遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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カテゴリ:「遠野物語考」1話~( 8 )

「遠野物語2話(遠野三山)」

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遠野の町は南北の川の落合に在り。以前は七七十里とて、七つの渓谷各七十里の奥より売買の貨物を聚め、其市の日は馬千匹、人千人の賑はしさなりき。四方の山々の中に最も秀でたるを早池峯と云ふ。北の附馬牛の奥に在り。東の方には六角牛山立てり。石神と云ふ山は附馬牛と達曾部との間に在りて、その高さ前の二つよりも劣れり。

大昔に女神あり、三人の娘を伴ひて此高原に来り、今の来内村の伊豆権現の社にある処に宿りし夜、今夜よき夢を見たらん娘によき山を与ふべしと母の神の語りて寝たりしに、夜深く天より霊華降りて姉の姫の胸の上に止まりしを、末の姫目覚めて窃かに之を取り、我胸の上に載せたりしかば、終に最も美しき早池峯の山を得、姉たちは六角牛と石神とを得たり。若き三人の女神各三の山に住し今も之を領したまふ故に、遠野の女どもは其妬を畏れて今も此山には遊ばずと云へり。

                          「遠野物語2話」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この「遠野物語2話」の一節「大昔に女神あり」だが、正確には「山河有り」から始まった物語であろう。それは、山があってこその女神であると思うからだ。ところで遠野三山とは言うけれど、「遠野物語」には、早池峯と六角牛の逸話は登場するが、石上山は何故か「遠野物語拾遺12話(姥石)」だけが紹介されているだけだ。恐らく石上山はバランスを採るために後から加えて、三山形式にしたのだと思われる。ただし、石上山の鎮座する綾織町には"綾織三山"が存在し、石上山は別格の山であるとされているのは、やはり格式が高いとされる山であるからだろう。

大同元年に早池峯妙泉寺、大同二年に六角牛善応寺が建立されたという事だが、似た様な形態に、茨城県の金砂郷がある。ここは慈覚大師円仁の故郷であるが、やはり大同元年と大同二年に続けて本宮と別宮が建立されているのは、天台宗の教義による影響からなのだと考える。これがいつしか三山形式になったのは恐らく、羽黒修験の力が遠野に及んでからではないだろうか。その羽黒修験は、熊野修験に影響を受けており、その大元は熊野三山が発祥では無かったか。また、偽書と呼ばれる「竹内文書」にも、何故か早池峯と六角牛が登場しており、五葉山を含めて沿岸域からの三山となっている。さらに気仙三山と呼ばれるものは、五葉山、氷上山、室根山とされている。そして岩手三山が、岩手山、姫神山、早池峯山となる。奇妙なのは、この岩手県内全ての三山に、早池峯の女神が含まれている事であろう。三山の大元が熊野三山であるならば、それを伝えた熊野修験と早池峯の女神とが、深い関係にあるものと考えるべきではなかろうか。

「遠野の町は南北の川の落合に在り。」という一節だが、JR発行の雑誌に、京都の下賀茂神社の紹介の一節に「龍神は天空から地上をうかがうとき、足がかりとなる山頂をみつけて舞い降りる。京都盆地では北山に降り、この下鴨あたりに涌き出る清水を飲んで勢いをつけ、鴨川添いに一気に南下するであろう。」ここに記されている北山とは、北斗が降ったとされる比叡山であり、その麓の下賀茂神社は、龍との繋がりが深いという事を書き示しているのが理解できる。
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宮本健次「江戸の陰陽師」を読むと、やはり北に高山が聳え、川が北から南へと経由して西に流れるのを理想としている。更に、東から西へと川が流れる地を良しとしている。これはそのまま、北に聳える早池峯を頂点として、早池峰山麓を水源とする猿ヶ石川が南方から西に流れる北上川へと合流している。北に高山が聳えるという事は、つまり南面しており日当たりの良い地である事と共に、北風を避ける地を意味していると。そして東には仙人峠を水源とする早瀬川が西へと流れ、猿ヶ石川に合流している。この川の流れは、農業用水や飲料水としてだけではなく、大地の汚物を処理して疫病を防ぐ事にも適しているのだと。
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平安時代に書かれた日本最古の庭園書である「作庭記」によれば、「東方よりいたして舎屋の下を通して未申方へ出す最吉也。青竜の水をもちて、もろもろの悪気を白虎の道へ洗いたすゆえ也。」と。この"白虎の道"とは、"穢祓の道"でもある。例えば上記の画像"西国巡礼塔"であるが、遠野であるなら大抵村外れの地に建っており、そこから西国に度立ったという。この西国巡礼の旅は、三十三所の観音霊場の巡礼であり、それを巡る事によって罪や穢れが祓われると信じられた。つまり、罪や穢れを持って西国へと旅へ向かったという"白虎の道"である。ちなみに誰でも行く事の出来る旅では無いので、"プレ三十三所観音霊場巡礼"は、現在遠野の福泉寺で体験できる。
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以前、早池峯山・六角牛山・石上山・物見山に線を引いて繋げてみると、その線の真中に横田城跡が来た。陰陽五行によれば、真中は黄龍の地、つまり支配の地という事から、意図的に阿曽沼氏は、その地に横田城を築いたのではないかと考えた。この四神相応の思考は、何も阿曽沼だけでは無い。奥州藤原氏について書き記す「平泉誌」には、「左青竜河流。右白虎西有大決。前朱雀前有北森。後玄武後在山巌」と、奥州藤原氏もまた四神相応を意識していた事がわかっている。その奥州藤原氏の祖は、安倍一族であり、遠野での拠点は恐らく土淵であったろう。何故なら土渕こそ、早池峯が北に聳える山と認識される地でもあるからだ。現在の遠野の町からでは、早池峯山を見る事が出来ない。菊池春雄・荻野馨「遠野市における館・城・屋敷跡調査報告書」によれば、安倍一族の館跡には二つの石が立っており、その間には必ず早池峯が入るとの事から、安倍一族も又北に聳える早池峯を意識していたのは、まず間違いないだろう。「続日本記(二月甲戌)」元明天皇による遷都の詔では「平城の地、四禽図に叶ひ、三山鎮を作し、亀筮並に従ふ。都邑を建つべし。」というように、三山が登場する。ここでの三山は"大和三山"と呼ばれるもので、香具山・畝傍山・耳成山をいう。「万葉集」の歌に「香具山は 畝火ををしと 耳成と 相あらそひき 神代より かくにあるらし 古昔も 然にあれこそ うつせみも 嬬をあらそふらしき」という大和三山が神代に恋争いをしたという歌があるが、これが恐らく岩手三山(岩手山・姫神山・早池峯山)の恋争い伝説の原型であろう。大和三山では、畝傍山が男神である説と、女神である説がある事から、岩手三山の中では、早池峯山が畝傍山の位置にされて伝えられている。

四神相応を謳いながら平城京が三山で良しとしているのは、その山のバランスが良いという事に加え、北に山があれば南は、北よりも低くなだらかであり水が豊富であれば、山があっても無くても良いからだ。南は朱雀となるが、あくまで南方の守護であるから、山は無くとも良い。遠野の場合、南には物見山が聳えるが、遠野三山よりも低く、それよりも重要なのは、古代の物見山は桂の木が多く、慈覚大師が七体の観音様を彫ったとの伝説も残っている。そして物見山には池が三か所もあったという程、水が豊富な山であったようだ。風水的には、南に水が豊富であるのが良しとされる事から、物見山は霊山としての資質はじゅうぶんにある山という事がわかる。
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こうして遠野は、三山が理想の形に鎮座する盆地であり、陰陽五行的にも理想の地である事から、三女神伝説が組み込まれ、語られたのであろう。遠野は地形的にも、伝説が発生する土壌が大昔からあったという事はだ、既にそれを見出して、遠野に移り住んだ人々も多く居たのだろうと思えるのである。

ちなみに補足であるが、上の画像は、寺沢高原から見た、冬の石上山である。早池峯山や六角牛山に比べて、山容が余りにも地味すぎる。だが石上山に登った事のある人ならわかるが、登山道は三山に相応しいものだという事を付け加えておく。見た目は地味な石上山は、登ってこその山。是非多くの人に、遠野三山制覇をして欲しいものである。
by dostoev | 2016-05-21 23:07 | 「遠野物語考」1話~ | Comments(0)

「遠野物語6(山のモノ)」

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遠野郷にては豪農のことを今でも長者と云ふ。青笹村大字糠前の長者の娘、ふと物に取り隠されて年久しくなりしに、同じ村の何某と云ふ猟師、或日山に入りて一人の女に遭ふ。恐ろしくなりて之を撃たんとせしに、何をぢでは無いか、ぶつなと云ふ。驚きてよく見れば彼の長者がまな娘なり。何故にこんな処には居るぞと問へば、或物に取られて今は其妻となれり。子もあまた生みたれど、すべて夫が食ひ尽して一人此の如く在り。おのれは此地に一生涯を送ることになるべし。人にも言ふな。御身も危ふければ疾く帰れと云ふまゝに、其在所をも問ひ明らめずして遁げ還れりと云ふ。

                                                         「遠野物語6」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
神隠しに遭う、もしくは山へと逃げる女の話が、いくつか「遠野物語」に紹介されている。その山で女に遭遇する殆どが、やはり山へと出入りする猟師であった。例えば現代では、人が行方不明になれば山を捜索したりするものであるが、この時代、里のどこを探しても見つからなくとも、山を探すという事は稀のようである。里人にとって、それだけ山は恐ろしい場所であり、滅多に寄り付かない場所であったのだろう。だからこそ、獣以外は誰も居ない筈だと思っている山で女に遭遇した時、人間では無いだろうという思考が過り、恐怖に怯えてしまうのだろう。

ところで、この長者の娘は「物に取り隠されて」と言っているが、その"物"とは山男であるのは間違いないだろう。「日本書紀」や「万葉集」などでは、「鬼」という字を「もの」「しこ」「かみ」と訓じている。それは、言霊が生きているからでもあった。例えば、物陰に鬼が潜んでいるのに気付いた時「物陰に鬼が潜んでいる。」とは言ってはいけない。「鬼」という言葉を発すれば、その鬼がこちらに寄って来ると信じられていたからだ。それ故この場合は、山男とは言わずに"物"と言うしか無かったのだろう。

ただ、子供を食い尽くしたという発言は、創作であるか、もしくは人身売買であった可能性があるか。人身売買の歴史は古く、「日本書紀(天武天皇記)」に人身売買の許可申請が成されている。それもやはり子供が主体であったようだ。公には許可にはならないが、密売は横行していたようである。食べたというより、売ったという方が現実的ではなかろうか。とにかく、こういう話が里人に伝われば、益々山とは恐ろしい場所であると認識されるのだろう。
by dostoev | 2015-04-02 17:06 | 「遠野物語考」1話~ | Comments(0)

「遠野物語4(生きている死霊)」

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山口村の吉兵衛と云ふ家の主人、根子立と云ふ山に入り、笹を苅りて束と為し担ぎて立上らんとする時、笹原の上を風の吹き渡るに心付きて見れば、奥の方なる林の中より若き女の稺児を負ひたるが笹原の上を歩みて此方へ来るなり。極めてあでやかなる女にて、これも長き黒髪を垂れたり。児を結び付けたる紐は藤の蔓にて、著たる衣類は世の常の縞物なれど、裾のあたりぼろぼろに破れたるを、色々の木の葉などを添えて綴りたり。足は地に著くとも覚えず。事も無げに此方に近より、男のすぐ前を通りて何方へか行き過ぎたり。此人は其折の恐ろしさより煩ひ始めて、久しく病みてありしが、近き頃亡せたり。

                                                         「遠野物語4」

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この謎の女は「縁女奇譚」によれば、三年前に死んだ筈の、美しいオリエという女であったそうだ。つまり、歩いていたのは死体であったか、幽霊であったかという事になる。子供をおんぶしているが、相手に対して子供を抱っこしてとも何も言わず、接しようとしない事から「ウブメ」や「子育て幽霊」の系統からは外れてしまう。小松和彦「日本怪異妖怪大事典」には、宮城県で幽霊と遭遇し体調を崩した話が紹介されている事から、それに近いものだろうか。ただ、遠野の綾織に聳える二郷山には、見ただけで死ぬと云われるものが三つまで紹介されている。この「遠野物語4」においても、その恐怖により煩い死に至っている事から、二郷山の系譜に近いものなのか。或は、この遭遇した吉兵衛がこの死霊であるオリエと生前、何等かの因縁があった為に、それが心に重くのしかかった末の死であったろうか。これが怪談話となれば、祟り殺されたと語り継がれそうな話でもある。やはり吉兵衛とは、浅からぬ因縁があったのではなかろうかと思えてしまう。語り部である90歳を過ぎる白幡ミヨシさんは、この話は現実に伝えられた話だとしている。

ところが、菊池照雄「山深き遠野の里の物語せよ」には、より詳細な事が書かれてあった。実はこのオリエ、死んだとされて土葬にされたが、途中で息を吹き返し、自力で墓から脱出した女であったようだ。

「一度、土の中に埋められた者は、二度と村には帰れないと言われた。山からは、出ない。私を見た事を、誰にも話さないでください。」

人間の死の確認は、医者を呼ぶと言う時代では無かった為、その村の者が素人判断で死亡を認定していた時代であったようだ。だからこそ、仮死状態で埋葬され、生返った者もいる中、息を吹き返しても誰にも知られず棺桶からの脱出もはばからず苦しんで死んでいった者達もいただろうされていた。実際に、暫くした後に棺桶を掘り返した時、その棺桶から首や手を出していた仏さんがいたという事だ。

土葬の穴を掘る役をやった者達の証言には「百人のうち二、三人は生返る者があったのではないか。」と語っている。その昔、人間の死というものは、曖昧な基準の上に成り立っているようであった。だからこそ、現代では医者の判断の元に人間の死が認定されるのも、過去のこういう出来事があったからなのだろう。しかし、それよりも恐ろしいのは、一度死んだ人間に対する差別感ではなかろうか。つまり、一度死んだ人間は、もう生きている人間ではない。もしかして、死者が生き返った者とは、生前の本人とは違う恐ろしい存在では無いかとのとの疑念が、極端な迷信を生み出した。だからこそ、オリエの言う「二度と村へは帰れない。」という発言に繋がるのだろうか。それ故に、生活の場を失った者達は、山で暮らすしか無かったのかもしれない。
by dostoev | 2015-04-01 20:24 | 「遠野物語考」1話~ | Comments(0)

「遠野物語8(サムトの婆)」

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黄昏に女や子供の家の外に出て居る者はよく神隠しにあふことは他の国々と同じ。松崎村の寒戸と云ふ所の民家にて、若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎ置きたるまゝ行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、或日親類知音の人々其家に寄り集まりてありし処へ、極めて老いさらぼひて其女帰り来れり。如何にして帰って来たかと問へば人々に逢ひたかりし故帰りしなり。さらば又行かんとて、再び跡を留めず行き失せたり。其日は風の烈しく吹く日なりき。されば遠野郷の人は、今でも風の騒がしい日には、けふはサムトの婆が帰つて来さうな日なりと云ふ。

                                                        「遠野物語8」

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【阿留沢】

菊池照雄「山深き遠野の里の物語せよ」によれば、上閉伊郡松崎村の登戸に住む茂助の家の娘で、サダという名前であったという。「遠野物語」では「寒戸」という地名になっているが、これは柳田國男が間違ったか、もしかして意図的に地名を変更したものかとされている。この登戸の西側に阿曽沼氏の館があり、その館に向う登門の場所であったものが、いつしか登戸という地名になったという事である。

その当時、人々は理由のわからない家出を指して"神隠し"と呼んだそうであるが、そのサダは六角牛山の山男に攫われたという事になっているが、そのサダが住んでいたのは六角牛山の阿留沢にある岩窟であったそうだ。それは、山男と生活していたというより、一人で山の生活を送っていたかの様な話である。「遠野物語3」に登場する、鉄砲に撃たれた美しい女もまた、山深い笛吹峠の緒桛の滝周辺に住んでいた女であった。

また別に、山神の怒りに触れて石になったとの伝承があり、六角牛山の中腹にある姥石とは、そのサダが石になったものだろうとされている。つまりそこには、山神や山男の加護は無く、自らの罪で石になってしまったサダであり、サムトの婆の話となっている。

そのサダの罪とは何かと考えれば、六角牛山の女人禁制の境界を越えたものとは別に、里に対して被害をもたらした事もあるのではなかろうか。「遠野物語8」には載ってないが、毎年サダが里に下りて来るたび、暴風雨が吹き荒れ、収穫を前にした作物がダメになってしまうというもの。作物は神にも捧げるものであるから、それを台無しにしてしまうサダの行為は、山神の怒りに触れたのだろうか。村人達は、サダがもう里に下りた来ない様に、山伏に頼んで六角牛山と里の境界に道切りの法をかけてもらい、結界石を置いたと云う。

しかし、毎年山から下りて来るたびに暴風雨が吹き荒れるとは、まさに妖怪化した婆様であろう。土淵の山口部落では、南方にその六角牛山が今にも迫ってきそうに聳えている。そして「いつまでも煩くしているとモンスケ婆が来るぞ!」という子供を脅す言葉が伝わっていたという。そのモンスケ婆とは茂助の家の婆様の事を言い、それは六角牛山に住むサムトの婆の事であった。恐らく、民話などで良く聞く山姥がモンスケ婆と結び付いた為に、恐ろしい存在になったのだろう。今で言う、都市伝説の様な話である。生きている娘が山に棲み付き、恐ろしい形相となり子供を襲いに来るなどと聞いたら、眼前に聳える六角牛山を見て子供達はリアルに、恐ろしい思いを抱いたに違いない。
by dostoev | 2015-03-30 17:25 | 「遠野物語考」1話~ | Comments(0)

「遠野物語5(界木峠)」

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遠野郷より海岸の田ノ浜、吉里吉里などへ越ゆるには、昔より笛吹峠と云ふ
山路あり。山口村より六角牛の方へ入り路のりも近かりしかど、近年此峠を
越ゆる者、山中にて必ず山男山女に出逢ふより、誰も皆怖ろしがりて次第に
往来も稀になりしかば、終に別の路を境木峠と云ふ方に開き、和山を馬次場
として今は此方ばかりを越ゆるやうになれり。二里以上の迂路なり。

                                   「遠野物語5」

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以前は「境木峠」であったようだが、現在は「界木峠」と、表記が変わっている。この「遠野物語5」に書かれているように、笛吹峠をやめて境木峠に変えた人が多く居たという事は、笛吹峠の恐ろしさが広く伝わっているという事だろう。「近年此峠を越ゆる者、山中にて必ず山男山女に出逢ふ」つまり、笛吹峠は通るたびに山男や山女に必ず遭遇するという事。これだけの噂が、何故に広まったのか興味深くもある。
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ただ峠を比較してみると、笛吹峠は峠の頂まで、曲がりくねった坂道を延々と登らねばならないのだが、境木峠はある程度まで登ると、あとは平坦な道を進むので、かなり楽である。

「行きはよいよい 帰りはこわい」

上記は「とおりゃんせ」という作者不詳の歌だが、遠野において「怖い」とは「疲れた」という意味であり、行きは元気で歩いて行くが、帰りはへとへとに疲れてしまうの意として捉える事が出来る。そういう意味では、笛吹峠とは、行きも帰りも「怖い峠」ではあるのだ。

それでは境木峠が怖くないかといえば、さに非ず。境木峠には狼の話が多い。そして恐らく、狼を神として祀る"三峰様"の石碑も、一番建てられているのが境木や和山であろう。それでも、どう対処して良いかわからぬ山男・山女よりも、神でもある狼の方が性質もわかっている為か、対処し易かったのかもしれない。だから笛吹峠よりも、多くの人は境木峠を通ったのだろう。
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そして笛吹峠に比べて境木峠の方が楽だろうと思うのは、沢が近いからではないだろうか。笛吹峠の沢は、谷の奥深くに降りないといけない。飲み水をとろうにも、谷底まで下るには難儀する。その点、境木峠は道沿いに沢が流れている為、簡単に喉の渇きを癒せる。そういう意味からも、笛吹峠の方が境木峠よりも「怖い」のだと考える。そしてもう一つ挙げれば、境木峠は南向きの道であり日当たりが良い。これは、笛吹峠と比較しても春の雪解けが早く、それだけ一年の利用頻度もかなり高くなるであろうから、やはり境木峠に人が集中したのだろう。
by dostoev | 2013-05-08 19:49 | 「遠野物語考」1話~ | Comments(0)

「遠野物語9(共同幻想)」

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菊池弥之助と云ふ老人は若き頃駄賃を業とせり。笛の名人にて夜通しに馬を
追ひて行く時などは、よく笛を吹きながら行きたり。ある薄月夜に、あまた
の仲間の者と共に浜へ越ゆる境木峠を行くとて、又笛を取出して吹きすさみ
つゝ大谷地と云ふ所の上を過ぎたり。大谷地は深き谷にて白樺の林しげく、
其下は葦など生じ湿りたる沢なり。此時谷より何者か高き声にて面白いぞー
と呼ばる者あり。一同悉く色を失ひ遁げ走りたりと云へり。

                                    「遠野物語9」

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夜の山は恐ろしいという認識の元に歩いていると、どんな音にも敏感になり、あっという間に恐怖は襲いかかって来る。「一同悉く色を失ひ遁げ走りたりと云へり。」という記述は、その全てを物語っているかのよう。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というのは、何にでも言えるのもので、気持ちが動揺し、落ち着いて眼の前のモノを認識できない。これはよく犯罪を目の当たりにして、その犯人のモンタージュを作成する時、人によって供述がバラバラなのは皆、同じ心境で犯人の犯行を目撃したものでは無いのだと考えられる。

また集団の心理として「一同悉く色を失ひ遁げ走りたりと云へり。」というものは、自分も子供の頃に経験がある。恐怖心を抱いたまま皆で夜道を歩いていると、その中の一人が…例えば風に揺れてガサッと音を出した木々に相対した瞬間、怖さに耐えきれなくなって「わぁ~」と叫ぶ。そうすると堰を切ったように皆が一斉に「わぁ~」と逃げ出してしまう…と同じであろう、所謂集団心理、共同幻想に陥った為であろう。

とにかくこの「遠野物語9」は、自分たち以外にこんな時間に、こんな場所を歩いている筈が無いだろうという意識下からの怪奇譚みたいなもの。今でも遠野では、例えばマツタケを採る場合、人に見つからない様、夜に採りに行く人が意外にいる。また禁止されている川での夜突きも一度見た事がある。夜の沢にボゥと明りが灯っている様は、場合によっては人に対し恐怖を与えるもの。人の脳裏に『こんな夜に、何をしていのだろう?』という疑問は、夜の闇と相まって恐怖に変換される。

「遠野物語9」では「薄月夜」とあるが、これは三日月や新月ではなく、恐らく満月に近いもので、雲が薄っすらとかかっている状況だと思われる。画像の様に満月の夜は明るく、夜道を歩くにも明りを必要としない 。薄月夜であっても、ある程度は歩けるもの。こういう月の明るい夜には先に書いた、山での山菜やキノコ採りをしているか、山の沢での漁をしているものと思ってしまう。

「面白いぞー!」

という叫び声は沢山、山菜&キノコがあったか、もしくは夜の沢での漁で沢山捕れ「面白いぞー!」と仲間に叫んでいるのではないだろうか(笑)(^^;
by dostoev | 2011-03-04 06:08 | 「遠野物語考」1話~ | Comments(6)

「遠野物語3(鉄砲に撃たれたトヨ)」

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山々の奥には山人住めり。栃内村和野の佐々木嘉兵衛と云ふ人は
今も七十余りにて生存せり。

此翁若かりし頃猟をして山 奥に入りしに、遥かなる岩の上に美しき
女一人ありて、長き黒髪を梳りて居たり。顔の色極めて白し。不敵の
男なれば直に銃を差し向けて打ち放せしに弾に応じて倒れたり。其
処に馳せ付けて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪は又そ
のたけよりも長かりき。

後の験にせばやと思ひて其髪をいさゝか切り取り、之をわがねて懐
に入れ、やがて家路に向ひしに、道の程にて耐え難く睡魔を催しけ
れば、暫く物陰に立寄りてまどろみたり。其間夢と現との境のやうな
る時に、是も丈の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かのわ
がねたる黒髪を取り返し立ち去ると見れば忽ち睡は覚めたり。山男
なるべしと云へり。

                               「遠野物語第三話」

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写真は、嘉兵衛に鉄砲で撃たれたとされるトヨの供養塔と呼ばれるもの。これは現在でも、嘉兵衛の元住居跡にある。ただこの供養塔の信憑性に関しては、未だにわからないというのが正解だろう。菊池照雄氏は、この鉄砲に撃たれた女は、佐々木喜善の大叔母のトヨであると記している。そのトヨとは、「遠野物語22話」に登場する狂女なのだと。菊池照雄氏は、この話に登場するのはトヨだと確信しているが「注釈遠野物語」では、それをアッサリと否定している。ただし、明治12年銘の石碑を明治41年生まれで嫁入りした女性の話を聞いて、否定する「注釈遠野物語」の解説も鵜呑みにはできない。何故なら大抵の場合、嫁として嫁いだ者に対して姑も含め、家々に伝わるものや周囲の事ごとなど、その詳細を知らされないからだ。
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トヨが鉄砲で撃たれた場所は、笛吹き峠から渓流に下り、さらに深い山中に登った、オガセの滝の処であるという。トヨの詳しくは、菊池照雄著「山深き遠野の里の物語せよ」に書かれている。
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「遠野物語3話」の舞台は、オガセの滝では無いか?という事だが、女が櫛で髪を梳いていたのは、当然髪を洗った後に太陽の光を浴びて乾かすという意図も含んでのものなのだろう。その滝の傍にある屹立した岩があり、景色もよく日当たりも良い。多分写真の岩でトヨは座って、故郷を遠望しながら髪を梳いでいたのかもしれない。
by dostoev | 2010-12-10 01:11 | 「遠野物語考」1話~ | Comments(0)

「遠野物語7(姥神)」

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上郷村の民家の娘、栗を拾ひに山に入りたるまま帰り来らず。家の者は
死したらるならんと思ひ、女のしたる枕を形代として葬式を執行い、さてニ
三年を過ぎたり。然るに其村の者猟をして五葉山の腰のあたりに入りしに、
大なる岩の〇ひかかりて岩窟のやうになれる所にて、図らず此女に逢ひ
たり。互に打驚き、如何にしてかかる山には居るかと問へば、女の曰く、
山に入りて恐ろしき人にさらわれ、こんな所に来たるなり。遁げて帰らんと
思へど些かの隙も無しとのことなり。其人は如何なる人かと問ふに、自分
には並の人間と見ゆれど、ただ丈極めて高く眼の色少し凄しと思はる。
子供も幾人か生みたれど、我に似ざれば我子には非ずと云ひて食ふにや
殺すにや、皆何れへか持去りてしまふ也と云ふ。まことに我々と同じ人間
かと押し返して問へば、衣類なども世の常なれど、ただ眼の色少しちがえ
り。一市間に一度か二度、同じやうなる人四五人集り来て、何事か話を為
し、やがて何方へか出て行くなり。食物など外より持ち来るを見れば町へも
出ることならん。かく言ふ中にも今にそこへ帰って来るかも知れずと云ふ故、
猟師も恐ろしくなりて帰りたりと云へり。二十年ばかりも以前のことかと思わ
れる。

                     「遠野物語7」

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五葉山の頂手前には、姥石神社というものがある。その姥石神社の御神体が、背後にある岩屋となる。沿岸地区には、難破船が多くあったらしく、また流れ着いた西洋人の話も多い。そして、その西洋人と地元の娘の結びつきもまたあったのだという。昔から「余所者は、幸せを運ぶ場合があるが大抵は、災いを運ぶ者である。」という認識のもとに立てば、漂流者である西洋人との結びつきによって、地域の娘を奪われるというものは、災い以外の何物でもない。

虐げられた娘、行き場を失った娘が山へと逃げる話は「遠野物語」に掲載されないものの中にも見出せる。この「遠野物語7」における行方不明となった娘もまた、その類となり、山にその意識を祀られた存在では無かったのか?

山に棲む者は、山姥となる。これは山神が本来女であり、様々なものを生み出してきた存在。つまり古くから山に生きてきた女のイメージから、その姿は若い娘ではなく、年老いた姥となっているのだろう。そのイメージ故に、年老いた姿となって人前に現れる。

「遠野物語7」における娘がいた岩窟とは、現在の姥石神社の御神体となっている岩屋であろう。山に逃げた女が山の神と結びつき、物語を生み、娘もまた山の主の一人として、山姥と変身し、信仰されたのかもしれない。
by dostoev | 2010-12-10 00:51 | 「遠野物語考」1話~ | Comments(0)