遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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河童と瀬織津比咩(其の十三)結(其の二)

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恐らくだが、遠野で一番古い河童の伝説は、光興寺に住む人達に語られていた「猿ヶ石川物語」ではなかろうか。河童が全国に流行したのは江戸時代になってからであるが、九州などの地域では、それ以前から伝わっている。遠野もまた、江戸時代から明治時代にかけて河童の話が出回っているが「猿ヶ石川物語」は恐らく、高清水山の麓に阿曽沼が城を築いた時代まで遡る事が出来るのではなかろうか。以前、高清水の麓である光興寺近辺の古老に聞くと、大抵「南部は嫌いだ。」と答える。阿曽沼が没落して400年程経った今でも、阿曽沼に想いを抱く光興寺近辺に住む人達にとって、昔から語り継がれていた伝承もまた大切なものであるのだろう。

阿曽沼時代の横田城では、常に目の前に猿ヶ石川が流れていた。その阿曽沼の信仰には、日光中禅寺湖の蛇神の存在があり、それは琵琶湖を舞台にした、俵藤太伝説に繋がるものであった。その蛇神とは、白龍であり白蛇。宇迦御魂命とは、白蛇の梵語である。九州地域では、瀬織津比咩の異称とされるのが白龍である。その白龍に関する話が「猿ヶ石川物語」に載っている。その「猿ヶ石川物語」の始めは、又一の滝から始まっている。早池峯に祀られる瀬織津比咩は、滝の女神でもある事から、猿ヶ石川の根源は、早池峯の滝神から始まったと捉えても良いだろう。
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猿ヶ石川と早瀬川の合流点である落合には、"河童の座石"という石があり、いかなる洪水でも水に隠れる事は無いと云われる。ここは別に「女ヶ淵」と云われ、女河童が出るとされていた。これは女河童が石の上に座り休むと云う意味合いでもあろうが、例えば「遠野物語拾遺29」「淵の中に大きな白い石があるが、洪水の前などにはその岩の上に、白い衣装の婦人が現われて、髪を梳いているのを見ることがあった。(抜粋)」また「遠野物語拾遺30」「前にいう松崎沼の傍には大きな石があった。その石の上へ時々女が現われ(抜粋)」というように、猿ヶ石川に他にも石の上に忽然と現れる女の話があり、それは女河童か?と問われれば、そういう訳では無い。そして今回の河童の座石がある女ヶ淵も、本来は女河童が出るからと女ヶ淵と呼ばれたわけではないようだ。この「女ヶ淵」には伝承があり、基本は「遠野物語拾遺25」と同じなのだが、別伝承では三姉妹のうち、末の妹が猿ヶ石川の主に貰われて行った事になっている。これがどうも、遠野三山の三女神伝説に重なりそうで、末娘が早池峯山を女神になるものに対応するかのように、女ヶ淵では末娘が早池峯を源流とする猿ヶ石川の主のものとなる話になっている。猿ヶ石川の主は、龍神だ河童だとする説があるが、その猿ヶ石川の始まりが又一の滝である事から、主の正体はあきらかだろう。

女ヶ淵の河童の座石は、早池峯の麓である又一の滝から来たものとされていた。この女ヶ淵に入ったのは女白蛇であり、その命を受けて河童が石を守っていたという伝承があった。やはり竜蛇神の眷属、そして瀬織津比咩の眷属としての河童がいた。

また「谷内権現縁起古老伝」に記されている「当に今此石を以て礫に擲げ、其の落ち止まる地を以て我が宮地と為すべし。」という文章から発生した下記に紹介する「逃げ石」の伝承というものがある。

昔早池峰山に、白髭が膝まで届く老翁が住んでいたという。或る時の事、この老翁が小石を足で蹴り落とし、早池峰山を下っていったという事である。ところが、この石の取り除かれた所から、水が湧き流れ出て、今の猿ヶ石川になったと云う事である。この老翁が蹴り落とした石は、綾織の根岸の里で動かなくなったと。それを確認した老翁は、そのまま再び早池峰山に帰ったのだという。しかしその石は不思議な事に、その土地から逃げ出し、一夜のうちに和賀郡丹内村のヤツアナのガコに行って止まったと云う。今でもその石はその淵の中にあって、権現頭のような形をして、常に早池峰山を睨んでいるという事である。「逃げ石」

この「逃げ石」の話は、「猿ヶ石川物語」の始めである石が転がる話に対応している。ところで和賀郡丹内村のヤツアナのガコとは、丹内山神社の事であった。丹内山神社は早池峯山の方向に向いて建立された神社で、その間にある瀬織津比咩を祀る滝沢神社が丹内山神社の神が顕現したところとされている。つまり丹内山神社も早池峯山に関する神社という事である。そして丹内山神社の石がそれ以前にあった地が、綾織の根岸という事になる。

柳田國男「玉依姫考」を読んでいると"神が石を生んだ"とする信仰が深く根付いていたようだ。そしてその石は、更に石を生むと。全国的には、熊野または伊勢より携えた石が子を生む話が広がっている。「猿ヶ石川物語」にも石が三分割になった話が紹介されているが、その中の一つは河童である子供の石であった。その母親である石は、猿ヶ石川の落合の女ヶ渕へ行ったとあり、その石を守ったのは河童とある事から、落合の河童座石と重なる。そしてその母親の正体は、白蛇である。つまり男神と女神(白蛇)が結び付いて生まれたのが、河童であったという事になる。

神が石を生むを猿ヶ石川に照らし合わせた場合、又一の滝を源流とする猿ヶ石川沿いに神の降り立つ影向石が定められ、後から伝説化されたものではないかと思える。東和町の熊野神社にある兜跋毘沙門天は、猿ヶ石川を見るように鎮座させられているとされている。猿ヶ石川は田瀬ダムが出来る以前は、水量も豊富で丹内神社や、兜跋毘沙門天を祀る熊野神社のすぐ下を流れていた。熊野大社もそうだが、川の源流神を祀るのは当然の事で、その源流に鎮座する瀬織津比咩を崇めるのは自然の流れであったろう。その猿ヶ石川の流域を神格化し、伝説化するに当たり、石と河童が登場するのは、やはり背景に九州の伝承が重なっているのだろう。瀬織津比咩という女神に仕える水妖の河童。それがいつしか、その奇異さから河童だけが単独で伝え広まったものと思えるのである。
by dostoev | 2018-01-08 17:05 | 河童と瀬織津比咩 | Comments(0)
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