遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
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カテゴリ:「遠野物語拾遺考」190話~( 10 )

「遠野物語拾遺199(女狐を追いかける)」

f0075075_14333262.jpg

これはつい一両年前の話。土淵村の長左衛門という者が、琴畑川に釣りに行っていると、川ばたの路を見知越しの女が一人通る。それは琴畑から下村の方に、嫁に行っている女であった。言葉をかけると笑うから、つい好い気になって女のもとに手を出したが、女はえせほほと笑ってはちょいと遁げ、えせほほと笑ってはちょいと退いた。そうして山の中を三日三夜、その女の跡を追うてあるいたという。村でも高山のサズミ山という処の頂上に出て、眼の下に村屋を眺めた時に始めて気がついた。するとその女もだんだんと狐になって、向うの萱山の方へ走って行った。それからぐだぐだに疲れきって、家に帰ってしばらく病んだと本人は言っている。

                                                  「遠野物語拾遺199」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
画像は、安倍晴明の母「葛の葉」

「女はえせほほと笑ってはちょいと遁げ、えせほほと笑ってはちょいと退いた。」こういうシーンは実際に、野生の狐と遭遇した時に経験する。まあ狐だけで無いが、人を怖く思っていない野生動物は「ちょいと逃げ、ちょいと退く。」を行い、ある意味からかわれている様にも感じる時がある。陰獣である狐は、女性を意識されるもの。ここでの話も、狐と遭遇した話を女性に置き換えて話した可能性はあるだろう。
f0075075_16193528.jpg


この動画は、貞任山の中腹辺りで遭遇した野生の狐。どうも人間に対する警戒心が薄い様で、狐から近付いて来たので、車を停めて撮影した時のものである。
f0075075_17105967.jpg

文中に登場するサヅミ山とは、土渕の栃内と大洞の間にある山で、三津見山(609m)と呼ばれる。これは、山口、栃内、土淵が湾の様に見えるから、そう名付けられたという。しかし、琴畑から女を追いかけ、この三津見山まで登ったという事は、かなりの距離を歩いた事になる。いや距離というか、かなりのアップダウンを繰り返し歩いたという事だろうから、これはに酷く疲れてしまだろう。その為、暫く病んだというのも納得してしまうのであった。
by dostoev | 2015-05-19 17:20 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺198(狐に騙された狼)」

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昔小友村に狼という綽名の人があった。駄賃附けが渡世であるいていたが、ある日同村団子石の箒松という処まで来ると、向うから士が一人来て、引掛け馬をしてあるくのはけしからぬ。手討ちにしなければならぬと威張るので、平身低頭してあやまっていたが、そのうちにどうかして居睡りをしてしまった。ふっと気がついて見ると団子石の上から一匹の狐が馬の荷へ上って行くところであったから、ひどくごせを焼いてどなりつけてぼったくった。そして魚は一尾も取られなかったそうである。

                                                  「遠野物語拾遺198」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
取り敢えず、文中の「ひどくごせを焼いてどなりつけてぼったくった。」を訳すると「酷く怒り、怒鳴りつけて追い払った。」となる。
f0075075_19524172.jpg

また「引掛け馬」とは、複数頭の馬を曳く事である。峠越えの駄賃付けが盛んだったのは藩政時代で、それが明治以降も引き継がれ盛んだったが、軽便鉄道の開通と共に、駄賃付けは幕を引いた。道産子などの巨大な馬がいるが、駄賃付けが盛んだった馬の大きさは四尺五寸(145センチ)あれば大きい方だったそうである。体重も七十五貫(約280キロ)あれば重い方であったと。現在の競走馬の馬体重が500キロ前後で、400キロを切れば小さな馬となる事から、この時代の駄賃付けの馬は、今の感覚であればかなり小さな馬となるのだろう。そういう小さな馬にも、炭俵なら一俵六貫目(約22.5キロ)を六俵背負わせていたそうである。それを一人の馬子が通常三頭~四頭の馬を曳いていたというから、ここでの「引掛け馬」に対して怒る理由がわからない。

これも狐に騙された話になるのだが、小友町の団子石とは、鷹鳥屋地区に団子石という屋号の家があるので、恐らくその近辺の事であろう。遠野の町へと向かう土室峠の近くである為、この駄賃附けは遠野に向おうとしていたのか。峠近くという事であるから、村外れの場所でもあり、狐がよく出る場所であったろう。この騙されそうになった男の綽名が狼である事から、狐に騙された狼というとグリム童話を思い出しそうだが、ある意味洒落で作られた話ではなかろうか。
by dostoev | 2015-05-18 20:09 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺192(狐の石)」

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遠野六日市の鍛冶職人松本三右衛門という人の家に夜になるとどこからとも無くがらがらと石が降って来る。それが評判になって町中の者は見物にやって来たが、見物人のいるうちは何の変った事も無くて、帰ってしまうとまた降った。毎朝石を表に出して、昨夜もこんなに降りましたと見せる程であった。ちょうどその頃に、元町の小笠原という家の赤犬が、御城下で一匹の非常に大きな狐を捕った。尻尾が二本に岐れて、いずれも半分以上も白くなっている古狐であった。この狐が捕えられてから、松本の家に石の降ることは止んだという。それでも今でも遠野ではこの家のことを石こ鍛冶と呼んでいる。

                                                    「遠野物語拾遺192」

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松本家では平成初期頃まで、庭先に降って来た小石の山を置いていたそうだが、やはり邪魔なので処分したという事。

ところで、この「遠野物語拾遺192」と似た様な話が、綾織町赤坂にもある。やはり小石を降らせる狐の話だ。その石の降った方向を教えて貰ったが、そこには上の画像に示した稲荷の社があった。つまり、この稲荷に祀られる狐の悪戯という事だったか。松本家では、稲荷を祀ってはいないのだが、その敷地の裏方に、小さな稲荷の社がある。もしかして、この悪戯の正体は、その稲荷であろうか?

「遠野物語拾遺192」では、御城下で捕まった二股に分れた尻尾の狐の仕業という事になったようだ。「遠野物語拾遺196」では、鍋倉山と川にも近い大慈寺が、狐に丁度良い棲家であるような事を書いたが、この松本家の場所もまた、狐にとって立地の良い場所ではあるだろう。実は、この「遠野物語拾遺192」も若干省略され、改編されて記されている。

六日町に石コ鍛冶といはるゝ鍛冶屋あり。今の主人より二、三代以前の事也。家運傾きて思はしからず。されども当時の主人勤勉を以て近隣に知られたり。或日のこと屋根より家中に石の降りしことあり。家人大いに驚きさわぐ、その物音に隣人来りて覗ふに、降り落し石他の人には見えず。只家人の眼にのみこれを見るを得たりと、此の事しばしばありてより次第に栄たりといふ。この石今尚ほ神棚に供へて拝するといふ。

つまり、尻尾が二股に分れた狐の話は後付けであり、本来の話はあくまでも石が降ってきた後、家が栄えたという事になっている。石が降るのが他人に見えないのも、あくまで松本家の為に降った石である事を意味している。
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稲荷の社には、画像の様にしばしば石が祀られている場合がある。ただそれはコンセイサマの形をしている場合があるのは、五穀豊穣を願うからで、狐石信仰と、コンセイサマ信仰が結び付いたのだろう。画像は遠野の志田I稲荷。

石と狐の関係を探すと殺生石に辿り着いてしまう。殺生石が割れた時に、無数の狐靈が飛び出して全国に広まったという。秩父に伝わる話では、尾崎狐が憑くという家系では、その霊が憑いた小石を桐の箱に入れて神棚に置いて祀っているという。または、庭の池の小島に小さな祠を立てて、そこに小石を入れて屋敷神として祀っている例がある。なんでも、尾崎狐の家の者が、ある畑が見事に育っているのを見、小石も多く妙だなと思って畑主に聞くと、小石を肥料にしていると冗談を言ったら、一晩のうちに尾崎狐がその小石を尾崎狐家の畑に運んだという。これは、尾崎狐が家に好運をもたらす為に運んだという。一晩で石が集まる話は、「遠野物語拾遺192」と、この尾崎狐の話くらいだろうか。元々は殺生石が砕け飛び散った石という伝承から発生した信仰のようである。小さな石には、その家の守る狐が宿るという。松本家にも、狐が石に宿って降ってきたという事だろう。
by dostoev | 2015-01-23 07:28 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺196(狐に都合の良い場所)」

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遠野の大慈寺の縁の下には狐が巣をくっていた。綾織村の敬右衛門という人が、ある時酒肴を台の上に載せてそこを通ったところが、ちょうど狐どもが狐嫁取りをしていた。あまりの面白さに立って見ていたが、やがて式も終わったので、さあ行こうとして見たら、もう台の肴は無くなってたそうな。

                                                    「遠野物語拾遺196」

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大慈寺は、曹洞宗であり南部家の菩提寺である。平成23年(2011年)の火災で建物は無くなったが、それ以前の、享保9年(1724年)、大正12年(1923年)にもやはり火災に遭い、建物を焼失している。こういう寺に動物が巣食う話は、たまに聞く。最近では、柳玄寺の屋根裏にハクビシンが巣食って大変だったと云う。

遠野の町で、大工町から新町にかけて寺院が多く建っており、俗に寺通りとも呼ばれている。この通りを夜に散歩してみると、たまに狐に遭遇する事がある。寺通りを分断する様に流れる来内川があるが、この来内川沿いを西に進むと猿ヶ石川に合流する。狐の巣穴は、この川沿いの土手に作られる場合が多い。また新町から六日町にかけての反対側は、鍋倉山となる。鍋倉山の行燈森を下ると六日町に行き着くが、この途中でカメラを仕掛けると、狐とハクビシンの姿を多く見かける。つまり、鍋倉山と川沿いを狐やハクビシンが行き来しているのだが、その間にたまたま人間様の住む町があるに過ぎない。

大慈寺の場所は、そういう意味から考えれば、狐が川にも山にも行くのにも、そして人間様の食べ物をくすねるにも都合の良い場所であるのだろう。更に加えれば、仏教施設の敷地内である為、簡単に殺生も出来ないだろうから、大慈寺は狐にとって、安全で都合の良い場所であるのだろう。狐に騙された話は、御愛嬌でいいだろう(^^;
by dostoev | 2014-12-25 16:23 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(9)

「遠野物語拾遺190(魂のリンク)」

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昔土淵村田尻の厚楽という家で、主人が死んで後毎晩のように、女房の寝室の窓の外に死んだ夫が来て、お前を残しておいてはとても成仏が出来ぬから、おれと一緒にあべと言った。家族は怪しく思ってそっと家の裏にまわってみると、大きな狐が来てひたりと窓に身をすりつけていた。それを後から近よって不意に斧を以て叩き殺したら、それからはもう亡者は来なかったという。

                                                    「遠野物語拾遺190」

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「遠野物語101」では死体を操る狐が登場していたが、ここでは霊魂を操る狐の話であろうか。化けるのが得意な狐が、生者だけでなく死者にも化けたという事なのだが、もしかして霊魂をも操ったという事にでもなろうか。稲荷に祀られる荼吉尼天は死肉を食らう事でも知られている。古代中国では、戦う相手を滅ぼす場合、殺すだけでなく、その肉全てを食らってこそ魂をも滅ぼすと考えられていた。そして食べたモノは自分の血肉になり、力になると。遠野でもしばしば卵場と云われる馬の墓場を荒らして、馬の歯肉を食らう狐の姿が目撃されていた。この物語の根底には、狐が人間の死肉をも食らって、亡者に化けたという話にも繋がっているか。

また、死んだ夫が「お前を残しては成仏出来ぬ。」という言葉は、妻を想う夫の気持ちでもある。明治時代となり西洋文明が日本へと入り込み、キリスト教の一夫一婦制が日本にもゆるやかに広がっていった。しかし、それは都市を中心とするもので、その頃の田舎である遠野は、未だ古い習俗が蔓延していたよう。「遠野よばい物語」と呼ばれる話も遠野に伝わっており、大らかな性風俗が遠野に定着していた。ある話では、隣の家の旦那が早くに妻に先立たれて不憫だろうからと、自分の妻に対して、今晩でも行って慰めてこいなどという話が伝わる。逆に言えば、旦那に先立たれた妻という存在は、村の男達にとっては格好の的となる。妻を愛していればこそ、自分の死後の妻が心配になるのは当然の事だろうか。だからこそ、その正体が狐であっても、その夫の気持ちを代弁して「お前を残しては成仏出来ぬ。」という言葉は、その妻を愛していた証であり、それだけ良くできた妻であり器量も良かったと思われる。だからこそ心配で、夜な夜な亡者として現れたのは、狐がその夫の魂をも食らったからだとも考えられるのだ。つまり、狐と亡き夫の魂がリンクしたのかとも思える物語である。
by dostoev | 2014-05-22 08:14 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺192(石が降る)」

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遠野六日町の鍛冶職松本三右衛門という人の家に夜になるとどこからとも無くがらがらと石が降って来る。それが評判になって町中の者は見物にやって来たが、見物人のいるうちは何の変わった事も無くて、帰ってしまうとまた降った。毎朝石を表に出して、昨夜もこんなに降りましたと見せる程であった。ちょうどその頃に、元町の小笠原という家の赤犬が、御城下で一匹の非常に大きな狐を捕った。尻尾が二本に岐れて いずれも半分以上も白くなっている古狐であった。この狐が捕えられてから、松本の家に石の降ることは止んだという。それで今でも遠野ではこの家のことを石こ鍛冶と呼んでいる。

                                                   「遠野物語拾遺192」

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現在も六日町には、この物語の舞台になった鉄工所がある。その鉄工所の裏庭には平成初期まで山の様に積み上げられていた小石があったそうだが、やはり邪魔なので全て処分したという事である。ところで遠野には、この石こ鍛冶と似たような話がある。綾織の赤坂にも、狐の仕業として砂や小石を降らせて人を化かす狐の話が伝わっている。
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その赤坂の地には小三稲荷があるのだが、稲荷神となった狐の色は白いという俗信があり、しばしば抜け出して悪戯をなすという。そういう意味では六日町の鉄工所に石を降らせた狐が白い狐であったように、この綾織の赤坂の稲荷狐も白狐であったのだろうか。文中では御城下で大きな白狐を捕まえたとあるが、いったいどこで捕まえたのであろうか?もしかして、どこかの稲荷神社から抜け出して悪戯をなした白狐であったのかもしれない。
by dostoev | 2014-05-16 19:39 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺191(家を覗く狐)」

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附馬牛村字張山の某という家では、娘が死んでから毎夜座敷に来てならなかった。初めは影のようなものが障子に映ると、座敷に寝ている人々は一斉にうなされる。それが毎晩続くので多分狐の仕業であろうということになり、村の若い者が来て張番をしていたが、やはり淋しくてその時刻になると、皆堪らなくなって逃げ帰った。隣に住んでいる兄があまりに不思議でもあるし、また真実死んだ妹の幽霊なら逢っても見たいと思って、ある夜物陰に忍んで様子を窺うていると、はたして奥座敷の床の間つきの障子に、さっと影が映った。そら来たと思ってよく見ると、これも一疋の大狐が障子にくっついて内の様子を見ているのであった。そこに有った藁打槌を手に持ち、縁の下ほ匍って行っていきなりその狐の背を撲ちのめすと、殺す気であったが狐は逃げ出した。それでもよほど痛かったと見えて、びっこを引き、歩みもよほど遅かった。追いかけてみたが後の山に入って見えなくなり、それに夜だからあきらめて帰って来た。その後幽霊は来ずまたこの男にも何の祟りも無かったそうである。

                               「遠野物語拾遺191」

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「遠野物語」「遠野物語拾遺」の傾向は、どんな怪異現象でも、狐の仕業にしてしまうところがある。それだけ狐が身近で、悪戯を為す存在で思われていたのだろう。しかし幽霊も江戸時代となって庶民の間でかなり普及し、その非業の死による怨念の復讐が市民権を得、多くの怪談話を創作するに至った。今でも有名な「累ヶ淵」「四谷怪談」「牡丹燈篭」etcなどは、そのモチーフを基点として広く扱われている。

狐は川沿いにも多くの巣を作り、遠野の町中でも、夜などに狐と遭遇する事がままある。舞台の張山も、猿ヶ石川沿いで西側に山が続いている事から、狐が生息するには絶好な場所でもあるだろう。古代では狼が神の使いと見做されたが、途中から狐に取って代わったのも、狐は山と人里を往復する獣で、狼よりも人目に付きやすい獣であったよう。狐が人を化かすと庶民に普及したのも幽霊と同じ江戸時代であった事を考え合わせれば、この「遠野物語拾遺191」は、一粒で二度美味しい物語ではある。

ところで藁打ち鎚は木製だが、それでもそれなりに大きいので、狐に近寄って素早く振り下ろすというのは、まず有り得ない話だ。ただ遠野に伝わる物語を確認すると、二つの話が合わさって一つの話を形成している場合がままある。

例えば、夜な夜な訪れる幽霊話は「牡丹燈篭」や「吉備津の釜」がそうであったように、それを踏襲した漫画「恐怖新聞」にも受け継がれている。「源氏物語」にも登場する悪意を持った生霊もだが、悪霊は復讐をするという執念深さから、毎晩通うものである。狐もまた陰獣と呼ばれるように執拗ではあると思われているが、それも人間が狐に対して悪さをした場合であるのが一般的。ここに登場している狐の背景はわからぬが、あくまでも悪戯であり、この家に対する復讐心では無いと思われる。それ故に、本来あった幽霊話に狐の話を後から付け足して、半分笑い話のようにしている感がある。
by dostoev | 2014-04-01 20:13 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺197(兎)」

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佐々木君の友人の一人が遠野の中学校の生徒の時、春の日の午後に町へ出て牛肉を買い、竹の皮包みを下げて鍋倉山の麓、中学校の裏手の細道に来かかると、路傍に可愛い一疋の小兎がぴょんぴょんと跳ねていた。不思議に思って立止まって見ると、しきりに自分の下げている包みへ手を伸ばすので、まずその包みをしかと懐へ入れてから兎を見ていた。すると兎はやがて後足で立上がり、またいつの間にか小娘のする赤い前垂をしめ、白い手拭をかぶって踊を踊っている。それがあたりの樹の枝の上に乗っているように見えたり、またそうかと思うとすぐ眼の前にいる様に見えたりしたそうある。そうしてしまいには猫のようになって、だんだんと遠くに行って姿が消えてしまった。これも狐であったろうと言っている。

                               「遠野物語拾遺197」

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狸もそうだが、兎の話も「遠野物語」&「遠野物語拾遺」にはまずない。ここでの話も、恐らく狐だろうとなっている。確かに牛肉の入った包みに興味を示す兎は居る筈が無いという前提での話だ。まあ実際に兎は草食動物で、まれに虫などを食べるものもいるというが、動物の肉を食べる事は無い。そしてもう一つ気になるのは、兎が人を騙す、化かす筈が無いという前提に立っての物語という事。日本での兎の話はいろいろあるものの、実は「因幡の白兎」の話に見られるように、かなり狡猾な兎の話が多い。「カチカチ山」の話でも、お婆さんが殺された復讐に兎が一役買って狸を騙しているのも、実はそこに兎は狡猾であるという意味が込められている。「カチカチ山」の別の話では、兎の気まぐれから人の良い熊を騙して殺し、その熊を食べてしまう話もあるくらいに、兎とは実は狡猾で残忍な動物であるという話もまたある。
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ところで「カチカチ山」の話には、いろいろな地域性があり、若干の違いが見受けられる。その中で共通するのは、兎に騙された狸が「この前酷い事してくれたな!」という怒りに対する返答が「それはカヤ山の兎だへ。俺は樺皮山の兎だ。」と誤魔化す箇所がある。これは、いかに兎が多産で、あらゆるところに生息しているという意味である。兎という生き物は妊娠していながら更に生殖を繰り返して二重妊娠できる生き物でもある。その為に繁殖率が、かなり高くどこにでも兎はいるのだが、その代り猛禽類やら狐などの捕食の対象となっている。ある意味、兎がいるからこそ、猛禽類や狐などが生き延びているという事。ただ以前、猛禽類調査で兎の生息数を調べたところ、かなり数が減っているようだ。猛禽類もそうだが、餌だけでなく環境も揃わないと、その生息数は激減してしまう。
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ある古老が「兎にはな、白兎と大山兎がいる。」と言っていたのを思い出した。またある古老は「兎は、白兎と山兎と黒兎がいる。」とも。つまり、毛替わりした兎を違う兎と混同して覚えていたという事がわかる。そういう意味でも、兎とは人をも騙す生き物なのであろう。

イソップ童話で有名な「ウサギとカメ」の話があるが、実はノロマなカメに負けたウサギの後日譚が、何故か新潟県の葛巻村にだけ伝わっている。その話は、ノロマなカメに負けた兎は兎族の恥晒しだと村八分に遭うが、その兎の村に狼が満月の夜までに小兎を3匹差し出せと要求した。狼には束になっても叶わない兎達であったが、村八分に遭っていた兎が勇気を振り絞り、その知略で狼を崖から突き落として殺し、兎村を助けて、村八分を解いて貰った話であった。ここでも兎はその狡猾さから狼をも退治するのだが、その兎の愛くるしい表情から、その兎の狡猾さを感じる現代人はいない。恐らくその狡猾さの原点は「因幡の白兎」からであり、それが脈々と昔話を通して伝わってはいるものの、やはり現実的には兎が人を騙すというのは多くの人にとってピンとはこない筈。だから「遠野物語拾遺197」でも、狐の仕業だろうと簡単に思ってしまったのだろう。

ちなみに「牛肉を買い」とあるが、自分でさえ牛肉をどうにか食べる様になったのは昭和50年代であり、昭和40年代以前で牛肉を買うというのは、大抵は有り得ない。また佐々木喜善の年代で学校に通うというのは、村長だった佐々木喜善の家も含め、かなり家が裕福であった証である。
by dostoev | 2014-03-21 10:17 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺195(角鼻堰)」

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遠野の六日町に宇助河童という男がいた。川仕事が人並みはずれて達者な
所から、河童という綽名をつけられたのである。ある夏の夜、愛宕下の夜
釣りに行くと大量であった。暑気が烈しいからせっかく取った魚を腐らせ
てはならぬと思って、傍に焚火をして魚を炙りながら糸を垂れていた。

すると不意に川の中に、蛇の目傘をさしたいい女が現れた。宇助はこれを
見てあざ笑って、何か狐のやつ、お前等ごときに騙されるもんかと言って
石を投げつけると、女の姿は消え失せる。

それから間も無く川原に男が現われて、叢でさくさくと草刈りを始める。
またかと言って宇助が石を投げると、これもそのまま消えてしまった。あ
あいい気味だと独で笑っていると、はるか川向うの角鼻という処の下がぼ
うと明るくなって、あまたの提灯がぞろりと並んで往ったり来たりした。

あれや、今度はあんな方へ行って、あんな馬鹿真似をしている。だが珍し
いものだ、あれこそ狐の嫁取りというものだろうと感心して見ていたが、
ふと気がついてああそうだと焚火の魚を見ると、はや皆取られてしまって
一つも無かった。おれもとうとう三度目に騙されたと、その後よく人に語
ったそうな。

                       「遠野物語拾遺195」

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画像は、上空から見た角鼻で、鼻のように出っ張っている地形となっている。

この「遠野物語拾遺195」の時代は明らかではないが、この角鼻に夜間、提灯が灯されていた時期があった。奥州藤原氏が滅ぼされた後に、栃木県から阿曽沼氏が遠野を統治したのだが、その家臣である宇夫方広久の子である清左衛門広道が寛永の初めに遠野の南部氏に仕えて下郷代官となり、綾織に住み着いたと。その当時の綾織は開墾が進まず角鼻に堰を設けたのは、正保年間の事であったそうな。

角鼻に堰を通すのに、いろいろな状況を加味し、夜間に提灯の灯りを手にした人物がある地点に立って、高低などを測定しながら、角鼻の地形に穴を開けて堰を通す工事を行ったという。

今でも猿ヶ石川沿いには狐の巣穴があり、猿ヶ石川沿いを狐が歩いている場面に遭遇する時がままある。さらに昔は、狐が数多くいたようで、町外れには化け狐の話が数多く語られてきた。つまり、それだけひと気の無い場所には狐が多く出没すると信じられてきたのだ。

そんな時代、夜間にひと気の無い場所に提灯の明りが灯るというのは不思議な事であったろうと想像する。「遠野物語拾遺195」の主人公でもある宇助の話は、そのまま信じるわけにはいかないが、夜間に蛇の目傘をさした、いい女が現われたというのも、角鼻堰の工事は延々と続けられた夜間工事であったようで、工事の身内の者が夜食を届けにいっても不思議では無かった筈。

また男が現われて、叢で草を刈るとか、人の居ない筈の場所に提灯の明りが灯るのも全て、角鼻堰工事の流れでは無かったのかと想像する。恐らく、狐がでるという先入観から、全ての事が狐に思えてのものだったろう。ただ、焚火に炙っていた魚が無くなったのは、よくはわからないが(^^;
by dostoev | 2011-12-25 18:06 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺193&194(多賀の狐)」

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遠野の城山の下の多賀神社の狐が、市日などには魚を買って帰る人を騙して、
持っている魚をよく取った。

いつも騙される綾織村の某、ある時塩を片手につかんでここを通ると、家に留守
をしている筈の婆様が、あんまり遅いから迎えに来た。どれ魚をよこしもせ。おら
持って行くからと手を出した。

その手をぐっと引いて有無を言わせず、口に塩をへし込んで帰って来た。その次
にそこを通ると、山の上で狐が塩へしり、塩へしりといったそうである。

                           「遠野物語拾遺193」

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遠野の六日町の外川某の祖父は、号を仕候といって画をよく描く老人であった。
毎朝散歩をするのが好きであったが、ある日早くこの多賀神社の前を通ると、
大きな下駄が路に落ちていた。

老人は、ここに悪い狐がいることを知っているので、すぐにははあと思った。そう
してそんなめぐせえ下駄なんかはいらぬが、これが大きな筆だったらなあといっ
たら、たちまちその下駄が見事な筆になったそうである。老人はああ立派だ。こ
んな筆で画をかいたららなあといって、さっさとそこを去ったという。

またある朝も同じ人がここを通ると、社の前の老松が大きな立派な筆になってい
たという。

近年までその松はあった。この神社の鳥居脇には一本の五葉の松の古木があっ
たが、これも時々美しい御姫様に化けるという話があった。

                           「遠野物語拾遺194」

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この多賀神社もまた、キツネの関所と呼ばれた場所だ。要は、町外れは寂しく、キツネは当然いたのだろう。そしてキツネが人を化かす、騙すという話が伝えられたのだろう。そして何よりも、お稲荷の急激な普及が人々に親近感を与え、いつの間にか、人々の心ににキツネが棲みついたのだろう。そうなれば当然、共同幻想は始まり、いつしか人里離れた寂しい場所ではキツネが人を騙そうとてぐす
ねを引いて待っている感覚が根付き、その不安感と恐怖感がいろいろな出来事をキツネの仕業にさせたのかもしれない…。

例えば「遠野物語拾遺193」の「塩へしり」の話も、綾織の人間が遠野まで買い物に来るというのは、当然お金が入ったものだと思う。つまり、遠野の町を訪れたのならば、当然お酒を一杯引っ掛けていったのだろう。酔いが回り、さて綾織の自宅へ返ろうにも、体はふらつき、せっかく買った食料やらお土産を、うっかり忘れたのだと思う。それを全てキツネの仕業にしていたのが、いつの間にかキツネに騙されてばかりいる男というレッテルを貼られれば、いつかキツネに仕返しをした話をしなくては、実も蓋も無い。そこで綾織村の某という人物は、今度は逆にキツネを撃退した話を、面白おかしく伝えたのが、この「塩へしり」の話なのかもしれない。

この話には騙された伏線があり、家で留守番している筈の婆様が登場する。つまり、今までは、婆様に化けたキツネにお土産を取られていたという言い訳として話していたものを、今度はその婆様に塩をへしり込んだという逆転の話としての物語なのだろう。

また「遠野物語拾遺194」には画家でもある爺様が登場する。昔、画家といえば、浮世離れした存在だった。まあ浮世離れしているからこそ、いろいろな絵を描けたのだろう。つまり一般庶民とは違う、浮世離れした話しとして、この画家である爺様の創作した夢のあるキツネの話なのだと思う。ただこの夢のような話を現実に結びつけるのは、多賀神社に実在した神木であり霊木を登場させているからだと思う。キツネは人を騙すと信じられているのに加え、神木というものは霊気を持ち、あらゆる神威を見せるものとしても伝わっている筈。つまりキツネの霊気と共に、実在する多賀神社の霊木も加わっての幻想物語として、この爺様は語ったのだと思う。
by dostoev | 2010-12-04 09:46 | 「遠野物語拾遺考」190話~ | Comments(0)