遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
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カテゴリ:「蛇性の淫」( 6 )

「蛇性の淫」結其の二

蘭若に帰り給ひて、堂の前を深く堀せて、鉢のままに埋めさ
せ、永劫があひだ世に出づることを戒しめ給ふ。今猶、蛇が
塚ありとかや。庄司が女子はつひに病にそみてむなしくなり
ぬ。豊雄は命恙なしとなんかたりつたへける。




道成寺へは、まだ一度も行った事が無いのだけど、道成寺境内の本堂前に金巻のあとの「蛇室」の石碑があり、清姫の蛇塚は、境外の田の中にあるというが、この「蛇性の淫」のエピローグの記述は、まさに「安珍・清姫伝説」に帰結させるものなのか?

ところで真女児に取り憑かれた富子は結局、病気になり死んでしまうが、豊雄は命に別状は無かったと伝えられたと結んでいる。もしも、豊雄に少しでも真女児と、犠牲になった富子に対する想いがあったのなら、その後に出家したとなるのだろうが、ここでの豊雄は、単なる被害者の男であっただけ。しかし安珍は因果応報、清姫に鐘の中で焼き殺されてしのうのだが、豊雄は一般的な怪談映画の主人公よろしく、無事に生き延びている。これを、どう捉えるか?

ここまで読んできて、上田秋成はストーリーの中にいいろなプロットを散りばめて、皮肉交じりでストーリーを展開してきたようだが、エンディングに関しては何故か釈然としない。ただ逆に言えば、単なる怖い話として一般に知らしめた「蛇性の淫」を、その当時の人々がどこまでその奥を知り得たのか?という事なのかもしれない。この結末を記した秋成の心情に関しては、もう少し考えてみたい。自分の中で、一つの結論がでた。豊雄が何故生き永らえたのか?

蛇は祟るもので、今も昔も有名なもの。その蛇である真女児が何故、豊雄を祟らなかったのか?それはやはり、純粋に豊雄を愛していたのだと思う。「可愛さ余って憎さ百倍」という言葉があるが、あれほどの仕打ちをされても真女児は豊雄に対して、何もしなかった。ただし二人の間を邪魔する者達には徹底して、その憎しみを曝け出した真女児であるが、豊雄に対しては、それは結局無かった。

ここでやはり思い出すのは「道成寺」で、その可愛さ余って憎さ百倍を実践した清姫の激しさ。当然この「蛇性の淫」も「安珍清姫」の話を意識して作られたのはわかるが、真女児は清姫にはならなか
った。それはやはり、豊雄への愛の深さを現すものだと思うのだが…。


* 補足

真女児(まなこ)という名の発生は"愛子(まなこ)"からきているのだという。なので「蛇性の淫」は真女児の、恐ろしくも悲しい愛の深さを現した物語だったのだと思う…。
by dostoev | 2010-11-14 09:32 | 「蛇性の淫」 | Comments(2)

「蛇性の淫」結、其の二

他の人々に迷惑をかけたくない豊雄は、真女児に自らを委ねようと決心するが富子の父の庄司は、最期の頼みの綱を道成寺の法海和尚の力に託そうとする。馬で駆けつけた庄司に対し、法海和尚は芥子の香の染みた袈裟を庄司に与える。

芥子は昔、加持祈祷の際に護摩壇で焚かれたといい、息災・降伏などの功徳があったとされる。とにかく魔を降伏させる力が芥子にはあったとされたようだ。庄司は喜び勇んで、豊雄の元へと戻り、その芥子の香が染みた袈裟を真女児に被せて押さえ込む事にした。


「庄司今はいとまたびぬ。いざたまへ、出で立ちなん」



と、豊雄は真女児を騙すが、その豊雄の言葉に真女児は嬉しそうにするが、その後に袈裟を被せられて押さえつけられてしまうのが、とても憐れに感じてしまう…。



「あな苦し。汝何とてかく情なきぞ。しばしここ放せよかし」



純愛を貫き通す真女児に対し、人を一人殺めた真女児を非常なまでに押さえ込む豊雄…。

魔物との純愛で思い出すのは「牡丹灯篭」だ。新三郎は寺子屋の子供達や、長屋の人々を思い生きようと決めたが、部屋の周りに貼ってあるお札に、お露は悲痛な悲しみを見せる。

最終的には、第三者の手によってお札は剥がされるのだが、新三郎は魔物である、お露と結ばれる事を決意する。つまり、心の中にお露を求める新三郎の姿があったからだ。

しかし、この「蛇性の淫」は、真女児に対する心の揺らぎは微塵にも感じない。「日本霊異記」での狐と結ばれた男は、契りを結び狐という正体がばれても尚、狐に対したまに戻ってくれば良いと言ったが、同じく契りを持った仲でありながら豊雄は真女児に対し、完全に非常になり切っている。

この非常さによって、この「蛇性の淫」は、魔物と人間の純愛ものにはならず、安珍・清姫伝説の安珍と同じく、ただ蛇となった真女児を恐れる豊雄の姿だけであった。

ただ焼き殺され非業の最期遂げる安珍はその後、道成寺の住持のもとに現れて供養を頼み、住持の唱える法華経の功徳にって二人は成仏し、天人の姿で住持の夢に現れたのだが、それすらも無いのが「蛇性の淫」だ。


豊雄を退けて、かの袈裟とりて見給へば、富子は現なく伏し
たる上に、白き虵の三尺あまりなる、蟠りて動だもせずてぞ
ある。老和尚これを捉へて、徒弟が捧げたる鉄鉢に納れ給ふ。

猶、念じ給へば、屏風の背より、尺ばかりの小蛇はひ出るを、
是をも捉りて鉢に納れ給ひ、かの袈裟をもてよく封じ給ひ、
そがままに輿に乗せ給へば、人々掌をあはせ、涙を流して敬
まひ奉る。



真女児の退治の描写であるけど、法師を殺した時は三尺の口だったが、ここで芥子の香が染みこんだ袈裟を被せた後に、その袈裟を取って見ると三尺の白蛇がとぐろを巻いていた。原話となったらしい「白娘子」では「原型ニ複了シテ、三尺ノ長キ一条ノ白蛇ニ変了ス。」とあるようだ。つまりこれが
元々の真女児の正体であるのがわかる。

その真女児である白蛇を、法海和尚は鉄鉢に入れるのだが、鉢で思い出すのは「御伽草子」の「鉢かづき姫」の話だ。鉢かづき姫の母は、姫を時が至るまで穢れから守り、清浄さを保つ意味と同時に、観音の功徳によって身の安全を守るという意味合いを込めて被せた鉢は呪術の証だ。語源は、サン
スクリット語のパートラから来ているらしく、その漢字訳の原型は「鉢多羅」らしい。

元々鉢は、神霊を宿す呪物であり、その霊力によって魔を除けたり、強靭な生命力を与える役割をする道具である。昔話では、割れた鉢から金銀財宝や婚礼衣装が出てくる話もあるので、異界とも繋がっていると思われたふしもある。こういう意味があるからこそ、真女児の体を鉄鉢に納めたのだろう。そういえば、真女児と豊雄じゃないけれど、求愛と拒絶で思い出すのは、ギリシア神話での「ダフネ」の話。

エロスがアポロンに対して黄金の矢を放ち、ダフネという女性には鉛の矢を放ったエロス。黄金の矢を受けた者は、永遠にその対象を愛し続け、鉛の矢を受けた者は永遠にその対象を拒絶し続ける…。

無理やりごじつけるなら、この「蛇性の淫」でのエロスは吉野で登場した、翁なのだろう。真女児の正体を見破り、その様を豊雄に示して、永遠の拒絶を豊雄の心に刻みつけた。また、その障害によりますます豊雄を求める真女児は、黄金の矢を放たれたアポロンのようでもある。結末こそ違うけれど、求愛と拒絶として考えると、どうしても「ダフネ」の話が、脳裏を過ぎってしまう…。

思うに、魔物と人間とに発生する愛とは、求愛と拒絶から成り立っているのかもしれない。バランスが保たれた時にそれは実るのだが、そのバランスが崩れれば、永遠に結ばれる事の無い「求愛」と「拒絶」が繰り返されるのかもしれない。

大和の石榴市で、豊雄と真女児が再会するのだけれど、石榴市は、初瀬の地でもある。「こもくりの初瀬」とも呼ばれる地には、また違った意味もあるのだろうと調べてみた…。

「万葉集」に「こもりくの泊瀬の国…。」などと書かれているのだけど、初瀬の地は川船が停泊する瀬であるようだ。また「隠国(こもりく)」の初瀬とは、初瀬川を遡る時、両岸の山々が次第に狭まって袋小路のように尽きる場所を意味するようです。「隠国」は「篭る」に通じる言葉で、狭い場所を示すよう。「はつせ」という音も「果つる(はつる)」所の狭い渓谷を現すようですだ。つまり「こもりく」は「初瀬」にかかる枕詞?

実は聖徳太子も八角形の夢殿に篭って金人(仏)と会ったとされる逸話などから「篭る」というものは「暗い」「狭い」を現す場所で「胎内」「洞穴」を示し、そこに現れる観音などと出会う場所という意味もあるよう。「長谷寺霊験記」というのがあって、長谷観音そのものが女性へと変化したと記されているようだ。

また聖徳太子と同じように、親鸞が六角堂に篭っての夢のお告げでは、救世観音が女性となって現れ交わろうというもの。篭る狭い空間は、元々胎内を現して女性を意味するもので、「こもりく初瀬」で男がそこで出会うのは、やはり女性であり、それは観音様の化身でもあるという…。

更に「隠国泊瀬」を調べると「日本書紀」において倭姫が天照大神を祀る地として伊勢を見出したのだが、実はその前に磯城(しき)という地で祀り、その後に伊勢へと遷したとあるが、この「磯城」が「初瀬の地」なのだと。つまり「初瀬の地」は、古来から聖なる地であり、神々しさが溢れる地でもあるという事。

この地で、豊雄は真女児と再会したというのは、秋成の皮肉の成せる業?それとも、観音になれる可能性の真女児を人間である豊雄が魔物に変えてしまったのだろうか?
by dostoev | 2010-11-14 09:25 | 「蛇性の淫」 | Comments(0)

「蛇性の淫」結

この吉野での出来事があり、豊雄は紀の国へと帰った。家族は、豊雄が独り身なので、こういう目に遭うのだと、妻を迎える事とした…。

芝の里の庄司という男の一人娘で、富子という女性との婚姻が結ばれた。行儀もよく容姿も美しかったので、豊雄は富子に満足したようだったが…婚姻を果たした2日目の夜に、その富子が言葉を発する。

「古き契りを忘れ給ひて、かくことなる事なき人を時めかし
給ふこそ、こなたよりまして悪くあれ。」



富子の口から、真女児の声が響き、豊雄は恐怖にかられた。蛇は執念深く、人に取り憑くものとされたのだが、この取り憑くという事だが、蛇は男根の象徴ともなりえる。古来から、蛇は女性の内部に侵入したという逸話が多い。


「田舎医者 蛇を出したで 名が高し」


こういう川柳が流行ったのは、昔の女性の下着は腰巻で、下半身が無防備だった為に、野山で花摘み遊びをした後に、昼寝をしている最中、蛇が侵入したという事件が多かったようだ。

また、野山は里と違い異界であるから、女人禁制の山が、かなり制定されたらしい。これは山伏が山に入り込み、山の修行は男の場所だと、女性の出入りを禁じたという説もあるが、ある場合では妊娠のイステムが昔はわからなかった為とも云われる。

これは、女性というものは子供を産む存在ではあるけれど、それは何も人間の男だけでなく、いろいろな動物や物の怪とも交わって、子供を成すのでは?と信じられていたようだ。だから、その女性を異界の生き物から守る為に、女人禁制とした山も多かったとか。

今昔物語などにも、女性の陰部に侵入しようとした蛇の話があるが、内部に侵入するというのは、その人格を乗っ取られるという意識もあったようだ。

また女性は巫女などという存在もいるので、神を降ろす憑代としては最適な存在である。霊媒体質と云われる人の殆どが女性というのも、お腹に生命を宿す事ができる女性ならではなのだろう。ただ繰り返して言うけれど、宿すものは何も、人間の子供だけでは無いと思われていたようである。

元々蛇は、三輪山の蛇ではないが、男が多かった。それがいつしか、蛇の執念深さと女性の執念深さ、嫉妬深さが重なり合い、女性と蛇が結びついたようである。だから今回、蛇である真女児にとって、富子の体を乗っ取るという事は、簡単だったのだろう。

ついでに補足すれば、同じ紀の国に「道成寺」があった事にも、蛇女というキャラクターが起因しているのだと思う。


「吾が君な怪しみ給ふそ。海に誓い、山に盟ひし事を速く
わすれ給ふとも、さるべき縁のあれば又もあひ見奉るもの
を、他人のいふことをまことしくおぼして、強ちに遠ざけ
給はんには、恨み報いなん。紀路の山々さばかり高くとも、
君が血をもて峯より谷に灌ぎくださん。」


(そんなに怪しまないでください。海に誓い山にも誓った仲であるから、
こうして再びめぐり逢えるのに、他人の言葉を真に受けてわたしを遠ざ
けるならば、恨みを報いてもらいますよ。紀路の山々がどれだけ高くとも、
そのあなたの血を峯から谷に注いでみせましょう。)




この真女児の言葉の冒頭に「海に誓ひ、山に盟ひ…。」とあるけが、やはりこれは熊野が発行する起請文を意図してのものだろうと思われる。ちなみに起請文とは、ある事柄を神仏に誓うとともに、
もしそれが嘘だったり、その誓約を破ったとしたら、呪術的な力によって自分は罰を受けるだろうという意味あいを持った宣誓書で、熊野であれば「牛王宝印」である。海や山々に誓いを立てた事で、この「牛王宝印」と同じになるという事を含めて、真女児は豊雄に対し、恨みを報いてもらうと言ったのだと思う。それほど中世時代に確立された起請文=牛王宝印は絶対なのである。だから当然、豊雄は罪を償わなくてはならない…。



「又胆を飛ばし、眼を閉ぢて伏向に臥す。和めつ驚しつ、かは
るがわる物うちいへど、只死に入りたるようにて夜明けぬ。 」



これ↑は、豊雄の驚きを表す表現なのだけど、まさに蛇に睨まれた蛙になったかの表現で、合間に「和めつ驚かしつ」(なだめたり驚かしたり)と、映像にしたら多分笑うシーンのような気がする(笑)(^^;


ところで、たまたま登場した法師は、霊験あらたかな僧という評判の者。ところがこの時代、胡散臭い法力者も多かったらしく、今も昔も?法外な値段にてお祓いをする者を皮肉る形で登場させたのだと思う。



「老いたるも童も必ずそこにおはせ。此の虵只今捉りて見せ奉らん」


法師は自信満々に真女児の居る部屋に入るのだが、その瞬間に、法師を威嚇する。正体を現した蛇の頭は「戸口に充ち満ちて大きい。」そして、白蛇であるから、その色合いは「雪を積みたるよりも白く輝々しく」眼の輝きは「鏡の如く」角は「枯木の如」そして「三尺余りの口を開き」「紅の舌を吐いて」、只一呑に飲むらん勢をなす…とある。

魔物の眼の輝きを現す場合は大抵、鏡のようにという表現が一般的だ。ましてや鏡は、元々蛇の古語「カガ」から変化して、「カガの目」が、後に語音変化して「カガミ」となり、今では金偏となって、蛇の姿をみる事が出来ない。正月の鏡餅は元々蛇のとぐろを巻く姿を現しているので、鏡はその
まま蛇を現す。

また角は枯木の如くは、そのまま齢を重ねた蛇を現す表現だろう。ただ角があるから、龍と同じだと思えばいいと思う。

そして三尺(約1㍍)余りの口をという表現は、それだけ大きいという表現に加えて、三という聖数を表し、神秘性を醸し出す為なのでは?と思う。三は…例えば、蛇体になった甲賀三郎や伊吹童子も、元は伊吹の弥三郎と言われた。また、新潟などに伝わるヤサブロウバサも三を有する。また風の又
三郎も三があり、神秘的な力を持つものは三という数字を有しているものと考えてもよいと思う。

法師は、真女児である蛇の毒気にあてられて死んでしまう。これ以上、犠牲を出してはならぬと豊雄は、自ら真女児の元へと向かった。本性を出すほどに怒りをあらわにした真女児だったが…。


「…ひたすら吾が貞操をうれしとおぼして、徒々しき御心をなおぼしそ」

(ひたすら私があなた一人を一途に思い慕って貞操を守っ
ているのに、不実な心をみせないでください。)




この真女児の言葉は、嘘か真か…人々の間に広がる蛇の意識は淫らなるもので、いろいろなものと交わるのが蛇だと。ところが、この真女児の言葉は、人間界に蔓延する蛇に対する意識を否定するものである。しかしこれは、この作品をここまで読めばわかるように、真女児は豊雄に対する不誠実な態度は示していない。逆に、豊雄は真女児の正体が魔性のものと知って、態度を翻したのであるから、恐ろしい描写の中ではあるけれど、異類婚の展開を表す。

異類婚とは「夕鶴」しかり「雪女」しかり…異類であるものが人間の女性に化けて近付き、婚姻を果たすのだが、男は女の示すタブーを破ったり、不実な行動にでてしまうという典型的なパターン。この異類婚は、女というものは常に本性を隠しているものだ。そして男は、必ず約束を破るものだ…と昔から云われているものだ。契りを結びながら、真女児の正体を知って避ける豊雄は、やはり最低男?(^^;


しかし豊雄は、真女児に対して反論する…。



「世の諺にも聞ゆることあり。『人かならず虎を害する心
なけれども、虎反りて人を傷る意あり。』とや。汝、人な
らぬ心より、我に纏うて幾度かからきめを見するさへある
に、かりそめ言をだにも此の恐ろしき報いをなんいふは、
いとむくつけなり。れど吾を慕う心は、はた世人にもかは
らざれば、ここにありて人々の嘆きを給はんがいたはし…。」



ここに登場する諺は、中国の「白娘子」と同じ言葉を書き綴っている。ただ昔の中国では、虎は猫の王であり、人を騙して旅人などを食べる存在で恐ろしいものだという認識によりできた諺だと思う。

それと気になるのは…「かりそめ言をだにも此の恐しき報いをなんいふは、いとむくつけなり。(私のちょっとした言葉に対して、恐ろしい仕返しをする脅し文句を言うというというのは、大変恐ろしい事だ。)」この↑セリフを読むと、豊雄には自らの言葉に対する責任を感じていないのがわかる。逆に、周りを巻き込み祟るという真女児に対しての批判になっている。

しかし真女児は豊雄が「我をいづくにも連れてゆけ。」という言葉に対して、嬉しそうにする。真女児にとっては純粋に豊雄を求めているのだという事もわかる。

過去に登場した、吉野での翁は蛇は様々なものと交わる淫らな存在だという言葉が、ここの真女児の仕草には微塵にも感じられない。話は結末まで行っていないが、秋成がこの物語で言いたいのは、恐怖の物語に隠れているが、一般的な人というものは、異なるものに対する偏見に加えて、不実な人間の心を説いでいるのかもしれない。そうでなければ、原型となった物語「白娘子」がハッピーエンドで終わったように、この「蛇性の淫」もハッピーエンド終わらせなければならなかった筈だ…。
by dostoev | 2010-11-14 09:13 | 「蛇性の淫」 | Comments(0)

「蛇性の婬」展開部

真女児と豊雄の契りが結ばれ、平穏な日々が過ぎ、弥生の季節となった。せっかくだから、ここで吉野の桜を見に行く話が進む。奈良の吉野の桜は、全国的に知られている。真女児の言葉に


「よき人のよしと見給ひし所は、

        都の人も見ぬを恨みに聞こえ侍るを…。」




これは秋成が万葉集から伝わる歌を、ここに表現したのだという。とにかく、誰でも見なければ残念に思う吉野の桜を、豊雄と、その姉夫婦が勧めるのだが、真女児は吉野行きを渋る。


我が身稚きより、人おほき所、或は道の長手をあゆみては、
必ず気のぼりてくるしき病あれば、従駕にえ出で立ち侍らぬ
ぞいと憂たけれ。」


(私は、小さい頃から人の多い所や、長い道のりをあるくと
のぼせてしまうので、お供出来ないのが大変辛いです。)




ここで考えなければいけないのは、何故真女児が吉野の桜を見に行くのを拒むのかだ。この後、豊雄と姉の言葉に渋々従い、吉野へと向かうのだが…。

吉野川の宮滝は、日本書紀に持統天皇がたびたび行幸された記述がある吉野の宮があったとされる場所で、実は雨乞いの呪術を施した地でもある。真女児は、蛇身であり雨風も操る。その蛇の持つ感覚が吉野の里で研ぎ澄まされ目覚めるのを恐れて、吉野行きを拒んだのだろうか?真女児一行は、結局吉野へと向かう。


「人々花やぎて出でぬれど、真女児が麗なるには
            
             似るべうもあらずぞ見えける。」



(一行は華やかに着飾って出かけたが、真女児の艶やかさ、
麗しさは、他とは比べようも無いくらい美しいものだ。)




とにかく、ここでも真女児の際立つ美しさを表現している。美しければ美しい程、その後の恐怖が際立つというのをまた秋成は知っているのだろう。「吉備津の釜」に於いても、磯良を美しく表現し、その後に訪れる変化の恐ろしさを、巧みに操っている。一行は、かねてから豊雄と親しい間柄であった金峰山寺を訪れ、主である僧から、やはり吉野の宮滝を勧められて向かう。

宮滝は美しく、そこで昼食などを取って遊んでいるところへ翁が登場する。その翁の法力の強さを感じたのかも真女児はその翁に背を向けるのだが…。



あやし。此の邪神、など人をまどわす。

           翁がまのあたりをかくても有るや。」


(妖しいこの邪神め、どうして人を惑わすのか?私の目の前
で、こんな事をするのか。)





この後に真女児は滝に飛び込み、その飛び込んだ先の水が空に舞い上がり、雲は墨汁をこぼしたように真っ黒となって、烈しい雨を降らせた。やはり聖地に存在する滝がきっかけだったのか、蛇の本性がにじみ出た為にか、翁に正体を見破られてしまった真女児であった。

ところで、この場面に登場した翁は大和神社に仕える当麻の酒人という翁だった。ちなみに大和神社には、真ん中の中殿に大國御魂神(大己貴神荒魂,大地主大神)を祀っている。大地主神は、中世に創られた創世神話に登場する神だが、大己貴は三輪山に祀られる蛇神だ。またその翁は、当麻の酒人という名の出所は、八岐大蛇を酒で鎮めるという意味合いを込めての、当麻の酒人だったらしい。

吉野には、後世になって「龍王権現」が建立されたのだと。そしてその御神体は蛇であり、元々吉野山の谷間には蛇が多く棲んでいる事から、真女児の登場はごく自然である。つまり吉野行きを渋った真女児の心情は、やはり本性が自身から湧き出てくるのを抑える事のできぬ恐ろしさからなのだろうか?

「さればこそ。此の邪神は年経たる虵なり。かれが性は淫
なる物にて、『牛と孳みては麟を生み、馬とあひては龍馬
を生む』といへり。此の魅はせつるも、はたそこの秀麗に
姧けたると見えたり。かくまで犱ねきを、よく慎み給はず
は、おそらくは命を失ひ給ふべし。」



翁の言葉には、蛇は淫らなものと表現している。古代は神秘的なもの、新たな生命を育む存在として蛇が信仰されていたのだが、中世になり蛇は多淫なものとして認識され始めた。しかし「蛇性の淫」は「白娘子」という中国の蛇と人間の男の純愛物語が下敷きとなっているという。この「白娘子」の話では、普通に蛇と人間の間に子供がもうけられている。そして最後もまた、ハッピーエンドで終わっているのが、「白娘子」の話だ。

前半部に、真女児と豊雄が結ばれるシーンがあったが、それは神に対して、決して破ってはならぬ誓いを立てたものを隠して表現しているのが秋成の考えならは、今回の翁が示したような淫らな蛇が人に取り憑いで、その者の命を吸い取る存在の蛇である真女児の正体を、そのまま信じて良いのだろうか?考えてみれば、真女児が豊雄と結ばれてから吉野へと向かうまでは、何も無い平穏な日々が続いていたわけだ。それを邪魔したのは、人間が信じる神に仕える者であった。

「青頭巾」を読んでみても、当時の坊主の腐敗を表現しているようでもある。上田秋成の心の中には、当時の宗教批判が読み取れなくもない。それをこの「蛇性の淫」にあてはめてみても、実は真女児と豊雄…それよりも、物の怪としての存在である真女児が豊雄を求めてやまない気持ちを引き裂く人間達の手段なのであったのかもしれない。
by dostoev | 2010-11-14 08:57 | 「蛇性の淫」 | Comments(0)

「蛇性の婬」前半部

その後、豊雄は夢を見る。「しばしまどろむ暁の夢に…。」この当時の俗信に「朝の夢は正夢」というらしいが、真女児と、つひに枕を共にする夢を見た事で、豊雄の気持ちは尋常ならなくなっしまった。貸した傘を取りにという名目で、豊雄は真女児に逢いに出かける。そして真女児と出逢い杯を交わす。


「豊雄にむかひ、花精妙桜が枝の水にうつろひなす面に…。」


…という表現がある。

古来から桜の花見は男女の集いというか、集団見合いのようなもので、気になる男性の前に桜の花を髪に挿すというのは、女が男に対するOKの証。豊雄は夢での交わりはあったにしろ、真女児に惹かれていく心情が際立ってくるのが伝わってくる表現だ。豊雄は身分の違いから、真女児を求めてやまないのだが、それを感じて引き気味になる。しかし契りを大事とし、真女児はその証として宝物を渡す。それは、金銀を飾りたる太刀だ。

真女児の屋敷には他に、狛錦・呉の綾・倭文・固織りの絹布・楯・槍などの宝物があったにも関わらず、何故太刀を渡したのか?太刀もまた、古来から蛇を見立てたものだったからだろう。草薙の剣もヤマタノオロチの尻尾から現れた。そういう意味合いを込めて、秋成は真女児が豊雄に太刀を渡した
設定にしたのだろうと思う。宝物である太刀を手にした豊雄は、盗人の嫌疑をかけられて捕まる。そこで真女児の所在を明らかにし、場所を告げた。

武士達は豊雄の案内の下真女児の邸へと行くが、そこは荒れ果てた廃屋だった…。


「池は水あせて水草も皆枯れ、野ら藪生ひかたぶきたる…。」

この枯れ果てた廃屋に、真女児は…「花の如くなる女ひとりぞ座る。」という表現で古い帳の奥に座っていた。この表現は、真女児の神秘的な美しさが際立っている表現だと思う。神秘的な美しさは、人間を超越し霊的な存在を示す。ここで武士たちが近くに進んで、真女児を捕らえようとすると、忽ち地も裂くるばかりの烈しい雷が響いたとある。

紀伊には熊野がある。熊野の滝を那智の滝ともいうが、飛龍権現とも信仰される存在だ。雨乞いの祈祷にも使われる龍としての存在感を出す為に、熊野がある紀伊という地も秋成の構想に入っていたのだろう。 真女児の立ち振る舞いにより起こる雷鳴は龍をイメージさせ。枯れた廃屋に雨の意識を降らせるものだと思う。

まだ武士の中で、先頭に立ち向かっていったのが巨勢という姓を持つ武士だ。巨勢で思い出すのは、蘇我入鹿の命令を受けて、軍勢を率いて斑鳩宮の山背大兄王を攻めている巨勢徳陀古だ。この巨勢徳陀古は蘇我入鹿の命ずるまま動く実働部隊の隊長だ。それが祟る一族であると云われる皇族の山背大兄王を殺し、その後別説では天皇になったとされる蘇我入鹿を裏切る形になっている。

とにかく巨勢徳陀古は、巨勢氏が奈良時代に中央で活躍するきっかけを作った人物であり、祟り神をも恐れぬ存在であった為、この作中で真女児に先頭切って向かっていく巨勢という姓の武士は、もってこいの名前だったのだろう。

豊雄は、国津罪を百日ほどで償い、その後大和の石榴市に住む姉の処を、暫くの間お世話になる為に訪れた。ところがその姉の処に、再び真女児が現れる。豊雄は恐れ戦くが、真女児の必死の懇願に心の蟠りが崩れ始める。面白いのは…。


「我も怪しき物ならば、此の人繁きわたりさへあるに、かう
のどかなる昼をいかにせん。衣に縫い目あり、日にむかへば
影あり。此の正しきことわりを思しわけて、御疑ひを解かせ
給へ。」



この当時、妖怪の定義は着物に縫い目がなく、太陽が当たれば影が映らないという俗信があったようだ。これはなんとも狐が人を化かすのを見分ける手段のような気がするが、その定義に真女児は当てはまらなかった為に、豊雄の姉が言葉を出した…。


「さる試あるべき世にもあらずかし…。」


という言葉をかける。これは…「妖怪が、人をたぶらかすなどという、そんな例がありうるような世の中でもありませんよ。」という意味だ。

これは現代にも通じる事で、今の世にそんな妖怪などと…という言葉は、秋成の時代であっても迷信が無くなっていた時代であるという事を言っているようなもの。しかしここで、秋成のニヤリとほくそ笑む様子が浮かんでくる。「時代が変わろうが、闇は消えないのだよ…。」と、ほくそ笑むのを。

江戸時代から、明治・大正・昭和・平成と現代に時代は移り変わっても、世の中の闇、人の心の闇はあり続けるのだという意味を込めてのセリフだったのかもしれない。実際、その後に真女児の本性が現れる…。


真女児の感嘆に、豊雄の姉夫婦は婚儀を取り結ぼうとする。元々真女児の美しさに惹かれた豊雄だから、わだかまりさえ解ければ必然だったわけだ。


「千とせをかけて契るには、葛城や高間の山に夜々ごとにたつ雲も、
初瀬の寺の暁の鐘に雨収まりて、只あひあふ事の遅きをなん恨みける。」



この文↑は、豊雄と真女児の交歓を表す。「今昔物語」などを読むと、かなり露骨な性描写があるのだけど、秋成の文章は男女の交わりを表す場合でも、品があるというか、美しいと思う。上の文章は、山々に広がる雲が立ち去り、暁の鐘には雨が収まるという表現なのだが「雲」で始まり「雨」で終わる。いわば「雲雨」が、男女の契りを表す表現なのだという。

この文章を読むと、現代の露骨でストレートな表現に比べ て、秋成の表現が男女の交わりを美しく醸し出している。ただその後の真女児の本性は逆に、おどろおどろしい怖さに溢れる為、その怖さを引き出す伏線として、豊雄と真女児の愛の交歓の表現だったのだろうと思うが…。

また昔からの占い事には、始めに神々の名前を連呼するか、霊山とおぼしき名前を連呼して占うというのが一般的だ。神々及び霊山を連呼する事によって、その霊を自分自身に降ろして、霊験あらたかになるというもの。

またそれは、中世に確立された熊野神社による訴請文の内容にも似通っている。霊山や神々に対し、その契りの重要性を誓うというもの。それは、命に代えて守らねばならぬ誓いだ。破った場合はばちが当たる…。それが上記に示した「」の言葉に、その訴請文と同じ意味合いが含まれているような気がする。だから豊雄は、死をもって真女児との契りを守らねばなかったのだだ。秋成も、熊野の地を意識したのならば、熊野が発行する公的文書である訴請文の存在を知っていた筈だ。

だから、この「蛇性の淫」は、蛇の化身である真女児が、熊野の地で命をかけて神々に誓いをたて、逆に人間である豊雄がその誓約を破るという暴挙にでる話でもある。つまり、昔から伝わる異類婚の話において人間である男が、女である魔物のタブーを破り、その気持ちを裏切ると同じように、この「蛇性の淫」もまた同じだ。

話の大筋は、恐ろしい真女児からの逃げ延びる豊雄であり、読者もその成り行きを見守るだけなのだと思うが、実はこの時点で、真女児の悲劇性が既に描かれていたのだと思う。
by dostoev | 2010-11-14 08:46 | 「蛇性の淫」 | Comments(0)

「雨月物語(蛇性の婬)」導入部

日本における蛇に関する伝説はは古来から、いろいろと伝わるけれど、この上田秋成「蛇性の婬」を民俗学的に紐解いていきたい…。


主人公の豊雄は、漁師の息子として生まれた。男二人に女一人の兄弟で、一番下の次男坊だ。長男は父の元で、素直に生業に勤しんでいるが、この豊雄は優しくて雅な事を好む、浮世離れしているというか、今でいうニートみたいな存在だ。

ところで、この話に登場する重要な”蛇”は、俗に鱗族とも呼ばれる。そう蛇と魚は同じ仲間という事で、これは陰陽五行でも同じ種という事になる。豊雄の父も兄も漁師で、鱗族を捕らえるという、云わば天敵みたいなものだ。蛇からすれば憎き存在だが、その同じ漁師の息子でありながら、豊雄はまったく漁というものをしない。蛇族にとって、たぶらかすには丁度良い存在が豊雄というわけだ。つまり鱗族を捕らえる憎き存在に対して敵討ち?をするには、天敵の一族でありながら天敵に成り得ない、漁に携わらない豊雄は格好の餌食だ。とにかく深読みすれと上田秋成は、こういう設定を頭の中で思ったのかもしれない。

また蛇は、龍にも通じる。和ぎたる海に突然、東南の雲が発生し雨が降り、豊雄と蛇女との出会いが発生する。東南は辰巳の方角で、龍と蛇を示す。とにかく蛇を含むいろいろなものが、上田秋成は意図的に、文章の中に散りばめている筈だ。

豊雄と蛇女である真女児が出遭うわけだが、真女児は濡れている。「しとどに濡れてわびしげなるが…。」というように表現している。濡れている女で思い出すのは妖怪濡れ女で、さらに鳥山石燕だ。多分秋成は「画図百鬼夜行」を知って真女児を作り出したような気がする。

ちなみに「濡れ女」とは、顔が人間の女で身体が蛇。古老の話では、濡れ女の尻尾は三町先まで届くので、見つかったら最後、どんなに逃げても必ず巻き戻されるという。また、川に潜み渡ろうとする人を引きずり込むのだという。そして鳥山石燕の描く濡れ女は、鱗に覆われたような腕を持ち、鋭い牙と長い舌を持つ鬼女のような顔をしている。そして豊雄との出会いの後すぐに、歌が詠まれる…。



くるしくもふりくる雨が三輪が崎

     佐野のわたりに家もあらなくに


(ちょうど都合悪く、今降り出した雨だなぁ。この三輪が
崎の佐野のあたりは、雨宿りする家も無いのに。)




考え過ぎかもしれないけれど、三輪という言葉で思いつくのは、蛇を祀っている三輪山。そして佐野という地名なのだが、鳥山石燕の本名は佐野 豊房という。奇しくも、いろいろな意味で、この地が「蛇性の婬」の出発点になったと考えるのは無理があるだろうか?秋成の事だから、この辺を意識しながら、物語の創作をしたような気がするのだが…。


真女児と豊雄の出逢いがあり、まだ雨が降っている為か、別れ際に豊雄は真女児に傘を渡す。その当時であろうから多分”蛇の目”だとは思う。真女児は「新宮の辺にて『県の真女児が家は』と尋ね給はれ」と言う。そして豊雄は、傘の代わりに蓑笠を着込んで家へと帰った…。

古来、日本には蛇信仰が盛んで、様々な蛇の見立てのものがある。傘である蛇の目傘は、その名の通り蛇の目だ。また、蓑笠もまた蛇の見立てのものである。つまり蛇に魅入られた豊雄は、その証拠として蛇の目傘を真女児に渡し、自らは蛇そのものを示す蓑笠を着込んで帰るというのは、完全に蛇に魅入られた証であると思う…。


「蛇性の婬」の前半部は、豊雄と真女児との劇的な美しい出逢いを表現している箇所ではある。しかし、よくよく読み解いてみると、蛇に魅入られた豊雄の後半の境遇に暗雲が広がるような、蛇の暗示が無数に出ているのがわかる。また地図を見てわかるように、紀伊半島の反対側には「安珍・清姫伝説」で有名な道成寺がある。

この真女児の名の由来の一つに「安珍・清姫伝説」の清姫は真砂(まなご)の庄司の娘であるから、この真砂から真女児という名前が付けられたのでは?という事である…。
by dostoev | 2010-11-14 08:33 | 「蛇性の淫」 | Comments(0)