遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:「闇・遠野物語」( 28 )

「闇・遠野物語(床下から)」

f0075075_08505226.jpg
昔から奥州の一部の国には生児を縊り殺す風習が、なかなか盛んに行われていた。子供の生まれる家ではあらかじめ、今度は置くとか、置かぬとかとの相談があったようである。その起源を老人に問うと、こう答えた。

「大方は天明天保の飢饉辺りから始まった。」

ある家の普請の時、何気なく土間から常居へ上がる戸口の踏み台の下を掘ると、小さい人間の骨が夥しく出た。試にそれを計ってみると、一斗笊で二つばかりあったという事である。これなどは実に極端な例であろうけれども、大概の家々で、一人やあるいは数人分の小さな骨の出ない処はまずあるまいと想像されるのである。

                        佐々木喜善「遠野奇談」より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昭和の時代、秋田県の民家の敷地内から無数の子供の骨が発見されて報道された事があった。確かに秋田の事件は殺人といえば殺人であるが、その内容は佐々木喜善の記した記事と同じである。自分一人が生きるのにもままならない飢饉の時代、それでも人々は子供を作ってしまう。発情期が来れば交尾をしてしまう、人間というものが犬猫と同じ畜生に堕ちた時代でもあった。今の住職が撤去してしまったようだが、以前の常堅寺には無数の童子・童女の碑があった。土淵で一番古く、そして檀家の多い河童淵で有名な常堅寺は、子供の魂を供養した寺にも思える。以前の河童淵は淀みであったようで、間引きして流された赤子が流れ着き、それを供養したとも聞いた事がある。また敷地内にある河童狛犬を手前に置いた十王堂は、どうも子供の為の十王堂である。この十王堂は東に向けて建てられているが、その方向にはやはり子供の魂を祀った賽の河原である地獄山に向けられている。良心の呵責、というものがある。様々な背景や心情があったろうが、殺してしまった子供は大勢いた筈である。日本の歴史に蔓延る御霊信仰と同じに、やはり殺してしまった子供達を無視には出来なかったのが、十王堂であり童子・童女の石碑であり、賽の河原であったのだろう。

今の時代と違い"子供達とはすぐ死ぬものである"という認識があった。ある意味、子供の死というものに麻痺していたのかもしれない。だから沢山の子供を産んで、生き残った者が跡目を継ぐ。だから昔は普通に、8人から10人兄弟というのがざらにあった。飢饉の時代には余分な子供は殺されたのだろうが、後の時代になると邪魔な存在となり、女の子は売られ、男は家を出される。明治生まれの自分の祖母は、北限の海女で有名な県北の久慈市から遠野の地に売られて来たものであった。何故遠野だったのかというと、簡単に逃げ帰れない遠い地が良いという事で、たまたまそれが遠野という地であったようだ。そういう時代を生き残ってきた者達が、昔を伝える。自分が生きていた時代から、それ以前の時代も含めて。その中には当然、殺された子供達に関する話もあった。しかし、それを普通に話、語るのではなく、それらが河童や座敷ワラシに変換されて伝えられてきたのだと感じる。例えば飢饉時に他の家の食べ物を盗んで殺された子供の話は、そのまま河童の詫び証文の話に置き換えても違和感がない。リアルな殺すという描写を省けば、それは悪戯者のトリックスターが懲らしめられる、面白おかしい話となってしまう。この闇・遠野物語に紹介した子殺しの話はもしかして、遠野に伝わる河童や座敷ワラシの原点なのかもしれない。多くの子供の死から、その魂を供養する為に作られたのが、河童や座敷ワラシの話なのかもしれない。

by dostoev | 2016-09-09 09:40 | 「闇・遠野物語」 | Comments(4)

「闇・遠野物語(霰に打たれた死体)」

f0075075_15274328.jpg
村の田尻という所に、ただの自然石を二つ立てた無縁の墓がある。これも海辺の方から母娘連れの者が迷って来て、ここで飢え死にした所だという事である。どうしてであったか、母親がまず倒れて息絶えたのに、乳飲み子がまだ生きていて、乳房をしゃぶっては泣き、しゃぶっては泣き、夜明けまでその泣き声が止まなかったそうである。村の人達はその傍らを通るが、さて救いとったとて自分達の食さえ無い始末であるから、その憐れな態を見ぬ様に脇見して急ぎ足に通り抜けた。旧十月頃の事であったろうか、赤くなって死んでいる母子の上に、霰が降りかかって、久しくそのままで取り揃ってやる人もなしにあったと云う。

                        佐々木喜善「遠野奇談」より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
こういう野垂れ死にの話は、数多くあったと云う。飢饉時の遠野地方での"早起きは三文の徳"というのは、朝早く起きると、家の前に野垂れ死にの死体が転がっている事がままあったらしい。その死体を他に退けるのだが、朝遅く起きた者の家の前に、野垂れ死にの死体が重なっている場合があったそうな。それ故に、朝は早く起きたとの事。

by dostoev | 2016-09-08 15:48 | 「闇・遠野物語」 | Comments(0)

「闇・遠野物語(梁の上の亡魂)」

f0075075_13521287.jpg
村の久手という所に、某という家がある。この家には12、3歳の男の子がおったが、この前の別当の家の子供の様に、他に出ては盗み食いするので、村方からのかけあいが毎日の様にあった。家の人達もほとほと困って他郷へ追いやったが、もうこれぐらいの年頃になると道の左右も知れているので、いくばくもなくすぐに帰って来る。そこでとうとう思案にくれてしまって、その男の子を大きな穀物ギツ(穀物を貯蔵する大きな箱)に入れて、堅く蓋をして蒸し殺してしまった。その男の子は七日七夜ばかりギツの中で泣き叫び、暴れまわっておったと云う。

その後余程の年月が過ぎてから、その家で念仏があったという。その時、座敷で衆人が

「"なむあみだんぶ"」

と言えば、梁の上から童の様な細い声で、

「なむあみだんぶ」

と言った。また、下で、

「餓鬼の念仏南無阿弥陀仏」

と唱えると、やはり梁の上から、

「がきのねんぶつなんまみだ!」

と唱えたそうである。念仏講の連中は皆顔色を失い、

「先年の飢饉の時に蒸し殺した童子の霊魂だろう。」

と言い合ったとの事である。

                      佐々木喜善「遠野奇談」より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
飢饉の時は、真っ先に弱い者、邪魔者が間引かれたというが、まったく無念の死であると思う。

by dostoev | 2016-09-08 14:07 | 「闇・遠野物語」 | Comments(0)

「闇・遠野物語(お湯を飲め)」

f0075075_13121494.jpg
あるところで、少年たちが二人行き会った。一人は年上の子供であったが、他の子供に向ってこう言った。

「お前は今朝ご飯を食べたのか。」

「食べた。」

と一人は答えた。

「そんなら、お湯を飲んだのか?」

「いや、飲まない。」

と答えると、問うた少年は、答えた子供を殺して腹を裂き割って、胃の中にある飯を取って食ったとの事である。

これには、こう云われる。

「食後には必ずお湯を飲むものだ。お湯を飲まぬと食った物がそのまま腹の中で崩れずにおるから。」

                     佐々木喜善「遠野奇談」より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
佐々木喜善は、この話をよく聞かされていたという。

by dostoev | 2016-09-08 13:22 | 「闇・遠野物語」 | Comments(0)

「闇・遠野物語(腹を裂いて)」

f0075075_07015667.jpg
ある村に、13歳になる子守り娘がいた。主人の子供をおんぶして歩いているうちに、自分が飢えに堪えかねて、おんぶしている子供をおろして、その腹を切り裂いて殺した。役人に訳を訊ねられると、泣く泣く、こう答えたという。

「主人の子供は毎日いい飯を食っておるから、その飯を食いたさに、そうしました。」

                         佐々木喜善「遠野奇談」より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
似た様な話に人間の姉妹のやり取りを擬人化して伝えている「遠野物語53」がある。飢饉の悲惨さは、どれだけの悲劇を招いているのか。

by dostoev | 2016-09-07 07:30 | 「闇・遠野物語」 | Comments(0)

「闇・遠野物語(我が子を喰らう)」

f0075075_05395157.jpg
上郷の某部落に、或る日一人の若い女が迷うて来た。その懐には乳飲み子を抱いていて、部落の家々に立ち寄って、

「何か仕事をさせてください。食べ物を一椀めぐんでください。」

と願って歩いたが、どこの家も女の願いを聞いてやる事が出来なかった。そうして村人は、女を気仙道の方へ連れて行って放してやった。翌日になって見ると、赤羽根峠という山の麓にその女が死んでいた。そうして口には、懐の乳飲み子の細い腕を二口ばかり食いきって、飲み下す事も出来ずに、そのまま肉塊を口に含んでおったという事である。

                       佐々木喜善「遠野奇談」より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
画像は、ルーベンス「我が子を食らうサトゥルヌス」。食べる事が出来ず、生きる望みも失った絶望感から我が子を喰らってしまった女。しかし、更なる絶望を与えたのは、我が子を喰らってしまったという事であろう。そのショックも相まって、女は絶命してしまったのか。

by dostoev | 2016-09-07 06:09 | 「闇・遠野物語」 | Comments(0)

「闇・遠野物語(子殺し 其の二)」

f0075075_17231333.jpg
村に"さのせ"という女房がいた。夫は何かで死んで亡くなり、自分と9歳になる娘とだけ残ったが、世が飢饉であるから、どこでも仕事で使ってくれる家もなかった。隣村の某という家に行って奉公を頼み入れると、こう言われた。

「いかにもお前だけならよろしいが、その連れた娘がいてはならぬ。」

村と村との境に猿ヶ石があって、その上に架けた橋まで辿り着いた女房は覚悟を決めて、娘を橋の上から突き落とした。娘は一旦沈んだが、悶きつつ顔を上げて母親の事を叫んだ。

「なんの!母(がが)も何もあるもんでねぇ!」

女房は、その橋から走り去った。そうして娘を殺して、隣村の某という家に行きこう言ったという。

「娘は川に入れて殺してきたから、使ってくれ。」

                    佐々木喜善「遠野奇談」より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
飢饉の悲惨さには目も当てれぬが、全く無視も出来ない。佐々木喜善がこうして書き残しているものは、紛れもない飢饉の記録と伝承であろう。

by dostoev | 2016-09-06 17:40 | 「闇・遠野物語」 | Comments(0)

「闇・遠野物語(子殺し)」

f0075075_13493294.jpg
天保年間の事。山口村にある薬師社の別当の家に、11歳になる男の子がいた。毎年打ち続く飢饉で食べる物が無い頃、その子供は他人の家の軒下に積んである豆殻の辺りで、落ちている豆を拾って食べていた。ところが、それが村の問題となり、肝煎が別当の家へ行き、今後一切、男の子を外に出さぬという事に決めたという。だが男の子は夜に度々外に出ては村の家々を廻って歩くので、再び肝煎が別当の家に行った所、別当である父親はこう言ったという。

「いかにも村方へご迷惑を相かけぬよう始末をつけましょう。」

ある日の事、別当である父親が男の子を連れて山へと行った。何か木を伐りにという風で父親は、大斧を持って先に立って歩きながら、いつになく優しい言葉を男の子にかけていた。男の子は心から嬉しそうに、いそいそとついて行った。そうして坊子沢という所へさしかかった時に父親はこう言った。

「あまりにくたびれたから、この岩の上でちょっと休んで行こう。」

父親は、男の事一緒に岩の上に登って横になった。疲れ切っていた男の子は、岩の上ですぐさますやすやと眠ってしまった。そこを父親は、大斧で男の子の頭を叩き割って殺してしまった。

                       佐々木喜善「遠野奇談」より
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目を覆いたくなるような話だが、それほど飢饉の時は人々の精神が非日常へと陥った時代でもあった。遠野の観光地を回る時、飢饉の歴史を避けて回る事の出来ない様になっている。




by dostoev | 2016-09-06 15:58 | 「闇・遠野物語」 | Comments(0)

闇・遠野物語(遠野の河童のおぞましい話 其の二)

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陸中国閉伊郡大槌町の大槌川の附近、正内というところに、一人の娘がいた。この娘、生まれながらに土地の巫女から、水性の物の許に嫁縁の性があると予言されていたという。

その娘が十四歳の夏の或る日、大槌川で水浴しているとて、朋輩の女児ども四五人と共に川に行っていたが、いつもこの娘ばかりは連れから離れて、ある岩のほとりに寄り、身体を水に浸していながら、何事かひそひそと囁く様な態であった。そんな事が、四五日続いていたらしいが、ついにその川に沈んで死んでしまったという。その娘の死体には、白い液体が多量に付着していたという。
by dostoev | 2015-10-20 17:53 | 「闇・遠野物語」 | Comments(11)

闇・遠野物語(遠野の河童のおぞましい話)

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遠野の河童は愛らしい?などというイメージが定着しつつあるようだが「遠野物語」に掲載されなかった、遠野の河童のおぞましい話もまたある。

陸中国遠野在新張という部落に豪家があり、一人娘があった…。

夏のある日、あまりにも暑いので裸体となって裏の流れに身を浸していたところ、河童に見込まれてしまった。娘はそれは決して人間の男でないと思っても声を立てられず、恐ろしさに身も凍るばかりなれども、たちまちにして、その河童に犯されてしまった…。

娘は河童の子を身篭り、その子を産む時には非常に難産で、大きな半桶の上に簀子を敷き渡し、その上に乗って産んだのが、異様な頭部に大口のある奇形児であった。それを鉈でもって、寸々に切り砕いて棄てたが、その切り砕いた死体を河原の石の上に置くと、いつの間にか何者かが持ち去ったのか、その死体は無かったのだと云う。

其の後もこの娘は河童の子を孕んだという。そればかりか、殆ど夜半の正二時頃の刻限を定めて、魔性の者が忍び込んで来てならなかった。娘は夜、昼と泣き叫び、近隣の屈強な若者どもを代わる代わるに来てもらっても、その刻限になると、その魔性の者が忍び込んで来る。娘は…。

「それまた来た、来た!ああ!助けてください!」

若者達に懇願せども、若者達にはその魔性の姿は見えず、騒いでいる間に娘は身悶え、腰を揺り動かして、ついに気絶するのだったと…。

近隣のこの家の親戚の老婆など、毎晩同様にこの娘を守っていたが、その苦悶の態はとても見る事ができなかったと云う。娘の犯される様を正視できない若者達は、見えない魔性の者に闇雲に飛びつくのだが、やはり娘はいつの間にか犯されてしまう。

そんな事が三週間ばかり続いたが、ついに娘は日に日に痩せ細って死んでしまったのだと。この娘の死を世間では、魔性の者のところに連れて行かれたのだろうと噂されたのだと云う…。
by dostoev | 2010-12-10 12:32 | 「闇・遠野物語」 | Comments(4)