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「わたしの怪奇体験談(その13)」
『スコトン岬』到着の合図は騒々しかった。「キャーキャー、ワーワー」喚声が乱れ飛び、ドッとバスから若者たちが、降りて行くのだから。だが、わたしもそれに負けじと、期待に胸高ぶらせて、バスを降りた。降りた…のだったが…どうも様子が変なのだ。殆どの若者たちが皆集まり、楽しそうに記念写真を撮っているのだ。また小グループの連中も、男女一緒である。男一人というのは、どうやらわたしだけの様である。せめて女一人というのが居たとしても、良い筈なのだが…。
『そうか…ユースの連中か…。』 そう、どうやらユースが正解の様なのだ。ここいら辺りのユースは規模がでかく、結構の人員を収容できると聞いている。 『確かに知り合いを作るのは、ユースが最高と聞いている。だが、だが…ちくしょう!』 ユースホステルとは、安い宿泊料金の為、若者に多く利用されている。しかし夜の楽しい?自己紹介や、室内ゲーム等々、団体生活の最もたるを備えているユースなど、クソ食らえ!なのだ。何故なら…ただ、わたしが団体生活の嫌いなだけなのだが…。 とにかくこの時点で、わたしの夢と希望は、かき消えてしまった。ここで新たな目標を作るとしたら、それは…ぶっちぎりの勝利しかないのだ!わたしは向かった、歩いた、進んだ。50数キロというゴールへと。こうなったら女など、しゃらくさい。やはりわたしは、男のロマンへと夢を賭けるのだ。これ程の距離を歩くのは初めてではあるが、どうにかなるであろう。 『やるぞ!いくぞ!』 最後尾からのスタートであったが、逆にそれがわたしを奮い立たせたのだった。既に、人の長い列が出来ている。それをわたしは、一気呵成に追い抜いていった。まあしかし、他の者たちは女連れの為か、和やかに、ほのぼのしたムードで歩いているので、それほど燃えに燃えたわけではなかった…。 〃愛とロマンの八時間コース〃の道は、なだらかな海岸線の為、非常に楽であった。とても昨日、怪我人が出たコースには思えない。もっと険しい道を期待したわたしを落胆させた、このコースであった。 一時間程で、わたしはトップに立った。だがつまらないコースの為、気合いの入らぬわたしであった。現在はなだらかな海岸線を下り、小さな漁村をあるいているのだ。この様なコースが延々と続くのであれば、わたしの落胆は、益々酷くなろう。しかし、なんの為にわたしは来たのであろうか? 空模様は、朝よりも酷くなって来ている。雲は半分が、真黒になっている。雨が降らない方がおかしなくらいだ。この旅行、わたしは雨具などまったく持って来ておらず、雨が降ったのなら、濡れネズミは確定的である。嫌だが仕方が無い。わたしが悪いのだ。だが、せめてゴールまで雨が降らぬ様、わたしは祈ったのだったが…。 漁村を過ぎると、再び山へと道が向かった。見るとハゲ山が、いくつも連なっている様である。いよいよ本格的な、わたしの期待する、男の〃夢とロマンの八時間コース〃である。しかし嫌な予感は、わたしの中で大きく脹らんできた。雨である。そして…遠くでカミナリが鳴り出したのだ。この分だと、山の頂上付近でカミナリと遭遇することになる。それは良くないのだ。出来るならば避けたいのだ。しかし、ここまで来たのならば、もう後戻りは出来ない。わたし自身も、後戻りは嫌いであるし。とにかく進むしかないのだ。 山をひとつ越え、続いて第二の山を上り始めたわたしであった。雨はまだ小雨である。だが、まだまだ山は続きそうである。最悪の場合には山の頂上で、カミナリと土砂降りを体験しなければならないのだ。 『どうする…。どこかで雨が過ぎるの待ってようか…。いや、どうにかなるな。』 もともと待つのが嫌いなわたしにとって、ここはとにかく直進あるのみ、であった。時間は二時間を経過せていた。とすると、あと六時間もある。既に後続者の姿もみえなくなっている。つまりこの初めて来る礼文島の名も知らぬ山の中、雨の中、そしてカミナリの中、わたしは一人ぼっちなのである。そうなると、だんだん不安になってくるもので、『この道でいいんだろうな…。もし間違っていたらどうしよう。後ろからは誰も来ないし、間違ってるかな?間違ってるかな?間違ってるかな?…。』と、頭の中に、自分が間違っているんじゃないか?という疑問が、エコーがかって聞こえてくるのである。しかし、疑問を抱きながらも足は結局、前に向かって進むものである。わたしは、嵐の頂きへと向かった…。 〃ズドド、ドゥオ~ン!〃と、ついにカミナリが落ちた。それもハゲ山の頂上で。その音と共に、激しく雨が降り出した。雷雨であった。とにかくここは走るしかないと、わたしは一生懸命に駆けた。こんなハゲ山にいたのでは、カミナリのいい標的であるからだ。容赦なく、カミナリの轟音は続く。そしてついにわたしは見た。カミナリが右、百メートル先に落ちるのを。木に落ちるのは、映画で何度となく見たものだが、この目で見たのは初めてであった。いや、カミナリそのものが落ちるのを見たのは、初めてではない…。 あれは名古屋であった。その年は非常にカミナリの被害が多く、メガネに落ちたとか、ネックレスに落ちたとかで、新聞紙上でカミナリが主役になっていた頃である。わたしが地下鉄から降り、地上に出る階段を上がりきった時である。わたしの目の前には、ひとりの若い女性がいた。その前にカミナリは落ちたのである。未だなにに向かってカミナリは落ちたのか分からぬが、とにかくその時は、若い女性の前の地面に落ちたようであった。カミナリが落ちたその直後、女性はペタッと座り込み、泣き出したのが印象的で、わたしはただ呆然と、その女性の姿を見ただけであった。わたしにも余程のショックがあったのであろう。普通ならば、その女性を気遣う余裕が欲しいところであるから…。 過去の話はもういい。それよりもこの現状である。わたしにもし何かがあったとしても、気遣ってくれる者など、誰もいないのだ。ただ、もしこの道が〃愛とロマンの八時間コース〃であるのなら、わたしの死体を誰かが発見してくれるだろうから。そう本当に、わたしはこの時〃死〃を考えたのだ。そして、死にたくないから一生懸命に走ったのだ。 もう一度、近くにカミナリが落ちた。わたしは戦場で爆弾が投下された時の様に、地面に身を投げ出し、匍匐前進を始めた。このさいカッコなど、どうでもいいのだ。これは、生きる為の手段なのだ。服がドロだらけになったが、どうせ後で洗えばいいという考えがあった。しかし、匍匐前進とは結構、難しいものである。カメラバックを持っていたせいもあったが、なかなか前に進まない。もしや焦りの為か?それともぬかるみで、滑るせいか?とにかく、映画の様にはいかないのである。これもやはり、日頃の訓練であろうか? 這った、這った、カミナリが遠くへ行くまで、わたしは這った…。いつの間にか、カミナリの音が遠ざかっていた。どうやら安全の様である。わたしは立ち上がり、再び道を急いだのである。 山を下り、また山を登らねばならない。わたしは既に惰性のみによって、第三の山へと 登った。雨の勢いは薄れたが、まだ降り止まないでいる。その為に、衣服はビショビショで、ひどく気持ち悪いのだ。ましてや、泥だらけである。 三時間が経過し第三の山の頂きを過ぎた。そして目の前に在ったのは、崖であった。いや、崖というには、余りにもなだらかすぎる。傾斜約35度、赤土の斜面である。下には、小石の海岸が見える。空には雲の切れ目から、青空が顔を出している。そう、雨は上がったのだ。わたしは今までのもやもやを吹き飛ばすかの様に、声を出して一気に駆け下りた。 「ワーッ!」 何度かバランスを失い、転びそうになったが、わたしの〃勢い〃がそれを食い止めた。しかし『勢い余って…。』という言葉がある様に、わたしもそれに該当してしまった…。 斜面が終わってから広がる小石の海岸は、幅が狭い。わたしは勢いよく、駆け下りて来ているのだ。つまり飛行機が着陸する時、それなりの滑走路が必要な様に、わたしのこの勢いを止める、それなりの距離の滑走路も、また必要なのである。 だが、小石の海岸は短かった。わたしは勢い余り、膝まで海に漬かったのだった。そして、その海の水の急ブレーキの為、ガクッとま膝まづき、下半身すべてが海の中となったのだった。しかし、わたしはめげなかった。何故なら、既に全身ビショ濡れの為、このさい雨の水だろうが、海の水だろうが、関係無かったのだから。ものは次いでにわたしは、泥で汚れている衣服と顔を洗い、これからわたしの前に聳え立つ、新たなコースを、新たな気持ちで立ち向かったのだった…。 小石の海岸は、どこまでも続く様に感じた。そしてこの道が終われば、ゴールは間近だという様にも感じた。だがそれは、甘い考えであったのだ。小石の海岸を、どのくらい歩いたのであろうか?疲労の為、わたしは惰性の歩行が続いていた。現在の時など関係無かった。ただ、早く帰りたかった。帰って、風呂に入り、メシを食い、眠りたかった。これがわたしの、この時の夢であったのだ。 しばらく歩くと、どうしたことか、道が消えてしまった。目の前には切り立った崖が、あるだけなのだ。 『おかしいな?…。やはり、道、間違ったかな…。』 しかし、その不安は間違いであったのだ。なんと崖の上の方に〃愛とロマンの八時間コース〃と、ペンキで書いているではないか。 『でも、どうやって行くんだ?』 だがよく見ると、崖そのものにロープが張っている。つまりこれを伝って進め、ということなのであろう。とにかくわたしは、帰りたい一心で、このロープを手にし〃コース〃を進んだ。 ロープが終わると今度は、ゴツゴツした岩場を歩かねばならぬ。そして再び、ロープである。つまり渡るに困難な場所には、親切にもロープが張ってあるのだ。このコースもまた、疲れる。岩場はヌルヌルと滑りやすく、一歩間違えれば、海に転落なのだ。多分、昨日、女性が落ちてケガをしたコースというのは、ここであろう。わたしは一歩一歩、慎重に歩いた。空が晴れ、暖かな陽射しのおかげで衣服が乾いてきているのに、また海などに落ちたくはないからだ。 長距離の岩場というのは、肉体と精神の疲労を促進させる。『一歩、間違えれば…。』という思いが、神経を使うからだ。肉体も余分な力が入る為、また疲れる。現在は疲労のピークなのだ。本当に疲れたのだ。だからわたしは、休憩をとることにした。 タバコを吸おうと思ったのだが、胸ポケットに入れていた為、吸える状態では無かった。タバコの葉の色が、白いボタンダウンのシャツを茶色に染めていた。仕方が無く、わたしは海をぼんやり眺めた。カモメの鳴き声が喧しく耳に聞こえてくる。現在、虚脱状態である。動きたくないのだ。だが気を取り直し、再び進むことにした。結局、進むしかないからである。 わたしが200メートルほど進んだ時であろうか、突然〃ガガンッ!ガン、ガンッ!ガラ、ガガガンッ!〃という身の毛もよだつ、恐ろしい響きがした。 『なっ!な、なんだ、なんだ…』 わたしはその音を、すぐに理解出来た。なんと、わたしの前方僅か5メートルばかりの 場所に、巨大な岩が落ちてきたのであった。わたしは声が出なかった。そして、じっとその岩を見つめ、思った。 『こんなコース、女なんか行けるわけないだろ…。何が〃愛とロマン〃だ…。』 危険極まりない、これが〃愛とロマンの八時間コース〃の正体であった…。 延々と続く岩場地帯を過ぎると、もう一度小石の海岸が広がっていた。『スコトン岬』をスタートして、まだ4時間を僅かに過ぎただけである。もし〃愛とロマンの八時間コース〃であるならば、まだ4時間は歩かねばならぬ。気が遠くなる距離であった。だが、もしや、もしやなのである。これはわたしのカンであるが、この小石の海岸を見ると、もうゴールが間近に感じるのだ。〃八時間〃という時間は、男と女が一緒にチンタラチンタラ歩く時間を計算に入れた為の〃八時間〃ではなかったのか。 『もう、着いてもいいよな…。いや、もう着く筈だ。』 これはわたしの本能が、言った言葉であった。歩いて、歩いて、歩いて、わたしは益々自分の本能を信じることとなった。海には船の姿が多く見え、前方に見える風景さえも、わたしが泊まっている民宿近くの風景に似通っている。 『もうすぐだ、絶対にもうすぐだ…。』 わたしの心には嬉しさが込み上げ、歩く速度を早めたのだった…。 それから一時間程経過し、わたしの目の前に懐かしい景色が顔を出した。それは岩場のトンネルであった。民宿のすぐ側に、このトンネルがあったのだ。つまり、トンネルを抜けると、そこには民宿がある!なのだ。わたしは走った。一刻も早く、風呂に入る為である。 トンネルの中は広く、距離は短い。入る前から、前方の景色は見渡すことが出来るのだ。あった!あった!やった!やった!である。トンネルを抜け、わたしは記念写真を撮った。『スコトン岬』でも、写真を撮っている為、これでスタート時の姿と、ゴール時の姿とが比較出来るわけである。これで、大変良い記念となるであろう…。本当に素晴らしい体験をさせてくれた〃愛とロマンの八時間コース〃であった。 ところでこの時に気づいたのだが、到着したのが午後の1時頃であったので、愛とロマンの8時間コースを5時間で走破した事になる。
by dostoev
| 2013-04-18 20:07
| わたしの怪奇体験談
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