遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:「遠野物語拾遺考」110話~( 12 )

「遠野物語拾遺119(羽黒との類似)」

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土淵村の若者達が4人、5人、琴畑川へ木流しに行った時の事である。不動ノ滝の傍らにある不動堂に泊まっていたが、夜嵐が烈しかったので、堂の戸を堅く締切っておいたのに、夜明けになってみると、その中の一人が堂の外に投げ出されたまま、前後不覚で熟睡をしていた。宵に締めた戸はそのままであったから、これは神業であろうと言い合って恐れた。六、七年前の冬の事である。


                               「遠野物語拾遺119」

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この「遠野物語拾遺119」の記事は一度書いたのだが、今回たまたま戸川安章「羽黒山二百話」を読んで、この「遠野物語拾遺119」と似た様な話を読んだ。その内容は下記の通りである。
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日露戦争に出征した下士官あがりで、たいそう元気の良い太田金治という男がいた。ある夏の事、山菜を採るため羽黒山に登った。昼寝をしようと思って荒沢の地蔵堂に入り込み、うとうととまどろむと、何ものかに足を掴まれて、どさりとばかり投げ出された。これには、さすがの金治も、すっかりおじけづいて、早々に下山した。それからは、その時の事を思い出すと、肌に粟の生ずる思いがすると、これは、直接、本人から聞いた話である。                                       
 「羽黒山二百話 第十七話」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず、この荒沢の地蔵堂には元々羽黒山の本社に祀ってあった仏像を移したそうである。それ以前は、羽黒山本社は女人禁制で女性の参拝を禁止していた様だが、この本社に祀られる仏像の移転で、女性は羽黒山本社に行かずとも荒沢の地蔵堂に参拝すればいいようになったという事である。しかし、元々女人禁制の地に祀られてあった仏像であった為、女性の参拝が気に入らなく、いつの間にか後ろを向いたという伝承が残っている。

ここで早池峯神社を考えて見ると、大出の手前に小出という集落があり、そこに婆石というバスの停留所がある。そのバス停の傍らにあるイチイの木の根元に、小さないびつな石が置かれている。その石が女人禁制を犯した巫女が早池峯の神の怒りに触れ吹き飛ばされ落ち、石になったというものである。つまり古来は、この婆石から先は女人禁制であったようだ。

そして、この琴畑渓流の白滝傍にある不動堂は、元々白滝神社であった。ここに祀られていた早池峯の滝神は明治時代になって、五日市の倭文神社に合祀されたのだが、それと共に神仏分離の為、早池峯妙泉寺にあった不動明王像を、わざわざ琴畑集落の人達が早池峯妙泉寺まで貰い受けに行ったのだという。その不動明王像が今でも、この白滝傍の不動堂に祀られている。つまり、羽黒山の本社に祀られていた仏像と同じ内容となっているのであった。更に他の話を読んでいると、その仏像とはやはり不動明王像の様で、羽黒に伝わる話をまとめると、不動様を祀る家などでは卵を食わぬという伝承があるという。卵を奉納するのは大抵の場合龍蛇神であり、水神系となる。更に女人禁制となれば、それは山の女神である。

何度も書いて来たが、奥州藤原氏が広めた新山神社や新山寺に祀られるのは羽黒権現である玉依姫という仮名であり、その本当の神名は早池峯に祀られる神である瀬織津比咩であった。「遠野物語拾遺119」で伝えられた"神業"が、遠野から離れた羽黒の地で、同じ様な神業が行われたという事になる。
by dostoev | 2015-05-08 12:11 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(0)

遠野物語拾遺114(山の女)

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同じ様な話がまだ他にもある。稗貫郡外川目村の猟人某もこの女に行逢った。鉄砲で打殺そうと心構えをして、近づいたが、急に手足が痺れ声も立たず、そのまま女がにたにたと笑って行過ぎてしまう迄、一つ処に立縮んでいたという。後でこの男はひどく患ったそうな。およそ綾織宮守村の人でこの女を見た者は、きっと病気になるか死ぬかしたが、組打ちをした宮守の男ばかりは何事も無かったと言うことであった。

                                                    「遠野物語拾遺114」

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「遠野物語拾遺113」でキャシャと、山に出没する赤い巾着の女は違うのではと書いた。ここでも、其れらしき女が登場しているが、今度は手足が痺れ、患い死ぬという話に発展している。「遠野物語拾遺45」では、ハヤリ神を馬鹿にした男が動けなくなった話があるが、これを神仏を馬鹿にして罰が当たった話としている。

小松和彦「日本怪異妖怪大事典」で、山女を調べると似た様な話が紹介されている。その簡単な説明は「人間の命を奪う恐ろしい存在で、猟師や炭焼きなどが犠牲になる点、雪女伝承にも通ずる部分がある。」とある。確かに雪女は、その姿を見た者を凍らせ、死に至らせしめる。そういう意味では、山女も雪女も同じものだろう。

これは、ある爺様と話した時の事だった。「お前の知らない事を教えてやる。」とドヤ顔で某爺様が話すには「兎には二種類の兎が居る。茶色の兎は大山兎で、白い兎は白兎というんだ。」と。昔の爺様は図書館で調べたり、現代の様にネットで検索して調べたりはしない。あくまで自分の経験・体験が絶対だと思っている爺様が、少なからず居る。これを山女に重ねれば、山女が冬になれば雪女になると考えても良いのかもしれない。神々の世界にも四季の彩りを愛でたのか、春の佐保姫、夏の筒姫、秋の龍田姫、冬の白姫と四季の女神を造り配した。そういう意味から、季節ごとの妖怪が発生してもおかしくはない。その本体が、一つだとしてもだ。

遠野世界で山女の話はいくつかあるが、見たら死に至る山女の存在は、何故か綾織と宮守にしかないのは何故だろう。その綾織と宮守の境界には、笠通山が聳えている。まさしく笠通山こそが、綾織と宮守の人間に死を与える山女の姿を見せる場所でもある。笠通山は別名「出羽通(でわがよう)」と云った。笠通山に登る事で出羽山(出羽三山)に登ると同等とされたという事らしい。つまり、笠通山に入るのは修験世界の体験でもある。出羽の修験者を別に羽黒修験と呼ぶ。

羽黒山・月山・湯殿山で出羽三山と呼ぶのだが、古代には湯殿山は入っておらず、鳥海山を入れての出羽三山だった。その中心に立つ神が羽黒権現とも呼ばれる。その羽黒では、羽黒権現様は女神であると云われ、御歳夜の祭りには、羽黒権現様がお気に召した若者にその姿を見せるのだと云う。しかし、その御歳夜に山中で女を見た者は死ぬと伝わっている。これは羽黒権現の姿は、気に入った若者だけが見る事が出来るのだが、それ以外の者は女神とは違う女の姿を見た場合に限って、死ぬと伝わっている。これを笠通山に照らし合わせてみれば、そういう羽黒系のお祭の日に、笠通山で女を見た者は死ぬという事になろうか。古今東西、女神には二面性があり、穏やかな優しい女神の裏側には、狂気の復讐の女神の顔があるパターンがままある。山神の法則に照らした場合、大抵は女人禁制であり、それを破った女には罰が下る。今回の場合は、定められた日には定めた者に対して、女神は姿を見せるが、そうで無い者が山に入った場合、女神の恐ろしい面が妖怪を作り上げて、他の者を死に至らしめさすとも考えられる。この笠通山の女は、いつでも現れるわけではなかろうから、羽黒権現である女神の恐ろしい部分の具現化が笠通山に現れたのであるならば、何か特別な日であったのかもしれない。

また綾織三山(桧沢山・二郷山・笠通山)の一つである二郷山では、見たら死ぬという伝承が三つもある。一つは、謎の生き物の姿を見た場合。一つは、謎の池を見た場合。一つは、敦盛草の影に三本足の猫を見た場合。またこの笠通山の山女に遭遇した場合も、死に至る。ただ桧沢山だけは、死の境界線に彷徨う魂を現世に戻してくれるという伝承が残っている。しかしどちらにしろ、総体的に山というものは生死を司る存在であると思われていたのだろう。この「遠野物語拾遺114」の山女も、その山に含まれる観念が、神であり妖怪となって表立って伝えられるのではなかろうか。
by dostoev | 2015-02-16 16:33 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(4)

遠野物語拾遺113(赤い巾着の女)

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綾織村から宮守村に越える路に小峠と言う処がある。その傍の笠の通と言う山に、キャシャというものがいて、死人を掘起してはどこかへ運んで行って喰うと伝えている。また、葬式の際に棺を襲うとも言い、その記事が遠野古事記にも出ている。その怪物であろう。笠の通の附近で怪しい女の出て歩くのを見た人が、幾人もある。その女は前帯に赤い巾着を結び下げているということである。宮守村の某と言う老人、若い時にこの女と行逢ったことがある。かねてから聞いていた様に、巾着をつけた女であったから、生捕って手柄にしようと思い、組打ちをして揉合っているうちに手足が痺れ出して動かなくなり、ついに取遁してしまったそうな。

                                                  「遠野物語拾遺113」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
キャシャに関しては、以前にも書いてはいる。ただ解せないのは、この「遠野物語拾遺113」でキャシャという化け猫の妖怪と、この赤い巾着の女が同じである様に書いている事である。江戸時代になると幕府公認の娼婦を「狐」と呼ぶのに対し、町場にうろついているいる娼婦を「猫」と呼んだという。 その中で寺院の境内で商売する娼婦を「山猫」と呼び、京都の東山にいる娼婦もまた「山猫」と呼んでいたようだ。鍋倉山の西側に多賀神社があり、その上辺りに成就院という寺があったようだが、その境内にも娼婦はいたようで、それは山猫であったか狐であったか。ただ、多賀の狐の話がある事から、もしかして南部藩公認の娼婦の"狐"であっただろうか?

西洋に目を向けても18世紀のヨーロッパでも娼婦を「キャット」と呼び、売春宿は「キャットハウス」と呼ばれていた。これは発情期などの猫が、夜を彷徨い雄猫を呼び込む習性からきているようだ。「泥棒猫」という呼称も、物を盗むというより、男を誘惑し奪うという意味合いからの「泥棒猫」であって、どうも娼婦のイメージが猫から離れない。
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現在の小峠トンネルのずっと手前を左に入り、笠通山から流れる小川にお不動様がある。この小川は、長雨が続いても濁る事のない川と云われ、高い石の上から落ちる清い水は、昔からお不動様の御水と名付けていたそうである。街道を行き来する人達は、この御不動様の水に喉を潤して休んでいたそうである。これに目をつけた爺様が、小さな店を建ててワラジだの馬沓だのを売り、腰掛台を並べて、旅人の一休みにあれこれと気遣ったので、喉を潤すお滝様の清水と共に旅人に大変評判が高く、ここにも沢山の人が集まったらしい。また、笠通山の中腹にも阿弥陀堂と呼ばれる御堂があったそうだが、詳細は明らかになっていない。ただ山猫と呼ばれるような娼婦であれば、そういう御堂も商売の場所として使えるもの。

怪しい女の話であれば、笠通山には行灯を灯す女に化けた貉の話があるが、これと似た様な話は遠野で4ヵ所もある。一つは鍋倉山の行燈堀であり、一つは笠通山。一つは、寺沢高原であり、一つは小友町の外山となる。鍋倉の場合は成就院を少し上に行けば行燈堀となるので、成就院の娼婦の関係から作られた話の可能性はあるだろう。また小友町の外山の場合は、その貉が祀られた稲荷がある事から、狐話しの類の変化であろうか。寺沢高原の場合、東禅寺の開祖となった無尽和尚の庵のあったと云われる場所の傍であるから、笠通山の阿弥陀堂の様に、山に住み付く娼婦というより「高野聖」の様な仙女であろうか。傀儡目や白拍子など、神に仕えながらも漂白し、男と契りを交わす女達もいた。その行為を神婚と呼び、普通の娼婦とは違うのだと一線を画していた。神社の巫女達もまた、大祭などの夜には宮司と契りを結び、それを神婚と呼んでいたのを白拍子や傀儡目達も同じであるとしたのだろう。

平成初期に、現在は全く人気の無い東禅寺跡の無尽堂と呼ばれる小さな御堂に、尼僧が修行の為に暫くの間寝泊まりしている事があった。これと同じように、寺沢高原の無尽和尚の庵、笠通山の阿弥陀堂にも似た様な漂泊の宗教女が居付いていた時期があったのかもしれない。それが笠通山の化け猫であるキャシャと結び付けられ、語られた可能性があるのではなかろうか。
by dostoev | 2015-02-15 17:34 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(7)

遠野物語拾遺112(異界の恋煩い)

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土淵村の若者共が同勢二十人程こぞって、西内山附近にある隣村の刈草場へ、刈草を盗みに行った時のことである。こういう時には、どうかすると山で格闘をしなければならぬことがあるので、それぞれの準備をして行った。一行のうち字野崎の某が一人、群から離れて谷の古沼の方へ下りて行くのを、多分水を飲みに行ったのだろう位に思っていたが、盗んだ草を馬に荷なって帰り支度をしてしまった後になっても、その男一人帰って来ない。愚図愚図していて隣村の手合に見つけられてはと、皆谷に下って尋ね歩くと、その男が帯を解き小川を遡って獣の様に速く走って行くのが見えた。皆で喚んでも一向見向きもせず、聞えない風であったから、仕方なしに皆して取り巻いて捉まえると、その男はぼんやりと気の抜けた顔をしている。どうしたのだと訊ねると、初めて夢から醒めた様に、実は先刻俺が沢に水を飲みに下りて行くと、三角(若い女が頭に冠る三角形の布)を冠った女がいて笑いかけるので、今までいっしょに話をしていたのだが、お前達が見えると、女は兎かなんどの様に向うへ飛んで行ってしまったのだと語った。皆して叱り飛ばして連れ帰ったが、二、三日の間何となくぼんやりしていたそうである。その男はすなおな、物静かな性質の若者であったという。明治の末頃の話である。

                                                    「遠野物語拾遺112」

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西内山の中腹には林道が通っており、そこに土渕の続石もある。遠く六角牛山と、土淵の田園風景を展望出来る地でもある。
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「二、三日の間何となくぼんやりしていたそうである。」

「遠野物語」「遠野物語拾遺」の今までのパターンであれば、狐狸の類に化かされたとなるであろうが、ぼんやりしていたとは、どういう状態であったのか?草刈りへ行き、女と逢ってからぼんやりとし、取り敢えず仲間に会って意識は戻ったようでありながら、家に帰っても二、三日はぼんやりとしていたという症状で思い出すのは恋煩いではなかろうか。ただし、通常の恋煩いでは無く、異界の者との恋煩いの様にも思える。

泉鏡花「高野聖」では、山に住む女仙の様な女に魅かれる主人公の男の話であるが、この女仙の様な女に魅かれた男たちは動物にされていくのだが、主人公の男だけは助かってしまう。しかし、主人公の男は、たまたま異界へと入り込んだのであろう。この「遠野物語拾遺112」の話も、西内村と隣村を隔てる境界の山での話である。同じ峰続きには、栃内村と駒木を結ぶ峠があり、その頂付近を地獄山と呼んだ。山中異界が村と村との境界にあるのは、その異界の入り口があったとしても不思議では無い。たまたま男は異界に入り込んで、女と遭遇し魅了された。仲間の声で現実に戻りはしたが、忘れられぬ女への想いだけが残っての後日談となっているのではなかろうか。女が唯一獣らしさが出ているのは、飛ぶように行ってしまった事であり、似た様なものに白望山で走りゆく女の話であろうか。

山中で女と出逢う話は、動物が化けたものか、山女か山姥、そして女神などである。しかし異界で遭遇する女には、例えば竜宮の姫の場合もある。男が水飲みに向ったのは、古沼の方であるらしい。山中に竜宮の入り口があるという伝承は、中世から始まり全国に広がった。有名なのは俵藤太の話であろうが、この「遠野物語拾遺112」の場合も、恐らく竜宮の姫、もしくは竜宮の使いの女と遭遇したという話ではなかったろうか。

西洋では男を魅了する女を魔性の女、もしくはファム・ファタル(宿命の女)などという。有名となったのは、キーツ「冷たい美女」だが、このバラットに感化されて、多くの「冷たい美女」の絵が描かれている。この「冷たい女」の主人公の騎士は、蒼白な王や王子や騎士達の亡霊に叫ばれる。このモチーフが「高野聖」で、動物にされた男たちの姿と重なる事から恐らく、泉鏡花もキーツの「冷たい女」に影響されたのではなかろうか。キーツは18世紀の人間だが、それよりも古い時代の日本では、異界の者に魅了される男の話が伝わっている。やはり一番古いのは「古事記」における山幸彦が、綿津見のトヨタマヒメと結ばれる話であろうか。しかし「遠野物語拾遺112」の男は結ばれる事無く、別れてしまう。だからこそ、夢の中で出逢った女を想い続けて、ぼんやりとしていたのだろう。
by dostoev | 2015-02-14 16:29 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺116(赤い髪)」

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土渕村字野崎に前川勘右衛門と言う三十過ぎの男がいた。明治の末のことであるが、前に言った山落場へ萱刈りに往き、小屋掛けして泊っていたところが、小屋のすぐ後から年寄りの声で、ひどく大きくあはははと二度迄笑ったそうである。また同じ人が白見山で、女の赤い抜毛が丸めて落ちているのを見たそうなが、この種の抜毛は猟人はよく見かけることのあるものだといわれている。

                               「遠野物語拾遺116」

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山での赤といえば「遠野物語」の場合、山男の顔などが赤いとなるが、ここでは老人らしきと女の赤い抜毛が登場しているが「遠野物語拾遺121」ではタイマグラに登場する赤い顔の翁と若い娘が登場しているが、関係は無いのだろうか?ただタイマグラの若い女の髪が赤毛かどうかは定かで無い。

ところで、遠野の河童は赤い河童だというが、イメージ的に赤い肌をしているように感じる。大分県の河童の話では、その河童の毛を掴んだら赤かったとある。遠野では聞かないが、大分県と同じ九州には山童という山の妖怪がいて、おはり赤毛であるようだ。また猿に近いイメージの妖怪猩猩だが、これは善明寺に伝わる猩猩の払子でわかるように赤毛となっている。遠野では赤い河童が陸に上がると赤ら顔の座敷童になるとも伝えられるが、山童もまた河童になるという共通点がある。文中には女の赤い抜毛とあるが、本当に人間の女の抜毛であったのかはわからないだろう。また毛玉となれば猫もだが、狐の場合もあるが、抜毛が丸めてあるという事から毛玉では無いだろう。西洋では赤毛は嫌われているらしく、神話などにも関係があるらしい。日本での赤毛の大抵は、山に棲むモノであり、人間を超越した存在であるのは西洋に等しいものか。
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日本に於いての赤に対するイメージは、血と火であろう。例えば画像の卯子酉神社での縁結びは、血の縁を抱かせるものになっている。怪談話で「赤い紙と青い紙のどっちがい?」という答えに、赤い紙を選ぶと刃物で切られて血だらけの赤に染まり、青い紙を選ぶと血を抜かれて体が青くなるという話がある。顔色は血色(けっしょく)とも云う事から、血の赤は生命の色でもある。

また昔は伝染病なとにかかると赤い壁紙で覆われた部屋で治療したというのは、炎から来てる。庶民に広く信仰されたお不動様である不動明王の背後には火焔があり、それによってあらゆるものを焼き尽くすとされ、不動明王の御札を燃やした灰を水に入れて飲むという治療があったのは、その悪しき病を不動明王の火炎が焼き尽くしてくれるからと信じられたからだ。

しかし、警戒色としての赤もまたある。例えば赤い茸は毒キノコであると全般的に信じられているが、蛇が赤い舌をチロチロと出したり、獣が威嚇して吠えるのは、その吠え声もだが、赤い舌を出す事が威嚇にも繋がるとも云われている。だが、木の実がなどが赤く熟すのは鳥たちに食べ頃である事を告げる為でもあると云われる事も踏まえれば、自然界の赤もまた吉凶両極端であろうか?だが「遠野物語」に登場する赤い顔の山男であれ天狗であれ、人間にとっては警戒色としての赤色の認識が強いようだ。この「遠野物語拾遺116」での赤い毛もまた警戒色の赤色として表現されているようである。
by dostoev | 2014-04-11 19:36 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺110(胡瓜)」

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前に言った遠野の村兵という家では、胡瓜を作らぬ。そのわけは、昔この家の厩別家に美しい女房がいたが、ある日裏の畠へ胡瓜を取りに行ったまま行方不明になった。そうしてその後に上郷村の旗屋の縫が六角牛山に狩りに行き、ある沢辺に下りたところが、その流れに一人の女が洗濯をしていた。よく見るとそれは先年いなくなった厩別家の女房だったので、立ち寄って言葉を掛け、話をした。その話に、あの時自分は山男に攫われて来てここに棲んでいる。夫は至って気の優しい親切な男だが、極めて嫉妬深いので、そればかりが苦の種である。今は気仙沼の浜に魚を買いに行って留守だが、あそこ迄は何時も半刻程の道のりであるから、今にも帰って来よう。決してよい事は無いから、どうぞ早くここを立ち去って下され。そうして家に帰ったら、私はこんな山の中に無事にいるからと両親に伝えてくれと頼んだという。それからこの家では胡瓜を植えぬのだそうである。

                               「遠野物語拾遺110」

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胡瓜の俗信は至って多いが、とりわけ有名なのは牛頭天王と胡瓜の関係であろうか。また牛頭天王の使役として河童も登場する事から、村兵だけで無く、遠野にも縁深いのかもしれない。上郷町では、神々が牛頭天王の元へ馬に乗って作物の相談に行くので藁で馬を作るのだと云う。水野正好「古代を考える」では、馬に乗る神の大抵は”厄神”であると説いているが、それを遠野に喩えれば、いろいろと話が繋がって来る。その厄神と繋がるのが胡瓜であるならば、確かに子供が河童に足を引張られて死んだなどと云う水難事故に胡瓜を奉げるのは、河童が厄神として存在し、それを鎮める為の胡瓜にもなる。ただ村兵の場合は胡瓜をきっかけに美人な妻を山男に奪われたので、胡瓜憎しは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と同じとなる。

ところで山男とはパッと感じるには、なんとなくヒマラヤのイエティみたいなイメージに思うかもしれないが、この「遠野物語拾遺110」での山男は、魚を買いに浜まで出かけていると書いている事から、人間の生活感が滲み出ていると思う人が多いだろう。つまり山男とは、里では無く、山に生活を求めて住んでいる人間であると、ここでは言っている。ただし里に住む者にとっては、恐ろしい山に住むと言うだけで、人もまた恐ろしい存在になってしまうという事だろう。

胡瓜と厄神に関しては、別の機会に書く事としよう。
by dostoev | 2014-04-10 20:19 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(2)

「遠野物語拾遺117(白見山周辺)」

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野崎の佐々木長九郎と言う五十五、六の男が、木を取りに白見山に入り、
小屋を掛けて泊っていた時のことである。

ある夜谷の流れで米を磨いでいると、洞一つ隔てたあたりでしきりに木を
伐る音が聞こえ、やがて倒れる響がした。恐ろしくなって帰って来ると、
まさに小屋に入ろうとする時、待てえと引裂く様な声で何ものかが叫び、
小屋の中にいた者も皆顔色が無かった。やはり同じ頃のことで、これは
本人の直話であった。

                               「遠野物語拾遺117」

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琴畑に住む人物の曾祖父が文久年間の頃、白見山方面へ行ったところ、沢山の住居跡があったのを目撃したという。また琴畑と山一つ隔てた恩徳では金が採れていた時代、やはの多くの者が山に居ついて住んでいたという。

誰しもがそうであるように、深夜に我が家の傍に不審な人物が来れば警戒し、または捕まえようとするもの。山とは何が棲んでいるかわからぬ恐ろしい場所と思う里の者にとって、山は人の住むところでは無いとの判断するのだが、山に住む者も確かにいた事実がある。この話は、山に住む者と里に住む者の視点によって変化しそうな話ではある。
by dostoev | 2012-09-13 09:04 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺118(奇妙な生き物 補足)」

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小槌の釜渡りの勘蔵という人が、カゲロウの山で小屋がけ
して泊まっていると、大嵐がして小屋の上の木に何かが飛
んで来てとまって「あいあい」と、小屋の中へ声をかけた。

勘蔵が返事をすると「あい東だか西だか」と、また言った。
どう返事をしてよいのか分からぬので、しばらく考えてい
ると「あいあい東だか西だか」と、また木の上で問い返した。

勘蔵は「何、東だか西だかあるもんか!」と言いざま二つ
の弾丸をこめて、声のする方を覗って打つと「ああ」とい
う叫び声がして、沢鳴りの音をさせて落ちて行くものがあ
った。

その翌日行って見たが、何のあともなかったそうである。
何でも明治二十四、五年の頃のことだという。

                      「遠野物語拾遺118」

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この「遠野物語拾遺118」は一度「遠野物語拾遺118(奇妙な生物)」として記事をアップしている。しかし、この前の自分の体験「奇妙な生物と最強の呪文?」で、この物語に登場する奇妙な生物…妖怪?はムササビだと確信した。

「ムササビの鳴き声」のサイトで知ったのは、ムササビは人の声に反応する生き物だという事。人間の言葉を基準に考えても、犬の「ワン」や猫の「ニャー」という一般的な鳴き声より、ムササビの鳴き声の方が、より人間的に感じる。

「遠野物語拾遺118」において、釜渡りの勘蔵が小屋掛けし、夜の山で過ごしたのも、このムササビの鳴き声が人間の言葉に聞こえた一つの要因であったのかもしれない。とにかく昔は、山には何が棲んでいるかわからない。魑魅魍魎、妖怪などの魔物がいると信じられていた。そういう先入観をもって夜の山に過ごすという事は、冷静な判断を失いかねない。物語の中では、小屋の傍の木に飛んできた何かが「あいあい東だか西だか」と言ったと書き記されているが、実際は"そういう風に聞こえた"が正しいのだと思う。

例えば、慣れない地域へ行き、その地域の方言に接した時も、だいだいこんな事を言っているのだろうと、自分の中で確認するもの。ここでの釜渡りの勘蔵は、初めから人間では無い存在として、その発する言葉を認識していた。いや、しようとしていた。つまり言葉にならない言葉であっても、自分の認識している言語から、似たような言葉を組み合わせ構築し、そうであろうという言葉…ここでは「あい、東だか西だか」という言葉を言っているのだろうという前提での物語であったのだろうと考える。つまり、人間の言葉に反応して言葉(鳴き声)を返すムササビの発する、なんとも人間に近いような言葉を釜渡りの勘蔵は恐怖心も相まって、このように捉えたのだろう。よって、この「遠野物語拾遺118」に登場する、小屋の傍の木に飛んできたモノとは、ムササビであると断定してもいいだろう。
by dostoev | 2012-08-21 12:03 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺119(神業)」

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土淵村の若者達が4人、5人、琴畑川へ木流しに行った時の事である。不動ノ滝
の傍らにある不動堂に泊まっていたが、夜嵐が烈しかったので、堂の戸を堅く締
切っておいたのに、夜明けになってみると、その中の一人が堂の外に投げ出され
たまま、前後不覚で熟睡をしていた。宵に締めた戸はそのままであったから、こ
れは神業であろうと言い合って恐れた。六、七年前の冬の事である。


                              「遠野物語拾遺119」

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この琴畑渓流沿いには、画像のような白滝と呼ばれる滝があり、その傍らに不動明王を祀ったお堂がある。ここには早池峰の姫神と同じ瀬織津比咩が祀られていたが、明治時代になって土淵町五日市にある倭文神社に瀬織津比咩は合祀されたという意味は、未だ不明である。この「遠野物語拾遺119」で気付くのは、最後に「神業だ…。」という言葉を述べ怖れている事だ。現在、この滝の傍には不動明王(江守徹似(^^;)の像と共に不動明王が祀られているのだが、不動明王は神ではない。つまりこの時代、木流しの若者達は、ここに神の存在を感じていたのだろう。

ところで木流しという仕事は、木を伐採し、川の流れを利用して材木を運ぶ仕事だ。遠野には金毘羅の石碑が多く建つが、その多くは明治時代に木流しという仕事が増えた頃に建てられたものが多い。川で仕事をするという事から、水難の事故が起きないようにと金毘羅に願いを託したようであった。明治の頃は、金毘羅講が村々で行われ、金毘羅参りが盛んでもあったようだ。

木流しなのだが、実はこの明治時代に仕事が増えたというのには理由がある。平安時代に一気に山の木を伐採して寺院建設をした為、土砂崩れなどの災害が起きたという。そこで朝廷は、山の樹木の伐採禁止令を発布した。それが延々と何世紀にも生き、山は守られてきたのだが、それに伴い、山には魑魅魍魎、妖怪などが跋扈する異界にもなってしまった。しかし幕末を過ぎ、明治維新となって日本国は、西洋の列強に肩を並べようと、今度は今まで普及していた寺院の町から、西洋の街作りを推進した。その為に必要となったのは樹木だった。平安時代の末期に発布された山の樹木の伐採禁止令が解かれたのが、明治時代であったのだ。


狼のすむてふやまの奥までもひらけるかぎりひらきてしがな


この明治天皇の歌…「狼の住む、山の奥までも開発してしまえ!」という号令の様な歌により、日本国は一気に古い日本の文化を捨て、新しい西洋文明の道を歩く事になった。「遠野物語拾遺119」の話では、外に放り出されるという話だが、似たようなものに「遠野物語拾遺36」がある。
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上郷村字細越のあたりと思うが、トンノミという森の中に古池がある。
故伊能先生は、鳥海とあてるのだと言われ、よくの池の話をした。

ここも昔から人の行くことを禁ぜられた場所で、ことに池の傍らに行
ってはならなかった。これを信ぜぬ者が森の中に入って行ったところ
が、葦毛の駒に跨り衣冠を著けた貴人が奥から現れて、その男はた
ちまち森の外に投出された。

気がついて見れば、ずっと離れた田の中に打伏せになっていたという。
もう今ではそんなことも無くなったようである。 


                              「遠野物語拾遺36」

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この外に放り出されるというのの大抵は、神域を侵した為の神業であるようだ。では何故に「遠野物語拾遺119」では神域を侵したのか?それはつまり明治以前、この白滝の周辺は神域であったのだろうと考える。時代が流れ、明治政府の先程の事情から、この白滝を中心とした神域に人間が侵入し、その樹木を伐採した。この「遠野物語拾遺119」で紹介される話とは、つまり神の愛する神域に侵入し、その樹木を伐採した事に対する神業であったのだろう。

そしてだ、「遠野物語拾遺36」と「遠野物語拾遺119」に共通する神とは、早池峰の姫神である瀬織津比咩となる。時代が変わり、早池峰の姫神の受難が始まったのが明治時代と考えられる。つまりだ、何故にこの白滝に祀られていた瀬織津比咩が、五日市の倭文神社に合祀されたのか理解できる。昭和時代には、やはり瀬織津比咩を祀る早池峰神社の御神木を伐採した関係者全てが死んでいる事から、瀬織津比咩の祟りを恐れ、この白滝の地から五日市の倭文神社に運ばれたものと考える。そうでなければ、本来滝の姫神である瀬織津比咩を滝の場所から移転させる意味が理解できない。あくまでもこの「遠野物語拾遺119」は、瀬織津比咩が五日市の倭文神社へと移転され合祀する前の話であったのだろうと思う。
by dostoev | 2010-12-05 19:37 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(0)

「遠野物語拾遺118(奇妙な生き物)」

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小槌の釜渡りの勘蔵という人が、カゲロウの山で小屋がけ
して泊まっていると、大嵐がして小屋の上の木に何かが飛
んで来てとまって「あいあい」と、小屋の中へ声をかけた。

勘蔵が返事をすると「あい東だか西だか」と、また言った。
どう返事をしてよいのか分からぬので、しばらく考えてい
ると「あいあい東だか西だか」と、また木の上で問い返した。

勘蔵は「何、東だか西だかあるもんか!」と言いざま二つ
の弾丸をこめて、声のする方を覗って打つと「ああ」とい
う叫び声がして、沢鳴りの音をさせて落ちて行くものがあ
った。

その翌日行って見たが、何のあともなかったそうである。
何でも明治二十四、五年の頃のことだという。

                      「遠野物語拾遺118」

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この「遠野物語拾遺118」で云われている「カゲロウの山」とは、正式には霞露ケ岳(カロガダケ)といい、岩手県山田町の船越半島の一番奥に聳える508.5mの山だ。

>勘蔵が返事をすると「あい東だか西だか」と、また言った。


この問答する物の怪を、どう捉えれば良いのだろう?飛ぶという事から、鳥・ムササビとも捉えられる。ムササビは別名「晩鳥(バンドリ)」とも云われるからだ。また別に、猿が木に飛び移ったものとも考えられる。ただ山田町役場に問い合わせると、船越半島には過去に於いても猿が生息していたという事実は無いそうだ。すると、鳥かムササビ、もしくは完全なる物の怪の類となってしまう。

ところで奇妙なのは、夜中に「東か?西か?」と問う事である。このカゲロウの山の東は太平洋が広がる。西は、山々となる。例えば山中で人間が道に迷った場合、太陽によって方角を知る。つまり「東か?西か?」という問いは、太陽の運行方向を知りたいともとれる。

「西播怪談実記」には山中、後ろで大きな羽音が聞こえ、榎に止まったのを撃ってやろうと思ったが、明け方前の時間帯と、雲が多くて確認できなかったが、奥の方から再び大嵐が吹くような音を立てて来たものがあると。その鳥が止まったと思っていた木をもう一度見ると、ウワバミがいてこちらを睨んでいたので撃った…とある。

とにかく猟師は、山中においては神経を尖らせ、いつでも反応良く鉄砲を撃つようになっている。この話しの場合は、最後にウワバミが登場しているので山の神の祟りとしての話なのかもしれない。ただ「遠野物語拾遺118」に登場する物の怪は、妙にリアリティがある。勘蔵に撃たれた後に「ああ」と叫んで沢に落ちる様も、なんともいえないリアルさを醸し出している。もしかして撃ち落したのは、物の怪ではなく人間か?などと間違えてしまいそうな程だ。

昔から俗に、年老いた動物は人間の言葉を話すのだと云う。この「遠野物語拾遺118」に登場する物の怪は、東と西の方角を気にする。つまり、太陽の昇る方向を意識しての問いなのだろう。太陽を意識するものとは、太陽の方向に向かうのか、もしくは太陽の光から逃げる為なのかだろう。勘蔵の体験したこの怪異は夜中であり、その夜中に飛び交う物の怪とは夜行性であろうから、一般的な場合は太陽光を嫌うものなのだと思う。

また福島には15夜の晩に、東枕で寝て夢に猿が現れると、人が死ぬという俗信があるようだ。これは15夜に東に頭を向けて寝ると猿が現われ死を呼び込むという話しだが、ここでは勘蔵が小屋掛けした晩には月が出ていたのかどうかもわからない。ただ太陽と月が重なるのは良くないと言う俗信からなのだろう。

どうも勘蔵の前に現われた物の怪は、敵意を示しているのではなく、純粋に東の方角を知りたかっただけなのだと思う。ただ、その真意に関しては謎のままである。
by dostoev | 2010-12-05 19:34 | 「遠野物語拾遺考」110話~ | Comments(0)