昔、仙人峠の麓で千人もの人夫が鉱山の採掘現場で働いていた。その中に孝太郎という若者がいた。孝太郎は、年老いた母と二人っきりの生活をしていた。
或る日、孝太郎が仕事を終えて帰ろうと山道を下りて行くと、数人の人が一匹の蛇を殺そうとしていた。孝太郎は蛇を可哀そうに思い、お金で蛇を買い取り逃がしてやったという。その日の晩の事であった。寝ていた孝太郎は何かにうなされて目を覚ますと、枕元に美しい女性が立っていた。
「今日は、助けて戴いて、何とお礼を申してよいかわかりません。せめてもの恩返しに、貴方にお知らせしたい事があります。決して明日は仕事に出てはなりません。若し仕事に出れば、貴方の命はありません。」
その知らせを言い終わると、煙の如くその女性は消えてしまったと。
翌朝、孝太郎氏仕事へ行くか行かないか迷ったが、どうしても夢とは思えないので、其の日は仕事を休んだと。すると昼近き頃に天地も割れようかという轟音が鳴り響いた。鉱山が爆発して、働いていた千人もの人々の命が消え去ったという。孝太郎に知らせた蛇とは、仙人峠の山奥に住んでいる音羽姫が蛇になった姿であったという。その千人もの人夫の命を失った事故以来、その峠を仙人峠と呼ぶようになったと云われる。
尚、今でも音羽姫が蛇になって現れる岩穴があり、今でも時々小さな蛇が出るが、人々はそれを音羽姫の子孫だと云われて殺さないようにしていると云う。
「上閉伊今昔物語」 旧仙人峠のトンネルの脇に、その岩穴へと行く道がある。別の伝承では、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の後に、十一面観音を祀った事から観音窟とも云われている。当然、音羽姫の話もあるのだが、どちらが正しいのかは定かでは無い。岩穴を有する小高い山の壁は岩壁となっており、今ではロッククライミングの練習場になっている。穴はいくつかあるが、入り口から一番手前が観音窟であり、一番奥がウサギコウモリの繁殖洞窟と云われていたが、いつの間にか崩落して、そのウサギコウモリ自体を見なくなってしまった。
この話は「浦島太郎」にも似通った話で異類婚にも似ているが、蛇は孝太郎の妻にはならずに、ただ知らせを告げただけだった。そういう意味ではオシラサマが幸せを
"お知らせする神"とも云われたものに近い。ただ、千人もの人夫がいたというのはあくまでも伝説であり、実際はそこまでの人夫を使った鉱山は存在しない。恐らく、仙人峠という名称があっての後に、語呂合わせ的に作られた話であると思う。