遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:「遠野物語拾遺考」240話~( 11 )

「遠野物語拾遺248(取子)」

f0075075_1864550.jpg

生れた児が弱い場合には、取子にして、取子名をつけて貰う。一生の間、取子名ばかり呼ばれて、戸籍名の方は人が知らぬと言うことも往々にあった。佐々木君の取子名は、若宮の神子から貰ったのが広といい、八幡坊から長介、稲荷坊からは繁という名を貰っておいたと言うが、しかし一向強くもならなかったといって笑った。

                                                    「遠野物語拾遺258」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
生れた子供の体が弱かったり、親などに不幸が続いた場合、それを心配して神様などに託して丈夫にして貰う為の呪術でもある。別に、神託子とも呼ばれる。佐々木喜善は、八幡や稲荷から取子名を貰ったようだが、こうして複数の取子名を貰うのも、色々な神の加護を受けて強くする意がある。まだ確認はしていないが、遠野では「トリ子祭」というものが行われているらしい。

子供は死ぬものであるという意識が、昔は強かった。ましてや跡取り息子となる男の子の死亡率は高い為、どうにか無事に成長してくれるようにとの願いが込められる呪術が定着していた。それでも死亡率は然程下がらない為、何人もの子供を産んで、生き残った男の子を跡継ぎとした。しかし現代となり、医療技術も発達した為か、いつの間にか子供は死なないで普通に生まれるものとなったようだ。子供を沢山生む必要が無くなった現代、少子化になった影響は、こういうところにもあるのだろう。
by dostoev | 2015-04-22 19:44 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺247(捨子)」

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年廻りの悪い子は捨子にするとよい。まずその子に雪隠の踏張板の下を潜らせた後、道違いに行ってちょっと棄てる。始めから拾う人の申合せが出来ていて、待っていてすぐ拾ったのを、改めてその人から貰子をする。こういう子供には男なら捨吉、捨蔵、女の場合はお捨、おゆて、ゆてごなど、捨という名をつけることが多い。

                                                  「遠野物語拾遺247」

f0075075_17235359.jpg

年廻りが悪いとは、親が厄年の時に生んだ子供であったり、丙午の時の子供であった場合を云う。その年廻りの悪い子を上の画像の雪隠の踏張板の下を潜らせるというものは、何度も書いて来たようにトイレとは、霊界の入り口であって、踏張板は、その境界の扉と考えた方が良いだろう。「今昔物語」にも紹介されている様に、セッチンであり厠であるトイレとは、人間が妖怪などに変化してしまう場所でもある事から"化粧室"とも呼ぶ。化けるのは、陰から陽であったり、その逆の場合もある。民間ではトイレに南天を置いて「難を転じる」願掛けをしたりする。またトイレは"黄金(糞尿)"の溜まる場所でもあるとされる為、お金が溜まるようトイレを綺麗にしなければならないとされるのも、陰から陽への変化を期待してのものである。ここでの年廻りの悪い子という陰の要素を陽に転換する為の、民間呪術であろう。

そして道違いに棄てるというのも、道違いは辻でもあり、雪隠と同様、現世と霊界との境界でもあると信じられていた。つまり捨子にするとは二度、霊界を潜らせるという意味になる。ただこれが、子供の為を想ってする呪術なのか、家や親の今後を良くする為の呪術なのかは定かでは無い。
by dostoev | 2015-04-22 18:04 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(4)

「遠野物語拾遺244(クセヤミ)」

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妻がクセヤミ(悪阻)または出産の時に、その夫も同時に病むことがある。諺にも、病んで助けるものは、クセヤミばかりだという。

                                                    「遠野物語拾遺244」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここでは悪阻を「クセヤミ」と読んでいるが、通常は「悪阻(ツワリ)」という読みが一般的だ。この「遠野物語拾遺244」の話は現代でもよく耳にする話で、妻のツワリ時に、やはりツワリの様な体験をする夫がいるという。それを仲の良い夫婦と称する場合があるが、逆に妻を蔑にしていたので罰が当たったなどと捉える場合もあるようだ。

風邪をひいた人の傍に居ると、いつの間にか自分もその風邪がうつった様な感覚になる場合がある。「病は気から」の様に、妻の出産を心配するあまりに、その精神が同調した為に起きるのであろうか?

花粉症の実験に、花粉症にかかっている人達に向って「今から花粉を流します。」と言うだけで、実際には花粉は流していないのに、花粉症の症状が出るという。つまり、それだけ身体の健康には精神的なものが大きく、実際に体は普通であっても精神がそういう方向に行けば、脳信号がツワリの症状の様なものを伝えるのだろう。

精神とは恐ろしいもので、呪いもまた似た様なものである。呪いの呪符を発見したとか、もしくは呪われているという意識が働いた場合、やはり精神が病んでいくものだと云われる。実際に、呪いというものは存在しないとは思うが、呪いという言霊に精神が侵されて病んでしまうのが呪いでもある。だから古代の天皇は、多くの人達を犠牲にして天皇になった為に、傍らには呪い返しをしてくれる陰陽師などを置いていた。呪い返しというものも有り得ないが、その呪いを返してくれる存在がいるだけで、やはり精神的に楽になるのだろう。普通の水を良薬であると洗脳して飲ませるのと同じである。「悪阻(ツワリ」にかかる夫、かからぬ夫の違いは、その夫の精神構造によるものが大きいのだろう。
by dostoev | 2015-04-22 16:34 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺241(産屋)」

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産屋の中では、産婦は藁一丸の枕をする。一丸とは十二束のことである。そうして一日に一束ずつ抜き取って低くして行き、二週間目には平枕の高さにするものだという。産婦は産屋にいるうちに、平常食べるあらゆる食物を少しずつ食べて置くようにする。この時に食べておかぬと、後でこの食物を食べる時に必ず腹を病む。ただ一例外なのは灰気のある物で、これは一切食ってはならぬとされている。

                                                  「遠野物語拾遺241」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
産屋で、産婦が何故に枕を高くして、徐々に低くしていくのかわからなかった。「注釈遠野物語拾遺」においても、それについては言及していない。藁は、稲作文化が日本に流れて来てから、その稲藁の廃品利用的な文化が完全に定着した。衣食住や職にも、藁が多く使用され、無くてはならない物であるのに異存はない。藁を入れた枕は現代でもある事から、産屋で産婦が利用する枕に、何等違和感は無い。ただ、産屋そのものは特異な場所であり、赤不浄という穢れを避ける為に、特殊に設けられたのが産屋でもある。農家ではそうでないが、身分の高い家の産屋は真っ白な壁にしたという。それは赤不浄を、穢れない白色で浄化するという意味合いがあるようだ。病院の壁の色が白色なのも、古代からの呪術意識が伝わっているのかもしれない。

出産と藁で思い出したのが、「古事記」での大気都比売神であり「日本書紀」での保食神である。素戔男尊に殺された大気都比売神の目から稲種が生り、月夜見神に殺された保食神の腹から稲が生っている。大気都比売神も保食神も同じ神であろうと認識されているが、稲が生るのが目と腹の違いがある。そこで感じたのが、枕を高くするという事だった。つまり最初は、頭を高くして周辺を見据える様にしているのだが、もしかして稲の誕生をも意味しているのではなかろうか。つまり、枕を高くして稲が出産する様に促し、徐々にそれを通常の寝る形に戻すというのかもしれない。大気都比売神は、目から稲種を生した。更に保食神が腹から稲を生したのも、出産と取る事が出来る。つまり、女性の出産を豊穣に見立て、それを完全にする為に目と腹を意識したのが、この産屋での風俗ではなかろうか。大気都比売神も保食神も女神であるというのも、やはり出産は女性だけのものという意識が強い。

また灰気の食べ物を食べさせるなだが、山菜系も灰汁が強く体に悪いとして産婦には食べさせない。「秋茄子は嫁に食わすな」という諺があるが、それと別に「五月蕨は嫁に食わすな」というものもある。これはやはり、秋茄子も五月蕨も灰汁が強いものを指しての言葉であるから、嫁イジメの諺では無く、嫁を気遣ってのものであると思う。
by dostoev | 2015-04-21 17:38 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺240(忌み嫌われる双子)」

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双児が生れた時には、その父親が屋根の上から近所に聞えるだけの大声で、俺あ嬶双児を生んだであと三辺喚ばわらなくてはならぬ。そうせぬと続け様に、また双児が生れるといわれている。

                                                    「遠野物語拾遺240」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
古代中国では、家族の者が死ぬと、生返って欲しい願いから家の屋根に上って、その人の名前を呼ぶ事を「魂呼ばい」と云う。これは、その魂が天に昇ったと考えられていた為に、声が魂に届く様に、より天に近付こうとした為でもあった。遠野地方に置き換えて考えて見ると、遠野での死んだ魂は山へと昇って行く。また、子供の生誕にも山神が関わってくる事から、屋根に上って叫ぶのは山神に対する訴えだと思われる。

「注釈遠野物語拾遺」によれば、一産一子が通常であるとした為に、双子以上は畜生腹といって嫌われたというのも、畜生類である犬や猫が一度に複数頭産む事に重ねたものだろう。山は、獣の生まれる場所であり、山神の使いに狼がいた事も付随していたか。

そして、双子というものは子供が半分に分れたものだと遠野地方では信じられていた。だから、その双子の能力も、通常の子供の半分しか無いものとされ、二人合わせて一人前。しかし、食べるのが倍となるので、双子が生まれて家は不幸になると云われたのは、現実的な要素も含まれていた。ただ、捨て子や間引き、そして世間に内緒で奥座敷に囲う場合もあったようだから、この双子の片割れも、遠野地方に座敷ワラシの原型に近いものであったのかもしれない。
by dostoev | 2015-04-20 14:39 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)

遠野物語拾遺243(異国文化?)

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産婦が産屋から初めてお日様の下に出る時には、風呂敷の様なもので顔を包んで出る。また生子の額には鍋墨で点をつけてやらねばならぬ。

                                                    「遠野物語拾遺243」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
正直、この習俗は知らなかった。「注釈遠野物語拾遺」で確認すると、「暗い産屋から明るい場所に出るので、眼を守るためである。」と記されている。ほっかむりに被るのでは無く"顔を包む"とあるので、どちらかといえばイスラム女性の風俗である。山形県から広がったハンコタンナもイスラム系風俗に似ていると云われる。ただ、ハンコタンナは農作業での日除けに使用されるので、恐らくこの「遠野物語拾遺243」もハンコタンナの事を言っているのかもしれない。ハンコタンナの形がいつの時代から始まったかわからぬが、イスラムの風俗が流れて来たものだとする説も流布してはいる。
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>「また生子の額には鍋墨で点をつけてやらねばならぬ。」

この習俗も知らなかったが、魔除けの為のようである。額にポツンとあるのは、ヒンズー教徒のビンディーか、観音様の額にある白豪をイメージしてしまうが、魔除けとなると、どうも違うようだ。ただビンディーが既婚者を意味し、他の男が寄り付かない様にするのも、一つの魔除けではある。

鍋の墨に意味があるのか?と調べると、二つだけ見つけた。沖縄では「夜、子供が外出するときは鍋の尻の墨で三度子供の額に黒子を入れてやると魔除けになる。食べ物を親類や近所に配るときサンを載せないと食べ物の精を取られるので、滋養にならない。」三度と指定されているが、ほぼ遠野の話と同じである。また、大分県では「喉に魚の骨が刺さったときは、鍋の墨を服用すると良いという。」これは額に塗りつけるのでは無く、服用するのだと。ただ、どちらも九州・沖縄にある習俗で、それ以外の地域で、この鍋の墨を魔除けとする習俗を見付ける事が出来ない。鍋もしくは、墨単体で調べてはみたが、魔除けとされるものを見つけ出せないでいる。つまり、この遠野の習俗は、九州・沖縄から伝わって来たものであろうか?

蝦夷の俘囚が西日本へと移動させられた古代であったが、逆に九州などの反朝廷の民族もまた蝦夷の住む東北などに流されたという。つまり、日本の真中をすっ飛ばして、東北と九州の人と文化の交流があったという事。今回の鍋の墨の様に、九州の習俗が何故に遠野に伝わったのかを考えて見ても、時代は分からぬが何らかの理由で遠野に住み付いた九州の人間がいた可能性が強まる。実際に、遠野の菊池氏は九州から来て根付いて拡がったとの伝承がある。逆に九州に、私有地であり、また小字に遠野という地名を確認し、遠野の習俗と重なるものもある事から、遠野を調べる場合は九州を調べると面白い。ただ九州で見付けた墨の魔除けも、どこから発生したものかはわからない。それこそ、異国の習俗が九州に流れ着いて定着したものかもしれない。案外、ビンディーの変化形ではなかろうか。
by dostoev | 2015-02-19 19:48 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺249(血筋マキ)」

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以前は家々がそれぞれのマキに属していた。マキは親族筋合を意味する言葉である。右衛門マキ。兵衛マキ。助マキ。之丞マキなどの別があり、人の名はマキによって称するのが習いであった。佐々木君の家は右衛門の方であった。姓は無くて、代々山口の善右衛門と称し、マキには吉右衛門、作右衛門、孫左衛門などという家があった。

                                                    「遠野物語拾遺249」

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画像は、佐々木喜善の墓であるが、「注釈 遠野物語拾遺(下)」によれば、名前に「門」が付くマキは、家構えに門を建てる事が出来る家柄を示すのであると。その右衛門方であった佐々木喜善は村長にもなった家系であるから、代々家柄が良かったのだろう。門は、敷地と外部を区切る塀や垣に通行のために開けられた出入口の事であるから、他とは違うぞとの自己主張でもあるのだろう。現代でも立派な門構えをしている家は、代々の格式が高い家か、余程の金持ちであるのも、やはり他とは違うという自己主張の成せる業であろう。

また、門の内部と外部では、空間が違う。例えばよく、門口の幽霊話が「遠野物語」に語られている様に、門から入る家とは我が身を守る結界の様なものであるから、その境界である門口に幽霊が佇むのは、その門に弾かれてしまった霊がるのだろう。つまり門とは、一つの家の呪術であろうから、やはり格式の高い家であるからこそ、門を構え敷地を外部と区切ったのだろう。また、門は無くとも家そのものが結界となる為、家に帰れば一安心となるのも、家そのものに様々な呪術が施されているからである。格式の高い家は、その呪術を敷地内全体に施しているという事。

ところでマキだが、自分の親もまた「〇〇のマキ」という言葉をよく使っていた。自分は、その言葉を知っていても、今は使う事が無い。遠野では「マキ」か、もしくは濁音が付き「マギ」と濁って発音している。恐らくだが、このマキという言葉は、巻物からきてるのではなかろうか。代々続く家系は、その系図を巻物に記していた。つまり、一つの巻物を開けば、その家系が一覧出来た事から、その巻物が略され「巻(マキ)」として伝わったのでは無かろうか。
by dostoev | 2014-10-15 17:54 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺242(魔がさす)」

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生子の枕もとには必ず刃物を置かねばならぬ。そうせぬと、独りきりでおく様な時に、生子の肌の穴から魔がさすという。やや大きくなってからは、嬰児に鏡を見せると魔がさすといって忌む。

                         「遠野物語拾遺242」

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密教系では、刃物などの刀系は魔や敵を切り祓う呪力があるとされている。例えば、庶民に広く普及している不動明王などは剣を構えているのだが、その不動明王の御札などを燃やした灰が落ちた水を飲むと、病魔が治るともされたので、庶民は不動明王に対する信仰は根強かったという。つまり剣と不動明王は、いつしかセットになって語られていたようである。妙見である北斗七星も祓いの剣として云われており、剣などの刃物は魔除けとなっていたようだ。

子供は7歳まで神の子である為に、大事に育てられたというのは、どこかで神から授かった子であるという意識もあったのだろう。ただ昔は現代医療とは違い民間療法などであった為、ちょっとした病気や怪我で、幼い子供はすぐに死んでいったようである。その為に、7歳まで無事に成長する様に、女の子の名前を付けたりなど、様々な迷信までも信じて子供を育てていたらしい。ただ、肌から魔がさすというのは聞いた事が無く、恐らく人間の子でありながら人間の子供では無い7歳までの子は、様々な魔に魅入られやすいとと考えられての事だったか。その為に刃物を置くのは、先程から書いているように魔除けとしてのものであった。

また鏡を見せると魔がさすというのも、今となっては聞く事も無い。剣と同じに鏡も魔除けとして広まっていた。橋野村に住む人は、笛吹峠を越えて遠野に来る場合、魔除けとして額に鏡を括りつけて、笛吹峠を歩いたそうである。ただ鏡には、魔の正体を暴く力もあると云われている。つまり、嬰児に鏡を見せて魔がさすというのは、既に嬰児に魔が入り込んでいる状態を云うのではなかろうか。沿岸の大船渡では部屋の四隅と中央に鏡を置いて夜中になると、そこには未来の連れ合いが映し出されると伝わっている。これも一つの魔を鏡に映しだす方法で、やや大きくなった嬰児というものは、ある程度俗に侵され煩悩が生じた存在として見られていた為では無かろうか。
by dostoev | 2013-11-14 22:13 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺246(間引き)」

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附馬牛村の某という処に、掘返し婆様と呼ばれている老婆があった。こま老婆は生れた時に母親に戻しを食って唐臼場に埋められたが、しばらくして土の中で細い手を動かしたので、生き返ったと言って掘起して育てられた。それから掘返しと言う綽名がついて、一生本名を呼ばれなかったそうである。縊られる時に一方の眼が潰れたので生涯メッコの婆様であったが、十年程前に老齢の為に死んだ。

                      「遠野物語拾遺246」

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文中に記されている「戻し」とは、間引きの事であり、間引きとは子殺しでもある。菊池照雄「山深き遠野の里の物語せよ」には、ヤマセが吹くと農民は、今年の収穫を諦めて、赤ん坊は育たないからと川に流したり、畑に穴を掘って埋めたなどと生々しい記述が記されている。この掘返し婆様も、同じ憂目に遭ったのだろうが、その生命力の強さを認められ、現世に引き戻されたのだろう。

生後1年目の赤ん坊に一升餅を背負わさせるのも、一つの間引きの手段であったようだ。近藤直也「鬼子論序説」には、昔は1年程度で赤ん坊が歩ける筈が無い。歩けるとしたならば、それは鬼子だとして間引かれたらしい。過去に於いて、鬼である酒呑童子や茨城童子などは1年で歩いたという伝説が伝わっていた為であろうか、人間の能力を超越した存在は、赤ん坊でさえ1年で歩いたと恐れられていたようだ。しかしこの一升餅を背負わせる風習は、苦労して生んだ我が子を鬼子にしない為、一升餅で歩いたのなら二升餅に。それでも歩くのなら、無理にでも倒したというのは、やはり我が子が可愛い故なのだろう。

ところで生まれた子供とは、7歳を迎えるまで人間の子供では無く、神の子として育てられた。まあ逆に7歳になったら、下の子供の面倒なども含めて、いろいろと雑用をさせられたようだ。つまり、子供が遊んでられるのも、神の子として生きる6年間までであったようだ。
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その神の子のうちに死んでしまった子供の魂は、浮遊するようだ。この神の子の内で死ぬと、一人前の葬式は行わずに、葬る場所も大人と区別したという。貞任山に地獄山と呼ばれる賽の河原があるが、そこには早くして死んだ子供達の遺品などを置き、石を積んだのは、子供の魂の供養と共に、その死んだ子供の生まれ変わりを期待して、早く解任する為の祈願でもあったようだ。しかし貧しい時代には、食べ物も不足して、なかなか懐妊できない場合が多々あったらしい。となれば、その死んだ子供の魂は浮遊して、どこに行くのかわからなくなる。その為に形代として人形を、その子供の魂の受け皿として祀り供養したというのが、上記の画像の人形となる。つまりそれは人間ではなく、神として祀るものに近いものなのだろう。
by dostoev | 2013-10-23 18:36 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺245(生まれ変わり)」

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生れ変わるということもたびたびあることだという。先年上郷村の
某家に生まれた児は、久しい間手を握ったまま開かなかった。家人
が強いて開かせて見ると北上の田尻の太郎爺の生れ変わりだという
意味を書いた紙片を堅く握っていた。このことを太郎爺の家族の者
が聞くと、俺の家の爺様どんは、死んでから一年も経たずに生れ変
ったじと言って、喜んだということである。また墓場の土に柳やそ
の他の樹木が自然に生えることがあると、その墓の主はもうどこか
で生れ変ったのだといわれる。

                     「遠野物語拾遺245」

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昭和の中頃、某女性が列車に飛び込んで自殺を図ったという。ところが
バラバラになった死体を回収しても、小指だけがどうしても見つからな
かったそうであった。

それから暫く経ち、自殺した女性の姪御さんが出産したそうな。ところ
がその赤ん坊に、小指が無かったそうである。自殺というものは業が重
いもので、その重い業が姪御さんを通じ赤ん坊に伝わったものだ…と言
われている。


               「現代遠野物語31」より


上記の話は、実際にあった出来事で、これも「遠野物語拾遺245」と同じく、生まれ変わりと捉えて良いものだろうか。つまり生まれ変わりがあるのならば、良い事も悪い事も、へだてなく伝えるという事だろう。もろ手を挙げて、喜べる事ばかりではない。
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遠野の習俗に、葬式の時に墓地で転ぶと死ぬというものがある。これは、墓地は穢れた地であり、魂を吸い取られるという思いから発したものかもしれない。

地面に穴が空いている場所は霊界と繋がっているという迷信は、広く日本に広がり、井戸とかトイレは霊界の入り口であると認識されていた。だからこそ、トイレや井戸には幽霊の話が多いのは、その為だった。これは洞窟もまた同じで「古事記」において、イザナギが死んだイザナミを迎えに行く為に、やはり洞窟を潜っていった。


>また墓場の土に柳やその他の樹木が自然に生えることがあると

柳の木が記されているが、柳といっても枝垂れ柳や、枝垂桜など、枝垂れ系の樹木もまた、霊界と繋がっていると信じられていた。天から降ってくる霊は、枝垂れ柳などの枝を伝って地面に潜り霊界へと向かう。また逆に、霊界から枝垂れ柳の枝を伝って、天に昇ると思われていた。


遠野での戦時中に、面白い話があった。遠野の隣である釜石は、新日鉄釜石が日本軍の武器の製造をしていた。その為に、アメリカ艦隊からの艦砲射撃を食らい、釜石の町は壊滅状態となった。そのアメリカ艦隊の艦砲射撃の音は、山を越えて遠野まで伝わり、遠野の人達も怯えていたという。そんな中、たまに遠野上空をアメリカ軍の偵察機が飛ぶたび、デマが飛び交った。


「次は、遠野が攻撃されるぞ!」


そしてその後、偵察機が飛ぶたびに、遠野の人々は家の畳を外して、外に隠し、自分たちは枝垂れ柳や枝垂桜などの枝垂れ系の樹木の下に隠れたという。その理由は、やはり枝垂れ系樹木は霊界と繋がっているので上空から見てもわからないから!という事だったらしい。

ちなみに畳を外して隠したのは、家が壊されても畳さえあれば、寝泊りなど、どうにか生活が出来るからだったという。今の時代となれば、笑い話となる逸話であった(^^;
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わたしはあの蛇の棲む洞窟

わたしの臍から男達の宿命が生れ

すべての知恵が大地の一つの穴から生れる

神の姿がわたしの闇の中にあらわれまた消える


わたしの盲目の子宮からすべての王国があらわれ

わたしの墓から七人の睡り人が予言する

これから生れる嬰児でわたしの夢にあらわれるものはなく

わたしの中に葬られぬ恋人とてもない


わたしはあの怖れ求められる炎の場所

そこで男と不死鳥が焼きつくされ

わたしの低い穢された寝床から

新しい息子 新しい太陽 新しい空が立ちあがる


                キャスリン・レイン詩集「巫女」
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地面に穴が開いている場所の大抵は、霊界との入り口であるのだが、女性の子宮もまた霊界と信じられてきた。洞窟も、火山の火口口、もしくはタタラの溶鉱炉もまたホトと呼ばれたのは、まさしく何かが生まれる霊界の入り口だからだ。キャスリン・レインの「巫女」は、まさにそのホトによる女性による死と生を司る王国である事を示している。

狭い胎内を潜るように、狭い岩穴などの洞窟を潜り、新たな命、もしくは若返るなどという風習が各地に根付いているのはまさに女性の子宮を潜る行為を実践している。 遠野にも、山中の狭い岩穴に「胎内潜り」としての風習が、あちこちにある。

生まれ変わるとは、一度胎内を通った肉体が、再び胎内を巡るという事。つまり魂の輪廻でありながら、全ては女性の肉体無しでは魂の再生は無いのだ。ホトを焼かれて死んだイザナミは、黄泉の国ら通じる穴を潜ったのだが、生きている時の美しい姿とは別の、死んで腐った醜い姿が、洞の中、闇の中にあった。つまり、これも一種の変身であり、再生に至る破壊と再構築なのだろうと思う。つまり腐れ果てた肉体は醜いのではなく、蝶の蛹のように再び美しく生まれ変わる、仮の姿なのかもしれない。つまり生まれ変わるという事は、一度死んで腐り果て、醜い姿となる過程を否定してはいけないという事なのだろう。
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by dostoev | 2011-11-22 06:43 | 「遠野物語拾遺考」240話~ | Comments(0)