遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:遠野不思議(遺跡)( 20 )

遠野不思議 第八百四十話「大鶴堰」

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この水路は大鶴堰と呼ばれ、音楽石という橋がかかっていたとされる。伊能嘉矩「遠野くさぐさ」によれば、天台宗の積善寺が盛んな時、この大鶴堰で祓の行事で、天児を流していたと伝えられている。
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天児は上の画像の人形で、お雛様の原型であるとも云われる。人の罪や穢れを代わりに受ける、磔になった人形である。ただ解せないのは、積善寺の建っていた九重沢の前にも川はあるのだが、この祓の行事をわざわざこの大鶴堰でやったのには意味があるのだろう。この大鶴堰は、会下の十王堂の並びにある。積善寺の入り口が、会下の十王堂の辺りであった事から、聖域を積善寺境内であるなら、それからはみ出した大鶴堰が穢れを流すのには丁度良いと考えたのだろう。それはつまり、この大鶴堰が三途の川の役目を果たしていたという事ではなかろうか。あの世とこの世を分け隔てる三途の川。傍には十王堂があり、人の罪を裁く閻魔大王と、三途の川の畔に居座る亡者から穢れた衣服を剥ぎ取る脱衣婆の人形が鎮座している事から、この大鶴堰と十王堂は、地獄への入り口でもあり、極楽浄土へ入り口でもあったか。

以前「不気味な人形」という記事を書いたが、その時「遠野市史」で調べると大鶴堰は鶯崎を示していた。しかし、不気味な人形に憑いた邪悪なモノは、穢れによって変化した天児人形であったであろうから、「不気味な人形」の舞台は、この大鶴堰なのだろう。今でこそ住宅が密集しているが、以前は家も殆どなかった場所であるから穢祓の行事には、都合が良かったのだろう。何故なら穢れの溜まる場所であり異界の入り口である事から、障りなどの心配が起きてしまうので、人気の無いのは丁度良かったのだろう。
by dostoev | 2014-12-10 21:45 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第八百九話「南部守行の墓」

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何故か、ずっとこの南部守行の墓へは足を向けていなかった。この墓が真実なのかどうかという真贋も含めて興味が無かったのが正直なところだった。取り敢えず初めて来てみた。

南部 守行(1359~1437)は、三戸南部氏第13代当主であり、しばしば遠野にも出勤したと伝えられる。1437年、大槌孫三郎との戦で流れ矢に当り死んだと云うが、その遺体は遠野の東禅寺まで運ばれ埋葬されたというのが、この場所となる。しかし南部氏は代々火葬をしてきたというが、そうであれば火葬をした後の骨を故郷へと運んで埋葬してもよかったのだろう。何故にこの地に埋葬したのかは、定かでは無い。いや埋葬ではなく塚を作ったのは、一つの南部氏の祈願ではなかったろうか。恐らく掘り起こしても骨は出てこないものだと思える。
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この墓は、南部守行の墓を中心に殉死者十二名の墓が左右に配置されている。いわゆる十三塚となっている。殉死者という事は、南部守行を埋葬した後に家臣が後を追って自決したという事になるか。しかし、それは有り得ないだろう。

十三塚としては遠野市小友町に伝わる程度で、有名な将門の七人塚、そしてこの十三塚も仏教思想に則っており、十三仏であろうとされている。西洋では十三という数字は死刑場の階段の数であるという事から不吉の数字になっているが、仏教思想が広く行き渡っている日本での十三は不吉では無い。ただ付随する伝承に不吉なものは確かにある。例えば、1匹の大鼠を退治した時に死んだ猫十二体を大鼠と一緒に埋葬し十三塚とした場合がある。つまり、死んだ悪しき魂を復活させない為に、見張り役として一緒に埋葬した、もしくは祀ったという場合もあるのだろう。
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遠野で似た様なものに、山口部落の薬師堂がある。あそこは薬師如来を中心に十二支の動物を頭に載せた十二の仏像が脇を固めている。十二支は十二様でもあり、山の神との繋がりを見せる。山の神が1年で12人の子供を産むとされている為か、それが薬師如来と結び付いて、薬師如来の十二の使徒と考えてもいいだろう。

また妙見神の本地仏として薬師如来が定められている事から、星信仰との関係も深い。宮城県の七つ森は、薬師如来との関係を示すもので、それが遠野の上郷町にある日出神社と結び付いている。大川善男「遠野の社寺由緒孝」が正しいとすれば、東禅寺は天台宗であったろう。その東禅寺の外れに位置した場所にある南部守行の墓は、天台宗の影響があったものと考えるのが普通だろう。
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南部守行は老後、剃髪し禅高法師と号したという事から、東禅寺が臨済宗である事と結び付きそうだが、南部家の家紋に双鶴九曜紋を定めたのは南部守行であった。九曜紋は、早池峯神社などの神紋となる妙見信仰と繋がる紋である。形式上は禅師であろう南部守行だが、その背後には星の宗教とも云われる天台宗の影響が見受けられる。星は即ち石であり鉱石でもある事から、始閣藤蔵は金が発見されたら宮を建てますと早池峯山に祈願し、発見後にその通りにした。南部藩もまた鉱山開発を推奨してきた藩であるから、遠野で一番の高山である早池峯を意識していたのは、南部藩の葬方の逸話からも理解できる。蹈鞴の風俗に、死体を傍に置くと金の出来が良くなるという。それ故に金屋子神に死体を奉げるのは、そういう事であると。死体も含め、鼠も猫も、鉱脈への隠語である事から、つまりここでは南部守行の死後の魂を山の神に捧げるという祈願の意味での塚ではなかったろうか。奥州の覇権を握るには、金と馬は不可欠であった。その金鉱脈の発見と開発に力を注いで南部家であった。ましてや南部家当主であれば、その魂の価値は高かったであろう。
by dostoev | 2014-04-21 12:37 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第七百九十二話「水辺の祭祀場」

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白滝の傍らに、澄んだ水の溜まった場所があり、そこが何やら祭壇風になっている。昔、熊野の歩き巫女などは河原に簡単な祭壇を築いたり、自然な形状を利用して、水の祭祀を行ったという。「遠野物語拾遺」にも、水の力による占いが紹介されているように、水の力は占いなどにより重要視されていた。

ハツクニシラスと呼ばれた崇神天皇の頃は、水の祭祀場は「斎庭」と呼ばれ、その祭祀場の名称が、それ以降固定されている。古代の遺跡からは、石を集めて整備し、湧き出た水を一つにまとめ井泉を造り、そこに祭祀用の小型土器や高杯を置いて、儀礼を行ったと云う。これらは全て「聖水」という観念からきているようだ。
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陰陽師などは、画像の様な簡単な祭壇を河原に設けて、占いなどをやっていた。水神を祀る神社と言っても、上津瀬、中津瀬、下津瀬では、水神に対する願いも違うようだ。下津瀬などでの水神を祀る神社では洪水などを避ける願いが組み込まれ、中津瀬あたりの神社では水神に対し、豊穣を願う祭祀が行われていた。そして上津瀬では綺麗な水を願うと共に、不動明王が祀られるなどした。
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傍らの石には、風化しているが何やら文字が刻まれているのがわかる。
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この水溜りは、チロチロと水が流れ込んできて、この澄んだ水を常に保っているようである。恐らく、白滝神社が出来る以前の、簡素な自然祭壇であり、斎庭であったと思われる。
by dostoev | 2013-11-28 07:34 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第七百六十四話「近江弥右衛門の墓」

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佐比内暮坪部落にある、近江弥右衛門の墓。近江国高嶋郡村井村の出身で、天正年間阿曽沼時代の遠野に来て、間もなく佐比内に移住し金山開発や佐比内の開拓を行い、慶雲寺の再興を行うなど、県内の近江商人の祖と云われる。近江商人の東北への流れは、南北地用時代からと云われるが、それ以前に近江国の佐々木氏が東北へと進出してから基盤を築き、その後に近江商人が流れたとの説もある。近江氏も元々は佐々木氏であったか。この辺は、別の機会に書く事としよう。
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近江弥右衛門の墓は、上郷町佐比内の暮坪にある。石碑の幅約六尺、高さ約九尺の大石で、中央に「近江弥右衛門の墓」とある。右側に文政十亥年、左側には三月二十五日肝与助長右衛門とあり、もちろん弥右衛門は天正年間の人間であるので、後世これを建てたもので、真の墓所は他にあると思われるが、言々句々で判明しない。ところが、近年その墓地附近にある家に病人が引き続き出来たので、困り果て法華とか八卦とかに聞いたところ、墓地の手入れをしないで荒れ次第に放って置いた為であるとの事なので、部落民は大正九年旧七月に手入れ掃除をして、盆には供養をする事にたという。現在では旧三月三日に祭事をする事にして居るという。


                                   「上閉伊今昔物語」

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「上閉伊今昔物語」にあるように、この近江弥右衛門の墓を手入れしない時があり、地域で病人が相次いだとの事であるが、つまりいつしか近江弥右衛門はこの地域の神に昇格し、それを地域の人々も認めたという事であろう。日本の神々とは、そういうものである。
by dostoev | 2013-08-21 16:34 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第七百六十三話「迷岡の一里塚」

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ところで看板にあるように、遠野の町にある宇迦神社を基点とするとあるが、ここから宇迦神社まで一里以上ある。途中に、別の一里塚でもあっただろうか?

ちなみに地名の迷岡は、マヨヒガと何か関係があるのか注視されている。
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by dostoev | 2013-08-19 15:30 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第五百七十一話「新田縄文遺跡」

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by dostoev | 2008-08-01 08:30 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第四百八十二話「上郷の殺傷場」

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明治末期まで行われていたという、人の首を切ったという殺傷場。ここで人の
首を切った時は、あたり一面川の様に血が流れたのだという。あるいはその血
が川にも流れ、赤く染まるほどにもなった事から「赤川」となったという説もある。
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昭和の初期まで、頭蓋骨や骨がゴロゴロしていたといい、朽ちた門が建ち、晒し
首の台もあったが、すべて蟻の巣となり朽ちていたのだと。供養の石碑も大小
20~30はあったそうだが、今では昔の話となってしまったようである。
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by dostoev | 2007-12-07 20:47 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第四百四十五話「笠通山頂と三笠山の碑」

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綾織三山の一つの霊山であり、アイオン台風で多大な被害と死者を出した
綾織の人々は、猿ヶ石川沿いに桜の木を植え、そして笠通山の頂に三笠山
という石を奉納したのだという。
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頂にある三笠山の石碑。
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とにかく綾織にとって、この笠通山はカムナビとして親しまれてきた。この頂か
らの見晴らしは、綾織を見守るように聳えているのは確かだ。ここからの景色
は綾織の里と猿ヶ石川を望む。だからか、アイオン台風の後に、この頂に三笠
山の石を奉納したのは納得する。綾織の地を見守ってくれるカムナビだからこ
そ、賽の神と同じ意味を込めて石を奉納した…。
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上から望むと、広葉樹が染まりつつある。
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杉林も植林されたのだろう、確かに多いが、それでも広葉樹の多さが目に付く。
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何故か山の中腹に池があった。沢から流れる水が、この池に溜まっている。しし
自然にできた池ではなく、人工の池なのだが、溜池代わりに作られたのだろうか?
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途中までの林道は、崩れやすい感じもするがある程度車で登ると登山口が登場
する。
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ただし…車で行く場合は気をつけられい。。。
by dostoev | 2007-10-18 18:49 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第三百九話「大五郎淵」

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1541年、安部大五郎清延が忠義の為に、この淵に身を投じて自害したというが、
別の説には阿曽沼に反し怒りを買い、スノコ巻にされて淵に投げられたと云う…。
それから大五郎淵と呼ばれ伝えるが、真意の程は定かではない・・・。
by dostoev | 2007-02-25 11:10 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)

遠野不思議 第二百八十六話「清心尼公の火葬場跡」

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写真の杉の木の手前に、以前は清心尼公の火葬場跡の支柱跡が4本
あったというが、今では畑の邪魔となり、取り除かれたのだと…。


しかし清心尼公は死後、この小さな火葬場でひっそりと焼かれたのか…。
by dostoev | 2007-02-19 10:26 | 遠野不思議(遺跡) | Comments(0)