遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:よもつ文( 27 )

天斑駒

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荒川高原に、青白い斑駒がいる。斑駒というと思い出すのは「日本書紀」で、素戔男尊がいくつかの罪を犯している。その一つに「秋は天斑駒を放ちて、田の中に伏す。」 またもう一つに「又天照大神の、方に神衣を織りつつ、斎服殿に居しますを見て、即ち天斑駒を剥ぎて、殿の甍を穿ちて投げ納る。」という二つの罪に、何故か天斑駒が登場している。天斑駒は、天界に棲むという斑毛の馬とされ、ほぼ空想上の馬と云う事になっている。ただ「日本書紀」の天斑駒は「ごま塩柄だ。」とも云われるけれど、正確な描写がないので、どういう斑模様なのか、よくわからない。ただ白馬は、神の乗る馬とされるので、その白馬の斑柄なら、天斑駒のイメージに近いのか?とも思える。
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白馬の斑(ブチ)というと、競馬界のアイドルホース"ブチコ"を思い出すけれど、この馬はどちらかというと、ヨハネ黙示録第6章第8節にあらわれる、死を象徴する青白い馬のイメージに近いか? アガサ・クリスティ「蒼ざめた馬」は、タリウムによる毒殺の小説だったと思うが、その死の象徴としてヨハネ黙示録に登場する蒼い馬がタイトルに採用された様だ。
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顔を見れば、アイドルホースのブチコと比較して、とてもアイドルホースではなく、やはり不吉なヨハネ黙示録に登場する蒼ざめた馬の方にイメージが近いと感じる。もしも荒川高原へ行ったら、この不思議で奇妙な柄の馬を見つけてみてください。
by dostoev | 2017-07-13 06:25 | よもつ文 | Comments(0)

落ち逢う

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猿ヶ石川と早瀬川が合流する地点を落合と云う。この落合という言葉は、一般的に川の合流点という意味で使用される。道で言えば、辻に等しい。ただ道の辻はしばしば、異界や霊界の境界とされるが、落合もまた同じである。川が落ち合うだけでなく、死人とも落ち逢う場所でもあるようだ。画像は、昭和52年撮影の航空写真で、早瀬川の下流域で落合までの流れとなる。
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この落合から下早瀬橋辺りまでの川は、自分が子供時代の遊び場でもあった。沢蟹を採ったり、カジカを捕まえて焼いて食べた自然の遊び場であった。今では有り得ない話だが、川遊びをする子供達は、普通にマッチを所持しており、いつでも魚を焼く為の焚火を出来るようにしていたものだった。

小学の1年か2年の時だったと思ったが、自分が初めてカジカを捕まえて焼いてみたが、すぐにカジカの表面が黒く焦げてしまい、上手に焼けなかった。すると、どこからともなく同じ学校の上級生が寄ってきて「なにやってんだ」と言って、その上級生がカジカに塩を振って焼くと、みるみる美味そうに焼けた。こういう事は、親では無く子供同士で情報交換をして覚えたものだった。例えば、初めて一人で銭湯へ行った時、座った場所の鏡がすぐ曇るので手で拭いていたら、やはり同じ学校の上級生がいつの間にか現れて、「こうすれば曇らないぞ」と、鏡に石鹸を塗りたくって洗い流すと、それからは鏡が曇らなくなると覚えたりと。とにかく日常の事は、親からではなく子供同士で教え合っていた。

それから必ず川遊びをする時は、マッチだけでなく塩を所持して遊んだものだった。そして川遊びを止めて家に帰る時は手が生臭くなっているので、いつも川原に咲いているピンクの花を採り、それで手を揉みこすった。ピンクの花は、手で揉みこするとブクブクと泡立ったので、その後は川でその泡を洗い流して家に帰ったものだった。自分達は、そのピンクの花を石鹸花と呼んでいた。これも子供同士で知った事なのだが、その花が本当に洗浄能力があったのかどうかは知らなかった。

川原の土手には蛇(大抵はシマヘビ)がいつもいて、その土手が秋になると、多くのカマキリが発生して、夢中でカマキリ採りをしたものだった。早瀬川から落合にかけては雑木も多く、クワガタやカブトムシもいた。子供の頃の早瀬橋の街灯には、沢山の虫が集まり、渦を巻いていた。だから落ちているカブトムシを拾うには、あらゆる虫の渦巻きの中に入らねば無かったが、たまに蛾や蚊が苦手な子供が、その虫の渦巻き前でオロオロしていた。
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小学校何年生の時だったろうか?夏休みに入る前、上級生の子が落合で溺れ死んだ。朝の朝礼で校長先生が、川遊びはじゅうぶん気を付けてくださいとの事を言っていた記憶がある。現代では、こういう事故が起きると川遊びは禁止になりそうなものだが、その時代は大らかで、気を付ければじゆうぶん防げる事故と考えられていたのだろうか。確か、現在の遠野小学校は、川遊びは禁止の筈である。"もしも"を考えたらきりがないのだが、その"もしも"の時は学校側が大変になるので川遊びが禁止となったのは、時代の流れであろう。

少ししてから、川で溺れた上級生が帰ってくるという噂を、人伝にチラッと聞いた。ただ冗談半分だったので、頭から冗談話だと思っていた。
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夏休みに入り、落合の辺りで1泊のキャンプをする事になった。友達の父親同伴である。今となっては、夜に何を食べたまでは記憶ないが、ずっと川遊びばかりしていた記憶がある。また、親の監視下から離れた解放感から、夜になれば早瀬橋の街灯下に行きカブトやクワガタを探し、また川に石を投げたりして遊んでいた。小学の頃は怖いものが好きで、家の隣が映画館だった事もあってか、夜の九時からの怪談特集を一人で見に行き、終了するのが夜中の2時頃で、気分が高揚しているので一人で、夜の鍋倉山に肝試しに行った程だった。とにかく夏の夜は、一人で夜の街灯を巡って昆虫採集をしたり、肝試しをしたりしている子供だった。

テントを張った場所から川に向うと、遠目に白い大きな石があった。たまに胴長を履いた釣り人が、その白い石に立っている姿をよく見た事がある。その白い石は夜でも、どうにかぼんやりと確認できる程だった。一人で夜の川辺に立ち、その白い石の方向を眺めた。その白い石の辺りが、ぼんやりと、ゆらゆら白色が揺れている様に見えた。石を手に持って、白い石の方向へと水切りしてみた。すると全く意識していない左奥の方から小さな白いモノが白い石の方向へと近付いている。恐らくその時は、鳥か何かと思っていた。すると次に、白い石で揺れていた白いモノがこちらに近付いてくる。この時、恐ろしくなってテントに急いで戻った。テントの中で"それ"を話し、皆で外に出て確認したが、その時は何も無かった。
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翌日の早朝、白い石の方向を見ると、釣り人が二人ほど釣りをしていた。すると「釣れたぞ!」と大きな声を上げて、だんだんとこちらの方向に近付いてきた。見ると、針掛かりしているのは魚じゃなくて、蛇の様だった。釣り人は近づいて来て笑いながら「ほれっ、マムシが釣れたぞ。」とマムシが掛かった釣り糸を、こちらを脅かす様に向けて来た。その頃はマムシは恐ろしいと思っていたので、慌てて逃げた。聞くと、マムシがいたのでマムシの目の前で餌の付いた釣り糸をブラブラしていたら食い付いて来たとの事。

少ししてから、その釣りのオジサンに昨夜の白い石の場所の話をしてみた。すると「坊主、落合ってのはな、死んだ人間と落ち逢う場所なんだぞ。」と言われ、ビビッた記憶がある。
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ところで白色というと雪の白さのイメージがあり、また昔の産室は白い壁でなければ無かったのは、白色が浄化を意味する色でもあった為だ。しかし柳田國男は、白色は異常彩色であり、本来忌々しき色だとしている。確かに白装束は死への旅立ちの衣装でもある。山へと向かう山伏の衣装もまた、死を意識しての白装束であった筈。逆に言えば、霊界から訪れる者達の衣装もまた、白装束という事になる。遠野のオシラサマも「お白様」であり、神の住む異界との交流に必要なモノではある。ところで調べると「白い石は死に石」という石に関する俗信がある。それを踏まえ、こうして現在、子供の頃の拙い記憶を呼び覚ますと、自分の見たゆらゆら揺れる白いモノとは、霊界から訪れた者達であったのかもしれない。その当時の石は、現在見る事が出来無い。その当時とは、かなり様相が変ってしまった。追い打ちをかけるように、去年の台風での洪水で、落合は更に変わってしまっている。土砂も流れ、石を埋め尽くしたようでもある。画像は、あくまでもイメージであり、その当時の白い石では無い。
by dostoev | 2017-07-08 06:30 | よもつ文 | Comments(4)

巨人と天の川

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10代の時、初めてマーラーという作曲家を知った。確か、小学・中学と音楽の教科書には、マーラーという作曲家は載っていなかったと記憶している。さらに音楽室にも肖像画は飾っていなかった筈。だからマーラーという作曲家は、自分の頭の中には存在していなかった。それがたまたま、どこかの催しで中古レコードコーナーがあって覗いて見た時があった。

表題音楽と呼ばれるものがある。例えばベートーベンの交響曲5番は、あくまで5番なのだが「運命」という表題を付ける事により、多くのファンを獲得した。つまり「表題」を付ける事により、個人の妄想を掻き立て、購買意欲をくすぐるという技法に音楽業界がその方向性へと行ったという事。当然の事ながら、自分も「表題」の発する魅力に取り憑かれ、取り敢えず表題音楽から、自分の抱いたイメージと合致するかどうかを確認する為に聴き漁っていた。

そんな中、たまたま目にしたのが上の画像で、雲を越えそうな巨人のジャケットだった。「悲愴」など観念的な標題音楽を聴いていた中、突然に知らない作曲家と巨人の絵。それに対して、まったくイメージが出来ない自分がいた。ところで、この巨人の絵がゴヤの絵だと知るのは、かなり後の事だった。
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マーラー交響曲第一番「巨人」のレコードジャケットに出逢い、それから40年近く月日が過ぎ去り、再びその時の印象が蘇ったのは、この天の川の画像だった。撮影中は夢中だったので気付かなかったが、家に帰ってPCで画像を確認すると、山を超え雲を突き破るかのような巨人の様な天の川を見て、この時にマーラー交響曲第一番「巨人」のジャケットの絵が重なった。

天の川を肉眼で見れば、写真程にはクッキリとは見えない。何かモヤッと夜空に"巨大な何か"が聳えている様に見える。日本での巨人といえばダイダラボッチだが、西洋の巨人(タイタン)とは少しイメージが違うく思える。これは勝手なイメージだが、ダイダラボッチはどこか怪しく滑稽な感じもするが、西洋の巨人は威風堂々として、どこか近寄りがたい怖いイメージがある。これは小学の時に夢中で読んだ「ギリシア神話」でのゼウスとタイタンの戦いを恐ろしいものと感じたイメージがずっと残っているせいだろうか。

天の川はその名から、確かに天空に渡る大河の様でもあるが、天の川は蛇がかま首をもたげるように、だんだんと直立になるのを思えば、大河とは別に龍もしくは蛇に見立てられたのは当然の事か。しかし、こうしてこの画像を見れば、天の川は天空に聳え立つ巨人と捉えてもおかしくない気がする。星が輝く暗い夜空に、暗い影の様な巨大な何かが聳えるのを見て、巨人と思う人がいてもよいだろう。
by dostoev | 2017-07-04 09:46 | よもつ文 | Comments(0)

消えた不動明王像

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岩手県大槌町の浪板から奥に入ったところに、鯨山神社の本社がある。そこは岩壁に覆われた中、一筋の光のような滝がある。浪板不動の滝と呼ばれている。
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この綺麗な場所は、大槌八景にも含まれている地だ。
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ところが、2011年3月11日の地震によって、岩壁が崩壊し岩壁下に鳥居と共に祀っていた不動明王像がその崩落した岩に巻き込まれたという。
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岩に押し潰され、ひしゃげた金属製の鳥居が痛々しい。
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3月11日の地震の後、大槌町は心血を注ぎ、崩れた岩壁を補強し、崩れた岩が滝壺なども埋め尽くしたので全て撤去し、不動明王を祀る鳥居は回収したが、何故か本体である石で造られた不動明王像だけは発見出来なかったという。
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「無い筈はないのですが…。」と関係者は語るが、必死で探しても結局、その石造りの不動明王像が見つかる事は無く、現在に至る。誰かが持って行ったとも考え辛く、不思議な話であったという。
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by dostoev | 2014-05-12 07:55 | よもつ文 | Comments(0)

リアル「サユリ」

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押切蓮介「サユリ」という漫画がある。ストーリーは家族によって殺されたサユリという少女が怨念の塊となり、その殺された家に新しく住み付いた家族を死に追いやるという恐ろしい話だ。お爺さん、お婆さん、お父さん、お母さん、長女、長男、次男という家族7人構成で、次々に家族が死んでしまい、最後は、お婆さんと長男と二人でサユリの悪霊と戦うのだが…。

実は、今年の春の事だった。山形の猫好きの女性が泊り、あれこれと雑談をしている最中、やはり猫の話となった。その猫の話題の中、子猫の話となった。


「今度、家で生まれた子猫をあげる約束をしたんですよ。」


ところが、その猫をあげる約束した家には、少し前にも2匹の子猫をあげたのだと言う。何故に2匹の子猫が死んだのですか?と聞いてみた。

「なんか、病死らしいですよ?子猫をあげた翌日には2匹共に死んだそうです。」


同時に2匹の子猫が、あげたその日に病気で死ぬだろうか?と疑問に思い、いろいろと質問をぶつけてみた。しかし死因はよくわからず、とにかく病気で死んだのだろうと。しかし、その猫をあげた家の事を聞くと、いろいろと奇妙で、まさに漫画「サユリ」を思い出す程の異常さが、その家にはあった。

泊ってくれた、その山形の女性は猫好きではあるが、怖い話は苦手であると。しかし、その家の話を聞くと漫画「サユリ」を思い出して、背筋がゾクゾクとしたものだった。

その子猫をあげた家は、家族構成が「サユリ」とは若干違っていて、弟だけがいない6人構成であったよう。ただ、子猫が死んでからというもの、1年以内に父親が死に、お爺さんが死に、お母さんが行方不明となり、姉が自殺したという。そして残っているのは、お婆さんと長男だけというのは、まさに漫画「サユリ」と同じではないか!!!ヒィィ((ll゚゚Д゚゚ll))ィィ!!!

しかし、話を聞いた女性は、それ以上はよくわからないらしく、その家に何があって1年以内に、そんな悲惨な状況になったのかは知らないらしい。ただ、やはり寂しいからまた猫を飼いたいとの事で、そこまで怖い話が家には無いのかとも思ったが…子猫の死から始まった異変であり、またその子猫の死の原因もよくわかっていないのにと思ったが。とにかく最近で一番ゾゾッとした恐ろしい話であった。。。
by dostoev | 2013-08-20 20:48 | よもつ文 | Comments(0)

雀の宿

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雪の降る寒い冬の夜、疲れ果てた旅の男は一軒の家に辿り着いた。『今夜だけでいい、泊めてくれないだろうか…。』
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静かに雨戸を開け、旅の男は「今晩は…。」と声をかけた。破れた障子に貧しさを感じたが、暖かい明りが灯っており、旅の男に安心を与えた。
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しかし、声をかけたが返事が無い。旅の男は、障子の穴から中を覗いて見た。
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『!?』中を見て、旅の男は驚いた。『人間じゃない…。』
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旅の男は、家の主の正体を確認しようとガラッ!と障子を開けた。
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すると「いらっしゃい!」…この家は、雀が主の家だった(^^;
by dostoev | 2013-08-07 14:33 | よもつ文 | Comments(0)

現代の異端審問官と魔女狩り(最悪のマスコミ)


この動画は、ニュース解説の青山茂晴氏の発言が紹介されているが、まったくもってその通りである。是非とも観て欲しい。

1318年、あらゆる法皇のむ中で、もっとも迷信深く、もっとも貪欲で、もっとも残忍だと云われたヨハネス22世の教書が事実上の魔女狩り解禁となった。それによって異端審問官は喜んだのは、気に食わない相手を異端者として処分できるし、財産も没収できるからだ。これを現代に当て嵌めれば、異端審問官に相当するのはマスコミという事になる。

例えば朝日新聞の社是…つまり方針とは、自民党の総裁であり、現・日本国総理大臣に相反する事。つまり「反安倍」だという。こうしてあからさまに"気に食わない人間"は捏造や印象操作をして叩く事を平気でするのがマスコミとなる。そして最悪なのは、その発信力が世界規模であるという事だ。

真実はどうであれ、麻生氏は現代の異端審問官であるマスコミによって世界に魔女だと発信された。それによって国益を損なう恐れがあるだろうが、マスコミというのは過去の歴史を見ても、私益さえ貪る事が出来れば、国益なぞ関係無い存在であるのは、大抵の人なら知っている事。
by dostoev | 2013-08-03 17:12 | よもつ文 | Comments(0)

アンニュイな「千と千尋の神隠し(フランス版)」


ジブリの映画は、広く世界で上映され、人気も上々のよう。そんな中、やはり音楽にも注目が集まり、ジブリ音楽が演奏されているよう。その一つに、フランスの教会で、フランスの学生たちによる「千と千尋の神隠し」が動画でアップされ、注目と絶賛を浴びていた。

まあ、音程は不安定で完成度は高くないけれど、これが日本で作られた曲なのか?と思える程、協会にマッチした讃美歌の様にも聴き取れてしまう。また合唱でありながら生徒たちの並び方は、日本人は真似できないフランス的な感覚。どこか昔、デビット・ハミルトンが監督した映画「ビリティス」を彷彿させる官能性をも感じてしまう。

そして、日本語で歌ってくれてるのが、日本人にとって、とても嬉しいもの。フランスはアニメなどの日本文化が盛んで、日本贔屓の人達が多いせいだろうが、そのいろいろなアニメなどの中から抜き出して、音楽を広めてくれるのも、また嬉しい。日本にも外国由来の歌が数多くあり、逆に日本も良い歌を輸出し、こんな風に多くの外国人に歌って欲しいものだ。
by dostoev | 2013-04-15 21:39 | よもつ文 | Comments(0)

「夜行する女(ストリガ)」

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ゴヤ「空を飛ぶ魔女」を見ると、思う。魔女に箒とは、一般的なイメージで定着しているが、このゴヤの絵を見るたび、箒とは性的なものであると感じる。そしてその感覚は、昔から伝わって来たものらしい。
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またマザーグースの絵では、魔女は白鳥に乗っている。日本においての白鳥とは、蛇の変化であるという。白鳥の長い首が蛇をイメージする事から、白鳥と蛇は結び付けられている。そして蛇は男根に結び付けられている。ところがこれはどうも、日本だけでは無いようだ。元々白鳥=蛇という概念は大陸から伝わり、日本に定着したもののようだ。

魔女を調べると「飛び軟膏」というものがあるらしい。この「飛び軟膏」とは飛行するのに必要な薬という事だ。この”飛び軟膏”が出てくる童話は、まるで「夕鶴」みたいな物語で、女が…。


「決して見ないで下さい!」


というのにも関わらず、男は隙間から女の様子をうかがう。すると女は陰部に何かの軟膏を塗っていたのだが、男が覗いているのがわかった時、女は窓から外に広がる空へと飛んで行った。

これを西洋の学者は、塗っているものは媚薬であり、空を飛ぶというものはトリップする。つまり性的快楽に溺れる事を、こういう童話に載せたのだろうという見解を示す。つまり魔女の乗る箒とは男根であり、それに乗って飛ぶというものは、性的快楽に溺れている事らしい。しかし、日本には箒を跨ぐなという禁忌があり、魔女が箒に跨ぐ姿とは容認できないものだろう。その箒を跨ぐ行為は家の家運に繋がるものなのだが、ある意味、日本の昔の家の中の箒とは、嫁が手に取るものであり、それを性的なものに捉えても確かに家運の衰退に繋がるものにも思えてしまう。

それでタイトルの「夜行する女(ストリガ)」とは魔女を表す言葉であるが、スラングとして、夜にこっそり家を抜け出して浮気する女の意でもあるらしい。古来から夜遊びする女は、不逞の輩であり魔女に通じるという事だ。これを現代にあてはめてみれば…世の中…魔女だらけだろう(^^;
by dostoev | 2013-04-13 07:43 | よもつ文 | Comments(0)

智内兄助(ちないきょうすけ)の絵画

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好きな画家に、智内兄助という人物がいる。この画家の描く絵は、妖しい少女の絵が多い。この絵を見ていると、少女というものは”あの世””この世”を行き来する存在に感じてしまう。

少女でありながら、どこか大人の女性の色気を醸し出し、大人を狂わせる存在?まるで、ファムファタルだ。智内兄助の絵を見るたびに、少女というものは、どこか儚く崩れやすく感じるものの、その崩れゆく先にあるものは異界への誘いのようにも思える。

こういう絵を好きな人物はロリコン気もあるか?などと一般的に感じるかもしれないが、これは妖しの世界へ興味を持つ者達を、ある道へと導くシャーマンとしての役割なのか?とも思ってしまう程の絵だ。とにかく見れば見るほど、恐ろしくも妖しく、その先の世界を垣間見てしまいたい!足を踏み入れてしまいたい!という欲望を刺激する。

男ってのは、元々タブーを破る存在。「夕鶴」での”つう”「決して、機を織っている姿を見ないでください。」 またイザナミがイザナギに「決して振り向かないで…。」 という言葉をも信じきれずに振り向いてしまうという、女性の示すタブーを破ってしまう男…。

多分、智内兄助の絵に登場する少女が現れて「決してこの先に足を踏み入れてはいけない…。」と言われても、やはりそのタブーを、男は破ってしまいそうな気がする。それほどまでに魅力に溢れ、禁断の地へと惹き込まれしまいそうになるる存在の少女。 それを描く智内兄助の絵世界は、今後も目を離せない。
by dostoev | 2013-04-10 20:30 | よもつ文 | Comments(0)