和野にジャウヅカ森と云ふ所あり。象を埋めし場所なりと云へり。此所だけには地震なしとて、近辺にては地震の折はジャウヅカ森へ遁げよと昔より言ひ伝えたり。此は確かに人を埋めたる墓なり。塚のめぐりには堀あり。塚の上には石あり。之を掘れば祟ありと云ふ。
「遠野物語113」確かに、このジャウヅカ森には塚があり、石が立っている。墓といえば墓なのかもしれない。ここは以前、天台宗の寺院があった広大な土地の一部であり、所謂聖地でもあった。そういう意味では、全体的に地震が来ない地とも云われて良いのだが、この塚の場所だけ地震が来ないと云われるのは、この塚の下に埋まっている人に対する信仰みたいなものがあるのではなかろうか。中世時代に密教の呪術が流行った時、宗教に携わる者の髑髏には、その効果が絶大とされた。そういう意味合いから、恐らくこのジャウヅカ森の塚に眠る人物は、天台宗の徳の高い人物であったろうと想像する。
そして近くには堀らしきも確かにあり、全体を見れば天台宗の寺院というより城跡に近いものだと感じる。そしてジャウヅカ森の語源だが、先人があれこれ思索しているが、三途の川の辺にいて亡者の脱衣を剥ぎ取る葬頭河婆(ショウヅカバア)との語源の関連を指摘するものが多い。確かにショウヅカがジャウヅカに転訛したとしても、何等違和感が無い為、その可能性は高いだろう。象頭(ショウズ)とも記されるが、葬頭と捉えれば、密教の呪術に髑髏を使用されたのを考えると、この塚の下に眠る聖人の能力、死んで髑髏となって尚、聖人の迸る霊力に頼ったものではなかろうか。葬った聖なる髑髏が宿る森、それがジャウヅカ森(葬頭ヶ森)であったのかもしれない。