遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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2014年 06月 06日 ( 1 )

白龍トイウモノ

f0075075_851972.jpg

坂上田村麻呂、東夷征伐の時、奥州の国津神の後胤なる玉山立烏帽子姫
という者あり。田村麻呂は東奥を守護せり後、立烏帽子姫と夫婦になりて、
一男一女を産めり。其の名を「田村義道」「松林姫」と言へり。

其の後「松林姫」は三女を産む。「お石」「お六」「お初」と言った。三人は各所
にありしが牛や鳥に乗りて集まりし所を附馬牛という附き馬牛にて、到着の儀
なり。

天長年間、「お石」は我が守護神として崇敬せし速佐須良姫の御霊代を奉じて
石上山に登り、「お六」は、守護神の速秋津姫の御霊代を奉じて六角牛山に
登り、「お初」は瀬織津姫の御霊代を奉じて早池峰へと登った。


画像「石上山と天の川」
f0075075_10291934.jpg

上記に記したのは、綾織町に伝わる三女神伝説となる。所謂「祓戸四神」と云われる中の気吹戸主を外した三女神が、遠野三山に祀られたと書かれている。では何故、気吹戸主が外されたのか?
f0075075_974868.jpg

祓戸大神と刻まれた石碑は、遠野では唯一、宮守町で見る事が出来る。この大神という神の表示は、通常複数神では無く、単神であるべきである。つまり祓戸神が四神いるのであれば、祓戸四神と刻まれるのが通常だろう。しかし、ここでは祓戸大神とあるのは何故か。

高山の末 短山の末より 佐久那太理に落ち多岐つ 速川の瀬に坐す瀬織津比賣と云ふ神 大海原に持ち出なむ 此く持ち出で往なば 荒潮の潮の八百道の八潮道の潮の八百曾に座す速開都比賣と云ふ神 持可可呑みてむ此く可可呑てば 氣吹戸に坐す氣吹戸主と云ふ神 根の國底の國に氣吹放ちてむ 此く氣吹放ちてば 根の國 底の國に坐す速佐須良比賣と云ふ神 持ち佐須良ひ失ひてむ…。
                                                      「大祓祝詞」


「大祓祝詞」から祓戸四神が登場するシーンを抜粋してみると、日本の国土に坐す祓戸神は、瀬織津比咩只一柱の神である事がわかる。気吹戸主を含む残りの二柱の女神も、日本国土から離れた海上から根の国に坐している。つまり日本国土内での祓戸大神とは、瀬織津比咩の単神であると考えても差支えないだろう。つまり、綾織に伝わる伝説は、遠野三女神伝説をベースに、男神であろう気吹戸主を外し、祓戸の女神を付け足しただけのものであろう。これは単純に、早池峯の神が穢祓の神であり、それを三女神伝説に重ねた場合にバランスが取れない為の処置であったと思う。そこには大きな意味は無いものと思える。
f0075075_9472746.jpg

来内の伊豆神社へと直接行って見れば、伊豆神社から見えない早池峯山よりも、も六角牛山の方が印象に残る。その六角牛山の麓の六神石神社の成立は大同二年となっており、早池峯神社の一年後になっている。

六角牛山のかっての登山道では、必ず六角牛山中腹にある不動の滝にあった大滝神社に参拝してから登ったようであった。水の力によって身を清めてから登るという考えもあっただろうが、一般庶民が山に登るようになったのは、明治時代に入りヨーロッパから、ただ単に山に登る事を目的とするアルピニズムの精神が入り込んでからであった。今まで山に登っていたのは、狩猟か信仰においてだけであり、それはマタギであり修験者に限定されていた。またマタギであっても、山神に対する信仰はあったので、山神に対する信仰儀礼はあった筈である。つまり、初めに六角牛の滝へ行くという事は、禊も含め、その山神に対する祈願でもあった。その六角牛山中腹の不動の滝には竜神が現れる伝説も付随している。そこにあった大瀧神社は現在、六神石神社に合祀されている。
f0075075_950832.jpg

その六神石神社の境内には、大瀧神社に祀られていた竜神を白龍という名で石碑に刻んで残しているが、遠野で目にする白龍神社が何故か六角牛山に向いているのを思えば、六角牛山とは白龍を祀っていたのかもしれない。
f0075075_9563391.jpg

ところで白龍だが、瀬織津比咩を祀る九州の闇無浜神社に伝わる古縁起「豊日別宮伝記」に、こうある。

瀬織津比咩は、伊奘諾尊日向の小戸の橘の檍原に祓除し給ふ時、左の眼
を洗ふに因りて以て生れます。日の天子大日孁貴なり。天下化生の名を、
天照太神の荒魂と曰す。所謂祓戸神瀬織津比咩是れなり。中津に垂迹の
時、白龍の形に現じ給ふに依りて、太神龍と称し奉るなり。


上記は「古事記」において、伊弉諾が黄泉国から帰還し、中津瀬で禊祓いした時の一節に似た様な記述である。実際に九州において、瀬織津比咩は白龍と広く呼ばれているらしいのを考え合わせれば、遠野三山に穢祓の神が鎮座したならば、それは瀬織津比咩という一柱の神となる。綾織の伝説を合わせてみても、仮の名として速秋津姫とはなっているが、実際は瀬織津比咩であるのだろう。
f0075075_106043.jpg

例えば「滝沢村誌」によれば、滝沢村の白澤神社には瀬織津比咩が祀られていると記されているが、行って見ると、そこには瀬織津比咩の名は無く白龍神が祀られてあった。地域の人に聞いても白龍様が祀られているとしか知らないようだが、いつしか瀬織津比咩の名は白龍という仮の名として祀られてしまったのだが、その理由は定かではない。ただ、東和町の瀧澤神社の現在は、主たる社は十一面観音を祀り、末社として滝大明神の社が鎮座している。聞けば、別当がいなくなった為、今まで瀬織津比咩を祀っていた神社であったが、その本地である十一面観音をメインにしたそうである。その理由とは"親しみやすい"からという事であった。恐らく白澤神社の祭神が、瀬織津比咩から白龍と変わったのも似た様な理由であったのかもしれない。逆に言えば、以前は瀬織津比咩の仮の姿が白龍であると認識されていたが、それがいつしか薄れてしまったという事なのかもしれない。つまり、六神石神社に祀られる白龍神とは、瀬織津比咩であるのだと断言したい。
by dostoev | 2014-06-06 10:17 | 瀬織津比咩雑記 | Comments(0)