遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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朝倉トイウモノ

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朝倉という苗字がある。遠野では珍しい方だが、浅倉も含めると、遠野の電話帳を見れば、そこそこ出て来る。ところで朝倉という苗字から気になったのは、「朝の倉」とは、何だろうか?という事だった。

朝倉氏を調べるとウィキペディアには、「開化天皇の後裔とも孝徳天皇の後裔とも伝わる日下部氏が、平安時代から大武士団を形成し栄えていた。朝倉氏は、この日下部氏の流れをくむ氏族のひとつである。」日下氏の出自は九州であるから、血脈的には九州の血であろうか?

ところで日下については以前にも書いたが、谷川健一は「日下の草香」は「ヒノモトクサカ」と訓むべきで「クサカ」は太陽の昇る所であると述べている。しかし、それとは別に「クサカ」の「ク」は「カ・ウカ」の転訛であり月・月夜を意味し「サカ」は「下る」という語幹から利用されたものだという。つまり「日下(クサカ)」は「月坂」の意であると。日下氏は水神を祀っていたが、水は月の変若水にも関係する事から、月に関係の深い氏族でもある。その月に関係の深い日下氏の流れを汲む朝倉氏とは?
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「星堕ちて石となる」という記述は「日本書紀纂疏」にあったものだが、石であり磐座は星に関係の深いものだった。磐座(いわくら)の「座」は、今では星座(せいざ)という言葉に多用されようか。しかし古代における座とは「くら」とも訓んた。

筑前に、朝倉郡がある。この朝倉郡は、上座郡と下座郡が合併して朝倉郡となったのだが、ここでの「上座」を昔は「あさくら」と訓んだ。また星座と現代でも使うように、元々「座」は星宿の事でもあった。上座を「あさくら」と訓むのだが、ここでの上座・下座というものは皇帝の玉座に対応するものだろう。皇帝に向って左の左大臣が太陽の昇る東を意味し、右大臣が太陽の沈む(下る)西を意味する事から、上座とは太陽の昇る方向(東)の磐座であり、下座はその逆の西の磐座であろう。つまり、上座・下座を合せて「朝倉郡」となったのは、太陽の昇る方向に立つ磐座を意味するのだろう。
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長谷(はつせ)とは八節、即ち八季の異称であった。それが当てはまる星は、太白だとされた。雄略天皇の都は「長谷朝倉宮」であった。太陽の昇る方向の磐座に暁の明星である太白が重なるのは当然の事。考えてみれば、太陽暦が採用されたのは持統天皇時代以降。それ以前は、太陰暦が主流であった。太陽運行の軌道には、月が重なる。持統天皇時代以降に太陽暦が採用されたのなら、雄略天皇時代は、太陰暦であった筈だ。月もまた、太白と重なる。実は太白の異称に、長谷星、朝倉星があった。つまり雄略天皇の都は、太白の都でもあったという事か。そして朝倉は、そのまま太陽であり月の黄道に位置する磐座(いわくら)であり、その黄道に昇った太白を重ね合せた星座(ほしくら)という事になろうか。朝倉氏が日下氏の流れを汲む氏族という事だが、この月と星の関係をみると、そのまま日下氏と朝倉氏の関係に重なりそうだ。
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朝倉が星見の「朝の星座」で太白を意味するのなら、斉明天皇が崩御した朝倉宮もまた太白を意味するか。また「日本書紀」で斉明天皇の死後「朝倉山の上に鬼有りて、大笠を着て喪の儀を臨み視る」という記述は、天体現象ではなかったか?つまり朝倉山は、星を見定める山だった可能性があるかもしれない。
by dostoev | 2017-10-19 07:41 | 「トイウモノ」考 | Comments(0)
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