遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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小童の魂

小童の魂_f0075075_16561987.jpg
画像は"死後人形"。どういう人形かというと、子供が幼くして死んだ後に、その魂の器として祀るもののようである。人形は元々そういう器として考えられたものでもあった。古くは、土偶や埴輪も似た様なものであろう。また人形は、他人に呪いをかけるための呪詛の道具、そして人間の身代わりに厄災を引き受けてくれる依代でもあった。日本の信仰の原点には、穢祓があった。いかに厄災を祓うかを考えられた中に、樹木や人形が人間の身代わりとして考えられてきた。しかし、この死後人形は、我が子の魂の復活を願ってのものではないだろうか。例えば、土淵から附馬牛にかけてはお盆中に、長い竹竿の上に提灯をかかげて、魂が我が家に帰ってくる目印としての習俗が今尚続いている。死んでも尚、家族と云う意識を持ってのものだろう。イタコを利用して、死者を呼び出すのも似た様なものか。死んでも家族であったものは、どこかで逢いたいと云う願いが感じられる習俗であると思う。

ところで佐々木喜善の住んでいた土淵では、嬰児を殺せばそれを決して屋内より出さず、必ず土間の踏み台の下か、あるいは石臼場の様な、繁く人に踏みつけられる場所に生めたそうである。また生後一年位で死んだ嬰児を逆児と言って、その死体を家の外に出すのを非常に忌み、同じような人が多く踏み付ける場所に埋めたようである。それら嬰児の霊魂は、睡眠病や首下がり病の神となると信じられたようだ。死んだ後に神として祀る行為の大抵は、祟りや呪いが恐ろしいと考えられた為だ。全国に拡がる異人殺し譚が、いつしか神に置き換えられ祀られたのは、その祟りを恐れてのもの。国を挙げて盛大に祀ったのは、天神に祀った菅原道真がいる。出雲大社も、同じであったろうか。

子供が死ぬ場合も、病気や事故の場合もままあるだろうが、意図的に家庭内や属する社会で抹殺された可能性も否定できないだろう。そのいくつかは、「闇・遠野物語」にも書き記した。つまり、子供の魂を人形に込めようとする意識は、その子供を愛でていた場合と、祟りを恐れた場合の二通りがあるのだと思う。
小童の魂_f0075075_17492851.jpg
少々書き辛いのだが、自分には兄がいた。しかし身体が弱かったせいか、生後間もなく死んだと云う。この前、久々に兄弟三人が揃った時に、たまたま死んだ兄の話題になったのだが…。以前母親から聞いた話によると、死んだ時に母親は産後の肥立ちが悪く動けなかった時に、知人に頼んで墓地に持って行き、適当に穴を掘って埋めたとしていた。その後に掘り起して供養したから問題ないとしている。しかし今回、長女から聞いた話によると、その知人(誰かはわからない)は、鍋倉の入口に埋めて来たそうである。時代は、昭和30年になったばかりの頃である。画像は、昭和10年頃の鍋倉山の入口であり、南部神社の入口でもある。現在は、石の鳥居を潜ると左手に図書館と博物館があり、右手はアエリア遠野が建っていて、奥に続く道路はアスファルトとなっているが、画像の時代にはまだまだ土の道路となっている事から、埋葬も容易に出来たのだろう。

遠野の古い時代には、鍋倉山の中腹にも料亭が在ったり、南部神社境内では園遊会などのイベントも盛んで、多くの人々が南部神社にある鍋倉山に足を向けていた。そういう大勢の人々の集まる鍋倉山の入口に埋葬するとは、どういう意図からであったのか。今となって母親に聞いても知らぬ存ぜぬであり、事の真相は闇の中である。だが人の出向く所へと埋葬するというのは、踏み付けるという意図が見え隠れする。例えば、古代の朝廷では自然災害や疾病などは、全て地下に棲む悪霊の仕業と考え、それを鎮める方法として、相撲の様式の一つである四股を踏んだりして、その悪霊が地下から出ない様にした。道教による北斗踏みは、七福神巡りをすると御利益があるとして大勢の人々が行っているが、坂上田村麻呂によるとされる津軽の北斗七星型に祀られた神社には舞草太が埋められている事から、蝦夷の力を封じる呪詛ともされている。だが表面的には"御利益がある"と宣伝し、大勢の人々を呼び込んで、その呪詛を気付かせない様にするのが通常。恐らく七福神巡り、もしくは遠野の七観音巡りも裏の意図があるのかもしれない。

話を戻すが、鍋倉山の入口に埋葬したのは大勢の人に踏んでもらいたいという意図があってのものだったのか。ならばその魂は、悪霊としての可能性もあったという事か。例えば「遠野物語」に、未婚の娘が河童の子供を生んだので、その子供を切り刻んで埋葬した話がある。これは、夜這いの話にも結び付くのだが、正当な子供でない場合、河童の子として処分されたとも考えられている。つまり忌子は、生れても不遇を受けなければならない。意図的に子供を座敷ワラシにする為には、家で死んだ子供は外に出す事無く、家の中の人の多く足を踏み入れる場所に埋葬された。そういう意味で、外に埋葬された自分の兄は悪霊の懸念があってのものだろうか。
小童の魂_f0075075_19014275.jpg
遠野では、河童が陸から上り家に入って座敷ワラシとなるとも伝えられている。河童と座敷ワラシの共通点は、おかっぱ頭だとも云われるが、その河童と座敷ワラシを足したものと似た様な童話の主人公がいる。それは、桃太郎だ。川上から大きな桃の中に入ったまま流れて来た桃太郎は、川で洗濯していたお婆さんに拾われる。そしてお婆さんとお爺さんの家で暮らし、成長した時に鬼が島へ行き、鬼から宝物を奪って帰り、そのお爺さんとお婆さんに富をもたらした。川は異界・霊界の入口でもある。その川から流れてくる桃太郎は穢れの存在の様でもあるが、桃は「古事記」においても黄泉国で黄泉醜女を撃退するアイテムでもあり、民俗的には邪気を祓うとされる果物であるから、桃太郎は桃に守られた子供であった。遠野の河童がいつしか赤いとされる意味に、邪気祓いの赤色が結び付いたのだろうか。当初は、赤ら顔の子供が河童と結び付けられたのだろうが、その赤が火の赤、不動明王の背後に燃え盛る赤い邪気を祓う焔を意図したのかもしれない。赤い褌、赤い腰巻は、身体の大事な場所を守る為に赤色となった。今でも家に、赤いものを置きなさいと言うのは、、赤色が魔除けとなると信じられたのも、焔と結び付いているからだ。ともかく川のモノが屋敷に入って富をもたらすのは、桃太郎、そして一寸法師もか。座敷ワラシの原型がそういった流れを汲むものなら、それは桃太郎などに結び付くのは当然の帰結だろう。

河童(カッパ)という音が、小童(コワッパ)に類似しているのも、語源がそこからきているのかもしれない。神話世界によく登場する人間を導く童子と翁は、人間の生と死を意図してのものだろう。生を迎える神秘と死を迎える神秘は、毎日太陽が東から生れて、西に死ぬという生死観が具現化され、それが童子と翁(或は媼)となったと考える。しかし、童子は生に近いながらも、生命力の弱さから死にも近い。その不安定さが、人間の力を借りて成長するしかない小童なのだろう。座敷ワラシは、あくまで家に寄生する存在。その見返りとして富を、その家にもたらすのだが、桃太郎もまた川から拾い上げて貰った恩と、その翁と媼に育てて貰った恩を返す為に富を与えた。どちらも行為の見返りではあるが、それは小童一人では出来なかった。あくまで人の手を借りてこその、見返りと考えて良いだろう。単純に言い換えれば"親孝行"なのだが、そこに神秘性を含ませてこその童話となったのが桃太郎であり、不思議譚として地域に定着したのが座敷ワラシの話になるのだろう。小童の魂の捉え方、扱いによって様々なモノが生み出されていったと思うのだ。子供の成長を夢見るという事が通常なら、死して彷徨える子供の魂の行方を、悪い方へと行かないよう導き見守る習俗は、自然の流れに起こったものと思える。

生れてすぐに死んだ子供や、流産で死んだ子、中絶で死んだ子供を"水子"と云う。これは「古事記」において、伊弉諾と伊邪那美の間に生まれた水蛭子(ヒルコ)が足が立たないから失敗した子供として、海に流された事を由来としている。現代の日本の死亡の最多は、人工中絶による水子が一番となっている。暮らしの中で訃報を聞くのは大抵御老人なのだが、水子には訃報は流れない。密かに命が消えて行くだけであるから誰も気付かないのだが、この世に多く漂っている魂があるとすれば、それは水子の魂である。もしかして現代にも、冒頭に紹介した死後人形が必要なのかもしれない。

by dostoev | 2016-09-27 20:11 | 民俗学雑記
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