遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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2018年 01月 06日 ( 1 )

早池峯での心霊体験(宮澤賢治)

f0075075_1465194.jpg

昨日、以前泊ったお客さんから、本のコピーが送られて来た。三浦正雄・矢原秀人「あの世はあった」というタイトルで、読んでみると、宮澤賢治の心霊体験について記してあった。賢治の心霊体験は、宮沢賢治「河原坊」という詩と、森荘巳池「宮澤賢治の肖像」佐藤隆房「宮澤賢治(改訂増補版)」からの引用であった。

まずは、宮沢賢治「河原坊」の一部を紹介。

寒さとねむさ もう月はただの砕けた貝ぼたんだ

さあ ねむろう ねむろう

…めざめることもあろうし そのまま死ぬこともあろう…

誰かまわりをあるいているな

誰かまわりをごくひっそりとあるいているな

みそさざい みそさざい

ぱりぱり鳴らす 石の冷たさ 石ではなくて二月の風だ

…半分冷えれば半分からだがみいらになる…

誰かきたな

…半分冷えれば半分からだがみいらになる…

…半分冷えれば半分からだがみいらになる…

…半分冷えれば半分からだがみいらになる…

そこの黒い転石の上に うす赭いころもをつけて

裸脚四つをそろえて立つひと

なぜ上半身がわたしの眼には見えないのか

まるで半分雲をかぶった鶏頭山のようだ

…あすこは黒い転石で みんなで石をつむ場所だ…

向うはだんだん崖になる あしおとがいま峯の方からおりてくる

ゆうべ途中の林のなかで たびたび聞いたあの透明な足音だ

…わたくしはもう仕方ない 誰か来ように ここでこう肱を折りまげて

睡っているより仕方ない だいいちどうにも起きられない…


叫んでいるな(南無阿弥陀仏)(南無阿弥陀仏)(南無阿弥陀仏)

何というふしぎな念仏のしようだ まるで突貫するようだ

もうわたくしを過ぎている

ああ見える 二人のはだしの逞しい若い坊さんだ

黒の衣の袖を扛げ 黄金で唐草模様をつけた

神輿を一本の棒にぶらさげて 川下の方へかるがるかついで行く

誰かを送った帰りだな 声が山谷にこだまして

いまや私はやっと自由になって 眼をひらく

f0075075_14365360.jpg

まず驚いたのは、宮沢賢治は早池峯の岩の上に、そのまま寝たという事。登ったのは夏の様だが、詩の中の表現に「ぱりぱり鳴らす 石の冷たさ 石ではなくて二月の風だ」というのは、それだけ寒かったという事なのだろう。夏の夜を早池峯山頂で過ごすと、今が夏である事を忘れるくらいに寒い。その早池峯の寒さを、そのまま石の上に寝る宮沢賢治とは、常人ならざる者としか思えない。ただ極限に身を晒すと幻覚を見るという話を聞いた事があるが、この時がそうであったのだろうか。

また気になったのは、宮沢賢治が呪文のように「みそさざい みそさざい」と言っている事だ。鳥の「ミソサザイ」は別に「ミササギ」とも云う。「ミササギ」は天皇陵の意味にもなる事から、宮澤賢治は自らが横たわった石の上を天皇陵に模したものかとも思えてしまう。その後に「半分からだがミイラになる」と言っている事から、寒さと孤独を表現し、それはやはり天皇陵を意識しているのかと感じてしまう。山は、魂が登る地とも云われた。山を、疑似墓所とする場合もある。その山の中でも早池峯は、その信仰圏が際立って広い。早池峯山頂手前には、賽の河原と呼ばれる場所があるが、この「河原坊」の詩の一節に「みんなで石をつむ場所だ」という言葉から、早池峯全体が霊界である認識をしていたのだろう。
f0075075_15473251.jpg

この「河原坊」という詩とは別に、森荘巳池が「宮澤賢治の肖像」で、宮沢賢治が早池峯で体験した言葉を紹介している。

お月さまもあって静かでよい晩でしたね、うつらうつらしていましたらねえ、山の上の方から、谷あいをまるで疾風のように、黒いころもの坊さんが駆け降りて来るんですよ。念仏をとなえながら、またたく内に私の前を通り過ぎ、二人とも若い坊さん達は、はだしでどしどし駆けて行ったんです。不思議なこともあるもんだとぼんやり私は見送っていましたがね。念仏はだんだんに細かく微かに、やがて聞こえなくなったんですよ。後で調べたら、あすこは昔大きなお寺があったとこらしいんですね。河原の坊といわれるところでしたよ。土台の石なんかもあるという話でしたよ。何百年か前の話でしょうねえ、天台か真言か古い時代の仏跡でしたでしょうねえ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そしてもう一つ佐藤隆房「宮澤賢治(改訂増補版)」では、宮澤賢治が金野医師に語った、早池峯での霊体験の話が紹介されている。

僕はもう何べんか早池峯山に登りました。あの山には、御承知かもしれませんが早池峯の七不思議というものがありまして、その一つに河原の坊という所があります。早池峯の登山口で裾野をのぼりつめたところの岳川という、岩をかむ清流の岸辺にありまして、言い伝えでは何でも何百年か以前に天台宗の大きな寺のあった跡で、修行僧も大勢集まっていて、随分盛んなものだったということです。そこでは今も朝の小暗い黎明時に、ひょっとするとしんしんと読経の声が聞こえて来ると噂されております。先年登山の折でした。僕はそこの大きな石に腰を掛けて休んでいたのですが、ふと山の方から錫杖を突き鳴らし、眉毛の長く白い見るからに清々しい高僧が下りて来ました。その早池峯に登ったのは確か三年ばかり前なのですが、その御坊さんにあったのは何でも七百年ばかり前のようでしたよ。
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「河原坊」の詩とは違い、知人に語る心霊体験談は、ひょうひょうとしている。ある意味、照れ隠ししているかのよう。宮沢賢治の父は、常々「怪力乱神」を語ってはならぬと諌めていたようだ。それでも、そういうモノを頻繁に体験・遭遇する賢治は、それを淡々と話す事で大袈裟にしないようにしていたのかもしれない。宮澤賢治本来の感覚は詩に表し、その感覚を抑えた表現を知人に語っていたのだろう。

「神輿を一本の棒にぶらさげて 川下の方へかるがるかついで行く

                     誰かを送った帰りだな」


宮澤賢治の心霊体験が本当なのかはわからぬが、この詩の一節から、早池峯には死者の魂が昇り集り、それを坊さんの霊たちが、川へと持って行き禊をしているかの表現になっているのは、三途の河を意識して見た幻なのか。見える人と、見えない人という表現があるが、誰でも「そこに霊がいる」と言えば、大抵の人が冗談を言っているのだと思ってしまう。だが宮沢賢治の感覚は、どこか一般人とかけ離れているのは、多くの人が理解しているのだと思う。その賢治が見たと言えば、殆どの人がそれを認めてしまうのではなかろうか。テレビに出演する胡散臭い霊能力者の「あなたの後に霊が!」という言葉より、現代人にとって"宮沢賢治なら仕方ない"と認めてしまう雰囲気はあるような気がする。

佐々木喜善もそうだったらしいが、いつもどこか遠くを見つめていたらしい。それはこの世とは違う場所を見つめていたようだ。それと同じように、宮沢賢治もまた、人の見えぬ世界を見つめていたからこそ、あれだけの作品と、人と違った表現が出来るのだなとも思える。

宮澤賢治は他に、大入道を見たとか、餓鬼の声を聴いたとの体験談もあるようだ。そこでふと以前、遠野の早池峯神社境内で大入道を見たと云う人の話を思い出した。変なもので、大入道を見たというと、どこか胡散臭く感じるが、宮沢賢治も見た大入道と同じとなれば、どこかで『もしかして有り得るか?』などと、思ったりもする。宮澤賢治は、現実世界と、また違う別世界に足を踏み入れている住人だと感じていた。こういう霊体験は、普通にするだろうとも。それ故に、早池峯で僧の幽霊を見たといって驚きはしない。それよりもこれを読み、自分は宮沢賢治の時代における早池峯の立ち位置であり、存在を再認識した。宮澤賢治が惹かれた早池峯という山は、蛇紋岩だけでなく、その信仰の深さにもあったのだろうと。
by dostoev | 2018-01-06 17:01 | よもつ文 | Comments(0)