遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
カテゴリ
全体
民宿御伽屋HP
御伽屋・幻想ガイド
遠野体験記
民宿御伽屋情報
遠野三山関連神社
遠野不思議(山)
遠野不思議(伝説)
遠野不思議(伝説の地)
遠野不思議(遺跡)
遠野不思議(神仏像)
遠野不思議(石)
遠野不思議(石碑)
遠野不思議(追分の碑)
遠野不思議(史跡)
遠野不思議(樹木)
遠野不思議(桜)
遠野各地の滝
遠野の鍾乳洞
遠野不思議(自然)
遠野八景&十景
遠野不思議(オブジェ)
遠野不思議(その他)
遠野各地の河童淵
遠野各地の狐の関所
遠野各地のデンデラ野
遠野各地の水車小屋
遠野各地の不地震地帯&要石
遠野各地の賽の河原
遠野各地の乳神様
遠野不思議(淵)
遠野各地の沼の御前
遠野各地のハヤリ神
遠野の義経&弁慶伝説
遠野の坂上田村麻呂伝説
遠野の安部貞任伝説
遠野不思議(寺院)
遠野七観音
遠野各地の八幡神社
遠野各地の熊野神社
遠野各地の愛宕神社
遠野各地の稲荷神社
遠野各地の駒形神社
遠野各地の山神神社
遠野各地の不動尊
遠野各地の白龍神社
遠野各地の神社(その他)
遠野の妖怪関係
遠野怪奇場所
遠野で遭遇する生物
遠野の野鳥
遠野のわらべ唄
民俗学雑記
遠野情報(雑記帳)
観光案内(綾織偏)
観光案内(小友編)
金子氏幻想作品
「遠野物語考」1話~
「遠野物語考」10話~
「遠野物語考」20話~
「遠野物語考」30話~
「遠野物語考」40話~
「遠野物語考」50話~
「遠野物語考」60話~
「遠野物語考」70話~
「遠野物語考」80話~
「遠野物語考」90話~
「遠野物語考」100話~
「遠野物語考」110話~
「遠野物語拾遺考」1話~
「遠野物語拾遺考」10話~
「遠野物語拾遺考」20話~
「遠野物語拾遺考」30話~
「遠野物語拾遺考」40話~
「遠野物語拾遺考」50話~
「遠野物語拾遺考」60話~
「遠野物語拾遺考」70話~
「遠野物語拾遺考」80話~
「遠野物語拾遺考」90話~
「遠野物語拾遺考」100話~
「遠野物語拾遺考」110話~
「遠野物語拾遺考」120話~
「遠野物語拾遺考」130話~
「遠野物語拾遺考」140話~
「遠野物語拾遺考」150話~
「遠野物語拾遺考」160話~
「遠野物語拾遺考」170話~
「遠野物語拾遺考」180話~
「遠野物語拾遺考」190話~
「遠野物語拾遺考」200話~
「遠野物語拾遺考」210話~
「遠野物語拾遺考」220話~
「遠野物語拾遺考」230話~
「遠野物語拾遺考」240話~
「遠野物語拾遺考」250話~
「遠野物語拾遺考」260話~
「遠野物語拾遺考」270話~
「遠野物語拾遺考」280話~
「遠野物語拾遺考」290話~
「現代遠野物語」1話~
「現代遠野物語」10話~
「現代遠野物語」20話~
「現代遠野物語」30話~
「現代遠野物語」40話~
「現代遠野物語」50話~
「現代遠野物語」60話~
「現代遠野物語」70話~
「現代遠野物語」80話~
「現代遠野物語」90話~
「現代遠野物語」100話~
「遠野妖怪談」
「闇・遠野物語」
遠野小学校トイレの花子さん
遠野小学校松川姫の怪
遠野小学校の座敷ワラシ
菊池氏考
佐々木氏考
クワガタと遠野の自然
安倍氏考
阿曽沼の野望
遠野・語源考
河童狛犬考
飛鳥田考
遠野色彩考
遠野地名考
ゴンゲンサマ考
五百羅漢考
続石考
早池峯考
六角牛考
七つ森考
羽黒への道
動物考
月の考
「トイウモノ」考
小松長者の埋蔵金
遠野七観音考
鯰と地震
三女神伝説考
早池峯信仰圏
河童と瀬織津比咩
狐と瀬織津比咩
勾玉の女神
橋姫と瀬織津比咩
平将門と瀬織津比咩
狼と瀬織津比咩
鈴鹿権現と瀬織津比咩
母子信仰と速佐須良比賣
七夕と白鳥
来内の違和感
瀬織津比咩(イタリア便り)
水神と日の御子
年越しの祓の女神
「七瀬と八瀬」
鉄の蛇
荒御魂
閉伊氏の正体
早瀬川と白幡神社
瀬織津比咩雑記
岩手県の瀬織津比咩
古典の世界
「宮木が塚」
「蛇性の淫」
「白峰」
「吉備津の釜」
「菊花の約」
「青頭巾」
「浅茅が宿」
「徒然草」
「源氏物語」
「枕草子」
わたしの怪奇体験談
よもつ文
遠野の自然(春)
遠野の自然(夏)
遠野の自然(秋)
遠野の自然(冬)
遠野の夜空
以前の記事
2017年 03月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
お気に入りブログ
パチンコ屋の倒産を応援す...
宮  古  物  語
民宿御伽屋
不思議空間「遠野」別館
ひもろぎ逍遥
リティママ の日々徒然
世に倦む日日
外部リンク
最新のコメント
カエルのような両生類と考..
by dostoev at 04:56
河童は冬眠しないのでしょ..
by 森のどんぐり屋 at 14:34
安来市と比べ、神代の歴史..
by dostoev at 09:42
 島根県の安来市あたりも..
by 名古屋特殊鋼流通倶楽部 at 13:57
いくつかの梨木平を見てき..
by dostoev at 18:39
梨木といえば、昔話の「な..
by 鬼喜來のさっと at 22:09
遠野まで来たら、キュウリ..
by dostoev at 07:06
河童はおる。わしが河童じゃ!
by 竜桜 at 20:55
観念や概念は、各民族によ..
by dostoev at 20:45
以前コメント欄にお邪魔し..
by 河童ハゲ at 18:12
最新のトラックバック
ライフログ
検索
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:「遠野物語拾遺考」160話~( 11 )

「遠野物語拾遺161(死の水鏡)」

f0075075_20251156.jpg

青笹村生れの農業技手で、菊池某という人が土淵村役場に勤めている。この人が先年の夏、盛岡の農業試験場に行っていた時のことだかといった。ある日、あんまり暑かったので家のなかにいるのが大義であったから、友達と二人北上川べりに出て、川端に腰を掛けて話をしていたが、ふと見ると川の流れの上に故郷の家の台所の有様がはっきりと現われ、そこに姉が子供を抱いている後姿がありありと写った。間もなくこのまぼろしは薄れて消えてしまったが、あまりの不思議さに驚いて、家に変事は無かったかと手紙を書いて出すと、その手紙と行き違いに電報が来て、姉の子が死んだという知らせがあった。

                                                    「遠野物語拾遺161」

f0075075_20341083.jpg

北上川は、岩手県に流れる様々な支流が集まる大河であり、日本でも第五位となる大河である。「大祓祝詞」では、罪や穢れが川を伝って海へ流れ、その全てが呑み込まれる。「過去を水に流す。」という概念の根幹が、流れる川となる。「遠野物語拾遺106」では、山田湾に見える蜃気楼の話があったが、これは蜃気楼ではなく、リアルな実家の情景であり、菊池某の姉が子供を抱いているという印象的で象徴的な姿だった。

水鏡、というものがある。例えば宗像の大島の星祭の時に、盥に入れた水鏡に逢うべき人の姿が映るという。似た様な話は他にもあるが、未来予知の能力を持っているのが水鏡でもあった。しかし、水鏡をすると魔に魅入られるというが、明治時代にカメラが普及し始めの頃、写真を撮られると魂を抜かれると信じられたのは、水鏡への意識に対する影響もあったのだと思う。鏡は魔除けにもなるのだが、水鏡となれば水界である竜宮と繋がっていると云われる。琵琶湖の瀬田橋や佐久奈谷が黄泉国と繋がっているという伝承から、やはり水は死と繋がっているいるという考えがあったのだろう。

広大な北上川という水鏡に映しだされた映像は、死を象徴していた。水鏡に映ったのは、姉の後姿と子供の姿であったという事は、姉では無く子供が主体であったという事。その死を暗示する映像を、菊池某がたまたま見たしまったのは、北上川の魔に魅入られたという事であったか。
by dostoev | 2015-01-25 10:22 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(14)

「遠野物語拾遺163(黒い影)」

f0075075_12533463.jpg

先年土淵村の村内に葬式があった夜のことである。権蔵という男が村の者と
四、五人連れで念仏に行く途中、急にあっと言って道から小川を飛び越えた。
どうしたのかと皆が尋ねると、俺は今黒いものに突きのめされた。一体あれ
は誰だと言ったが、他の者の眼には何も見えなかったということである。

                                 「遠野物語拾遺163」


たまたまネットで見つけた動画だが、この内容はまさに「遠野物語拾遺163」そのものであると感じた。当初、この話に登場する"黒いもの"とは実態の無い影のようなもので、やはり「遠野物語拾遺」に登場するノリコシみたいなものかとも考えたが、実体の無い影にぶつかったり、影が突きのめしたりする筈も無い。この動画が本物かどうかはさて置いて、「遠野物語拾遺163」のイメージをリアルに再現するものだろうと思うので紹介したい。
by dostoev | 2014-05-14 13:12 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺164(山が荒れる)」

f0075075_164414.jpg

深山で小屋掛けをして泊っていると、小屋のすぐ傍の森の中などで、
大木が切倒されるような物音の聞こえる場合がある。これをこの地方
の人達は、十人が十人まで聞いて知っている。初めは斧の音がかきん、
かきん、かきんと聞え、いい位の自分になると、わり、わり、わりと
木が倒れる音がして、その端風が人のいる処にふわりと感ぜられると
言う。これを天狗ナメシともいって、翌朝行って見ても、倒された木
などは一本も見当らない。またどどどん、どどどんと太鼓のような音
が聞こえて来ることもある。狸の太鼓だともいえば、別に天狗の太鼓
の音とも言っている。そんな音がすると、二、三日後には必ず山が荒
れるということである。

                             「遠野物語拾遺164」

f0075075_17145867.jpg

昭和50年発行、知切光蔵「天狗の研究」という本がある。作者が上州迦葉山に天狗の取材へ行き、そこで天狗倒しの話を紹介している。

「山中天狗倒しといって、突然暴風の吹き荒れるような凄じい音の起こる事がある。木伐り坊とも空木返しともいい、斧でヤグチを掘る音がコツンコツンと聞こえ、ボクンボクンと矢を締める音、続いてワラワラと大木の倒れる音がし、今頃誰が木を伐っているのかと、夜明けに探しに出ると、何処にもそんな形跡はない。」

「何れも天狗様の仕業とされているが、これは天狗様が山の清浄を尊ぶので、杣が不浄の身で歩く場合、山が汚されて天狗様が歩けなくなるので、杣を脅すため立てる怪音だという。」

これを読むと、遠野に伝わっているものと殆ど同じだが、山が荒れる原因は天狗様が怒っていると解釈できる。例えば、早池峰の神は不浄を嫌うので、火葬の煙が立つと災害が起こると同じ理由だ。雨乞いにおいても、滝などに動物の死体など不浄なものを投げ入れるのは、その不浄なものに対して山の神の怒るのを利用したものだ。

大工においても、妻が出産したのは赤不浄とされ、今でも遠野では大工さんは仕事を休む。これは大工が山の神の樹木を扱う仕事からきている。また昔から、鉄砲撃ちの間にも、山の神に対する多くの礼儀作法があり、それを守らなければならないのは、山の神の怒りや祟りを恐れてのものだった。
f0075075_18182039.jpg

例えば「トブサタテの儀礼」も似た様なものだろう。大木を切倒した後、その切り株に梢を挿し、新たに木霊が再生する為の儀礼だ。簡単に言えば山の神の縄張りの木を頂いたので、そのお返しするという意味だが、これも神霊に対する礼儀である。これをやらないと山の神が怒り、山が荒れ天候が荒れる。杣人の不浄に天狗様が怒るのと同じ図式となる。

つまり、山が荒れるのは天狗様が木などを倒し、大きな音を立てても、杣人など、山で働く者が何等かの礼儀に外れた行為をした事に起因するのだろう。現代の漫画などでも、山でのマナーを守らない者に対して祟りがあるように、今も昔も、山に対する礼儀を守りなさいという事か。
by dostoev | 2013-02-12 18:39 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺162(夜歩く者)」

f0075075_1415042.jpg

佐々木君の友人田尻正一郎という人が七、八歳の時、村の薬師神社の
夜籠りの夜遅くなってから、父親といっしょに畑中の細道を家に帰っ
て来ると、その途中、向うから一人の男が来るのに行き逢った。この
男は向笠のシゲ草がすっかり取れて骨ばかりになったのを冠っていた。
少し足を止めて道を避けようとすると、先方から畑の中に片足踏入れ
て体を斜めにして、道を譲って通した。行き過ぎてから父に、今の人
は誰だろうと訊くと、誰も通った者はないが、おれはまた何してお前
が道に立止まりなどするのかと思っていたところだと、答えたという。

                             「遠野物語拾遺162」
f0075075_14142424.jpg

平安時代の夜は、魑魅魍魎が跋扈している時代であったようだ。その為か8世紀の「養老官衛令」では日没以降、道路の辻ごとに篝屋を設けて火を焚き、通行人を取り締まったという。柳田國男「妖怪談義」には黄昏時は人の顔もよくわからないので、すれ違う人に声をかけるのだが、2つ以上声を返すのは人間では無いと思われていたようだ。例えば1488年に制定された禁令では、日没以降、音せてとをる者は"悪党"とみなし、急用の者は「提灯・松明」を持って往来する事が定められた。そういう意味では、声をかけるのは人間か妖怪か判断するものであり、提灯や松明を持って歩くのも人間と判断する為の基準でもあったのかもしれない。夜の闇に紛れて行動する者は、泥棒などの悪党か、妖怪の類であるとされていた為であろう。

ところで先に記した「音せてとをる者」だが、これは騒々しい者であり、往来を騒いで歩く者の事である。例えば遠野界隈でも週末になれば、飲み歩く者が多く出て、往来を笑ったり叫んだりと「音せてとをる者達」である。ただ昔と今の違いは、昔は町中にも街灯というものは存在せず、闇に包まれていた。その闇は、人間の通る道では無かったのだ。しかし電気が普及し始め、暗い通りが不安だからと、人の住む家の範囲は街灯が灯る様になった。つまり昔であれば、夜に飲んで騒ぎながら歩く者達は悪党であり、妖怪とも認定されたのだが、街灯が灯された為、普通の人間の歩く道に変わったのであった。

「遠野物語拾遺162」には、提灯や松明の記述が無いのだが、恐らく向うから歩いて来た男は闇の中を歩いて来たに違いない。つまりその時点で、普通の人間では無い事になる。実際に、子供であった田尻正一郎にはその姿が見え、その父親には、その者の姿が見えなかった。これは座敷ワラシは子供には、その姿が見えるなどというものに近く、俗信に二十歳までに金縛りを経験すると、一生経験するというものに近い。どこかで子供には、そういう心霊体験を出来る、もしくは目撃する要素があると信じられており、今でもそのような俗信を信じるものは多い。ただ、この「遠野物語拾遺162」での体験は、あまりにもリアルで歩いて来た者に対して道を譲ったが、その父親にはそれがわからなかったと。心霊現象の一つに、夢現の状態に体験するのがあるが、それが果たして夢だったのか現実だったのかという曖昧さを残すのだが、ここでは歩いて来た者の姿恰好がリアルに描写されているので、夢落ち話で無い限り、やはり一つのリアルな怪異譚となる。
by dostoev | 2013-02-06 16:41 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(4)

「遠野物語拾遺165(見ると死ぬ)」

f0075075_18162324.jpg

綾織村の17歳になる少年、先頃二子山に遊びに行って、不思議な
ものが木登りするところを見たといい、このことを家に帰って人に
語ったが、間もなく死亡したということであった。

                    「遠野物語拾遺165」

f0075075_18182141.jpg

「見たら死ぬ」といえば、有名なのは「リング」に登場する呪いのビデオ、「奇々怪々あきた伝承」の中に紹介されている「千年の秘薬・猿酒」くらいになる。この「猿酒」は、菅江真澄の記録にも紹介されており、清原武則時代に、金沢城が落城の際に「猿酒」の瓶を持ち出して中を見た坊さんが死んだとか、現代でもその「猿酒」を調査した人が死んでいるとの事だ。そうして「遠野物語拾遺165」を、もう一度読んでみると、その文中に「不思議なものが木登り…。」とあるように、もしかして猿なのか?とも思ってしまう。
f0075075_18195222.jpg

ただ、今書き込んでいる最中に思い出したのが、上田秋成「雨月物語(蛇性の淫)」において、法師が真女児の正体である大蛇がカッと口を開いて邪気を浴びた時、その法師は、暫くしてすぐに死んだのを思い出した。考えてみればこの二郷山は、蛇を祀る山だという。その二郷山の中腹には神社があり、入り口には白い蛇のオブジェが置かれており、神社の本殿内部にも、蛇や竜に関するものが飾られている。

それでは蛇なのか?と思っても、昔から蛇の姿形というのは認識されており、不思議なものとはならない。当然、猿であっても昔から猿の姿は知られており、やはり不思議なものとはならないのだ。
f0075075_18201964.jpg

調べてみると見て死んだ…という妖怪を一つだけ確認。「ひょうすべ」という妖怪だ。ウィキペディアによれば、ナス畑を荒らすひょうすべの姿を見た女性が後に、全身が紫色になって死んだ話がある。また、ひょうすべが笑って、つられて笑うと死ぬというが、これはどうやら創作らしい。

広島の「野呂山年表」には奇妙な記述があり「1819年。野呂山中に怪物が現われ、和七と新平、三吉、兵四郎などが怪物を見て逃げ帰る。和七は遂に発病して死ぬ。仁方の人『山笑う』」 とある。ひょうすべは河童とも云われるが、河童が山に行くと、山童となると云われるのを踏まえると、この広島の野呂山の「山笑う」も、可能性として山童(やまわら)の転訛の可能性もあり、ひょうすべの異形の可能性も考えられる。ただ遠野には、河童の伝承はあるが、ひようすべや、山童の伝承は無い。青森県に行くと、ひょうすべの伝承はあるのだが…。
f0075075_18471384.jpg

そして「見ると死ぬ」で、もう一つ浮かんだのがドッペルゲンガーだった。世界の俗信を調べると、古代ギリシアのアルカディアでは、聖域の立ち入りは禁じられており、それを犯すものは死ぬとされているよう。実は、ドッペルゲンガーを調べようと昔の本を読み返していて、この俗信にぶち当たった。

影とは魂であると認識している国が、殆ど世界中に広まっており、江戸時代にもドッペルゲンガーは認識されていたようで、影の病い、影のわずらいと言われ、離魂病とされた。ただ影は、その人の魂であるから、人によって、その姿形は違うよう。となれば、心に化け物を飼っている者の影が具現化すれば、目の前に化け物が登場するのだろうね。

また影は、肉体を離れると死んでしまうとも云われる。そういや漫画「ONEPIECE」でゲッコー・モリアが影を切り離し、ある一定の時間内に影を肉体に戻さないと死んでしまうというのがあった。。。

つまり影は幽体に近く、それ故に聖域、または黄泉の国など、人の近付いてはならない区域に人が近付くと、魂である影が、その聖域などに引き込まれ、分離してしまうらしい。

世界の古代において、影は鏡に映った自分の姿も影だと捉えたようだ。日本においても、例えば高野山にある井戸を覗いて見て、水面に自分の顔が映らないと死んでしまうという伝承があるのも、似たような概念が日本に入り込んでいる為なのかもしれない。そして井戸など、地面に穴が開いているのは、冥界や黄泉の国と繋がっているものと信じられているので井戸やトイレには幽霊の話が多いのも日本の特徴。その井戸の水に顔が映らないのも、自分の魂である影を黄泉の国に引き込まれたと考
えれば納得ができる。影踏み遊びもまた、影を踏まれた人間が"鬼"になるというのも、影を踏まれた者が"地獄の者"に変化してしまうと捉えて良いのかもしれない。

ドッペルゲンガーを不思議なものと捉えた場合、例えば幽体離脱して、自分の姿を見た場合、嘘か本当かわからんが、不思議な光景だという話が現代においても多く伝えられている。「遠野物語拾遺151」では、幽体離脱の話が紹介されているが、影を失うも幽体離脱も魂が抜けるという点では、同じようなものだろう。

ところで「遠野物語拾遺165」での文中では「二子山」と表記されているが、現在は「二郷山」と表記され、どちらも「ふたごやま」と読む。その二郷山は綾織町の聖山となっており、昔から登ると祟りを成すと云われている山だ。

「遠野物語拾遺37」では似たように、二郷山にある沼を見た者があれば、それが元になって病んで死ぬそうである。ところで遠野物語拾遺37」では「海川に棲む魚」とあるが、綾織の古老から聞いた別バージョンでは「青、白、赤、黒、黄などの魚」と表現されている。ここで思い出すのは、極楽浄土などの仏教色の強い話では、五色の雲がたなびいて…など、極楽浄土の世界とは、色とりどりの煌びやかな世界のようだ。つまり、これから察するに、やはり二郷山とは山中他界。つまり、この世の場所では無い聖域であると見做した方が良さそうだ。つまり二郷山に訪れるという事は、死出の旅路にほかならない。そういう意味から考えると、少年が出遭った不思議なものとは、聖域に足を踏み入れた為に、聖域に引き込まれた自らの影ではなかったのか?人の形をした黒い影が木に登るとなれば、やはりそれは不思議なものであったのだろう…。
by dostoev | 2012-01-18 19:06 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(4)

「遠野物語拾遺167(未練)」

f0075075_22122746.jpg

十年程前に遠野の六日町であったかに、父と娘と二人で住んでいる
者があった。父親の方が死ぬと、その葬式を出した日の晩から毎晩、
死んだ父親かせ娘の処へ出て来て、いっしょにあべあべと言った。

娘は怖ろしがって、親類の者や友達などに来て貰っていたが、それ
でも父親来て責めることは止まなかった。そうしてこれが元で、と
うとう娘は病みついたので、夜になると町内の若者達が部屋の内で
刀を振り回して警戒をした。すると父親は二階裏の張板に取附いて、
娘の方を睨むようにして見ていたが、こんなことが一月ほど続くう
ちに、しまいには来なくなったという。

                          「遠野物語拾遺167」

f0075075_22135365.jpg

昨夜「世界の恐怖映像」ってのを観てたけど、西洋でも台湾などでも、チラッと映る幽霊らしき姿が、白いネグリジェっぽい服を着て、長い黒髪を前に垂らしている女性の姿って、殆ど貞子じゃねぇか?と思った。

貞子の原型も白装束にザンバラ髪の「うらめしやぁ〜」という定番型日本的幽霊に似せてのもの。世界の幽霊的基準が、日本になったのかと思ってしまった(^^;


とにかく日本の幽霊の大抵は、未練や恨みから、この世に魂が残るとも云われている。死んだ時には死に装束が白いので、定番な幽霊の姿があるのだけど、番組で登場した女幽霊も何故か殆ど、長い黒髪の白装束には、やはり定番の怖さというものが広がっているのだと感じてしまった。



ところで話は違うが、被災地での幽霊話が多発しているらしい。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111224-00000000-pseven-soci


上記のようにニュースにもなるくらい、かなり被災地では有名な話のようだ。岩手県の大槌では、コンビニの店員が良く見るとか、警察官もかなり目撃していると地元民から情報をいただいた。また地元の知り合いが、暗くなってから被災地を歩いていたらお爺さんの声で「今晩は」と声をかけられたので振り向いたら、誰もいなかったという話も耳に聞く。
f0075075_22205852.jpg

勝田至「死者たちの中世」を読んでみると、死体に手足が付いた五体満足の状態は化ける話が伝えられているようだ。有名どころでは「今昔物語」巻二十四第二十話では夫に見捨てられた女が死に、死体となって夫を襲おうとする話が紹介されている。これなどは夫に対する怨念であり未練が、死んで尚死体に残り、その夫を求めて彷徨う話であり、中世日本のゾンビ物語のようである。

これは先に書いた「遠野物語拾遺152(よみがえり譚)」にも連なる話となるが、土葬で死体が残っていれば魂が宿るとされていたのは確かなようだ。ただ火葬に関しては、一般庶民の間には普及せず、実際に火葬が普及したのは現代になってからだ。遠野でも数年前、恩徳の三浦氏がやはり土葬を希望して、冬の最中に三浦氏の妻を埋葬したのが記憶に新しい。現代では衛生法の問題からも、基本的には火葬にするのが常識となっているが、中世日本の一般的はやはり土葬だった。

ただ貴族などの身分が高い者は、火葬を常としたらしい。藤原氏の一族では「火葬は功徳であり、土葬は甘心せず。」という言葉が残っている。功徳とは仏教用語としての功徳であろうが、意味は「現世・来世に幸福をもたらすもとになる善行」とある。火葬が何故幸福をもたらす善行なのかという事だが先ほど、手足が全て付いた状態の死体は化けるとの話も広がっているのを踏まえ考えると、身分の高い、もしくは位の高い者の魂は祟るではないかと思う。天皇家とは別に祟る家筋と云われるのは、歴代の天皇家の者が祟ってきたからだ。

以前にも紹介はしたが、中世に天武天皇の墓が暴かれて頭蓋骨が盗まれた事件があったが、高貴な血筋の者や能力者の頭蓋骨は呪術に対して、高い成功率誇ったようだ。つまり祟る血筋の者の死体や、坊主などの宗教的能力者の死体ほど、強い化け方をすると信じられたのではないだろうか。だからこそ、火葬にして死体を残さなかった。それ以外の庶民などがもしも死体となって化けても、位の高い能力者にとって調伏は容易いと思われたのかもしれない。伝説とはなった事実として、魔王となった崇徳上皇を誰か調伏できたというのだろうか?



ところで肉体は無くなったものの、骨はしっかり残っている状態をどう捉えて良いものだろう。実は…また熊野だが、こういう話が伝わる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今から一千年以上昔、鹿ヶ瀬峠でのことです。生涯で六万部の法華経を読む
修行をしていた比叡山の僧、円善上人は、熊野三山への途中で病に倒れ亡く
なりました。それから百年ほどしたある日のこと、この地を壱叡という僧が
通りかかります。峠で野宿した壱叡は深夜、法華経を読む声で目が覚めまし
た。翌日、不思議に思って宿のまわりを歩いてみると、大きな木の下に苔む
した髑髏があるではありませんか。しかも赤い舌だけを動かしてお経を発し
ているのです。

それは志半ばでこの地において行き倒れた円善上人でした。死んでなお修行
を全うしようとする僧の姿に深く胸を打たれた壱叡は、心を残しつつも熊野
三山への歩を進め、帰路にここに立ち寄った時にはもうすでに六万部のお経
を読み終えたのか、髑髏の読経は止んでいました。壱叡は円善上人をしのん
でここに供養塔(法華の壇)を建て、冥福を祈ったのでした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この話は「法華験記」という書物に記されているのだが、そのお経を唱えた髑髏の状態を「死骸の骨あり。身体全く連なりて、更に分散せず。」と記されている。つまり火葬にされた死体は焼き尽くされ、その炎の勢いで骨も分散してしまうのだが、自然に肉だけが削げ落ちた死体は、五体が連なった状態であり「化ける能力」を発揮できる状態であるのだろう。

ここで再び被災地の幽霊話になって申し訳ないが、未だ津波に呑まれて行方不明となっている数多くの人達がいる。死体が発見されるたび、きちんと火葬場で焼かれて、その亡骸は供養されている。しかし未だ発見されていない人々の死体は、既に白骨化しているだろう。

幽霊は存在するかしないかはさて置いて、古来から伝えられている事例や伝承に重ね合わせると、今現在目撃されている幽霊というものは、未だ発見されず、供養されていない人々の魂という事だろう。つまり被災地から幽霊話が無くなるという事は、全ての死体が発見され供養される事に繋がるのだろう。
by dostoev | 2012-01-06 22:36 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(2)

「遠野物語拾遺166(弥彦の風)」

f0075075_8164647.jpg

最近、宮守村の道者達が附馬牛口から、早池峯山をかけた時のことである。
頂上の竜ケ馬場で、風袋を背負った六、七人の男が、山頂を南から北の方
へ通り過ぎるのを見た。何でもむやみと大きな風袋と人の姿とであったそ
うな。同じ道者達がその戻りで日が暮れて、道に踏み迷って困っていると、
一つの光り物が一行の前方を飛んで道を照らし、その明りでカラノ坊とい
う辺まで降りることが出来た。そのうちに月が上がって路が明るくなると、
その光り物はいつの間にか消えてしまったということである。

                     「遠野物語拾遺166」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あたかも実話のように語られている有り得ない不可思議な話ではあるが、これは多くの示唆に富んでいる物語ではなかろうか。この話の舞台となっている竜ヶ馬場は、岩山である早池峯の頂手前で、鮮やかな緑が映えている地でもある。その為に馬場という馬が駆ける意味合いの名前が付けられているのは、早池峯七不思議として安倍貞任の騎馬の軍勢の音が聞こえるなどの伝承からであろうか。しかし馬場というには傾斜はきつく、見た目は平坦に思わせるからこそ、登っていて『なんでこんなにきついんだ?』と傾斜の錯覚に陥る場所でもある。

ところで早池峯は、白山に擬えたものであるようだ。この竜ヶ馬場の入り口にある「御金蔵」もそうだが、早池峯の稜線沿いに聳える「剣ヶ峰」もまた白山に連なる山の名前である。しかしこの白山信仰だけでなく、早池峯の名前には「風」を意識してのものであり、早池峯に関する伝承から感じるのはどうも、弥彦の影響があるようだ。
f0075075_91626.jpg

例えば「早池峯と火葬の話」で紹介したように、この話はまるで弥彦のヤサブロバサの伝説だ。早池峯がハヤチと風を意味する名を有しており、その他にも風に関する信仰や伝承があるのは、早池峯を中心とするタタラ文化があったせいでもある。とにかく風を伴う伝承の場合はタタラに結び付くのだが、弥彦神社を調べてみると気になる個所がある。

天香語山命が弥彦神とされているようだが、神武4年大和から越路平定にやってきた天香語山命は、この地域を支配していた安麻背に対し姦計を用いて支配したという。その天香語山命の越路において残した功績とは「操船・製塩・稲作・畑作・果樹栽培・酒造り」などであるという。ここで気付くのは採掘、製鉄などが含まれていない事だ。畑井弘「物部氏の伝承」では、天香語山命の「香」とは「銅」を意味するという。つまり大和三山の天香具山でも銅が産出し、有名な九州の香春山も銅の採掘で有名であった。つまり「香」を名に付けるというものは「金」に関係する名前であるというのがわかるのだが、何故か越路において天香語山命の功績には「金」に関するものが無い。つまり越路には天香語山命が来る以前には既に金属に関する文化が根付いていたのではないかという憶測が成り立つ。となれば、弥彦に結び付くであろう風の属性は、「天香語山命=弥彦大神」には無いということだろう。また弥彦大神の霊験としての目玉は「雨乞い」と「疫病を祓う」ものであり、弥彦山は「雨呼ばり山」とも呼ばれていたのは、山そのものが水神の御神体であると云われているようだ。

天香語山命は、崇神朝の四道将軍の大彦命の投影だとされる説もあり、また熊野における高倉下と天香語山命は別説もあり、天香語山命自体が不安定な存在であるようだが、ここで言及するつもりは無い。ただ天香語山命が支配下に置いた安麻背は「海背」でもあり「山背」と対を成す風の属性がある。となれば本来の風の属性は安麻背がもたらしたものだろうか?

こうしてみると弥彦大神が現在、天香語山命であると伝わっているにしろ、天香語山命の属性が弥彦大神のそれとは違い、何故か鬼婆である筈のヤサブロバサの方に弥彦大神の属性が宿っているようである。つまりこれらから言える事は、本来の弥彦大神とは天香語山命では無いという事だろう。
f0075075_13475763.jpg

鬼婆で有名なヤサブロバサの伝説は様々あるが、桜の古木の下の岩窟で住んでおり、夜な夜な麓の村から子供をさらって食っていたが、いつしか神通力が衰え伊夜日子の妻となったというものがあるが、これは遠野の「サムトの婆」に重なる伝承でもある。「サムトの婆」の後日譚は、六角牛の山神にさらわれ、不動明王と住吉神を祀る沢の岩窟に住んでおり、風の強い日に里へと降りて来た。桜は山の神とも結び付き、神の座す樹木である。神を祀る滝の傍に住むサムトの婆とヤサブロバサとは、殆ど同じ存在でもある。そして、そのヤサブロバサと弥彦大神である伊夜日子と結び付くのは、先に記した越路に赴いた天香語山命と先住の神結び付きを暗示するような伝承である。

「寒戸(サムト)の婆」の「寒戸」の地名の本当は「登戸」であった。これは柳田國男が書き間違えたか、聞き間違えたか、いろいろ説はあるが「サムト」の「サ」は「サクラ」と同じように、神が齋聖なる言葉であった。そう考えると、柳田國男は意図的に神と結び付いた婆として「サムト」とした可能性もあったのではないか?

ところで「遠野物語拾遺166」の記述に「風袋」が登場するが、解説には「吹流しの先を裂け目無く閉じて袋にしたもの」とはある。ヤサブロバサの伝説の一つに、赤子を風袋に入れて食べていたヤサブロバサは、その後弥三郎神社に祀られたが、その神社には、ヤサブロバサが伝えた"いつまでも栄える"という「開けずの俵」が今でもあるという。

また弥彦大神はウサギに案内され、弥彦の十宝山山頂に立ち、沼地であった蒲原平野を開拓したというのは、ウサギ=月の結び付きが見える。「遠野物語拾遺166」には光り物が登場し、月とのバトンタッチを果たしているのは、光り物が月の化身であるとも考えてよかろう。

風の属性を示す早池峯を中心として、遠野には「サムトの婆」の話であるとか「キャシャ」の話であるとか、ヤサブロバサの伝承に繋がるものがあるのは、本来の弥彦の神と近似したものが、早池峯の神に被せられたのか、もしくは本来同一であった可能性があるかもしれない。
by dostoev | 2011-01-22 08:26 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(5)

「遠野物語拾遺169(産女)」

f0075075_1313354.jpg

佐々木君の知人岩城某という人の祖母は、若い頃遠野の侍勘下氏
に乳母奉公に上っていた。

ある晩夜更けてから御子に乳を上げようと思ってエチコの傍へ行くと、
年ごろ三十前後に見える美しい女が、エチコの中の子供をつげつげと
見守っていた。

驚いて隣室に寝ていた主人夫婦を呼び起したが、その時には女の姿
は消えて見えなかったという。

この家では二、三代前の主人が下婢に通じて子供を産ませたことが
あったが、本妻の嫉妬がはげしくて、その女はとうとう毒殺されてしま
った。

女にはその前から夫があったが、この男までも奥方から憎まれて、
女房の代わりだからと言って無慈悲にこき使われたという。

岩城君の祖母が見たのは、多分殺されたこの下婢が怨んで出て来
た幽霊であろうと噂せられた。またある時などは、この人が雨戸を締
めに行くと、戸袋の側に例の女が坐っていたこともあったそうである。

                           「遠野物語拾遺169」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この「遠野物語拾遺169」の話は、俗に云われる”産女”の定義とは少し違うようであるが、赤ん坊を産んだ女の…というよりも、母としての思いの深さが、こうした霊の話を伝えるのだと思う。

「奇異雑談」の下巻には「世俗曰く、懐妊不産して死せる者、そのまま野捨てにすれば、胎内の子死せずして野にて生まれるば、母の魂魄、形に化して子を抱き養うて夜歩く。その赤子の泣くを”うぶめ”啼くというなり。その形腰より下は血に浸かって力弱きなり。人もしこれに遭えば負うてたまはれと言うを、厭わずして負えば人を福祐になすと言い伝えたり云々」とある。

この産女の正体と云われるのは青鷺ではないか?という話がある。「梅村載筆」という本には「夜中に小児の泣き声のようなるものを、うぶめと名づくといえども、それをひそかに伺いしかば、青鷺なりと人語りき。」とあるように、夜中に赤ん坊の様に泣いて、女性のしなやかなラインを出す生物には、確かに鷺という鳥がいる。ただこの鷺とは別に、スッポンやサンショウウオもまた、赤ん坊の泣
き声に似ていると云われているようだが…自分は、聞いた事が無い。

とにかく、夜に赤ん坊の泣き声らしきが聞こえて、産女という妖怪が想像されたのかもしれない。

死んでから子供を産んだ話は、ギリシア神話にもある。オリュンポス山の麓にある、ラリッサの王の娘である美しいコロニスは、アポロンの寵愛を受けていた。だが、たまたまアポロンの使いのカラス
が偽りの報告をし、それに怒ったアポロンはコロニスを殺してしまうが、実はお腹の中にアポロンの子を宿していた。アポロンは、コロニスの死体から赤ん坊を取り出し、ケイロンという半人半馬族のケイロンに預けた。その後、その赤ん坊が医薬の神として知られるアスクレピオスとなった…という話。

また仏教世界にも墓の中で死んだ母親から生まれた赤ん坊が、死んだ母の乳を吸いながら7年間生き延び、その後立派な僧になった話がある。

ただ、このギリシア神話や仏教世界の話は、母親よりも生まれた赤ん坊に焦点を当てて伝えられているのに対し、あくまで産女の物語は陰鬱な妖怪の話となっており、死んだ母親の情念にスポットが当てられているのは、日本的?となれば、まだ産女に一番近い話は、吉祥天に関する話になるのだろう。吉祥天は生まれた時に、金の珠を貫いた環をしていた。この飾りは、吉祥天の魂と繋がっているもので、この飾りが外れると吉祥天は死んでしまうものであった。

吉祥天が、ある国の王子と結婚した時、その国の第一妃が吉祥天を妬み、密かに吉祥天の飾りを盗んでしまい、吉祥天は死んでしまう。しかし盗んだ本人が、その飾りを身に付けている間は吉祥天は死んでいるのだが、寝る時に、その飾りを外すと吉祥天は生き返ってしまう。その為、第一妃が寝ている間の夜に吉祥天は生き返るのだが、既に王子の子供を身篭っていた吉祥天は、死んでいる間に赤ん坊を出産してしまう。そして生き返る夜の間は、その赤ん坊を抱いて、夜の巷を歩き回っていたという話がインドに伝わっている。まあ最終的にこの話は、第一妃の策略は暴かれ、吉祥天の元に飾りは戻ってくるハッピーエンドとなるので、産女の陰鬱さとは違う話であるが、関連話として紹介しておこう。

話を「遠野物語拾遺169」に戻すが、出産しながら本妻の嫉妬により毒殺されてしまうというのは、かなりの怨みを持って死んだという事がわかる。また、子供に対する母親としての愛情も当然あったのだろう。まともに取れば、子供を残したまま死んでしまった心残りから、その情念がこの家に残って出てきた幽霊話となるのだろう…。

ただ、現実的に考えれば、江戸時代の殺人事件であっても、それが発覚すれば大抵の場合、その毒殺してしまった本妻は死罪となってしまう。しかし力を持っている侍であったのならば、その辺はもみ消す事も可能ではあったろうが…。

ところで「遠野物語拾遺169」の、侍である筈の勘下氏という人物を発見できない。勘下が名字なのか、名前なのかも、この記述ではハッキリしないので、勘下氏を特定できないのが現状だ。
by dostoev | 2010-12-04 13:11 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(4)

「遠野物語拾遺167&168(幽霊)」

f0075075_1249506.jpg

【金子富之作品】

十年程前に遠野の六日町であったかに、父と娘と二人で住んでいる
者があった。父親の方が死ぬと、その葬式を出した日の晩から毎晩、
死んだ父親かせ娘の処へ出て来て、いっしょにあべあべと言った。

娘は怖ろしがって、親類の者や友達などに来て貰っていたが、それ
でも父親来て責めることは止まなかった。そうしてこれが元で、と
うとう娘は病みついたので、夜になると町内の若者達が部屋の内で
刀を振り回して警戒をした。すると父親は二階裏の張板に取附いて、
娘の方を睨むようにして見ていたが、こんなことが一月ほど続くう
ちに、しまいには来なくなったという。

                           「遠野物語拾遺167」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
土淵村字栃内の渋川の某という男は、傷寒か何かの病気で若死したが、
その葬式の晩から妻のところへ毎晩だねて来て、とてもお前を残したの
では行く処へ行けぬから一緒に連れに来たと言った。他の者の目には
何も見えなかったが、その女房は毎夜十時頃になると、ほれあそこへ
来た等と苦しみ悶えて、七日目にとうとう死んでしまったそうな。三十年
近くも前の話である。

                            「遠野物語拾遺168」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
実は、これらの話と似たような話が石川県に伝わっている。それが下記の話だ。次郎兵衛が女房と娘を残して死んだ翌晩から、白衣を着た次郎兵衛の幽霊が出た。そこで人間の幽霊が獣の幽霊か見分けるために灰を撒いておいたところ、狢の足跡があり、それから来なくなった。

旦那が死んだ後に、毎晩通うところまでは同じなのだが、この幽霊の正体は実は狢であったという話になっている。となればもう一つの「遠野物語拾遺191」の話が浮かび上がる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

附馬牛村字張山の某という家では、娘が死んでから毎夜座敷に来てならなか
った。初めは影の様なものが障子に映ると、座敷に寝ている人々は一斉にう
なされる。それが毎晩続くので多分狐の仕業であろうということになり、村の若
い者が来て張番をしていたが、やはり淋しくてその時刻になると、皆堪らなくな
って逃げ帰った。

隣に住んでいる兄があまりに不思議でもあるし、また真実死んだ妹の幽霊な
ら逢っても見たいものだと思って、ある夜物陰に忍んで様子を窮うていると、
はたして奥座敷の床の間つきの障子に、さっと影が映った。そら来たと思って
よく見ると、これも一疋の隊狐が障子にくっついて内の様子を見ているのであ
った。

そこに有った藁打槌を手に持ち、縁の下を匍って行っていきなりその狐の背
を撲ちのめすと、殺す気であったが狐は逃げ出した。それでもよほど痛かっ
たと見えて、びっこを引き、歩みもよほど遅かった。追いかけてみたが後の山
に入って見えなくなり、それに夜だからあきらめて帰って来た。その後幽霊は
来ずまたこの男にも何の祟りも無かったそうである。

                             「遠野物語拾遺191」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最終的に、幽霊には足があるか無いか?の話ともなる。「遠野物語拾遺168」では、足の有る無し、またはその幽霊の正体を暴くというところまで行き着かず、結局幽霊に取り殺される話になっているが、実はこの幽霊にも正体はあった可能性がある。

石川県に伝わる話では、灰を撒いたとある。この灰を撒くという話は、かなりの広がりをみせる。「荘子曰く、葦を戸に挿し、灰をその下に敷く。童子は入るに畏れず、しかして鬼はこれを畏る。」とあるように、古来中国においても、床に灰を撒くというのは、魔除けでもあった。これは鬼が足跡を見つけられるという事は、その正体を見破られたという事であり、その後に鬼はそこに近寄らなく
なるのだと。中国の鬼とは幽鬼とも言われ、日本の鬼とは違い霊体である為に、日本ではそれを幽霊と呼ばれる。

また少し違う話なのだが、北陸のマタギはツキノワグマに遭うと「お前の秘密を知っている!ツキノワ!」と大声を出して、この言葉を叫ぶと、ツキノワグマは、自らの秘密がばれたものと思い退散するのだと。つまり、幽霊であれ、動物であれ、必ず実体と一緒に秘密も有しているのだ。そこで実体を退ける為には、その秘密を暴く必要がある。ところが「遠野物語拾遺168」では、その正体を探ることもせずに、そのまま魔の犠牲となる。

この灰を撒く話は、キリスト世界にもあり、ヘブライの古伝には、悪魔アスモデウスは体を隠してソロモンの妃に夜這いをかける話がある。ソロモン王は、夜な夜な悶え苦しむ妃の床に灰を撒き、その灰に鶏の足跡が印されるを見て、妃が悪魔と姦淫した事を初めて認めたという。灰を床に撒くという行為は、古今東西、魔であり鬼であり、物の怪の正体を見破る手段であった。それを果たせなかった「遠野物語拾遺168」の話は恐ろしい結末となってしまったのだが、本来は元の話があり、それが形を変えて伝わったのだと思う。

幽霊に足が無い姿は、1829年の随筆「松の落葉」で丸山応挙の絵が最初とされてきたが、1673年古浄瑠璃本「花山院きさきあらそひ」の挿絵には、藤壺の怨霊に足が無かったようだ。

ところで、何故幽霊の足を無くしたのだろう?と考えてみる。まず最初に、生きている人物との区分けが必要になったのだと思う。例えば白装束を着ていたとしても、それが生きている人物か、幽霊なのか、はっきりとわからない為だったのだろう。それと霊魂を考えてみると、思い出すのは人魂だ。今でこそ人魂の目撃例は皆無となったが、以前はかなりの割合で人魂を目撃したという話が多い。その中で人魂の表現に「尾を引く…。」というものがある。光の残像現象なのだろうが、遠野で老人から聞いた、いくつかの人魂の話でも、尾を引いて飛んでいるというものがある。

また、現在70歳半ばの老人は、昭和時代に鱒沢駅から歩いて小友町へ帰る時、巨大な尾を引く光の玉を目撃したという。俗に云う「ホウキ星」、つまり彗星に近いイメージだ。その形状から、更に思い浮かべるのが勾玉の形だ。「霊」は「たま」とも呼ぶ事から、「霊」=「玉」であった。つまり「勾玉」は「勾霊」でもあったのだと思う。「勾」という漢字の意味は「誘う、かどわかす。」という意味がある。そうなれば「勾玉」とは「誘う霊」「かどわかす霊」という意味になる。そうなると、まるで生きている人を誘い、惑わす幽霊そのものの意になってしまう。

また、足が無いで思い出されるのは蛇である。蛇という存在は、人間を基準に「余分なものを排除した理想の姿」という定義づけがある。そして、「オロチ」や「ミズチ」などの蛇を表す言葉の最後の「チ」は「霊魂」を表す語でもある事から、幽霊から足を取ってしまった背景には「勾玉」から「蛇」に通じるものを感じて足を取ったのかもしれない。

エデンの園のイヴは、蛇にかどわかされて林檎を食べた。また沖縄の伝説では赤マタは、人をかどわかすものと伝えられている。つまり、蛇というものは、西洋東洋問わず、人をかどわかすものであり、その原義が勾玉を通じて、幽霊から足を取ったのでは?と考えてしまう…。
by dostoev | 2010-12-04 13:00 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺163(姿の見えないもの)」

f0075075_11451143.jpg

先年土淵村の村内に葬式があった夜のことである。権蔵という男が村の者と
四、五人連れで念仏に行く途中、急にあっと言って道から小川を飛び越えた。
どうしたのかと皆が尋ねると、俺は今黒いものに突きのめされた。一体あれ
は誰だと言ったが、他の者の眼には何も見えなかったということである。

                                「遠野物語拾遺163」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
写真は大槌街道の夜に、車内で実験的に撮影した画像です。実は撮影している最中に、フト何かが横切ったような気がしてプレビューを見ると、何となくモヤがかった画像となっていた。またスローシャッターになったせいもあるのだが…。

そしてその後、やはり車内から立て続けに3枚ほど撮影した画像の1枚には何も…普通に撮影されていた。俗に「見える人」と「見えない人」というものが世の中に存在するという。つまり「見えない人」には、何かが目の前にいたとしても見えないわけだが、人間には五感というものがある。犬などはその五感の中の嗅覚と聴覚が発達しており、人間にとっては匂わないものや、遠く過ぎて聞こえないもの音をキャッチできる。

しかし人間には五感の他に、第六感…いわゆるシックスセンスといわれるものも身についている。何となくヤバイかも…とか、何となく嫌な気配を察知する能力は、漠然としながら感じる人も多いのだろう。その第六感が成せる業か、もしくは五感の中のどれかの感覚が見えないものを察知する事ができるのかもしれない。

この「遠野物語拾遺163」の話は、見えないながらも触れる事ができるもの。つまり感覚としては、透明人間だ。しかし透明人間というものが生きた人間であるのならば当然、気配というものを発しているだろうし、見えなくとも何となく感じる事ができるのだろう。この話に登場するものは当初、別の話に登場するノリコシみたいな影のようなものかとも考えていたが、あくまでもノリコシは視認できるが触れる事の出来ない影のようなもので、見えなくても触れる事が出来、写真にもその気配が写り込む事も可能なのだろう存在はあるかもしれないと、考えてしまった…。
by dostoev | 2010-12-04 11:48 | 「遠野物語拾遺考」160話~ | Comments(0)