遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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2018年 01月 07日 ( 1 )

多国籍文化共生のカオス

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昔、椎名誠の本を読んでいたら、確か新宿の喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいると、隣の席にアベックがいたと。アベックはドイツ語で、カップルの意味でもある。昔はアベックが一般的だったが、それがカップルになったのはもしかして、柳沢きみお「翔んだカップル」が流行ってからだったろうか?とにかく椎名誠が喫茶店の席に座っていると、隣のアベックの男が、彼女に対してしきりに「アイラブユー」を連発していたと。よく洋画にはまると、洋画のセリフがカッコイイと思い、それを言ってみたくなる時がある。しかし、日本の日常世界に急に「君の瞳に乾杯」などというキザなセリフは浮いてしまうので、躊躇する人が殆どだと思う。しかしその男は、しきりに「アイラブユー」を連発していたのは称賛に値する。しかし、やはり日本社会では受け入れられないのが現状だろう。

西洋人に憧れて、鼻を高くする整形を施したり、髪を金髪にする人は、かなり日本に定着している気がする。基本的に、白人はカッコイイと思っている人が多いからだ。それと共に、黒人がカッコイイと思っている人達もいる。それに合わせるかのように、俗にブラックミュージックと云われるものの演奏をしたり、ファッションを真似したりと、それはそれで問題は無い。しかし最近、とある芸人が顔を黒塗りにして黒人の真似をした事が"黒人差別"だと叩かれている。白人の真似をするなら、整形をして髪を金髪にすれば、それらしく見える。しかし黒人に憧れている人や、黒人の真似をしたい人は、どうすればいいのだろうか?その前に、髪を金髪にするのは、"白人差別"にならないのだろうか?思えば「チビクロサンボ」という童話も、差別だとされ世の中から姿を消したようだ。また例えば日本の漢字にしても障害者に「害」という漢字が含まれているから差別だ!と騒ぎ、いつからか「障がい者」という表記も普通になりつつある。ただ思うに、その差別だと声を掲げる人達は、例えば「広島」を「ヒロシマ」と表記し、「福島」を「フクシマ」と表記しているようだ。つまりどこかで日本文化の一つである、漢字文化の破壊をしいるように思えて仕方ない。差別を乱用すれば、いろいろなものを無くしてしまう可能性はある。

話は横道にそれたが、白人・黒人の話は、どちらかというとアメリカ文化の流入からきているものだ。ところが最近は、いろいろな国から日本に住みつく人達が増えて、田舎に住んでいるとわからないが、東京へ行くと、まるで日本じゃない気がするとの話も聞く。いろいろな国の人達が日本に住めば、いろいろな文化もまた日本に溶け込もうとするだろう。例えば、外来語やカタカナ英語などは、昔から日本文化に融合された感じで定着している。それでも、あくまで単語としての外国語であって、自分の気持ちを伝える一つの日本の言葉で「愛してる」を「アイラブユー」と訴えても違和感しか残らない。

似た様なものに、遠野市のスーパーでいつからか挨拶を朝鮮式挨拶に変えたスーパーがある。「ありがとうございます」と言いながら、朝鮮式の肘を広げる挨拶だ。これにはいつも違和感を覚える。何故なら、逆に日本式挨拶をしながら中国語の「シェイシェイ」と言ったら、買い物客はどう思うかだ。英語の「サンキュー」と言った場合、買い物客はどう思うかだ。地元のスーパーは、そういう事をやっている。音で発すれば目立つから、音は日本語で発し、仕草は朝鮮式にするから目立たない様に思えるだろうが、世の中には仕草を見ている人達はかなり存在する。挨拶の言葉は耳で受け入れ、挨拶の仕草は目で受け入れてしまうから、目に映る違和感がありすぎるのだ。ただ先の外国文化に憧れて真似する人はいる。その遠野のスーパーでは全ての人が朝鮮式挨拶をしているわけではないが、最近入った新人さんが、やはり朝鮮式挨拶をしている事から、上からの指導があったのが理解できる。つまり、朝鮮式挨拶を指導した経営者が、朝鮮文化に憧れを持って、従業員に指導しているのかとも思える。それならば中途半端な事はせずに、挨拶の言葉も日本語から朝鮮語に変えてもいいのでは?などと思ったりもする。何故ならそのスーパーは新たな文化の発信を、自分の店で出来るからだ。慣れてくれば、受け入れる人達も増えるのではないか。ただし、自分はダメ。やはり日本式の「ありがとうございます」の言葉には、日本式の挨拶でして欲しいからだ。

元々多様化している文化を持つ日本。「エッサ!ホイサ!」という掛け声の「エッサ」とは、ヘブライ語で「担ぐ」という意味になるという。古代にはすでにヘブライ語を導入していたのか?となるが、真意はまだよくわからないようだ。ただ日本が国として確立しようとした頃は、諸外国のいろいろなものを取り入れていたのだろうと予想は付く。殆どは中国から多くの書物が輸入され検討されたようだが、その中にはトンデモ本も混じっていた様なので、おかしな知識も入ったのだろう。また羊太夫の様に、クリスチャンも古代に居た事から、キリスト文化が日本に文化に融合されていたとしても驚きはない。キリスト教が禁止され、外国の宣教師が国外追放となってから、クリスチャンとなった日本人達が、見よう見まねで、宣教師たちの真似をしてキリスト教の教義を模倣していたという。しかしそれはどんでもないもので、明治時代になって多くの宣教師が訪れ、隠れキリシタン達の信仰方法を垣間見、それはもうキリスト教とは、かけ離れた不思議なものになっていたらしい。これもまた日本文化との融合であったのだろう。普通の阿弥陀如来像に罰点が付いているだけで、キリスト信仰であるとした場合、本来の宣教師達は、それを認める事が出来ないだろう。つまり隠れキリシタンの信仰形態は、あまりにも日本的過ぎて外国人宣教師から否定されたのだった。ただ外国文化が日本文化と融合した場合、あくまで日本文化主導の融合であるなら、それはすんなり受け入れられるだろう。中華料理なども、そのままの味が日本に来るのではなく、日本人の好みの味に直されて広がったと同じだ。そういう意味では、これから様々な多国籍文化が日本に流れ着いたとしても、残るのは日本流にアレンジされたものだけが残るのだろう。
by dostoev | 2018-01-07 12:16 | よもつ文 | Comments(0)