遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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渇水

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今年は積雪量が極端に少ない暖冬の年だった。その為か、いつもなら雪融け水で、それなりの水量を保つ筈の川が渇水傾向になっている。画像は、中沢川。中沢川の水量は、いつも少ない方だが、現在はまったく流れて無い流域もある。早瀬川などはいくつもの支流が合流するので、それなりの水量を保っているが、それでも例年より少ないようだ。
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これからの問題は、農業用水だろう。天気予報を見る限り、大雨が降るという事は無いようだ。せいぜい、お湿り程度の雨が降る程度か。まあ去年も暖冬で似た様な状況ではあったが、今年は更に輪をかけて降雪量が少ない。
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ところで中沢川の六神石神社寄りの川に、賽の河原の様に石を積んだ場所があった。何故、こうして石を積んだかわからない。ただ、この中沢川も去年の台風の名残が見て取れる。今でも両岸に水で押し流された木々の残骸などが散乱している事から、もしかして水神を鎮める為のものであろうか?
by dostoev | 2017-04-06 20:37 | 遠野情報(雑記帳) | Comments(7)
Commented by 鬼喜來のさっと at 2017-04-12 01:07 x
おお、面白いですね。自然ではありえないから、誰かが積んだものなんでしょうね。さて、稲子澤長者の謎を読み解くために、菩提寺である盛町館下の曹洞宗洞雲寺に伝わる飴買い幽霊伝説と洞雲寺の地主神である法量神の関係性について手を付けているんですが、最近『季刊・怪』(角川書店)の方で、水沢正法寺のホヤの扇と同じ話型をもつ、福島・宮城県下の四十九院伝説が飴買い幽霊のルーツというようなことを盛んに述べているので、大船渡市の洞雲寺との関係はないかと調べてみたらビンゴ。元々幽霊の子孫とされる四十九院氏は仙台藩伊達家家臣の中島氏の陪臣なんですが、四十九院伝説にもその名が登場する伊具郡金山城主中島伊勢守宗求は、文禄・慶長期に気仙郡長部二日市城代を務めた中島大蔵信真の兄であり、気仙沼を統治した鮎貝兵庫宗定(鮎貝志摩)の母方の祖父で、宗求自身も阿曾沼騒動の際には政宗の命で気仙郡長部村に居住した経歴のある人物なんですよね。この中島宗求が再興したと伝わる中島氏の菩提寺が曹洞宗の瑞雲寺という寺で、この瑞雲寺の本寺である越後村上の耕雲寺を開基したのが楠正成の孫とされる能勝禅師で、その師が越前福井の龍澤寺を興した梅山禅師であり、この梅山禅師こそが、洞雲寺を曹洞宗寺院として再興した、飴買い幽霊の子供である如幻充察大和尚が師事した石鳥谷大興寺の開祖でした。
Commented by 鬼喜來のさっと at 2017-04-12 01:55 x
では法量神と飴買い幽霊の関係はとなると、法量神の性格が問題なんですが、ホウリョウは方良で死体を掘り起こして喰らう魍魎(火車)であり、そもそも四十九院とは、土葬墓の上を覆う屋形(霊屋)の事でもあり、魍魎除けとも取れるんですね。一方で魍魎は水神、ミズハとされることから、方龍、ワニ神だといい、雷雲を呼び降雨を司る龍神であり、元となった中国では、幽霊は餅を欲するのに対し日本の子育て幽霊が必ずと言ってよいほど欲する「飴(あめ)」とは、本来は天・雨で飴を乞う、即ち「天乞い」「雨乞い」を暗示するもので、事実、長崎県に伝わった飴買い幽霊伝説では、旱魃でも枯れることのない井戸の場所を教えていることからも、菖蒲姫と同じく水神に人身御供として捧げられた女の姿が透けてくるんですよね。また、トヨタマヒメや三輪山説話も絡んでいるのは間違いなく、弘法大師が神泉苑で祈雨の為呼び出したという善如竜王は、曹洞宗では白山妙理権現と同体と考えていたようですから、皿屋敷伝説ともつながるはずなんですが、産女につきものの嬰児(みどりご)が何を表すのか、おそらくここで猫(寅・木気)が出て来るはずなのに、決定打がなく躓いてしまっています。
Commented by 鬼喜來のさっと at 2017-04-13 01:08 x
佐々木喜善の『江刺郡昔話』と『新版聴耳草紙』の初版本の複製と原本を入手したので読み直してますが、『江刺郡昔話』に収録される「飛んで来た黒石」には水沢正法寺と附馬牛東禅寺の開山に纏わる伝説が記されていて、無尽和尚と無底和尚は兄弟弟子であり、二人の師は「下野国河内郡今泉の興福寺の真空」とありますが、これは調べてみると宇都宮城主宇都宮貞綱によって開基された現在の宇都宮市今泉の興禅寺の真空禅師の誤りであり、宇都宮氏は宇都宮検校として日光二荒山神社をはじめとする周辺の寺社の元締めですから、早池峰周辺のマタギが日光系なのもその関係じゃないでしょうか。また宇都宮貞綱は元寇の際には幕府軍司令官として九州に赴任していますし、日本最古のカボチャを広めた三毛門氏もこの宇都宮氏の流れを組む豊前緒方氏の出ですから、宇都宮氏が活躍した時期的にも猫伝説の伝播はこの辺りから派生した気がするんですよね。
Commented by 鬼喜來のさっと at 2017-04-15 14:49 x
『江刺郡昔話』には正法寺七不思議のうち、無底和尚の出生譚である子育て幽霊伝説に関わる慕弥の扇と文福茶釜の由来について述べられていますが、文福茶釜の話に気仙郡稲子澤長者の名が登場するんですよね。正法寺に今も伝わる茶釜は、一説に稲子澤長者から寄進されたとも言われるんですが、正法寺の火災の際にどこへかと飛び去ったという茶釜の蓋の行先は佐々木喜善は聞きそびれたようですが、調べてみると狸の化けた文福茶釜伝説の残る寺として有名な群馬県館林市の曹洞宗茂林寺であるとも、出羽米沢のとある寺とも言われてるようです。この「米沢のとある寺」とは、やはり文福茶釜伝説が残る山形県米沢市の古刹、曹洞宗金華山常慶院の事であろうと考えられ、こちらは狸とは異なり、狐のくれた茶釜となっているんですが、この茶釜をくれた狐が棲んでいたという糠山という地はかつてキリシタンの住んでいた土地であり、常慶院と地続きの草地は、江戸前期の米沢藩によるキリシタン弾圧で、棄教を拒み殉教した婦女子の墓七基が残る糠山刑罰場と呼ばれる史跡(忌み地)なんですね。やはり茂林寺のある上州舘林周辺も徳川家の重臣榊原氏が統治していた頃はキリシタンが多くいた土地柄であったらしく、隠れキリシタンの遺物がいくつも残されているんですよ。では正法寺はとなると、奥州水沢といえばキリシタンとして有名な仙台藩士後藤寿庵の生まれた土地であり、正法寺ともなんらかの関係があった事が系譜から知れるんです。では文福茶釜は何かというと、共通する茶釜からあふれる福分という伝承から、恐らくはキリスト教でいうイエスの血を受けた聖杯であり、元々はケルト民族などの北欧神話に登場する、食料の尽きぬ魔法の釜にルーツを持つものだってことが解ってきたんですよね。前に洞雲寺に残る稲子澤家の供養碑は、浦島太郎の亀の如く亀蛇の上に乗っていることから、北辰妙見菩薩ではないかと推理しましたが、もしかすると天帝で、雷を司り牡牛(牛頭天王・素戔嗚)に変化するキリスト教の最高神ゼウスを表すのかもしれなくなってきたんですよね。

Commented by dostoev at 2017-04-23 20:00
法量(ホウリョウ)は魍魎では無く、飛竜からの転訛でしょう。ただ魍魎も突き詰めれば水神に関わるので繋がってきますが、直結は無いと思われます。

それと無尽和尚に関しては、南部藩の手が加わっている為、どこまでが本当かわかりませんよ。無尽という言葉は、天台宗では星を意味し、それも北極星の事ですから、大川氏という学者が以前指摘したように、礎石などの構造から東禅寺は天台宗であったというのが真実味を帯びます。つまり、東禅寺は臨済宗だというのは、南部氏の捏造の可能性もあるかと。そもそも東禅寺という名前も意図的に作られたのかもしれません。

マタギが日光系というのは、大迫の早池峯神社由緒が恐らく二荒山に伝わる伝承などを拝借したものでしょう。似ている箇所がありますからね。

またキリスト教ですが、徳川の世となり弾圧されたキリスト教徒は、日本独自の信仰形態を育むわけですが、江戸の後期に訪れたバテレンからは「あれはキリスト教とは程遠い別のものである。」と否定されたわけです。それは西洋的なものでは無く、日本的なものをかなり取り入れたらしく、そこにケルト神話やゼウスを持ち出すのはどうかと思います。どちらにしろ話の展開は、江戸後期の話という事でしょう。
Commented by 鬼喜來のさっと at 2017-04-25 22:11 x
江戸後期というより江戸前期までさかのぼるんじゃないですかね。江戸後期の西洋人が日本のはキリスト教ではないというのはむしろ正しく、もしかしたら曹洞宗を始めとする仏教徒が、キリスト教などの西欧由来の教義をも取り込んで日本流にかなりアレンジされているんじゃないかと、でないと文福茶釜に共通する伝承が、ケルト神話の魔法の釜以外に辿れない理由がつかず、気仙の鉱山にキリシタン武将として知られる明石掃部全登の子内記が潜伏していることから考え合わせても、池之端の引臼もやはり切支丹系の流れを組む鉱山関係者から派生した可能性がある気がするんですが。
前にも話しましたが、徳川幕府によるキリシタン弾圧が厳しくなると、後藤寿庵ら仙台伊達領内のキリシタンも迫害を受け、岩手県内では東山の藤沢町大籠地区が殉教の舞台になるんですが、藤沢には大天場魔王尊と記される石碑が現存するんですね。で、その大籠地区に残る大天場の地名を検索するとやはりキリシタン殉教に纏わる史跡がヒットするんですよ。恐らく大天場は天伯、天狗で第六天信仰とも習合しているらしく、血なまぐさい処刑場も多いことから、背景にはやはり白山信仰があることは判るんですが、キリシタン率が高いのが妙に気になるんですよ。ちなみにえさし郷土館に所蔵される没落した稲子澤の百一観音を買ったのは岩屋堂の中善商店ですが、この中善の主人は熱心なロシア正教徒なんだそうです。
Commented by dostoev at 2017-04-26 17:38
幕府の財政難から、享保の改革が断行されました。それにより、長崎を出入り口として輸出入も盛んになり、様々なものが出入りしたようです。キリスト教関係の情報が、初めに日本に持ち込まれたとするなら、やはり羊太夫の時代。そして太平の世となった江戸時代ではなかったかと思います。信長の時代にもある程度はあったでしょうが、全国や庶民に広がる筈も無かったと思います。ケルト神話とか、ギリシア神話のゼウスというのは、どう考えても江戸時代に流入したものと考えた方が無難かもしれません。寺が武力を捨てて、儲け主義に走ったのも江戸時代。天台宗や真言宗の密教系も、生き残る為、幕府の推挙する曹洞宗に宗派替えを始めましたし、その寺の特色をだして宣伝しようと始まったのも、江戸時代。ナムトラヤーも、江戸でしょう。中世の混沌とした時代は「徒然草」を読んでも、寺と庶民には距離感がありすぎます。仏教以外の要素を取り入れる下地も無かったようです。せいぜい高僧に、そういう知識があった程度だと思われます。うつろ船しかり、西洋の類が入り込んで広まったのは江戸時代でしょ。享保は江戸中期になるので、江戸後期ではなく、江戸中期以降でしたね。
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