遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:ゴンゲンサマ考( 3 )

ゴンゲンサマ考(其の三)

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【金子富之作品】


とろでゴンゲンサマの目と鼻に関して書いたけれど、一番特徴的なのは口だ。この口で人の頭を噛むと、無病息災となるというのは、霊力の強さを一番示しているのが、口なのかもしれない。天台宗は、インドの密教も日本に持ち込んだ。しかし、熊野そのものには、それ以前に所謂邪教と呼ばれるものが存在し、その為なのか神武東征において滅ぼされたふしがある。

邪教で最もたるものは、生贄を求めるものであり、究極はカニバリズムとなってしまう。その教義は哲学的であり、ここで紹介するにはかなり面倒。ただし、その一部を簡単に書き記してしまえば、要は食べられる事による再生となる。ゴンゲンサマが人の頭を齧る事は、その人の死をあらわす。ただしそれは、今迄の悪い自分である。ゴンゲンサマに齧られてもなお生きているというのは、生き延びたのではなく、新たに生まれたのだと考えれば、それはカニバリズムの教義となる。

アメリカの先住民の護符には、熊が子供を食らう細工が施してある。これもまた、食われる事により再び再生する為の護符であるようだ。このような考えは、更に時代を遡る原始的な根源まで辿り着かなければならないようだ。これらは新しく起こった宗教に邪教といわしめた、人類の根源の宗教となる。日本では、その邪教と呼ばれた宗教を熊野で育み、諏訪に伝えたのかもしれない。ゴンゲンサマというものは、伝えられるその形態の一部であったのと思ってしまう。
by dostoev | 2010-11-24 18:50 | ゴンゲンサマ考 | Comments(0)

ゴンゲンサマ考(其の二)

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ところでアイヌでは、子グマを村で飼い、大きくなって殺すという風習がある。これは、人間に沢山の餌を与えられて育てられ、大きくなり、その姿で故郷である山へと返すというものらしい。これにより喜んだ熊であるカムイは、さらに豊かな獲物をアイヌに贈るものと信じられていたようだ。これと同じに、本州のマタギたちにも、熊を討ち、送るという呪術があったようだ。

熊野のある紀伊半島では、やはり熊は熊野権現のこの世に現れた姿だとし、熊を殺すと熊野権現の屋根の茅が一本抜けると信じられていたらしい。また熊が殺されると熊野権現が悲しんで雪を降らせるという伝承が伝わっているらしい。東北のマタギ達も熊を殺した場合、送る呪術というのがあり、それを唱えると西方浄土へと熊の魂は導かれるというものらしい。この西方浄土の以前は常世へ送るとも云われた。つまり、常世に近い熊野へと返すという事なのだろう。

四国に面白い伝承があり、熊を殺した後、その頭だけを埋葬し、烏の頭が白くなったら祟っても良いと唱えるらしい。「俺の目の黒いうちは…。」という言葉がある。これは、自分の生きているうちはという意味であり、確かに人は死ぬと、その黒目は失われ白くなる事を意味している。この四国の俗信は、熊が神の権威を失墜し、代りに烏がその権威に立った事を示しているような俗信のような気がする。つまり烏の頭が白くなるというのは、ヤタノガラスの失墜であり、熊神の復活を表す様なものだと考える。

ところで熊そのものはやはり神と称えられ、熊狩りは殆ど行われていなかったようだ。ただ江戸時代中期から明治にかけて、熊の胆がお金になる事から、熊狩りが行われるようになったと。これは熊狩りの場合だけでなく、全ての猟についてだが、その場合は必ず熊野権現ではなく、諏訪の神にお伺いを立てなくてはいけ無かったらしい。諏訪の神は広く全国に、マタギたちが信仰した神であったようだ。

生類憐みの令が発布された当時も、諏訪神にだけは殺された獣が捧げられ、徳川幕府でさえ、諏訪の神だけは恐れていたようである。つまり熊の謎を解き明かすには、熊野と諏訪の関係を解きほぐす必要になってしまう。

ところで本州に分布するツキノワグマであるけれど、現在九州では、そのツキノワグマは全滅したとのデータがある。また四国でもツキノワグマは壊滅状態らしい。そうツキノワグマの生息区域の殆どが、中部から東北にかけてなのだ。ただし以前は、日本全国にツキノワグマは分布していたらしいが、東日本と比較しては、その生息数は稀であったようだ。だからか、山中でたまに遭遇する大型の熊に神をみたのかもしれない。しかし、ここで疑問が起きる。熊野であれ熊野県であれ、何故"熊"という漢字が地名に扱われていながら、その熊という動物の生息数が少ないのか?

アイヌがヒグマをカムイと称えるのは、身近に沢山のヒグマが生息していたという事もあるのに、何故生息の少ない熊野と熊本県は、地名に熊という漢字を使用しているのか?つまりこれは、熊という漢字が本来は動物のクマにあてられたものではなく、違う意味を有していたのではないかという事だ。それは先に書き記しているように「火」の「能」に長けた民族を示していたのではないか?

話を動物の熊に戻すが「諏訪上社物忌令之事」には、熊は諏訪の神が仮に人間界に姿を現した姿だと形であると書かれている。つまり、諏訪の神と熊野の神は同一であるという事だ。朝鮮の神話に、垣因の子垣雄が人間界に憧れて、風師・雨師・雲師を連れて太白山の壇の木に天降ったと。そしてそこで、化身した熊女と婚姻し、生まれた子供が朝鮮の王となった話があるが、これは中国の4世紀頃に雑密における天神神話であり、元はシバ神に通じるのだと。

天から降って、熊と結び付くので思い出すのは物部氏の祖であるニギハヤヒになる。河内の熊成山に降臨する話があるのだけれど、ここで熊という文字がチラッと登場するのだけど、何か関連は無いのだろうか?

「隈」に関しては少し書き記したが、大抵の本では熊野の熊は「隈」では無いかというのが、一般的な見解ではある。また「権現様」とは「神様が仮の姿で現れた。」であり、一定の形を持たないのが教科書通りの見解でもある。新井白石は「クマは神の転訛である。」としているのは、和歌山の日前神社の読み名が「ヒノクマ」と読む事からクマは神であるとしている。また折口信夫は「にへ又はくまを以て、日の神に捧げる為に畔に積んだ供物とみること。」と見解を述べている。ところで「熊」という漢字は「諸橋漢和大辞典」には…。

1.くま(獣の名前)もと熋に作る。
2.あざやかに光るさま。
3.能に同じ。

【説文】

熋、熋獣、侶豕、山居、冬蟄、从能、炎省声。


これを読み解くと、「熊」とは猛々しい獣であり、豚と同じであり、山に居る存在。能に従うものであり、火に帰結するものであるという事が「熊」となるようだ。ところで今回の本題は「ゴンゲンサマ」は、実のところ「熊」では無いのか? という事。上記に記した漢和大辞典に、気になる箇所がある。 「侶豕」だ。「侶」とは「仲間とか、同じという意味で伴侶などと使用する」 「豕」とは「イノシシであり、ブタの異名ともなる。」 つまり「侶豕」とは「豚と同じ」であり、それが「熊」ともなる。

これは第一印象だけれど、ゴンゲンサマを見るたび鼻の大きさが気になっていた。鼻を特徴的にデフォルメされる生物の大抵は、ブタである。そのブタとクマが同じであると示されているのは、思うフシがある…。

クマと遭遇した事のある人はわかると思うのだが、クマの鼻息の荒さはかなり感じる。まあこれは、イタチ科であるアナグマにも言える事なのだが、姿を見ずに鼻息の荒さを察すれば、それはブタでありイノシシにも成り得る。また伊吹山でヤマトタケルは死んだ。伊吹は息吹でもあり、「古事記」において鼻から生まれたスサノオはその為か、暴風雨の神にもなっている。体から発する息吹は風となり、その強さは生命力の強さともなる。天狗もそうなのだが、鼻を強調するというものは、その生命力の強さ、霊力の強さを現すのだ。

そして目の大きさも際立つ。これは古来中国でも、目を見開くとは魂を搾り出す行為であり、アッカンベーなどと目を見開く行為は、魔を寄せ付けない事にも繋がる。つまりゴンゲンサマに頭を齧られるという行為は、無病息災ともなるのだ。そして大抵の場合、ゴンゲンサマの色は黒であり、稀に赤色のゴンゲンサマがいるが、あくまでも稀だ。黒い生き物とした場合、日本では際立っているのは熊
となる。

またゴンゲンサマは火伏せの神ともなるというのは、熊そのものに含まれる意味が、火を自在に操るものであるから、当然火伏せの神になろう。これらからゴンゲンサマを当てはめると、熊そのものの姿となってしまうのだ。そして、諏訪の神も熊野の神も、熊を祀ったのだという事から、ゴンゲンサマの姿は熊そのものであるとしても、何ら不思議は無い筈である。
by dostoev | 2010-11-24 18:43 | ゴンゲンサマ考 | Comments(0)

ゴンゲンサマ考(其の一)

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ゴンゲサマと云ふは、神楽舞の組毎に一つづゝ備はれる木彫の像にして、
獅子頭とよく似て少し異なれり。甚だ御利生のあるものなり。新張の八幡社
の神楽組のゴンゲサマと、土淵村字五日市の神楽組のゴンゲサマと、曾て
途中にて争を為せしことあり。

新張のゴンゲンサマ負けて片耳を失ひたりとて今も無し。毎年村々を舞ひて
あるく故、之を見知らぬ者なし。ゴンゲサマの霊験は殊に火伏に在り。

右の八幡の神楽組で曾て附馬牛村に行きて日暮れ宿を取り兼ねしに、ある
貧しき者の家にて快く之を泊めて、五升枡を伏せて其上にゴンゲサマを座
ゑ置き、人々は臥したりしに、夜中にがつゝと物を噛む音のするに驚きて起
きて見れば、軒端に火の燃え付きてありしを、枡の上なるゴンゲサマ飛び上
りして火を喰ひ消してありし也と。子供の頭を病む者など、よくゴンゲサマを
頼み、その病を齧みてもらふことあり。

                           「遠野物語110」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
たまたま同級生に「ゴンゲンサマの顔見ると、これって熊じゃないのか?」と言われた。簡単に肯定もできないのだけれど、獅子というには少々顔が、確かに違う。本来のゴンゲンとは何ぞや?と、調べて書き連ねてみようと思う。



日本の山々に祀られる山の神の使いで有名なのは、蛇・狼・猪。 また別に鹿神というのもあるのだけれど、日本で一番大きな獣は熊。その熊の扱いが、意外に低い。「遠野物語」にも熊は出てくるけれど、狼や蛇に比べて扱いは低い。蛇信仰が日本には根付いているので、蛇に対する畏怖とまた三峯神社の威厳の為か、狼に対する畏怖もまた多い。そして東日本ではそうでもないが、猪がより多く生息する西日本では猪を祀る神社も見られるが、何故か熊を祀る神社というものを自分は知らない。

全国津々浦々、熊という名を探すと当然の如く出てくるのは熊本県、もしくは紀伊の熊野となる。また古来、ヤマトケルの熊襲征伐として、熊という名前が登場する程度。まあ地名にも、熊谷とかいろいろ登場はする。ところで実際に、熊を祀っていたという記述があるのは、やはり熊野となってしまう。「

古事記」での神武東征の話で、現在の熊野の辺りで、突然大きな熊が出てきて、すぐさま消え失せてしまった。その姿を見た神武天皇とその軍隊は、熊の毒気に当たって昏睡状態に陥ってしまう…という話がある。その神武の軍が昏睡状態に陥っている時、熊野の土豪の高倉下が一振りの剣を神武に奉ると、神武は失神から目覚め、剣を受け取り熊野の山に住む荒ぶる神を切り倒したと。つまり古来の熊野は、熊を祀っていたと解釈できるのだと思う。

ところで神武の難を救出した高倉下は、一振りの剣を渡したとあるが、その剣は「フツミタマ」であり、武甕槌神の剣でもあった。ご存知の通り、国譲りの神話にも登場する武甕槌神は、物部氏の関係であり、俗に言う内物部氏になる。そしてこの「フツミタマ」を神格化したのが経津主神となる。これは鉄器集団であり、蛇を祀る物部が熊を倒したという話にもなってしまう。それでは「熊」とは、いったい何なのか?という事だ。一般論では熊野の熊とは「隈」であり外れなどを意味する事となっており、だから常世の国に近い国の外れであるという認識が成されている。

この「熊」という漢字を分割すると「能」と「火」が合わさった漢字であるという事がわかる。能」とは、技であり芸能にも通じる。そして「火」がこれに重なるとすると「火の技」であり、巧みに火を操る集団という意味にもなる。肥後国は、火の国とも呼ばれた。そこには熊襲と呼ばれる民族もいた。実は「熊」と「火」は、密接な関係にあったようだ。

日本の神話と、世界の神話を比べて奇妙な事がある。世界の神話にあって、日本の神話では示されていないもの。それは、人間を造り出す物語と、火を与える物語が無い事だと思う。これはあくまで妄想の域を出ないが、日本に初めて火を使う民族が登場したのは、火の国である現在の熊本県では無かったのだろうか?火というものは、暖を取り、食物を焼いて腹を満足させ、また鉄器を溶かす役割を果たす。その火を使う先住民が発生したのは、もしかして熊本である火の国だったのでは?と考えてしまう。

紀伊の熊野は、元々九州から海人族が移り住んで場所として知られる。そこには火を自在に操る民族が住み着いたと考える。だからこそ、ヤマトタケルは熊襲を討ち、神武は熊野を討ったのかもだ。それはあくまで、火を奪う事。鉄器集団でもある連中は、火を自在に操る集団を抑える必要性があったからこそ、かもしれない。神話体系に火の譲渡が示されていないのは、大抵の場合、神という存在が人に対して火を与えるものなのだが、日本の場合は神よりも人がすでに火を有していた為に、火の神話が神話体系から外されたのかもしれない。

ところで「熊襲」は「熊曾」とも書き記す。この漢字の意味をどうとればいいのだろう?単純に理解すれば「熊を襲った。」「曾って熊だった。」となり「熊」そのものが過去形と捉える事ができる。初めに「クマソ」という音があったかどうかは調べていないが、後であてられたであろう「熊襲」「熊曾」という漢字は、熊そのものが過去の遺物であるという漢字となってしまっている。

先程書き記したように「熊」とは「火の技能に長けた集団」の意でもある。つまり「熊襲」「熊曾」は、その技能集団からすでに、火という技能を奪い去った後の漢字のようでもある。
by dostoev | 2010-11-24 18:31 | ゴンゲンサマ考 | Comments(0)