遠野の不思議と名所の紹介と共に、遠野世界の探求
by dostoev
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遠野物語拾遺104(大草履)

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ある人が鱒沢村から稗貫郡の谷内へ越える山路で、山男の草履の脱いであるのを見た。篠竹で作った、長さ六尺もあろうかと思う大きなもので、傍の藪の中には赤顔の大男が熟睡していたそうである。これは大正の始め頃のことで、見たという本人はその頃五十位の年配であった。

                     「遠野物語拾遺104」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
画像は、綾織の羽黒神社入り口に飾られている、石で出来た大きな下駄。羽黒岩の天狗伝承を意識して作られたものだが、「遠野物語拾遺104」に登場する六尺の草履と同等の大きさだろう。これを履ける者は天狗というより巨人であろうか。伊勢から熊野にかけて、大草履を作って海へと流し、海の彼方から来ると云われる巨人に対抗する習俗がある。つまり、巨人の足より大きな草履を作る事によって「お前より大きい奴がいるんだぞ!」と、巨人を恐怖させ、こちらに来ない様にする為の習俗である。大きいものを作るとは、相手を威圧する為であり、古代ヨーロッパでも大きな鎧を作って置いて、敵がそれを見て怯え、戦わずに逃げたという伝説もある。それと同じなのが、伊勢から熊野に伝わる習俗なのだろう。つまり、それは遠野にもあったのだろうか?「遠野物語拾遺104」の描写には大男が熟睡していたとあるが、果たしてその草履の持ち主である程の巨人であったのかは定かでは無い。

巨人は日本において、ダイダラボッチなどと云われる。それは大太郎(ダイダロウ)や大平(ダイダイラ)山などとも伝えられるが、遠野の九重沢は太平山があるが、これは茨城県、当時の常陸国の流れから来ているだろう。その常陸国にはダイダラボッチの伝承が多い。また遠野市青笹町に大草里(オオゾウリ)という地名があり、これもダイダラボッチに関係するのかもしれない。またデンデラ野も、呼び方によってデンディラなどと呼ぶ事から、ダイダラボッチにも繋がりそうだ。

ダイダラボッチの原型は蹈鞴(タタラ)から来ていると云われる為、蹈鞴筋の山への流入と共に、里の人達を山の蹈鞴場に寄せ付けない為、大きな草履を作った可能性も否定出来無いだろう。登場する谷内という地名は、東和町の丹内山神社に、江刺の谷内とも関係がある棟札がある事から丹内も谷内も同じであるとされる。丹内山神社も製鉄と関係される事から、谷内=丹内=胎内=蹈鞴は同じであるとされる。蹈鞴の溶鉱炉をホトと呼び、その内部は胎内である。その蹈鞴筋が居付いた製鉄の地に谷内・丹内などという地名が付くのは、当然の流れであろう。その蹈鞴筋には修験者も関係し、小友町の能傳房神社もまた採掘・産金のの民の蹈鞴筋との繋がりがある。羽黒修験の羽黒堂の入り口に、大きな下駄のオブジェを飾るのも、その流れに沿ったものであったか。
by dostoev | 2017-07-25 08:56 | 「遠野物語拾遺考」100話~ | Comments(18)
Commented by 鬼喜来のさっと at 2015-02-23 21:00 x
能伝房神社はやはり産金と関係があったんですね。いつのまにか写真が鮮明になっていてびっくりしましたが(笑)、鉱脈の位置を占ったというのが、猫蠱と産金をつなげる伝承として重要ですね。草鞋といえばアラハバキが気になりますが、猫伝説の残る陸前高田市矢作町や浄法寺、大迫が製鉄に関係するという歴史から見て、猫が衰退する産金より産鉄、或は密鋳銭にかかわるのではないかという気がしてきたんですよね。
どうも、銭洗い弁財天(宇賀神)の信仰も関わっているようですが、天保年間というのが気になるんですよね。天保の改革、天保の大飢饉、天保銭、で関東周辺に機織りの筬を死体の上に置いて猫除けとする意味が解らなかったんですが、どうもこの筬を専売して作っていたのが、穢多とよばれた人々であったらしい事から、猫神などの外法を縁起物として、民間に売り込み祀らせたのは、この人たちだったんではないですかね。元来が外法ゆえに幕府や藩などの為政者はこれを禁止していたみたいですが、江戸後期になりこの規制が緩んだんじゃないかと、それが招き猫や福助、恵比寿大黒といった現世利益を目的とした縁起物、これらを補強する伝説の登場につながるんじゃないですかね。
Commented by ぺーやん at 2015-02-24 14:37 x
柳田国男に興味を持っていた折、偶然このサイトを見つけました。
膨大な量の素晴らしい記事の数々、感服いたしました。
これから、拝見させていただきたいと思います。
Commented by 鬼喜来のさっと at 2015-02-24 15:16 x
緩んだと書きましたが、犬公方こと、五代将軍徳川綱吉の生類憐みの令は、『宇治拾遺物語』との共通点が見られることから、どうも外法封じ臭い。やはり綱吉同様、世継ぎに恵まれなかった豊臣秀吉も、秀次事件に関係して秀頼を呪詛したとして陰陽道追放令を出し、これにより陰陽頭、安倍晴明の流れを組む土御門家が没落しますが、天下統一の最後の仕上げとなる奥州仕置により起こった、葛西・大崎一揆も九戸政実の乱も、坂上田村麻呂の蝦夷征伐や前九年の役、奥州合戦、大河兼任の乱の故実を踏襲している節があるんですよね。豊臣秀次の居城である聚楽第は平安京大内裏の跡地に建てられており、変化・相続に影響があるとされる北東方位表鬼門にあたる栗原郡三迫で、大河兼任の故事に倣って護送中の九戸政実らを斬首したのですから、その陰に陰陽道の影響があったことは容易に想像できます。ところが、秀吉の待望の世継ぎである鶴松(棄丸)を始め、異父弟の秀長、母なかが相次いで病没し、傷心の秀吉は甥の秀次に関白職を譲り、後継者に指名するのですから、奥州仕置軍総大将であった秀次と親交のあった土御門久脩に秀頼呪詛の疑いがかけられても不思議ではないんですよね。
Commented by 鬼喜来のさっと at 2015-02-24 16:16 x
この話にこだわるのは、越喜来の伝説に関係してくるのもあるんですが、鬼門、鬼、怨霊、生首、蠱、蹈鞴製鉄、産金、猿、そして猫がセットなんじゃないかとみているからなんですよね。
Commented by dostoev at 2015-02-24 19:41
外法に猫の頭を使う白拍子の話がありますが、殺した猫の頭だけ使用したのかと考えれば、三味線の皮を利用すると共に猫の頭をも利用したのだと思います。三味線が広まったのは15世紀から16世紀頃ですから、猫の頭を利用する外法もこの頃では無いでしょうか。また猫の浄瑠璃の話も「遠野物語拾遺」に伝わる事から、三味線と浄瑠璃の普及年代はほぼ同じなので、芸能に携わる女性と猫を交えて語られた可能性は高いのでは無いでしょうか。静御前の「しずやしず、しずの苧環…。」の歌も白拍子と織物を結び付けるものですから、猫と芸能に携わる白拍子などの関係が見出せます。現世利益を普及させた中に熊野比丘尼が居る事も考慮にしたいですね。
Commented by dostoev at 2015-02-24 19:51
ところで生類憐みの令ですが、先程書いた三味線の皮ですが、猫は高価で練習用の三味線の皮の殆どが犬の皮を使ったようですね。結局、三味線の殆どは犬の皮を使用したと。犬神憑きの犬の首を斬り落とし、その皮を三味線に使用したのかはわかりませんが、生類憐みの令は殆ど江戸内部だけの適用だったみたいですね。つまり、江戸以外では犬猫を殺す事も可能だった。ただし、三味線などに対する御咎めは無かったようです。伝説には、色々なものが絡み結び付いているので、それを解く作業は大変だと思います。
Commented by dostoev at 2015-02-24 19:53
べーやんさん、初めまして。記事は全部で三千記事程になりますので、のんびり読んでくださいませ(^^;
Commented by 鬼喜来のさっと at 2015-02-24 21:13 x
三味線に使う猫皮は未通の雌猫でなければならないというのがあり、これは丁度猫の恋の季節ですが、交尾により猫の皮に傷がついてしまうためとか。猫の皮は実際、犬皮より破けやすく、津軽三味線に用いられる太竿とよばれるものは、みな犬の皮と聞きますね。
この未通に注目してみれば、処女であり、神に仕える巫女の霊性に通じますね。『隠語事典』では「猫」は娼婦ではなく、芸者のことであり、彼女らは芸は売っても身体は売らないのを信条としていたと脚注にあるんですが、この辺りは謡曲「誓願寺」で歌舞の神として芸能者に信仰された和泉式部で、女人往生を掲げ、踊念仏で知られる時宗と融合した熊野比丘尼とつなげれるみたいですから、猫が浄瑠璃をうなったり、手拭いを被り踊るというのもここにあるみたいですね。
Commented by dostoev at 2015-02-25 10:46
神社仏閣の敷地内での娼婦は狐で、それ以外の娼婦は山猫。そして、芸者は猫であるという隠語になれば、混同する人が出てきそうですね。安倍晴明の母が葛の葉という狐というのも、恐らく白拍子などの宗教者の女性であるとは思っています。そして、何故か北上市に墓がある和泉式部も、かなり怪しい存在ですね。ただ、踊念仏の一遍上人は河野水軍が出自ですから、それと結び付く和泉式部は蝦夷国と何等かの繋がりがあると思った方が良いかもしれません。何故なら、河野水軍の本家では、丹内山神社と早池峯を信仰していたようですから。
Commented by 鬼喜来のさっと at 2015-02-25 17:51 x
早池峰山も、室根山や五葉山、田束山同様、航海の目当てに用いられる高山ですからね。紀州熊野も熊野水軍の根拠地ですし、『気仙風土記』収録の猫淵神社の縁起では、長部の長者は元は海賊をしていて都から姉妹の姫を攫ってきたとありますし、猫渕神社を護る梅木家、元は村上氏ですから、瀬戸内の海賊衆、村上水軍との関係も考えられることから、航海神としての猫が見えてきますね。最近オーストリアの古城で発見され話題となった、江戸前期に描かれたと考えられている豊臣期大坂城図屏風には、淀川を行き交う小型の帆船に積み荷と共に、猫が乗せられているのが二艘も描かれていますから、少なくとも十六世紀には日本の水運業界において、猫はなくてはならぬ存在であったあらわれでせうね。また、仙台の猫に殺された義鶏の墓とされる、不人間塔に記される、石塔の建立者と思われる庄子太郎左エ門。猫に呪い殺されようとしてた背景を探ろうと『仙台人名辞書』でその名をめくってみたら、庄子姓の該当者がいないので、いきなり壁にぶち当たったんですが、ネットでその名を検索したら、青森県深浦町の円覚寺の金毘羅堂に、最古となる北国船絵馬を奉納した越前敦賀の豪商、庄司太郎左衛門がヒットしたので、本人かその子じゃないかと思っているんですよね。また、面白いことにこの北国船絵馬、船の舳先の部分に残バラ髪の異様な風体の男が描かれていることでも知られ、魏志倭人伝に記される持蓑(じさい)でないかと言われているんですよ。
これがもしかしたら猫、或は鶏なんじゃないかと推理しているんですが(ΦωΦ;)
Commented by dostoev at 2015-02-26 06:35
>海賊をしていて都から姉妹の姫を攫ってきた

これで思い出したのが、海賊(河野水軍)とも結び付いた安倍宗任で、その娘をわざわざ大宰府まで迎えに行って基衡の妻とした事ですね。ところで船に猫ですが、例えば猫が顔を洗うと雨が降るなどと天気予報代わりになったのもあるでしょうし、もしかして猫も死体と縁が深い事から鶏と同様、死者を見付けるなどと関係するのではないでしょうか。ただ猫が持蓑となるかといえば、何とも言えませんね。近い匂いはしますが、役割が違う気もします。ザンバラ髪は古代中国では魂を迸る髪型とされましたので、その魂を海神にぶつける為の持蓑だと思います。
Commented by 鬼喜来のさっと at 2015-02-26 20:35 x
猫をほうり上げると着地するとき必ず北を向くという俗信があるので、子(鼠)の星、即ち航海の指針となる北極星を捕える猫と言うのが重要視されたんだと思います。猫即ち、錨(びょう・いかり)ですね。
となると錨星と呼ばれるカシオペア座と大熊座、北斗七星が気になりますね|ωΦ)
Commented by dostoev at 2015-02-27 07:31
その猫の俗信は知りませんでした。確かに、子(鼠)を発見する猫から来たのでしょうから、航海の指針として連れて行った可能性はあるでしょうね。
Commented by 鬼喜来のさっと at 2015-02-27 12:01 x
似たような俗信は犬にもあって、最近、その検証実験を海外でやったニュースがあった気がしましたが、船=猫なのは、今日でも、海運業者にとって、積み荷を荒らしたり、伝染病を媒介する鼠の害は深刻ですから、その駆除のためにだったんでしょうが、猫の目は鳥も捕えますし、猫は家に付きますから、航海の指針を失うことは船乗りにとって死に直結することから、こうした動物の帰巣本能などが、猫の生態を通して陰陽五行説に照らし合わせて意味づけされ、神格化されていったんでしょうね。
猫と鶏が持蓑に関係するのではないかというのは、捜神記にある、東に旅に行くと災厄を蒙るので、船の舳先に白い牝の斑犬を括り付けて行ったところ、犬と白い鵝鳥が身代わりに死んでしまったという話で、これが日本武尊と弟橘媛の逸話に通じるんじゃないかと思っているからなんですよね。
また、橘に注目すれば、京都などに伝わる龍宮から黄金を生む猫を貰った話では、この猫が死んだ後に橙が生えたというんですよ。沖縄でもやはり、母親の棺桶の上にいた、黄金を生む不思議な猫の死骸を埋めた後に黄金を意味するクガニーという蜜柑が生えたという話がある。
龍宮から黄金を生む動物をもらうバージョンについては、猫のほかに、馬と犬があり、五行説に照らし合わせれば、火の三合に属するんですよね。いずれも内容については「池之端の石臼」や「ひょっとこの始まり」に近く、そして「花咲か爺」や「浦島太郎」の型に当てはめられるんですが、龍宮から宝物をもらう話といえば、俵藤太物語が連想されますから、藤原秀郷の末裔とされる日光派のマタギもありますから、その関係ですかね(-_-;)

Commented by 鬼喜来のさっと at 2015-02-27 18:14 x
ドイツの研究チームが発表した「【犬のお尻に方位磁針】ワンコは南北の方角に沿って用を足しているとの調査結果」ですね。
Commented by dostoev at 2015-02-28 17:25
弟橘媛の話から後世になると、鏡を投げ入れ水神を鎮める儀式に変ります。これは「常陸国風土記」や「土佐日記」にもそのような事が記されています。ただヤマトタケルの白鳥に変った話は、白鳥そのものの帰巣本能が確かに北(子)に向いますから、餅は鏡となり、それが白鳥に変って飛んで行った「稲荷縁起」などの逸話と繋がる気がしますね。北枕は元々寝易い方角を試したところ北に枕を向けて寝たら寝易かった事が、いつしか仏教と結び付いて死人を安眠させるように北枕が生者から死者の為になったのですが、今でも北に枕を向けた方が寝易いのは磁場の問題らしいです。つまり、人間も僅かに感じる事の出来る磁場ですから、犬は更に意識しているのでしょうかね?
Commented by グッドスノゥ at 2017-07-28 13:08 x
 天狗と下駄ですが、最近は腰痛改善として見直されているようですね。もちろん、ちゃんと履かないと、かえって骨盤に負担かけるようですが。(笑)

普段、前傾姿勢(猫背)だったものが、立ち上がったり背筋を伸ばす事で大きく見える時があります。

物理的な大きさよりも、ある種の錯覚から生まれる話も多いですからね。この時代の天狗は山伏寄りだったのか、それとも「妖怪」扱いだったのか。

しかし、このオブジェは無駄づか…いや、予算使い放題なんですね。
Commented by dostoev at 2017-07-28 18:25
下駄を利用したトレーニングで有名になったのは、スプリンターの伊藤選手だった筈。確か、下駄を利用して足の指を鍛えていた筈。また伊藤選手は、自然と前傾姿勢になる黒人選手を見本に研究を重ねたそうです。猫背というとなんですが、前傾姿勢というと、なんか足が速そうです(^^;
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