数年前、栗橋村分の長根という部落でヒラクゾの某という若い娘が、畑の草を取っていながら、何事か嬉しそうに独言を言って笑っているので、一緒に行った者が気をつけて見ていると、何か柴のような物が娘の内股の辺で頭を突き上げて動いている。それは山かがしであったから、人を呼んで打ち殺したという。
「遠野物語拾遺180」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「田舎医者 蛇を出したで 名が高し」女性の下着がまだ腰巻の時代、田舎に住む女の子の遊びは、野山へ行って花摘みなどした後に、昼寝をしたという。その際中に、よく蛇が陰部に侵入した事故が多かったという。その時、女性の陰部から蛇を取り出す事が出来た医者は名医と呼ばれたというのが、上記の川柳であった。実際に、蛇が隙間に入ったところを引っ張っても、鱗が逆目になる為か、なかなか引っ張り出す事が出来ないものである。遠野市では、自分の記憶では昭和50年代に、観光バスの女性ガイドが何も無い峠の途中でトイレタイムとなり、藪の中で用を足している最中に、蛇に侵入された事故が起きている。
古くは、
「古今著聞集」に、ある家の娘を付け狙っていた蛇が厠に潜んでいたという話があるが、例えば赤い矢に化けた大物主が、川で用を足している勢夜陀多良比売の陰部を突いたという話があるが、矢もまた蛇の変化とされ、また
「日本書紀(崇神天皇記)」によれば、大物主の正体が蛇である事から、見た目は矢でありながら蛇として陰部を突いたものと考えても良いだろう。ともかく厠を含めて女性の用を足している時というのは無防備であり、その隙をつくのは女性と結ばれ易い時であるのだろう。そうなれば当然、寝ている時も無防備という事だろうから、夜這い文化が発達したのも納得してしまう。また、こうして蛇などの魔物が人間の女性を犯すという話が全国に広まった事から、女性を守る為に魔物が棲むとされる山などが女人禁制となったのは当然であったのだろう。
ところで「遠野物語拾遺180」では、単に蛇に陰部を突かれようとした話では無く、女性がどうも蛇に憑かれているような描写となっている。箸墓古墳の伝説もまた、大物主である蛇に夢中になった姫の話でもあるし、全国にも色男に化けた蛇の魔性の話も多く伝わる事から、この話も、それらに属するものであるかもしれない。
「祟る、憑く」と一般的に云われる獣は、猫であり狐であり、蛇などの陰の気を持つものだ。遠野でも、蛇に憑かれたとされる爺様が、布団から蛇がうねる様に這い出したという話も伝わっている。また、大正11年には蛇を殺した祟りから、体に鱗の様なものが生え、それを七日間に渡るある僧の祈禱により治り、その蛇の魂を封印した神社が遠野にはある。とにかく若い娘は蛇に憑かれたが、その蛇を殺してもまた祟られる話が蛇にはある事から、この話も打ち殺してお終いという話にはならないのだろう。