陰中は、ささやかな沸き水の匂いと音とが、わたしの喉と意識を潤わす。まるで真夏の山のオアシスである。

 暑さと戦いながら登った山の頂きは、素晴らしい解放感に包まれていた。焼けついた肌を癒すかの様なさわやかな風が、わたしを山の優しさの中に引き込む。わたしはその中でふと、ある考えにとり憑かれてしまった。

『裸になってみようか…。』

 一時、ストリーキングなるものが港で流行ったが「わたしには出来ないっ!」と落胆していたわたしを救ってくれた、誰もいない山の静けさであった。厳密にはストリーキングとは、ちと違うのだが、風呂場以外で裸になるのは初体験であった為、わたしは興奮と緊張に包まれた。何故なら人前ではないのだが、この山(物見山)は遠野の人々のハイキングコースとしてある為に、いつもいろんな人が行き来するのである。今現在、わたしはそれを最も恐れているのである。もし、わたしが裸になり走り回っている最中に、誰かが来たとしたら?

「やあ、こんにちは。」

 と、山で誰かと会った時の挨拶をしても、果たして素直な返事が返ってくるであろうか? もし、そこらのオッチャン連中だったら。

「おっ、若いのがんばっとんな!」

 という声援を、もらえるかもしれぬが、もしオールドミスで教育者のオバチャンならば。

「なんですそのカッコウは!あなたちょっときなさいっ!」

 と、そのまま一時間ばかりの説教を聞かなければならないかもしれない。さらにもし、うら若い女性や、同級、または後輩の女子学生だとしたら。

「キャー、ヤダッ!男よ、それも裸の…。あっ?もしかしてあれ、ゴーさんじゃない?」

「そうよ、あのゴーさんよ。」

「ヤダーッ!ゴーさんて変態なのだわ!」

「やっぱり変態だったのよ。」


 と、いつの間にかわたしは変態にされ、遠野の町、及び学校へ行けなくなり、家族揃って夜逃げというパターンとなってしまうかもしれない。それでは困るのだ。しかし、困ると言いながら、裸になるという魅力にわたしは負けたのだった。

 裸で走るというのは実に変にしっくりこない、という感じなのだ。初めてフルチンで寝た時のしっくりこない、と同じであった。やはりこれは普段、パンツを穿き慣れているせいであろう。逆に普段からパンツを穿いていなければ、パンツを穿くという行為がしっくりこない、ということになろう。だがしっくりこないながらも、わたしは喜びに満ち溢れた。何故ならば。

「ああ、この遠野の中で今、こんなことしているのは俺だけなのだろうな…。」

 といった前人未到の地に、初めて足を踏み入れた心境に陥ったからである。

時は過ぎ、わたしは服を来て下山することにした。山には記念板というのがあり、そこにチョークでなにか書けるのだ。わたしはそこに、今日の日付と名前を下書き入れ、下山した。するとタイミングが良いと言うか何と言うか、誰かが登って来るではないか。それは男であった。わたしは心の中で、

『よかった、よかった…。』

 と唱えながら、その登山者を見た。するとその登山者が、話しかけてきたではないか。

「あれ?ゴーちゃん。」

 なんとわたしの同級であった。こいつは変わり者で、常に心の中で変態性を求めている男であった。今でもそうだが…。幽霊屋敷に夜、遊びに来たのもこいつである。〃拒絶の友〃もこいつである。変なことを言いふらすのもこいつである。危ないのもこいつである。

「おうっ!」

 わたしは友に、自然な言葉を返した。結局、鶴田とは軽い外交辞令で、この場を別れたわたしであった…。
 

 翌日、友がわたしを山で会ったことを、言いふらしていた。なんでもわたしが記念板に書いた日付が、間違っているということであった。その時、わたしはしみじみ思ったのだった。

『よかった、見られなくて…。』
                   
 そうであった。過去の山での思い出に浸っていたわたしだが、現在進行中の話も、過去の山の思い出であった。それも夏ではなく、冬なのである。冬山とは〃登り辛い〃この一言である。雪が深い為、足全体が雪に隠れてしまう。いちいち〃ズボッ、ズボッ〃と足を抜きながら登って行かなければならないのだ。だが、わたしの登りたいというムラムラッとした欲求の前では、辛さなど屁みたいなものである。根性を出しわたしは〃ズボッ、ズボッ〃と、この山を登って行った。

 素晴らしい天候の為、わたしは目が痛くなってきた。眩しい光が雪に反射され、わたしの目をイジメルのだ。前にも一度、夏の日差しにやられたことがある。根本的に紫外線は苦手なのだ。その為、天気の良い日はサングラスをかけたほうが良いと、目医者に言われたのだが、忘れてきては仕方がない。我慢するしかないのだ。

 どうにかわたしは、マイクロウェーブまで到達することが出来た。さらにこの上に、大物見というのがあるが、既にそこまで行く気力は萎えてしまった為、ここだけで満足することにした。だが、ここからでも素晴らしい景色である。いや〃素ん晴らしい景色〃と表現した方が適切であろう。
 この時わたしは、ふと思った。やはりこの世の中、苦難を乗り越えたならば、そこに素晴らしいものが待っているのであろうか…と。哲学めいたものを感じさせる山に、感動を覚えたわたしであった。

 のんびりと景色を眺めていると、だんだん雲が広がってくるのがわかった。わたしはそれをきっかけに、この山を離れることにした。吹雪きになりそうだからだ。だが…行きはよいよい帰りは怖いというが、この冬山というのは、行きは辛いし帰りも辛い、なのだ。足がとられる道というのは、上りよりも下りのほうが歩き辛い、というのがこの時わかったのである。足がとられ、前傾姿勢の為、わたしは何度も転んだ。そして転んで行くうち、わたしは思った。

『これはもしや…転がっていったほうが早いのではないか?』

 そう、普段はクネクネとした道があるのだが、深い雪の為に道などは無く、真直ぐ進むことが出来るのだ。スキーでもあったら最高なのだが、そんな贅沢も言ってられない。雲は迫ってきているのだ。吹雪になったら大変なのだ。遭難したら大変なのだ。わたしは急いで、それを実行に移した。
「ワーッ!」と掛声をかけ、転がっていったわたしだった。

 いや~っ、雪の上を転がり落ちて行くというのは、なんとも言えぬ快感である。凄まじい勢いで落ちて行く一瞬というのは、自分がアクションスターになった様な気がするのだ。 転がり落ちては立ち、立っては転がり落ち、その繰り返しでどうにか麓まで辿り着くことができた。まあ結果として、全身ビショ濡れであったが、なんともいえぬ爽快感にわたしは満足したのだった…。

                   
 その日の晩、わたしは又々迷ってしまった。そう、家で泊まるか泊まらぬか、である。心の中では〃怖い〃という意識があったが、それよりも逃げるのはしゃくにさわる、の方が強かった。それに幽霊が見たいっ!という意識もあり、今晩も家で泊まるということにわたしは断を下したのである。
 わたしは、そこでカメラの用意をすることにした。
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 ベットの側に三脚を立て、カメラを置き、ベットに対となる窓方向を隅無く写し出す為に広角レンズとストロボをセットし、ピントを合わせた。ここで足りないのは、寝ながらでもシャッターがきれるようにということでレリーズである。だが、保持していない為、大急ぎでカメラ屋に飛んで行き、レリーズを買ってきた。これで完壁である。後は何であろうと、来るなら来いっ!である。しかしここまでやると、幽霊であろうが何であろうが、待ち遠しくなってしまうのだ。恋焦れてしまうのだ。愛しいのだ。

『来てくれ、お願いだから…。』などと考えてしまう。
 
だがわたしはここで、今までのパターンを思い描いてみた。『ん?確か今までは…。』そうである。そうなのだ。わたしは必ず、どこかの店に寄った帰りでなければ、怪奇現象と思わしきものと遭遇していないではないか。やはりここは、どこかの店に行って飲んでこなければならないのだ。きっとそうなのだ。これが最上の法則なのだ。と、わたしはその決意を、仕方無く実行に移したのだった…。

                    
 結局、わたしは某スナックに入ってみた。この店にも年若き娘がいるのだ。いつであったろうか…ひょんなことからこの店の娘と知り合いになり、何となく顔を出さねば…ということでこの店に決めたのである。だが決して、この店の娘が目当てという訳ではない。ハッキリいうが、この店の娘は美人出はないっ!どちらかというと…であるとわたしは断言したい。店の中に入ると、独りの中年男がカウンターに座り、この店のママさんに愚痴をこぼしている様だった。

「いらっしゃい…。」

 この「いらっしゃい」は『あら、珍しく若い客ね…。どこから来たのかしら…なんできたのかしら…。』という勘繰りの挨拶である。客側にとってみれば、あまり良い気がしない挨拶なのである。
 だが、これも仕方無かろう。遠野の人々というのは、必ず特定の店というものを持っていて、あまり店の浮気をする、ということはないのだ。つまり、ここのママさんがわたしを見る目というのは、流れ者を見る目と基本的に同じなのだ。

「何にします?」

「ビール。」


 飲み屋で交わされる、乾坤不変の会話である。

 やはりというか、どうやらこのママさんは、わたしに興味を持った様である。酔い潰れた中年の愚痴男をほったらかしにし、ママさんはわたしに話しかけてきた。

「あなた、今までこの店に来たことあるの?」

「えっ?あ、はい。」


 これをきっかけに、ママさんの質問攻めが始まったのだった…。

 質問を受けながらわたしは、どうにか娘を呼ぶことに成功した。まあ娘といっても、それ程の思い入れがわたしに無い為、ただ単に時の流れを待つ会話となったのだった。彼女との会話の接点は、映像に関してである。それのみについてわたしは、会話を続けたのだった。だが、あまり深入りしてはならない。何故なら、わたしに惚れてしまっては困るからだ。やはりここでは、互いに共通の意識を持った者同士の会話、に止めるべきなのだ。ブス(失礼)に惚れられたら、やはり良い気がしないのだ。煩わしいだけなのだ。そうであろう?諸君。
 

 話しが露骨になていしまったが、許して下され。今わたしは、酔っぱらいながらこれを書いているので…。どうにかわたしは、〃ある〃均衡を保ちながら会話と時間を進めていった。そしてとうとう、帰る時間となったのだった。彼女には悪いが、わたしは帰らせてもらう。家では、楽しい〃もの〃が待っているからだ。わたしは帰りの挨拶を彼女にした。

「それじゃ、おあいそね。」

「あれ?もう帰るんですか。」

「また来るよ(何とも言えぬが…。)。」

「それじゃ、おやすみなさい。」

「じゃあね。」


 と一言残し、わたしは某スナックを後にしたのだった…。
by dostoev | 2013-04-13 16:48 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その8)」

なんとなくその日、一日をブラブラしてる間に、夜が来てしまった。ついに夜なのだ。

『果たしてまた、なにか起きるのだろうか?…。』

 今までの様々な出来事と、情報の積み重ねが、大好きな夜を大嫌いな夜に変えてしまったのだった。そこでわたしは、それを打開する為に考えに考えた。『そうだ!自分の家に泊まらなきゃいいんだ。そうだ、そうだ。』わたしはこの素晴らしい考えに気を良くし、とにかく家から出ることにした。                   

 わたしの頭には、どこか友の家に泊まればいいという安易な考えがあった。しかしまだ 〃それ〃には時間的に早いと思い、とりあえずどこかの店で時間をつぶすことにした。簡単に食事をした後、朝と同じ『茶房』へ入った。わたしはおもむろにカウンターに座り、コーヒーを頼んだ。

「どうしたの、一人?」

「そう。」


 ママさんはわたしを気遣い、いろいろ話しかけてくれた。長い世間話しが続いた…。わたしはふと、時計を見た。なんと、十時過ぎであった。『ヤバイ!』わたしは、店の公衆電話から泊まる家を提供してくれるであろうと思われる友の家々に、片っ端から電話をしたのだったが…。

「もしもし…。」

「いませんよ。」

「もしもし…。」

「今日は親戚の家です。」

「もしもし…。」

「さあ、どこに行ったんだが…。」

 なんと、なんと誰もいないのだ。わたしは困り果てた…。

『ん~っ…、どうする…。家に帰るか…。いや、そんな…。え~と、あと誰かいたっけ?う~ん、う~ん、う~ん…。』


 結局わたしは諦め、覚悟を決めた。

『これもなにかの力か…。よしっ!泊まってやろうではないか。たかだか自分の家ではないか。』

 わたしは残りのコーヒーをグイッと飲み干し、我が家へと向かった。

シャッターをくぐり、わたしは家を見上げた。姉の部屋だけが明りがついている。どうやら珍しく、祖母は寝てしまった様だ。玄関までの階段を上がり、静かにドアを開けた。 家の中には静寂があった。わたしはドロボウのの様に、すべての行動をそっと行った。そっとドアを閉め、そっと靴を脱ぎ、そっとスリッパを履き、そっと歩き、そっと階段を上がった。階段を上がると、わたしの部屋のドアが開いていた。

『んっ?…。』

 何故、開いているかわからなかった。『閉め忘れたっけ…。いや、ちゃんと閉めて出たよな。姉さんが入ったかな?いや、いつもキチンと閉めていくしな…。』とにかくわたしは部屋の中へと入り、明りを点けた。

「!…。」

 わたしは凍りつくような恐怖を、背筋で感じた。なんとわたしのベットで、誰かが寝ているではないか。わたしは一瞬『ドロボウ』と思った。寝ているのに何故、ドロボウと思ったのかというと…勝手に人の部屋に入り込んで、ずうずうしくも人のベットで寝ている者などはすべて…ドロボウなのだ!

『くそっ!このドロボウめ!いまいましいドロボウめ!ドロボウめ!ドウロボウめ!』

 わたしの恐怖は怒りに変わり、まっすぐベットに向かい、そのフトンを剥いだ。

「えっ!?」

 なんと、わたしの父であった。フトンを剥いでも、一向に起きる気配がない。どうやら酒を体内に蓄積させての、完壁なる睡眠であった。わたしはあきれ顔で父の寝姿を見、推察してみた。まあ推察といっても、たかだか知れている。どうせ母とケンカし、オモシロクナイので同じ部屋で寝るのを拒んだ結果として、この部屋で寝ているのであろう。しかし、部屋はまだ他にあるのに何故、である。息子の迷惑顧みない親に、わたしは腹をたてたと共に、情け無くなってしまったのだった。

 わたしは最近、ある言葉にとり憑かれているその言葉とは〃子供のしつけは親がみる。親のしつけは誰がみる?〃である。小さな子供の目には、親とは偉大な存在に映るものである。しかし、長年一緒に暮らし子供が成長を遂げるに従い〃偉大な親〃という幻想は崩れていくものなのだ。但し、長年一緒に暮らして来た為に生ずる〃愛着〃、または〃親と子の絆〃というものは揺るがぬものなのである。そんな中で、わたしはいつも思うのである。

『仕方あるまい…。親のしつけは、わたしがしてやろうではないかっ!』

 子が親を教育しようという、この世の難題に対する挑戦の決意であった。しかし決意はいいのだが、とにかくこの場はどこか寝る場所を探さなくてはいけないのだ。だがそれも、一瞬のうちで閃いた。

『そうだ、三階の部屋がいい。気分転換にもいいし、なんたって俺の部屋よりキレイだしな…。』

 わたしは、それをすぐ実行に移したのだった。

                   
 三階というのはわたしの店の三階で、貸し部屋、または小宴会場として使用している所である。その三階の廊下にはちゃんと布団部屋があり、寝泊りも可能なのだ。

 わたしは忍び足で三階に向かった。自分の家なのに何故忍び足?かというと、寝ている母に気を使わせない為と、気づかれないようにいかに三階に忍び込めるかといったスリルを味わいたいが為であった。

 静寂の夜というものは、かすかな物音でも響いてしまう。それ故わたしは靴を脱ぎ、靴下のままソロリ、ソロリと歩いた。三階までくれば大丈夫なのだ。ここは母の寝室の射程距離外の為である。 
 さて三階の部屋には1号室から8号室まであるのだが、わたしは7号室を選んだ。それには理由があるのだ。なんとも言えぬ思い出があるのだ。まあ、思い出といっても美しくも素晴らしい思い出というものではなく「うわーっ、なんと、なんと…。」という絶句の思い出なのだ。

 あれは中学一年の時であった。日曜日に女の子三人を家に呼び、一緒に遊んだ時のことである。だが、男1に女3という比率ではなく、誰だったか覚えていないのだが、確かに一人だけ男の友を呼んだ筈である。そこまでわたしは軟派ではないのだ。そんな恥ずかしいまねなど出来なかったのだ。女の中に男が一人…あ~っ、やだ、やだっ!しかしわたしは、おぞましい女の中に男が一人恐怖体験を、北海道は礼文島で経験したのである。これは後で紹介することにしよう。

 さてその時は親に内緒で皆を三階に呼び〃目隠し鬼〃をやった記憶がある。今考えると、なんと純朴な遊びであったろう。そう、その頃はわたしも紛れもない純朴少年だったのだ。遊びに疲れたわたしたちは、どこかの部屋で休憩することにした。この三階には誰もいないと思っていたわたしは、躊躇せずに7号室のドアを開けた。

「あっ!すみません。」

 目の前に広がる突然の予期せぬ情景に、声を出した後、わたしは慌ててドアを閉めた。なんとそこには、開かれたあまりにも白い、女の下半身があったのだ。そしてその横には男がいた。つまり、客らしきが、そこで展開していたのだった。

『な、な、なんと…白いんだ。真白なんだ。眩しいんだ…。』

 わたしは気が動転した。こんなものを見るのは初体験であったからだ。そしてその後…7号室は、わたしのチェック・ポイントとして存在したのである。わたしはその思いでの7号室のドアを開けた。静かな暗闇がそこにはあった。わたしは、電気のスイッチを入れた。部屋は明るくなったものの、静けさはそのままであった。

『ん~っ…。』

 わたしは気づいた。あまりにも静かすぎて、逆に怖そうだということを…。だが、ここまできたならば、もう後戻りは出来ない。覚悟を決めたわたしは、布団部屋から布団を取り出し、部屋に敷きつめた。そしてストーブとコタツをつけ、そこにゆっくりと身を置き、夜の静寂を噛み締めたのだった。

 窓枠を覆った氷が、窓そのものを美しい額縁に変えている。その額縁に描かれている絵模様は、風に舞う雪の情景であった。それをわたしはぼんやり眺めた。

『雪、雪、雪の降る夜は雪女…。』

 情無いことにわたしの思考回路は、どんなに美しいものを見ても必ず魑魍魅魎のたぐいに、そのイメージが帰結してしまうのだった。しかし、雪女はどちらかというとロマンチックであるとわたしは思う。わたしは雪女も好きだし、鬼女も好きだ。牡丹燈籠のお露さんも好きだし、吸血鬼カーミラも好きなのだ。何故ならすべて美しいし、その美しさの背後に悲しみがあるからだ。喜びに満ちた女性というのも美しいのであるが、それよりも世界的規模で美しいというのは、常に悲劇を伴っている女性だとわたしは思う。ロミオとジュリエットのジュリエット。トリスタンとイゾルテのイゾルテ。ギリシア神話に出てくる女性たち、カリスト、イオー、エウローペなどみんな悲しみの中にも強く美しく生きている。わたしはそんな女性たちすべてが好きなのだっ!

 しかし思いに耽るわたしを、思いっきり吹き飛ばす静けさであった。前にも述べたが、静まり返った夜というのは、あらぬ想像を抱かせる事となるのだ。そのわたしの定義に、わたし自身が陥り始めた。つまり、怖くなってきたのである。その為に小さく歌を唄ってみるものの、恐怖の意識は止まらずに、歌は自然とフェードアウトし、知らぬ間に全身で夜の気配を探っていた。

「シーン…。」という音が聞こえるような静けさの中で、わたしはある音を聞きつけた。それは廊下から聞こえてきたのだった。

「カタカタカタ…カタカタカタ…カタカタカタ…。」

 わたしは一生懸命、その音を考えてみた。『これは…なんだ、なんだ…。』

 なんだか理解に苦しむ音であった。空き缶が左右に揺れ、その底辺が地面を叩いている様な…どことなく金属的な音なのだ。この音は父でも母でもないと、わたしは直感した。そしてゾッとしたのだった。

『来たな…。ついに来たな…。とうとう来たな…。』

 わたしは覚悟しドアの外を見通す様にそれを待ち構えた。すると「コン、コン、コン。」と、窓ガラスを叩く音が響いた。

「でっ!」

 驚いたわたしは、恐る恐る窓を見やった。が、そこには何も無かった。ただ、ストーブやコタツの熱気の為、窓が曇っており外の景色はよく見えなかったのだ。わたしは怖いもの見たく無さから、思わずカーテンを閉め、コタツの定位置に戻った。

「フーッ…。」

 深い溜息をつき、わたしは今の状況を考えてみた。まさしく前門の虎に、後門の狼である。窮地に追い込まれたわたしなのだ。 しかし悲しいことに、どうにかしようとも、どうにも体が動かないのだ。金縛りというわけではなく、動揺が思考回路を低下させ、半弾力を奪った為の現象であったのだろう。

 わたしは体の半分以上をコタツに突っ込み、目を覆い、考え考え考えた末に、ある言葉を見つけ、それを心の中で唱えた。

『迷いは絶望を招く。恐怖は勇気のない者の心に入込む。』

 自分に言い聞かせる様に、この言葉を三度唱え、心を立ち直らせた。この言葉は、B級映画「恐怖の惑星」のワンシーンでやはり、ある人物が恐怖を抑制しようとしていた時に唱えたセリフだった。開き直れば、強いもの。いや、わたしだけでなく、全てのの人々がそうであろう。ただ、いい意味での開き直りなのだが…。わたしは「エイッ!」と掛声をかけ、立ち上がった。すると再び「コン、コン、コン。」と、窓ガラスが叩かれた。緊張と怒りに満ち溢れたわたしは、窓に向かい、カーテンを開け放った。

「バシャーンッ!」

 しかし、なにも無い。ついでにわたしは窓枠をビッシリ覆っている氷を砕き、窓も開けた。瞬間に、雪が左目に入った。わたしは顔をしかめながら雪の外に顔を出し、辺りを見渡した。いつの間にか吹雪いていた夜の外を、何度も何度も見渡した。

「よしっ!」

 気合いを入れ、わたしは確認を遂行した。そして、おもむろに窓を閉め、カーテンを閉め、今度はドアに向かった。

「くそっ!やるぞ、開けるぞ、見てろ、チクショウ!」

 確かこの様な世迷い事を口走っていた筈である…。ただ、ハッキリと覚えているのは、気合いが入っていた、ということなのだ。

「ガチャッ!」

 わたしは気合いでドアを開けた。やはりなにも、誰もいなかった。

「くそっ!」

 ここまで気合いが入っているならば、恐怖などクソ食らえっ!なのだ。結局この夜はこれで終わった。よくわからないうちに終わったのだった。果たして〃音〃は本物であったのか?すべてを確認していないのに…。興奮冷めやらず、眠れぬ夜であった…。

「くそっ!眠れんではないかっ!」
by dostoev | 2013-04-12 17:39 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)

「わたしの怪奇体験談(その7)」

第五夜 疑問、ドロボウ?そして…。

 朝の十時に、幽霊屋敷で一緒だったマッコが訪ねてきた。

「ゴ~ぢゃ~んっ!」

 わたしの祖母が、いつもながらのでかい声で、わたしを起こしてくれた。友、または電話がくると必ず、血管が切れるのではないか?というこのでかい声を出すので、いつもわたしは友に祖母の真似をされて、からかわれていたのだ。その声の数秒後、マッコがわたしの部屋に入ってきた。

「おうっ!」

 わたしは元気よくマッコに声をかけた。が、マッコはどことなく元気なそそうであった。

「ゴー、ちょっと話あんだけど…。」

「んっ?ああ、ちょっと待って。」


 わたしはベッドから離れ、その場に投げて捨ててあった服を身につけた。

「そうだな、『茶房』に行くか。」

「ああ。」


 わたしは親に顔を出さずに、真っ直ぐ『茶房』へと向かった。
                   

 朝の十時の『茶房』は、まだ客の姿が見えなかった。

「あらっ、ゴーちゃん。早いのね。」

「ハ、ハ、ハッ、ど~も。コーヒー2つね。」


 やはり慣れない時間に来るとなんともからかわれ、照れくさいものである。わたしは入って右奥の、なるべく人目のつかない場所に席を決めた。

「はぁ~っ。」

 溜息をつくマッコ。

「どうしたんだ、おまえ?」

「あのさ…。」

「なんだよ。」

「ゴー、今までなんにもなかったのか?」

 いきなり意味不明の、話しであった。わたしは理解できずに、

「はっ?」

 するとマッコは、ひとつの間を置いて、言い辛そうに話しを続けた。

「いや、なんて言うか…。去年幽霊屋敷に行ったろ。」

「ああ。」

「…関係あるかどうかわかんないけど、あれから変な事ばっかり起きてな…。」

「変な事って?」

「んっ…。あの時と同じ様な事なんだ…。」

 わたしはこの言葉を聞き、嬉しくなってしまったのだった。

「本当に?」

「ああ。」

「本当?」

「ああっ。」

「やった!」

「なにが、やっただよ。冗談じゃねぇよ、本当に。」


 ふてくされるマッコであったが、わたしと似た様な者が存在するということは、まことにもって、気が楽になるのであった。

「でも、何かおかしいんだよな。」

「なにが?」

「実は、昨日お払いして貰いに行ってさ。」

「へ~っ、それで?」

「それが…なんでも、タヌキに憑かれたみたいなんだ。」

「タヌキ?なんで?」

「そんなのわかんねぇよ。」

「嘘だろ、そんなの。だって恩徳は山伏で、タヌキじゃないぞ。」

「俺もそう思うんだけど、一応、親が紹介してくれた霊媒師だしな…。」

「ふ~ん。」



 そこにコーヒーが運ばれてきた。

「はい、お待ちどうさま。」

「ど~も。」

 わたしは、そのコーヒーを口に含んだ後に、最近の出来事と、その疑問をマッコに話した…。

「へーっ、やっぱりゴーもか。」

「でも、おかしいだろ?やっぱり。」

「う~ん…。ゴーも、お払いに行ってこいよ。そうすれば、わかるじゃないか。」

「あっ、うちはダメ。もう言ったんだ。『馬鹿なこと言ってんじゃない!』って言われたよ。でも…。お払いって、いくらかかるんだ?」

「俺は、親の紹介だろ。それで三千円。普通で行ったら、確か五千円だったと思うぞ。」

「ん~っ、五千円か…。」

「俺が紹介すっから、三千円でいいんじゃないか。やれよ。」

「三千円か…。」


 三千円というのは大金である。何故なら、三百円のコーヒーが十杯飲めるのだ。十杯ということは、昼に一杯、夜に一杯で、合計二杯の六百円。つまり、五日間はどうにか喫茶店で過ごせるということなのだ。さらにわたしは一応、後二、三日でこの遠野から離れる。ということになると、五日が二、三日に凝縮され、一日六百円が、なんと一日約千円も使える勘定となるのだ。

「どうする?…。」

 マッコがわたしにプレッシャーをかけてきた。わかるのだ、マッコのこの興味本意のプレッシャーも。わたしもマッコの立場ならば、そうしたに違いないからだ。自らに降りかかった災難に苦しんでいる時、もし同じ境遇に陥っている他人を見つけた場合、興味がわかないでおられようか。何故なら、その似たような境遇を、他人がどう脱出するのか。また、その根源の相違を比較対照してみたいが為である。

「やれよ。」

「ん~っ。やだ。」

「なんで?」

「なんでって、言われてもな…。」


 金の問題もあったが、それよりも嫌だったのが、お払いの結果を知られたくなかったのである。どうであろう。もし、わたしなり諸君が友だちを伴って精神病院へと赴き、気狂い、もしくはアル中であるかどうかの診断を下してもらうことが出来ようか?もし、そこで医者に友だちのいる前で、

「あなたは、気が狂っています。(あなたは、アル中です。)」

と言われたらどうであろうか。医者に言われただけでもショックなのに、ましてやその側に、友でありながらも他人が聞いているのだ。他人というものは、人の不幸を表面的には同情していながらも、内心ほくそ笑んでいるものなのだ。何故なら、他人の不幸程楽しいものはないからである。

「おーっ!火事だっ!」

「火事よっ!早く行きましょ!」


 などと野次馬根性丸だしで、火事見物に大勢の者たちが集まって来るものなのだ。〃火事とケンカは江戸の花〃という言葉が示す通り、他人の喜びとして、災難は存在するのである。

 わたしが中学二年の時、斜め向かいの『〇〇金』という米屋が火事になった。あれは夜中の二時頃であったと思う。真夜中の火事というものはなんとも明るく、眼前にその火が迫ってくるように見え、不安を感じたものだった。

 わたしはその近所の火事を黙って見過ごすことが出来ず、なにか力になればと思い、消防隊が放水している中、店内にあった米を運ぶ作業に参加したのであった。だが、僅かな人数の為、思うように作業が進まなかった。放水の水を浴び、びしょ濡れになって作業をしている中、ふとわたしは辺りを見渡した。なんと、周りに大勢の人垣が出来ているではないか。およそ、作業している人数の二、三十倍の人数であった。わたしはそれを見、悲しくなってしまった。

『なんで皆、手伝ってくれないんだろう?』

 まだ幼き青少年に、不信感を抱かせる出来事であった。結局〃不幸〃というものは他人にとって、興味の対象としての噂話しにしか存在しないのだ。

 そこでわたしがマッコを伴い、霊媒師走の元へ行き、診てもらったとしよう。精神病院と同じように「あなたには、キツネ(またはタヌキ)がとり憑かれています。」と言われたらどうしたものか?はたまた、キツネなどよりもっとハチャメチャにエグイものにとり憑かれていたら?果たして友は、自分の胸の中にだけ秘めておくだろうか?もし友が、それを言い触らしたとしたら…。

「ほらっ、あの息子さんでしょう…。」

「えっ?ああ、そうよ、そうよ。」

「あの、とっても変なものにとり憑かれた…。」

「そうなんですって、奥様…。」

「なんか気持ち悪いですよね。」

「まったくですわ、奥様。」


 というように、わたしは遠野の町を歩けなくなってしまう。そうなっては困るのだ…。結局わたしは、マッコの申し出を丁重に断り、その場で別れたのであった。
by dostoev | 2013-04-11 16:07 | わたしの怪奇体験談 | Comments(0)