遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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東北最凶の心霊スポットについて。。。



http://npn.co.jp/article/detail/83321548/

内外タイムスなどで報じられた↑遠野の幽霊屋敷潜入について。。。

このニュースの影響からアクセスが極端に増えたのだと思うのだが、ちなみにアップした動画は、このニュースに載っているように、恩徳の幽霊屋敷において、山口敏太郎氏とファンキー中村氏が騒いでいる様子ですだ(^^;

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自分が、この恩徳の幽霊屋敷を知ったのは昭和56年だった…。

その当時、遠野市の観光開発という意志もあったようだ。何故なら「遠野エスコートブック」という観光本に「ある曲家の怪」という紹介が成されており、他に目玉となる観光スポットとして紹介したいが為、その信憑性の実態を知りたい故に、その当時の市会議員の思惑に乗って?自分達がその屋敷に泊りに行ったという経緯がある。

その頃の遠野は、今ほどに知名度が薄く、観光宣伝に躍起になっていた時期でもあった。。。
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この屋敷に人が住んでいたのは、昭和47年頃までだと思う。置いてあった漫画や雑誌の日付を見ると、新しいものでも昭和47年だったからだ。

【恩徳の幽霊屋敷】

この家に住んでいた人々は昭和50年近くに遠野の町へと引越し、それから空き家となった。

昭和54年に恩徳の林道工事に来ていた新里村の作業員14人、5人がその空き家を借りて仕事に通っていた事があった。ところが、夜な夜な怪奇現象が起きた為に、宮古市内の日蓮宗系寺院である本照寺から住職を呼び、その空き家でお祓いをしてもらったところ…。

「ここに、私と同じ職業の者が埋まっているようだ。」

という事を、その住職は語ったという。

この空き家は、恩徳という地の一番上にある家で、昔は立ち丸峠を越えようとする旅人は、よくこの家で宿をとったという。まだ山は霊界であり、闇には魑魅魍魎が跋扈していると思われている時代というのは、旅人は恐ろしさ故に、峠の途中で灯りを探し、一晩泊めてもらうという行動にでたのであろう。

実は恩徳では昔から有名な、八卦置きで有名な平助という人物がいた。その平助という人物は、自分の家に骨が埋まってあると占っていたという。その平助の長男は狐に憑かれたと評判になったが、なんでも「魔物だか、死んだ者とかがこの家から出るから清めねばならない…。」と暴れていたという。

そして「この家に祟りがある。」と、家に火を放ち家屋を焼いてしまったのは、昭和25年の5月であった。そして焼け跡を掘り起こしたらやはり人骨がでたのであると…。

平助の孫にあたる者が金塊を持っており、平助が屋敷の側を掘った時、矢立が出てきたという。金塊、矢立は六部が持っていたとされる物品なので、六部殺しの噂は絶えなかったという。その平助の本家がこの恩徳の幽霊屋敷と云われる廃屋なのであり、ここでも六部殺しの話しが伝わる…。
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上記に登場する平助は「遠野物語拾遺257」にも登場する。
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近年土淵村字恩徳に神憑きの者が現れて、この男の八卦はよく当たると評判であった。自分で経文を発明し、佐々木君にそれを筆写してくれといって来たこともあった。

山口の某という男がこの神憑きの男に八卦を見て貰いに行って帰っての話に、自分は不思議なことを見て来た。あの八卦者の家は常居の向こうが一本の木を境にして、三間ばかり続いて藁敷の寝床になっていたが、そこには長い角材を置いて枕にし、人が抜け出したままの汚れた布団が幾つも並んでいた。

家族は祖父母、トト、ガガ、アネコド夫婦に孫子等十人以上であるが、皆そこに共同に寝るらしかったと語ると、傍でこの話を聞いていた村の者が、何だお前はそんなことを今始めて見たのか。あの辺から下閉伊地方ではどこでもそうしているのだと言った。

佐々木君が幼時祖父母から聴いた胆沢郡の掃部長者の譚には、三百六十五人の下女下男を一本の角材を枕に寝かして、朝になるとその木の端を大槌で打叩いて起したという一節があって、よほどこれを珍らしいことの様に感じており、ことさら長木の枕という店に力を入れて話されたものだという。

                               「遠野物語拾遺257」



附馬牛村のある部落の某という家では、先代に一人の六部が来て泊って、そのまま出て行く姿を見た者が無かったなどという話しがある。

近頃なってからこの家に、十になるかならぬ位の女の児が、紅い振袖を着て紅い扇子を持って現われ、踊を踊りながら出て行って、下窪という家に入ったと噂がたち、それからこの両家の貧富の差がケェッチャ(裏と表)になったといっている。

その下窪の家では、近所の娘などが用があって不意に行くと、神棚の下に座敷ワラシが蹲まっていて、びっくりして戻って来たという話しがある。

                                「遠野物語拾遺91」

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この「遠野物語拾遺91」の冒頭に語られる「六部が泊ったが、出て行くところは見た事が無い…。」という話しは、遠野を調べると、いくつか存在する。後半に座敷ワラシとの関わりが記されているが、要は六部を殺して、その六部の所持金から財を成した祟りであろうという意味合いが、この話しでは伝わる。

小松和彦の「異人論」を読んでも、全国に異人(六部)殺しは全国に広がりをみせる。

ただ逆説的に言うならば、周囲の妬みが幻想として六部殺しを伝えた可能性はまたある。「平家物語」の冒頭や「方丈記」の伝えるものは、世の流れの必然ではあったので、その必然に対し、六部殺しと座敷ワラシの話しを組み込んだ可能性もあるからだ。

それと他に「遠野物語拾遺53」「遠野物語拾遺68」に登場する会下家にもまた六部殺しの話しは伝わる。

明治の末、会下家の息子達が狂い死にするという事件が相次いだ。イタコに観て貰ったところ、昔この地で三人の山伏が殺され、家の下に埋められているというお告げが下された。その死体を掘り起こし、供養すればよくなると言われたが、息子の狂い死には3人で止まり、その後何も無かった為、時が過ぎると共に忘れ去られたのだという。

ところが昭和時代となり、古くなった家を解体し、新築工事に取り掛かろうと、基礎工事の為、床下を掘り起こしたら、三対の白骨死体が発見されたという。その三体の白骨死体の頭蓋骨には全て、穴が開いていたのだと。これにより明治時代にイタコによって告げられた話しは現実であったと認識したのだという。

とにかく六部殺しの話しは、恩徳の幽霊屋敷だけに存在した話しではない。遠野中に、そのような話しは伝わっているのだが、何故かこの恩徳の幽霊屋敷が有名になったのは、既に家の人達は引越し廃屋となった為、外部の者達も泊り、その霊威?を体験し宣伝した為なのだろう。

実際、自分が泊る少し前に、この家の場所を確認に行った晩、廃屋の前で友達と記念写真を撮っている最中に、この恩徳という集落の下方に住む人達が挙って訪れた。集落の人々の話では、記念写真のストロボの発光が、また何かの怪異なのだろうと恐る恐る近付いて来たのだった。集落の人達は当時、昼間でもこの屋敷の傍には近付かないと言っていた程に、屋敷内部だけではなく、集落全てを恐怖に落とし込んでいたらしい。

自分達が泊った時には、確かに誰も居ないのに窓や扉がガンガンと叩かれ、立てないくらいの直下型の地震も発生したのだが、翌朝下方の住民に聞いても、立てないくらいの地震が来たとは誰も知らなかった。。。。

自分達が泊ったのが有名となり、いつしかIBCラジオ番組が取材に訪れ、その時の模様をラジオで語ってくれと頼まれ語ったのは、自分が成人式の日を迎えた時だった。

電波に乗って恩徳の幽霊屋敷の噂は益々広がり、何度かテレビ局も訪れたのだが、それまでは地方局ばかりであったが、時が過ぎ平成の世となってからの番組「ギミアブレイク」で、恩徳の幽霊屋敷の取材の話しが持ち上がった。

当時、霊能力者として評判の宜保愛子と竹中直人が遠野を訪れ、初めは恩徳の幽霊屋敷で宿泊体験する予定だったそうただが、 宜保愛子の猛烈な反対に遭い、それは無くなった。その代わりに、座敷ワラシが出るという綾織は千葉家の曲り家に竹中直人が泊り、竹中直人が寝ている部屋を赤外線カメラで一晩撮影する事に変更となった。
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ただし「ギミアブレイク」が来たその時代には既に、写真のように、恩徳の幽霊屋敷は荒果てて、とても寝泊りできる状況では無かった。

自分が泊った昭和56年&57年での恩徳の幽霊屋敷でも、若干の雨漏りはあったのだが、「ギミアブレイク」が撮影しようとした平成の世は、既に10年弱の月日が過ぎ去っていた為、屋根は落ち、屋敷中央の床も落ち、もう泊る事はできない程の状況でもあった為、撮影は取り止めになったのでは?と思っている。。。。
by dostoev | 2008-11-26 16:09 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(2)
Commented by 西やん at 2008-11-27 19:07 x
例の廃屋ですね。
まことに申し訳ないが、心霊現象の話より
「夕焼け番長」と「あばしり一家」が私にはツボでした。
なっつかし~
Commented by dostoev at 2008-11-27 19:18

>「夕焼け番長」と「あばしり一家」が私にはツボでした。
>なっつかし~

いやぁ~…懐かしかったので、思わず屋敷内で読んじまったよ(^^;
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